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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
混沌戦線
31/81

司令の仕事

「蒼の容態は?」


「“部品”ちゃんのですか?

 ああ、安定しています。 

 明日には目を覚ますのではないかと」


「そうか……分かった」


「失礼します」


「ああ、ドクター」


モニターの中にいるひょろっこい男が振り返る。


「何か?」


不満そうな顔を向けたまま男は眉をひそめた。


「“部品”という呼び方はやめろ。

 彼女達も生きているんだ」


モニターの中の男は不満そうに何かを言い返そうとしたが、マックスが睨むと黙る。


「…………失礼します」


目の前のモニターからいけ好かない顔が消える。

ドクターブラド。


「つまらない男だ」


 そしてあいからわず嫌なやつだ、とマックスは心の中に吐き捨てた。

ここ最近じっくり眠っていないためにぼんやりと霞がかかった目頭を揉み、胸にため込んでいた疲れをため息と一緒に吐く。

 窓から見えるのはコグレの見慣れたのんびりとした風景ではなかった。

しとしとと黒雲が雨を降らせる中、ずらりとならんだ巨大ドックや造船所のクレーンなどが立ち並び、緑が一掃された鋼鉄の支配する空間だ。

カタカオ地方最大の工業都市セウジョウの超高層ビルの建ち並ぶ大都会が窓の外からは見える。

海は大きく荒れ、乾ドックを守る防護壁にその身を叩きつけるように打ち寄せていた。

摩天楼のてっぺんは黒く低い位置を漂う雨雲に突き刺さっており、軍艦の衝突を避けるために光る赤い電灯の光だけが微かに黒雲の隙間から漏れ出ている。

そんな摩天楼よりも目立つのは《ウヅルキ》の海面から伸びる巨大な船体だった。

摩天楼よりも大きな船体はまっすぐに天へと昇っている。

生きていた時は太陽のように輝いていた奇妙な模様も船体に浮き出すことなく沈黙していた。


「あなた、なんだって?」


 疲れでぼーっとするマックスを気遣うように副司令が電話の内容を催促する。

マックスは大きなあくびをひとつすると涙の溜まった目を副指令に向けた。


「ああ、詩聖。

 明日には目を覚ますらしい。

 ふー……少し安心したよ」


副司令の淹れてきたコーヒーを口に運び、マックスはようやく全身の力を抜くことが出来た。

少し塩の効いた海軍式のコーヒーは苦味が後を引く。

その苦味があまり好きではなくで砂糖を少し加える。

副指令の淹れるコーヒーは当たりハズレが酷かったがマックスは文句を言えない。

いったら最後、淹れてくれなくなるからだ。


「よかったわねぇ。

 これで少し気が抜けるわねぇ」


「まったくだ。

 本当に無茶をしやがったからな……」


コーヒーをかき混ぜつつマックスは遠い方を見るような目つきをする。

まぁもっとも無茶をしたのは蒼ともう一人いるんだがな。

マックスはきりきりとこみ上げる空腹感に気が抜けたことでようやく気が付き、副司令にお願いをする。


「詩聖。

 すまないがちょっとお使いを頼まれてくれるか?」


「いいわよ?」


「少し腹に何か入れたい。

 なんか甘いものを頼む」


「りょーかいかい」


副司令は、小さく手を二回ほど振ると自動ドアから外へと出て行った。


「………………」


ドアの閉まる音と共にマックスは立ち上がり、再び窓の側へと歩いた。

先ほどの窓とは反対の窓から外を見る。

ずらりと並ぶ巨大構造物のようなものはセウジョウ造船区画沿岸部に設けられている乾ドックだ。

 乾ドックの中では何百メートルもある溝が掘られており、そこに軍艦が横たわる。

乾ドック自体は全部で二十ほどあり、一番大きな第五乾ドックは拡張された応急用であり、全長はおよそ四キロあった。

そして四キロの第五乾ドックには、既に八割程度作られた軍艦が存在している。

第五乾ドックの隣である第四乾ドック、は構造物や周辺機材などがボロボロに崩れており、まるでそこだけ台風の直撃を受けたような様だ。

全く、無茶をしやがる。

マックスはその様子を眺めほとんど空になったコーヒーの残りを飲み干した。

 第四乾ドックの建物の隙間から見える内部には、艦首がどろどろに溶解し大破、航行不能に陥った《ネメシエル》が係留されている。

損傷のひどい右舷や艦首は修復の見込みがたっていない。

材料も、人手も十分に足りているのだがいかんせん《ネメシエル》は傷つきすぎたのだ。

《ウヅルキ》を轟沈させた代わりに《ネメシエル》も大破、着底。

いわゆる二隻とも修理も、改装すら不可能な状態になってしまっていた。


「ふー……」


最強の矛と矛がぶつかった時、両方とも使い物にならなくなる――か。

ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出し、一本取ると火をつける。

大昔のことわざの答えを見つけたマックスはタバコを胸いっぱいに吸い込んだ。

 タバコから立ち昇る煙を追いかけマックスはそっと黒雲を見上げた。

マックスと整備班各種リーダーが話し合った結果、《ネメシエル》は解体することに決まった。

そのかわり蒼には新しい軍艦が与えられる。

《ネメシエル》のAIと“レリエルコード”は《ネメシエル》からそのまま移植するため蒼の操艦に直接的な障害は出ないだろう、との結論も出ていた。

ただ、《ネメシエル》との操作性の違いに多少なり混乱はするだろう。

蒼が与えられる新しい艦を気に入るかどうかは別としてだけどな。

しとしとと静かに雨を降らし続ける黒雲などそっちのけで第四、第五乾ドックでは徹夜で作業が行われている。

第八、第九乾ドックでは先ほど任務から帰還した《超常兵器級》が整備されるために体を休めていた。


「ふー…………」


タバコを吸いながら第四乾ドックに残る巨大な傷を眺める。

その傷は巨大で《ネメシエル》の部品がまだ周辺に散らばっている。

傷はまだ新しく二週間前にはそこにはまだなかった。






     ※






 《ウヅルキ》との戦いが終了した《ネメシエル》はコグレまで帰る力すら使い尽くしたようだった。

《ネメシエル》の“核”である蒼は意識を失っており、緊急時に《ネメシエル》を操艦するはずの自動航行装置も酷いダメージで作動していないように見える。

《ネメシエル》のAIは生きているはずだが応答はない。

コグレ司令部からマックスは必死に《ネメシエル》へと繋がるマイクへ怒鳴っていた。


「《ネメシエル》! 

 応答せよ!

 蒼!」


司令室から直接コントロールするべく多数の方法を試みるも、エンジン回転数は下がってゆき、船体に蓄積されたダメージで高度を維持することもままならない。


「蒼起きろ!

 くっ、コントロールを何とかしてコグレへ移せ!」


黒煙を吐き、空を航行する《ネメシエル》の艦首はコグレへと向かおうとしていた。

恐らく蒼が気絶する前にコグレへの針路をインプットしたのだろう。

機関が止まりかけている今、自動航行装置が生きているか死んでいるかは大きな問題とは言えなかった。


「……ダメです!

 強制排熱コード使用による影響でコントロールキーが弾かれます!

 “レリエルコード”の書き換えも出来ません!

 《ネメシエル》完全に制御不能です!」


「セウジョウ沿岸部に緊急避難信号を発令しろ!

 周辺住民の避難をもっと急がせろ!」


《ネメシエル》を替わって司令室がコントロールしようとしたが、帰って来る答えはエラーコードのみ。

どれもこれも蒼が強制排熱コードを使用した副作用だ。

アクセスポイントをはじめとしてコマンドを受け付けるソフトウェアに数多くのバグが発生したのだ。


『蒼先輩は俺が助けるっす!』


春秋が遠く離れた作戦地域から艦艇ネットワークを通じて強制的に《ネメシエル》のシステムへと介入した。

エラーコードの上からコードを書き直し、落ちる《ネメシエル》をなんとか建て直そうとする。

《ネメシエル》の巨体が海に落ちた場合、沿岸区域は《ネメシエル》が引き起こした津波で壊滅的な被害を受けるだろう。

それだけはマックスとしても避けたかった。

表示された被害予想図にカタカオの軍港であるセウジョウがすっぽりと収まっているのだ。

セウジョウは巨大な軍港であり、失った損失は計り知れない。

本来なら五十メートル級の津波にも耐えれるようにできている防護壁は戦闘の影響で作動していなかった。


「ちくしょう……!」


《ウヅルキ》が落ちた衝撃でセウジョウの湾岸防護壁はあちこちが崩壊していた。

防衛装置の稼働率は片方の手で数えることの出来る割合だ。

これでは《ネメシエル》の墜落が引き起こす津波には耐えれない。


『っ、ダメっす!

 弾かれるっす!

 蒼先輩!

 起きるっすよ!!』


 春秋の、悲痛な叫びも蒼には届かない。

計算によると墜落までおよそ五分の時間があった。

マックスは唇を噛むと、モニターに写る《ネメシエル》の巨大な矢印を睨んだ。

二千五百万トンもの質量が大空から海へと落ちて行く。

それをただ指を咥えて見ていろ、とでも言うのか。


『アカンわ!

 あたいでも介入でけへん!』


 既に任務を終えた《アイティスニジエル》率いる艦隊が作戦地域から離脱しセウジョウへと向かっていた。

距離は凡そ十キロほどにまで迫っており、《アイティスニジエル》からは《ネメシエル》が確認できているだろう。

そこでマックスは考えていた最善の方法を朱へ伝えることにした。


「……《ネメシエル》を攻撃出来るか、朱?」


『マックス?』


誰もが絶句した。

気でも狂ったのか?といった視線をあちこちから感じる。

朱の驚きの声を打ち消すようにマックスは言葉を重ねる。


「こうなったら、《ネメシエル》を攻撃して完全に破壊。

 破片を出来るだけ小さなモノにして被害を抑えるしかないだろう」


『なんや!?

 あんまりふざけたこといってるとしばき倒すで!?』


朱はぶちぎれた顔でマックスに噛みついてきた。


「ふざけてなどいない!」


そしてそれに対抗するためかマックスは大声を上げてしまっていた。

司令室のオペレーターと部下がマックスをぎょっとした目で見つめる。

マックスは小さく息を吐きながらもう一度言葉を吐き出した。


「ふざけてなど……いない!

 このまま《ネメシエル》が落ちてみろ!

 カタカオは……セウジョウは終わりだ!

 俺達はようやく大規模整備出来る場所、そして資源を手にいれたんだ!

 それを……無くす訳にはいかない!」


『せやけど!

 攻撃したら蒼が……蒼が!』


「……分かってる。

 分かっているからこそ、お願いしてるんだ。

 《アイティスニジエル》、《ネメシエル》攻撃を承諾してくれ」


《アイティスニジエル》の攻撃は“イージス”も、“強制消滅光装甲”も無くなった《ネメシエル》の船体をバラバラに砕くだろう。

当然蒼もその中で死ぬ。

すべてを覚悟したマックスの気迫は反論を展開しようとする朱を黙らせるのに十分だった。


「墜落まで残り三分!」


冷静沈着を装うオペレーターの声だけが両者の間を駆ける。


『……分かったっすよ』


『春秋!?』


はじめに承諾したのは朱ではなく、春秋だった。

震え声ながらもしっかりとした声で、


『俺達が……やるしかないんすよね?』


『……私も。

 それが司令のお言葉なら。

 攻撃する』


今まで黙っていたフェンリアも春秋に、同調した。


『《ネメシエル》の装甲は今ならこの《ラングル級》でも抜ける。

 だから任務に支障はない』


フェンリアは、それだけ話すとむっつりと拗ねたような顔つきになった。

それが彼女なりの覚悟を決めた顔なのだろう。


『フェンリア、春秋……あんたらほんまに……!』


朱はそれ以上の言葉を紡ぎ出せなかったようで、唇を噛み締め小さく縦に頷いた。


『……分かった、ええで。

 司令の命令があり次第ネメシエルを攻撃。

 破片を出来るだけ小さくするで!』


「すまない」


「《ネメシエル》墜落まであと二分!」


蒼、すまないな。

恨むなら恨んでくれ。

マックスは机に両手をつき、握りしめた拳を机に叩きつけた。

跳ねたコップが倒れ、中に少しだけ入っていた飲み残しのコーヒーがこぼれる。


「お前の無念は俺達が引っ張って行く。

 蒼、すまない」


残り一分。

攻撃命令を下す時間。

作戦概要を映し出している液晶に広がる黒い液体を眺め、マックスは命令を出すために拳を握りしめ口を開いた。

本当に……本当に……すまない。


「《アイティスニジエル》!

 《アルズス》!

 《タングテン》!

 攻撃を―――」


「司令!

 所属不明“核”からのシステム介入が開始されました!」


オペレーターの声にマックスは思わず汗の滲んだ拳を開いていた。

攻撃開始合図は遮られ代わりに疑問が口からこぼれる。


「何処の“核”だ!?」


部下が確認の視線を飛ばす。


「出ました!

 これは……識別番号は《ウヅルキ》!

 《ネメシエル》と、同型艦の《ウヅルキ》です!」


「なんだと!?」


マックスはオペレーターの見るモニターを後ろから見た。

確かに識別番号は二三六であり、《ネメシエル》と同型艦の《ウヅルキ》を指していた。


【《ネメシエル》は任せろ。

 俺様が責任をもって一番近い第四乾ドックに、墜落させる】


モニターに《ウヅルキ》からのメッセージが表れる。

紫が《ネメシエル》のシステムに強制介入し、制御系統を把握したのだ。


「《ウヅルキ》、《ネメシエル》のシステムを全把握!

 全損傷ソフトウェアの修復を完了しました!

 《ネメシエル》再起動を開始!」


「第四乾ドック職員の待避を急げ!

 今すぐにだ!」


第四乾ドックには老朽化した駆逐艦が横たわっていた。

その駆逐艦の周辺には解体作業をしている同胞がまだ大勢いる。

それに近隣住民も《ネメシエル》と《ウヅルキ》の戦いを見るために外に出ている人が多かった。

人間が《ネメシエル》墜落の衝撃、そして津波などに巻き込まれたらひとたまりもない。


「司令……」


不安そうにマックスを見てくるオペレーターの声を聞きつつ


「信じてみるしかないだろう。

 ……第二艦隊、聞こえるな?

 《ネメシエル》に砲門を向けたまま待機しろ!」


『なんなん!?

 何が起きてん!?』


今一状況が飲み込めない朱は、マックスに混乱の言葉を投げつける。


「《ウヅルキ》が《ネメシエル》に強制介入したんだ」


 《ネメシエル》と同型の“核”によるシステムへの介入。

前例は数多く報告されておりどれも成功確率は高い。

第四乾ドック付近ではサイレンが多く鳴り響き出した。

マックスはひとまず安堵したが、《ネメシエル》を操っているのは敵だ。


「《ネメシエル》の機関再始動!

 各種航行システムがオンラインになっていきます!

 《ネメシエル》墜落時間再計算。

 墜落まであと二分!」


頼むぞ、《ウヅルキ》。

敵を信じるというのも、おかしな話だ。

マックスはこぼしてしまっていたコーヒーを台拭きで軽くふき取るとモニターだけを見続ける。

《ネメシエル》を表す矢印が反転し、第四乾ドックへと向かい始める。

第四乾ドック周辺では緊急避難のサイレンが鳴り響き、急いで避難する作業員達の怒号と悲鳴が溢れかえっている。

周辺住民は何事かと血相を変えて飛び出してきたがすぐに落ちてくる《ネメシエル》に視界を奪われ、状況を理解し逃げ出す。

一番最後の作業員達が逃げ切った報告を


「全員の退避、完了しました!」


オペレーターが読み上げ、マックスは第四乾ドック周辺の防塵壁をはじめとする対災害防護壁を組み立てるように命令した。

少しでも被害は抑えなければならない。


「《ネメシエル》墜落まで三十秒!」


防塵壁及びその他多数の巨大な壁が、地面からせり上がり第四乾ドックの、建物を覆うように築かれて行く。

隣り合った壁と壁の間では鋼鉄の棒が何本も通り、お互いを固定する鈍い鉄の音が鳴る。

防塵壁の高さは凡そ八十メートル。

第四乾ドックの溝と合わせれば《ネメシエル》の全高よりも高い。


「さあ、落ちてこい」


《ネメシエル》が落ちてきても被害を最小限に抑える手段はこうじた。

あとは、《ウヅルキ》を、紫を信じるだけだ。


「《ネメシエル》落下まで五秒!」


頼むぞ。

紫。


「三、二、一……衝撃、今!」


コグレのモニターに映る状況に音も画像もつかないせいでマックス達には少しもセウジョウの様子は伝わらなかった。

だが、被害は最小限ですんだ、ということは分かっていた。

 《ネメシエル》が墜落した途端に小さな地震がセウジョウ湾岸区域を襲っていた。

大地の揺れはすぐに収まったが、ゴロゴロと鳴り響くのは雷のような音と、《ネメシエル》から立ち上る黒煙が不気味に静けさを際だ立たせている。


「《ネメシエル》接岸を確認!」


《ネメシエル》は何とか体制を建て直しつつセウジョウの第四乾ドックへ無事に墜落したのだ。

防壁を突き破り、乾ドックを覆う屋根を崩しながらその船体を狭い隙間へと押し込んでゆく。

主翼は既にもげ落ち、下部火器管制装置は船体から引き剥がされた。

老朽化して解体されていた最中の駆逐艦をボールのように、蹴散らしまっぷたつにへし折る。

船体に押しつぶされる形になった下部“五一センチ六連装光波共震砲”達もゴマのようにすり潰される。

折れた主翼が乾ドックの壁にぶつかり、船体も乾ドックにこすれて大量の火花を散らしながらスピードを落としてゆく。。

《ネメシエル》は長い傷を第四乾ドック内部に引きずりながら進み、鋼鉄の壁に艦首を突き刺しようやく止まったのだった。






      ※






「あなたー、チョコレート持って来たわよ」


ドアの開く音と共に入って来た副司令の声で二週間前のことを思い出していたマックスは、突然現実に連れ戻された。

あの後マックスはすぐにコグレからここ、セウジョウに飛んだ。

敵の司令官たちはとっくに逃げ去り、もぬけの殻だったこの司令部に本部をコグレから移すことを決めたのだった。


「ん、すまんな」


マックスは副司令の持ってきたチョコレートの包み紙を外しながら話しかける。


「なぁ、詩聖」


「なに?」


マックスにはもう一つ心配事があった。


「春秋のことだが……」


「ああ。

 そうね……」


 副司令はすべてを察したように小さく首をかしげつつ指を唇に重ねた。

春秋。

裏切り者の夏冬の妹であるとともに“家”が作り出した“核”の失敗作。

感情をもって生まれた兵器。

詳しいことは本人から聞くしかないが、味方からの目は厳しくなる一方だった。

春秋は万が一を思い、《アルズス》ごと“レリエルコード”を自らロックしていた。

今まで与えられていた個人用の部屋も無く、薄暗く冷たいセウジョウの営倉で寝泊まりしている。


「まったく、困ったものよね……。

 私達は別に気にしないと言うのに」


命令で春秋は営倉に入ったわけではない。

自ら望んでのことだ。


「蒼にたいして特別な思いを抱いていたのも納得できるな。

 “家”が実験的につくりだしたんだから。

 まったく、丹具博士もやんちゃと言うかなんというか」


丹具博士は、“家”にいる実力者の一人だ。

空月博士ほどではないが、それでも大きな技術力を持つ人五本の指には入る。

マックスが話で聞く限り気難しいおじさんらしい。


「やれやれ……。

 彼女――いや、彼か?」


これまたややこしい。

マックスは頭を振り、肩をすくめた。


「どっちでもいいんじゃない?

 春秋は体は女だけど脳は男だし」


「……ややこしいな」


「ええ。

 だから、兵器なのに兵器にウフフーンなんてものをしてしまったのね」


「あえてなんで擬音語を使って隠す必要があったのかいささか疑問だが。

 まぁ、そうだな。

 恋だな」


口の中で溶けてなくなったチョコレートの代わりをマックスは口の中に入れる。

部下のメンタル管理も上官の仕事だ。

時計を見ると午後三時。

話し合いにはちょうどいい時間帯だろう。


「少し、春秋と話してくる」


「ええ。

 いってらっしゃい、あなた」


マックスは歩き始めた歩みを止め振り返り、副司令に対して口を開く。


「いいか?

 今は勤務外だからあなた、でもいいが――」


「分かってるわよ。

 勤務中は司令、でしょ?」


「ああ」


 軽く躱されたため、マックスはそれ以上言うことなく自動ドアをくぐった。

司令室から出ると、コグレとは違いピカピカに磨きあげられた廊下、そして綺麗な壁が目に入る。

連合が置いていったゴミの大部分はようやく片付き、残っていたものも今日の清掃で全てが処分されるはずだ。

建物の大きさはコグレの倍はあり、お陰でマックスは未だに迷っていた。

大きすぎるというのも考え物だ。

ホイホイと巨大な軍艦を作っているベルカ人が言うことではないが。

たまにマックスは思う。

戦艦が一キロを超える必要は、無いんじゃないだろうか、とか。

何もわざわざ仮想敵国をヒクセスにしなくてもよかったんじゃないか、とか。

大昔の大戦では、戦艦は全長三百メートルにたどり着かないぐらいの大きさだったと聞く。

それがまたどうしてここまで巨大化したのか。

結論を自分の中でいつものように出せないまま、壁にかかっている案内掲示板の前までやって来た。


「営倉何処だっけなぁー……」


廊下を通りすぎる兵士に敬礼を返し、一人ぼやく。

建物は大きな長方形が四つくっついた形をしている。

そのうち二つは居住区画になっていた。

司令室があるのは第三号棟であり、春秋のいる営倉は第一号棟だった。

徒歩で十分といったところだろうか。

まったく、遠いのも本当に考えものである。

小さく顔をしかめてマックスはもう一度案内掲示板をじっくり眺め、道を確認する。


「司令!!

 おはようでございマス!!」


案内掲示板を見ていると元気な双子がやって来た。

その片方が挨拶をしてくる。


「おう、おはよう?

 そんな時間じゃないけどな」


「司令!!

 こんばんはでございマス!!」


「おう。

 こんばんは……?

 って時間帯じゃねぇよ、二人とも。

 さっきの俺の発言聞いてたのか?」


聞いてたわけないよなぁ……。

自分で自分に答えを返して腕時計を確認する。

確かに、今は午後三時だよな。

おはようともこんばんはとも違う。


「作戦お疲れさまだな。

 よくやってくれた」


「「フヘヘヘ……」」


双子は二人してのんびりのほほんとした顔つきをしている。

二人ともそっくりで、唯一区別をつけることが出来る場所はメガネの色とほくろの位置ぐらいだ。

それと髪型などを除けばあとはどれも同じにしか見えない。

今年高校に上がるぐらいの少年と少女に見えるが、実際はこの二人は《超常兵器級天覆航空母艦メレジア》の“核達”だ。

片一方は八女九やめくMメレジア・メレニウムで、姉。

主に操艦を担当している。

セミロングで、中々にかわいい愛嬌のある顔をしている。

右目に大きめの泣きボクロがあり、それがまた変に色っぽさを出している。

片一方は八女九・M・ジアニウムという名前で弟。

身長も体型も胸などを除けば姉と何らかわりなく女の子にも見える。

ただ最近は髪型を丸坊主にしようか、とか血迷っているらしい。

こちらは左目に泣きボクロがある。

主に艦載機の操縦を担っており、その腕前はベルカ艦隊一だとか。

髪型は帽子を被っているためか、マックスは見たことがない。

なんともまぁ、二人とも安直な名前を付けられているものだとマックスは思っている。

服装は二人とも軍服を装着しており、階級は中佐だ。

そして二人して独特の話し方をする。

まるで機械が話しているような、そんな無機質なしゃべり方だ。


「なにしてるんですカ?」


メレニウムが白のフレームのメガネの奥から見上げてくる。


「んー?

 いや、春秋のいる営倉へ向かうところだ」


「春秋?

 あの裏切りモノのイモウト?」


ジアニウムが黒のフレームのメガネの奥から姉と同じような目付きで見上げてくる。


「…………そうだ」


「「フヘヘヘ……」」


この二人、悪いことを言っている気はないのだろう。

ただ、色々とねじが飛んでいるだけで。


「司令も大変デスネ。

 まー、頑張って下さいデスネ」


メレニウムが悪びれたそぶりもしないで、マックスの肩を叩いた。


「頑張るも何もないんだけどな……。

 俺からしたらお前らが頑張ってくれなきゃ困るしな」


「そうなんですカ?」


ジアニウムが、よく分からないと言ったような顔つきをしたためマックスは追加の説明を加える。


「俺が頑張ったところでどうしようもないからな。

 戦うのはお前達だ。

 だから、頑張ってくれなきゃならんのさ」


「なるホド?」


ジアニウムはまだ飲み込めていないらしい。

メレニウムは


「とりあえず司令。

 ガンバってくだサイ!」


そういって会話を切る努力をしてくれた。

ジアニウムはやっぱり頭が少し弱い。


「おう。

 お前らもな」


「「フヘヘヘヘ……」」


 双子は笑うとどこかへフラりと消えていく。

何だか、出会うと疲れる二人だ、とマックスは胸の奥に思いつつ、掲示板通りのルートをたどって営倉の前の扉にたどり着いた。


「あ、マックス。

 お疲れさまっすよ!」


扉を開けた時、中にいたのは春秋は迅速にこちらに気がつく。

手に持っていたのは綺麗な絵が描いてある画集だ。


「よお」


 春秋の入っている独房は、小さなものでトイレと手洗い器具、そしてベッドだけの部屋だった。

囚人が身に付けるようなタンクトップ一枚で春秋は過ごしているようだった。

下は軍服を流用していたが、すでに破れボロボロになっていた。

マックスは本能で一番始めに春秋の大きな胸に目が行ったがすぐに気持ちを建て直し、山吹色の瞳に焦点を合わせる。

春秋は笑ってはいたがどこか悲しい顔をしていた。


「元気か?」


「まぁまぁっすね」


少し、痩せたようにも見える。

哀れみを覚えつつも、春秋との間に挟まっている鉄格子の鍵を取りだし、開く。

マックスは春秋の眠るベットに腰かけると春秋の目を見た。


「なぁ、春秋。

 いい知らせがあるぞ」


春秋は画集を眺める手を止める。


「なんすか?」


「蒼が明日には目覚めるらしい」


 春秋はその言葉を聞いた途端、ホッとしたようだった。

画集を閉じ、胸をなでおろす。


「ほんとっすか!?

 よかったっす……」


春秋の閉じた目からは涙が零れていた。

マックスはハンカチを渡しつつ


「目覚めたら、真っ先に行ってあげてくれるか?

 恐らく……お前が一番蒼にとっていいだろうから」


「俺がっすか?」


 春秋は理解できない、といったように首を振った。

画集を開きまた視線をその上に落とす。


「そうだ」


春秋は口を少し尖らし、更に俯いてしまう。


「でも……俺の兄が……蒼先輩を……。

 どんな顔をして蒼先輩に会えばいいのか分からないっすよ……」


 マックスは春秋の頭をわしわしと撫でる。

そして提案する。

副司令と話していた感情を持つ“核”が蒼への思いを断ち切る、もしくは繋ぐ術を。


「春秋。

 お前、蒼とデートに行ってみたらどうだ?」


「ぶっ!? 

 な、何を言ってるんすか!?

 お、俺があ、あおせんぱ、あ、あ、あ!?」


「そうだ。

 お前、蒼のことが好きだろ?」


「えいじぇ;ア;kじぇ@!!?」


顔を一気に赤くして両手をぶんぶんと振り回しつつ、首も左右に振り回す。

全力で否定を示す春秋だった。

分かりやすいなおい。

なんというか兵器にあるまじき姿といえば姿だが、感情がある分かわいく見えるのはなぜだろうか。

マックスは片眉をあげて春秋に指を一本立てつつ


「落ち着け」


と一言。

 それでも落ち着くわけもなく、しばしの空白を必要とした。

五分ほどしてからまたマックスは話を切り出す。

春秋もだいぶ落ち着いていたが赤い顔は変わらず、汗もうっすら額に浮かんでいる。


「え、あ、お、俺が、え、あ、蒼せんぱ、と、で、デート、う、あ」


「そうだ」


「で、デート、って、い、いっても、あ、えっ、お」


「そうだな。

 このセウジョウを二人で歩くだけでも全然違うと思うぞ?

 艦隊運営の観点からずばっと言うぞ。

 いつまでもこういった恋愛ごとなんかを持ってもらっていたらだな。

 艦隊の運営にも、士気にも支障が出る。

 だから蒼への思いを断ち切るか……。

 いっそ付き合うかにしてはっきりさせてもらいたい。

 それが司令としての俺からの頼みだ」


簡単に言えばお前の恋心は邪魔だから消せよ、ということ。

冷静を欠いていた春秋にもそれは伝わったらしい。


「……そうっすよね」


せっかく上がっていた顔がまた下がってしまった。

マックス自身もこういう言い方だけはしたくなかった。


「春秋。

 司令命令だ。

 作戦開始時刻は明日一杯。

 空月・N・蒼中将が目覚め次第作戦行動に入れ。

 いいな?」


「――了解っす」


マックスはベッドから立ち上がり、営倉から出ると司令室へと向かう道をたどり始める。

変に苦い感覚がマックスの口を犯し、駆け込んだトイレでうがいを軽くする。


「ったく――。

 司令も楽じゃねぇな……」


鑑の前に立つ自分の顔を眺めマックスは小さくため息をつき、出しっぱなしの水を止めるために水道の蛇口を捻った。






     ※






「ん……」


冷たく薄暗い水槽のようなケースの中。

蒼は目を覚ました。


(蒼副長、起きたか)


 《ネメシエル》の声が、蒼の頭を震わせる。

長いこと眠っていたのだろうか。

ぼんやりとした記憶の片隅に《ウヅルキ》との戦いが少しだけ思い浮かぶ。

あれから私はどうなったのでしょうか。


(じつは……。

 私もシステムがシャットダウンしてしまってな。

 申し訳ない)


謝ってくる《ネメシエル》は本当に申し訳なさそうだった。

蒼は気にしていない、とだけ返し


「ここは……味方の基地なんでしょうか?」


《ネメシエル》へと接続を試みる。

だが、強烈な痛みと共にその接続は遮断された。


「っ――」


ひりひりと後を引くような強烈な痛みは接続をあきらめた途端即座に引いたが、蒼の心を不安が支配し始めた。


「もしかして私達――敵軍に捕えられたんですか?」


一番最悪のパターンだ。

捕虜になるぐらいならいっそのこと自分の手で命を――。

そうすれば《ネメシエル》も敵は使えなくなる。


(その心配はいらないようだ)


「?

 ど、どういう……?」


蒼が状況を理解できないでいると、水槽のようなケースが開き春秋の何とも言えないような顔が蒼の前に現れた。


「蒼先輩。

 あの、あー。

 その、迎えに来ましたよ」


「……?」


迎えに来ただけだというのになんでそんな照れくさそうなんですかね、春秋は。






               This story continues.

ありがとうございました。

お待たせいたしました。

ネメシエル解体らしいですよ、奥様。

いやねぇ。


はい。

えっと、なんだろう。

本部もセウジョウに移っていい感じに作戦が進行していますねぇ。


次回では新しい艦が登場します。

蒼の新しい艦、新生ネメシエルです。


お楽しみにー!

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