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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
混沌戦線
22/81

《超極兵器級》VS《超極兵器級》

「なん……」


 蒼は相手が言っていた内容を頭の中で反復する。

《ネメシエル》と同じ姉妹艦って……言ったんですよね?

姉妹艦。

それは同じ設計によりつくられる戦艦のこと。

文字通り姉妹、であり《ネメシエル》と同じ戦闘力を持っている戦艦ということだ。


【驚いたような顔をしてるんじゃねぇよ。

 《ネメシエル》が一隻だけだと思うのが間違いだ】


 紫はそういうと蒼の驚いた顔を堪能するように見回す。

ふつふつと怒りの矛先は《ネメシエル》へと向いた。

姉妹艦があるのならあると――。


「《ネメシエル》!

 どうして教えてくれなかったんですか!?」


 この可能性を考えていなかった蒼はぎりっと歯を噛みしめる。

ヒリヒリとした痛みが脇腹を突き刺し、被弾した《ネメシエル》の損傷度を嫌でも蒼の脳内に認識させてくる。

その痛みも伴って蒼は《ネメシエル》に怒鳴るように尋ねたのだった。


(わ、私も知らなかったんだよ。

 まさか妹が出来ているなんて……)


 まったくもって嘘偽りのない答えだった。

《ネメシエル》のデータベースには《ウヅルキ》など記載されていない。

ならば艦影識別表に加えようとデータ分析を始めた《ネメシエル》のレーダーがじっくりと《ウヅルキ》を見渡す。

 分析が始まってすぐに蒼の視界の隅に詳しい諸データが掲載されていく。

薄い青色のパネルのカーソルの後ろに文字が次々と追加される。

全長千五百八十メートル。

総重量二千四百万トン。

主機関、“ナクナニア光波集結炉”。

補助機関、“ナクナニア光反動炉”。

そしてさまざまな武装の分析結果と数が視界を埋め尽くすように並ぶ。

《ネメシエル》よりも少しだけ小さいが持っている諸武装は間違いなく《ネメシエル》と同じものだ。

姉妹艦、という名前に偽りはないらしい。

艦尾の一部と、艦橋の一部が《ネメシエル》と違っており九割五分ほど完成した状態でヒクセスに拿捕。

五分程度をヒクセスの手によって補完された、と考えるのが筋だろう。


【ふん。

 ようやく出会えた姉だが……。

 ここで沈んでもらうぞ。

 世界は《ネメシエル》の轟沈を望んでいる。

 ベルカの完全消滅。

 それはベルカの聖地の名前を冠した戦艦が沈むことで達成されるのだからな】


 画面に映った紫は蒼を見下ろすように口を開いて笑う。

蒼に喧嘩を売る生意気すぎる態度に蒼はカチンと来ていた。

弟の癖に生意気ですね。

ならば姉の恐ろしさ、思い知るがいいですよ。

《ウヅルキ》の“五一センチ六連装光波共震砲”をはじめとする大量の武装が起動を初め、《ネメシエル》の舷側へと砲門を向ける。

 閉じられていたシャッターが開き、砲門が展開される。

《ネメシエル》の姉妹艦と考えると“イージス”や“強制消滅光装甲”の過負荷率も同程度と考えるのが正しいだろう。

先ほど与えていた攻撃を考えても残りは九十パーセント以上ある。

まともに撃ちあうと負けるのは目に見えていた。


【お前を沈めることで《ウヅルキ》は影から抜け出せる。

 《闇地郭やみちかく》という名前を排除することが出来る。

 《ネメシエル》――《陽天楼》。

 お前の名前が欲しい】


紫は自分の親指を舌で舐めると蒼の瞳を覗き込んだ。

ぞわっとした寒気が背中を走る。

その目は完全に殺気を携えておりいつ攻撃をしてきてもおかしくない。


「《ネメシエル》。

 私の判断でいつでも動けるように」


(了解)


 戦いがはじまるときに一番危ない瞬間はいつか。

それは先制攻撃を食らう瞬間だ。

戦争にはじまりの合図はない。

先制攻撃が成功し、与える被害が多ければ多いほど戦争は有利に進むのだ。

ただ先制攻撃は一度外すと不利に働く。

隙が出来、そこに付け込まれるのだ。

だが今回の場合相手に隙などはない。

ここからネメシエルが生きれるかどうかは《ウヅルキ》の先制攻撃が避けれるかどうかにかかっていた。

相手が引き金を引いた瞬間に銃弾を避けれるように蒼は構える。


【いくぞ、《ネメシエル》!】


 《ウヅルキ》の甲板に並んだ武装にエネルギーが伝達されて光を放つ。

応戦するよりも反射的に蒼は《ネメシエル》に回避の運動を促していた。

先ほどの理論から避けた方が分がいいのだ。


「機関全速!

 フルバーストで降下!」


《ネメシエル》の主機である“ナクナニア光波集結炉”が唸りを上げ、圧縮された光が主翼の上で光り輝く。

宙に釣っている糸が切れたように《ネメシエル》が落ちた。

空を掴んでいた翼を休めたのだから当然だ。


【っち!】


 焦って逃さすまいと放たれた《ウヅルキ》の槍光は《ネメシエル》の艦橋を掠め遥か彼方へと消えてゆく。

全弾回避成功。


「距離を取りつつ攻撃を続行します!

 《ネメシエル》回避運動続行、全速を保ったまま攻撃開始!」


敵に艦首を向けないようにして《ネメシエル》の砲台が旋回する。

甲板上に並ぶ大量の砲門が大きく仰角を取り、光を放ってゆく。


【ふん、無駄なことだ】


罵るように紫の声が頭の中に弾ける。

当然ネメシエルが放った“光波共震砲”の光は“イージス”のバリアによってかき消されてゆく。


「っち、やっぱりダメですか……!」


 蒼は小さくぼやくと飛んできたレーザーを高度を上げて回避した。

船体が軋み、右舷から滲み出している黒煙が糸を引く。

それでも攻撃を続ける。

“イージス”を破れなければ勝ち目はない。


(敵“イージス”の過負荷率は今ので一パーセント増えた程度だろう。

 このまま行ったところで勝てる見込みはない。

 撤退を申告する)


 《ネメシエル》は冷静に状況を分析する。

確かにその通りだった。

装甲があるとはいえ敵の攻撃を受け続けれるわけではない。

“イージス”も“強制消滅光装甲”もほとんど掻き消えている状態の今、真正面では絶対に勝てないだろう。


「撤退なんてしたら春秋達も、コグレも終わりです。

 ここで逃げるわけにはいきません」


(だが、主砲はおそらく使う機会がないだろう。

 相手がそれだけ待ってくれるとは限らない)


 船体を停止させ、船体自身を砲身として使う《ネメシエル》の主砲、“超大型光波共震砲”だと命中させれば軽く敵の“イージス”を破れるだろう。

だが、タイムロスが大きく、目標の設定までに時間が少なくとも五分必要だった。

五分もすべての武装を停止させ、機関を船体の抑圧に使うとなると主砲を使う機会はゼロだ。

ここまで考え、蒼は“舷側ナクナニア貫通砲”の発射を命じる。

舷側から放たれた槍のようなレーザーは《ウヅルキ》へと向かって突き進む。


【ふん】


 避けようとするそぶりもなく《ウヅルキ》は“イージス”を前面に押し出して攻撃を防ぐ。

憎たらしい笑みを浮かべ、紫は無駄だ、言うような顔を押し付けてくる。


「《ネメシエル》、面舵一杯高度上げ二十!」


(了解)


 《ネメシエル》の巨体が雨を切り、雨雲の中に艦首を突っ込んだ。

分厚いこの雨雲は、《超極兵器級》が中にいるとしてもまったく動じずに雨を降らし続ける。

《ウヅルキ》も機関を回し、《ネメシエル》を逃すまいと追跡してきて、同じ形の艦首を雨雲の中に突っ込ませた。

黒い雲は二隻の戦艦を飲み込んだのにも関わらずその姿を変えることはない。


(副砲も主砲と同じくおそらく無駄だ。

 艦首を敵に向けるのはあまりお勧めしない)


 蒼は《ネメシエル》からの報告を聞きながら取舵を命じる。

真上から飛んできて船体の舷側を掠めたレーザーは《ネメシエル》の機銃をひとつ溶かしながら地面へと消えていく。


(第四六機銃損壊。

 使用不能。

 防壁展開、完了)


ちくっとした痛みが頭を刺す。

 なんとかして敵の"イージス"を破らないと。

主砲も副砲も使えないなら、どうやって?

“五一センチ六連装光波共震砲”も、“艦対艦ナクナニアハープーン”も役に立たないとすれば。

膨大な力を相手に一気にぶつけることが出来る武装は――。

蒼はそこまで考え、《ウヅルキ》が出てきたときから考えていたことを《ネメシエル》に告げることにした。


「《ネメシエル》、“弾道ナクナニアレーザー”を使います。

 エネルギーチャージをお願いします」


(了解……ん!?

 な、はっ!?

 すまない、蒼副長。

 もう一度武装の選択を見直してみてくれるか?)


 《ネメシエル》が驚いたのは無理もない。

蒼が選択した武装、“弾道ナクナニアレーザー”はいわゆる対地用兵器である。

艦尾の第三甲板付近に八基ほど備えてあり、空へ向けて放ったレーザーは空気の反射を利用して大きくその進行方向を曲げて地上へと降り注ぐ。

だがそれは《ネメシエル》も、目標も動いていないからこそ命中が狙える武装なのであり、今みたいに敵も《ネメシエル》も動いているときに使う武装ではないのだ。


「合ってます。

 いいから“弾道ナクナニアレーザー”を!」


 敵のレーザーの雨を見切りながら《ネメシエル》にもう一度指示を飛ばす。

《ウヅルキ》の“イージス”を破れないとこっちの攻撃は効かない。

“弾道ナクナニアレーザー”の膨大な火力を敵に六基同時にぶつける。

そうして残りの二基で船内へとレーザーを叩き込む。

そうするしか敵の“イージス”を破る方法は思いつかなかった。


(わ、分かった。

 “弾道ナクナニアレーザー”を選択。

 エネルギーチャージ開始)


《ネメシエル》の武装用機関が動きはじめ“弾道ナクナニアレーザー”発射の体制に入る。

エネルギー動脈が結合され、新たな模様が甲板に浮き出してゆく。


【逃げてばかりでは勝てないぞ《陽天楼》!】


 紫が吠えると大量のレーザーが《ネメシエル》へと向かってきた。

巨体もあり、さすがに避けれないと判断した蒼は衝撃と痛みに備える。


(右舷より敵高エネルギー光接近。

 距離六百……五百……。

 ――被弾まで二、一、今)


 右舷から入った四本の“五一センチ六連装光波共震砲”の光は《ネメシエル》の装甲に線を引くように長々と着弾する。

赤く溶けて船体から剥がれ落ちてゆく装甲が雨に紛れる。

超光化学合鋼セラグスコン製の装甲でもそう何度も耐えれるものではない。

“五一センチ六連装光波共震砲”の威力はそれほどまでに絶大なもの。

 春秋達が載る《ラングル級》では十発ほど食らえばで“イージス”は臨界点に。

追加で二発ほど食らったら轟沈するだろう。

《ネメシエル》級の防御力があるからこそ何とか今持ちこたえているのだ。


【決まったぜ、命中だ。

 さっさとかかってこいよ《陽天楼》!

 いつまで逃げるつもりだ?

 ああ!?

 国を背負って、逃げるなんておこがましいんだよ!】


「っつう……」


痛みがズキズキとこみ上げてくる。

 蒼は声を出さないように噛みしめていたがやはり痛いものは痛い。

少し出た声を引っ込めて敵を睨みつける。

上ずった声で蒼は《ネメシエル》に命令を下した。


「“五一センチ六連装光波共震砲”撃ち続けてください!」


 レーダーに捕えた目標に向かって砲身を向けた“五一センチ六連装光波共震砲”の光が雨雲の中へ吸い込まれてゆく。

雨雲に穴が開き、その穴から一瞬敵の姿が見える。

《ネメシエル》と同じ艦影。

舷側の模様も《ネメシエル》と同じ。

鼓動して各武装へとエネルギーを送り届けている。


(“弾道ナクナニアレーザー”発射準備臨界間近。

 攻撃態勢に移行する)」


《ネメシエル》の光が吸い込まれていった方向のレーザーから敵の反撃が伸びてくる。


「《ネメシエル》、高度下げ十四!」


(了解)


口に出しながら蒼は意識を操艦へと集中させる。

ふっと、体が浮くような感覚が全身を包み込むと、雨雲から半分出た《ネメシエル》に雷が落ちる。


「っ!?」


 船体に落ちて発行した雷の一瞬の光にレーダーと視界を奪われ、蒼は目を瞑ってしまった。

ゼロコンマほど生じた隙に敵のレーザーが蒼の《ネメシエル》へと食らいついた。

敵に向かって再び光を吐いていた“五一センチ六連装光波共震砲八番砲塔”を敵のレーザーが見事に射止めたのだ。

船体が大きく揺れ、被弾の痕跡を刻んでゆく。

砲台の装甲を軽く貫通した光は砲塔の内部機器へと飛び込んだ。

砲台の装甲は正面が一番分厚く、背面ほど薄い。

今回はその部分に命中したのだった。

内部機器を破壊しながら突き進んだレーザーは船体の途中まで進むとそこで消える。

“八番砲塔”の砲身がねじ折れ、内部では切れた配線が火花を噴き出した


「っ――このっ……!」


激痛だった。

溶けた鉄は配線に燃え移りエラーを示す赤いマークが“八番砲塔”と重なる。

損傷の度合いは大破、の赤。

使い物になりません、と言っているのだ。


(第八砲塔被弾、大破!

 エネルギー流入阻止――完了。

 超光融露、停止。

 損傷遮断シャッターを展開する)


 被弾と共に被害を最低限に食い止めるための措置が取られる。

砲塔内部の空洞を埋めるようにシャッターが何枚も展開されて火の逃げ道を閉ざす。


(特殊ベークライトを注入。

 消火作業に移る)


床から赤色のベークライトがじわりと滲み出し砲塔の内部に貯まる。

それらは砲塔の隙間から洩れ堕ち、まるで《ネメシエル》が血を流しているように見えた。


(消火完了。

 “自己修復装置”起動、修復までに二十二時間。

 特殊ベークライト通光開始、セラグスコン用意。

 修復開始)


【見えなくとも攻撃を当てれるんだぞ《陽天楼》!

 さっさとかかってこい!

 それが《鋼死蝶》の力か!

 逃げることしかできないのか!】


 視界がゼロの雨雲の激しい気流の中二隻の戦艦が追いかけっこを展開する。

逃げた《ネメシエル》を追って《ウヅルキ》の船体が高度を上げる。

レーダーの目で捕えた《ウヅルキ》は獲物を逃がさない。

上へと逃げつつ、攻撃を繰り返してくる《ネメシエル》を食らい尽くそうと尻に食らいつく。

逃げるも何もまともに撃ちあったら勝ち目はないじゃないですか。

画面の向こうで吠える弟に向かって舌打ちする。

そのまま“弾道ナクナニアレーザー”のメーターを眺め発射準備までの残り時間をはじき出した蒼は遅い、と心で叫ぶ。


「っち、《ネメシエル》発射体制はまだですか!?」


(後二分くれ。

 そうすれば準備が――)


「敵の“イージス”を破らなければ勝てないんですよ。

 早くしてください早く」


(わ、分かった)


 《ネメシエル》を怒鳴りつけてから舵を左へ切る。

真上から降り注ぐように落ちてきたレーザーが甲板を引っ掻くように《ネメシエル》の船体へと食い込む。

甲板の真ん中から食い込み始めたレーザーはそのまま舷側側へと移動する。

その途中で機銃一を溶かし、“五一センチ六連装光波共震砲”の一つを擦る。


「――っ痛いもう!」


(第一上甲板装甲被弾。

 第四一機銃大破、エネルギー伝導管損傷。

 “第六、五一センチ六連装光波共震砲塔”中破)


「そういう報告はいいですから早く!」


(え、す、すまん)


 私が悪いこと言ったのか、と《ネメシエル》は声で訴えていたが蒼は無視する。

そんなことに構っている暇ではないのだ。

降り注ぐレーザーは《ネメシエル》の船体に確実にダメージを蓄積させていっていた。

特に右舷はひどいものだった。

黒煙がいまだたなびき、燃えているところもある。

壊された砲塔もじくじくとした痛みを蒼に送り続けている。

雨雲の中行われる戦闘なだけあって視界も悪く相手のレーダーを狙いきれない泥沼のような戦いが続く。


【ったく、さらさらひょいひょいと逃げやがって!

 これならどうだ!】


画面の向こうで紫が歪んだ笑いを浮かべる。

同時に《ネメシエル》の“パンソロジーレーダー”が鋭く敵の変形を読み取った。


(敵、"大型ナクナニア光放出砲"を展開!

 蒼副長、まずいぞ!)


「っ――!

 このタイミングでその武装を!?」


 《ウヅルキ》の甲板が開き“大型ナクナニア光放出砲”の砲身が姿を現す。

まがまがしいそのエネルギーは《ネメシエル》を沈めるには十分すぎる。

同じ《ネメシエル級》、副砲の直撃ぐらい耐えれる。

ただしそれは一発ぐらいなら、という話だ。

自分自身の主砲に耐える装甲を持つ《ネメシエル》でも副砲を食らえばただでは済まない。

今この緊迫した戦いのネメシエルをやられるわけにはいかないのだ。

何とかして相手の“イージス”を……。


「……そうか」


考えていた蒼の頭を何かが通り過ぎた。

相手は私を追いかけて、今も私の後ろにいる。

どうして今までそこに気が付かなかったんでしょうか。


(どうしたんだ?)


「《ネメシエル》、高度下げますよ!

 およそ二九にまで低下後、機関を止めて準備を。

 “弾道ナクナニアレーザー”の発射準備早急に」


(しかしその高度だと地面にめり込んでしまうが……)


「構いません。

 凹むぐらいで痛くもかゆくもないでしょう?」


(痛いしかゆいが……)


「良いから早く。

 相手が副砲を使っている今がチャンスなんです」


 蒼の操縦技術で《ネメシエル》は急降下を始めた。

雨雲を突き抜け、破孔の開いた右舷を晒しながら浮力を失ったように雨の降り続ける地面へと落ちてゆく。


(しかし、なんでまた自分から身動きの取れないように?

 これではまるで――)


 無力化された戦艦じゃないか、と《ネメシエル》はぼやく。

蒼は一切答えずにただ地面へと落ちてゆく船体の状況を把握しながら間近に迫った地面へと船体を水平にさせる。

 まず、アンテナが地面にめり込んだ。

細い鉄のアンテナが衝撃に耐えれるわけなく根元からねじ曲がる。

続いて第二艦底“大型ナクナニア光放出砲”の砲身がこすれて速度を落し始めた《ネメシエル》の船体が地面をこじ開けてゆく。


【はっ、俺のレーザーが機関を射抜いたか!

 無様、無様だな《陽天楼》!

 副砲の斉射で身動きのできないお前を葬ってやるよ!】


(敵接近、速度あげる。

 “弾道ナクナニアレーザー”、攻撃態勢に移行終了。

 いつでも撃てるぞ)


「遅いですよ、まったく……」


 地面にこすり付けた船体の損傷度を調べながら蒼は敵へと目を配る。

“大型ナクナニア光放出砲”の光を放ちながらそいつは《ネメシエル》へと近づいて来ていた。

“イージス”は依然健全。

まったくもってかわいくない弟です。

そんな弟には――。


「姉の私が少し痛いしつけをしてあげなきゃ、ですよね?」


 《ウヅルキ》は速度を上げると《ネメシエル》へと近づいてゆく。

距離は千を切り三ケタになった距離はさらに数字を減らしてゆく。

《ウヅルキ》のAIは紫に近づきすぎの警告を出していたがそんなもの紫が聞き入れるわけなかった。

《ネメシエル》にとどめを刺すためにさらに近づいてゆく。


【無様、無様、無様だな!

 地上に落ちた太陽ほどみじめなものはねぇ!

 そうだろ、なぁ?】


蒼の頭の中に直接響いてくる声のボリュームは下げても下げてもキリがない。

弟の癖に全然かわいくない姿を眺めてため息をひとつつく。

顔を上げてこみ上げる痛みを抑えながら


「……うるさいですよ。

 いつまでその無様な姿を晒させるつもりですか?

 早く、とどめを刺してください」


 出来る限り自分の心を悟られないように。

蒼は顔を引き締めそっぽを向いた。

自ら消滅を要求する。

とにかく早く、敵に間合いの中に入ってもらいたかった。


【安心しろ、《陽天楼》。

 お前の名前は俺がきーっちり受け継いでやるよ。

 心残りだろうからこれから先のベルカの運命を教えてやるよ。

 この戦争はベルカは負ける。

 そんでヒクセスに州の一つとして吸収されんのさ】


蒼はここで《ネメシエル》に“弾道ナクナニアレーザー”の発射準備を促した。


(了解した)


 艦尾に備え付けられている“弾道ナクナニアレーザー”八基の砲門が開いた。

中から棘のような砲身が現れが四方向へと割れる。

既に武装用機関からエネルギーは送られていてプラズマのバチバチとした光が現れては消えていた。

紫は蒼にとどめを刺せるということで興奮しているのだろう。

接近しすぎ注意、を絶え間なく出していたAIの声のスイッチは切られており《ネメシエル》の艦尾八基の光になんて気が付くわけがなかった。


【――世界は平和になる。

 お前らは最後の反乱軍として処理される。

 コグレにも消えてもらう。

 そして《アイティスニジエル》にもな。

 《超極兵器級》なんて危ないものはこの《ウヅルキ》だけでいいんだ。

 お前らは用済みなんだよ】


「…………」


 早く。

早く私の間合いに踏み込んできてください。

早く。

紫の、あなたの。

くやしさに、後悔に。

そして痛みに。

――苦しむ顔が見たいんです。


【さあ、終わりだ《陽天楼》。

 消してやる。

 この“大型ナクナニア光放出砲”のゼロ距離射撃でな】


《ウヅルキ》は《ネメシエル》の真上に来るとその高度を下げ始めた。

艦底についている“大型ナクナニア光放出砲”は真下を向き、確実に《ネメシエル》へと狙いを定めている。


【あばよ、《陽天楼》】


持っていた副砲の光を《ウヅルキ》が放とうとしたとき蒼はニヤッと紫に笑って見せた。


【――っ!?】


「かかりましたね。

 “弾道ナクナニアレーザー”撃ち方はじめ!」


 《ネメシエル》の艦尾から“弾道ナクナニアレーザー”の青くて太いレーザーが撃ちあげられた。

まず、六基のレーザーが《ウヅルキ》へと殺到する。

余裕をぶちまけて高度まで下げていた《ウヅルキ》だ。

避けることもなく六基の“弾道ナクナニアレーザー”の光を艦底の“イージス”で受け止めた。


【バカな!

 いつのまに……!】


 激しい光が衝突箇所から発生し、《ウヅルキ》の中で“イージス”過負荷率を現すメーターは一気に百を超える。

“イージス”を発生させていた装置は止まり、丸裸になった《ウヅルキ》の姿がそこにあった。


【“イージス”がなくともこちらには装填済みの副砲が……】


紫が蒼に調子にのるな、と言おうと思ってダメージ板から目を戻したとき。

視界に広がるのはせりあがってくる《ネメシエル》の甲板だった。


【っな――!?】


「《ネメシエル》思いっきり行きますよ!」


(ここまでやられた借りを返そうじゃないか。 

 “強制消滅光装甲”一部展開!

 メインタンクブロー!)


【クソ! 

 ぶつける気か!】


 あわてて回避行動に移ろうとした《ウヅルキ》だったが間に合うわけがない。

“強制消滅光装甲”の展開も間に合うわけなく、急速に浮上してきた《ネメシエル》の艦尾がエネルギーをため込んでいた《ウヅルキ》の副砲に激突した。


「――ぅ!」


【ぐあっ!】


 鋼鉄の長く、軋むような悲鳴が響き渡る。

真下から衝撃を受けた《ウヅルキ》は大きく傾き、いくつもの機銃が潰れる。

《ネメシエル》も被害は軽くない。

艦尾のクレーン二台はへし折れ、甲板に無残な残骸となって横たわる。

ぶつかった装甲部分は凹み、砲塔の軸は一つ曲がってしまった。

多く乗っていた機銃も大半は装甲と装甲の間で潰され鉄くずと化す。

だがそれ以上に《ウヅルキ》の被害は大きかった。

 《ウヅルキ》の“大型ナクナニア光放出砲”はねじ曲がり行き場を失ったエネルギーは艦内へと逆流し始める。

あわててエネルギー弁閉鎖、安全弁を開くように指示をした紫の液晶に移る横顔を見ながら蒼は艦尾の“弾道ナクナニアレーザー”の無事を確認した。

大破や中破ばかりを示す黄色と赤に囲まれた“弾道ナクナニアレーザー”の安全表示は健全を示す緑色だった。

《ネメシエル》の最後に残った“強制消滅光装甲”をそこに集中して張り巡らせたのだ。

《ウヅルキ》の装甲を強制的に消滅させ、開いた穴に残り二基の砲身が突き刺さる。

当然、それを紫が知るわけもなかった。


【やってくれるじゃねぇか――!

 だがこれで終わりだぞ《ネメシエル》!

 こっちの損傷は軽いがお前はそうは行かない!

 さっきすべての“弾道ナクナニアレーザー”を撃っちまったようだしな!】


「……ベルカは負けませんよ。

 私が負けない限り」


【今お前はここで負けるんだよ!

 ベルカもここで終わる!

 さようならだ!】


「それはあなたですよ。

 しつけがなっていない弟に私からのいたーいお仕置きです。

 では、紫。

 さようなら、です」


 蒼は《ネメシエル》へと“弾道ナクナニアレーザー”の残る二基の発射を命じた。

四つに割れた砲身から飛び出した太い二本のレーザーはそのまま艦底火器管制装置を溶かすと“強制消滅光装甲”でほとんど消えている《ウヅルキ》の装甲を破って艦内へと飛び込んだ。

 今までの憂さを晴らすかのような鬼神ぶりを見せるレーザーは遠慮することなく艦内を食らい尽くす。

まず犠牲になったのは機関室だった。

一番初めに溶けて消える運命になったのは主機“ナクナニア光波集結炉”。

飛び込んできた二本のレーザーは回転を支える軸をたたき折ると集結を促すエネルギー伝導管を溶かす。

安全弁が作動するも機関室のほとんどを溶かしたレーザーには意味がなかった。

機関室を破ると今度はその上にある武装用動脈へとレーザーは食い込んだ。

甲板の武装達へとエネルギーを伝えるための太いエネルギー伝導管だ。

穴を穿つと漏れ出たエネルギーが暴走し、艦内中を駆け巡る。


【がああ!

 いてえ!

 いてぇよ!!

 《陽天楼》、てめぇ!!】


「しつけ、ですよ」


 蒼は《ネメシエル》の高度を少し下げて《ウヅルキ》にめり込んでいる“弾道ナクナニアレーザー”の砲身を引き抜くと主機の回転をあげて《ウヅルキ》から遠ざかる。

甲板の砲塔が光り、舷側から爆発を起こした《ウヅルキ》。

それだけでは沈めない艦はなお、浮き続ける。


【覚えてろ!

 今度こそ……!

 今度こそ貴様を……!】


(蒼副長、とどめを刺さないのか?)


 舷側から煙を上げ、大きく開いた破孔から特殊ベークライトの赤色の血を流す《ウヅルキ》を見て蒼は目を背ける。

紫がバカでなければ。

もしくはもっと戦闘経験があったならああなっていたのは私の方でした。


「…………。

 刺すも何も今の《ネメシエル》では無理ですよ。

 主砲も、副砲も使えません。

 それに地面にこすり付けたおかげであちこちガタガタです。

 コグレへと帰りましょう」


情けをかけたわけではない。

楽しみを後に取っておきたかったのだ。

次来るときはもっと強く、大きく。

楽しみが減るのは蒼も嫌だった。


(分かった)


【覚えてろ!

 覚えてろ!!

 覚えてろ!!!】


蒼は黙って《ウヅルキ》から聞こえてくるスピーカーの音量を下げ、通信を強制的に落とす。


「《ネメシエル》、お疲れ様でした」


あちこちボロボロの《ネメシエル》をいたわるようにゆっくり、そろそろとコグレへの進路を取るために戦線を離脱した。






      ※





「お帰りなさいっすよ蒼先輩!

 もう、俺、何がどーなったのか分からなくて!」


 コグレ基地に無事たどり着き、《ネメシエル》を第一乾ドックに入れる。

戦況を報告するために司令室に入ろうとした蒼を手前で春秋が捕まえた。

フェンリア、それに夏冬もそこにいる。


「…………」


「ど、どうしたっすか?」


 黙り込む蒼を不安そうに見つめてくる春秋にそっと目配せして蒼はフェンリアに対して口を開こうとしてまた黙ってしまった。

口に泥が詰まったように声が出ない。

とてもではないが今は春秋やフェンリアに話す気にはなれなかった。

とにかく今は《ウヅルキ》のことを報告せねばならない。

後で自分の部屋に四人とも来るように、と言って蒼は司令室のドアノブを回した。

ドアが開くとほぼ同時に蒼はがばっと抱き着かれる。

朱だった。


「ほんまお帰りやで!

 無事でよかったわ。

 なんや、ほんでいったい何があったんや?

 《ネメシエル》もボロボロやし……。

 それに蒼、あんたえらい顔色悪いで?」


よくしゃべる朱の問いにはあとでまとめて答えを返すとして。

蒼は深刻そうな顔で目の前に座っているマックスに話しかけた。


「司令……その……」


「話は聞いている。

 それに戦況もモニターしていた。

 まさか、存在していたとはな」


「……全くです。

 私の考えが浅はかでした」


「へ?

 えっ?」


間抜けな朱の声だけが重い沈黙の中飛ぶ。

何も言わずに黙る副司令は何を考えているのか。


「二番艦、でした。

 間違いなく。

 あれは私の戦艦ネメシエルの二番艦に間違いありません。

 武装も、すべて一致しました」


 《ネメシエル》のデータベースから直接送って来たデータはコグレのデータベースに保管される。

そのデータベースから引っ張り出してきたデータを副司令がマックスへと液晶に表示して渡す。

マックスはそれを指でいじりデータを目で追う。


「ちょ、ちょっと待ちいや!

 あたいはまだ分かってへんで?

 なんや、《ネメシエル》の二番艦が出たとか聞こえたんやけど……」


机にバーンと拳を叩きつけ朱が混乱の声を出した。


「朱姉様、あってます。

 それであってるんです」


冷静に朱に返事をして蒼は側に会った椅子を引き寄せる。

どっとした疲労が今になって襲い掛かって来て机にぐったりと身を任せる。


「え、ほんまなんか!?

 えっ?」


 ほんまか?え?と、聞き返しまくる朱に返事をするものはなくマックスはデータを目で追っていたし、副司令は冷蔵庫から思い出したようにプリンを取り出していた。

そして蒼の目の前にプリンが置かれる。


「その……。

 食べなさいな。

 信じられないのは分かるけど、食べなきゃ。

 ね?」


「うな……。

 でも、この状況下で食べろって言うのが無理ですよ」


「ふーむ。

 なんともまー深刻だな、おい。

 まさか《ネメシエル》の二番艦が存在していたとはな」


液晶を机の上に置きなおすとマックスは頭を抱えた。

一言「まいった」とまた吐き出して天井を見上げる。


「挙句の果てに友軍部隊もあれじゃあな……。

 今回の作戦は失敗だった。

 その中で最も成功したと言えるのは一隻も失わなかったこと。

 それと敵の地上部隊をいい感じに削ったこと。

 敵の《超極兵器級》を一隻無力化したこと。

 これぐらいか」


マックスは地図を取り出してまいったな、とまた呟いた。






               This story continues.


ありがとうございました。

長らくお待たせいたしました。

ようやく更新することが出来ました。


《ネメシエル》VSウヅルキ、いかがだったでしょうか?

なんというか、蒼も蒼で色々と頭おかしいなーって思いますよね。

紫も相当ですけどね。

こうやって戦わせてみてなんとかキャラが成り立ちますね。

姉妹同士で戦う、っていうのもなんともまたすばらしいですよね。


姉妹艦っていうだけあってお互い艦の力は拮抗してます。

ほとんど同じでした。

でも蒼が勝ったのは運と紫がアホだったからに違いないですね。


ちなみに武装の威力ですが


“超大型光波共震砲”(主砲)>>“大型ナクナニア光放出砲”(副砲)=“大型光波共震拡散砲”(副砲)>>“弾道ナクナニアレーザー”>“下部散弾爆撃光発射口”>“五一センチ六連装光波共震砲”=“五一センチ三連装光波共震砲”=“小型五一センチ光波共震砲”>“舷側ナクナニア貫通砲”>“艦対艦ナクナニアハープーン”>“衝撃波散弾弾道ミサイル”>“一五センチ三連装レーザー高角砲”>“六十ミリ光波ガトリング”>“回転式九連装五十ミリ機銃”>“四十ミリ光波機銃”


とまぁ、大雑把にこうなっています。

大体こんな感じですかね、イメージですが……。


うむ、ではでは!!

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