陰陽の融合
『蒼さん!
お願いします!
お願いします!!
お願いします……だから……!!』
悲痛すぎる夏冬の声が蒼の鼓膜を揺らす。
(………蒼副長)
「《ネメシエル》。
命令の復唱を」
空気が重い。
蒼は冷静だった。
兵器として求められたスペックをきちんと守っていると言うべきか。
兵器だからこそこんな場合にもどうすればいいのか知っていた。
裏切った味方を敵と認識し、攻撃を敢行。
撃沈、すればいいのだ。
簡単なことであり、何も迷う必要はない。
蒼も兵器としてのロジックに従い結論を出したのだった。
(……了解。
《ナニウム》を敵と認識。
敵味方識別の変換プロセス遂行――完了。
《ナニウム》を敵と認識)
『蒼さん!』
【《ナニウム》無駄だぜ!
《鋼死蝶》は兵器なんだからよぉ!
そういう風に出来てんだ俺様たちは!
お前たちのように感情がある“核”ってのも珍しい話だよなぁ?】
《ウヅルキ》に乗る紫が口の端を歪め嘲笑うように言う。
楽しくて仕方ないといったような表情だ。
『うるさい!
黙れゲスが!』
【おー、怖い怖い】
夏冬は紫を鋭く睨み付けると、諦めてはダメだと自分に言い聞かせるように小さく首を振り再び蒼に再び呼びかける。
『蒼さん!
頼みますから!!
こっちに来てください!
俺達はあんたを――!』
《ナニウム》の声は蒼の脳にまで届かずに耳の中を反響した。
考えることをやめた兵器の思考回路が導き出した言葉が、蒼の口からこぼれた。
「撃て」
氷のように冷たく冷静な声がスピーカーから流れ、夏冬の鼓膜を震わせた。
《ナニウム》の右舷ぎりぎりを《ネメシエル》の“光波共震砲”の熱い光が掠める。
『―――っ!?』
夏冬がとっさに舵を切らなかったら“イージス”を張っていない船体は突き破られ《ナニウム》は沈んでいただろう。
《ネメシエル》の放つ図太い“光波共震砲”が掠めた熱で《ナニウム》の舷側装甲は少し融解しており、うっすらと黒煙が出ていた。
『蒼……さん?』
夏冬の背中を冷たい汗が伝う。
蒼の目は本気であり、今まで夏冬に向けられていた目つきとは全然違うものだった。
当然のように裏切られた悲しみなど携えているわけもない。
そこにあるのは敵に対する明確な殺意、ただそれだけだった。
蒼は兵器であり、兵器に感情はいらない。
【っち、まずい!
《ナニウム》下がんな!!
お前ごときじゃすぐに叩き落とされるぞ!
《鋼死蝶》!!
てめーは俺様が相手だぁ!!
かかってきなぁ!】
楽しんでいるような口ぶりで《ナニウム》と《ネメシエル》の間に《ウヅルキ》が割って入ってくる。
「邪魔を……」
忌々しい、《ウヅルキ》め。
《ウヅルキ》の巨体に隠れた《ナニウム》を蒼は見据える。
さっきの攻撃で恐れを成したのか、《ナニウム》との通信は切れており《ナニウム》自身も反転して空域から離脱しようとしていた。
「《ウヅルキ》。
あなたが邪魔をするというのならあなたも落としますよ」
蒼は《ネメシエル》に命じて百を軽く越える砲台を旋回させた。
空気を切り裂き、砲身がその孔内を《ウヅルキ》へと向ける。
砲門から覗くオレンジ色に輝くライフリングが、鼓動する。
【望むところよ!
俺様はなぁ!
てめーと再戦するのを楽しみに待ってたんだよ!!】
どうやら引いてはもらえないらしい。
あくまでも一戦私と交えなければ気がすまないみたいですね。
「やれやれ。
またあの痛みを味わいたいようですね?
本当にあなたはおバカさんですね」
【ほざきやがれぇ!
あの時俺様を落とさなかった後悔を今ここでさせてやるよ!!
今度こそはなあ、俺様がぜってー勝つんだよ!!】
「まったく、懲りない弟ですね……」
【はじめようぜ、《鋼死蝶》!
さぁ、俺様の手の中で踊ってくれよぉ!!】
紫は、そう言うと甲板に鎮座している“五一センチ六連装光波共震砲”の砲門を《ネメシエル》へと向ける。
「まったく……面白い弟です。
《ネメシエル》、《ウヅルキ》へロックオン。
カーソル合わせ、自動追尾装置及び軌道修正装置にセット。
全兵装、自動追尾装置との同期をお願いします」
(了解。
全兵装、《ウヅルキ》への自動ロックオン完了。
自動追尾装置に、標的をセット、グリーン)
《ウヅルキ》。
《ネメシエル》と同型艦であり、細部を除けばまったく同じ姉妹艦。
最強の矛と最強の盾を共に備えたベルカの《超極兵器級》二隻。
世界最大であり最強である二隻の戦艦。
「撃ち方始めてください」
後にも様々な形で伝えられる海戦の火蓋を切ったのは、少しイライラしている《ネメシエル》だった。
《ネメシエル》の“五一センチ六連装光波共震砲”が、《ウヅルキ》目掛け、光を放つ。
【“イージス”展開!
許可負荷率最大に設定!】
《ウヅルキ》に向かった光は、ベルカの紋章を司った“イージス”の盾に阻まれ、跳ね返される。
光はそのまはまあらぬ方向へと消えて行く。
「……っちまた面倒な」
蒼は舌打ちをすると、冷却など気にしないで再度“五一センチ六連装光波共震砲”の連続砲撃を命じる。
三回ほどの斉射の後、《ネメシエル》が蒼へと報告してくる。
(《ウヅルキ》の周辺に高密度な“イージス”による虚空次元間壁を検知。
敵は“イージス”を最大に設定していると思われる。
蒼副長、敵の“イージス”を先に剥がすことをお勧めする)
【オラオラオラ!!】
と言われましても……。
まったく参りましたね。
蒼は、同型艦の《ウヅルキ》を見て眉をしかめた。
《ネメシエル》に砲撃の続行を命じつつ、《ウヅルキ》の艦首に対して垂直になるように艦を移動させる。
《ウヅルキ》からの攻撃も《ネメシエル》へは通らずお互いジリ貧ともいえる状況に陥る。
何とかして《ウヅルキ》の“イージス”を剥がさなければ。
前回の時のように“弾道ナクナニアレーザー”を使いましょうか。
色々思考しながらとりあえず距離を取ろうか、と思いつき面舵を切る。
だが、それよりも早く《ウヅルキ》が《ネメシエル》から距離を取り始めた。
「?」
恐れをなしましたかね?
蒼は、一旦から目を離し、《ナニウム》をレーダーで追いかけた。
《ネメシエル》から距離は凡そ三万。
《ラングル級》の最大船速で逃げている今の最大船速で追いかけたとしても追いつくことは出来ないだろう。
まぁ、いいです。
どこへ逃げようが、必ず追いかけて沈めてみせます。
今は見逃してあげます。
あなたの元旗艦のよしみとして。
(蒼副長、《ナニウム》が作戦空域を離脱する)
「見えてますよ、《ネメシエル》」
そう返事をした直後レーダーから《ナニウム》の姿は消えた。
夏冬。
あなたはどうして。
【次は俺様のターンだ!】
はっ、とその声で蒼は、《ウヅルキ》へと意識を戻した。
《ウヅルキ》の舷側に設置されていた滑走路が持ち上がると少し船体から離れ、斜めになる。
その滑走路の真ん中に取り付けられたエレベーター四基が艦載機を格納庫から引っ張り出してきた。
すぐに甲板には大量の艦載機が並び、それが発進を重ねる。
「っち!」
蒼は“五一センチ六連装光波共震砲”を放つが《ウヅルキ》との距離と“イージス”が邪魔をする。
艦載機は火花を散らしながら《ウヅルキ》からカタパルトで発艦すると、バランスを整えつつ《ネメシエル》へと向かってきた。
その数は一気に二桁を突破すると三桁にまで膨れ上がる。
「あなたまさか……」
ちらほらと飛んでいたのはやはり《ウヅルキ》の艦載機でしたか。
なんと言う無茶を。
蒼はすっかり形の変わってしまった《ウヅルキ》を目を細め睨む。
元々ベルカにも空母の“核”がいるのだが艦載機を操るための“核”と艦を操縦するための“核”二人に分散していることが多い。
一人だと艦と航空機と両方の対処が難しい上に、脳に大きな負担をかけすぎて脳髄が焼き切れてしまうためだ。
だが、そんなこと知らないと言ったように紫は笑う。
あれだけ航空機を操っていると言うのにどうして……?
《超極兵器級》の“核”だから他の“核”とは作りが違うとでも言うのでしょうか。
【アッハッハッハ!!
たまんねーだろ!!
俺様はすげーだろおい!!
そして俺様の攻撃!!
身を持って!!
特と!!
味わうがいいさ!】
「《ネメシエル》機関全速!
対空兵装準備急げ!」
《ウヅルキ》から発艦してきた艦載機を、とりあえず雷撃機という部類に分類したものの、蒼はその形状に何か嫌なものを感じていた。
艦載機は二種類あり、そのうち一種類はやたらとんがった印象を蒼に与えている。
四枚の主翼はまるでミサイルのようだ。
コックピットのある部分には、代わりに、小さなアンテナが直立している。
何よりもその機首だ。
機体の割に巨大であり、赤く塗られている。
機首以外の色は黒く、《ウヅルキ》と色を合わせているのだろう。
もう一種類は《ネメシエル》との、距離を保ったまま近づいてこようとはしない。
腹に直径一メートル程度の太い空対艦魚雷を抱えている。
数はこちらの方が圧倒に多く、九割の数はこちらが占めていた。
《ネメシエル》に、データを取るように告げて、蒼は艦載機にもう一度目を凝らす。
その時、高角砲群及び機銃群がオンラインになったことを知らせる緑色の光が蒼の視界の隅に現れた。
【まずは小手調べだ!!
行くぞ!!】
尖った艦載機は一気にスピードをあげると《ネメシエル》の射程へと入ってきた。
「対空砲撃ち方始め!」
《ネメシエル》の高角砲群が閉じていた砲門が開く。
《ネメシエル》と《ウヅルキ》の距離はおよそ三千。
こんなハエ程度すぐに叩き落としてやりますよ。
そう勢い込んでいた蒼だったがすぐに違和感を覚えた。
《ウヅルキ》から発進した爆撃機達は一直線に《ネメシエル》と向かってきていた。
回避運動など必要ないと言うように直線の機動しか画いていない。
「対空砲弾幕さらに濃く築いてください!
なにかがおかしいです!」
高角砲がその砲身を持ち上げ、空へと伸びると先から対空レーザーの光が射出される。
空へとレーザーは飛翔すると、その場で弾け蜘蛛の巣のように広がる。
通常の戦闘機ならばその巣に絡めとられれば落ちるしかないのだった。
だが、《ウヅルキ》の尖った艦載機は違った。
【きかねぇんだよそんなものよぉ!】
(敵艦載機周囲に“イージス”による虚空次元間壁を検知!
まさか……!)
【そうだよ、《鋼死蝶》!!
貴様の弱点、同型艦の俺様が一番よぉぉぉぉぉく知ってんだよぉ!!!】
「《ネメシエル》!
“強制消滅光装甲”緊急展開開始!
もしかして……」
蒼の嫌な予感は的中した。
(“強制消滅光装甲”緊急展開!)
気が付いたときは既に遅かった。
“六十ミリ光波ガトリング”と“四十ミリ光波機銃”が吐き出す細かいレーザーを掻い潜った艦載機は、《ネメシエル》の右舷の間近、近接兵器の死角にいた。
【間に合わねーよ、残念でした!
これでまず第一手は俺様の勝ちだ!】
《ネメシエル》を激震が襲った。
蒼の脇腹を強い痛みが沸き上がり、思わず息を呑み込んでむせかえる。
「ごほっごほっ!
ネ、《ネメシエル》何をしてるんですか!
“イージス”を、“強制消滅光装甲”の展開を!」
(そ、それが……)
《ネメシエル》の狼狽した声がスピーカーから流れた。
状況が理解できていない蒼にやさしく紫が話しかけてくる。
【……一応教えておいてやろうか?
俺様は親切だからな。
その機体、“イージス”と“強制消滅光装甲”じゃふせげねーんだぜ】
「何を――!?」
虚空次元間壁に直接働きかけ、空間による運動エネルギー方向性を直接いじくる“イージス”の網を潜るなんて一体どうやって――。
(右舷“イージス”弱体化!
まずい!)
右舷に特攻してきた艦載機は“イージス”を生成している区画を見事に射抜いたのだった。
その身を持って、だ。
たかが艦載機の一機や二機程度、ぶつかった程度では《ネメシエル》の装甲はびくともしない。
だが装甲を突き破られ、巨大な穴が《ネメシエル》には穿たれていた。
「《ネメシエル》、ダメージコントロールを!
状況と、被害を知らせ!」
(右舷バイタルパート装甲まで一気にやられた!
右舷第三“イージス虚壁区画”大破!
エネルギー管損傷多数!
バラストに亀裂発生!
該当区画緊急閉鎖!
特殊ベークライト注入開始!)
艦橋内部で被弾のブザーが鳴り響き、破壊された船体の軋む音が響き渡る。
その被害の大きさはミサイルにも、魚雷にも勝るもの。
蒼の頭には二文字の言葉が浮かんでいた。
「自爆……ですか?
またこの変態は……!」
蒼は呆れると共に唖然とせざるを得なかった。
一体何を考えているんですかこいつは。
【そうだ!
“強制消滅光装甲”も融点の高い特殊金属で出来た機体の重量を蒸発させるのは難しい!
となると残るのは“イージス”だけだ!
その“イージス”を同じ“イージス”で打ち消しているのさ!!】
紫はしてやったり顔で情報を垂れ流す。
「……親切に説明ありがとうですよ」
そう蒼は皮肉ると“五一センチ六連装光波共震砲”を旋回させる。
“十五センチ三連装レーザー高角砲”の光が届かなくともこれなら届くだろう。
「撃て!」
圧倒的に太い光が列をなして我が物顔で飛翔する自爆機を撃ち抜く。
爆発、膨れ上がった炎が機体をバラバラに引き裂く。
【だが……!】
(《ウヅルキ》が発砲!
高エネルギー反応百二十!)
「高度上げつつ面舵!
緊急回避!」
《ウヅルキ》の“光波共震砲”のエネルギーが《ネメシエル》の右舷に命中する。
「右舷ばかりをこの――!」
ただでさえ自爆機の攻撃を受けていた右舷“イージス”の過負荷率が一気に上がる。
それとは逆に出力が下がった右舷の“イージス”が弱まる。
弱まった“イージス”の穴を掻い潜りまた別の自爆機が《ネメシエル》へと襲い掛かって来た。
「っく、弾幕生成急いでください!
撃ち落とさないとまた――!」
弾幕が次から次へと形成され網を作るが自爆機は“イージス”を使いその網を破る。
何とか“五一センチ六連装光波共震砲”の至近砲撃で一機は叩き落したものの、その黒煙を突き破り、二機、三機目が続く。
まるで餌に群がるカラスのように自爆機は空を駆ける。
【アッハッハッハ!!
脆い!
脆いな、《鋼死蝶》!!
こんなにも弱いとは思わなかったよ!】
「うるせーですよクソが!
《ネメシエル》!
“イージス”を限界出力で展開してください!
対ショック形態!」
(隔壁展開!
被害予想区域を隔離!)
自爆機が次に狙ったのは右舷上部。
先程と同じく“イージス”を生成している区画を射抜いた。
爆発の炎が、一気に六つ《ネメシエル》の右舷に、咲き誇る。
「――――っ!」
声にならない声が蒼の口から漏れる。
痛みを歯を食い縛って耐える。
花は膨れ上がるとその威力を遺憾なく発揮した。
「っく……!
《ネメシエル》、主砲の発射準備を!
その他兵装に影響が至らないレベルでゆっくりでいいですから!
相手には悟られないようにゆっくりと……!」
(了解した!
だ、だが――!)
「いいですから!」
爆発は《ネメシエル》の右舷装甲を吹き飛ばし、紫色の光を放つ内部機器を露出させる。
ショートの火花が散り、バイタルパートの分厚い装甲までもがめくれあがってしまっていた。
隔壁はその役目を果たし、多少の被害を抑えるのには役に立ってくれた。
それが、与えられた甚大な被害の中でも些細な幸運と言えた。
(第一、二、四、六、八、九右舷イージス虚壁区画 、大破!
右舷の“イージス”が維持できなくなる!
まずいぞ蒼副長!)
これが、同型艦である《ウヅルキ》の編み出した戦法。
一度に辛酸をなめさせられている紫が考えに考えた戦法だった。
同型艦だからこそ分かる弱点。
当然、まだ終わりではないだろう。
《ウヅルキ》のことだ。
まだなにか考えているに違いない。
カラスのように四枚の羽を広げ、自爆機は《ネメシエル》の右舷に狙いを定め、次から次へとその体を撃ち込んでくる。
装甲が食い止める事の出来るエネルギーを遥かに越えたエネルギーは、分厚い装甲を突き破り、区画へと正確にダメージを与えてゆく。
蒼の視界に表示されているダメージを表す艦の簡略頭は右舷が真っ赤に染まっていた。
使用不能になった武装もリストのように並び、とても一瞬では追えない。
燃え盛る被弾部分へと消火、修復を《ネメシエル》に命じ《ウヅルキ》へと砲撃を続ける。
確実に《ウヅルキ》の“イージス”の過負荷率は上がっているはずだったが効果はまだ目に見えて薄い。
【《鋼死蝶》第二段だぁ!!
俺様からのプレゼント受け取ってくれよなぁ!!】
《ウヅルキ》の周りに待機していた雷撃機が襲来する。
三桁の数の雷撃機が、音速の五倍以上のスピードで《ネメシエル》へと進路を取る。
「やられる前に奴らをぶち殺します。
“衝撃波散弾弾道ミサイル”用意」
(了解。
“衝撃波散弾弾道ミサイル”ハッチ展開)
甲板に並んだミサイルの装甲ハッチが左右から中央へ向かうように順番に開く。
蒼の視界に表示されたカーソルが雷撃機に次々とターゲットロックオンの赤い菱形を重ねて行く。
「全弾撃ち尽くしても構いません。
雷撃機を寄せ付けないように。
撃て!」
火山の噴火のように《ネメシエル》の甲板から大量のミサイルが飛び立ちエンジンから放出される光の筋が延びる。
青白い光をノズルから吐き出し、一度空まで飛んだミサイルは今度は落下に転じた。
元々対地用のミサイルのため素早く動く雷撃機へのロックオンなどほとんど意味を成していない。
そのまま《ネメシエル》から三千ほどの距離をおいてミサイルはその弾頭を炸裂させる。
【おま、それ対地用じゃねぇのかよ!】
《ウヅルキ》の声が驚愕のものに変わる。
炸裂した弾頭から飛び出した億を越える散弾レーザーは、そのまま空を覆うように広がった。
レーザーから発せられる熱で膨れ上がった空気の波に揉まれた雷撃機はコントロールを失い、地面へと引きずり落とされていく。
【っなくそ!】
「一機も近寄らせないようにしてください。
ぶちかませ!」
膨れ上がった空気をぎりぎりでくぐり抜け、向かってくる雷撃機には、《ネメシエル》の高角砲が相手をする。
(敵雷撃機、魚雷を投下!
数、五十五!
右舷直撃コース!)
雷撃機が抱え込んでいた魚雷を投下した。
魚雷は雷撃機から離れた瞬間に自分のエンジンを点火させ、白の煙を噴き上げつつ直進してくる。
ミサイルなどと違い誘導装置等が無い分、爆薬などに重量を割けるため威力はミサイルよりも高い。
まさに艦を殺すためだけに特化したもの、それが魚雷なのだ。
五発程度当たれば、《ラングル級》ならば容易く沈んでしまうだろう。
駆逐艦程度ならば、一発でも被弾してしまったら最後空から引きずり下ろされ、船体も真っ二つになる。
それが、五十五本も《ネメシエル》へと牙を向けている。
「取り舵いっぱい!
高度下げ、機関全速!」
《ネメシエル》の機関が唸りを上げ、回転数が急激に増加する。
リミッターがかかるギリギリの回転数で《ネメシエル》の巨体が雲の薄い筋を曳いてマッハ二で空を駆ける。
【無駄だ!】
右舷から迫る五十五本の魚雷の前を遮るのは“六十ミリ光波ガトリング”と“四十ミリ光波機銃”から放たれる雨。
雨が弾頭に命中し、中へと入り魚雷をぶち抜く。
弾頭に詰まっていた火薬が爆発の炎を吹き上げ、身をバラバラにして空に太陽にも勝る光を法主する。
巨大な魚雷のため、雨は当たりやすく次々と近接兵器の攻撃は魚雷を壊していった。
(敵魚雷残り十五!)
それでも、撃ち漏らしは存在していた。
近接兵器で狙おうにも死角に入ってしまった魚雷は残り十五本。
「“強制消滅光装甲”でなんとか……!」
ボロボロになった網の“強制消滅光装甲”が右舷に、弱々しく展開される。
“イージス”は使い物にならない今、頼りになるのは“強制消滅光装甲”だけだった。
その“強制消滅光装甲”に三本ほど魚雷は絡めとられると、弾頭を爆発させた。
絡め取られた魚雷の爆発の炎を掻い潜り、十二本の魚雷が
(弾着……今!)
右舷へと突き刺さる。
船体が金属の悲鳴を上げ、装甲がめくれあがるほとの爆発との揺れが艦橋を揺らした。
バルジが船体から削げ落ち、海に白い壁を屹立させる。
そのうち魚雷の一本は高角砲群へと命中し、高角砲を多数なぎ倒す。
「っぅー!
痛っいですねーー!
もー!!」
ぽっかりと艦橋基部に穴が開き、機械が露出する。
“五一センチ六連装光波共震砲”にも多数の命中弾が出た。
砲塔が丸ごと吹き飛び、三重に重ねられていた装甲が破れ、砲身は根本から外れ《ネメシエル》の甲板へと転がる。
第二艦橋に命中した魚雷は艦橋のてっぺんに添えつけられたレーダーをへし折ると、《ネメシエル》後部兵装のコントロールを奪った。
一気に兵力が四分の一を奪われた《ネメシエル》は、以前を撃退した兵装を含めオフラインに陥った兵装は青や赤色の光の点滅を無くし沈黙する。
(右舷に、被弾、多数!
損傷箇所へ、修復装置を急行させる!
特殊ベークライト注入開始。
蒼副長、大丈夫か!?)
「……し、修復を優先しつつ《ウヅルキ》への攻撃は続行。
少しでも……“イージス”を削り落としておいてください……」
(了解。
自己修復を開始する。
完了まで残り二十六時間三十分)
「はぁ……はぁ……」
蒼はずきずきと訪れる痛みの波に耐えながら、視界の端に映っているあるメーターを見た。
主砲の、エネルギーゲージだ。
そのエネルギーゲージの横に表示される数は九十を越えようとしていた。
自然と蒼の顔に笑みが浮かぶ。
《ウヅルキ》め……今までよくもやってくれましたね。
ここからが私の……ターンです。
「《ネメシエル》主砲の展開を――」
蒼が自分の勝利を軽く噛み締め、《ネメシエル》へと主砲の展開を命じたその時だった。
(蒼副長!
敵機直上!)
アラートが鳴り響くと共にレーダーに感があった。
雷撃を終えていない機体が、《ネメシエル》の直に五機。
蒼の怠慢ではない。
レーダーが先程の魚雷でやられていた為、直上にまったく気がつかなかったのだ。
「っ、《ネメシエル》緊急――!」
【悪いがそうはさせねーぞ?】
敵魚雷が、直上から五本、降り注ぐ。
防衛のレーザーを掻い潜って魚雷は、《ネメシエル》の艦首付近の装甲を凹ませ、突き刺さる。
「……嘘」
気が付かれていた?
自分の戦法に紫は気が付いて、そしてそれを阻止した……?
そこから爆発するまでの一瞬が蒼にはひどく長く感じられた。
不発弾かと思うほど長い一瞬が過ぎた。
一瞬の静寂。
その静寂を切り裂き、弾頭は頭にたっぷり詰まった火薬を爆発させた。
「っぐぅ!」
主砲を守るために分厚くされた左右に開く装甲扉がこの時は仇となった。
爆発による大きな衝撃で、装甲扉が大きく歪み、装甲の重さで開閉軸が曲がってしまったのだ。
爆発はこれだけでなく、その周囲にある“大型ナクナニア光放出砲”や、“大型光波共震拡散砲”などの、装甲扉までも大きくねじ曲げてしまっていた。
「《ネメシエル》、状況報告を……!」
痛みを頭に突きつけられた状況で蒼は息も絶え絶えで《ネメシエル》へと命令を送る。
(主砲装甲扉第四まで破損!
装甲がねじれた影響でエレベーターが損傷。
修理には五時間程度かかるが…… )
「そんな……」
主砲である”超大型光波共震砲”のエネルギー装填率は百パーセント。
甲板にさえ出すことが出来ればすぐにでも撃つことが出来る。
だが、それはかなわない。
《ウヅルキ》の"イージス"をぶち破りさらに本体にまでダメージを与えることが可能な兵器。
それが封じられてしまった今は――。
自分が描いていたプランが崩された蒼は次なる手を考え出そうとした。
だが、予想外の出来事で頭が真っ白に埋め尽くされている今、何かを考えようとしても無駄だった。
【チェックメイトだ、《鋼死蝶》!!】
はっ、と顔を上げた蒼に紫がにやりと笑う。
モニターに映る紫をぼこぼこにしてやりたかったが、蒼の攻撃は届かない。
【チェックメイトだよ《鋼死蝶》!!
俺様の勝ちだ!!】
空を飛んでいた雷撃機を艦内に収納した《ウヅルキ》はこちらへとその艦首を向けていた。
ゆっくりと甲板が開き、中から《ネメシエル》と同じ主砲である"超大型光波共震砲"が現れる。
《ネメシエル》よりも若干黒い鋼から出来ている《ウヅルキ》は太陽を鈍く跳ね返しており、それだけで禍々しさを醸し出していた。
【"超大型光波共震砲"発射シークェンス始動!】
(蒼副長――!)
《ウヅルキ》め。
私を主砲による攻撃で消し去ろうというんですか。
面白い弟です。
そう思った瞬間、少しだけ心に余裕が生まれた蒼の真っ白な頭にふとした方法が浮かんだ。
それはまさに無謀だとしか思えなかったが《ネメシエル》に提案してみる。
「《ネメシエル》。
私の考えていること、わかりますよね?」
(……当然だ。
私と蒼副長は繋がっているんだからな)
蒼は鼻で笑った。
「この作戦、うまいこと行きますかね?」
蒼は《ネメシエル》の右舷ばかりが真っ赤に染まっているパネルに視線を合わせた。
ボロボロで大破。
それに比べ左舷はまだほとんど被害を受けていない。
(……そうだな。
成功確率は一パーセント未満、といった所か。
だが、蒼副長なら百パーセントにも出来るだろう。
操艦、操縦全てを委ねる)
《ネメシエル》の声は半分あきらめ、半分応援といった割合から構成されていた。
「ですよね。
私なら大丈夫ですよね」
(自動制御装置、オフ。
全てを預けるぞ、蒼副長)
「了解、《ネメシエル》。
副長、操艦いただきました」
操艦、操縦今まで《ネメシエル》の補佐があったが、それらすべてが断ち切られた。
その瞬間、艦のバランスを保っていたバランサーなどの調整が行われなくなる。
気流に船体が押され、少し《ネメシエル》が南へと流れる。
【エネルギー機関全段直結!!
“超大型光波共震砲”内部への回路開け!!
アンカー射出――】
《ウヅルキ》の舷側の錨が海へと垂らされる。
海面に白いしぶきをたてて水深の浅い海底に錨が引っかかる。
《ウヅルキ》の船体は完全に固定される。
その時を待っていました。
「《ネメシエル》、それじゃあ参りましょうか?」
(了解だ。
作戦の成功を祈るよ)
一度目を閉じ、集中力を高める。
私なら出来ます。
出来るに決まっているじゃないですか。
「《ネメシエル》攻撃を!
《ウヅルキ》目がけて突撃!
機関巡航速度を維持せよ!」
(……了解!)
《ネメシエル》の翼の光が強くなり、その巨体が空を駆ける。
【自棄になったか!?!?
バカ野郎が!!】
そう罵りながら《ウヅルキ》の操る雷撃機の攻撃が《ネメシエル》を傷つけ
てゆく。
“五一センチ六連装光波共震砲”で迎撃の光を上げながらひたすら前へと突き進む。
右舷で魚雷命中の爆発が花咲き、船体が揺さぶられる。
(右舷第四装甲区画に被弾!
緊急隔壁閉鎖!
推力減退確認。
蒼副長――!)
「構いません!
進路このまま!)
《ウヅルキ》と《ネメシエル》の距離はおよそ五千。
【アンカーロックを確認!!
姿勢制御固定!!
“超大型光波共震砲”弾倉内正常加圧中!!
ライフリング安定を確認したぜ!!】
その距離を《ネメシエル》は一気に詰めていく。
「攻撃開始!
《ネメシエル》撃ちまくってください!」
(了解!
全砲門フルファイヤー!!)
《ウヅルキ》のあちこちへ《ネメシエル》からの絶え間ない攻撃が降り注ぐ。
すべては"イージス"によってガードされているが、《ウヅルキ》からしたらとても気分が良いものではない。
【いまさら無駄だ《鋼死蝶》!
何をするつもりか知らないが――!】
《ウヅルキ》の“最終安全装置”が外れた音が検出される。
発射まであと十秒ほどだろう。
【無駄なあがきをするな!】
《ネメシエル》と《ウヅルキ》の距離はすぐに消え、残り五百程度にまで減っていた。
向かい合う二隻の艦首は一直線上に結ばれており、このままでは確実に《ウヅルキ》の主砲は《ネメシエル》を射抜くだろう。
「《ウヅルキ》!
私は負けません!」
【《鋼死蝶》!
今まで長かったが……もう遅い!
太陽は落ちるものだ!!】
そして距離五百は《ウヅルキ》からしたらは十分すぎる距離だった。
《ウヅルキ》に乗る、紫は勝利を確信し発射の号令を促した。
【“超大型光波共震砲”発射!】
“超大型光波共震砲”の砲門に広がっていたプラズマが消え、強く発光していた砲門の光も一瞬消える。
「今です!」
そこでようやく蒼は舵を右へと逸らした。
消えた光は次の瞬間何億倍にもなって現れ、砲門から一気に広がった。
強烈な閃光が二隻を真っ白に染め上げる。
《ウヅルキ》から伸びた“超大型光波共震砲”の図太い光の擦れ擦れを《ネメシエル》はマッハを超えるスピードで通り抜けた。
左舷ぎりぎりを通り過ぎてゆく図太い《ウヅルキ》の“超大型光波共震砲”の光は《ネメシエル》の左舷をまぶしく照らす。
対閃光フィルターが無ければ直視できないほどの光。
「《ネメシエル》左舷"イージス"全開!
《ウヅルキ》にぶつけますよ!
対閃光フィルター展開!
いっけええ!」
(あー……神様)
その光が収まらないうちに《ネメシエル》の左舷が《ウヅルキ》の左舷へと激突した。
《ウヅルキ》も《ネメシエル》も共に左舷“イージス”過負荷率が一気に百を超え消失する。
“イージス”のクッションが消えた次の瞬間、舷側の装甲同士がぶつかりこすれ合う大きな音が《ネメシエル》と《ウヅルキ》の船体を揺らした。
振動で浮き上がりそうになった蒼の体をシートベルトが椅子に縛り付ける。
艦橋内で固定していなかったものは全て前方へと吹き飛び、壁に張り付く。
夏冬や春秋がくれたお守りもその中の一つだった
「覚悟しなさいこのポンコツ!」
【それはこっちのセリフだアホ《鋼死蝶》!】
金属のこすれ合う高い悲鳴と、船体からそぎ落とされる兵装の音が空に強く響き渡ってゆく。
《ネメシエル》の左舷前翼は《ウヅルキ》の舷側にねじ切られ、舷側に多数並んでいた“五一センチ三連装光波共震砲”も根本から丸ごと削げ落ちる。
お互いの質量に潰された武装はまるで船体にへばりついたゴミのようになってしまっていた。
「まだまだぁ――!」
蒼はそこで“ナクナニア光波集結炉”のリミッターを解除し、フル回転させた。
強くなった翼の光は、《ネメシエル》の船体を前へと強く押し出してゆく。
五百メートルほど《ネメシエル》と《ウヅルキ》は擦れ、長い接触の傷跡をお互いの舷側へと擦り付けた。
《ウヅルキ》の艦首にぶつかった左舷主翼を大きく曲げながら《ネメシエル》は《ウヅルキ》から離れスピードを上げた。
距離がぐんぐん増えてゆき五百を超える。
「右舷錨、投下!」
蒼は《ネメシエル》へと投錨の命令を下していた。
ガリガリと音をたてて《ネメシエル》から錨が落ちてゆく。
錨は、海面を割り、海底へ突き刺さると先端の棘を展開した。
錨が地面に刺さり、《ネメシエル》の船体から鎖が引き出されてゆく。
(鎖残り六十メートル!
ショックまで三、二、一――今!)
《ネメシエル》の艦首内で巻き取られていた鎖が全て出切った今、《ネメシエル》の船体が、ガクン、と揺れた。
マッハで飛ぶ戦艦のスピードが一気に下がり、正面へ向かうベクトルは右舷の錨によって遮られる。
戦艦の進行方向は右舷の錨を軸として、左へと方向転換させられる。
その結果、《ネメシエル》は艦尾を大きく左に滑らせることとなった。
簡単に言えば、一キロを超える戦艦が、マッハを超えるスピードでドリフトしたのだ。
「っぐ!」
(船体艦底に亀裂発生。
バルブから特殊ベークライトが漏出。
無視できる範囲内)
想定耐久を遥かに超えるGが船体にかかる。
艦橋内も例外ではなく、蒼は覚悟していたのにもかかわらず声が腹から絞り出されてしまっていた。
壁に張り付いていたお守りは真逆へと吹き飛ばされ真逆の壁に張り付いた。
調度艦首が《ウヅルキ》を向いたとき、《ネメシエル》の機関横放射による力でドリフトを止める。
第一段階は成功しました。
次は――。
「ネ、《ネメシエル》強制排熱コードを入力。
緊急プロトコルによる処理を開始してください」
いまさらになって緊張で強く脈を打つ心臓を抑えながら蒼は言う。
(了解!
強制排熱コードを承諾。
A五〇二を実行へと移す!
艦首隔壁解放、特殊閉鎖開始!)
作戦の第二段階です。
痛いのをぶちかましてあげますから覚悟しておいてくださいね。
蒼は霞んだモニターの先に浮く《ウヅルキ》を見下ろした。
※
「ダメージコントロール!
一体何があったのかをつぶさに知らせろ!」
艦橋内は赤色の蛍光色に切り替わり、サイレンが鳴り響いていた。
ぶつけた《ネメシエル》も大きな損傷を左舷に受けていたが《ウヅルキ》も被害は並では済まなかった。
左舷の格納庫は完全に潰れており、中に収納していた雷撃機は衝撃で燃えていた。
そこに消火装置を送り、左舷の被害状況を把握する。
(紫様。
左舷“イージス”完全に消失しました)
機械的な声が紫の鼓膜を震わせ、小さく舌打ちした紫は各部兵装の点検を急がせる。
主砲発射の影響でしばらく他の武装が使えない今、使える手段は右舷から続々飛び立っている雷撃機達の群れだった。
数は四十三機。
満載の半分程度にまで減らされた雷撃機を見て、紫は流石は自分の姉だと感服せざるをえなかった。
完全に力を奪い去ったと思ったのなぁ――!。
紫は自分の甘さがまたこの事態を招いたことに苛立ちを隠し切れない。
「雷撃機の発艦急げ!
奴がまた攻撃に来る前に何とかして撃沈するぞ!」
(了解しました)
憎々しい姉貴め――。
紫が憎しみの目を向けた先には小さく映る《ネメシエル》があった。
(紫様。
《ネメシエル》より、主砲発射の予備微動を観測。
最終安全ロックを解除したのだと思われます)
「何!?
どういうことだ!?」
主砲は確かに潰したはずだ。
あわててカメラの映像へと切り替える。
そこでもう一度紫は驚かされた。
艦首がこちらを向いている。
先ほどすれ違ったばかりなのにどうやって――?
「《ウヅルキ》!
状況は全て教えろと言っただろうが!!」
(申し訳ありません、紫様。
ですが――)
「もういい!!
黙れゴミが!!」
(申し訳ございません)
《ネメシエル》の右舷から海面へと延びている錨。
そして円状に《ネメシエル》の艦尾に伸びる雲。
その二つから推測するに錨を使用してドリフトしたらしい。
戦艦がドリフト――だと?
「くくく……」
まったく、無茶苦茶な“核”もいたものだ。
紫はそれでこそ自分の姉でありライバルだと認識する。
ならばこちらもそれ相応の態度で挑まなければならない。
と、ここで一つ気が付いた。
《ウヅルキ》と同じ、見慣れた《ネメシエル》の艦首の形状がおかしい。
「《ウヅルキ》、《鋼死蝶》艦首へズームしろ!」
(了解しました)
ズームされた《ネメシエル》の艦首。
それをみて紫は言葉を漏らさざるを得なかった。
「なんだよ……これ……」
という驚きの言葉を。
※
《ネメシエル》の艦橋内では《ネメシエル》の次々に飛ぶ報告が蒼の頭の中を飛び交っていた。
今までにない膨大な情報量。
装甲接合の解除や特殊隔壁の閉鎖による艦への重大な影響を記した情報が蒼の頭を潜り抜けて行く。
(隔壁閉鎖、五番から二十一番まで。
右舷、左舷共に機関出力安定。
第八ブロックから第百六ブロックまで閉鎖。
伝導管の接続を解除。
艦内装甲、緊急プロトコル形態へと移行を開始。
両舷装甲、接合を解除)
《ネメシエル》の艦首に異変は起きていた。
喫水線を分け目として《ネメシエル》の艦首喫水線から下の部分が展開を始めた。
様々な内部機器が露呈し、エネルギー伝導管の赤や青の光が脈打っているのが見える。
まるで歯のように《ネメシエル》の内部機器はずらりと並び、街のように明るく光っていた。
太陽の光に照らされ、鈍く輝く船体内部から放熱の蜃気楼が立ち上ぼり風に乗って流れて行く。
(C二十からH四一までのシステムプロセスを承認。
特殊回路形成完了。
緊急冷却マニュアルに従い装甲のパージを行う。
エネルギー脈停止まで三秒。
特殊ユニット接続による艦首統括システムを再起動)
蒼の視界に黄色や赤色の文字が多数浮かび上がっては消えてゆく。
それの大多数はエラーを吐き出している。
カメラによる外の視界にも荒が目立ちはじめ、色調の調節が消える。
白と黒だけの世界が赤と青や緑に変わり、また白黒へと戻る。
(緊急冷却システム作動開始。
ナノヒートプログラム抑制完了。
主砲室内への隔壁を解放する)
【なんだ……あれはよぉ!
おい!
なにしてんだ《鋼死蝶》!】
「私は貴方みたいに親切じゃないので教えないです」
主砲の前を遮っていた装甲板が左右へと開くと隠されていた《ネメシエル》の主砲の砲門が露になった。
プラズマが煌めき、あちこちで火花が散っている。
【答えろ!
それはなんなんだ!】
「《ネメシエル》左錨鎖を投下」
(了解。
左錨鎖投下――ロック)
《ウヅルキ》からの言葉に返信などするわけもなく、蒼は《ネメシエル》の声を淡々と聞き続ける。
“強制排熱コード”は名前の通り、《ネメシエル》の緊急冷却の時に使われるいわゆる、裏コードというやつだ。
《ネメシエル》が、攻撃を受け主砲や、副砲の冷却が出来なくなってしまった場合や、機関の暴走による熱圧壊を防ぐためなど様々な用途に使用される。
《超極兵器級》や《超常兵器級》の、巨体に万が一何かが起きた場合に使用するために取り付けられているものだ。
蒼はこれを利用することで《ネメシエル》の主砲を強制的にぶっぱなすことにしたのだった。
《ネメシエル》の計算によれば左舷“イージス”の消えた《ウヅルキ》にはオーバーキル過ぎるほどのダメージを与えれるらしい。
だが当然にも相応のダメージがくる。
《ネメシエル》にくるダメージは、艦首部分の全面溶解だ。
つまり《ネメシエル》の主砲効果範囲内に入る艦首が全て無くなって航行不能に陥る可能性が高いと言うこと。
しかし蒼としては《ウヅルキ》を落とすことができればそれでよかった。
(緊急冷却形態へ移行完了。
主砲オンライン。
最終安定装置解放。
変形による各武装への影響を計算……測定完了。
誤差修正完了。
発射時期は委ねる)
「……《ネメシエル》、すいませんね」
(なに、構わないさ)
開いた舷側装甲から覗く内部機器の、点灯が生き物らしさをゆったりと出している。
艦首付近の装甲の展開が完了し牙が覗く巨大な口を《ネメシエル》は開いていた。
【っちくそが!!!
機関全開!
何とかして……】
《ウヅルキ》が錨を引きずりながら発進し、《ネメシエル》の射程から逸れようとする。
だが、蒼としてはこの機会を逃すはずもない。
「チェックメイトですよ、《ウヅルキ》。
今度こそさようならです」
【《鋼死蝶》ぉぉぉぉぉお!!!!】
冷たく短い言葉を投げつけると《ネメシエル》へ、発射の信号を下した。
《ネメシエル》の主砲から放たれた莫大なエネルギーは、まず自分自身の艦首を一気に粉砕して行く。
溶解した内部機器はショートし、あちこちで火花を散らす。
その火花も主砲の光によってかき消される運命にあった。
赤くマグマのように溶けた超光合金セラグスコンは《ネメシエル》の艦首の形を保つことは出来なかった。
《ネメシエル》の艦首はほとんどが消滅し、艦首先端にくっついていた“大型光波共震拡散砲”は船体から外れ海へと落下し巨大な水しぶきを吹き上げる。
一気に艦首を失った《ネメシエル》だったが、機関の噴射によって何とか主砲の反動を押し殺す。
主砲から放たれた光はそのまま突き進むと
【くっ、緊急脱出装置作動!
逃げるんだ、《ウヅルキ》!
お前も一緒に――】
《ウヅルキ》の、舷側装甲に激突した。
《ウヅルキ》を覆う“イージス”が、消えてしまっている今、光を遮るものは何もない。
莫大なエネルギーは《ウヅルキ》の装甲を溶かし尽くすと内部へと潜り込んだ。
内部から爆発、炎上した《ウヅルキ》は機関からも炎を吐き出し舷側から炎の柱を屹立させる。
自分の体が破壊されてゆくその痛みが紫へ伝わるよりも前に《ウヅルキ》の溶けた船体が命中箇所から真っ二つにへし折れる。
爆発の噴煙を断ち切るように《ウヅルキ》の艦橋から小さな箱のようなものが射出されたがそんなものは、《ウヅルキ》自身の爆発と比べ些細なものだった。
《ウヅルキ》は燃え盛り、次元ごとねじ切るような主砲のエネルギーは全て熱へと姿を変えた。
丸見えになった船体内部には血管のような伝導管があらわになっている。
その血管も熱に押し潰され、溶けた真っ赤な液体へとその身を変えた。
主砲の直撃を受けた《ウヅルキ》は二つの巨大な鉄の塊となって海へと落ちてゆく。
《ウヅルキ》の甲板に浮き出ていた《陽天楼》とお揃いの模様も消え去る。
根本からへし折れたマストが艦橋にめり込むと、まるで刃を振り下ろしたように艦橋の装甲が切れる。
この付近は水深が浅い。
初めに着水したのは損傷がひどい艦尾側だった。
その艦尾に引きずられるように艦首が着水する。
《ウヅルキ》の巨体は、全て海へと沈まずにまるで塔のように突き刺さり完全に沈黙した。
紫のコントロールが無くなった雷撃機達はまるで糸が切れたように落下を始め、《ウヅルキ》の起こした巨大な白い波紋に花を添えるように小さな波紋を形成してゆく。
「……はぁはぁ」
(……敵艦の轟沈を確認。
蒼副長、お疲れ様)
「いや……まだです」
(……何?)
蒼は主砲の影響で次元が不安定になった空を見る。
雲がぐにゃりと歪み、青空の中に真っ暗な闇が所々顔を覗かせている。
その不安定な空間に浮く小さな四角い箱のようなものがあった。
【《鋼死蝶》――!
お前、どうして俺様を……。
どうして俺様に止めを刺さない……】
《ウヅルキ》の脱出ポットからの通信が《ネメシエル》の艦橋に小さく響く。
蒼は艦首消失の痛みで失神する寸前だったが、しっかりした口調で答える。
「……また見逃してあげます……《ウヅルキ》。
でも、次こそ……は私を……。
私を……沈めに来て……ください」
【てめぇ!!
ふざけんじゃね――】
《ウヅルキ》からの通信を蒼は一方的に遮断した。
(蒼副長、いいのか?)
「…………《ネメシエル》……帰りますよ。
私は少し疲れました。
それに……船体ももう……ボロボロです」
《ネメシエル》の問いに小さく頷き、蒼は被害報告モニターをみて苦笑した。
左舷も右舷も真っ赤に染まり、艦首は黒くなっている。
カメラから外を見るが《ネメシエル》の艦首はある部分を境に綺麗に消えていた。
またマックスに怒られますね……。
視界に一瞬黒い線が入る。
裏コードを使用したせいで《ネメシエル》の船体も、蒼の意識も限界を迎えていた。
(そうだな……。
いったんコグレへ帰投するとしよう)
「しん…ろ…お願い……しま……す。
自動…こ…うこ……うさど……う。
わた………少しだ……け……ねむ…り…」
蒼はここまで喋ると意識を完全に手放した。
(――了解。
お疲れ様、蒼副長)
外を映しているカメラには《ウヅルキ》の脱出ポットが飛び立っていく姿と少し傾いた太陽。
そして塔のように海中からそびえたつ《ウヅルキ》だったものだけが映し出されていた。
This story continues.
お待たせしました。
超空陽天楼、ただいま更新いたしました!
いやーロマンですよねぇ。
これもずーっと前からかきたかったぁ。
ようやくかけたぁ。
満足極まりないです。
さてさて。
次からはどうなるんでしょうね?
そして蒼達はどうなるんでしょうねぇ。
この戦争一体どこへ向かうのやら。
ではでは!




