現実
月が美しい夜。
蒼は港で一人、ぼーっと考え事をするために佇んでいた。
空き箱の上に腰かけ、トントンと足を打ち付ける。
ちゃぷちゃぷと波が桟橋に打ち付け、整備班が捨てたタバコの吸い殻が浮きつ沈みつしながら波に合わせて上下する。
今日はいろんなことが多すぎました。
一日あったことを思い返して足元の小石を蹴る。
ころころと転がった石はそのままの勢いで海の中に落ちる。
とぷん、と波紋が広がりその波紋に赤い色が溶け込む。
第一乾ドックで修理を受けている《ネメシエル》の船体回りで飛び散る火花の色だろう。
《ウヅルキ》との戦いでボロボロになっていたが美しい姿は健全だった。
整備班のおじいさんに蒼が直接尋ねたところ、初めからついている“自己修復装置”と同時進行で修理が進んでいくため修理はそれほど長くはかからないらしい。
それでも三日程度は動けないとなると少しばかり蒼は不安だった。
またいざとなれば《アウドルルス》の力を借りる時が来るかもしれないですね。
港に春秋たちの戦艦や《ナニウム》、《タングテン》の隣に小さく浮かぶ艦影を見つけ頼りなさを感じる。
《ネメシエル》の大きさ、そして堅牢さに慣れているからだろう。
もう一隻コグレに存在する《超極兵器級》、朱の乗る《アイティスニジエル》の勇姿は今は《ネメシエル》にドックを明け渡すために島の裏側に係留されていて姿が見えない。
「はぁ……」
自分のボロボロになった《ネメシエル》を眺めて空の星を眺める。
遥か遠い星と自分が今住んでいる星を比べて改めて小ささを実感する。
たった一つの星の中でぐらい争わないで平和に出来ないんですかね。
あの宇宙に行けば争いなんてないんでしょうね……。
昔、“家”で見たアニメを思い出しながら自分の右腕にぼんやりと浮かび上がる曲菱形のマークをなぞる。
あの時のアニメでは宇宙は冒険の舞台となっており戦争は姿も形もなかった。
現実はどうなんでしょうか。
ふと《ウヅルキ》にのっていた弟のことを思い出す。
紫はこれから先自分の祖国が向かう先を語っていた。
帝国がヒクセスの一部として吸収されるなどと。
何かたまらなくなり、深い息を吐き出した。
少しのことで感情が揺れる。
完全に兵器としては失敗作ですね、と感情を持つ自分を嘲笑う。
後ろで砂がこすれる音がして誰かが歩いてくる。
整備班の誰かだろうと知らないふりをしていたら背中に冷たい何かが当てられた。
「ひゃっ!?」
びくんっとなった勢いを借りて振り返る。
あまりの冷たさに全身に一気に鳥肌が立っていた。
缶を押し当ててきた張本人、朱が逆にびっくりした、といった表情で立っていた。
「蒼、ちょっと話さんけ?」
「別にいいですよ?」
「ん」
朱は司令室の冷蔵庫から取ってきたのであろうオレンジジュースの缶を蒼に手渡すと隣に腰をおろす。
蒼と同じ色の髪の毛同じような匂い。
暑いのか、はだけさせた軍服から見える胸の谷間は色気を漂わせており同じ空月姉妹のでもこれだけの差を出すか、と自分の胸を触って蒼は落胆する。
「全部聞いたで?
《ネメシエル》、もう一隻あったんやってなぁ」
「……はい。
《ウヅルキ》、って名前みたいですが」
「……《闇地郭》か。
ほんま、まいったわ」
あいからわずの訛りを疲労しながら朱は缶を開けた。
缶から漂ってくる匂いは、リンゴ。
「……この戦争、勝てるかね?」
「……さぁ。
マックスの指揮によるんじゃないですか?
私は兵器である以上、司令の命令に従うしかないと思いますから」
朱はリンゴジュースを少し飲むと木箱の上に置いた。
小さな砂粒が弾けとび、海の中へと落ちて行く。
蒼はなんと言葉を返せばいいのか分からずにボーッと海を眺めていた。
「まーあんたが落ち込んだってどうしようもないのは分かってるんやろ?」
元気がない、と見られているのだろう。
蒼は頭に疑問を浮かべながらも普通に聞き流すことにする。
「………」
「作戦が失敗するたびに落ち込んでたらそんなんキリないで?
戦争は戦争なんやから。
人は死ぬ。
どんだけあんたが大事に大事にしても死ぬねん。
それが戦争やで。
なによりあんたは敵を今までたくさん落してきたんやろ?」
《ネメシエル》の戦果は既に合計撃沈数で五十を超えていた。
昔の基準なら立派すぎるエース艦だ。
何か自分が思っているのと違う方向性に向いているのは分かっていたが蒼はあえて訂正しないで話を聞く。
「お互いさまなんと違う?
そこであんたが落ち込むのは少し、違うと思うで?」
自分が殺してきた敵のこと。
堕ちてゆく敵戦艦の姿は既に記憶から消えかけていたが思い出すことは出来た。
巨大な穴を船体に穿たれ黒煙を吐きながら海に沈んでゆく艦艇達。
悲鳴を出していたであろう“核”達の声を蒼は聞こうとすらしなかった。
いや、聞かなくてもよかった。
「……………」
「まーそれだけや。
少しだけ考えとき。
なんで博士はあたい達に感情を残したんやろな。
春秋や夏冬みたいに感情を完全に消して、兵器のように扱ってもよかったのに。
考えとくんよ?」
朱はそれだけ言いたかったらしい。
黙ったままの蒼の反応を覗おうともせずに立ち上がるとリンゴジュースを掴んでまた基地の中に戻って行こうとする。
「あの、朱姉様?」
蒼は思わず朱を呼びとめた。
もう我慢が出来なかった。
「なんや?」
立ち止まって、振り返った朱に蒼は一言投げつけた。
「私、リンゴの方が好きです。
交換してください」
「……いややわアホか。
シバくで」
朱は手をしっしっと、やるとまた歩き始めた。
「えー……」
「ほな、また明日な」
次第に小さくなっていく朱の背中を見ながら蒼は小さく呟く。
絶対に聞こえないだろう、という声で。
朱姉様、どうやらあなたは勘違いしているみたいですよ。
「別に私は落ち込んでませんよ、朱姉様。
楽しみなだけです。
この戦争が。
勝てるかどうかなんてわかりません。
でも、戦えるってことは私達兵器が生きる理由がありますよね。
私の存在が許されますよね」
《ウヅルキ》のボロボロになった姿、そして弟が腹の中をレーザーでぶち抜かれた痛みに耐える顔を思い出して蒼は少し笑った。
「まったく……」
月光が海面に反射してきらきらと輝いている。
夜とは思えない明るさがコグレ基地全体を照らしていた。
※
何事も起らずに無事三日間が過ぎた。
心配されていた敵襲もなく、敵も被害が大きいことがうかがえる。
ただこの三日間で体制を立て直す隙を与えてしまった可能性は否めない。
《ネメシエル》の修理は完了し歪んだ砲軸も、大破していたクレーンもすっかり元通りになっていた。
別に使ったことのないクレーンなんか直さなくていいんですが……。
蒼はせっかく修理に精を出してくれた整備班にぼやくわけにもいかず言葉を飲み込んだ。
第一乾ドックには沢山の人が不眠不休で修理に取りかかっていたみたいで作業が終わった今、殆どが体を休めている。
先の作戦が失敗してからと言うものマックスは蒼達をいまだに作戦室へと呼び出していなかった。
《ネメシエル》の再起動、各武装の検査を終えた蒼は自分の部屋に戻ると冷蔵庫を開けた。
時間は大体午後三時、おやつの時間である。
「えー……嘘ですよねぇ……」
開けた冷蔵庫の中を見たとき蒼は思わずそんな声を漏らしてしまっていた。
蒼が貯蓄しているプリンが無いのだ。
大量にあったプリンの山はあっという間に消えていたのだ。
といっても盗まれたわけではない。
蒼が全て自分で平らげただけなのだ。
マックスから朱と蒼に、と一人二十個ほど貰っていたのだがその日から二日程度しかたっていないと言うのに既に残弾はゼロだった。
「うなぁ……そんな……」
一日の最高の楽しみが消えたと蒼は嘆きベッドに飛び込むと枕に顔を埋めた。
洗い立ての洗剤の匂いが鼻を微かにくすぐる。
少しの空腹がグーで蒼のすきっ腹を横から殴りつけているような。
そんな感覚に耐えれずに蒼はベッドから起き上がるとマックスの所へと向かうことにした。
マックスならば新しいプリンを持っているだろう、という予想の元だ。
それにマックスの事だから蒼が半泣きでせがめば百個でも二百個でもくれるだろう。
日差しで暑苦しい廊下を歩いて先にあるプリンの楽園へと向かう。
「マックス!」
名前を呼びながら司令室の扉をこじ開けてみるも、マックスはいなかった。
マックスどころか、副司令の姿すら見えず開いている窓から油と潮の混じった軍港特有の匂いが入ってくるだけだった。
じりじりとした暑さと外を走る車の音に急に虚しくなり引き返して今日は諦めようと肩を落とした時、蒼は見つけてしまった。
机の上に置いてある一つのプリンを。
どこにでも売っている市販のもので、蒼が望んでいたものではなかったがそれは紛れもない大好物なのだ。
たった今、冷蔵庫から出されたばかりのように容器にはうっすらと水滴が付着している。
「プリン!」
蒼が飛びかかろうとしたその瞬間プリンは別の手の中に収まっていた。
蒼の手の中ではない。
また、別の人の別の手の中にということだ。
私のプリンを取る人は……誰ですか。
ゆらりと殺気を出しながら正体を確かめるためにゆっくり視線をあげてゆく。
すらりとスレンダーな腰、ふくよかな胸。
そしてだるそうに胸元をはだけさせているこの人物。
「朱姉様……」
蒼は呆れたように名前を吐き出した。
プリンを掴んでいたのは紛れもない蒼の姉である朱だった。
朱はプリンを掴んだまま
「すまんね、蒼。
調度、あたいの在庫も切れてるんよ」
にははは、と笑いながらそのまま持っていこうとする。
そうはさせないと蒼は朱の腕をつかんで、浮かび上がっていたプリンの底を再び机にくっつけさせた。
「……なによ?」
「ダメですよ。
それは私のなんですから」
ぎっちりと蒼は朱の腕を掴んで離さない。
朱はプリンを握り締めて離さない。
「………………」
「…………………」
お互いが一歩も譲るまい、と睨みあう。
ぎりぎり、といった祇園が蒼が掴んでいる朱の腕から聞こえてきそうだ。
(ん、どうしたんだ蒼副長)
蒼は《ネメシエル》へと通信を送ると照準をこっちに合わせるように指示を出した。
(またか……。
いったい何をしているんだか)
「いいですから」
《ネメシエル》の返答にぼーっとした答えも返さずに蒼はひたすら朱の腕を押さえ続ける。
狙えと言っているところがところであり、《ネメシエル》はまた蒼がマックスに不満でも抱えているのか、と勘違い気味だった。
「《アイティスニジエル》、聞こえよる?
ちょっと司令室に照準合わせ」
(なんや。
トラブルか?
おじさんねむいんだけどなぁ)
「ええから。
あたいのでっかいトラブルやで?
助けんかい」
基本《超極兵器級》と“核”の通信は蒼の頭の中にも入ってくる。
同じ《超極兵器級》なのだから情報の共有が起きているのだ。
「私と一戦繰り広げますか?」
蒼は朱に挑戦のようなものを叩きつける。
朱はにやりと笑うと
「悪ぅないね。
かまへんよ。
争いごとは力で解決――やろ?
それが空月姉妹の教訓やしね」
かかってこい、と言わんばかりに挑発をする朱に蒼もその気になった。
「オーケーです朱姉様。
そっちがそのつもりならこっちも。
《ネメシエル》、全兵装解放!」
(え、お、おい!)
「《アイティスニジエル》、あたいらもいくよ!
全兵装かいほ――」
「はい、すとーっぷ」
後ろからゆるりとしたおっさんの声が聞こえたかと思うと蒼と朱の頭に鈍い痛みが走った。
「っあう!?」
「おうん!?」
変な悲鳴を上げながら二人してぶたれた所を抑えつつ振り返る。
「何やってんだお前らは……」
呆れ顔のマックスと副司令がいた。
マックスはタバコを咥えていて鼻からその煙が漏れている。
怒りの炎が鼻から溢れ出しているようにも見える。
両手には液晶タブレットを持っておりそれで蒼と朱の頭を叩いたのだと見て分かった。
「プリンの取り合いだなんて……。
かわいいところしかないのねぇ、あなたたちは」
副司令は手に持っていた液晶タブレットを机の上に置くとのんびりした声で蒼と朱に対して話しかけた。
蒼も朱もむっすりとした顔をしながらお互いの顔を気まずそうに見る。
微妙な時間が流れると朱が勘弁したようにプリンを離した。
蒼も気まずそうに掴んでいた朱の腕を離す。
マックスはやれやれ、とため息をついて椅子に腰かけた。
プリンは没収、というルートをたどるらしい。
マックスが手に持った蒼と朱の喧嘩の原因のプリンは冷蔵庫の中へと戻っていく。
「うー……」
「あーうー……」
姉妹でそのプリンを目で追い恨めしそうに声を出す。
マックスはそんな声も気にしないといった感じで隣に立つ副司令に
「すまん、詩聖。
コーヒー入れてくれるか?」
というとタバコを灰皿の中へ捨てた。
「はいはい、司令どの」
副司令はそう言って台所へと消えていく。
マックスはマックスで、暇そうに窓から空を眺める。
完全にプリンは諦めたとして、蒼は何もしないその様子に不安だったため尋ねることにする。
「あのーマックス?
次の作戦はどうしますか?」
朱と蒼はほとんど同時に椅子を引いて座った。
少しマックスはやつれたように見える。
「んーそうだな。
この三日間ずっと考えていた。
戦争を終わらせる方法を」
そういうとマックスは液晶タブレットの画面をスクリーンへと投げ、そちらで説明を始める。
「おそらく、だが。
ベルカの民たちはみな、不満を抱えているだろう。
超光化学のためだけに侵攻されたわけだからな。
初めにすることは都市の解放。
ニッセルツをやったようにのんびりしていては間に合わない。
隠蔽作業もまだ終わってないうちに早いこと揺さぶりをかけないと。
《超極兵器級》で殴り込みをかける勢いで行かなければ駄目だ」
蒼と朱は顔を見合わせた。
殴りこむこと自体には二人は反対する気はなかったしむしろ賛成だった。
兵器として最大の力を発揮できる戦場に殴りこむのは大好きだった。
だが同時に二人の顔を不安が覆う。
情報、だ。
情報が圧倒的に足りないのだ。
そう思った朱の口からは言葉が紡がれて出てきた。
「せやけど、マックス?
敵の規模とか分からへんと困るで?
いやあたいらの《超極兵器級》があれば小国の一つぐらい焼くのたやすいけど。
ほやからって、情報が皆無っていうのは――」
朱は首を振って「それはあかんで」と言葉を切った。
最もな言い分として蒼も朱に賛成する。
ベルカの戦艦は全部で二百三十五隻。
そのうちの何隻が敵に捕らわれているのかすら把握できていない。
《ネメシエル》と《アイティスニジエル》という《超極兵器級》の二隻がこちらの手の内にあるとはいえ残りの三隻の行方は不明。
となると、いくら祖国で、地形を知り尽くしているからといえ情報も無しに等しい敵陣へ突っ込むなど到底できることではなかった。
最悪の場合、残りの《超極兵器級》の三隻が敵に拿捕されており網を張っているところに二隻でのこのこと出かけて、囲まれ袋叩きに合うかもしれないのだ。
その不安が拭い去れない限り蒼達はこの作戦に賛成するわけにはいかなかった。
液晶タブレットから小さく電子音が鳴り、マックスが電話機を取る。
「俺だ。
おう……おう。
おお、できたか!
よくやったぞ!!
あとでチョコレートを渡そう、司令室に来い」
そして電話を切る。
先程までとは違いマックスの顔は喜び一色だった。
「朱、いい質問だったさっきのは。
だが、情報を手に入れる手段が出来た、と言ったらどうする?
それも確実なものを、だ」
タバコを持った手で朱に向ける。
ゆらっとタバコの煙がそのあとをついて回り匂いで小さく蒼がせき込む。
「?」
蒼も朱も何が何だかわからない。
つまりどういうことなのか、と。
説明を求める二人にマックスは情報を出した。
注目、のジェスチャーをしながら
「喜べ!
我々は《無人宇宙空間航行観測艦》の制御を取り戻すことに成功したんだ。
数は一隻だけだけどな。
だが、これで敵の情報を簡単に入手できるようになるぞ。
それに気になる首都の様子も、すべて分かるはずだ。
どうだ?
俺もやるときはやるんだぞ?」
マックスはガッツポーズをしながら二人に顔を向けた。
《宇宙空間航行観測艦》は宇宙から地上を見下ろす軍事衛星艦の正式名称だ。
地上に置いてあるタバコの箱の文字が読めるほど高性能のカメラを搭載し、リアルタイムで地上の様子を送り込んでくるために情報収集にはもってこいだった。
帝都がやられた際に通信が切れていたのがようやく復旧したらしい。
またこの艦の存在は敵国には知られていないためベルカの軍人のみが知っている秘密の情報収集ラインと言ってもよかった。
「春秋たちを呼ぶぞ。
俺達の祖国がどうなっているのか気になるだろうしな」
マックスは春秋達を呼ぶように指示を部下に液晶タブレットで出すと副司令の持ってきたコーヒーを啜った。
「ん、うまい」
「さすが私って感じでしょ?」
蒼の目の前にもコーヒーが置かれ、いつも苦いという理由で少ししか飲んでいないコーヒーだったが今回飲んだコーヒーはいつものコーヒーよりも苦味が少ないように思えた。
※
「帝都の様子が見れるってマジっすか」
「………………」
「本当なんですか、蒼さん?
マックスも。
嘘でしたーだと恥ずかしいですで?」
集まった三人のうち一人を除いてとりあえず口を開かなくては気がすまないらしい。
その気持ちを蒼はよくわかっていた。
丹具兄妹もフェンリアも蒼と同じく見ていた、のだから。
黙りこくるフェンリアを横目に丹具兄妹はしゃべるしゃべる。
「そんなのどっちでもいいじゃないっすか。
いや、ほんとしかしまぁ。
《宇宙空間航行観測艦》の制御に成功するなんてすごいっすよ。
マックスもしかして初の快挙じゃないっすか?」
春秋は意地の悪い顔をしながら兄貴に賛同を求める。
兄貴は小さく頷くだけで全面的には賛成しなかった。
怒られてから夏冬はマックスに対しては態度が慎重だった。
マックスは苦笑いしながら
「失礼な部下だな、まったく。
まーいい。
お前らを呼び出したのも帝都をどのように取り返すのかを話したいからだ。
現状を見て、どのように策を練るかも必要だし。
なによりまた《アウドルルス》を使って偵察するのにも骨が折れるしな。
“レリエルコード”を書き替えて蒼が操艦できるようにしたといえ……。
元々蒼の艦じゃないんだ。
もしエラーが起きてダメになったりして蒼を失うのはかなり痛い。
そのリスクを回避するためだと思って適当にやったらうまいこと行ったのさ」
そして全員に座るように促す。
すでに座っている蒼と朱以外の全員が椅子に座るとマックスは話を始めた。
「えーと。
ごほん。
今から俺が目の前に移すのは紛れもない俺達の祖国。
そして祖国の帝都があったところだ。
俺もまだ見てない。
どうなっているのかは分からない。
ただ――」
ちら、とマックスは蒼の表情をうかがう。
曇った表情をしている彼女はおそらくこれから見える現実が分かっているのだろう。
マックス自身も蒼がここに来たと同時に蒼から帝都の話を聞いておりあらかたの予想がつく。
だが、それでも少しばかりの希望を抱いて、目の前の大きなスクリーンを見つめ続ける。
「どうなってもそれを受け止めるぞ。
受け止めて、そして考えるんだ。
いいな?」
冷静でいるように促しつつも冷静になれないのは自分じゃないだろうか。
マックスは、そう思っていた。
普通“核”達は喜怒哀楽など基本的な感情以外は持たないと言われている。
戦闘となると感情を殺し、血を、肉をすすって生きるような連中だ。
“核”は兵器、自分の感情など簡単に押さえられる。
だがマックスも、副司令も人間。
押さえられる自信はなかった。
先ほどの言葉は、自分へのあてつけを“核”に向けて言ったようなものだった。
“核”達の返事を待たずして大きなスクリーンに横線が入る。
初めは乱れていた映像もすぐに収まり、今現在の帝都の様子が明らかになった。
「こいつはひどい……」
唯一、帝都の現在を言葉にできたのはマックスただ一人だった。
すぐにいたたまれない気持ちになり顔をそむける。
マックスが比較的冷静でいれたのも蒼の話を聞いていて覚悟出来ていたからで。
春秋達も、帝都を後にする際にあの光を見ていたがまさかここまでとは予想していなかった。
朱に至っては目をすぐに伏せ、見るのを拒絶した。
スクリーンの帝都の様子をただ一人眺めることができているのは蒼だけだった。
ベルカの領土の中で一番広大な平野は消えておらず、確かに存在していた。
だがその平野の上で生きていたであろう人たちの営みは少しの痕を残すのみでほとんどが消え去っていた。
百階を超えるビルが所狭しと並び、自然と共に生きていたベルカ最大の都市。
天帝陛下の住まわれていたであろう帝都一番地付近も。
若者達が行ったり来たりするためのファッションの聖地ガブラも。
政府機能が緻密に立ち並んでいたユルルティも全て。
帝都と呼ばれているが所以の組織、ビル、機能性。
ベルカの全てが揃っていた場所にはもう、何もなかった。
赤く、乾燥した大地だけが残り所々に溶け残ったガラクタが墓標のように突き刺さっている。
草一本の生命反応すら観測されず、この星の至る所に存在していた砂漠となんら変わりなかった。
帝都レルバル。
全てが消え去り、そして何もない地形へと変化していたのだった。
「“ナクナニア光反動炉”を都市の真ん中で臨界暴走させたのか――?」
ぼそっと夏冬がそうつぶやく。
明らかに爆心地と思われるところは大きく大地もえぐれており、いまだにプラズマのような光が所々で光っていた。
その現象から、夏冬の読みは正しい。
「おそらく、それだろうな夏冬。
あいつら――やりやがった」
ぎりっと奥歯を噛みしめるとマックスは壁をグーで殴りつけた。
痛みがなんとか落ち着けと呼びかける。
夏冬の言っていた“ナクナニア光反動炉”の臨界暴走は文字通りの暴走である。
“ナクナニア光反動炉”は文字通り光の反動を利用して動いている。
その反動を何度も増幅し、お互いに共鳴し合わせることで莫大なエネルギーを取り出すことが出来る半永久機関だ。
大きなものではフェンリアや春秋、夏冬が操っている《ラングル級》を動かすことが出来るようになるほどまでに膨大なエネルギーを蓄え、生み出すことが出来る。
ところが制御が難しい。
ベルカは制御することが出来ているが、他の国に持っていき改造を施したら間違いなくこの臨界暴走というものが起きる。
一度その臨界暴走で痛い目を見ている国があった。
ヒクセス共和国である。
超光化学機関の一つであるモンキーモデルの“ナクナニア光反動炉”が輸出された時真っ先に買収に入ったのはこの国だった。
輸出されている機関がモンキーモデルだと気が付いたヒクセスは研究所までわざわざ作って研究に打ち込んだ。
だがそこで臨界暴走が起こる。
ここから先は言わずがもなだ。
「でも、逆にすっきりしましたね」
低い位置から発せられた彼女の孤影に全員がぎょっとした。
蒼勘違いを与えてしまったとすぐに理解して
「あ、あの、違います、そっちの意味じゃないです。
帝都がどうなっているのか、帝国がどうなるのかが分かった、って意味ですよ?」
「ん、あ、ああ」
「もーお兄ちゃん、蒼先輩がそんなこと言うわけないじゃないですかー!
ぶっとばすっすよー?」
「なんでだよ。
おいら何も言ってないだろうが!」
「ごほん。
えーっと、だ。
状況は確実に理解できたな。
我々は帝都が無くなっていようがこの国を敵に渡してはならないんだ」
蒼は机の上に置いてあるチョコレートをひとつつまみ食いすると頷く。
「そこで、だ。
我々から戦火を交えようと思う。
《ネメシエル》と《アイティスニジエル》がいることだ。
敵要塞を陥落させようじゃないか。
地上部隊は少ないが要塞を再利用するわけじゃない。
なに、全て吹き飛ばせばいいんだよ」
マックスはそう言って、スクリーンの前からどいた。
《宇宙空間航行観測艦》から送られてくる画像には見たことのない大きな建造物が見えている。
「どうやら敵国は俺達をここで食い止めようとしているらしい。
そこで突貫作業でこの要塞、あー。
何て名前にするかなぁ、骨粗鬆症要塞とでも名付けるか?」
「こつそ……?」
首をかしげる蒼に《ネメシエル》が話しかけてきた。
(いわゆる、病気のことだ蒼副長。
歳、や食生活など色々原因はあるが骨がスカスカになってしまうことをいうんだ。
要するにほら、補充するよりも多く弾を使ってしまう感じだ。
そうすることにより――)
「ああ、大体わかりました。
もういいですよ、《ネメシエル》」
長くなりそうなので、蒼は《ネメシエル》の説明を途中でぶった切る。
分からない話をされても分からないものは分からないのだ。
「おいらは段ボール要塞とかがいいと思う」
夏冬の提案。
マックスは首を横に振ると却下した。
「段ボールは強いだろうが。
駄目だ駄目」
「じゃあ、えっと。
蜂の巣要塞ってのはどうっすか!?」
春秋はにこにこしながら提案をした。
「バカ野郎。
蜂の巣つついたらでどえらいもんが出てくるだろうが
駄目だ、駄目」
「そんなぁ……」
マックスは腕を組むと却下だ、と言い渡した。
がっくりした春秋にフェンリアが敵を取ってやると頷く。
「私は……。
マンホ――」
「駄目だ」
「………………」
立った時と同じぐらいのスピードでフェンリアは座った。
朱は悩みに悩んでいたようで、ようやく考えがまとまったらしい。
「あたいは、ドーナッツ要塞がいいかなって思とるけどどうやろか」
満面の笑顔だった。
ドーナッツ要塞。
周りはきちんと固められているのに対し、中はスカスカということを表している。
これはうまいこと言ってやったと朱はしてやったり顔だ。
「おいしそうだから駄目だ」
「えー……」
うーん。
となると私の出番なわけですよね。
蒼は、少しだけ考えてみることにした。
周りはかちかちで中はふかふか……。
そうですねぇ。
パンケーキ。
(お、蒼副長。
それいいんじゃないか)
パンケーキ……パンケーキ。
これにしましょうかね。
よし。
蒼が言おうとしたときマックスは
「名前だが。
場所が場所なだけにジガバ要塞と名前を付けることにする。
その場所、県が調度ジガバのど真ん中だからな」
そう結論を出してしまっていた。
………………。
骨粗鬆症とか言ってる割にまともな名前つけましたね。
私のパンケーキ要塞のほうが絶対にいいのに。
「作戦はこうだ。
《宇宙空間航行観測艦》から送られてくる情報を頼りに敵の包囲網を突破。
《ラングル級》の三隻はは《ネメシエル》、《アイティスニジエル》の援護だ。
二隻が作戦海域に達したと同時に離脱。
コグレとニッセルツの守りに帰れ。
要塞上に達した二隻は――」
マックスはにたーっと笑うと手を首の前でスライドさせた。
「要塞をぼこぼこに叩き潰せ。
すべて破壊しろ。
また敵要塞内には敵戦艦が五隻、巡洋艦が八席、駆逐艦が十二隻程度確認されている。
艦影を分析したのは副司令だ。
敵艦の説明は彼女から行う
それじゃあ、頼む」
ここまで一気に説明するとマックスからバトンを受け取った副司令が全面に押し出されてきた。
自慢の液晶タブレットを振り回すようにかざすと目の前にあるスクリーンへと移す。
「はいはいー。
えっと、じゃあ説明するわね。
敵の戦艦は、ビーエイト公国の物だと予想されるわ。
こんな弱小国家がよくここまで来たわね。
これでベルカに攻め込んできている敵軍は多国籍軍ってことが改めて分かったわね。
そして戦艦が――」
戦艦の分析結果が流れ出す。
ここで静かだったフェンリアが口を開いた。
「この戦艦はムムヌ級だとおもわ――」
前回では副司令はここでフェンリアに役目を取られてしまった。
だが今回はそうはいかないらしい。
副司令はすかさず手に取ったガムテープをフェンリアの口に貼り付ける。
「むぐっ」
ただでさえ数少ない出番を取られてたまるか、といった副司令の意地が垣間見える一瞬だった。
「はい、ストップ。
そうはさせないわよ、フェンリア?
戦艦はムムヌ級ね。
巡洋艦はエレハ級、駆逐艦はアーウン級と予想されるわ。
詳しいのはそれぞれのデータベースに送っておいたから確認しておいてね」
簡単に説明を促すとマックスは全員の顔をみて頷いた。
「さて、こんなもんか。
出撃は明日の正午。
ピッタリに行くぞ。
じゃあ、そういうことで今日は解散とする。
また明日。
武運を祈っているぞ」
This story continues.
ありがとうございました。
長らくお待たせいたしました。
更新いたしました。
ほんと、すいません。
がんばりました、はい!
もっと早くから書き始めてもっと早くうp出来るようにしたいと思います。
ではでは。
おつきあいありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
挿絵、かわいいでせう?
蒼かわいいでせう?
ふへへ。
かわいいのです。
ふふ。
はははは。
はい。
すいませんでした。




