新生
「は、春秋……?」
春秋は蒼の姿を見ると照れくさそうな態度から一変した。
その変化はあまりにも急すぎるもの。
「?」
そしてしばらくの無言から泣きそうなほどに顔を歪め
「――ったっす」
「へ?」
「本当に無事で良かったっすよ!」
蒼に抱きついてきた。
「うなっ、は、春秋?」
「うわああん!」
先ほどの泣きそうな顔は今はもう完全に涙を流す大泣きになっていた。
大粒の涙を流しながら蒼の平坦な胸に顔を春秋はこすりつける。
なぜ軍服ではなく、緑色の手術服のようなものを着ているのか蒼は理解できずそれにプラスして春秋はこの様子だ。
状況の理解出来ない蒼は頭にハテナをひたすら浮かべるしかない。
「は、春秋……?
あの……春秋さん?」
「よかったっす、よかったっすよぉ……」
泣きじゃくる春秋の頭を撫でながら蒼は、疑問の拭いきれない顔をひたすら残すのだった。
いったい何がどうなっているんですかね……?
「春秋、鼻水をつけないでください!」
「うえっずびばせまん!」
「蒼!
目覚めたか!」
「おはようございます、マックス。
すごい長い夜だった気がしますですよ」
コグレではないこの場所。
いつの間に、何がどうなったのか全くわからない上に春秋が泣いていたため話にもならなかった。
なんか、泣きぼくろをつけた気味の悪い双子みたいなのもいましたし。
双子もなんか春秋を見てヒソヒソ話をしていたし。
司令室に来るまで色々なことが沢山起こりすぎたためかようやく話の通じる相手に出会えた安心で蒼はほっと安心した。
コグレ司令室の数倍は広い司令室へ蒼は春秋を引きずる形で入る。
蒼は途中で趣味の悪い手術服を脱ぎ捨て春秋の持って来ていた軍服に着替えていた。
司令室の分厚い防弾ガラスから見える外の光景でようやくここはカタカオ地方、セウジョウなのだと気がつく。
「長い夜、か。
あながち間違っちゃいないな。
とりあえず体に異常はないな?」
「……たぶんないと思います」
適当に手足を動かし、体の調子を整えているとぼんやりしている頭がはっきりとし始めた。
それと同時にセウジョウのビルやドックから洩れる光を見て記憶がまるで噴水のように戻ってくる。
夏冬の裏切り。
《ウヅルキ》との戦闘。
助けを待っている味方達。
その中でも特にマックスへと報告しなければならないことは……。
体の調子を見ている場合ではない。
あわてて蒼は、マックスの側へ行くと
「マックス……私は夏冬を……。
《超空制圧第一艦隊》所属《ラングル級超空爆撃戦艦二番艦ナニウム》、正式番号《La5-192番》を逃がしてしまいました。
本当に申し訳ないです……」
頭を下げた。
部下の裏切りは上司が責任を取る。
正直な所、旗艦の位から降ろされるぐらいの覚悟を蒼はしていた。
マックスは蒼の頭を撫でると
「何、心配することはない。
お前が《ウヅルキ》を倒してからいったいどれだけの時間が経過していると思っているんだ?」
「へ?」
蒼にマックスは「いいから」と、短く返答を送り時間を確かめるように促した。
蒼は試しに《ネメシエル》へとアクセスして、今の時間を確かめる。
「に、二週間もたってるじゃないですか!」
蒼はそういったあと司令室にかかっているカレンダーを見た。
赤いバツマークは蒼の記憶にあった日が時間の彼方二週間前だと示していると同時に《ネメシエル》の時計の正しさを教えていた。
「マックスこの二週間で何かありましたか……?」
蒼がまず一番始めに気にしたのは戦況だった。
「いや、何もないさ。
ただ、変わったことは多い」
説明のためにマックスは机においてあるタブレットを取ろうとしたがあいにく手が届かない。
何度か届かせようとしたが届かずマックスは
「ちょ、ま、蒼」
仕方なしに支援を頼む。
「いやです」
「は、春秋」
「しょうがないっすねぇ……」
ようやく泣き止み、目を赤くした春秋が手渡したタブレットを手に、マックスはこの二週間で何が起こったのかを簡単に蒼に説明する。
「いいか?
戦線は膠着状態に陥っちまった。
こちらから攻撃しようにも敵は多くてな。
あっちからも攻撃してこない。
たぶん様子を見られているんだろう。
何というかつかの間の平和を味わってたよ。
だが、仲間を増やす作戦だけは何度も実行している。
そのおかげで戦力の増強にも成功したしな」
マックスはタブレットの画面を蒼に見せてきた。
蒼が眠っていたときも“核”の救出作戦は何度か実行されたらしい。
はじめは四人“核”がいなかったコグレ艦隊は今や三十人を超える規模になりつつあった。
しかもその五分の一を《超常兵器級》と《超極兵器級》が占めるのだから心強いことこの上ない。
だが、蒼はタブレット上に自分の《ネメシエル》の名前が無いことに気がついてしまった。
はじめは表記ミスだと思った。
「……あれ?」
画面をスクロールしてみるがどこにも《ネメシエル》の文字列は見当たらない。
《ネメシエル》はその識別番号上一番最後に来るのだが、番号順で並び替えたにも関わらず《ネメシエル》の文字は番号から存在していない。
「え……な、なんで……?」
蒼の背中を冷たいものが撫でていった。
「あ、あの、マックス?
私の、私の…………」
蒼が震えながら振り向いたときマックスはそこには居なかった。
説明はなし、と言うことですかね。
「…………」
あのやろー……。
「《ネメシエル》、マックスをトレース……《ネメシエル》?」
《ネメシエル》を使ってマックスの位置を炙り出そうとしたが《ネメシエル》からの返答はなかった。
ついさっきまで時間を教えてくれていたと言うのに。
春秋が迎えに来たときも喋っていたというのに。
つまり、《ネメシエル》もマックス側だということですね。
「この裏切り者がっ……!」
みんなでよってたかって私をいじめて楽しいんですかね。
心に大きな怒りの炎を燃やしながらマックスを探しに行こうとしたところで、
「蒼先輩!!」
春秋が蒼の腕を掴んだ。
「お、俺とデートしてもらうっすよ!
蒼先輩!」
「……そんな暇な――へ?
デートですか?」
これまた、あまりに突然のこと過ぎて蒼は完全に少しの間固まっていた。
《ウヅルキ》との戦いだったら確実に五発ほどぶちこまれていたであろう程の油断も生じている。
「……もらうっ……すよ……!」
蒼がなにも言わなかったのに不安になったのか春秋がもう一度重ねて言った。
「………………」
「……………………」
少しの沈黙。
また蒼の頭を混乱が支配する割合が増える。
春秋は冗談で言っているのでしょうか?
《ネメシエル》の名前がないタブレットを机の上に置き直し、春秋の顔を見る。
兵器の癖に春秋は死にそうなほど顔を赤くしていた。
なにがなんだか分からないがいまはそれどころではない。
混乱の要素が多すぎて話にならないのだ。
「《ネメシエル》のことも……。
蒼先輩が眠っている間に変わったことも……。
全部俺が話すっすから……だめっすか?」
その気持ちを察したのか、春秋は次の手を打ち出してきた。
まぁ……春秋は信用してもいいですよね。
「……いいですよ?」
返事と同時に大きな舌打ちをして、蒼はマックス探しを諦めた。
「軍服だと目立つっすから、隣の更衣室を借りるっすよ!
マックスが服を用意してくれていたはずっすから!」
「了解です。
マックスのやろー次見つけたら――」
春秋に連れられて蒼が部屋から出ていってしばらくするとマックスが、ロッカーからその、巨大な体を捻り出した。
頭には雑巾が乗っておりロッカーの中には清掃道具が大量に散らばっている。
「がんばれよ、春秋」
そう言いながらマックスは頭の上に乗っかった雑巾をロッカーの中へぶちこんだ。
※
「蒼……先輩」
「はいな?」
爽やかなそよ風が蒼の体を包み込む。
セウジョウの干からびた大地にも人が住んでいる以上はやはり潤いはあるものだ。
草木が繁る公園はひとつの区画を超える規模で広がっていた。
花壇には色とりどりの花が数多く咲いており、カラフルな蝶が多く飛んでいる。
潮の香りが強く、木々の間からは大きな海が見える。
セウジョウの海岸地区一帯に広がる公園はとても大きく、セウジョウの住民みんなの憩いの場になっているのだった。
この戦争の最前線だと言うのに人は皆強く、壊れた建物などを利用して広がる市場には買い物を楽しむ人の活気が溢れている。
そこの公園に二人は来ていたのだった。
たわいもない会話をしながら公園のベンチに座り真っ青な空を眺める。
「あの……その……」
「?」
とりあえず連れて来られたのはいいが何を話すのでしょうか。
人がポツポツと歩いてきては蒼の方をじろじろと見てくる。
無理もない。
幼い少年や少女はみんな遠くへと疎開した筈なのだから。
町の人からしたら蒼と春秋の存在は奇妙なものに写るのだろう。
「あ、あのあのあの……えっと」
「春秋。
なんなら先に《ネメシエル》について話してもらえますか?」
放っておけば春秋はいつまでたっても話を始めないに違いない。
察した蒼は自ら話題を提供することで春秋の頭に整理がつくように促したのだった。
「そ、そうっすね……。
あ、でもそれは俺の話を聞いてからにしてほしいっすよ!」
せっかく振ったというのにこれだ。
「……どちらでもいいですよ」
蒼はそういって爽やかな風に身を委ねた。
いつもの軍服ではなく、今は真っ白なワンピースを着ている。
ところどころに青色の花が咲いており、それがまた幼さを引き立てている。
ワンピースの袖は手首まであった。
春秋は、グレーに赤色の文字が入ったのパーカーに青色のだぼだぼするジーパンを履いていた。
“核”だとばれないように、とマックスの配慮らしい。
生まれてはじめて着る服は足元がスースーするせいで蒼は余計に落ち着かないのだった。
「まずは謝らせてほしいっす。
自分の、兄のことで」
風がやんだ。
木々を優しく揺らしていた潮風は、湿気を含まない都市風に変わって吹き始める。
乾いたコンクリートと鉄の匂いの風はゆっくりと柔らかく吹き付けると蒼の髪を弄ぶように長く空へと持ち上げた。
「……春秋。
あなたは何も悪くないですよ。
だからそんなに自分を責めないでください」
春秋は顔を一瞬上げたが、また曇りの表情に戻ってしまう。
「でも、兄は……俺達を裏切ったんすよ?
俺の中にも裏切り者の血が流れてる。
それに自分が耐えれないんすよ……。
蒼先輩の隣にいるのは……。
俺じゃなくてもっと別の従属艦がいいと 思うんす……。
だから……俺を《超空制圧第一艦隊》から……」
「ダメに決まってるじゃないですか」
蒼はピシャリと春秋の申し出を断った。
ダメに決まっている。
「蒼先輩……!
俺は……俺は!
兄の、罪を償なわゃならないんすよ!」
ほぼ、半泣きにも近い春秋を周りの人が不思議そうな目でちらっと見ては急ぎ足で去って行く。
春秋はそれに気がつき、気まずそうに蒼から視線を逸らした。
蒼は他人の目線など無視して、春秋が持っていた鞄から水筒を取り出すと少し口を潤す。
「だから、自分の物ではない罪を背負うのですか?
はっきり言ってそれはバカと言うものですよ」
水筒のキャップを閉め、蒼は冷たく言い放った。
春秋は何かを言おうとして口を開けたが、閉じて俯いてしまう。
風がまた吹きはじめ、花の香りを蒼に運んでくる。
蒼はゆっくりとため息をついて春秋の頬に手を当てた。
「春秋。
夏冬が出奔した今。
私が頼れる艦は《アルズス》と《タングテン》だけです。
旗艦を支えてくれる従属艦はたくさんいるかもしれません。
ですが、私の事まで知っている従属艦は貴方達しかいないんです。
だから……私についてきてもらえませんか?」
「……いいんすか?」
春秋は涙をぬぐい、蒼を見てくる。
蒼はとびっきりの笑顔でそれに「はい」と答えた。
「そこまで言われたら……。
もう、蒼先輩の側からますます離れるわけにはいかないっすね!」
「そうですね」
軽く流し、《ネメシエル》の話に春秋の意識を持っていこうとした。
だが、先に行動を起こしたのは春秋の方だった。
「……蒼先輩。
実は俺……は……そのー……」
なんでしょうか。
「…………?」
風が吹き花びらと葉が空へと舞い上がった。
その空気に押されたように春秋は滑らかに自分の気持ちを蒼へと伝えたのだった。
「蒼先輩のことが好き……なんすよ」
「……知ってますよ?」
蒼の答えは単純明快なものだった。
「っ!?
知ってたんすか!?」
春秋はまた顔を真っ赤に染めた。
そして恥ずかしいとばかりにパーカーのフードを頭から被ってしまう。
「え、じ、じゃあ付き合って……?」
「当たり前ですよ」
春秋は、息も絶え絶えになりつつもなんとか現世に留まった。
“核”として生まれて四年。
春秋の努力が今、報われ
「そりゃ従属艦が旗艦である私を嫌いなわけないじゃないですか。
付き合うも何も任務ぐらいならいくらでも付き合いますですよ?」
なかった。
蒼はなんの悪びれもせずにその言葉を春秋へと突きつけたのだった。
無垢というものは時に他人に大きな被害を与えてしまう。
無垢は罪、とはよくいったものだ。
そのおかげで今度は春秋が大きく混乱する立場に陥った。
「え、は、ほ、え……えっ?」
その混乱の様子はすごいものでフードを頭から被っているのにも関わらずその様子が透けて見えるようだった。
付き合う、には蒼はあまりにも何も知らなすぎると同時に考えが兵器すぎるのだった。
蒼の兵器思考が出した答えは盛大に春秋を傷つける。
「どうかしたんですか、春秋?」
春秋には蒼の笑顔が突き刺さるようだった。
今までシュミレーションしてきて、完璧に脳内で失敗、成功のツーパターンをマスターしていたもののこの斜め上方向に突き抜ける回答だけは予想外だった。
「え、蒼先輩!」
春秋が蒼へ本当の意味を理解してくれ、と言わんばかりに蒼の両肩を掴んだ時だ。
上空には異変が起こった。
今まで青空だった場所に、まるでキャンバスに黒い絵の具をぶちまけたようなシミが二つ、滲み出すように現れたのだ。
「春秋、私の目がおかしいんでしょうか?」
そういって蒼は空を指差した。
蒼が指差した先を春秋も目で追いかける。
「いや、おかしくないっすよ。
俺にも見えるっす」
黒い絵の具は広がり、やがて二つの丸い形に整う。
その黒丸にヒビが入ったかと思うと金属の質量が突き出してきた。
無の空間から現れた姿はまるで映画のワープのような感じを彷彿とさせる。
空だったところが壊れ、その代わりに金属の円盤が浮かんでいるのは奇妙な現象としか言えないのだった。
「あれは……?」
その二つのシュルエットは何処かで見たことがあった。
それもつい最近。
「あんな艦あったっすかねぇ……?」
春秋は蒼を離して艦を眺めている。
どちらにせよ二隻の真下についている砲台がこちらを向いていることが蒼の勘に触る。
味方だとしても、あいつらがこちらに砲門を向けているのはおかしいのだ。
味方しか存在しない場所へは普通砲門を閉じておくのが礼儀だ。
その砲口が少し光り始めた時、敵襲を知らせるサイレンが鳴り始めた。
「春秋!」
蒼が呼び掛け、自分達の上に“イージス”を張り巡らせた瞬間艦影の下部についている固定砲台が火を噴いていた。
赤いレーザーは蒼達のいたところではなく、活発に市場が開かれているセウジョウメインストリートを舐めるように移動。
たちまち都市は混沌渦巻く戦場と化したのだった。
爆発で飛んでくる破片を“イージス”で弾きつつあわてて司令部へと蒼達は戻るべく走り出す。
十分もあれば司令部のある基地敷地内に戻ることができる。
敵襲を知らせるサイレンが低く唸り、青い空に出来た巨大な蓋を蒼は睨み付ける。
丸い円形の形をした艦、どこかで……。
「――っ!」
そうだ。
ジェフティと共に戦ったあいつだ。
《ネメシエル》の攻撃を全て無効化した《パンケーキ》より何倍も小さいような気がするが……。
《パンケーキ》と同じような装甲を持っているとすると《ネメシエル》でも、勝てない。
だが《ネメシエル》が囮となりその間に味方を逃がすことは出来る。
「《ネメシエル》緊急起動!」
《ネメシエル》へと、起動コマンドを蒼は送る。
いつもなら返事はすぐに帰ってくるはずだったのだが、今回は反応がない。
「なんで《ネメシエル》からの応答がないんですか!?」
焦りと苛立ちが蒼を支配する。
何時までマックスと手を組んでいるんですかね。
もうそういうのんびりしていることをする時間もないのに。
唯一この事情を知っているであろう春秋を蒼は見た。
春秋は迫ってくる瓦礫を空へと弾き飛ばし、敵へと攻撃を加えていた。
サイレンの音を取り消すような爆音を立ててセウジョウ基地から迎撃の艦と戦闘機が出撃し敵攻撃を開始する。
だが、敵にその攻撃が通じている気配はない。
「《ネメシエル》!
早く……早くしないと!」
瞬く間に戦闘機達は叩き落とされてゆく。
唯一ダメージを与えれる《ジェフティ》は 任務に出ているらしくセウジョウにはいない。
「蒼先輩!
《ネメシエル》は――解体されたんす!」
その瞬間、蒼は全身の毛穴が大きく開いた気がした。
その直後に冷たい水が頭から浴びせられたような感覚が全身を刺し、すぐに沸騰したお湯に変わる。
「解体――ですか?」
このタイミングで、そんなことを聞くとは思わなかった蒼は動きを止めた。
「春秋――そんな――。
私は――。
私は……《ネメシエル》が無ければ生きている意味なんて……」
腰が砕け、蒼は地面に座り込んでしまった。
立とうにも動けず、まるで生まれたての小鹿のように震える。
「私は兵器なのに……。
それなのに………」
「蒼先輩!」
春秋が蒼の側に来て、手を差し伸べる。
蒼は春秋の手を取ることなく、ブツブツと独り言を吐き続ける。
「解体っていっても、なんて言えばいいんすかねぇ……!
えっと、蒼先輩、《ネメシエル》は新しく生まれ変わるんす!
今までのとは違い、大きく、強く!」
蒼はじろり、と春秋を睨んだ。
「……改装、ですか?」
「いや、もう新造と言った方がいいレベルっすけど……」
「………………」
全然分かりませんがな。
「とにかく蒼先輩、《ネメシエル》のところへ!」
あいからわず容量の得ない春秋の回答に蒼は首を捻る。
とにかく、《ネメシエル》がなくなったのではないらしい。
一瞬絶望したが、何とか気力を復活させた蒼は春秋の手を借りつつ立ち上がる。
「春秋、私を《ネメシエル》の所へ連れていってくださ――」
【みーつけたぁ♪】
【あーみーつけたぁ♪】
真っ青だった空が真っ黒の鋼鉄に塗りつぶされた。
いつの間にか、敵が蒼や春秋の上空に滞空していた。
遅れて敵艦から放たれる滞空のための熱風が全身を蝕む。
舞い上がる砂で蒼は片目を瞑り、手を前にかざした。
【さーて♪
《鋼死蝶》の“核”はどちらさんかなぁ?】
【かなぁ?】
外部に設置されているスピーカーから聞こえてくる二人の少年の声は、ねっとりとしてどこか寒気が走る。
「なんすかあんたらは!」
春秋が蒼の前に立ち、“イージス”を展開する。
蒼は春秋の脇の隙間から、敵を見据えた。
【僕達?
そうだねぇー。
《鋼死蝶》、君に落とされた姉の弟?
っていえばいいの?かな?】
【弟だよ。
姉貴の敵を今日こそ取らせてもらおうと思って。
でも困ったなぁ。
二人いるよ?】
【両方殺せばいいだけだよ♪】
【だね♪】
敵は、そういいながら艦底についた砲門をこちらに向ける。
砲身は赤いプラズマのようなものを纏っており、灼熱の炎をさっきまで吐き出していたためか、砲身がうっすらと熱を帯びておりゆらりと空気を掻き混ぜている。
【まぁ、どっちも葬ればいいんだよねぇ?】
【ねー♪】
敵がこちらへ向けた砲身が蒼達二人に狙いを定める。
「春秋」
「なんすか?」
蒼は春秋の服を引っ張りつつ、小さく作戦を言う。
「あいつらが撃つタイミングで、“イージス”を利用してジャンプ。
お互いばらばらに逃げましょう」
「了解……っすよ」
【じゃあねぇ♪】
【ばいばい♪】
敵が撃ってくる、そのタイミング。
蒼と春秋はほとんど同時に左右へと散った。
さっきまで二人がいたところは二隻の十字砲火の中心となっていた。
「春秋!」
「大丈夫っす!
また後であいましょうっすよ!」
【あらら、逃げちゃったー】
【僕はこっち。
お前はあっちな】
【りょーかい♪】
一人に一隻、ですか。
蒼は走りつつ、ワンピースの端を“イージス”を利用して破る。
まったく、走りにくいったらありゃしないですよ。
【待て待て―ほらほらー♪】
敵の声と共に飛んでくるレーザーは蒼の周りに着弾する。
わざとなのか本当に下手くそなのかは分からない。
“イージス”を体に展開させつつ、蒼は春秋から出来るだけ距離を取るように走った。
このまま、市街地に潜りこめば何とか巻くことぐらい出来るはずだ。
市街地につけばレーザーを遮る障害物は沢山あるし、構造物の中に逃げることも出来る。
なにより、市街地は広い。
そこから地下道などを通じればドックへ行くことぐらい可能だろう。
チャンスがあれば、ビルを倒して反撃とかも出来るかもしれない。
【まてってばー♪】
こいつ、覚えててくださいよ……。
飛んでくるレーザーギリギリでなんとか“イージス”で跳ね返しながら蒼は胸の内にふつふつと湧いてくる殺意を押さえる。
「せい!」
そのついでに転がっているビルなどの瓦礫を“イージス”で持ち上げ敵へと投げつけてみるが効果はない。
《ジェフティ》ほどの質量がないと、やはりあの完璧なバリアを破ることは出来ないようだ。。
「っち!」
【ちょこまかとうっとおしいぞ~♪
逃がすかって♪】
やってきたレーザーを右へ躱し、大きな木を曲がるとようやく市街地の入口である、白い門が見えてきた。
門には沢山の綺麗な彫刻が施してあり、天使が坪を持っている。
丸々一区画を使用した変に広すぎる公園もこうして障害になる日が来ると誰が思っただろうか。
敵のレーザーをなんとかギリギリでかわしつつ、あと二十メートルほど走れば門をくぐり市街地に抜けられる。
そんなときだった。
【狩りは絶対じゃないとねー。
あんたが《鋼死蝶》でしょ?】
女の声と共に目の前に、巨大な軍艦の艦底が空から現れ街の門をすりつぶした。
そのまま門をすりつぶした金属の塊がである砲塔に一つついてる砲門が蒼の方を向く。
全部で三隻存在していたってことですか……。
「ちっ――!」
蒼はあわてて足を止めて反転し、元来た道を戻ろうとする。
だが、それをさせまいともう一隻が蒼の前に回り込んでいた。
こうやって改めて見ると《パンケーキ》よりも幾分か小さいようだ。
全長二百メートル程度だろう。
量産型、と言えばいいのだろうか。
【ちょ、姉貴!
僕の獲物取らないでよ~】
【あんたがのんびりやってるからでしょ♪】
【ちぇっ】
それでも侮れない防御力と、レーザー兵器を寄せ付けない装甲には舌を巻くしかない。
【まぁ、何だ。
でも、これで最後じゃない?】
【《鋼死蝶》も案外脆いもんだねぇ♪
中身を狙うのが一番楽だしねぇ♪】
蒼を向いた砲門から赤色のレーザーが、撃ち出される。
「っく……!」
蒼に向かってぶっ放されたレーザーを蒼は“イージス”で跳ね返そうとするが、不可能に終わる。
レーザーの持つエネルギーと衝撃で蒼の体は吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
「ぐ……」
【ほらほら♪】
またもう一発、向かってくる。
鈍い痛みを歯を噛み締めて堪えつつ“イージス”を展開したがやはり体は吹き飛び今度は太く天へとそびえる木の幹へと強く体を打ち付けた。
その際に幹のとげで額を軽く切り、打ち付けられた背中からはうっすら血がにじむ。
純白のワンピースは、赤く蒼の血で染まり始めていた。
ぶつかった際に右腕を下にしてしまったからだろうか。
動かそうとすると鋭い痛みが蒼の脳を突き上げる。
【あーあ。
だめだねつまんなーい】
【《鋼死蝶》もこれで終わりかぁ♪
《ウヅルキ》も、大したことない奴なんだねぇ。
僕一回でいいから《鋼死蝶》と戦ってみたかったなぁ】
【そうねぇ。
まー、もうそれも叶わぬ願いねぇ
全武装最大展開♪】
パチン、と敵艦から指の鳴ったような音が聞こえたかと思うと目の前に浮かぶ軍艦の艦底が変形を始めた。
まず一門しかなかった砲塔と同じものが八基ほど出てくる。
続いて機銃群が現れたかと思うと今度は三連装の巨大な砲塔がど真ん中から現れてきた。
その回りを覆うようにまた機銃群が群れて出てくる。
まさにイチゴがたっぷり乗ったホールケーキのような見た目に、蒼はオリジナルよりもパンケーキしてますね、と変なところで感心した。
【叶わぬ願いを叶えようとは思わないわよねぇ?】
三連装砲はゆっくりと旋回すると蒼に狙いをつけた。
口径は三十センチほどの口径だったが、重巡洋艦並の砲は蒼の命を“イージス”ごと貫いて焼き尽くすだろう。
万事休す、だと言うのに蒼は少し笑っていた。
そして、二隻を睨みつつ少し口端を吊り上げてベルカ語を吐き出した。
「まったく、遅いですよ《ネメシエル》」
(……すまなかったな、蒼副長。
再起動に手間取ってしまった)
次の瞬間、蒼を挟んでいた片方の敵艦を太いオレンジ色のレーザーがぶち抜いていた。
その口径は優に百センチを超える大口径であり、一瞬にして敵艦のバリアを突き抜けた。
想定設計以上のエネルギーを持ったレーザー、ということだ。
【なっ……弟よ!?】
炎を散らしながら敵艦は蒼を飛び越え、海へと落ちて行く。
舷側には巨大な穴が開いており、何かに噛み千切られたような形跡は間違いなく“光波共震砲”のものだった。
【嘘でしょ……?
一撃で……!?
私達は、“亜空間鏡面装甲”を展開している筈なのよ!?】
海に落ちた敵艦は一拍置いて爆発、巨大な水柱が屹立する。
水柱は風に吹かれ砕け、細かい塩水は蒼に降り注いだ。
“イージス”を展開して塩害を逃れつつ
「戦ってみたかったんでしょう?
私と」
蒼はもう一隻のど真ん中にロックオンカーソルを重ねた。
負傷した右腕には、ベルカの《超極兵器級》を操る“核”の証。
“ワープダイヤモンド”が浮き出ており、鈍く光っていた。
左腕を敵へ向け、銃の形にする。
【ひっ、じ、冗談じゃないわ!
貴女みたいな化け物と戦えるわけないじゃ――】
蒼から離れ、空へと逃げようとする敵を自分の左手と重ね
「手遅れです。
さようなら、は私が言うに相応しかったみたいですね」
蒼は《ネメシエル》からの攻撃の照準を敵に合わし、引き金を引いた。
セウジョウの第四乾ドックから飛翔した三百六十センチの大口径“光波共震砲”は一発で敵艦の装甲を砕いた。
【え……うそっ……やだ……!】
右舷から入ったレーザーの威力は今までの《ネメシエル》とは比べ物にならないほど巨大なもの。
それに敵艦が耐えれるはずもなかった。
想定外のエネルギーを喰らった装甲は剥離し、巨大な穴を形成する。
その穴の奥へとオレンジ色の“光波共震砲”の光は突き進む。
今まで以上の高熱と貫通力、威力を持ったレーザーにとってたった二百メートルなど無いに等しいものだった。
ほとんどエネルギーを縮小させることなく左舷から出たレーザーはそのまま空へと消えてゆく。
敵船体には“光波共震砲”から発せられていたプラズマが残り青白い光をところどころから出していた。
一気に船体の奥まで破壊された敵艦は推進を失い、蒼の隣二十メートルほどの場所へ墜落した。
「まったく……」
(すまんな。
だが、新しい体は私は素晴らしいと思うぞ)
「とにかく今は疲れました。
《ネメシエル》、周辺海域、空域をトレースしてください。
敵艦が現れたら攻撃、撃沈をお願いします」
(了解した)
蒼が足を運んだその時落ちた敵艦から一本のカプセルのようなものが射出された。
“核”がまだ生きていて緊急脱出装置を作動させたのだろう。
(蒼副長、攻撃するか?)
「いえ。
別にいてもいなくても変わらないでしょうあんなもの。
必要ありません《ネメシエル》」
右腕の傷みを左腕で抑えつつ歩き出した蒼の右上を一隻の戦艦が駆けてゆく。
あの形は《ラングル級》……フェンリア操る《タングテン》だ。
《タングテン》が発砲した音が周辺にこだまする。
オレンジ色のレーザーは正確に敵のカプセルを射抜いた。
『蒼さん、ご無事か。
よかった』
「……もう少し早く来てくれてもよかったんですよ?」
蒼は落ちた敵艦を眺めつつ、フェンリアに軽く皮肉を吐いた。
This story continues.
ありがとうございました!
新生ネメシエル。
強い……のかしらね。
でもまぁ。
当然敵も強くなるからね。
仕方ないね。
ではでは!




