新たな陰謀
「《ネメシエル》、速度を上げつつ取舵!」
(敵戦艦の廃除完了を確認。
敵脅威レベルを計測。
更新完了、セウジョウ基地をトレース。
全兵装オンライン直結完了)
《ネメシエル》の巨体が二十ノット(時速三十七キロ)程度にまで加速する。
船体にくっついたように張り出した補助機関部の光が強くなり《ネメシエル》の艦首が左へと傾く。
推進のため水中をかき回す“ ナクナニア光反動繋属炉 ”の光により海水は沸き立ち、泡が弾け白く濁った粘度の高い海水はドロリと《ネメシエル》の跡を刻む。
空中戦艦である《ネメシエル》は空中を飛ばなければ本来の力を使うことができない。
水中に使った状態では単純に計算しても火力は半分以下だ。
セウジョウの入り組んだ湾内から出るために第五乾ドックから外海へと船を進める。
(水中に感あり。
敵潜水艦を補足。
数は五。
遼艦を呼び、対応することを提案する)
それが出来ればそれが一番いいんですが……。
蒼はドックの中に収容されている味方艦を眺め首を横に振った。
ずらりと並んだ対潜水艦を専門とする艦艇は今ドックで大人しくしている。
「恐らく、今出たら味方艦は敵雷撃で沈められてしまいます。
朱姉様や藍姉様の操る《超極兵器級》なら……。
耐えられると思いますが……。
駆逐艦達はそうはいかないはずです。
なにより……」
(海中から高エネルギー反応!
距離五百、数は十五!
このバイタルパターンは……!
まずい、“重圧魚雷”だ!)
ほらきた。
蒼は舌打ちして、レーダーを睨んだ。
全く、鬱陶しい上に面倒な……。
「“イージス”全開!
何とかして外海へ出ますよ!」
攻撃しようにも対潜水艦用の兵装は《ネメシエル》にはない。
味方駆逐艦なんとかして外海へ連れ出し、空から“光波爆雷”を叩き込むしかない。
空から砲撃し、“光波共震砲”で射抜くにしても水中では効果は半減する上に水中を捕捉する手段がなくなるため余計に対処が難しくなる。
(“重圧魚雷”接近!
接舷まであと三、二、一……今!)
まるで大きな手に下から押し上げられたような感覚だった。
ぐぐっ、と《ネメシエル》が傾き次の瞬間命中した艦底から逃げた爆風が海上へと突き抜けた。
一億トンを超える巨大な船体が少し持ち上げられ、掻き分けられた海水が悲鳴を上げる。
五本の竜骨が軋み、船体が衝撃を受け鋼鉄が唸る。
(“イージス”過負荷率三パーセント!
特殊ベークライトによる対衝撃覚維持!)
船体をへし折るような強い圧力と、爆発範囲。
“重圧魚雷”はシグナエが作り上げたと言われている対《超常兵器級》の兵器のことだ。
通常弾頭以上、核兵器にも手が届くほどの威力を持つ最強の対艦装備。
ただ核と違うのは効力範囲がきわめて短いという事。
それによる燃料の汚染などが少ない。
「“重圧魚雷”ですか。
まずは“イージス”から潰すつもりですね。
ほんっとに、鬱陶しい」
立ち昇る海水の水柱は赤く、酸素を奪われた海の血液のようにも見えた。
“重圧魚雷”――弾頭には大きな圧力が封じ込められているという。
ぶつかった瞬間にリミッターが解除、中の圧力が膨れ上がる。
海面から上がった水柱十五本はそのまま崩れ《ネメシエル》の船体に雨のように降り注いだ。
重圧弾頭の炸裂により化学反応を起こした海水は赤く濁る。
住んでいた魚が衝撃で海面へと浮かび上がり、口をパクパクさせる。
(損傷皆無。
通常航行に異常なし)
“イージス”によって損傷は逃れたがそれでもいい気分ではない。
スピードをあげ、離水体制に入った《ネメシエル》の後ろから敵潜水艦五隻が魚雷を叩き込んでくる。
(艦尾より敵“重圧魚雷“接近!
数は三十!)
敵潜水艦も全長五百メートルを超える《超常兵器級》。
《超常兵器級》なだけあって半端ない量を撃ってきますね。
レーダーに写る赤い矢印を目で追ってロックし、自動迎撃装置に繋ぐ。
「迎撃開始、ひとつも逃さないようにしてください」
“重圧魚雷”を“イージス”で受け止めていては直ぐに臨界に達してしまう。
ならば、迎撃し当たる前に破壊した方がいい。
(ロック完了。
撃ち方始める)
“ 六十ミリガトリング光波共震三連装機銃 ”をはじめとした兵装が台風のように光を海面に降らす。
迎撃の光に撃ち抜かれた魚雷はその弾頭を炸裂させ、五十メートルにもなる赤い水柱を空へと昇らせる。
その水柱を壊すように《ネメシエル》から上がるオレンジの光が切り裂いていく。
(第一防衛反応線を突破!
“重圧魚雷”接近、数は五!)
あの段幕を潜りますか……。
「“イージス”をピンポイント展開!
過負荷率を抑え、外海まで持たせてください!」
外海に出るまであと三十秒。
スピードを上げてしまったらセウジョウを津波が襲うだろう。
巨大ゆえのデメリットが強くこのときは《ネメシエル》にのし掛かってきた。
全長三キロを超える島のような《超極兵器級》はろくに反撃もできないまま一方的にやられていた。
(着弾、今!)
“重圧魚雷”が命中したときとは違う。
何か別の感覚が《ネメシエル》を襲った。
パネル上では“重圧魚雷”は爆発していた。
だが、爆発の衝撃はない。
「一体……」
次の瞬間、艦橋内部を赤くランプが染め上げた。
警告音が鳴り響き、機関部に異音が発生する。
(“イージス”を貫通された!
だが爆発は認められない。
一体これは……?)
悲鳴のような《ネメシエル》の声に蒼も何が起こっているのかを把握出来ない。
機関部の異音の原因を追及するように命令し、蒼はセウジョウへ通信を繋いだ。
何とか陸からの支援を受けることは出来ないだろうか。
『こちら……』
「蒼です!
陸の鎮圧の進行は?」
何処にかけたのかは自分が一番よく知っている。
所属を話そうとするメレジウムの言葉を遮り重要な点だけ述べさせる。
『ほぼ完了してイマス。
あとは――』
そこで通信が切れる。
敵潜水艦から発せられた妨害電波だ。
「ああもう!
《ネメシエル》解析はまだですか!?」
(少し待ってくれ!
今解析ドローンを――)
機関部の異音を無視して外海へ出ようとした《ネメシエル》が何かに引っ掛かったように止まった。
二十ノットのスピードが一瞬にしてゼロに落ちる。
「っぐ!?」
その衝撃でシートベルトに思いっきり体を締め付けられることになった。
固定していなかったペン、コップなどが前に滑り落ち、割れる。
咳き込みながら状態を尋ねた。
「機関は!?」
(異常なし!
異音は機関部ではない!
外部からの衝撃による装甲板の亀裂だ!)
「機関が正常なのにどうして前に進まないんですか!?
それに“イージス”が突破されたって……」
(敵弾頭の解析完了。
これは……ワイヤーのようなものと装甲が……?
どういうつもりだ……?)
《ネメシエル》の艦底では報告では伝えきれないほど面倒なことが起こっていた。
魚雷の弾頭についていたのは触れた金属と同化する働きを持つ金属変化体。
それが入ったガラスの弾頭が“イージス”を潜り抜けた瞬間に放出されたのだ。
金属変化体は《ネメシエル》の装甲に張り付くと同化を始める。
その瞬間に残った弾頭から直径三十メートルもあるワイヤーが射出され金属変化体とくっついた。
ワイヤーの先は《超常兵器級》潜水艦と繋がっていた。
《ネメシエル》と五隻の敵潜水艦が切れないワイヤーで繋がったということだ。
(機関部の異音減少!
だが、すごい力で水中へと引っ張られている!)
あの潜水艦共め。
はじめから、そのつもりで。
蒼は見えない潜水艦にため息を吐く。
「バラスト解放!
何としても海中へ引きずり込まれるのだけは阻止しますよ!」
《ネメシエル》の翼の光が強烈なものとなる。
海面が騒ぎ、台風のような風が《ネメシエル》を中心に沸き起こる。
空気が全てそこへ持っていかれてるような光景。
(沖合三十キロ地点に到達。
これで機関をフルに回転させても大丈夫だ)
津波が起きない程度にまでは外海にまで出ることは成功していた。
だが問題はそこではない。
「機関全速、あわよくば――」
蒼の命令は別の音によって遮られた。
続く《ネメシエル》の報告。
(敵潜水艦より入電!)
「繋いでください!」
考えるまでもなかった。
速攻で繋ぐように命じ、帽子を深く被った。
普通なら映像も出るはずなのだが、潜水艦だからか映像は無し。
音声だけの通信信号だった。
黒い背景から緊張した空気が流れる。
【《ネメシエル》の“核”だね?
はじめまして。
声だけだが失礼するよ。
なにも言われないまま海中へ引きずり込まれるのもね。
嫌だと思っての気遣いだ。
痛み入ってくれるだろう?】
聞こえてきたのは若い男の声だった。
顔が見えない以上声から判断するしかないが、少なくとも蒼が好きなタイプではない。
「それはわざわざ。
ありがとうございます。
普通はそういうことを言わない人の方が多いですからね」
【……噂に違わず、皮肉がキツイね。
降参する機会を与えてあげるよ。
《ネメシエル》を沈めるのは勿体ないしね。
どうだい?】
「するわけないじゃないですか。
そのまま水中へと私を引き込むつもりでしょう?
負けるわけにはいかないですよ。
それに……」
蒼は少し黙った。
【……それに?】
にやりと笑みを浮かべ、続きを言う。
無垢な悪魔のような笑顔で。
「浮かび上がれない潜水艦っていうのも面白いと思いませんか?
自分で泳ぐことの出来ない魚みたいで。
もっと言うと自分で飛べない鳥みたいで」
【っ――!
覚悟しておけ!】
蒼は“レリエルシステム”を通して伝わる敵潜水艦の様子を見た。
【貴様はここで沈む!
それがお決まりの展開で当然の帰結だからだ!】
敵の通信を小さくして、蒼はそのまま《ネメシエル》の提示するデータを読む。
(敵潜水艦の質量が分かった。
排水量凡そ五百万トン。
それが五隻だから合計で二千五百万トンだ。
私は水上航行の際には浮力がギリギリだから――。
もしかしたらまずいかもしれないな)
蒼は《ネメシエル》の出したデータを指で弾いた。
メンチを切ってしまったんだから撤回なんて出来ない。
「言った以上、もう降伏なんて出来ませんよ?」
(そりゃそうだが。
どうやって敵を撃破するかが問題であってだな。
しかしこのままだと……)
ぐちぐちと情けないことを言う《ネメシエル》の言葉を蒼は無視して敵潜水艦の動きを読む。
海中へ引きずり込まれたら手出しは出来ない。
いくら防水加工をしてあったとしても海水にどっぷりと浸かってしまったら使えるとは限らないのだ。
(敵潜水艦、機関の初期微動を計測!
同時に海水の吸入開始音が聞こえた!
来るぞ!)
【どこまで耐えられるかな《鋼死蝶》!?】
ゴボゴボと、泡の音がした気がした。
突如の艦尾が海中へと沈み込む。
「そんな!?」
……強い。
蒼は、浸水を阻止するべく防壁を展開しつつ怒鳴る。
「《ネメシエル》機関全速!
負けては許しませんよ!」
セウジョウから少し離れた地点で始まった綱引きはやはり潜水艦が有利だった。
五隻の総重量にプラスして海水の重さが《ネメシエル》へとのし掛かる。
元より浮力がギリギリな《ネメシエル》は悲鳴をあげた。
艦尾より沈降をはじめ、舷側の海面の位置が上がって行く。
それに追従するように艦首がゆっくりと上がり始め、赤い喫水下が露呈し始めた。
喫水下についている“ナクナニア光波共震拡散砲”の青い光が現れる。
「負けていますよ!
それでも《超極兵器級》なのですか!?」
更に沈む《ネメシエル》と、被害を表示するパネルに浸水を意味する青色が入る。
このままではまずい。
これ以上傾くと兵装及び艦橋部分にまで海水が入る。
中枢機能の麻痺は《ネメシエル》が巨大な鋼鉄の塊となったことを意味する。
それだけは避けなければ……。
しかしどうやって。
(しかし……くっ、ダメだ!
どんどん引きずり込まれるぞ!)
艦尾はもう海面に沈み、クレーン部分までもが水面下に沈む。
ショートの火花を上げ、補助機関の上にある補助艦橋からの通信が途絶する。
流石に海中へと船体が沈められることは想定していなかっただろう。
【その程度か。
ふん、所詮は相手にすらならない】
セウジョウから大分離れた今。
外海とは言い難いがここなら湾岸への被害も少なくてすむ。
(くっ、蒼副長……!)
仕方ない。
アイドリングだけでセウジョウを揺らす《ネメシエル》の力、思い知るといいですよ。
だが蒼はこれから迫りくる痛みと“レリエルシステム”から伝わる負荷に耐えなければならない。
「あまり使いたくありませんでしたが……。
しょうがないですよね」
蒼は“レリエルシステム”を通じて機関部のフォルダを開き、中にある緊急コマンドに触れた。
普段は自ら触ろうとしない緊急コマンド。
その代償は常に大きいからだ。
少し前にもその緊急コマンドに頼ったせいで蒼は意識を失い、旧はセウジョウに墜落した。
その危険ゆえ常にロックがかかっている。
気絶したことを知っているからかそのフォルダを開いた瞬間が拒否を示す。
(蒼副長、そのコマンドは……!
ダメだ、許可出来ない!)
「ですが、このままだと負けます。
肉を切らせて骨を断ちます!
《ネメシエル》、復唱を!」
(だが……!)
蒼は更に沈んだ船体を確認し、押しきった。
《ネメシエル》の中央付近にまで海面は迫っており《ネメシエル》の傾きは六十度を超えていた。
海水のなだれ込んでくる音に怯え、更なる防壁展開を命じる。
周囲の状況を映すカメラにも海水が入り映像が途絶する。
沈む時の気分ってきっとこれと同じような気分なのでしょうか。
水深五十メートル付近にまで沈降した艦尾の様子はほとんど分からない。
「やらないで後悔するなら。
やって後悔した方が……マシです」
赤いランプが並び、さらに青色の範囲が増え警告するアラームが鳴り響く。
いくら防壁を展開してもそれは時間稼ぎに過ぎない。
このまま押し問答を繰り返していたら機関室にまで浸水し、《ネメシエル》は動けなくなる。
そうなると、もう終わりだ。
(……分かった。
そこまで言うなら、許可しよう)
折れた《ネメシエル》の声はどこかぐったりしていた。
蒼は目を閉じて機関部にもう一度アクセスする。
緊急コマンド始動を押し止める短い警告文と、パスワードを入力する欄が現れる。
「コマンド入力。
コードトリプルナイン。
パスワード入力開始」
そこに頭の中にコピーしておいたパスワードを入力、承認を下す。
命じる。
「……《ネメシエル》。
緊急事項につき機関のリミッターを解除。
コードトリプルナインによる最終安全装置の解放を許可します。
その際セウジョウ方面に警報を。
では、始めましょうですよ」
《ネメシエル》の機関が停止した。
甲高くなっていた機関音が止み、《ネメシエル》のあちこちの照明が消える。
舷側の模様の脈も消え、黒く沈黙する。
艦橋部分を照らしていた赤や青の光が消え、抵抗をやめた《ネメシエル》の船体は沈むスピードを更に増加させた。
【思いの外簡単だったな。
《ウヅルキ》も一体何をしているのやら】
敵は勝利を確信した。
《ネメシエル》なんて、こんなものだろうと。
所詮はベルカが作り上げた時代遅れの戦艦に過ぎない、と。
デカくなったところで何一つ変わらないと。
【旗艦、予想以上に簡単でしたね。
《鋼死蝶》が沈んでいきます】
半分以上が水面下に沈んだ《超極兵器級》は静かで、死んだようにしか見えない。
海岸へ集まった“核”達もその姿を見て絶望した表情を浮かべている。
絶望したメンバーの中、ただ《ネメシエル》を信じる者もいた。
だがその顔は明るいものではない。
絶望と反対の顔をしているのが、戦っている本人の蒼だった。
「いきましょう。
綱引き本番の始まりです」
(コードトリプルナイン認証。
機関最終安全装置解除)
覚醒。
その言葉が正しい。
目覚めなどと言う生易しいレベルではない。
一度停止した機関が再び回り出す。
自壊するレベルにまで機関圧力が上がっていく。
【バカな!?
何が起こっている!?】
ギリギリと、金属の悲鳴を上げ張り出した補助機関が熱を帯び始める。
その熱で沸騰した海水が、白く気泡を孕んで膨れ上がっていく。
(第三補助機関第八プラグに亀裂!
航行、全力に支障なし!)
ずきっとした痛みが蒼の足から這い上がる。
その痛みは徐々に強くなり、耐えるために歯を食いしばる。
「っぐう、痛いですねぇもう……!
《ネメシエル》、我慢してくださいよ……!
私も我慢しますから……!」
《ネメシエル》の補助機関部のフライホイールの回転が早まった。
排熱板が開き、真っ赤に加熱したカムシャフトが海水を蒸発させる。
隙間から見える内臓のようなパイプを固定するネジが弾け、漏れた高圧が泡となり海面を叩く。
(ユニット虚数暴走を承認完了。
主機へエネルギー伝達。
リングギア、鼓動開始、補助機関から動力を伝達。
“ナクナニア光波集結繋属炉”回転開始。
鼓動脈数三万八千にまで急上昇。
第四十三繋属グリッド収縮開始!
第八鬼門まで突破、ナクナニア光波充填率百二パーセント!
コードトリプルナインを認証完了。
統括AIによるカムシャフトの虚数暴走を開始!
ドライブブレード、推進固定軸に接触完了!
主機一番から十番まで緊急フルバーストまで三、二……)
「吠え面をかくといいですよ!」
(今!)
まるで《ネメシエル》が身震いをしたようだった。
翼の光が強くなり、補助機関の四軸推進の光が補助機関から長く水中へと延び始める。
その光の量は時間が一秒進むごとに大きなものへとなっていく。
「限界まで、壊れるまでぶん回すんですよ《ネメシエル》!
決して緩めず、負けず!
引くことなんて許されないのですから!」
海中深く沈み、たるんでいたワイヤーが再び張られた。
そのワイヤーの先に存在している潜水艦の艦内は静かなものだった。
刹那、その艦内は阿鼻叫喚に見舞われることになった。
急激にスピードが緩まり、海中へと引きずり込んでいたはずの立場が今度は引き上げられる立場へと一転したのだ。
【何が起こっている!?】
【なんだこの力は……!?
バカな!
五隻を《超常兵器級》の二千五百万トンを引っ張るだと……!?
力を合わせても勝てないというのか、この化け物に!】
【壊れることを承知でやるか、《鋼死蝶》!】
「無茶が好きなもので……ね!」
持ってくださいよ、私の……私の《ネメシエル》。
潜水艦との綱引きが再び始まる。
半分以上沈んでいた船体が、その姿を現す。
浮き上がった艦首が風を切って海面へと身を叩き込み水煙が上がる。
水煙で船体が隠れ、不気味に光る赤と青だけが位置を教える。
船体のあちこちから海水を滴らせながら《陽天楼》が光る。
【くっ、出力をもっと上げろ!
再び引きずり込むんだ!
出し惜しみするんじゃねぇ!】
潜水艦も引きずり込まれまいと必死の抵抗を試みる。
だが無駄だ。
《ネメシエル》の船体は加速し、空へと飛ぶ。
艦尾から伸びた五本の太いワイヤーの先の海面が盛り上がる。
盛り上がった海面をぶち破るように黒い敵潜水艦が出現した。
三つの胴に戦艦並の砲がくっついている。
その艦首はいくつも装甲が展開し、《ネメシエル》に逆らうべく墳進炎を出していた。
「見えました!
《ネメシエル》砲撃準備!
照準を手動で合わせますトリガーを私に!」
浸水で動かなくなった砲台は無視し、出来る限りの兵装を持って敵潜水艦五隻へと狙いをつける。
宙に浮いている潜水艦に二枚のフィルターを通し拡大、照準を動かし敵潜水艦五隻を個別に目標へと識別する。
(了解、エネルギーを回す!
充填率百パーセント!)
「撃て!」
《ネメシエル》の、出しうる全ての攻撃が敵潜水艦を包み込んだ。
五隻全てを包み込んでしまうような光。
「勝ちましたね……」
少し気が抜け、倍増した痛みが体を突き抜ける。
またドクターブラドの医療室へ行かなければならないのかと思うと既に憂鬱になる。
これだけ無茶をしたのだ。
“レリエルシステム”の損傷は酷いものになっているだろう。
それだけではない、《ネメシエル》の機関部にも……。
始末書の嵐がマックスを襲いますね……。
慌てるマックスを想像してくすりと笑った蒼の頭を《ネメシエル》の報告が蹴飛ばした。
(敵反応健全!
撃沈数ゼロ!
私達の攻撃が全て無効化されている!)
「そんな!?」
《ネメシエル》を爆発が襲った。
敵の戦艦並の主砲がが火を噴いている。
【全く、油断も隙もない。
各艦、落ち着いて対処せよ!
《鋼死蝶》を沈めるのだ!】
飛来した砲弾を抑えるために“強制消滅光装甲”を展開しながら対処する。
なぜ敵は私の攻撃を……?
解析しつつ、攻撃を交わすためにピンポイントで“イージス”も展開する。
(解析完了、敵のデータを更新する!
敵潜水艦全面に莫大な次元変動を確認。
敵は全身に“相転移装甲”を展開していると思われる。
装甲を破るためにはゼロ距離射撃でないと破壊は不可能だ!)
潜水艦、それでいて“相転移装甲”ときたものだ。
卑怯者ですよ……本当に……!
蒼はそう思ったがそれと同時に沸き上がってくる嬉しさに身を震わせた。
さっきので終わりなら逆に拍子抜けでしたよ。
それでこそ《超常兵器級》です。
「面白い状況ですよ、《ネメシエル》……!
機関自壊までの時間をカウント表示!
ぶんまわしますよ!」
(了解!
カウント表示開始!
機関自壊までの時間をカウントする!)
残り百二十秒の数字が映し出される。
それを横目で流し高度を上げるように《ネメシエル》へと命令した。
【奴の機関部を狙え!
砲弾を叩き込むんだ!】
【再び海に戻ってしまえばこっちのものだ!
やっちまうぞ!】
敵潜水艦の甲板にずらりとならんだミサイルハッチが一斉に開く。
飛翔するミサイルが《ネメシエル》を狙う。
ミサイルは百を超える大群となって《ネメシエル》を襲う。
弾頭が“強制消滅光装甲”に当たり輪切りにされていくがそれよりも先に信管が爆発の信号を出していた。
爆発が《ネメシエル》を覆う。
(第四十二ブロック大破!
特殊ベークライト注入完了!
自己修復開始終了まで凡そ三時間!)
機関から伝わってくる痛みで被弾の痛みなんてものは伝わってこない。
神経を張りつめさせ、繊細な操艦をすることだけに意識が研ぎ澄まされていく。
(第三補助機関被弾!
出力八十五パーセントにまで低下!)
「っち……!
あと少し、あと少しだけ耐えてください!」
一隻の巨大な《超極兵器級》が五隻の《超常兵器級潜水艦》を引きずったまま大空へほとんど垂直に等しい角度で昇る。
竜が刈られる側から狩る側へと身を変える。
高度が五千を超えた。
(隔壁コントロールが破壊された。
“イージス”を張っていても隙間から叩き込んできやがる!)
蒼は無視した。
どんなに攻撃されようが、あと一分持てばいい。
【撃て!
何をするのか分からんぞ!
早く落とせ!
《鋼死蝶》の一隻ごとき!!】
《ネメシエル》のあちらこちらからは炎が燃え上がっていた。
黒煙を鎖のように引きずり、飼いならされた怪物が頭を上げる。
(第三機関出力更に低下!
第四装甲版融解破裂!
特殊ベークライト注入開始、自動修復完了まで残り二十八時間!
浸水箇所の排水ポンプ停止!)
傷口から血を流し、それも怪物は止まらない。
後部から四本の光の柱を吐き出し《陽天楼》はただ昇っていた。
「かまいません!
《ネメシエル》いきますよ!
緊急コマンド停止!
左舷サイドスラスター出力最大!
浮力調整左をゼロ、右を最大に!
船体を回します!」
左舷にずらりと並んだサイドスラスターの装甲版が上下にずれる。
装甲版の奥には噴射口が顔を覗かせ、その口から光が零れる。
《ネメシエル》の船体が少しずつ、回り始めた。
左右の浮力のバランスが崩れ左がゼロに右が最大に設定されたのだから当然だ。
「くぅ……っ、きっついですね……!」
遠心力が発生し、蒼は座席にシートベルトでくくりつけられる。
強烈すぎるGが体にかかり頭に乗せた程度の帽子が天井へとすっ飛ぶ。
【何をしているんだあいつは!】
【第八魚雷室で魚雷が――!
大尉が!】
【旗艦大変です!
ワイヤーが絡まって……!】
《ネメシエル》の舷側に張りつめたワイヤーが船体に巻きつく。
まるで《ネメシエル》が自分自身から巻き取られていくような姿は網にかかった魚のようだ。
ワイヤーに引きずられやがて潜水艦達もその振れ幅を大きくしていく。
紐の先に重りのついたような状態になり、《ネメシエル》の回転力が潜水艦達へ伝わる。
やがて《ネメシエル》は五隻の潜水艦を振り回す中心になっていた。
【サイドスラスター!
はやく……しろ!!】
固定されていない全てのものが艦尾へと偏る。潜水艦の艦尾は秒速二十メートルを超える猛スピードになっていた。
機械ならばこれほどのスピードだろうが耐える。
だが人間は違った。
増していく遠心力に耐えられなくなった人間は潜水艦の壁に貼り付けられ増大していくGに体を縫いつけられる。
そして誰一人として意識を保っている人間はいなかった。
「浮力調整左を最大!右をゼロに!
急制動!」
《ネメシエル》の回転が不意に止まる。
勢いのついた潜水艦とワイヤーは不意に止まった《ネメシエル》の船体へと巻きつけられていく。
敵の持つ“相転移装甲”を破壊するために蒼が考えた作戦だった。
(敵艦接触まで三、二、一……)
巻きつけられていくということは《ネメシエル》と潜水艦の距離はどんどん短くなっていくという事だ。
すごいスピードのまま潜水艦が突っ込む先は、《ネメシエル》。
(今!)
“イージス”で衝撃を和らげるとは言え《ネメシエル》にかかった衝撃はすごいものだった。
まず一隻目は《ネメシエル》のクレーンを根本から押しつぶし“ナクナニア光波霧散共震砲”を真上からのしかかる様に破壊してようやく止まった。
二隻目、三隻目は《ネメシエル》の“五番三百六十センチ六連装光波共震砲”を左右から挟み撃ちにして潰す。
その真ん中にいた“五番三百六十センチ六連装光波共震砲”は“イージス”があったとはいえその衝撃に耐えることが出来なかった。
装甲は紙のように折れ曲がり、砲身は全滅。
丸ごと取り替えるほかないレベルにまで大破する。
内部機器が零れ、甲板に特殊ベークライトの血をにじませる。
四隻目は舷側にめり込み、装甲を凹ませ《ネメシエル》の体内深くへと突き刺さった。
五隻目は艦橋ギリギリの所を通ったかと思うとそのまま高角砲群へと身を委ねる。
大量の金属片が吹き飛び、海が白く濁る。
「持ちうる兵装全てで攻撃!
敵潜水艦を破壊してください!
斉射開始!」
今までにないほどの傷みが蒼を襲う。
気絶寸前の精神を繋ぎ留め、命令する。
(了解!)
《ネメシエル》の船体に並ぶ数々の兵装が潜水艦へ向かって光を放った。
ゼロ距離から撃たれた攻撃は繊細で脆い潜水艦に対し“六十ミリ光波ガトリング”ですら致命傷を与えることが可能だった。
“相転移装甲”は意味を成さず、潜水艦の船体には傷が増えていく。
爆発こそしなかったものの数々の穴が増えた潜水艦は機能することのないただの鉄くずと化す。
どうせ生け捕りにした所で乗ることのできる“核”はいないのだ。
それならば壊してしまった方がいい。
攻撃を加えながら《ネメシエル》はもう一度だけ回転する。
ワイヤーが切れた潜水艦五隻は自分の重量で《ネメシエル》の船体から剥がれ落ちる。
「さようならです」
潜水艦はもう何も抵抗しなかった。
中にいた人間は誰も目を覚ましていないし、何が起こったのか理解できていた人間もいないだろう。
高度五千メートルから落とされた潜水艦は海面に落ちると巨大な水柱を五本突き立てる。
そのうち二隻は落ちた衝撃でばらばらになった。
あちこちに開いた穴から大量の水がなだれ込み沈んでいく。
「《ネメシエル》、帰還しましょう……。
私は少し……休みます……」
その様子を見た蒼を強烈な眠気が襲った。
“核”すら耐え切れないほどの眠気は蒼の意識を簡単に奪う。
(了解、蒼副長。
今度は私も大丈夫だ、安心して任せてくれ。
お疲れ様)
※
「冗談だろ……?」
「冗談なんかじゃないさ。
これが今の俺なのさソムレコフ」
周囲に散らばるのは肉片、そしてソムレコフの部下の死体。
勝負は一瞬だった。
潜水艦が沈められソムレコフの気が抜けた瞬間にマックスはソムレコフの部下に飛びつき、銃を奪う。
その銃でソムレコフを除く部下を三人全員殺したのだった。
今マックスはソムレコフに銃を突き付けていた。
ソムレコフも当然銃をマックスに向けている。
何もおかしい事じゃない。
「マックス」
ソムレコフはどこか疲れた、というように遠くを見た。
頭につけていた機械を取り、床に投げ捨てる。
「どこで間違えたんだろうな」
「さあな。
なるべくしてなったんじゃないか?」
外にも中にもソムレコフの味方はいない。
虎の子の潜水艦も、戦艦も沈められ部下もほぼ全滅。
敗軍の将になったソムレコフはそれでも銃を下ろそうとしない。
「ソムレコフ。
俺とお前の因果もここまでだ」
マックスはそういうと銃を投げ捨てた。
銃は足の折れたテーブルの上を滑り床に落ちる。
「なんの真似だ?」
不思議な表情を浮かべ、ソムレコフはさらに強く銃を握りしめる。
引き金が引かれたらエネルギー弾頭はマックスの命を奪うだろう。
「もうやめようソムレコフ。
無駄だよ、こんなことしても。
桜花の墓に一緒に来てくれないか。
そして謝ってくれ」
真剣な目だった。
マックスはソムレコフの黒い瞳を見る。
「お前、自分が何をいってるのか分かってるのか!?
俺を、俺を許すとでもいうのか!?」
長い沈黙。
そのあとマックスは言う。
「……そうだ」
マックスの言葉にソムレコフはたじろいだ。
「嘘つけ、絶対……絶対恨んでるだろう?
見え透いた嘘だ。
嘘なんだろ、マックス!」
「嘘じゃない!」
大声を出したソムレコフに負けないぐらい大きな声をマックスも出していた。
びくっ、とソムレコフの体が跳ねる。
「恨んでるさ!
だが嘘じゃない。
ソムレコフ、許してやるよ」
「……嘘だ。
嘘だぁぁあああ!!」
銃を捨て、ソムレコフはマックスに殴りかかる。
マックスはそれを避けようとしなかった。
拳がマックスの顔面に命中し、サングラスが割れる。
「はぁ、はぁ……!
嘘なんだろ、なぁ?」
気が狂ったようにソムレコフは息を荒く吐き出し、唇を震わせる。
鈍い痛みがマックスの額から伝わる。
切れた皮膚から血が滴る。
またしばらくの沈黙。
その沈黙を破り、マックスは話す。
「……お前は桜花を殺したこと。
俺の子供を殺したことを後悔しなかったのか?」
「…………」
「しなかったなら、ここで死ね。
お前の家族もすべて殺してやる。
だが、後悔したんだろ?
だから……」
マックスは自分を殴り付けた腕をつかむ。
「ソムレコフ……許してやるよ!」
一発背負い投げを決める。
巨体が巨体を投げ飛ばし机の天板が凹む。
金属音が部屋に響き、投げられた衝撃で床が揺れる。
ひっくり返り床の上にだらしなく横たわる親友にマックスは手を差しのべる。
「少しだけ手伝ってくれないか?
この戦争を終わらせる手伝いを」
※
セウジョウから五十キロほど離れた沖合。
小さな潜水艦が海上に浮上した。
全長は三十メートルもない。
エンジンがはみ出し、噴射口が一つだけついている。
その形はヒクセスのものでも、シグナエのものでもない。
今まで見たことが無いような形をしている。
「………………」
その潜水艦を拾うために一隻の戦艦がベルカのレーダーをくぐり抜け低空飛行でやって来た。
舷側の模様や数々の兵装。
爆撃用の装備などその身なりは《ラングル級》で間違いない。
その《ラングル級》は小さな潜水艦の上で止まる。
『紫さん、どうでした?』
外部についているスピーカーから音声が流れる。
潜水艦のハッチが開き中から一人の少年が現れる。
華奢な体つき、片目をおおうほど伸びていた髪はばっさりと切られていた。
爽やかな髪に反して顔には薄気味悪い笑いが浮かんでいた。
空月・U・紫は笑みを浮かべたままで手に持った電子機器を真上に掲げた。
「完璧だぜ。
夏冬、早く回収してくれよ!
俺は腹が減った!」
『了解です。
まーうまくいっておいらも一安心ですわ』
紫はセウジョウの方を睨む。
濁った紫の瞳に映すのは《ネメシエル》の新しい姿。
「《鋼死蝶》!
お前を沈めるのはこの、俺様だ!」
『回収するから捕まっていてくださいよ紫さん!
あまり動かないで!』
《ナニウム》に潜水艦が、収納されていく。
やがてその海域から《ナニウム》は姿を消しシグナエでもヒクセスでもない地点へと進路を変えたのだった。
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ありがとうございました!
更新しました!
いやーこういう。
こういうなんて言うんですかね。
緊急コマンドとか。
燃えますわぁ。
ほんと。
エヴァとかでもありますよねぇそういうの。
ああいうの大好きです。
アーマードコアとかにもありますよねぇ。
ではでは!
お付き合いありがとうございました!
感謝です!




