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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
混沌戦線
28/81

突撃

【どうやって私を落すつもりか知らないけど!】


 《パンケーキ》が雷雲のような機関音を上げ、《ネメシエル》と《ジェフティ》に近づいてきながらレーザーをぶっ放してくる。

蒼は思いっきり《ネメシエル》の船体を傾け、赤く光りながら飛んでくるレーザーを躱す。


「《ネメシエル》!

 機関リミッター解除した状態で、急上昇!

 高度一万五千まで上昇したのち……」


 そこまで言うと蒼は《ジェフティ》の“核”の目を見た。

《ジェフティ》の“核”も蒼の目をまっすぐ見返してくる。

決意をまっすぐ胸に突き立て、拙者の命預けるでござる、といった確かな意志が伝わる。


(一目散に地上へ向かうでござるよ!

《ネメシエル》!

 我が艦の武装用機関は辛うじて生きてるでござる!

 拙者へのエネルギー伝達は不要!

 武装用機関は生きてるでござる!)


 《ネメシエル》の翼の光が強くなり、空へと鋼鉄の塊を持ち上げる。

二千五百万トンにプラスして《ジェフティ》の七百万トンの負荷が機関に大きくのしかかっているのだ。

 キリキリ、と二隻を繋いでいるワイヤーは軋み《ジェフティ》側の“収受版”も金属の軋む音を響かせる。

だがワイヤーは直径八メートル。

この程度では、切れない。


(機関リミッター解除、五分間保障。

 だが、そっから後は……)


《ネメシエル》が心配そうに蒼へとぼやく。

蒼は自分の軍艦ネメシエルのAI に


「大丈夫ですよ、《ネメシエル》。

 大丈夫、だって私が操艦するんですから」


そう告げて、一度深く頷いて見せた。


(そうでござる。

 では、先ほど立てた計画通りにいくでござるよ……!)


「了解。

 《ネメシエル》行きますよ。

 機関リミッター解除、フルバースト!」


(了解!)


 蒼の視界の横に五分間のタイムリミットを刻んだ赤く光るデジタル時計が表示される。

その時計の数字が一つ減った瞬間、《ネメシエル》全体を機関音が包み込み振動が床を伝ってやって来た。

自分の足かせを外した《ネメシエル》。

最高速度であるマッハ二をリミッターを外すことでさらに越え、マッハ三にまで達する。

船体の回りに一瞬雲が壁を作り、生じた衝撃波に巻き込まれ霧散する。


【なに!?

 逃げるの!?

 待ちなさいよ!】


 マッハを超えるスピードで航行する《ネメシエル》の後ろを《パンケーキ》が追う。

その《パンケーキ》のスピードもマッハを超えており旗から見ても《ネメシエル》が《パンケーキ》から逃げているようにしか見えない。

攻撃をかわしつつ逃げているとピピ、という警告音と共に蒼へと《ネメシエル》からの警告が入る。


(蒼副長、目の前に目標の山脈。

 高度を上げるんだ)


 目の前に広がるのは山脈。

降った雪が山頂に白く積る三千メートル級の山が連なるベルカ屈指の山脈地帯だ。


「もう見えてます。

 高度上げ、面舵一杯」


 山脈を避けるように一気に《ネメシエル》の艦首が上を向く。

それにつられ、船体全体が空へと昇って行き、引っ張られる《ジェフティ》も空へと昇ってゆく。


【まーちなさいってば!!】


 そこに《パンケーキ》からのレーザーが飛翔し、《ジェフティ》の舷側を擦る。

《ジェフティ》の対空機関銃がレーザーからの放熱で溶け落ちる。


(あっぶないでござるなぁ!

 拙者の刃!

 食らうでござる!)


 《ジェフティ》の甲板、艦底の“四六センチ四連装光波共震砲”が光を撃つ。


【無駄無駄!

 あんたたちの光が私に届くわけないでしょ!?

 あーっはっはっげほっげほっごほっ】


敵の装甲は《ネメシエル》の主砲すら弾くのだ。

それよりもエネルギーの少ない《ジェフティ》の攻撃が弾かれないわけがない。


(空間的ラグが敵表面装甲に発生。

 “亜空間反射鏡”で、光波共震砲の光が弾かれる。

 やっかいなもんをまた連合は……)


弾かれた《ジェフティ》の光は、山頂に突き刺さり消える。


【ほらほら!

 いつもそうやって逃げてばかりで!!

 たまには真正面からなぐり合えないの!?】


 《ネメシエル》と《パンケーキ》の距離は次第に詰められてきていた。

それでも蒼はひたすらに空を目指す。


(やはり、早いな。

 蒼副長、機関リミッター許容時間まであと三分)


 蒼は、目の端に映る高度計を見る。

高度、八千。

まだ足りないですね。

いつもならすぐに高度一万メートルを超えるというのに今日ばかりは長く感じる。

敵がレーザーを撃ってくるタイミングを計って船体を左右へと揺らし攻撃を避ける。

だが、避けきれなかった《ネメシエル》の後部艢楼に一発被弾の花が咲いた。

装甲がダメージを抑えたものの、マストがへし折れ、レーダー板が爆風で剥がれ落ちる。

内部構造物がむき出しになり、複雑な模様の機械が紫色に光る部品によって浮き出す。

ズキッとした痛みを押さえ、《ネメシエル》に小さく命じる。


「っち、《ネメシエル》“イージス”展開。

 “強制消滅光装甲”も同時に展開してください。

 《ジェフティ》にもエネルギーを伝達。

 “イージス”及び“強制消滅光装甲”許可、五パーセント」


(了解。

 武装用機関が冷却完了するまで、航行用機関を利用する)


 《ネメシエル》をうっすらと“イージス”が覆う。

敵のレーザーを跳ね返す菱形の光は弱々しく今にも消えてしまいそうだ。


(拙者は大丈夫でござる!

 《ネメシエル》殿!)


《ジェフティ》が送られてくるエネルギーを突っぱねようとしたが蒼は少し声を荒げてそれを押し切る。


「いいですから!

 あなたが沈んだら元も子も……!」


 “自動修復装置”に後部艢楼の修理を命じて蒼は高度計に目を落とした。

一万と少し。

あと少しです。

蒼は歯を食い縛りひたすらに高度を上げ続ける。


【ちょっとー。

 いったいいつまで逃げるつもり?

 もう私飽きそうなんだけど?】


敵の“核”がうんざりした声を上げた。

同時に敵の回転が停止する。

疑問に思う頭半分で《ネメシエル》からの状況報告を聞く。


(敵艦変形を開始。

 その場での制止を確認した)


 モニターに写る敵の姿は《パンケーキ》とはもう言えないものとなっていた。

平べったい甲板が反転し、中から三連装の砲台が生えるように現れる。

甲板中央からビルのような艦橋がせり上がり、続いてアンテナや各種センサーを携えたマストが取り囲む。

そのマストが開き、頂上で四角いアンテナが展開されると砲台がそのアンテナと同調を開始する。

先ほど展開された砲台に重ならないようにまた別の砲台が生え、三連装の砲身を《ネメシエル》へと向ける。

砲台の横では四角いミサイル発射台が重たい頭を持ち上げ、装甲ハッチを開く。

一瞬前まで《パンケーキ》のように平べったい表面には、凸凹としたチョコレートソースとバターが乗っかっていたのだった。

そしてそれは甲板だけでなく当然艦底にも起きている。


【《パンケーキ》攻撃形態へ移行。

 私達の本気、見てみるといいわ】


敵がにやりとした瞬間、《パンケーキ》が真っ二つに裂けはじめた。

《パンケーキ》のど真ん中が裂けると、その隙間が広がり始め、隙間からミサイルを発射するVLSが姿を現す。

そしてそのVLSのハッチが開き発射口を開いて行く。


「《パンケーキ》じゃなくなってるじゃないですか!」


 あまりの敵の変形のしっぷりに思わず蒼はつっこんでしまっていた。

敵はドキッとした表情を浮かべたが


【うるさいわね!

 そう言うもんなのよ!

 あんたが言うなそして!

 穏便な攻撃なんてもう要らないの!】


ムキになったように反論してくる。

そんな変形見たことないですよ。


「《ネメシエル》、敵艦のバリアは?」


あれだけ形も変わったなら敵のバリアも……と思った蒼だったが


【残念ね。

 私のバリアは消えてないわよ?】


まるで先読みするように敵は蒼に言って大笑いしたのだった。


(だそうだ)


自分から聞きたいことをばらした敵に《ネメシエル》は呆れ顔で答え、そこに《ジェフティ》が言葉を重ねる。


(性格悪いでござるなぁ)


【うるっさい!】


 《パンケーキ》の全長を覆うほどの噴煙があちこちで立ち上る。

赤い炎を噴き上げたのはミサイルだ。

弾頭はグレーで赤い線が入っている。

《ネメシエル》のレーダーは正確にその数をとらえ蒼に報告してくる。


「対空機銃、最低限のエネルギーで迎撃開始してください」


(了解)


 《パンケーキ》から放たれたミサイルの数は二十。

《ネメシエル》の“四十ミリ光波機銃”、“六十ミリ光波ガトリング”、“回転式九連装五十ミリ機銃”が航行用機関から送り込まれた光を受け起動を開始する。

たが、武装用機関が動かない今、それはあまり効果的とは言えないようだった。

《ネメシエル》のAIが弾き出した必要最低限の武装しか使えないのだから。

レーダーが捕らえたミサイルの行く手を遮るように弾幕が形成されてゆく。

だが、その弾幕の網目は大きい。


(あ、危ないでござる!

 うおお!でござる!)


《ネメシエル》が《ジェフティ》に回したエネルギーで、《ジェフティ》自身も迎撃できているが、これがいつまでも持たないのは蒼がよく知っていた。

《ジェフティ》の損傷被害では武装用の機関は痛んでいない。

だが、のちに来るチャンスのために残しておけ、と蒼は命じていた。


(機関リミッター許容時間まであと二分)


 《ネメシエル》たちに追い付いたミサイルは《ジェフティ》を通り越すと一気に《ネメシエル》に襲いかかる。

その数は二十から十にまで減っていたが、半数が落ちた恐怖など兵器が持つことはない。

まるで血まみれの獲物を見つけた鮫のように破壊の本能に突き動かされているのだ。

ミサイルは鋼鉄の鎌首を持ち上げ《ネメシエル》の船体へと喰いかかった。


【あははは!

 あんたらはこのまま落ちて!

 死ぬのよ!】


 《パンケーキ》との距離は離れていく一方のはずだったが、攻撃形態に移行し空中で制止していることで照準は精密なものになっていた。

ミサイルを輪切りにしていた“強制消滅光装甲”が起動しているがそれも主砲発射の影響で許可過負荷率が残り少ない。

“イージス”、“強制消滅光装甲”の網を潜ったミサイルがとうとう《ネメシエル》の舷側へと食い下がった。

軽い振動が《ネメシエル》を震わせ、溶けた装甲がばらばらと砕ける。


(左舷後部に被弾!

 第四装甲まで誘拐、消滅)


「構いません。

 速度落とさず上昇を!」


蒼はこみ上げる鈍い痛みを噛み潰す。

この痛みだけは何度食らっても慣れないものだ。


【どこまで逃げるつもり!?

 本当にもう!

 そういうのはいいのよ!】


 嘲ってくる敵艦を覆うように展開されるバリアが鈍く光る。

絶対ぶっ潰してやりますよ。

蒼は心の中でそう決め、高度計を見る。


(機関リミッター許容時間まで一分!)


《ネメシエル》の声もほとんど絶叫にも等しい高さになっていた時だった。

《ジェフティ》が言の葉を差し込んできた。


(《ネメシエル》!

 目標高度でござる!)


待ちに待っていた高度だった。

高度凡そ二万。

蒼は口を笑みの形に一瞬引きつらせると《ネメシエル》に勢いよく命じた。


「《ネメシエル》!

 機関リミッター閉鎖!

 左舷全力後進、右舷全力全身、取舵いっぱい!」


やっと、やっと。


(了解!

 さあ、賭けと行こうか)


(《ネメシエル》。

 頼んだでござるぞ!)


 《ネメシエル》の上昇していた船体が左に傾く。

取舵の命令に従って《ネメシエル》はその巨体をよじるようにして艦首を左に向けた。

主翼が雲を曳き、強烈なGが船体を軋ませる。


【はっ!

 とうとう逃げるのをやめたわね《鋼死蝶》!

 無駄だということが分かったみたいね!】


 《ネメシエル》に引っ張られている《ジェフティ》もそれに従うように同じ運動を始める。

張りつめたワイヤーが今にも切れそうにぴんと張る。

喧嘩を売ってくる敵に蒼は喧嘩で返す。


「うるさいですよ年増女!」


【な、何よぺったんこ!】


「うるっさいですよ!!」


取舵で滑るように空中を移動した《ネメシエル》は船体の傾きをゆっくりと復元していく。

そして艦首の向きを《パンケーキ》に固定した。

今です。


「《ネメシエル》!

 両舷全速!」


(了解!)


再び、震わせるように《ネメシエル》の機関音が艦首から艦尾までを貫く。

我慢の時を終えた《ネメシエル》が咆えた。


「派手に行きますよ!

 《ネメシエル》、《ジェフティ》。

 反撃の時です!」


(参るでござるな?)


【はっ、何を血迷ったのか分からないけど!

 無駄なあがきよ!】


《パンケーキ》の甲板にずらりと並んだ砲門が《ネメシエル》を睨み、レーザーを吐き出す。


「艦首に“イージス”及び“強制消滅光装甲”を集中展開!

 敵の攻撃を突破します!」


(了解!)


《ネメシエル》の船体全体を覆うように展開されていた“イージス”、“強制消滅光装甲”の両方が一瞬消え、そのまた一瞬後には《ネメシエル》の艦首側に集中的に展開される。

目に見えるほどに濃い密度で密集させられた“イージス”はその名の通り《パンケーキ》からの攻撃を見事に弾いてみせた。


(敵との相対距離およそ一万!)


 右舷後方で生じた爆発に《ネメシエル》全体が揺さぶられる。

被害報告モニターに少しだけ黄色が混じったがそんなこと気にしていられない。

損傷個所から黒煙を吐きつつ、《ネメシエル》はひたすらに全身を続ける。

武装用機関の冷却にはあと最低でも四分はかかる。


「全武装へのエネルギーをカット!

 推進にすべてのエネルギーを回してください!」


がくん、と全身を揺さぶるような振動ののち《ネメシエル》の武装が沈黙する。


【っち、さすがに固いなぁ!】


 再び敵のミサイル攻撃が《ネメシエル》へと殺到する。

迎撃してきていた機銃が沈黙している今、それらはダイレクトに《ネメシエル》の装甲、構造物へと喰らいつく。


(第三敵ミサイル右舷第三装甲まで貫通。

 被害軽微航行に異常なし。

 第四敵ミサイル“五一センチ三連装光波共震砲”に命中。

 砲塔大破、使用不能。

 第五敵ミサイル命中せず。

 第六敵ミサイル、“一五センチ三連装レーザー高角砲”群に命中。

 三十六番、三十七番、大破、三十八番中破、共に使用不能!

 第七敵ミサイル――…………!)


《ネメシエル》からの損害の報告を右から左へと聞き流し蒼は敵との相対距離を表しているモニターを鋭い目つきで睨む。

残りは五千。

数字が減ってゆくことに夢中で痛みなど蒼には伝わっていなかった。

そしてその顔は楽しくて仕方ない、というように少しだけ笑っていた。


「《ジェフティ》いいですか!

 そろそろ行きますよ!」


(拙者の準備はいつでもいいでござるよ!)


「《ネメシエル》残り機関のリミッターを解除!

 残り一分をここで使います!」


 《ジェフティ》からの声を待っていたかのように蒼の傷みに耐えていた歯が開いた。

その隙間から出された声にはじかれ、《ネメシエル》の光が空を強く蹴り巨大な船体を前へと押し出す。


(了解!

 機関、リミッター解除!

 燃え尽きるまで回すぞ!)


再び《ネメシエル》の光が強く脈打ち始めた。

《陽天楼》。

その姿は太陽のごとく。

武装を掲げ、光る船体は、鬼神のごとく。


【っまさか……!

 突っ込んでくるつもり!?】


《パンケーキ》の“核”はそこでようやく状況を理解した。

《鋼死蝶》と戦い傷つき、ボロボロになった《ウヅルキ》をドック内で見ていたというのに。






     ※






 どうしてこうなるということが予想できなかったのか。

後悔の念が《パンケーキ》の頭の中を染め上げる。

《パンケーキ》が《ネメシエル》と刃を交える三日前。

あのウヅルキの“核”である彼はこういっていた。

不特定多数の“核”達へと向けて。

まるで自分にも言い聞かせているように。


「油断だけはするな。

 あいつは化け物だ」


と。

出撃前まではプライドと自信を鼻にかけ、生意気にいきがっていた彼は帰ってきた時、まるで悪魔を見たようにひどくやつれ、疲れ切っていた。

自分の軍艦、《ウヅルキ》の影に《鋼死蝶》の姿を見てはびくびくと怯えていた。

《パンケーキ》からしたらそんな紫が痛々しくて見ていられなかった。

だから、《パンケーキ》の修理ドックに呼び出し話を聞くことにした。


「何よ、紫。

 悪魔でも見た?」


 努めて平和を装って聞いてみた。

紫はその瞬間、また表情をこわばらせた。


「悪魔なんて生易しいもんじゃねぇよ――。

 俺は……《鋼死蝶》に……出会っちまったんだよ――」


 《鋼死蝶》。

かつて世界を滅亡寸前にまで導いたと言い伝えられている、悪魔の蝶。

童話にも伝えられるほど有名な話だ。

地獄の大穴が開きその中からふと現れた一匹の銀翼の蝶。

その蝶に触れたもの、その姿を見たもの。

全て例外なく一瞬で体中の血が、肉が焦げて死ぬ。

誰も逃れることは出来ないのだ。


「またそんなー……。

 紫、あんたさぁ……」


「悪い……もうこの話は……したくない」


 《パンケーキ》の“核”は、彼の――《ウヅルキ》のプライドを完膚無きまでにへし折り、踏みつぶしたのは《ネメシエル》――《鋼死蝶》だということを今の今まで忘れていた。

あの時は大げさに言っているだけだと思い聞き流していた。

自分は今あの《ウヅルキ》にも等しい状況に置かれていることを理解していなかった。






      ※






【なによ――!

 向かってくるなら、よければいいだけじゃない!】


 頭の中を覆っていた過去の記憶を振り払い《パンケーキ》は自分の士気を高める。

《パンケーキ》の左舷側の装甲が開き、中から赤の炎が吹き出し、《パンケーキ》を横へと押し出す。


「無駄ですよ」


敵は確実に蒼達の狙いに気が付いたのだろう。

だが、蒼達は敵を逃がさない。

いや、敵は逃げれない。

《パンケーキ》の中でサイレンが鳴り響き、安全装置が《パンケーキ》を移動させなかった。


【っち、まさかここって……!

それに高度が下げ……れない!?

 それに山脈が――!】


《パンケーキ》の舷側が山肌を擦り、装甲に傷がつく。

山肌に並んでいた大きな岩が転がり谷底へと落ちてゆく。


【ちっ――!

 気流に取られて舵が安定しない――!】


 《パンケーキ》の“核”は舌打ちして、何とか逃げようと上昇し、回避運動を開始する。

だが、もう遅い。

何も《ネメシエル》達は、何の考えもなしに逃げ回っていたのではないのだ。

山脈地帯に敵を誘い込み、回避運動を取りにくくする。

次に、左右にも逃げれないよう、山脈の近くへと誘導する。

山脈の側は気流が激しい。

海からやって来た風が山脈にぶつかり空へと巻き上げられているためだ。

その風速はおよそ五十。

台風並みの風は確実に敵の舵を奪い去る。

そうして敵が動けなくなったところへ《ジェフティ》の一撃を加える。

これが短時間で《ネメシエル》と《ジェフティ》が立てた作戦だった。


「引っかかりましたね?

 チェックメイトです!」


敵との相対距離はわずか千五百。


「《ネメシエル》、機関後進、高度ちょいあげ!

 《ジェフティ》あとは頼みましたよ!」


(任せるでござるよ)


【ミサイル斉射!

 何としても敵をぉお!】


《パンケーキ》の周りから今までの倍以上の数のミサイルが発射された。

それらは一気に《ネメシエル》及び《ジェフティ》へと向かう。


「かまいません!

 《ジェフティ》、ミサイルは私に任せてください!」


 《ネメシエル》の巨体が上へと上昇し、機関を逆に回して空中で一気にスピードを落とす。

その巨体が盾となり、《ジェフティ》へと向かうミサイルを防ぐ。

《ネメシエル》の上部で数多くの命中の華が開く。

だが分厚い装甲が被害を最小限に抑えた。


「《ジェフティ》!」


五発ほど防ぎきれなかったミサイルがある。


(敵ミサイル迎撃開始でござる!

 撃ち漏らしたものを至急撃ち落とすのでござるよ!

 同時に“光波共震砲”撃ち方始めるでござる!)


そのミサイルを防ぐように《ジェフティ》が弾幕を張る。

結果は成功。

五発のミサイルは《ジェフティ》を挟むように両舷で爆発する。

リミッターを解除したスピードマッハ三のスピードで《ネメシエル》が突撃を開始する。

元々《ネメシエル》と《ジェフティ》は一直線になるように展開していた。

そして、リミッターを解除した《ネメシエル》、《ジェフティ》のスピードはマッハ三。

《ジェフティ》を曳航している《ネメシエル》が機関を後進させ、一気にスピードを落としつつ、上昇した場合どうなるのか。

《ネメシエル》の巨体に隠れていた《ジェフティ》は機関が壊れており使えない。

当然、出したスピードが落ちるわけもなく落とすことも出来ない。


【そ、そんな――!

 いやぁあああああああ!!!】


 結論がこれだ。

《ネメシエル》の艦底すれすれを《ジェフティ》は潜り抜け目の前にいる《パンケーキ》へと音速の三倍の速度で撃ち出されたのだった。


(“三連装回転式触角”始動でござる!)






挿絵(By みてみん)






 そして《パンケーキ》の“核”の目の前には《ジェフティ》の立派な“三連装回転式触角”がモニターいっぱいに映し出されていた。

鈍く輝き、超高速での回転を始めているそれは《ジェフティ》の全長のおよそ十分の一ほどを占める。

尖った先には敵の装甲を打ち砕き奥深くまで抉り取ってやるという確かな意思。

舷側で火花を立てているチェーンソーにも殺気がたっぷりと込められていた。


(“ダンサス”の敵討ちでござるよ。

 “三連装回転式触角”用機関フルバースト!

 “イージス”最大臨界!

 フルファイヤー!)


【いやあああ―……!】


 金属と金属の悲鳴が空に一瞬響き渡る。

その悲鳴は直ぐに消え、代わりに擦れ合う耳をつんざく音に変わる。

火花を散らし、回転する《ジェフティ》の“三連装回転式触角”の先端が、《パンケーキ》の砲台をそのまま踏みつぶす。

踏みつぶされ、爆発した砲台の光、吹き上がった炎をものともせず鋼鉄のドリルが更に奥深くへと進む。

次に立ちはだかったのは《パンケーキ》の分厚い装甲だった。

だが、その装甲すら《ジェフティ》の進撃を食い止めるには薄すぎた。

たちまち弱い接合部の結合が外れ、滑らかな曲を描いていた装甲が耳障りな音を立てながらばらばらに崩れ始める。

マッハ三の速度は、ぶつかった衝撃で一気に半分以下になっていたが《ジェフティ》の質量を上乗せしたエネルギーは巨大なものだった。

爆発させた砲台を更に踏みつぶし、ミサイル発射台、マストまでもへし折り《ジェフティ》の船体が斜めに《パンケーキ》の内部へと沈む。

《パンケーキ》のあちこちで精密機器が火花を吹き上げ、衝突のショックで機関室の軸が大きくねじ曲がる。

巻きあがった装甲の板が他の部分へと降り注ぎミサイル発射口をはじめとするさまざまな武装を使用不能へと追い込む。

機関室の軸が曲がった影響で減速ギアの歯車が弾け、噛み合わなくなった金属同士の不協和音を奏でられている機関室のあちこちでショートの炎が上がる。

《パンケーキ》の艦橋内はブザーが鳴ると共に赤い光があちこち行きかう地獄と化していた。


【くっ――……つぁ……!】


 《ジェフティ》の船体の四分の一ほどが、《パンケーキ》の内部へと潜り込んでいた。

スピードを殺され、機関も壊れている《ジェフティ》は深く《パンケーキ》へと突き刺さった状態で停止する。


【うぐっ――いだい――!

 いだい……!】


だが、《パンケーキ》は落ちない。

《ジェフティ》による攻撃で船体の三分の一が大破している状態にあるというのに。


(なんて頑丈な船でござるか……)


《ジェフティ》は驚嘆の声を絞り出した。


【はぁっ――はぁっ――!

 ざ、残念だった……わね!

 あなた達はこれで……全ての……手段を使い切ったのよ!

 私の勝ちね!!】


 額から粒の脂汗を流し、《パンケーキ》の“核”はケタケタと狂気じみた笑いをする。

こんな痛み大したことない、と言うように。

蒼もこの攻撃で落ちない敵に驚いていた。

だが、落ちなかったら落ちなかった用にもうひとつ手を打っていた。


(……哀れみを覚えるでござるな。

 我が刃を受け、倒れなかったものは貴艦のみ。

 激痛でござろう?)


《ジェフティ》は静かな声でそういう。


(主砲展開。

 装填開始)


【――!?

 な、なにやって――!?】


 《パンケーキ》に深々と刺さったドリルの先が開き、中に入っている主砲が展開され始めた。

左右に少しだけ開き、ドリルの先端が後ろへと収納される。

そして先端からプラズマを纏った砲身が現れる。

光は既に強いものとなっており、今にもはち切れそうだった。


【ちょ、やめなさいよ……!

 これよりもっと痛いの……無理――!】


 《パンケーキ》はそれをいち早く悟ったのだろう。

焦りの表情を浮かべ、額に浮き出している汗を拭おうともせずに《ジェフティ》へと勘弁するように懇願の念を送る。


(ならば降参するでござるな。

 そうすれば悪いようにはしないでござる)


【っ、そ、そんな――】


既に泣き出してしまいそうな《パンケーキ》だったがそんな《パンケーキ》に《ジェフティ》が慈悲を投げ掛けるわけがない。

電のような鋭い眼光を敵へと投げつけた《ジェフティ》は静かに終わりの時を告げた。


(残念。

 もう終わりでござる。

 滅せ)


【いやぁぁぁぁ!!】


 《ジェフティ》の三連装主砲が、光を放った。

飼い主から解き放たれた光は、深く内臓まで抉られた《パンケーキ》のさらに深いところを抉り取る。

プラズマの超高温を纏いながら、光は目の前にある機器や様々な機材に食らいついた。

一気に溶け、どろどろの赤い鉄となった船体はその熱をもってして他の主要区画を壊してゆく。


「《ジェフティ》!」


(了解でござる!)


《ネメシエル》から、“曳航ワイヤー”が再び飛び出して《ジェフティ》の“収受版”に絡みつく。


「《ネメシエル》両舷全速!

 敵艦から離脱しますよ!」


(了解!)


 《パンケーキ》の真上に浮かんでいた《ネメシエル》の機関がフル回転を始め、一気に強くなった推力が《ジェフティ》突き刺さっている《パンケーキ》から抜く。

その抜いた穴から炎が吹き出し、《ジェフティ》のドリルを少し焼く。

主砲を中にしまったドリルに赤く焼けた鉄が付着し、小さく蒸気を立てる。


【あああああああ痛いぃあいいあいああ!!

 痛ぃいいい!!!】


 《パンケーキ》の主要区画を破壊しつくした熱は、船体の中を暴れまわり艦殻を突き破ると艤装である武装の一つ、ミサイルVLSへと到達した。

一万度以上の高熱に晒されたミサイルの弾頭が加熱される。


【こんのぉおお!!】


 《パンケーキ》の残った武装が歪んだ軸を強制的に捻じ曲げつつ《ネメシエル》の方を向く。

その砲身を持ち上げ、残り一基だけになった機関のエネルギーをその砲身へと運ぶ。


【あんた達もぉ――!

 道連れにしてやるぅああ!!】


(っ、《ジェフティ》!

 “イージス”を!)


蒼があわてて《ジェフティ》に“イージス”を展開するエネルギーを回そうとする。

だが間に合わない。


(っ、無念でござる……)


 《ジェフティ》が諦めたような声を出した刹那、大爆発を《パンケーキ》が襲った。

加熱されたミサイル弾頭が暴発したのだ。

その爆発は隣にあったミサイル弾頭までも巻き込み、連続して起こった爆発が《パンケーキ》の装甲をめくりあげた。

一つにまとまった大きな爆発が、《ネメシエル》を狙った砲塔を大きく上へと吹き飛ばした。

根本から吹き飛んだ砲塔が《ネメシエル》の“イージス”にぶつかり弾かれる。


【くっ――そぉ……! 

 紫……あんた……。

 私の敵とってよ……】


 次に襲った爆発は先ほどのミサイル爆発とはけた違いのものだった。

膨れ上がった炎が、《パンケーキ》のど真ん中で大きく立ち昇る。

飛び散る部品が装甲の表面を滑り落ち、展開されていた “亜空間反射鏡”が消える。


(なかなかの強敵でござった……!

 見事……見事でござったぞ……)


 《パンケーキ》が真ん中からへし折れ、塔のような艦橋が折れ曲がる。

そこまで来ると崩壊は一瞬だった。

折れ曲がった鋼材は今まで上にかかっていた負荷に耐えられず更に、折れ曲がってゆく。

そうして出来た隙間が広がり船体を切り裂くような長い悲鳴をあげながら高度を下げてゆく。

山の斜面を削るように着地した《パンケーキ》はそのまま斜面を落ちて行き山と山の間を流れる川に突き刺さった。

それでもなお燃え続け、立ち昇る黒煙がさらに桁を増してゆく。


「……任務完了。

 《ジェフティ》、戻りますよ」


(了解でござる)


《ネメシエル》と《ジェフティ》は《パンケーキ》から立ち昇る黒煙を切り裂きコグレへと舵を切った。






               This story continues.

お待たせいたしました。

超空陽天楼、更新いたしました。

今回もまたこう、いい感じにですね。

ロマンの塊ですよ。

やっぱりドリルは神ですねぇ。

これがしたかったー。

あー楽しい。

やっぱり自分が好きなものを書くのはいいですねぇ。


ではでは皆様よいお年を!


おまけ


回ってない方

挿絵(By みてみん)

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