閃光
「っぅ……《ネメシエル》?
損害報告を――」
艦橋内で蒼は座席に打ち付け、ヒリヒリと痛む体をゆっくりと起こすと《ネメシエル》へと損害報告をするよう促した。
ずきん、と痛んだ頭を抑え、額から生ぬるいものが出ていることに気が付く。
赤い非常灯の下、なにもかも赤く見える視界の中でも確かな赤さを持っているべったりと蒼の右手についた血液を座席のシートで拭きとる。
続いて無事に五体満足なのを確認してほっと息を吐く。
内部は非常補助用の赤い電灯に切り替わっており、大きなショックを受けた《ネメシエル》自体が今一度活動を停止しているようにも思えた。
その沈黙の中、微かな電子音と共に《ネメシエル》からの損害報告が入ってくる
(損害報告開始。
艦底第八装甲まで大破。
艦底艦橋部も当然大破。
第四“大型光波共震拡散砲”も大破。
この辺が最もひどいな。
それと“五一センチ六連装光波共震砲”四基損傷、大破。
“五一センチ六連装光波共震砲”三基が中破。
“六十ミリ光波ガトリング”半数が大破。
“下部散弾爆撃光発射口”の一番、二番が中破、三番が大破。
“回転式九連装五十ミリ機銃”も半数が中破。
大体そんなものか。
まったく、無茶をする。
緊急”イージス”展開により機関は全て正常、異常なし)
敵ロボットがしがみついており、それを踏みつぶしたために艦底はボロボロのありさまだったが《ネメシエル》はまだ生きていた。
そして、《ネメシエル》の質量に踏みつぶされたのであろう敵ロボットの反応を気にした蒼は何度かスキャンさせる。
だがそのたびに装置はエラーを吐き出した。
(ダメだ。
そこら一体のスキャニング用センサー。
及び電子回路がめちゃめちゃになっている)
「……了解しました。
“自己修復装置”はそこを優先的に修復するようにしてください」
(了解)
額から拭っても拭ってもしみだしてくる血液を袖で再び拭き取って《ネメシエル》の損傷パネルを眺める。
《ネメシエル》全体での損傷は中破。
特に艦底部分の損傷が大きく、乾ドックへ至急入れなければならないレベルだった。
これでも蒼は艦底に残る“イージス”の過負荷率のほとんどを投入していた。
そのおかげでなんとかこのレベルの損傷で済んだのだ。
『蒼大丈夫け!?』
《ネメシエル》の損傷パネルの上に朱の大きな顔が映像つきで表示される。
心配そうな顔で蒼を見つめており、どうしたらいいのかといったような表情を浮かべたまま、上空を漂う敵機へ向かって《アイティスニジエル》は攻撃を続けていた。
蒼は首の痛みを抑えつつレーダーを使って残りの敵数を調べ上げる。
要塞の上部は粉砕したとして残りは敵機と敵要塞の下の部分のみ。
「朱姉様、何とか大丈夫です。
あとは……」
『残りの蠅はあたいがやるからええで?
《ネメシエル》はゆっくりと損傷を確認してから空に戻ってきてや!』
「ありがとうございます、姉様。
少し無茶をしすぎました――対空射撃用意」
敵の爆撃機の何機かが、損傷して動けない《ネメシエル》の方へ向かって突進してきていた。
『行かせへんで!』
だがあいにく《アイティスニジエル》が張り巡らした弾幕から逃げ切ることは出来ない。
次々と被弾し、翼が胴体からもげ落ちて黒煙を曳きながら地面へと落ちてゆく。
「すいません朱姉様。
助かりました」
『ええって、ええって』
(《ネメシエル》早く上がっておいでよ。
おじさん美少女が見たくてさぁ)
(わ、私がびしょ……バカを言っちゃ……)
『いいから!
はよせーや!』
朱の声に叱咤され、蒼は《ネメシエル》へと命令する。
胸の奥の不安を出さないようにしながらゆっくりと船体を持ち上げる繊細な操舵を始める。
「“ナクナニア光反動炉”、及び“ナクナニア光波集結炉”再始動。
《ネメシエル》、浮力百二十で高度五千メートルまで急上昇。
艦底損害箇所隔壁閉鎖、特殊ベークライト注入開始。
“自己修復装置”起動。
両舷全速、マッハ二で攻撃を避けつつ敵要塞を攻撃します。」
(了解。
損害箇所隔壁閉鎖、特殊ベークライト注入開始
機関再起動)
《ネメシエル》の巨体が揺れ、甲板に重なっていた細かい土が振り落とされ土ぼこりが立つ。
全長一キロを超える巨大な船体がゆっくりと高度を上げてゆく。
再び《ネメシエル》に命じてスキャンを実行したがやはりエラーが吐き出される。
《アイティスニジエル》に頼んで代わりにスキャンしてもらおうと朱に話しかけようとしたが《アイティスニジエル》は敵機の相手をしておりとてもこちらに気を使う余裕などないだろう。
要塞下部はまだ生きていて爆撃機を吐き出しているらしい。
早いことそちらも破壊しなくては。
強烈な“グクス荷電障壁”が要塞下部にも展開されているのだろう。
蒼はレーダーを眺めて敵要塞下部へと舵を切った。
【――さすがに効いたよ《鋼死蝶》】
耳元でなぞるように敵の声が聞こえ蒼の全身に一気に鳥肌が立った。
「っ!?」
『敵ロボットの機関音上昇!
野郎、生きてるで!?』
朱が通信で蒼に叫ぶ。
【おかげさまで“グクス荷電障壁”はパアだ。
下半身部分も引きちぎれた】
ざざっ、とノイズが混ざりながらも敵は話し続ける。
続いて通信パネルを乗っ取るように全画面表示になった男の表情がにやぁっと笑いに歪む。
画面に混ざったノイズがさらに不気味さをかきたてる。
(敵ロボット胸部より高エネルギー反応!
まずいぞ副長!)
【だが!!
チャージする時間は稼げた!!
落ちてもらうぞ《鋼死蝶》!!】
「っ、《ネメシエル》!
被弾予想箇所の装甲シャッター及び隔壁を――!」
【“重エルトシュトローム砲”、撃て!】
蒼の命令で隔壁の閉鎖が先に終わった時、敵ロボットの開いていた胸部から赤く、図太いレーザーがぶっ放された。
敵レーザーの口径はおおよそ五メートル。
大量のエネルギーをため込み、それらを一方へ向かって放ったのだった。
巨大なエネルギーが《ネメシエル》の艦底へと牙を突き立てて食らいついたのだった。
「うぐっ――!」
今まで味わったことのないような激痛に蒼は体を反射的に折り曲げていた。
まるで背中から大きな槍を突き刺し、それをぐちぐちと腹まで伸ばしていくようなそんな痛み。
激痛を超える痛みに蒼は咳き込み、口元を抑える。
吐き気がこみ上げてきたがそれを堪える。
敵ロボットから放たれたレーザーは《ネメシエル》の破れた装甲部分を狙って放たれたため百六十センチもの装甲の妨害を受けることなく《ネメシエル》の内部へと突き進んだ。
巨大な内部機器を食い破り、内部に血管のように張り巡らされたエネルギー伝導管を引きちぎると防壁をモノともしないで膨大なエネルギーが突き進んでゆく。
そして甲板の装甲をも溶かし切ると《ネメシエル》の砲塔の目の前から突出し天を睨みつける砲身を折り曲げて上空へと突き抜けていったのだった。
【はっはっは!
どうだ!
“重エルトシュトローム砲”の威力は!】
蒼は痛みを伝えてくる“レリエルシステム”のネットワークを恨み、パネルに表示されている敵ロボットの現状を把握するために歯を噛みしめる。
非常事態を示す赤いランプと損傷、大破を現す赤色が黄色と緑が損傷を現す蒼の頭の中のモニターを彩ってゆく。
《ネメシエル》の船体はそのまま変わらず浮上を続けていたが、内部からの爆発、火災で甲板に開いた穴から火柱が噴き出していた。
『大丈夫か!?』
朱の声はもう蒼には聞こえていなかった。
訴えてくる体の痛みがさっと引き、頭の中が冷たくなるのを感じる。
そして蒼の口から出た声は。
「――殺してやる」
(“自己修復装置”損傷修復まで四十二時間!
特殊ベークライト注入開始、消火作業と並行する!)
“核”はどんなに痛みを与えられようが、どんなに苦痛を受けようが。
気絶することは許されない。
そのため脳の一部リミッターは戦闘をすると同時に外れている。
ほとんどの“核”は強靭な精神力を持っているとともに変人が多いのはそういう理由からだ。
今の痛みは蒼の、たった一つのリミッターを引きちぎったのだった。
【次は艦橋ごと吹き飛ばしてやる!
覚悟するがいい、《鋼死蝶》!
いや、《鋼死蝶》の中の少女、というべきか】
敵ロボットは艦底から移動し、舷側の砲台を掴みながら《ネメシエル》の甲板へと移動する。
下半身は引きちぎれており、少しでも操作を間違ったら《ネメシエル》からまっさかさまだろう。
それでも敵は、落ちることなく《ネメシエル》の甲板にたどり着くとどうだ、と手を上げて見せた。
【ここなら攻撃出来ないだろ?
“重エルトシュトローム砲”用意!
目標、《鋼死蝶》の艦橋部!
エネルギー装填開始!】
どうやら敵は《ネメシエル》自身の装備を巻き添えにしてしまうから《ネメシエル》は甲板の上にいる自分のことを撃つことは出来ない、と踏んだらしい。
『蒼、動くな!
今なら私が狙って――』
「《ネメシエル》、機関全開急上昇。
武装用機関始動。
“五一センチ六連装光波共震砲”三番、四番、旋回開始。
七番、八番“五一センチ六連装光波共震砲”用意」
『蒼!
あんた、それじゃ……!』
朱は自分まで攻撃するつもりか、という言葉を飲み込んだ。
蒼の目は冷たく、同じ《超極兵器級》の"核"の朱ですら恐怖を抱くほどの冷たさだった。
空のように青く海のように深い瞳は瞳孔が完全に開いており、その開いた瞳孔で見据えた先には敵のロボットしか見えていないようだった。
【エネルギー装填開始!
カウントダウンと共に発射しろ!】
下からの“重エルトシュトローム砲”によって煙を上げている二番の“五一センチ六連装光波共震砲”を背景に、三番と四番の“五一センチ六連装光波共震砲”が旋回する。
巨大な砲塔が鈍く光を照り返し、砲身が天を突くような俯角を取ったまま三番と四番はそれぞれ甲板中央、敵ロボットがいる場所を向いた。
敵ロボットの背面で静かに行われたため、敵ロボットは今の甲板上で怒った出来事に気が付いていなかった。
一泡吹かせてやりますよ。
【発射まで五……四……三……二……】
「《ネメシエル》、緊急停止!
機関逆噴射!」
(了解!)
【っ、なんだ!?】
《ネメシエル》の船体が何かロープで引っ張られたように急に停止した。
それと同時に三番と四番の砲身を下げさせる。
急に止まった物体の中、もしくは上部に乗っかっている物体は慣性に従ってしばらくは同じ方向へと進む行動をとろうとする。
つまり、今固定されていない物体は《ネメシエル》の艦首側へと突き進んでいくということだ。
《ネメシエル》は最大速力のマッハ二という両舷全速で進んでいた。
そこから一気に速度をマッハ一、半分にまで落とす。
《ネメシエル》に固定されていない敵ロボットはこの慣性に引っかかったのだった。
【何をっ!?
振り落すつもりか!】
下半身が引きちぎれ、ろくに体を固定できないロボットは《ネメシエル》の艦首付近へと吹き飛ばされようとしていた。
それを妨げたのが先ほど旋回させた三番と四番の砲身だった。
「さすがです《ネメシエル》」
(お褒めの言葉光栄だな)
《ネメシエル》の声と共に砲身に敵要塞の上半身が強くぶつかる。
鉄と鉄の大きな音と共に三番、四番の砲身が歪んだが箸につままれたように敵ロボットは三番、四番の砲身に挟まれて固定されてしまっていた。
(ひょー!
《ネメシエル》やるじゃないか!
おじさん見直したぜ!)
『ひゅー……』
《アイティスニジエル》の茶々と、朱の口笛とが混じる。
【クソが!!
この《鋼死蝶》の野郎!!】
下半身が壊れていてよかったです。
素早く動かれたらこの作戦は出来ませんでしたから。
敵ロボットは三番と四番の砲身に挟み込まれるように固定されていたのだった。
だが敵はまだあがくらしい。
【まだだ!
“エルボーロケットミサイル”!】
敵ロボットの両腕が艦橋を向くと、肘の部分が丸ごと外れ、甲板に着く寸前で肘から炎が吹き出した。
そして一気にスピードを上げて《ネメシエル》の艦橋へと突き進んでくる。
「迎撃。
撃て」
艦橋へ向かって飛んでくる敵ロボットの腕が命中するまでおよそ二秒。
その二秒の間に蒼は真下から機銃の光を浴びせ撃墜する。
先端付近に搭載されていたであろう火薬が爆発し、炎が赤く光り《ネメシエル》の艦橋、甲板を舐める。
【っく――!
“チェストミサイル”!】
ロボットの胸が開くとVLSが飛び出す。
四角いVLSの蓋が開くと中から二十のミサイルが噴煙を上げて艦橋へと飛びついてきた。
蒼は再び機銃を起動し、向かってくるミサイルを叩き落す。
一、二、三――。
「予測射撃、固定。
迎撃開始」
放った光は弾幕を築き上げ、ミサイルの行く手を阻んでゆく。
全部で十八のミサイルの爆破に成功したが二発撃ち漏らしてしまった。
(艦橋、衝撃に備える)
敵ミサイルが艦橋の表面装甲へと接触すると内部の高性能火薬へと爆破を促した。
艦橋を包み込む二つの大きな太陽が現れ蒼の目の前も真っ赤な光に覆われる。
【はっはっはー!
バカめが!】
だが、艦橋の装甲は百六十センチ。
この程度の攻撃ではびくともしないのだ。
「……それで終わりですか?」
ミサイルの黒煙が風に乗って流れ、無傷の艦橋を敵ロボットへと見せつける。
【っ――化け物め!】】
「ありがとうございます。
私はもうあなたには付き合いきれません。
終わりにしますがいいですか?」
蒼はそういうと右手を差し込んだ装置の中でぐっと握った。
噛みあうギアの音を響かせて五番、六番の“光波共震砲”が起動した。
砲門にオレンジ色の光が蓄えられ、狙いが三番、四番に捕らわれている敵ロボットに定められる。
【はっ、だが!
貴様がここで撃ったら貴様も――!】
「構いません。
どうせすぐ直りますから」
(全然かまわなくないんだが……)
敵の声を遮って蒼はぴしゃりと言い切った。
【……やる気か】
男は蒼の目を見据え問うてくる。
「ええ」
何のためらいもなく殺人兵器となった蒼に敵は顔を緩めた。
さっぱりとした表情で、天を仰いでいる。
【あっぱれだ、《鋼死蝶》。
負けたよ。
さあ、殺すがいい】
その言葉に蒼は簡潔に答えた。
「遠慮なく。
では、さようならです」
蒼がため込んだ五番、六番の"光波共震砲"の砲身から光を放とうとしたときだった。
《ネメシエル》がけたたましく警報を鳴らし頭へと語りかけてくる。
(敵ロボット内部で高縮退エネルギー反応を検知。
これは――自爆コードか)
【だが、ただでは死なん。
お前らもつれてゆく!】
「っち、最後の最後に面倒を。
全隔壁閉鎖と共に残った"イージス"の集合を!
敵ロボット周辺を囲むようにしてください!
《ネメシエル》、五番、六番砲塔で攻撃して吹き飛ばすことは!?」
(ダメだ!
砲塔による攻撃は不安定縮退エネルギーの暴走を生む!
下手すれば《ネメシエル》の大半が消し飛ぶ!)
「しかしこのまま爆発しても大半が消し飛ぶんじゃないんですか!?」
("イージス"を張ることで多数の防衛は可能だと断定する!
蒼副長、敵ロボット内部の高縮退エネルギー反応上昇!
圧力、上昇、臨界点突破を確認!
"イージス"展開開始、しかしこれでは全て防ぐことは――)
『蒼、どないしてん!?』
「朱姉様!
敵ロボットが自爆を!」
『自爆!?』
驚いた表情と共に歯を噛みしめた朱の顔が蒼へと注がれる。
朱は《ネメシエル》の甲板に鎮座している敵ロボットを見て舌打ちした。
『まったく、なんていらんことしよんねん……!』
【《鋼死蝶》死んでもらうぞ!
この世の中は貴様を不必要としているのだ!
ふははははは!!!
あーっはっはっはっは!!】
敵の通信はそこで切れ、代わりに焦った朱の顔が蒼の目の前に表示される。
『蒼!?
動くなや!!
"イージス"も取っ払え、はよ!
ええな!?』
「朱姉様!?」
何を考えているんですか――?
《ネメシエル》のレーダーに映る《アイティスニジエル》がこちらへ向かってくるのを見て蒼は頭に疑問を浮かべる。
疑問を浮かべつつも蒼は《ネメシエル》に向かって"イージス"の展開をやめさせた。
『《アイティスニジエル》!
機関全速や!』
(おじさん、なにするのか分かっちゃったんだけど。
《ネメシエル》?
三番と四番は諦めた方がいいと思うぞ)
「……へ?」
(つまりそれは?)
『こういうこっちゃああ!!』
マッハ二余りで《アイティスニジエル》の巨体が《ネメシエル》にぶつかってくる寸前に上へと引き上げられた。
反動で艦首が上を向き、船体が擦れ擦れで上昇してゆく。
まず、艦底についた《アイティスニジエル》の “光波共震砲”の砲身と巨大な砲塔とが続く。
次に来たのは大きなでっぱり。
システムがたっぷり詰まった“艦底火器管制システム”が詰まった艦底艦橋部分だ。
その下には《アイティスニジエル》の副砲である“大型ナクナニア光放出砲”もくっついる。
今までがぎりぎり上空を通ってきていたのだ。
そこに巨大な艦底艦橋部分が来るとなると当然、《ネメシエル》にぶつかるに決まっている。
艦艇艦橋部分は《ネメシエル》の舷側を擦り、手すりをへし折りるとそのまま三番砲塔、四番砲塔に向かってくる。
「え、まさか――」
(本気か……)
蒼が息をのみ、《ネメシエル》が震え声を出した瞬間大きく《ネメシエル》の船体が揺さぶられ、大きな鉄と鉄が軋みあう音。
鋼鉄と鋼鉄が互いにぶつかり合い火花を散らす音と共鳴してジガバ地方に大きな衝突音を長く響かせるとともに激痛が蒼の右腕を襲ったのだった。
「――っぐぅ!」
マッハ二という巡航速度で《ネメシエル》に向かってきた《アイティスニジエル》の艦底艦橋部分は船体と共にマッハ二のスピードで向かってくるとそのスピードを保ったまま《ネメシエル》の船体に垂直になるように突っ込んできたのだった。
側面からぶつかって来た艦底艦橋部にくっついていた“大型ナクナニア光放出砲”の砲門部分が第三砲塔の装甲を凹ませ、反動で浮き上がった第三砲塔は基部から引きちぎれ、ごっそりと砲塔部分をもぎ取られた。
(また無茶を……)
穴からすっぽりと抜け落ちるように砲塔基部はごっそりと《ネメシエル》の船体から外れ、その分質量の上がった《アイティスニジエル》の副砲が敵ロボットごと引きずりこむ。
ロボットを引きずったまま第三砲塔と艦底艦橋部は第四砲塔に激突。
当然耐えれるわけもなく第四砲塔も基部からもげ落ちる。
《アイティスニジエル》の副砲砲門部に集まった第三、第四砲塔は《ネメシエル》の甲板上を滑ると左舷の手すりをちぎり落すと、金属の長く響く悲鳴を上げ地上へ向かって落下し始めた。
当然第三、第四の砲塔に挟まれたようになっていた敵ロボットも一緒に弾き飛ばされたように地上へ向かって落下していく。
【ちくしょぉおおおおお!!】
「《ネメシエル》至急退避を!」
痛みに構っている暇ではなかった。
今のボロボロの状態ではロボットの自爆に巻き込まれただけで撃沈される恐れがあった。
(了解!
敵ロボット内部にて高縮退反応の崩壊を確認。
機関全速、この場から退避する!)
『蒼!
はよ!』
《ネメシエル》の機関がフルで回転し、翼の光が強くなる。
速度と共に高度を上げ、五秒ほど経過しただろうか。
《ネメシエル》の砲塔が落ちた部分から真っ白な光がほとばしったかと思うと大地を揺るし、大気を吹き飛ばすような爆風が《ネメシエル》、及び《アイティスニジエル》を襲った。
爆風の勢いはとどまることを知らずジガバの大地を削り取り山二つほどを消し飛ばしてなお勢いが衰えることなく山麓へと降りてゆく。
強烈な光と熱は一瞬にして半分以下にまで温度が下がり、残った黒煙は収縮した炎を惜しむかのように空気中で揺れていた。
その黒煙を曳きながら《ネメシエル》と《アイティスニジエル》は姿を現した。
『――いやーすごい爆発やったねぇ……』
(おじさんびっくりだわ……。
もうアカンかと思ったわ……)
「私もですよ……。
やれやれです」
(私も正直ダメかと思ったが……。
何とかなったみたいだな)
どうやら敵機も巻き込まれたらしい。
あれほどうるさく飛び交っていた敵機の反応はなくなっており唯一残っている反応は敵要塞の残された下部だけだった。
「敵要塞下部に標的を移行。
早くこれを終わらせて家に――」
蒼がだいぶ落ち着いてきた痛みを堪えつつ、残り一つとなった敵要塞に照準を合わせたとき。
まるで今から攻撃が加えられるのを知っていたかのように敵から反応があった。
【――っち、ダメだったか。
うっとおしい化けもの戦艦だ】
その声は間違いなくあいつ。
ロボット内部に乗っていたあいつだった。
「……あなたまだ生きて」
ノイズが混じった映像が通信の中に流れだし、再生された男の顔は間違いない。
ロイドと言われていたあいつだった。
【自爆で死んだと思ったのか。
ふん、愚かだ。
だが、我々はここでは終わらない。
今度こそ貴様をここで沈めてやる】
残された要塞の下半分がゆっくりと浮き上がるようにしてこちらへ向かって突き進んでくる。
要塞のロボットがいた穴の周囲が開くと、大口径を持つ砲台がせりあがってきた。
その砲台の外側を囲うように今度は機銃郡、そして巨大な砲塔が出現する。
朱はそれを見てあきれたように肩をすくめ
『どうするよ、蒼。
あいつの“グクス荷電障壁”の力。
簡単には破ることができないしさぁ。
もうなんて言うかさぁ――』
コグレに帰っちゃう?と目が訴えていたが蒼はそれを無視した。
何としてでもこいつをぶちのめしたかった。
「構いません。
私が主砲を使いますから」
『しゅほ――!?
本気なんか、蒼!?』
「ええ。
至って。
《ネメシエル》、主砲を使います。
《ネメシエル》高度千まで急降下」
(……了解した)
《ネメシエル》は止めても無駄だ、と思ったらしい。
素直に蒼に従う。
「朱姉様。
主砲発射まで五分程度かかります。
それまで敵要塞の囮になってくれますか?」
『わ、わかった!
まかせーや!
さっさと終わらせてコグレ帰るで!?
あたいはもうお昼寝したいねん!』
(子供だな……)
『《アイティスニジエル》なんやて!?』
(いや別に)
【何を言っているのか知らんが。
死んでもらうぞ《鋼死蝶》!】
敵要塞の砲門が開き、砲門がグイッとこちらを睨むように身を持ち上げる。
シャッターが開き解放された砲門から熱く焼けた鉄のような弾がたくさんの黒煙と共に射出され始めた。
見たことない攻撃に蒼は眉をひそめ、“イージス”の艦底集中配備を命じるとともに《ネメシエル》へと攻撃の種類の選別をさせる。
『あれって、ロストテクノロジーの――』
(ああ、おじさんのデータベースが正しければ。
大昔の戦争に使われてた“砲弾”ってやつだな。
いまさらあんなものを持ってくるとは――。
質量兵器なんていまさら……)
『そんなもん効かんわ!
《アイティスニジエル》!
さっさといてこましたり!
全兵装解放、フルファイアー!』
【無駄無駄だぁ!
撃ち返せ!
先にもう一隻の《超極兵器級》を撃沈しろ!
《鋼死蝶》は死に体だ!
すぐに落とせる!】
《アイティスニジエル》と要塞の間で弾とレーザーの応酬が繰り広げられてゆく。
先に損傷を全く受けていない《アイティスニジエル》を落とすことにしたのと
あれだけ《アイティスニジエル》の雨のような砲撃を受けていたら気も逸れるだろう。
蒼は《ネメシエル》に全武装用機関のリミッター解放を命じた。
静かに《ネメシエル》の主砲――“超大型光波共震砲”の発射シークエンスが始まる。
「《ネメシエル》、全武装用機関リミッター解除。
鼓動数百二十から六百まで急上昇」
(了解。
全武装用“ナクナニア光反動炉”圧力上昇。
リミッター全機関解放。
鼓動係数上昇開始)
《ネメシエル》内部に武装を動かす専門で設けられたすべての機関が作動した。
リミッターを解除され、始動しはじめた“ナクナニア光反動炉”に上限はない。
膨大なエネルギーを機関自身が壊れるまで産み出し続ける。
世界が欲しがったベルカの力だ。
「“超大型光波共震砲”、展開を始めて下さい。
上甲板装甲開け。
非常弁全閉鎖、実行」
(了解。
“超大型光波共震砲”、展開開始。
非常弁全閉鎖確認)
《ネメシエル》の艦首付近の甲板が音をブザーを鳴らしながら開いた。
左右に開いた甲板の装甲が金属音を立ててロックされるとゆっくりと下から巨大な砲身がせりあがってくる。
いつもは“五一センチ六連装光波共震砲”の射線軸に入るため船体内部に保存されている《ネメシエル》の武装の中でも最大、最強の威力を持つ兵器。
全長は二百メートルを超えるその砲身の大きさは巡洋艦よりもはるかに大きく、そして赤と青のエネルギー伝導管からにじみ出る光はその薄気味悪さをより一層強めている。
陽光を浴びて鈍く光るその金属の色と斜めに切られたような形をしている砲門にはカメラのようなシャッターが付いていた。
そのシャッターがゆっくりと開くとオレンジ色に鈍く光るラインが砲身内部に張り巡らされている。
【どうした、どうした!?
その程度か!?】
『るっさいわしばくぞぼけぇ!
《アイティスニジエル》!
“下部散弾爆撃光発射口”用意!』
(はいよ!)
『てー!』
要塞と《アイティスニジエル》の戦いは熾烈を極めていたがどちらも押せず引けずの状態だった。
いや。
《アイティスニジエル》は艦載機からの攻撃を受けていたためより一層分が悪い。
敵要塞から打ち上げられた弾は当たってはいないものの“強制消滅光装甲”でぎりぎりなんとかなるレベルの物ばかりだ。
「エネルギー機関全段直結。
“超大型光波共震砲”内部への回路開いてください。
アンカー射出――」
《ネメシエル》の艦首に右舷左舷に二つずつ合計四つ並んでいた錨が外れ、地上へ向かって落下していく。
それ一つで百トンを超える重さの大小二つの錨は地上千メートルから落下した運動エネルギーを利用して地面深くにめり込むとその先を展開させ鋼鉄の棘を地へ引っかけた。
(アンカーロックを確認。
姿勢制御固定。
“超大型光波共震砲”弾倉内正常加圧中。
ライフリング安定を確認)
ネメシエルのここまでの報告を聞いた後蒼は静かに命令を吐き出す。
「“超大型光波共震砲”、“最終安全装置”一番から五番解除」
(了解。
“最終安全装置”一番から五番解除完了)
《ネメシエル》の主砲の砲身が徐々にプラズマを帯び始める。
金属から金属へと飛び交う超高圧電流の青い光が時々姿を現す。
(エネルギー充填率九五……百。
充填完了、弾倉内圧力臨界点へ。
強制注入開始、ナクナニア光圧力百五十パーセント。
――装填完了鼓動係数安定)
「“弾道制御溝”起動。
ターゲットシーカーオンお願いします」
(“弾道制御溝”起動開始。
システムオールグリーン。
ターゲットシーカーオン)
蒼の視界に大きな赤い円が表示された。
その円は蒼の視点と同調している。
あまりにも巨大な砲身は当然向きを変えることなどできるわけもなく敵へ向けるためには《ネメシエル》の船体ごと動かさなければならない。
そして“超大型光波共震砲”は連射することは出来ない。
また武装用機関冷却のために、主砲を打った後十分は《ネメシエル》の兵装へエネルギーを送り込むことが出来ず“五一センチ六連装光波共震砲”をはじめとする《ネメシエル》の兵装は防衛用の“四十ミリ光波機銃”と“六十ミリ光波ガトリング”を除いてほとんど停止してしまう。
行動用機関は生きているために回避運動に転じることは出来るというものの、まさにリスクが高い一度の戦場で一度使うかどうかといった使い勝手の悪い兵器だった。
【《アイティスニジエル》とかいったな?
ここでお前は終わりだ!
お前を沈めぇ!
それから《鋼死蝶》も沈めてやるさ!
はははは!!】
『沈めへんわボケ!
ハゲ!
タコ!
カス!
ええからもっと殴りあおうや!』
(いきがるのもいいけどさぁ、朱?
“イージス”の過負荷率が九十を突破。
“強制消滅光装甲”も……。
おじさんそろそろ逃げた方がいいんじゃないかって――)
『――っ、《ネメシエル》、はよ……!』
蒼の視界に表示された赤い円を蒼は敵要塞全域をカバーするように円の中に入れた。
「誤差修正、俯角三度。
攻撃対象をロック。
目標、敵巨大要塞」
(目標、ロック完了。
“超大型光波共震砲”最終砲門解放)
シーカーが敵要塞をロックオンした小さな音が鳴るとともにシーカーが円から六角形に変わる。
蒼の視界の右上にロックオン、の文字が黄色と赤で表示される。
(《ネメシエル》から《アイティスニジエル》へ。
ただちに退避せよ。
繰り返すただちに――)
『いよっしゃぁ、《アイティスニジエル》!
機関両舷全速逃げろ!』
要塞と戦っていた《アイティスニジエル》の機関がフル回転を初め強い発光を残すとともに速度を上げ要塞から離れていく。
要塞の敵は《アイティスニジエル》を追いかけようとする。
【っ、逃げやが――なんだ、あれは!?】
だが、《ネメシエル》に気が付いてしまった。
禍々しいオーラを携え、要塞を噛み潰そうと口を開いている化け物に。
艦首から“超大型光波共震砲”の砲門まで伸びている溝。
その“弾道制御溝”から覗く巨大な砲門に敵の目は吸い込まれるように釘付けになっていた。
砲門からあふれ出るオレンジ色の光。
砲門の周りを守るように弾けるプラズマの激しい光。
敵はそれをみて一瞬すくんだように口を閉じる。
【……何をするつもりか知らないがぁ――!
そんなもの無駄だぁあああ!!
やられる前にやってやる!!】
敵要塞の砲台が《アイティスニジエル》から《ネメシエル》へと攻撃目標を切り替えたらしい。
砲門が《ネメシエル》の方へと向くと
“イージス”の消えかけた《ネメシエル》は弾を防げず次々と被弾していく。
(右舷に被弾。
艦底装甲二番まで損傷!)
「構いません!
“超大型光波共震砲”発射体制のまま維持!」
【落ちろ《鋼死蝶》!】
朱姉様――。
早く。
早く退避を。
(《アイティスニジエル》、安全圏まであと五秒。
四……三……)
右舷で爆発が起こった。
蒼の腹部にずきっと、鈍痛が起こる。
痛みを耐えるために片目を閉じた蒼の視界に《アイティスニジエル》離脱の文字がぱっと浮かび上がった。
『蒼!
安全圏にまで退避したで!
早くぶちかまし!!』
そして朱の意気揚揚とした顔と共に通信が入ってくる。
蒼は攻撃を続ける敵要塞を見てにやり、と笑った。
吠えずらをかくといいですよ――!
「待っていました、その言葉を!
さようならです!」
【《鋼死蝶》!
落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろぉぉおお!!】
「“超大型光波共震砲”、撃て!」
(“超大型光波共震砲”発射!)
強烈なほどの閃光。
そしてショック。
敵は《ネメシエル》がゆっくりと閃光に隠れてしまったのを眺めた。
何もかもが遅くなる。
ゆっくりとすべてが動く中まるで雷鳴のような大きな音。
それを合図に動き出した全てが敵の意識を、《ネメシエル》から放たれた光が敵要塞の全てを飲み込んでいた。
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ありがとうございました。
超空陽天楼最新話更新できました。
本当にながーいことお待たせいたしました。
すいません。
今回はまさにロマンを詰め込みました。
男のロマンですね。
“超大型光波共震砲”のシークェンスはめっちゃ力入れました。
何と言っても《ネメシエル》最大、最強の武器ですからね。
《ネメシエル》の本気。
とでも言えばいいのでしょうか。
とにかくそれを描くことが出来てよかったです。
まだまだこれからもたーっくさん。
ロマンを詰め込んで行きます。
ではでは!
読んでいただきありがとうございました!
P.S
登場人物紹介に朱、及び《アイティスニジエル》の情報を追加しました。ぜひぜひご覧くださいませ!




