超常兵器級ドリル戦艦
あれからのんびりと平和に三日が経過していた。
マックスは《宇宙空間航行観測艦》からの映像を使って、撮影しようとしていたもの。
それが強力なジャミングによる妨害で映像の解析がほとんど不可能だと知り、心の底から沸き起こる苛立ちを感じていた。
「くっそ……」
マックスは解析装置の前で爪を噛む。
「すいません、司令。
これ以上は……」
「……ああ、かまわん。
大丈夫だ。
それにしても……あー……」
マックスはすっかり温くなったコーヒーを啜り、画面に映った荒すぎる画像を眺めた。
ポリゴンが潰れており何も分からない。
「なんにもわからねぇなぁ、これじゃ。
くっそ……くっそが……」
どうやら黒髪なのであろうことだけが辛うじて分かるだけだった。
「E型特殊回線も駄目だったんだよな?」
残ったコーヒーを一気に飲み、コップを机の上に置きなおす。
部下は静かに頷くと大きく伸びをした。
「ええ、ダメでした。
やるべきことはすべてやりましたが……。
最高の解析度でコレです」
そういうともう一人の解析班の部下は画面を指差す。
万策つきたのだ。
「はー……」
頭に被っていた帽子を脱いでマックスは頭を掻いた。
五人いる解析班とマックス、合計六人のため息がこだまする。
「すー……すー……」
そこに小さな寝息が混じる。
「やれやれ。
この《超極兵器級》の娘さんはよく寝てますねぇ……」
部下はマックスの横の椅子で眠っている蒼を指して微笑む。
暇をもて余している蒼は暇で、暇で、暇で、暇で仕方ないのだ。
《アイティスニジエル》の艦隊が確実に勝利を納めつつ、進軍している今損傷している《ネメシエル》は修理に専念するしかない
自分の戦艦が動かせないと鳴ると蒼は暇を持てますしかないのだった。
「全くだ。
それにしても………」
マックスは、《アイティスニジエル》率いる《超空制圧第一艦隊》の現在位置を示すマーカーと送られてきた画像を見て、顔を綻ばせた。
状況は一向に芳しくなかったが、最近ニッセルツをはじめとする軍解放地方に大きな異変が起こっていた。
人口が急激に増加し始めているのだ。
ニッセルツにもともといた三百万人を遥かに越え、六百三十万人にまで人口の増加が膨らんでいる。
はじめは新しい敵の策略かと疑ったマックス達だったが、やって来た人達に話を聞いている内に状況を理解することができた。
どうやら、占領しているベルカの地で連合が好き勝手しているらしい。
県知事を殺し、重税を課すことは当たり前。
さらに軍隊による強姦や、暴行、強奪が後を絶たないようだ。
止めようとした警官までもが射殺されたらしいのだからその荒れ具合は最もなのだろう。
「びっくりしましたよね。
ここにきて一気に目の前が明るくなった気分でした」
部下の言葉は嘘ではなかった。
避難してきたベルカ国民から詳しい話を聞き、情報の収集に成功したのだ。
いつものように朝起きたらベルカ全土が連合の支配を受けていたことに驚いているベルカ国民と、ベルカ帝国への世界連合軍の出兵を疑問に思う世界各地へ向かってこのように世界連合軍司令部は説明していたと言う。
『ベルカは一夜にして巨大なテロ組織によって乗っ取られてしまった。
軍事国家であるベルカの兵器をテロ組織に渡してはならない。
だから、我々はベルカをテロ組織から救うのだ 。
そのため巨大な軍事力によってベルカを一気に制圧したのだ。
ベルカが再建されるまで、連合軍がベルカの地を支配するのだ』
はじめは半信半疑ながらも従っていたベルカ国民も、次第に疑問が大多数を占めるようになる。
その疑問はテレビ局をも動かし、やがて一つの大きな憶測に行きつくのだった。
『世界がベルカへ戦争を仕掛けた』
という、連合の進軍を全て否定するものだった。
このあたりからテレビやインターネットの検閲が激しくなりベルカ国民は情報の目と耳を奪われることになる。
連合からしたら都合の悪いその“憶測”に対する正式な答えはまだない。
回答の保留という連合の行動や帝都の消滅。
膠着していた状況分析の中、一人の少年がテレビ局に乗り込んだ。
その男は、シーニザー空艦軍所属の“核”らしい。
シーニザーの“核”は駆逐艦でテレビ局に突っ込むとそのままテレビ局のシステムを丸ごとクラッキングするとベルカ全土へと戦っているコグレのことなどを手短に説明したものを流したのだ。
そして後、急いでやってきた連合軍戦艦に捕えられてしまった。
「ニヨが……?」
蒼はそれを聞いたとき驚いたと共にふと、笑った。
マックス自身も驚いていた。
つい前には司令室でマックスと副司令に銃を突き付けていたあの少年が。
まさかこんな形で役に立ってくれるとは思ってもみなかったのだ。
そんなシーニザーの少年が伝えた真実を受け止め、ベルカ国民は半信半疑ながらも連合と戦う決意をした。
中には連合に従う奴らもいたが、少数派だった。
戦う決意をした人の中でも行動力のある人達がテロ組織が引きこもり無法地帯と化した、と連合が発表しているニッセルツに引っ越してきた。
どうやら、こういう訳らしい。
「ああ、そうだよなぁ。
情報が入ってこなさすぎるのも問題だったが……。
逆に入ってきすぎている今も問題だな」
「ええ。
でも、分からないよりはましですよ」
シーニザーの少年の真実を突き止めようとした、ベルカの記者が四人死んでいるということ。
それに興味をひかれた海外メディアである、ヒクセス、シグナエなどほぼすべての国の記者がベルカに長期滞在で訪れていること。
それ以上にマックス達を驚かせていたのはある一つの真実。
ヒクセスの湾岸都市が一つテロと思われる攻撃で消えてなくなったということだった。
それによる累乗効果でベルカは、世界中の注目を浴びる国になっているのだという情報が、滝のように流れ込んできた。
「まさか寝て目が覚めたら状況が好転しているとは思いませんでしたよ」
部下はそういうとヘッドホンを頭から外して首を回した。
「この戦争、勝つ方法が見えてきたな」
マックスは、部下にそう言いながら眠る蒼の頭を撫でる。
「んー……」
蒼の寝顔を見るとともに、マックスは荒い画像にもう一度目を戻して鼻から大きく息を吐き出したのだった。
「他に方法がないか探るんだ」
※
それから二日後。
《アイティスニジエル》が率いる艦隊がコグレへと帰ってきた。
与えられた任務は、マーグニス地方の奪還及び支配。
そしてマーグニス地府へと向かってくる敵増援の撃滅。
およそ五日間ぶっ続けの任務をほとんど無傷で終えたのだった。
連合の軍隊は地元民の強烈な抵抗も味方して、マーグニス地方から撤退。
その下の県、アルル地方へと退避して行ったのだという。
「お帰りなさい」
副司令が申し訳なさそうに《アイティスニジエル》から降りてきた朱に言う。
朱は首をかしげていたが、副司令が持っている新たな命令書を見ると小さく頷いた。
物資の補給をして、再出発。
コグレに帰ってきた四隻はその翼を休めることなく次の戦地、アルル地方へと向かったのであった。
※
それから半日が経過していた。
蒼はようやく修理が完了した《ネメシエル》に乗り込んでいた。
(調子はどうだ、蒼副長)
「私からしたらあなたの調子がどうですか、と問いたいですね」
久しぶりの起動による《ネメシエル》の深刻なバグを心配するふりをしてみる。
(あいにくだが、よく眠ったよ。
電源を落された時、ああ、休めるって思ったもんだ)
《ネメシエル》は今にもあくびをしそうな声のトーンでそう言った。
「そうですか。
それが人間でいうところの睡眠ってやつですよ《ネメシエル》」
蒼は、適当に答えると“レリエルシステム”に、接続するための穴に手を突っ込む。
そして目を瞑り、《ネメシエル》の戦闘海馬へと自分自身を接続する準備に入った。
(だがしかし、人間のは――)
蒼が切ろうとした話題にまだすがりついてくる《ネメシエル》に整備管制屋の主から声が飛ぶ。
『そういうことだ、《ネメシエル》。
あまり難しく考えない方がいいぞ。
下手すれば人間とは何かってことで大量演算が必要になるからな』
(……分かった)
『人間とは何か、を考えすぎて思考回路が焼き切れた艦もある。
あまり気にしない方がいい話題だ』
ヒゲを生やしたおじいちゃんは手にペンを持ち蒼に接続できたかどうかを訪ねる。
蒼は頷くと、シートベルトをしっかり体にセットした。
万が一のためだ。
『接続完了を確認。
ではこちらから信号を送る』
「了解です」
(しかし、人間とは――)
『あまり考えない方がいいぞ?
考えるだけ答え何て出ないのだからな』
(そういうと考えたくなるのが艦の……)
「もういいですから、《ネメシエル》。
早く起動実験やっちゃって終わらせちゃいましょうです。
私冷蔵庫に残ってるアイス早く食べたいんですから」
蒼は整備管制室と《ネメシエル》の会話を叩き切った。
『はは、副長さんは早く終わらせたいみたいだ。
この話は、起動実験と、点検項目が終わってからにしよう』
(了解)
蒼は、《ネメシエル》の点検用回線を開くと整備管制室からのコマンドを受け入れる。
無事に接続完了を現すオンラインという文字が浮かぶ。
「《ネメシエル》それじゃあはじめますよ」
(了解した)
点検項目はおおよそ五十項目。
砲塔の三百六十度回転から始まり、砲門の開閉。
仰角、俯角の稼働。
さらに、攻撃対象へのロックオン追尾機能など。
五十項目が終わるころには時計の針はおよそ二週していた。
『お疲れ様でした、《ネメシエル》』
「あーづがれまじだ」
一番最後の点検が終わると整備室の若い整備兵が話しかけてきた。
ベテランのおじいちゃんがトイレに行っている間の代わりらしい。
『“核”の人はほんと器用に動かしてるなーって思います。
よく砲台の一つ一つをうまく動かせますね』
「んー……慣れですね。
こればかりは何とも言えないです」
自分自身どうやって動かしているのかあまり分からないのに、人から聞かれたらなおさら分からないですよ。
蒼は、その声を合図に点検用回線を閉じ、“レリエルシステム”から腕を抜く。
ぐったりとした疲れが体を包む。
(お疲れさまだ、蒼副長。
少しぐらい休んでも文句は言われないだろう)
しばらく《ネメシエル》と同期していなかった為か、疲労が普段よりも激しいようだった。
たわいもない話を若い技師として、しばらくするとおじいちゃんが帰ってきた。
『……あーすっきりした。
まったく、年を取るとトイレが近くてかなわん。
さて《ネメシエル》、人間とは何かについてだが……し、司令?
どうしたんですか?』
整備室のおじいちゃんは後ろを見てあわてて立ち上がり敬礼する。
敬礼が解かれると、モニターに映るおじいちゃんは横に移動して代わりにマックスが中央に顔を出した。
『蒼、任務だ』
「はいな!
待ってました!」
背もたれに押し付けていた背中を引き剥がし、ガバッと起き上がる。
疲れはどこへやら吹き飛び蒼は“レリエルシステム”に接続し直した。
『状況分析ファイルを送った、見てほしい』
《ネメシエル》のファイルサーバーにアクセスして、蒼は最新のファイルを開く。
地図が一枚と、写真が一枚同封されていた。
『まず地図を見てくれ。
ロズルド地方の渓谷の間だ。
そこにベルカ《超空制圧艦隊》の生き残り艦隊が発見された。
艦影から見るに《超常兵器級》の一隻である《ジェフティ級》が率いてい る《超空制圧第四二艦隊》だと思われる』
蒼はここで、《ネメシエル》に命じてデータベースを開かせた。
《超空制圧第四二艦隊》、《超常兵器級》二隻、戦艦二隻、重駆逐艦四隻からなる接近打撃艦隊だ。
そこで改めて写真を見直す。
『今確認されているのは、《超常兵器級》が一隻と駆逐艦が二隻だ。
残りは撃沈させられたのだと思う。
このまま放っておくとこの三隻も危ない。
ましてや《超常兵器級》と言えば《超極兵器級》に次ぐ立派な主力。
確保しておいて損はないだろう。
近辺に連合の艦隊は認められる……が。
《ネメシエル》の前では小石程度にもならないだろう』
新しい映像が送られてきて蒼の前に並ぶ。
戦艦が四隻に、重巡洋艦が六、駆逐艦が八。
確かに《ネメシエル》には敵ではない艦隊だったが問題は守るべき仲間がいるということだ。
『無線は逆探知を防ぐためか通じない。
そこで、《ネメシエル》は単艦で敵艦隊に肉薄。
速やかに撃沈すると共に仲間を救助せよ。
以上だ。
さらに詳しいことは空で話す』
「了解しました。
あー。
やっと暇から逃げることができますね」
蒼は再び“レリエルシステム”に接続するため腕を穴へ突っ込んだ。
いくつもの輪のようなものを通し《ネメシエル》の中へと潜り込む。
接続完了を示すオンラインの文字が出ると《ネメシエル》へと命じる。
「《ネメシエル》、通常起動」
モニターの中でマックスが消えおじいちゃんが戻ってくる。
『出番だな《ネメシエル》。
人間について云々は帰ってきたら教えてやるよ。
気を付けていってこい』
(交戦中に気になるじゃないか)
『聞きたいなら無事に帰ってくることだな』
不満そうな《ネメシエル》の声を聞きながら命じる。
「《ネメシエル》出航シークェンススタート」
(……了解、《ネメシエル》通常モードにて起動する。
主機検査開始一から五まで。
――異常なし、グリーン。
補機検査開始一から五まで。
――異常なし、グリーン。
補助機関始動開始、回転効率五百まで関数上昇。
到達、回転効率ロック。
主機作動開始補助機関回転効率主機に接続開始――コンプリート。
エネルギー流脈拍安定、一二〇を維持。
臨界まで十五秒。
武装機関一番から起動――コンプリート。
主砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
副砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
全“五一センチ光波共震砲”から“四十ミリ光波機銃”状態検査開始。
――安定を確認オールグリーン。
“レリエルシステム”拘束解除、パルス全力接続――安定。
“第十二世代超大型艦専用中枢コントロールCPU”との接続開始完了。
全兵装“レリエルシステム”と同調開始――オンライン。
区域別遮断防壁装甲シャッター展開、第一種固定。
“自動修復装置”起動、艦内に展開開始。
“自動追尾装置”起動、全兵装へ接続。
“自動標的選択装置”起動、“パンソロジーレーダー”と同調。
“軌道湾曲装置”起動開始艦外へ展開過負荷率ゼロ。
“消滅光波発生装置”起動出力二パーセント。
“パンソロジーレーダー”起動完了、グリーン。
全兵装基盤ギア旋回確認、全兵装異常なし。
出航シークェンス終了。
蒼副長、出航できるぞ)
「了解。
《ネメシエル》任務設定、全力で現地に向かいますよ」
※
ロズルド地方ダンガイ山脈付近。
作戦予定空域からおよそ三十キロ南。
気温は二十二度、天候は曇り。
高度一万メートルの地点に《ネメシエル》は航行していた。
通信モニターにはマックスと、ロズルド地方の地図が展開されている。
モニターの中のマックスが手に持っている資料を読み上げる。
『《超常兵器級》は恐らく《ジェフティ級》だ。
艦首の三連装回転式触角から見て間違いないだろう。
さらに舷側にも八枚程度の回転ソーが確認できる。
この時点でほぼ確定だが念のためスペックも計測しておいた。
全長六百八十メートル。
全幅八十四メートルの大きさ。
ともに、データベース《ジェフティ級》に一致している。
追随している駆逐艦二隻だが……。
《重駆逐艦オリミン》級駆逐艦だと思われる。
全長百十メートル、全幅は十四メートル。
他の駆逐艦たちと比べ、“イージス”の過負荷率が高いのが特徴だな。
その特徴を生かしてここまで生きてきたに違いない』
「移動はしてないんですか?」
蒼はシートベルトがきちんと自分の体に巻き付いていることを確認し、トレース結果を操艦装置に組み込む。
『どうやらな。
《超常兵器級》の機関に深刻なダメージがあるのだろう。
右舷に巨大な破孔が見える。
駆逐艦二隻の機関出力程度じゃ《超常兵器級》は曳航出来ないしな。
何とか動ける間に山と山の隙間に隠れたと考えるのが一番だろう』
マックスは、鼻をすすると一杯のココアを飲み干した。
『甘いな、おい……』
「私のミッションはこの三隻を助けるとともにコグレに無事持ち帰ること。
それでいいんですよね?」
『そうだ。
よろしく頼む。
《ネメシエル》、全兵装解放を許可。
交戦せよ』
「分かりました。
《ネメシエル》行きましょうです。
全兵装解放。
エンゲージ。
敵艦隊の位置を探りつつ相手の兵力を削ぎとっていきましょうです」
マックスとの通信を切ると《ネメシエル》との会話になる。
(そうだな。
どうやら敵艦隊はステルスに入っているようだしな。
見つけ次第攻撃していいだろう。
無線も探ってはいるが、ステルス中に無線を使うとは思えないし……)
「……あれ、敵じゃないですか?」
蒼はそう言って《ネメシエル》の右舷側、地表付近を指した。
カメラから送られてくる映像にちかっと光る何かが見えたのだ。
《ネメシエル》に拡大と艦影確認を急がせる。
(いや、ただの橋のようだ。
残念だ)
「視界による戦闘なんて、大昔の戦争みたいですね……。
カメラ視界を切り替え。
“三次元パンソロジーレーダー”の結果と重ねて表示」
(了解。
カメラ視界切り替え、三次元立体原子識別視界へ)
カメラのカラフルな映像が途切れ、代わりに《ネメシエル》のレーダーがキャッチした視界に入れ替わる。
緑を基本色としているが、人工物は赤や黄色などで表示される。
ちょっとした廃墟すら表示してしまうため本当に面倒だからいつもは使っていない。
だが、今回はこれを使わないと何も見えないのだから仕方ないのだった。
「…………あれですかね?」
(……あれは、鳥小屋だ。
恐らくな)
「………………」
見つからないじゃないですか。
上空から二十分ほど周辺空域を見下ろすものの敵が見つからない。
「あ、あれって」
(ん?)
さまよっているうちに蒼がふとまた人工物を見つけてしまった。
特徴的な艦影が、山と山の間に収まっている。
(…………《ジェフティ級》だ。
駆逐艦が一隻に減っているな……。
戦闘で撃沈されたのだろう。
敵より先に味方を発見するとはな)
《ネメシエル》は、そうぼやくと一応艦影を識別表と重ね始めた。
六基の“四六センチ四連装光波共震砲”をはじめとして、コンパクトにまとめられた艦橋。
更にあちこちに開いているミサイルポットや舷側の“回転チェーンソー”。
船体の十分の一を占める艦首に三連装で並んだ“三連装回転式触角”。
一度見たら忘れようのないこの特徴的な姿、《ジェフティ級》に間違いなかった。
蒼は機関の出力を下げさせると周辺空域をトレースしなおす。
《ジェフティ級》の周囲の地形にエネルギー接触痕は見られず、戦闘の形跡はない。
と言うことは駆逐艦が無理やり損傷し動けない《ジェフティ級》をここまで引っ張ってきたという、計算になる。
駆逐艦程度の出力では動かすことすらできないが、《ジェフティ級》の機関が半分でも生きているなら動かすことは可能だ。
(こちら、《超常兵器級ジェフティ制空撃艦一番艦ジェフティ》。
上空を飛行のそちらは、味方の識別信号を出しているが……。
味方でござるか?)
蒼は《ネメシエル》のモニターに突然入り込んできたおっさんのような声で少し驚き、慌ててこちらからも回線を開いた。
モニターに映ったのは、いい歳をくったおじさん。
それもなかなかにいい男で、タバコのようなものを咥えており、額からは迫力が滲み出している。
髪の毛は少し長かったが口髭は綺麗にまとまっており、三十半ばのように思えたが疲れで顔は歪んでいた。
「こちら、《超空制圧第一艦隊旗艦超極兵器級超空要塞戦艦ネメシエル》。
私はあなた達を助けに来ました。
損傷と、状況を知らせてください」
“核”の顔が映っているものの、口は全く動いていない。
《ジェフティ》のAIが“核”の代わりに話しているのだと推定する。
(《ネメシエル》……?
あの《ネメシエル》殿でござるか?
こういう形であれ、会いまみえて光栄でござる。
状況は……。
我が艦は、右舷及び武装に多数のダメージを抱えているでござる。
従属艦の《ダンサス》は、損傷軽微なるも……。
ああ口で言うのも面倒でござるな。
データを送るでござる)
思ったよりまともそうな人でかつ、まともそうな“核”でよかったです。
蒼は《超空制圧第一艦隊》のメンツを思い出して苦笑いした。
「はーい」
一瞬で送られてきたデータを開くと《ジェフティ》のスペックと、損傷箇所、《ダンサス》のスペックと損傷箇所が同梱されていた。
《ジェフティ》の船体に損傷個所が細かく記されている。
「《ネメシエル》、読み上げてください」
(えー……と?
右舷主機機関三、四番が大破。
被弾による主砲中破が二つに……)
「あーもーいいです。
面倒なので」
(あら、そう……)
数多くの被弾と破孔箇所。
それ以上に蒼の目を引いたのは“イージス”の許可過負荷がゼロというところだった。
数多くの敵の中を引っ張っていくのは無理だろう。
「となると。
敵の場所がわからない以上、今は味方である《ジェフティ》を曳航。
この地方の制圧は後で来たらいいんじゃないかなと思うのですよ」
動けない以上戦闘なんて出来るわけがない。
先に味方を見つけたのだからさっさとこの場から味方をつれて逃げるのが吉だ。
(なるほど。
流石殿の“核”でござるな。
では、それでいくでござるか。
お前もそれでいいでござるな?)
《ジェフティ》の“核”は静かに頷くとタバコを捨て、顎髭をなぞる。
“核”をお前呼ばわりとは。
私とあなたじゃあり得ないですよ《ネメシエル》。
「じゃあ作戦開始と行きましょうです。
《ネメシエル》高度を下げてください。
《ジェフティ》は、浮けるところまで上昇。
《ダンサス》はそのまま待機。
ドッキング作業が終わったら単縦陣で海域を離脱します」
《ネメシエル》の巨体が高度を下げる。
それに比例するようにゆっくりゆっくりと《ジェフティ》が昇ってきた。
しかし、翼の光は安定しておらず気を抜いたら墜落しそうだ。
「《ネメシエル》、《ジェフティ》の前に。
“特殊曳航ワイヤー”射出まで三、二、一……」
(“曳航ワイヤー収受板”展開完了でござる。
衝撃に備えると共に、アンカーを受け入れるですぞ)
《ネメシエル》の艦尾装甲が少し開き、中からワイヤーが二本飛び出す。
ワイヤーはそのまま勢いで飛び続け、先端の超光アンカーを展開させる。
ワイヤーは《ジェフティ》の舷側に展開した二本の“曳航ワイヤー収受板”へと誘導され、綺麗に巻きつくと先端の出っ張りを展開して固定された。
(“特殊曳航ワイヤー”固定を確認。
《ネメシエル》、機関微速。
この空域から直ちに離脱する。
《ダンサス》もついてくるように……)
《ネメシエル》の機関が唸りを上げ、張り詰めたワイヤーが《ジェフティ》の船体を引っ張る。
《ジェフティ》の巨体を引っ張りながら約二キロほど進んだときだった。
レーダーに突如として敵の艦影が映りこんだ。
「っ!?」
(蒼副長!
九時の方向に敵艦影!
数は一!)
すかさず《ネメシエル》が状況を報告する。
「一……?」
よっぽど私を沈める自信があるんでしょうか。
急に降ってわいたような敵を見ながら首をかしげる。
(敵戦艦のスペックを解析。
艦影識別表にはないな。
おそらく、新型だと思われる。
今、モニターに出す)
《ネメシエル》がそういうとモニターへと、敵の全貌を映した。
眺めてみるに、ホットケーキとでも言えばいいのだろうか。
「…………?」
なんとも形容の仕方がない形。
ホットケーキ、まさにそれが空に浮いている。
戦艦などの上に乗っかっている艦橋構造物は存在せず砲台も見えない。
ホットケーキのような船体にいくつかの青い線が入っている。
(なんでござるかあれは……?)
《ジェフティ》もいったいなんだあれは、といった態度を隠さない。
蒼も分からないため何とも言えない。
「分からないです。
《ジェフティ》下がっていて……ああ、動けないんでしたよね……。
敵解析開始」
(了解。
所要時間三十秒)
とりあえず後ろに下がれ、というと同時に今の状況を理解する。
蒼はワイヤーに引っ張られている《ジェフティ》を見て小さく舌打ちした。
《ネメシエル》の機関出力を下げ、出来るだけの距離を保つ。
右下に表示されている解析度が百になると《ネメシエル》が敵のスペックを話しはじめた。
(スペック分析完了。
船籍は不明。
全長千四百メートル。
総重量一千万トンと推定。
敵船体に武装は認められずエンジン部分も認められない。
表面装甲に、多少の空間的ラグが存在。
これぐらいしか分からないな)
「なかなか大きいですね……。
《ネメシエル》、仲間って可能性は?」
逃げてきた《超常兵器級》とかないですかね。
(それは、拙者が否定しておくでござる。
《超常兵器級》にあんな艦はござらん)
蒼の望みは《ジェフティ》によって消えた。
「じゃあ明確に敵ってことで――」
【こちら、《超装甲艦パンケーキ》。
貴艦は、《ネメシエル》で間違いないわね?】
通信に割り込むようにして突然女性の声が響いた。
パンケーキ……美味しそう。
実においしそうな名前です。
そしてモニターにも敵の姿が映る。
赤い髪に、自信にあふれている目。
唇は青色に塗られており、胸はとても大きい。
だが、少し化粧が分厚いようだった。
「その通りです。
私と勝負でも? 」
蒼は少し笑って返事を返す。
【いかにもその通りよ。
私の装甲の固さと攻撃力特と味わうといいわぁ】
「《ネメシエル》、照準合わせ。
この年増ねーさんの鼻っ柱をへし折ってあげましょうです」
【出来るものならならやってみなさいよぉ!
いいわ、こうしましょう。
初めの第一手をあなたにあげる。
あなたの主砲でも何でもいいから私に向かって撃っていいわよ?
私は動かないし、攻撃もしない。
どう?】
「……いいんですか?
本当に知りませんよ?」
【ええ、どうぞ?
お嬢ちゃん?
もう少しお胸、あってもいいと思うんだけどねぇ?】
蒼の頭の中で何かが切れた。
「――《ネメシエル》!
主砲発射シークェンス!」
(お、おちつけ蒼副長!
これも敵の罠――)
「お望み通りぶちかましてあげますよ。
《ネメシエル》、全武装用機関リミッター解除。
鼓動数百二十から六百まで急上昇。
後悔しないでくださいよ?」
【しないわよ】
(やれやれ……了解。
全武装用“ナクナニア光反動炉”圧力上昇。
リミッター全機関解放。
鼓動係数上昇開始)
「“超大型光波共震砲”、展開。
上甲板装甲開け。
非常弁全閉鎖、実行」
《ネメシエル》艦首付近の甲板がブザーを鳴らし、左右へと開く。
巨大な砲身がせり上がってきて、金属音と共に固定される。
「エネルギー機関全段直結。
“超大型光波共震砲”内部への回路開いてください。
アンカー射出」
錨が外れ、地上へ向かって落ちて行く。
地面深くにめり込んだ錨は先っぽを展開させ《ネメシエル》をしっかりと固定する。
(アンカーロックを確認。
姿勢制御固定。
“超大型光波共震砲”弾倉内正常加圧中。
ライフリング安定を確認)
「“超大型光波共震砲”、“最終安全装置”一番から五番解除」
ガコン、と金属音が鳴ると共に主砲がプラズマを帯び始める。
(エネルギー充填率九五……百。
充填完了、弾倉内圧力臨界点へ。
強制注入開始、ナクナニア光圧力百五十パーセント。
――装填完了鼓動係数安定)
「“弾道制御溝”起動。
ターゲットシーカーオンお願いします」
(“弾道制御溝”起動開始。
システムオールグリーン。
ターゲットシーカーオン)
蒼の視界に大きな赤い円が表示された。
その大きな赤い円の中に敵戦艦を入れる。
「誤差修正、仰角二度。
攻撃対象をロック。
目標、敵戦艦」
(目標、ロック完了。
“超大型光波共震砲”最終砲門解放)
「《ネメシエル》より各艦へ。
これより主砲を使います。
衝撃に備えてください」
(了解でござる)
(《ダンサス》了解した)
覚悟するがいいですよ。
ロックオンしたことを表す六角形のシーカーを眺め蒼は目を細めた。
「“超大型光波共震砲”、撃て!」
(“超大型光波共震砲”発射!)
強烈な閃光と発射のショック。
目の前に浮かぶ《パンケーキ》めがけ、《ネメシエル》の主砲は太陽をも飲み込むほどの光を吐き出した。
【っ、まぶしっ】
(なん――これが《超極兵器級》でござるか……!)
敵めがけ、《ネメシエル》の光は突き進む。
(敵艦に命中まで三……二……一……今!)
蒼副長!
敵艦表面に特殊なバリアを確認!)
「な、なっ!?」
《ネメシエル》の主砲の光は敵艦に命中。
敵艦に命中したその瞬間青いものが敵艦を覆った。
その青いものに弾かれ、主砲の光は空へと消えていく。
(分析完了。
おそらく、エネルギー体を弾く特殊装甲だと思われる。
レーザーは効果が無いぞ)
「また、面倒なのを……!」
【あははは、驚いた?
じゃあ、次は私の番ね?】
この――!
蒼はモニターの中で笑う敵を眺め唇を噛む。
(て、敵が動き始めたでごさる!)
《パンケーキ》はゆっくり青白い光を吹きながら回転を始める。
蒼からしたら謎で仕方ない行動。
だが、蒼の中の戦闘本能はなにか嫌な予感を告げていた。
「《ネメシエル》、機関全速。
すぐに回避運動を取りますよ」
地上に達していた錨が巻き取られ元あった場所に収まる。
それとほぼ同時に《ネメシエル》の機関が回り始めた。
武装用機関の冷却を急ぎつつ、回避運動を取り始める。
(《ネメシエル》。
拙者らは、“イージス”が切れているでござる。
攻撃を受けるだけでまずいでござる)
《ジェフティ》が、慌てたように報告してくる。
「分かっています。
《ダンサス》、ちゃんとついてくるんですよ?」
(了解)
《ダンサス》の艦尾から見える光が強くなる。
《ネメシエル》は《ジェフティ》を引っ張りながら、全速力で空へと高度をあげはじめた。
【あはははは!
私から逃げれると思ってんの!?
それに、初めに一撃あげたでしょ?
次は私の一撃を喰らいなさいよ!
それがフェアってもんでしょ!?】
それを高速で回転する《パンケーキ》が追ってくる。
《ネメシエル》と《パンケーキ》の距離を表すメーターがどんどん減ってゆく。
「っち、《ネメシエル》、リミッター解除!」
(了解)
《ネメシエル》の翼の光がさらに強く光り、蒼の体を微かにGが締め上げる。
攻撃したいのだが、《ジェフティ》が後ろにいる上に“超大型光波共震砲”を使ったことにより《ネメシエル》の武装用機関は限界まで加熱されていた。
冷却にはおよそ十分必要でその間は攻撃することができない。
まんまと敵に踊らされ、敵の罠にかかってしまった自分に蒼は嫌悪を感じると共に、航行用機関のリミッターを解除したことによる加熱制御に集中力を傾ける。
《パンケーキ》との距離の減少が次第にゆっくりになり始めまた増加に転じたその時だった。
【あはははは!
死ね、《鋼死蝶》!】
突如、《パンケーキ》が輝いたかと思うと一本の図太い赤いレーザーが《ネメシエル》に引っ張られている《ジェフティ》めがけ放たれた。
「まずい!
回避を!」
レーザーが着弾するまで三秒。
蒼が《ネメシエル》に転進を命じて船体が転進を開始するまでに二秒。
《ネメシエル》に引っ張られる《ジェフティ》が転進し始めるのは四秒後。
(ダメだ間に合わない!)
レーザーは一目散に《ジェフティ》の艦尾へと突っ込もうと突き進む。
バチバチと雷をまといながら、一目散に。
【砕けろ!
《鋼死蝶》!】
敵の笑い声、被弾警告を示すサイレン、赤色の光がうるさく跳ね回る艦橋内に
(旗艦、生きてください)
ぽろっ、と小さな声がこぼれた。
(だ、《ダンサス》!?
だめでござるよ!)
レーザーと《ジェフティ》の間に壁がひとつ立ちふさがった。
駆逐艦。
重装甲とはいえ駆逐艦は駆逐艦。
《ネメシエル》が計算したエネルギー量のレーザーの直撃には耐えれない。
例え“イージス”を張っていたとしても、だ。
(《ダンサス》……!?
駄目でござる!
やめるでござるよ!)
(旗艦。
俺は……あんたの従属艦で、幸せ――)
《パンケーキ》より放たれた青いレーザーは《タンザス》を射抜くとそのエネルギーを解放した。
(《ダンサス》!
うあああ!!)
一瞬にして《ダンサス》の艦橋は吹き飛んだ。
内部から膨れ上がるようにして爆発したレーザーは《ダンサス》の紙のような装甲を突き破ると空へと消える。
破れた舷側の内部から部品が零れ、地上に落ちる。
三基あった砲塔は船体が縦になった瞬間に根本がひしゃげ、鋼鉄の悲鳴を長く響かせる。
そしてまた大きな爆発。
今度は弱っていた《ダンサス》の百メートル少しの船体を一気に叩き折った。
キールが砕け、真っ二つになった《ダンサス》の船体はもう駆逐艦とは言えないものだった。
ただの鋼鉄の塊となった《ダンサス》はそのまま遥か下に広がる地上へと落ちて行った。
【っち、外したか!
まぁいいわ!
これで邪魔ものはいなくなったもの。
実質、私とあなただけの戦いよね、《鋼死蝶》?】
《パンケーキ》の女はそういうと大きな声で笑った。
(許さない……許さないでござるよ!)
《ジェフティ》の感情が上昇したのを見て、蒼は落ち着くように声をかける。
「落ち着いてください《ジェフティ》。
今はとにかく《ダンサス》の犠牲を無駄にしないために私達は無事に生きて……」
(《ネメシエル》いい案が思いついたでござる。
奴にエネルギー系の武器は効かないんでござるな?)
(その通りだ)
「何をする気ですか?」
《ジェフティ》の“核”の目を覗き込む。
“核”の目は深く、感情は読み取れなかった。
だが、敵をぶちのめすという意図だけは伝わってきた。
(敵さんを、ぶちのめすのでござるよ。
《ネメシエル》?
乗るでござるか?)
「…………私の任務はあなたを無事にコグレへと引っ張ってくること。
無事に……だから別に少しぐらい壊れててもいいですよねぇ……?」
蒼の頭の中でずるがしこい計算が始まる。
(蒼副長、何を考えてるんだ)
「幸い私のメンテナンスは完璧ですし……。
よし決めました。
やっちゃいましょうよ、《ジェフティ》」
(よし、決まりでござるな)
(やれやれ……。
結局戦うのか……)
【私と戦うぅ?
あははは!
出来るもんならやってみなさいよ!!】
This story continues.
ありがとうございました。
お待たせしました。
まさかもう《ネメシエル》の主砲が通じない奴が出てくるとは。
連合の技術力とは大したものです。
また、このお話から戦争の流れががらっと変わります。
どのようになるのかは、お楽しみです。
個人的にこのお話は鋼鉄の咆哮を想定して書いております。
あのような男のロマンを。
詰め込んだ作品にできたらなぁと、思っております。
また用語集もなんかかいてや!ってのがありましたら教えてくださいまし。
書きますとも。
《ジェフティ》お前……。
やっぱりロマンやで。
では次、蒼はどのように敵を落とすのか。
お楽しみに!
ではでは!
読んでいただき本当にありがとうございました!




