全面攻勢
「あのなぁ……蒼さん……」
「いやー……。
すいません」
マックスは第一乾ドックにて深く大きなため息をついていた。
予想以上にボロボロの状態で帰ってきた《ネメシエル》。
修理班の話によると治るまでにおよそ五日程度かかるらしい。
これでも大昔の何か月、という修理期間に比べて大いに進化したのだ。
「いやーあたい以上の無茶してたやんね。
だからしゃーないとは思うわほんま」
朱は腕を組んで《アイティスニジエル》よりも巨大な《ネメシエル》のボロボロの姿を眺める。
「だってー……」
なにも蒼も好きでここまでボロボロにしたわけではない。
必要に迫られてボロボロにしてしまっただけなのだ。
蒼はそこらへんが全員分かってないと思う。
腕を組んでいる朱の横でたった今来たばかりのフェンリアもさすがに言葉が出ないらしい。
「蒼様、なにごと……これは……」
春秋と夏冬に至ってはやってしまいましたね、といった目線を向けてくるだけだった。
合計十を超える目に見られて蒼は少したじらいながらも答える。1
「な、なんですかもー。
私だって好きでこんなボロボロにしたわけじゃないんですよ!
実際私は敵倒したんですからいいじゃないですか!」
「にしてもこれは……」
マックスがボソッと言った一言をかき消すように蒼は言葉を更に追加する。
「なんですか。
あそこで敵を逃がしたらどうするんですか。
逆にまずいじゃないですか。
なんですかまったくもう。
無事に帰ってきたし《ネメシエル》も無事だからいいじゃないですか」
蒼は一気にそういうと膨れ、そっぽを向いてしまった。
マックスは春秋と夏冬と同様肩を竦め少しだけ笑うと蒼の頭を撫でた。
「ありがとうな、蒼。
お前のおかげでこの戦争はきっと勝てる」
「当然です。
だって私は《ネメシエル》の“核”ですから。
この戦争に勝つために生まれたようなもんです」
それだけでころっと機嫌が直った蒼に内心ちょろいと思いながらも
「とりあえずその怪我を治した方がいい。
菌とかが入ると危険だからな」
マックスは蒼の頭をぽんぽん叩き、とりあえず医療室へ行くように促した。
実際蒼の頭からはまだ少し血が出ていたし“核”といえど女の子。
レディーに対してマックスなりに気を使っているらしい。
まぁ、当然医務室という名前を聞いた途端蒼はいやーな顔をしていたが。
怪我をしていてそれが操艦に影響を及ぼしてはいけないとフェンリアに言われ、いやいやながら行くことにした。
※
「やぁ、よく来たねぇ“部品”ちゃん」
そしていきなりこの嫌味ったらしい男だ。
蒼は半分呆れ顔のままこの部屋に入って、ブラドの前に置かれている椅子に腰かけた。
マックスからの治療要請はすでに届いていたらしく、椅子を鳴らしながらブラドは蒼の方へと向き直る。
心なしか部屋の中は少しシンナー臭く、薬でもやってるんじゃないかと蒼は疑う。
だが、机の上に乗っているものを見て納得した。
完成度五十パーセント程度のプラモデルが作りかけのまま置いてあったのだ。
その接着剤の匂いだと納得するのに、そう時間は必要なかった。
形、特に艦首の工事現場のドリルのような“三連装回転貫通触角”を見るに《超常兵器級》の中でも最新鋭の《ジェフティ級》だと思われる。
「敵の《超極兵器級》を撃退。
さらに要塞一基を破壊、ね。
まったく敬服を示すよ」
「まったくです、師匠」
助手の男が合いの手を入れて手に持ったボードに何かを書き込んだ。
蒼は不愉快だ、という表情を隠そうともせずにブラドに当たる。
「治療をお願いします」
ブラドは手にもった部品を離そうとしないで《ジェフティ級》の制作を続ける。
「はいはい。
焦らない焦らない。
“部品”ちゃんの修理でしょ?」
「………………」
やっぱりこの人は苦手というか、腹が立ちます。
蒼は入室して三分で人を不愉快に出来るブラドは逆に凄いんじゃないかと思う。
この研究塔の女達とこの男はいつも噂が絶えないらしい。
毎朝別の女が出てくるとかどうとか。
蒼には詳しく、マックスは教えてくれなかったがとりあえずいい噂は全くないようだ。
「早く傷のところ見せてくれない?
割と今忙しいんだからさぁ」
部品をくっつけ終わり、ようやく蒼を治療する気になったらしい。
ブラドは片手でペンをくるくる回しながらそう言うと、助手に命じてコットンに消毒液を含ませた。
蒼はブラドに出来るだけ体を触られたくなかった為に自分で被っている帽子を取ると、額の髪をまくり負傷箇所を見せる。
「あー切れてるだけか。
全く大げさな。
“核”ごときにこんな治療は勿体無いとは思わないのかね、司令は」
ブラドはブツブツ言いながら傷を消毒し、上から大きめの絆創膏を貼り付けた。
貼り付けたときに出たごみをゴミ箱へ捨ててブラドは机の上のプラモデルへと向き直る。
「えー。
“部品”ちゃんね。
一応治療はこれで終わりだけどね。
今後のためにデータだけ取りたいから身長と体重測らせてもらうよ。
それとX線透過検査とか色々ね。
ぶっちゃけやりたくないんだけどね。
こっから先怪我した時くだらない修理に、時間かけたくないからね」
メガネの奥から覗き込んでくる目は断ることを許していないようにも見えた。
この医療室は後にも利用する事になるだろう。
後のために今我慢すればいいのだ。
蒼は小さく頷き、許可の意思を示した。
「じゃあこちらへ来てくれるかい?
師匠、借りていきますよ」
「あーい」
ブラドは手をひらひらさせて蒼を直接見ることなく、机の上のプラモデルを作る作業に戻った。
「こっちに来てくれるかい?」
助手に連れられて汚い部屋の奥へと入る。
一つだけベットのある部屋であり、そこに寝るよう助手は蒼に指示した。
面倒くさい、と思いながらも蒼は横になる。
「すまないが帽子も取ってもらえるかい?」
「…………」
蒼の身長を十センチ程度真上に引き上げている帽子を外すと、助手が差し出した籠の中に帽子を入れる。
そのままベッドの上に横になると、天井から明りを落すライトから右へ少し逸れたところに視点を移動させた。
暇つぶしのものが何一つ存在しない蒼は一瞬で退屈へと追い込まれる。
「じゃあ、検査を始めるね。
そこで寝てるだけで終わるから」
助手はそういうと手元の液晶を操作して、赤く光るパネルをさらりと撫でた。
ベット周辺の床がせりあがり、ドーナッツのようなものが現れる。
そのドーナッツの真ん中を蒼が寝ているベットが通るような形で検査は開始された。
ドーナッツ自身が移動して、蒼の頭から足までを読み込む。
薄い微量の放射能を当て、骨の状態から内臓の状態まで詳しく液晶に表示されていく。
「身長一三七センチ、体重二九キログラム。
全臓器及び”レリエルシステム”に異常は感じられない。
健康そのものだね。
ただ少しだけ血糖値が高いみたいだけど。
これは“核”全般に共通することだからまぁ良しとして。
“レリエルシステム”細胞周辺に壊死は認められないし……。
うん、もういいよありがとう」
“核”と言えど一応蒼もレディーなわけで、あまり身長と体重を見られるのは好きではなかった。
助手はデータの入った液晶を持ったままどこかへ消えていくと首だけドアの隙間から出して
「もう帰っていいよー」
と蒼に帰る方向のドアを指差した。
この医務室の住民はマナーというものがなってないんですかね。
蒼は身長をかさまししている帽子をかぶるとドアをくぐった。
「“部品”ちゃん、少しここ抑えててくれないか?」
ドアをくぐった際に大きな音をわざと立てて閉めたのが原因だろう。
ブラドにここに今戻ってきたことがばれてしまっていた。
その蒼にブラドは話しかけ部品を押さえるように命令してくる。
スルーしてやろうかと思ったが、スルーしたら更に面倒なことになりそうなためにため息を内心で大きく吐き出しながらもブラドの隣へと移動する。
ブラドの横に開いている椅子あり、そこに座ると「どこですか」と目で訴えた。
「ここ。
この艦橋部分」
喫水線から上までしか再現されていないいわゆるウォーターラインシリーズを作っているらしい。
《ジェフティ級》の艦首部分はすでに出来上がっており三連装のドリルが美しい。
「ピンセット取って。
ここ、押さえてくれる?
それぐらいはできるでしょ?」
蒼は机の上においてあったピンセットを取り指定された部品をぐっと抑えた。
ブラドは表情を変えないで。
「そそ、それ。
はい……はい。
おっけーい」
部品と部品の隙間に接着剤をつけると息を吹きかけ乾かす作業に入った。
「じゃあもう帰っていいよ。
ばいばい」
ブラドはちら、と蒼の顔を見てにたりと笑うとまたプラモデルへと集中の眼差しを注いだ。
まったく、側にもっと巨大な戦艦があるというのですからそれを見ればいいのに。
医務室の穴熊だから出来ないんでしょうが。
ピンセットをプラモデルの箱に突き立て、強烈な皮肉を心の中でささやくと蒼は医務室のドアを閉め司令室へと向かったのだった。
※
「おーお帰り」
司令室にいたのはマックスだけだった。
「他のみんなは?」と、聞こうとして机の上に広げられた作戦地図に目が行く。
先ほど蒼達が戦っていたところよりも北へ五〇キロの地点。
ジガバ地方よりもさらに奥地へ進み、海峡をひとつ越えると見えてくるのはマーグニス地方の平坦な地形だ。
主に農耕が盛んな地域で、秋になると自然の恵みをたっぷりあびた麦や米が金色に輝く。
伝統工芸なども盛んであり地方首都のマードレッドは緑に囲まれた美しい都市として知られている。
ここまで《ネメシエル》のデータベースを読み、机の上の作戦地図からあらかたの予想がついた蒼は、ブラドの所で貰ってきた不機嫌も上塗りされて苛立ち口調でマックスに尋ねた。
「《アイティスニジエル》を旗艦として、もう次の戦場へと向かったんですか?」
「ああ、そうだ。
少し早いかもしれないがな。
こういう行動は早い方がいいかと思って出撃させた。
何、明日には帰って来るだろう」
マックス曰く《アイティスニジエル》に損傷らしい損傷は認められず、残り三隻の《ラングル級》も損傷どころか無傷だったらしい。
《ネメシエル》が一方的に狙われていましたからね……。
あの激しかった戦いを思い浮かべてふーと、息を吐く。
《ネメシエル》があの状態で出撃してはならないのは当然だったが、それ以上に蒼をむすっとさせているのは出撃できない苛立ちだった。
「ぶー……。
私だって出撃したかったですよ」
蒼はふてくされるとそっぽを向く。
マックスはにこにこしながら蒼の頭を撫で、手に持っている液晶に《ネメシエル》の断面図を出して見せた。
「仕方ない仕方ない。
なんてったって《ネメシエル》があの状況だからなぁ」
艦底部分大破から始まり、もう、損傷度が真っ赤真っ赤な《ネメシエル》は動かせはするものの戦闘能力、及び作戦遂行能力は限りなく低いものとなるだろう。
「あとは《アイティスニジエル》と《ラングル級》がうまいことやるさ。
今この状態で《ネメシエル》を戦地へ向かわせたところでな……。
ところで、蒼。
今少し暇か?」
マックスは机の上に置いてあった鍵を指にはめくるくる回しながら聞いてきた。
そりゃもう、暇も暇。
堪らないほど暇に決まっている。
なんせやることがないのだから。
「当然です」
蒼は背筋を伸ばしてはっきりとそう答えた。
マックスはにやりとしながら頷くと
「ついてこい。
今更かもしれないが、お前にこの島を案内してやる」
そう言って司令室の扉から出て行った。
※
十分後、蒼はマックスの運転する軍用車両に乗っていた。
基地のことは副司令に任せるらしい。
まだ熱い真夏のような日。
第零期のこの日はここ一番の猛暑になるとかなんとか。
蒼は暑い原因の一つである軍服の上着を脱ぎ、助手席にかけた。
いつもの戦闘軍服の下には真っ白なブラウスと赤いネクタイを着ている。
「あつーいですもー!」
思いっきりのけ反って伸びをしても何一つ膨らんでいない胸が虚しい。
春秋とフェンリアだったらボタンがはちきれそうになるのだが。
蒼はその気配すらないのだから本当に虚しい。
「窓開けてるんだから、それで我慢してくれ。
すまないなー」
マックスは少しケチである。
「あーつーいー!」
窓から顔を出した蒼の長い髪が、吹いてくる風に揉まれてさらさらと広がる。
窓の外はコンクリートだけが広がる大地。
コグレ島は半分程度が人工島なのだ。
そして半分を軍事基地が丸々占領している。
軍事基地には空軍、陸軍が小規模ながらも滞在しており設けられている滑走路は二本。
そこからは迎撃用の戦闘機が飛び立つ。
もっとも、今は飛び立つための戦闘機がないために放置状態だが。
陸軍駐屯地は、今ニッセルツに新しく設けられたらしい。
硝煙とオイル、鉄の匂いがするこのコンクリート平原を抜けるといきなり世界は変わる。
軍事基地を覆う大きな壁が目の前にそり立っているのだ。
壁の高さは約五メートルで壁の頂上には有刺鉄線が張り巡らされている。
この壁を超えるとコグレ島一番の都市へと続いているのだった。
「あ、いい匂いです……」
蒼は鼻をくんくんさせて風に漂ってくる匂いを嗅いだ。
もう、お昼ご飯時なのだ。
壁の向こう側は普通の街であり、そこでは定食屋さんなどが立ち並んでいる。
「お疲れ様です!」
鋼鉄の分厚い扉を警護する警備軍に敬礼を返し、開いた扉から外へと車は抜けてゆく。
「このコグレはいいところだ、本当に。
離島だからってバカにしちゃなんねぇなぁ。
こう見えて三万人程度は住んでる。
農耕、畜産、両方があるおかげで食糧にも事足りてるしな。
工業がないのは……まぁ、仕方ないけどな」
信号待ちになり、マックスはブレーキを踏んだ。
実は、蒼は車にあまり乗ったことがない。
自分でいつか運転してみたいと思っていたが今のマックスの運転を見てはっきり自分には無理だと思う出来事があった。
……足が届かないですね。
蒼の身長は百三十七センチ。
届かないのも仕方がないと言えた。
またいい匂いが風に乗って流れてきてマックスも鼻をくんくんとさせる。
「蒼、腹減らないか?
なんか食べたいのあるなら言えよ」
再び信号は青になり車が動き出す。
少し悩んだ後蒼は目の前に出ていたファミリーレストランの看板を見つけた。
「じ、じゃあ、私ハンバーグが食べたいです」
「おー分かった。
じゃあ、あの店に入るか」
「うなっ、やった!」
小さく喜ぶとマックスはハンドルをきり、目の前のファミリーレストランの駐車場にバックで軍用車両を止めた。
ファミリーレストランの中に入るとウェイトレスがびっくりしたように蒼とマックスを見た。
そして奥へ向かって
「軍人さん二人です!」
と報告する。
厨房から野太い男の声で返事が返ってきたかと思うとウェイトレスが蒼とマックスを引っ張るようにして奥の二人掛けの部屋に通してくれた。
マックスは座席に座るとメニューを取り出し、蒼の前に置く。
「好きなもん食べていいぞ。
俺がおごるから気にせずどんどん食べてくれ」
マックスはタバコを取り出し、口に加える。
灰皿を置いて、窓の外から見える景色を眺めているようだった。
「決まりましたっ」
「マジかよ早いな。
じゃあ、ウェイトレス呼ぶぞ」
マックスは手を伸ばすとボタンを押す。
「マックスは何を食べるんです?」
「俺はそうだな……。
ピラフでも食うかな」
「お待たせしましたー」
ウェイトレスが注文を書く紙を持ってやってきた。
「俺はピラフ大盛り、サラダバーセットで。
蒼は?」
蒼は左橋を指差してから右端まで指を移動させて言った。
「ここからここまで全部ください」
「………えっ?」
マックスが咥えていたまだ火のついていないタバコが、ポロリと口から落ちて机に転がった。
※
「ふー……。
いっぱい食べました。
満足満足です」
「おー……」
車に乗り込んだ際、マックスは手に持った財布をちらっと眺め口から小さく息をこぼした。
小さく漏れ出た空気に蒼は気が付くことなく胸よりも膨らんだおなかを摩っている。
まさかファミリーレストランで一万を超える金額を使うことになるとは、この基地司令思ってもみなかったのだ。
だが大人のマックスは蒼の笑顔が見れただけでよし、という考えに頭を切り替える。
頭をふるって失ったお金のことなど気にしないようにする。
「次は俺のお気に入りの場所だ。
めちゃくちゃマイナーな所だぞ。
多分知ってる人は俺と、副司令ぐらいだな」
「そうなんです?
じゃあ少し期待しますね?」
にっこり笑った蒼は五分後には、満腹から来る眠気に負けていた。
「おいおい……。
まー別にかまわんけどもよー」
マックスは助手席の半分程度で納まる小さな小さな女の子をちらっと横目で見た。
真昼ののんびりして、暖かい日光は運転しているマックスの眠気も誘う。
運転席の横にあるくぼみに挟んでいた辛いガムをひとつ取り出すと口に入れ、噛みしめた。
ミントの味が鼻を通って行ったが、今一マックスには、これで眠気が覚めるとは思えないのだった。
それでも眠気をひたすらに我慢し、運転し続けること二十分。
コグレ本来の大きさだった島のあるところへ車は走ってきていた。
住宅街は遠く彼方に抜け、山の麓には破壊された砲台が残る細い軍用道だけが続いている。
その道も、途中からコンクリートではなくただの土道になっていた。
エンジンの唸り声をあげ、いまだ攻撃された痕が目立つ道を車は上って行く。
「んー……にゃ……」
「んにゃじゃねーよやれやれ……」
蒼の寝言に突っ込みつつマックスはハンドルを右へと切り、さらに人里から離れた山の奥へと車を向けた。
ファミリーレストランを出発してから三十分。
車は山の頂上にある古びたレーダー施設へと来ていた。
この戦争が始まるよりも前に来た台風の影響で、反射板がいかれてしまったのをきっかけに新しいレーダー施設が基地内に作られた。
そのため、今はもう使われていない。
上へと続く階段の先に錆びた整備用の扉が一つくっついている。
その中を抜けた所がマックスの言うお気に入りの場所なのだった。
「おい、蒼、起きろ」
「んー……うなぁ……あと二時間だけ……」
うっすら目を開けるしぐさすらせずに、ゴロンと体を傾けた。
マックスは腰に手をついて鼻から息を吐く。
「起きる気ねーだろ。
基地司令命令だ起きろほら」
「んー……」
やれやれ、というようにマックスは肩をすくめると運転席から降りて助手席へと向かう。
蒼のシートベルトを外し、腰の下に腕を差し込んで持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこだ。
この場合恋人に見えるんじゃなくただの親子にしか見えないのはご愛嬌だが。
「……軽いな」
思ったよりも軽い蒼をしっかりと持ち上げたままマックスはコンクリートで作られた階段を上る。
錆びたドアを蹴って開き、中の階段を使って屋上まで登りきる。
二階建てと言えど山の頂上に建っているこの建物を遮るものはない。
「おい、蒼。
起きろ、おい」
「んー……あーーー……」
「めっちゃきれいだぞ」
「んー……?」
眠そうな目をゆっくり開いた蒼の目に飛び込んできたのは真っ青な空。
そしてその空の下広がる灰色の大地と綺麗な緑との対比だった。
潮と緑の匂いの入り混じった甘ったるい風が肺に貯まって行く。
「ここって……」
すっかり目が覚めた蒼はそこでようやくマックスに抱っこされていることに気が付いた。
おろしてくれ、と目で訴える。
蒼を地面に丁寧におろしたマックスは、錆びた柵の側まで行くと、腰を落ち着け
「きれいだろ?」
と首をかしげて見せた。
「……はい」
蒼はもう一度外の景色を眺める。
「これがコグレだ。
まー見るところもあんまりないけどな。
でもお前ら《超空制圧第一艦隊》の母港だ」
一番遠く、すでに霞んで見えるコグレ基地をマックスは指差した。
滑走路には赤と緑のライトがちかちか瞬いており、第一乾ドックは綺麗に建物たちの影に隠れている。
港の赤と白の巨大なクレーン、司令室の入っている司令塔。
自分達の母港、コグレ。
「さーて、蒼。
帰るとしようか」
マックスがくるり、と後ろを向いて蒼に手を伸ばす。
刹那、建物の壁に何かが突き刺さり、コンクリートがぱっと飛び散った。
遅れて鋭く、甲高い銃声が山に鳴り響く。
「蒼、危ない!」
ここで《ネメシエル》を失うわけにはいかない。
そう思ったマックスが蒼を覆うように被さる。
それに押され蒼とマックスは重なるようにして地面に倒れこんだ。
その倒れこんだマックスの目と鼻の先にもう一発弾丸が着弾する。
赤く焼けた地面から察するに“氷点下高出力メーザーライフル”だとマックスは冷静に分析していた。
ヒクセスの標準スナイパーライフルだ。
「っち、蒼、俺の影に隠れろ!」
マックスと蒼は立ち上がり、どこからか飛んでくるレーザーに備える。
ところが
「……はぁ」
マックスの背中から蒼は出ると右手を開いて、前につき出したのだった。
「蒼!?
なにやってんだ!
危ないから早く俺の後ろに――!」
「必要ありませんよ、マックス。
私は兵器ですから」
そう蒼が言い切ったと同時に蒼の目の前で赤い光が炸裂した。
強い光の中に蒼の頭部が一瞬飲み込まれる。
だが、蒼を呑み込んだ光は目の前でばらばらに砕け散ると空気中に消えていった。
続いて例の鋭い銃声が聞こえた。
ようやくマックスは蒼の言っている意味を理解し、出しかけた銃を懐にしまう。
「そうか、“イージス”を張れるんだったな」
蒼は黙って頷くと第一乾ドックにある《ネメシエル》の方へ視線をちらりとよこした。
「《ネメシエル》、起動。
武装限定解放」
幸薄い唇からその言葉がポロリと漏れる。
蒼の頭の中に《ネメシエル》の声が聞こえてくる。
(了解、蒼副長。
武装限定解放。
状況は分かっている。
発射地点を特定、周辺地域をトレースする)
「お願いします」
蒼はマックスを後ろに下がらせると自分の周りに“イージス”を張りなおす。
「なお、その際に周辺ドックの人間の避難を最優先に。
恐らく武器を使うことになると思います」
(了解。
ドック内の人間を退避させる)
《ネメシエル》からの通信が切れ、静かな風の音だけが鼓膜を支配する。
「マックス、怪我は?」
「おかげさまで無傷さ。
大したもんだよ蒼は」
レーザーが飛んでこなくなったとはいえ気を抜くわけにはいかない。
全面に“イージス”を張ったまま警戒していると《ネメシエル》からの通信が飛び込んできた。
(蒼副長。
着弾地点から弾道計算をしたところ発射位置の特定に成功した。
沖合二キロの地点に浮かんでいる輸送船だ。
船籍はベルカの物だが、乗っている人物はヒクセスの軍人だと思われる。
これより発射箇所への攻撃を敢行。
敵船を撃沈する)
「許可します。
やってください」
(“五一センチ六連装光波共震砲”、起動。
自動追尾装置オン。
証拠映像記録終了。
発射まで三――二―……)
「マックス?」
蒼は後ろで蒼の“イージス”にうずくまって隠れているマックスに話しかけた。
「な、なんだ?」
「少しだけ基地壊しても許してくださいですよ?」
「おう?」
とっさに理解できないマックスが聞き返そうとするよりも早く蒼は《ネメシエル》へ発射の指令を下した。
第一乾ドック付近から、一本のオレンジ色の光がまっすぐに海を割るようにして伸びた。
沖合に浮かんでいる三隻ほどの漁船の間を潜り抜け、少し大きめの輸送船へと向かう。
輸送船はそれに気が付いたのか少し速度を上げ、船首を持ち上げ飛ぼうとした。
だが遅かった。
オレンジ色の光、“光波共震砲”の強烈な熱は冷めることなく一気に輸送船へと噛みついた。
「っうお!?」
(命中を確認。
“五一センチ六連装光波共震砲”兵装拘束。
お疲れ様だ、蒼副長)
命中した輸送船は真っ二つにへし折れ海へと沈んでゆく。
三十メートルほどあった船体はほとんどがどろどろに溶けた金属となっておりまともに形を留めてはいなかった。
一応脅威となる敵は沈めたがまだ仲間がいるかもしれない。
「マックス、車に戻りましょう。
早く基地に帰ってもぐりこんだ可能性がある敵のいぶりだしを。
脅威は早めにとっておかないと」
「あ、ああ……」
「マックス、早くしてください!」
走り出した蒼の後ろを守るようにマックスは一応銃を取り出してあちこちに向ける。
二人は建物の階段を降り、車へと一気に走った。
※
ギアとタイヤの軋む音をたてながら車は急発進する。
一瞬死に直面したマックスの額からは脂汗が流れ出ていた。
「はぁ……はぁ……。
もう俺も歳かな……」
息を荒げながら運転するマックスの横顔には焦りと、かすかな怒りが浮かんでいた。
マックスは車についている無線を取り出すと、基地へと繋いだ。
「連絡待ってたわ!
一体どうしたの?
《ネメシエル》も勝手に動いたみたいでみんな動揺してるわよ!?」
無線に出たのは副司令だった。
マックスに真意を問うてくる目をしている。
怒鳴るようにマックスは
「あとで話す!
基地を警戒体制に保て、陸軍に連絡しろ!
非常事態だ。
急げ!」
と乱雑に命令したが何かを察したらしい副司令は素直に頷き、通信は切れた。
マックスは無線を元へ戻して山道を慎重に降りていく。
「蒼、敵船の性能は分かるか?」
車が土からコンクリートの道路に変わったときマックスが聞いてくる。
蒼は黙って肯定した。
「すまんがコグレのデータベースに送っておいてくれ。
後で分析に回すと共に《宇宙航行観測艦》からの映像と照合させる。
まったく……参ったなぁ。
そうだったな、俺達は戦争をしていたんだな。
俺は殺されて当然の世界の敵なんだもんな……」
車は街内を抜け、基地の中へと滑り込んだ。
マックスは車から降りると司令室へ向かい映像を解析班へと回す。
「すまんな、蒼。
今日はきちんと紹介してやりたかったんだが……。
少し用事が出来た」
蒼は一礼すると司令室から離れ、第一乾ドックへと向かった。
五分ほど歩いてついた第一乾ドックには副司令が、頬に煤をつけて《ネメシエル》の修理を手伝っていた。
《ネメシエル》の“光波共震砲”から撃たれたレーザーは第一乾ドックの扉を少し掠めたらしい。
溶けた金属が固まって変な形になっていた。
そういえば副司令は機械いじりが趣味らしい。
たまにこうやって整備班と一緒に油まみれになっているのが目撃されている。
邪魔をしては悪いですよね。
蒼は回れ右をして第一乾ドックから出ようとしたところで副司令に見つかった。
「おーい!
蒼!」
たったと、小走りで手にはめたゴム手袋を外しながら蒼に近づいてくるとぎゅーっと蒼を抱き締めた。
「うえっ」
吐きそうな声を出しつつ副司令にだっこされ続ける蒼。
「んー、かわいいねー蒼は」
副司令は手袋を外すと蒼のほっぺたをじょりじょりとさすりまくる。
「う、うなぁ……?」
「ふへへへ、やーわらかいほっぺねぇ。
あーかわいい。
ずっとこうやって触っていたわ」
「うー……」
蒼としては少しでも早く離してほしかったのだがそういうわけにもいかない。
副司令こう見えて少しロリコンの気がある。
「うーやめてくださうー……」
「あーもーかわいいかわいい!」
※
蒼が副司令にほっぺたをなでなですりすりされているのと同時刻。
ヒクセス大陸の西海岸。
要塞港イーブル。
世界有数の巨大な軍港であり、ヒクセス艦艇のほとんどの指揮を執っているヒクセス艦隊の総旗艦の母校でもあるこの港。
敵襲を告げるサイレンが鳴るよりも早く、大きな爆発が覆った。
ただちに艦が発進し、空へと飛ぶ。
それらはほとんど離水することが出来ず、かろうじて離水することが出来た艦もオレンジ色の光に脇腹を食いちぎられ沈んでいく。
『あーまったくやれやれですことよ』
「……妹よ。
時に世界は……悲しいものだ……。
そう……我は……我こそは……正義なのだからな」
『はいはいですことよ』
爆発した港から五十キロほど離れたところに二隻の戦艦が浮かんでいる。
ゆらりと、巨大な砲身から熱が放たれ冷却のための蒸気が舷側から噴き出した。
『なー兄貴様。
《ネメシエル》と《アイティスニジエル》が生きてるってのは本当なのですこと?』
「……分からない。
なぜか。
そう、情報が圧倒的に不足……。
……情報が……足りないからだ」
『あー、分かっていましたことよ。
分かっていましたことよ』
「妹よ……。
次は……別の所を……焼きに……行こうと思う」
『いいと思いますことよ?
是非に行きましょうですことよ』
「……ああ。
そして我は……美しい……」
『そうですわね』
二隻の戦艦は、ゆらりとその尖った艦首を他の所へ向け、翼の光を強くすると速度を上げ青い空の中へと消えて行った。
This story continues.
ありがとうございました。
大変お待たせいたしました。
ただいま更新いたしました。
そろそろ、物語も中盤を迎え。
いい感じに、コマがそろってきたかと思います。
それにしてもまーなんていいますか。
口調を特徴づけるって難しいですねぇ……。
マンガなら容姿があるからまだしも……。
うーんです。
それと、こんなに遅くなったのは理由がありまして。
実は用語集を描いておりました。
もう少ししたら更新する予定なので(遅すぎるけど)なんでしたら目を通していただくと嬉しく存じます。
ベルカと世界の地図もありますのでね!
ではでは、お付き合いありがとうございました。




