ジガバ要塞
翌日の正午十二時。
軽くご飯をお腹の中に詰め込んだ五人は、出撃の準備を整え終わりそれぞれの戦艦に乗り込もうとしていた。
甲板の一部分が浮上し、五人の目の前に降りてくる。
元々大きなドックなどには元々廊下が添えつけられており、直接艦橋に乗り込めるようになっている。
だが、コグレのように粗末な港しかない軍港にはそのような設備は設けられていない。
そこでどこからでも乗り降りが出来るように、甲板の一部分が浮遊しそれらに“核”が乗り込むことで艦橋へと直接“核”が乗り込めるようなシステムが搭載されている。
今までずっと《ネメシエル》に蒼が乗り込む際は乾ドックの廊下から乗り込むという方法をとっていたが、今回は《アイティスニジエル》が乾ドックにいるために廊下を使うことが出来ない。
よって、こっちの方法で乗り込むほかなかったのだった。
ちなみにこれ正式名称は“浮遊直接乗艦板”というらしい。
だが長ったらしいので“核”達の間では“リフト甲板”と呼ばれていた。
(やれやれ。
出撃だな)
「そうですね、《ネメシエル》」
目の前に五センチほど浮遊する板の上に蒼は乗り込むと、備え付けられている手すりを握りしめる。
冷たい鉄の感触だけが伝わり蒼はこれから先の戦闘を思って空を見上げた。
昼だというのに暗い空に雷が走る。
雷鳴が轟き湿った空気が鼻をすん、と吸った蒼には感じられた。
(今回は《アイティスニジエル》との共同作戦だな。
楽しみだ)
その《ネメシエル》の声をどうやら《アイティスニジエル》は聞いていたらしい。
鼻っ柱の太そうな声で反応を返してくる。
(なんだい、《ネメシエル》。
おじさんと一緒に作戦出来るのがうれしくてたまらないのかい?)
こうやって聞く分にはただ、常夏の島国にいるようなおっさんなんですよね。
ふと頭にシャツとマンハルという小さな弦楽器をもった常夏の人を思い出して蒼は苦笑いを噛み潰した。
(ちっ、違う。
そういうわけじゃ……)
「………………」
ゴロゴロと腹を震わせる雷の音を無視して戦艦二隻は会話を続ける。
なんで戦艦が戦艦をナンパしてるんですかね。
まったくもう。
異様な光景にあきれ返ると共に技術局のAI技術のすごさを思い知る。
“リフト甲板”が浮上し、自分を艦橋の廊下へと連れて行く足場の手すりから自分の眼下に広がる《ネメシエル》の“一五センチ三連装レーザー高角砲”の群れを眺めると、遠くに迫りくる雷雲に目を向けた。
雷がバケツから漏れる水のように放電している。
あの下は大嵐になっていることだろう。。
そこから目を横に向けると壁のように大きな、艦橋に入る扉だけが蒼の視界を占領する。
扉の横にある承認装置に蒼は右手の紋章をかざした。
(もーなんだよ……てれるぞ?)
(かわいいお嬢さん。
今晩一緒にどうだい?)
(し、しかし私には旗艦という役割が……。
それに一晩といっても私は戦闘艦であってだな――)
承認が終了し、“レリエルシステム”が蒼の存在を確証すると分厚い装甲扉が左右に開いた。
落ちないように手すりを利用しながら艦橋の廊下に移る。
廊下は動く廊下になっていて、大人しく蒼を中枢部へと送り込む。
後ろで左右に開いていた扉が閉まり、赤いランプが点灯すると小さく金属音が十ほど鳴り完全に外と中からロックされる。
厳重すぎるロックは戦闘中に戦艦へと乗り込み、扉をこじ開けられるのを防ぐためだ。
今まで乗っていた“リフト甲板”は蒼達を艦橋へと直接送り込むと元あったところに戻っていった。
『はいはい、いいから。
《アイティスニジエル》、あんたはあたいのもんでしょーが。
しばかれたいん?』
いい加減セクハラがすぎると思ったのだろうか。
朱が静止するように《アイティスニジエル》に話しかける。
しばかれるのだけは勘弁、といったように《アイティスニジエル》は声を上げた。
(うあー勘弁してくれ。
おじさんはしばかれなれてないんだ)
『まったく。
それなら初めからあたい以外の女を口説いたらあかんやろ?』
(別に口説いているつもりはないんだけどねー。
いやーおじさんは無自覚だから……)
『へぇ?』
朱のむっとしている顔が見えるようだった。
言い訳がましいといったように朱は黙り込む。
慌てて《アイティスニジエル》が言い分けのように朱のご機嫌を取ろうとする。
(朱、落ち着け。
壁にこすりつけたりするのだけは勘弁してくれよおじさん死ぬよ)
『死なへん、死なへん。
それぐらいや死なへん。
そもそも死ぬって何かわかっとるんかお前』
(おじさんをバカにしてもらっちゃ困る。
死とは、生命体が――)
『はいはい。
面倒だからしばく』
(やめてくれ頼む)
戦艦が懇願しているなんて珍しい光景だったが流石にここまで行くとかわいそうなので蒼が間に入ってあげる。
「《アイティスニジエル》?
私の《ネメシエル》をあまりたぶらかさないでくださいですよ」
動く廊下の上を歩きながら《アイティスニジエル》にそう話しかける。
(蒼、そんなこと言ってもな。
おじさんは口説いているとか――)
「《ネメシエル》、あなたもです。
無視すればいいだけじゃないですか?」
《アイティスニジエル》の言い訳を流しながら次は《ネメシエル》を責める。
(む……。
すまない、蒼副長)
「まったく……」
『な、ほんま。
しばくでーもー』
蒼は艦橋の中枢に降り立つと自分の椅子へと座った。
シートベルトを締めると両腕を“レリエルシステム”の穴へと差し込む。
そうして目を瞑り《ネメシエル》の中へと意識を潜り込ませてゆく。
虹色の接続視界を通り抜けた後視界に広がったのは《ネメシエル》のレーダーとカメラを通しての世界だった。
《ネメシエル》の一つ遠くの桟橋には《タングテン》が浮いており、《アルズス》と《ナニウム》はすでに出航を開始している。
港からは整備班の人たちがこちらに向かって手を振っていた。
司令室の窓からはマックスと副司令が心配そうな眼でこちらを見ている。
あいからわずタバコをふかしていたが、その手には溶けかけのチョコレートが握られていた。
『蒼先輩、先に離水してまってるっす。
《アルズス》、《ナニウム》出航するっす』
海を切り裂き、白い跡を残しながら《ラングル級》の三隻が空へ飛んだのを確認すると蒼は《アイティスニジエル》と通信を開いた。
『ん、蒼やね。
あたいも先に行ってるで。
通常起動も終わってるし。
上空で待機しておくからはよこいや』
そう言うと朱の操る《アイティスニジエル》は乾ドックから滑り出して大空へと昇っていく。
奇妙な模様を舷側、艦底に浮かべ雷の走る空へと翼を広げて。
《超極兵器級》の一隻である威厳は禍々しくも美しいものだった。
「さあって、《ネメシエル》。
行きますか」
黒く、渦を巻く雷雲を見ながら蒼は下唇を舐める。
この戦い、勝ちにいかなきゃですよね。
そっと、蒼は《ネメシエル》のシステム部に触れるとささやくように言葉を吐き出した。
「――《ネメシエル》起動開始。
全兵装拘束状態にて通常起動お願いします」
(了解。
《ネメシエル》通常モードで起動する)
そんな小さな声でも《ネメシエル》はしっかりと声を受け止め、シークェンスを開始する。
(出航シークェンススタート。
主機検査開始一から五まで。
――異常なし、グリーン。
補機検査開始一から
――異常なし、グリーン。
補助機関始動開始、回転効率五百まで関数上昇。
到達、回転効率ロック。
主機作動開始補助機関回転効率主機に接続開始――コンプリート。
エネルギー流脈拍安定、一二〇を維持。
武装機関一番から起動――コンプリート。
主砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
副砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
全“五一センチ光波共震砲”から“四十ミリ光波機銃”状態検査開始。 安定を確認オールグリーン。
“レリエルシステム”拘束解除、パルス全力接続――安定。
“第十二世代超大型艦専用中枢コントロールCPU”との接続開始。
全兵装“レリエルシステム”と同調開始――オンライン。
区域別遮断防壁装甲シャッター展開、第一種固定。
“自動修復装置”起動、艦内に展開開始。
“自動追尾装置”起動、全兵装へ接続。
“自動標的選択装置”起動、“パンソロジーレーダー”と同調。
“軌道湾曲装置”起動開始艦外へ展開過負荷率ゼロ。
“消滅光波発生装置”起動出力二パーセント。
“パンソロジーレーダー”起動完了、グリーン。
旋回確認、全兵装異常なし。
出航シークェンス終了。
《ネメシエル》通常モード起動終了。
蒼副長、行けるぞ)
頭の中に流れこむ水のように大量の情報が飛び込んできた。
《ネメシエル》各部の情報が頭の中にインプットされ蒼はそれを一つ一つ確認する。
船体に問題はなく、《ウヅルキ》から与えられた損害は完全に修理されていた。
オールグリーンで、黄色を示しているところは一か所も存在していない。
「了解です。
それじゃあ、行きますか《ネメシエル》。
《超空制圧第一艦隊》出撃!」
※
「たまらないですねぇ……」
出航してから一時間。
ぼそっと蒼はそう呟いた。
巡航速度のマッハ一で飛んでいるが、雲で視界が悪くレーダーだけが頼りだ。
レーダーを睨むように状況の把握を続けていたがその緊張を切るように《ナニウム》の声が広がった。
甘ったるく、その声は蒼をイラッとさせるには十分の要素だった。
(んにゃああ《ナニウム》眠くて疲れたぁぁ)
『ああ、ごめんね、《ナニウム》、ごめんね。
おいらが悪いからごめんね?』
夏冬が《ナニウム》を慰める。
バカバカしいにもほどがありますね。
蒼は冷めた目付きで後ろをついてくる《ナニウム》を眺めた。
『機械なのに眠いとかあるんすかね。
《アルズス》、どう思うっすか?』
(割とどうでもいいよ、お兄ちゃん)
《アルズス》の返事も蒼はもっともだと思った。
本当にどうでもいい。
(ちなみに私は眠い感じることなど……)
「《ネメシエル》。
いいですから相手しなくて」
(まぁまぁそういわずに。
おじさんも無いけどもね?)
『あったらたるんどるちゅーことやからあたいがしばき倒したるで?』
(しばくのだけは勘弁してもらいたい)
《アイティスニジエル》が朱にそう返したとたんレーダーに反応があった。
数は四。
大きさ的に考えて、ただの哨戒艦だろう。
地上レーダーにも反応があり大きさ、場所から考えても間違いなくジガバ要塞が近づいて来ていた。
『あの四隻は俺達が引き受けるっす。
蒼先輩と朱先輩は今の進路でお願いするっす。
では、コグレで会えることを楽しみにしてるっすよ?
ここは一旦さよならっす』
『蒼様、朱様、ジガバ要塞を潰してください』
『さー、《ナニウム》いくよぉ?
全兵装解放!』
《ナニウム》、《アルズス》、《タングテン》の任務はあくまでもここまでの援護。
ここから先は《アイティスニジエル》と《ネメシエル》の仕事。
激しくなる攻撃を掻い潜り、いかなる状況にも迅速に対応できるのはこの二隻しかいないのだから。
あわてて作られた要塞とはいえ要塞は要塞。
激しい対空砲火を撃ちこんでくると同時に多数の艦艇も所持しているに違いない。
十字砲火どころか砲火で埋め尽くされるほどにまで達すであろうその攻撃に耐えうる“イージス”および“強制消滅光装甲”を持った戦艦。
それが《超極兵器級》、ベルカの最終兵器なのだ。
だんだんと遠くなってゆく《ナニウム》、《タングテン》、《アルズス》の三隻を見て蒼達は緩めていた船足を速める。
「あー朱姉様」
『んお?』
「どっちが旗艦します?」
『あたいがしようか?』
「お願いしてもいいですか?」
『しょーがないなー』
蒼は《ネメシエル》の速度を緩めると二隻が縦に並ぶ単縦陣を取る。
『はいよ、こちら旗艦。
えーと。
蒼、聞こえわな。
まー敵の要塞だからって容赦はしないこと。
強い兵器持ってるかもしれないし。
ないと思うけどね』
(レーダーに感あり。
数は六)
《ネメシエル》が蒼に伝えてきた。
《アイティスニジエル》よりも少しだけ広い索敵範囲が役に立ったらしい。
『来たね、さっさと潰して家帰ろうや。
あたい、まだ読みかけの本があってすごい気になってるんよ』
レーダーが通じると同時に敵の無線も《ネメシエル》はがっちりとキャッチすることに成功していた。
「朱姉様、敵が来ます」
朱は武装を《ネメシエル》との共有データベースから知った敵の方向へと向け、『数は?』と聞いてきた。
蒼は《ネメシエル》に命じて《アイティスニジエル》のレーダーに状況を直接送り込む。
『ん、了解。
相手にするに足りないね。
私達はあいつを無視して先に進むよ』
「了解です」
《ネメシエル》とジガバ要塞の距離が五十を切ったところで今まで静かだった無線がが鳴り始めた。
【もう来たのか!?】
【っち、防衛艦隊は何をしている!!
こっちはまだ整備中だぞ!】
敵の恐れる声が聞こえてくる。
あわてて完成させようにも遅いんですよ。
【引き続き作業員は作業を急げ!
あいつらにやられる前にやればいいんだ!】
ジガバ要塞までの距離はおよそ五十。
慌てて発進したであろう防衛の六隻が《ネメシエル》と《アイティスニジエル》を遮るように横に並んで武装を構えていた。
カメラからの映像を拡大して蒼はじっくりと敵艦を眺める。
尖った船体と、対照的にずんぐりとした艦橋。
空気抵抗を押さえられた船体には、美しさが見えない。
蒼はやはり他国の戦艦を好きに離れなかった。
醜い船体に砲身がない砲台が四つ、甲板にくっついている。
きらきらとした粒子の炎を出す補助機関が艦底にぶら下がっていて、艦尾は四角い。
【あれが……敵?
ウソだろおい。
《ネメシエル》――《鋼死蝶》じゃねぇかよ!】
その敵からもようやくこちらの姿が分かったようだ。
【バカな!?
《鋼死蝶》は《ウヅルキ》との戦いで……】
【もう一隻いるぞ!
デカイ……!
きっと同じ《超極兵器級》だ!】
敵艦隊の通信によると《ネメシエル》は完全に敵に存在を知られてしまっているようだった。
そりゃあれだけ派手にしてればそうもなりますよね
頬を少しだけ緩め蒼は《ネメシエル》に命じる。
「《ネメシエル》。
敵艦の分析に入って」
(了解)
【来るぞ!
先に沈めるんだ!】
防衛艦隊との距離が五を切った時敵から鋭い光が飛んできた。
それを合図のように六隻の砲門のあちらこちらが光り赤いレーザーが飛んでくる。
(朱、レーザー、右から十二)
『了解!
蒼、ついてくるんよ!
回避行動をとりながら敵艦隊の把握を引き続き行ってな!』
《アイティスニジエル》の機関が唸りを上げ、強くなった翼の光がその巨大な船体を推し進める。
《ネメシエル》もそれに続こうと機関の出力を大きく上げた。
(《アイティスニジエル》より《ネメシエル》へ。
まだおじさんは撃っちゃダメなのかい?)
飛翔するレーザーを避け、または“イージス”ではじき返しながら《アイティスニジエル》がやんわりとした口調で蒼達に話しかけてきた。
右に舵をきった《アイティスニジエル》に続こうと蒼達も右に舵を切る。
躱したレーザーは後ろにある山へと落ち、斜面で爆発した。
燃え広がる豊かなあの森は、古より人が触ってこなかった世界でも数少ない森だったはずですよね……・
データベースを前にちらっと覗いた際にそう書いてあったのを思い出す。
(すまない、あと二十秒くれ)
《ネメシエル》のAIが困り果てたように懇願した。
解析率はおよそ八十パーセントと表示されておりあと少しだろう。
そろそろか、と蒼は武装のターゲットスコープを出すとそれを六隻に重ねた。
「もう少し待ってほしいようです」
(だそうだよ、朱)
『もうええか《ネメシエル》!
そろそろあたい撃つで!?
はよしぃや!』
(話を聞いていたのかい朱……)
《アイティスニジエル》の飽きれる声が掻き消えるほどの大声で敵が怒鳴り込む。
【何としても敵を食い止めろ!
それと本部に、《鋼死蝶》じゃない方のデータを送れ!
新造艦かもしれん!
写真照合を要請するんだ】
(――解析完了!
待たせてすまない!)
そう《ネメシエル》が言うと視界の隅に緑色の文字で一気に表示された。
その結果を
(《グール級重巡洋艦》だ。
全長二百十メートル。
総重量五万八千トン。
艦籍は……シグナエ連邦だ)
《ネメシエル》は艦籍を確かめるかのように読み上げる。
シグナエ連邦。
超大国としてヒクセス共和国と並ぶもう一つの超大国だった。
改めて世界が敵に回ったという事実が蒼の胸に堪える。
ビーエイト公国の艦艇はおそらく母国へ帰って行ったんだろう。
交代の時間が来たということだ。
(武装は……そうだな。
“六十一センチ重力子魚雷”を確認。
“二十センチ荷電粒子電投射機”を八基。
一般的なシグナエの重巡洋艦だと思う。
当然だが、“グクス荷電障壁”も装備。
最新鋭だがまだ実戦経験がない“核”ばかりだろう。。
まー私達《超極兵器級》の敵ではない)
「了解しました」
蒼は敵のデータ表示を消すとデータベースへと今の情報を放り込んだ。
後は《ネメシエル》が勝手にタグをつけて整理してくれる。
蒼は撃ちたくてたまらない顔をしながら敵のレーザーを避ける朱へと顔を向けると話しかける。
鎖から狼を解き放ち目の前の獲物を咥えさせるのだ。
喉をかみちぎり内臓をえぐり出す。
飢えたは目の前の敵に喰らいつくだろう。
「朱姉様。
もういいですよ。
撃ち方、はじめます。
《ネメシエル》、全兵装解放。
エンゲージです」
そういうと蒼は《ネメシエル》の砲門を敵へと向けた。
剛腕の男が腕を横へ振り下ろすかのように《ネメシエル》の砲門が正面から敵の方へと向き直る。
その砲門が開き、エネルギーがゆっくりと砲口へと溜まってゆく。
『おっけ!
じゃあ行きまますか。
《アイティスニジエル》全兵装解放!
エンゲージやで!
撃ち方はじめぇぇええええ!!』
(ほいさ、おじさん撃つよ)
《アイティスニジエル》から放たれた大口径の“光波共震砲”の光が敵六隻へと向かう。
舷側を削り取るようにオレンジ色の光はまず最後尾二隻の敵のどてっ腹へと食らいついた。
【“グクス荷電障壁”損傷!】
【ルシア共の“光波共震砲”だ!
《鋼死蝶》のともう一隻の《超極兵器級》のやつは“グクス荷電障壁”でも防ぎきれないぞ!
避けろ!】
初発で見事に機関を射抜いたレーザーは右舷から左舷へと抜けてゆき、被弾した二隻は爆発、炎上する。
黒煙を体から噴き出す二隻を置いて四隻が回避行動へと移る。
【おい、はやく要塞を起動させろ!
《鋼死蝶》だぞ!】
【分かっている!
すでに起動準備には入っている!
それまで持ちこたえろ!】
回避運動に入った四隻へも《ネメシエル》の光が伸びていた。
自動追尾装置で先を予想して放たれたオレンジ色の矢は、敵一隻の艦橋を食いちぎるともう一隻の機関をも射抜いた。
【《アーニ》!
《ガール》!
早くしろ、ロイド!!】
【こっちだって必死なんだ!】
“核”が死滅した艦は制御を失いくるくると錐もみをして地上へと落下してゆく。
急激な落下に耐えれなくなった艦橋構造物が船体からもげ落ち、ばらばらになった装甲板や砲台が山へと落ちていった。
地面についたと同時に一隻は爆発、炎上。
もう一隻は機関を失ったものの浮力だけはかろうじて維持することが出来ているらしい。
だが操縦する人を失った戦艦はただの鉄の棺桶に過ぎない。
戦闘能力を喪失したと判断され《ネメシエル》の照準から外される。
戦闘可能な敵艦は二隻。
蒼が照準を棺桶から一隻に分断したときすでにそのうち一隻を《アイティスニジエル》のレーザーがぶち抜いていた。
【うあぁああ!!
助けてくれぇええ!!!】
【《アイリーン》!
くそっ、おい起動はまだか!?
あと俺一隻だけになっちまったぞ!】
【もう少し待て!
あと少しだ!!】
【くっそ、早くしてくれ!
もう持ちそうにないんだ!
俺一隻しか残ってねぇんだよぉぉぉああ!!】
《アイティスニジエル》と《ネメシエル》から伸びてくるレーザーを敵は“グクス荷電障壁”を最大限に生かしながら躱す。
予想されうるような行動をとらないのが蒼をまたイライラとさせる。
「っち、ちょこまかと!」
蒼は“艦対艦ナクナニアハープーン”の起動を命じると敵へ向けて照準を合わせた。
機関から送られたエネルギーがため込まれ、艦橋構造物に混ざるように設置されている砲台に光が増してゆく。
その光が最大まで光り輝いたようになると、オレンジ色の光の玉が敵艦へ向かって吐き出された。
だが、敵艦もさすがの物。
ギリギリのところで避けると、バカにするように翼をゆらゆらと揺らして見せた。
余裕だ、といった意思表示だろうか。
「《ネメシエル》。
全兵装を奴へ向けてください。
叩き落しますよ」
二百を超える砲門が眼を開き、敵艦を睨みつけた。
ナクナニアのエネルギーがため込まれ、砲身内が加圧されてゆく。
【早くしてくれ!!
早く!!】
【あと少しだ!
第四チェックまで終了した!
機関始動開始!】
【まだそこかよ畜生!】
『《アイティスニジエル》!
《ネメシエル》に続いて敵艦を落すんよ!』
(おじさんをあまり酷使しないでくれるかー?)
《ネメシエル》と《アイティスニジエル》、二隻の《超極兵器級》の雨のようなレーザーを受けついに残り一隻にも被弾が多数見受けられた。
翼に穴が開き、甲板の砲台がもげる。
甲板に多数焦げた穴が穿たれ、レーザーの光が飲み込まれた。
【くそっ、くそっ、もうだめだ!
機関出力低下――落ちる!】
敵艦がバランスを崩したところに《ネメシエル》の砲身から放たれたエネルギーが、艦首から艦尾までを貫いた。
エンジンの噴出口からキラキラした粒子とは違う色の炎が高く吹き上がる。
爆発した内部の爆風は装甲を吹き飛ばし、炎が敵艦の全身を駆け巡った。
ビルのような艦橋のハッチを吹き飛ばし、大きな鉄片が空へとはじけ飛んだ。
(敵艦撃沈。
敵艦残数ゼロ。
敵脅威レベル四一にまで低下。
ジガバ要塞への攻撃に移ることを推奨する)
敵雑魚に思ったより時間をかけてしまいましたね。
敵艦がくるくると錐もみをしながら落ちていく視点から蒼はジガバ要塞を見下ろす視点に変える。
【お前たちの敵――とってやるからな!
システム起動、コントロール開始!】
【ロイド、不完全だが……やるんだな!?】
【ああ、当然だ。
相手は《超極兵器級》。
不足はないだろ?】
【整備班は直ちに退避!
重要戦闘員以外はロケットシェルターにてアルノルド基地まで後退しろ!
あとは俺達でなんとかする!】
蒼の視点に連動して《ネメシエル》の艦底についている“五一センチ六連装光波共震砲”が向きを変え、敵要塞の方を向いた。
連射したせいで赤く燃えている砲身のゆらりとした姿が陽炎となり空を歪める。
《ネメシエル》に攻撃を命じ蒼は頭を座席の椅子につけて深い息を吐いた。
『――な!
おいなんなんや、あれ……』
朱のただならぬ声に蒼はジガバ要塞を再び見下ろしていた。
機能的な要塞の形が崩れ、ばらばらになる敵を見てあわてて《ネメシエル》の他の武装を開き敵への攻撃を開始する。
“五一センチ六連装光波共震砲”が光を吹き出した。
その光は敵要塞へと突っ込んでいったが、見えない壁に阻まれる。
光はその壁に当たると四散し、消えてしまった。
(敵の要塞に、強烈な“グクス荷電障壁”の展開を確認!
“五一センチ六連装光波共震砲”程度じゃ破れないぞ!)
「《ネメシエル》、少し距離を取ってください」
(り、了解した!)
『《アイティスニジエル》!
あかんやつや、少し下がるで!』
(んお、そうだな。
了解した)
機関を逆回転させ少し後退し始めた《アイティスニジエル》と《ネメシエル》の真下、ジガバ要塞が強烈な光を放った。
「――っ!?」
『なんやねん!?』
《ネメシエル》と《アイティスニジエル》を包み込むほどの大きな光は、すぐに消えた。
だが、今まで要塞があったところには信じられないものが存在していた。
「……ロボット?」
蒼はそう言うしかなかった。
そこにあったのは要塞ではない。
一つの大きなロボット。
巨大な要塞の下半身を持ち、上半身は人間。
固定されている要塞の下半身には多数の砲台が付いていてその砲門はこちらを向いている。
上半身のロボット、その大きさはまさに戦艦級。
腕だけで駆逐艦を軽く粉砕するだろう。
【ふざけやがって《鋼死蝶》め!
大口径レーザー展開、攻撃機発進せよ!】
「面白くなってきましたね――!
そうこなくっちゃ、《ネメシエル》、“イージス”、“強制消滅光装甲”ともに出力最大!
敵要塞を撃滅します!」
『ほえーなんなんあれ。
まー面白いし、戦えるからいいか。
《アイティスニジエル》、“イージス”、“強制消滅光装甲”最大出力やで!
さーパーティをはじめようや、敵要塞はん!』
敵要塞の壁が開くと、中から多数の攻撃機が飛び出してきた。
数はおよそ四十。
全部が腹に爆弾を抱え込み、双発のエンジンの力であっという間に《ネメシエル》と《アイティスニジエル》の真上をとる。
「《ネメシエル》対空射撃はじめ!」
《ネメシエル》の“一五センチ三連装レーザー高角砲”が敵機をそれぞれ追尾するように砲身が上を向き、“六十ミリ光波ガトリング”と“四十ミリ光波機銃”の二つと共同して豪雨のような強い雨嵐を築き上げた。
そこに《アイティスニジエル》の対空射撃も加わり、さらに激しい嵐となる。
【今助けるぞ!】
爆発し落ちて行く味方を助けようと要塞から通信が入る。
【“投物攻撃装置”始動。
目標《鋼死蝶》及びもう一隻の《超極兵器級》】
蒼はその敵の声が気になり、戦闘機から少し目をはなし敵ロボット要塞の様子をうかがった。
そこで見たものは巨大な鉄球。
それが敵ロボットの両手に握られていた。
「!
《ネメシエル》、まずいです!
緊急回避を……!」
その声で《アイティスニジエル》も気が付いたらしい。
『な、蒼!
敵ロボットの手に握られてるのって……』
《ネメシエル》の分析から、鉄球の中に爆弾も何も入っていないと判明する。
直径は二五メートル。
成分は鉄。
重さは約五百五十トン。
その重さもつ鉄の弾が直接たちを狙ってきたとしたら。
蒼の頭にはじけ飛ぶようにそれの答えが弾きだされた。
そしてその答えは回避運動を《ネメシエル》へと命じていた。
「《ネメシエル》、機関全速!
直ちに敵要塞から離れて――!」
【くらえ!】
一歩、遅かった。
敵要塞から飛んできた鉄球を真正面から“イージス”が受け止めた。
(“イージス”、過負荷率六十突破を確認)
「っ、一発だけで!? 」
あわててメーターを確認した蒼だが、船体が揺れる衝撃にすぐに別の方を見る。
空を我が物顔で飛び回る敵機が《ネメシエル》の“イージス”が効かない高度から爆弾を投下したらしい。
“強制消滅光装甲”によって遮られるも輪切りにされる前に爆発。
船体に思いっきり爆風を浴び、船体が揺さぶられたのだ。
「っち、敵要塞に攻撃を集中!
敵両腕を狙ってください!
朱姉様!
私は右腕をやります!
左腕をよろしくお願いします!」
『了解!
《アイティスニジエル》、攻撃を左腕に集中!』
敵ロボットが次の鉄球を投げてくる前に何とかして……!
【第四機関準備はいいか!】
【いいぜ、ロイド!
バッチリだ!】
【よし、圧力弁開け!
行くぞ!】
《ネメシエル》と《アイティスニジエル》は次々と敵要塞へ向けて攻撃を叩き込むが敵の“グクス荷電障壁”は予想以上に固いらしい。
次々と攻撃を弾いて見せると反撃のレーザーを撃ちあげてくる。
【食らいやがれ!】
『蒼!
避けろ!』
「なん……!?」
敵要塞への攻撃を続けていた《ネメシエル》の艦橋から蒼はそれを見ていた。
敵要塞下半身から大きな噴煙が出ると共にキラキラした粒子炎をまき散らしながら《ネメシエル》にも迫る巨体が空へと昇ってくるのを。
そしてその腕が《ネメシエル》を抱きかかえるような体制をとっていたことも。
【待たせたな、《鋼死蝶》!
ここでケリをつけようや!】
その声と共に、《ネメシエル》の艦底に鋭い衝撃を感じた。
《ネメシエル》の甲板をに手を回すようにして、と敵の要塞ががっちりとしがみついてきたのだ。
ちょうど腕の部分にあった舷側“五一センチ三連装光波共震砲”が潰れたらしく鈍痛が蒼の脳内を刺激する。
歯を噛みしめながら冷静に状況を把握する。
(蒼副長!
敵が、艦底に張り付きやがった!)
《ネメシエル》のカメラが張り付く敵を冷静に蒼の頭の中に投射していた。
『蒼、動くな!』
《アイティスニジエル》が全砲門を開いて《ネメシエル》に張り付いた敵要塞へと向け発砲してくる。
だが敵の固い“グクス荷電障壁”がそれを通すわけもない。
(舷側“五一センチ三連装光波共震砲”多数損壊、大破!
“強制消滅光装甲”の消滅が追いつかない!
“イージス”過負荷率、七十を突破、再起動する!)
【よう、《鋼死蝶》?
はじめましてだな?】
通信欄に写っていた朱の上に割り込むようにして敵要塞から通信が入る。
そして敵のロボット要塞に乗り込んでいる相手の顔が明らかになった。
もみあげまで髭を生やした中年ぐらいの男。
目は血走っており、片方の目の瞳孔は開き切っている。
【あんたが《鋼死蝶》か。
へぇ、幼いな】
鼻で笑うようにそのおっさんは蒼を見下してきた。
黙って蒼は敵の顔を睨みつける。
へらへらとした男の顔は、どう見ても苛立ちの対象だった。
【まぁいい。
ここで落ちてもらうぞ。
我が要塞の威力、しっかり思い知るといい】
(敵要塞胸部に高エネルギー反応!
まずい!)
「私は落ちませんよ。
こちらこそあなたに本当の恐怖を教えてあげます」
男は【ほう?】と笑うと
【これに耐えれるか?】
と蒼に問うてきた。
《ネメシエル》にがっちりとしがみついた敵要塞の胸部の装甲が左右に開く。
その左右に開いた装甲の隙間から一本の砲身が伸びてくると砲門の先が四つに割れた。
砲身の根元でギアが火花を立てて回り、バチバチとエネルギーを砲身の先へと貯め始める。
青色の光がその先を支配し、エネルギーはどんどんと高まっていっている。
そういう報告を《ネメシエル》から受けながらも蒼の頭を支配したのはいかにしてこいつを振り落すのかということを考えることに固まっていた。
そして思いついたらしい。
「《ネメシエル》!
機関停止、操艦私に任せてください!」
《ネメシエル》はバランサーを切ると蒼に自動制御装置の管理すら任せた。
高度はおよそ二千。
機関停止の都合上、翼には少し揚力が残ってしまう。
だが艦首付近は機関が遠いためそうはいかない。
《ネメシエル》は艦首側に傾くと落下のスピードを高め始めた。
あまり高くないため少しでも操艦を誤ると《ネメシエル》は艦首から地面に突っ込んでしまうだろう。
《アイティスニジエル》からもその光景は見えていた。
『蒼!』
朱が叫ぶように蒼の名前を呼ぶ。
【その巨体で我々を押しつぶすか!
面白い!】
下に迫りくる山を見据え、蒼は少しだけ艦首を引き起こした。
レーダーによる分析で、その山の斜面に《ネメシエル》が水平になるように立て直してゆく。
「行きますよ《ネメシエル》!
“イージス”最大出力!」
【っち――!】
高度は四百、三百、二百……。
「あなた達こそこれに耐えれるんですか?」
そういった直後蒼の体を大きく揺さぶる振動と共に、金属同士がぶつかり合う鋭い金属音、そして大きな地鳴りが付近の山へと響き渡った。
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ありがとうございました。
長い間お待たせいたしました。
超空陽天楼の最新話です。
最近忙しくて。
本当にすいません。
ということで。
改めて持ってきました、男の浪漫。
やっぱりこういうのもロマンですよね。
憧れです。
かっこいいです。
そしてそれが格闘してくるなんてもうそれはもう。
ということで!
読んでいただきありがとうございました!




