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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
ニッセルツ奪還
20/81

蒼の姉

 《アイティスニジエル》が来てからの艦隊戦は話にならなかった。

《超極兵器級》の“光波共震砲”の光の前に次々と落ちて行く敵。

蒼はただただその光景を眺め、朱の持つ鮮やかさを見習うだけだった。

最後の一隻が海へと沈んで行ったタイミングで《ネメシエル》が《アイティスニジエル》の戦果を蒼に伝えてくる。


(過負荷率合計三一パーセント。

 “強制消滅光装甲”の使用はなし。

 まさにパーフェクトミッションとしか言えないな)


 蒼は鼻から息を吐いて一言心の中で呟く。

……流石です。

蒼は姉の持つ戦術の力をただ見習うだけだった。

その一方で自艦、《ネメシエル》の状態を確認する。

過負荷率は許容域内の半分を大きく超えていた。

とてもパーフェクトとは言えない。


『ひょえー……なんってこったいっすねぇ……』


 すっとぼけたような声が通信に混じり蒼はため息をついた。

やっと来ましたか、少し遅いんですよ。

レーダーから全ての敵艦隊が消えた後、ようやく《アルズス》がニッセルツにたどり着いたのだ。

海上に浮かぶ数多くのスクラップを眺めた春秋がぼやく。

蒼が春秋に文句を言おうと口を開けたとき《アイティスニジエル》が朱に話しかけているのが聞こえてきた。


(いやーあいからわずの操艦の荒さだ。

 また少し腕を上げたな、朱)


 《アイティスニジエル》の声が蒼の頭の中にうっすらと響いてくる。

ずっと前から変わらないおじさまのイケボだ。

通信をあちらから開いてきた。

通信枠に蒼の姉、朱の映像が映し出される。

朱は全体的に気だるそうな雰囲気をまとい、蒼と同じ色の髪の毛が肩甲骨らへんまで伸びている。

蒼よりも少し大人の雰囲気を纏っており夕陽の空のように赤く澄んだ目は両方とも欠伸による涙を携えていた。

軍服を乱雑に着散らかし、首からはアクセサリーのペンダントを下げている。

蒼と違うのは、目ともう一つあった。

胸だ。

ぺっちゃんこの蒼と比べ、朱はふっくらとかなりの大きさを持っていた。

この戦争がはじまってから何一つ変わったところがない朱を見て蒼はほっと胸をなで下ろす。


「生きてたんですね、朱姉様?」


蒼は一通りこの海域をレーダーでサーチしながら朱に話しかけた。

つまらなそうにまたあくびをしていた朱は蒼に話しかけられると


『生きてたんだなぁ、これが。

 いやー死ぬかと思ったんやけどね』


冗談をかましながらからからと笑った。

 独特の地方の鈍りでしゃべる朱はこの時も独特の鈍りがきつく残っていた。。

たしかベルカの西領地方で多く使われている方言だろう、と蒼は記憶している。


(周辺百キロに敵影なし。

 《ネメシエル》全兵装拘束。

 戦闘終了、蒼副長、お疲れ様)


周辺に敵はいないらしい。

そこでようやく蒼は一息つくことが出来た。


「了解、《ネメシエル》。

 あの、朱姉様?

 今までどこにいたんですか?

 生きていたのなら連絡してくれれば……」


『あー技術島に行っとったんよ。

 散々なことになってたねぇ、やっぱし』


 朱がしれっと言ったことが蒼の中でざっくりと傷を残す。

散々なこと。

ベルカの頭脳ともいえる技術島までもが散々なことに……。

恐ろしいが、やはりにじり寄る好奇心には勝てなかった。


「えっと、どんなふうに……」


身を乗り出すように朱に話をせがむ蒼に朱は一本の人差し指を立てて止めた。


『このまま立ち話も何だしさぁ。

 あんたの母港にまで行ってそこで話そうや。

 コグレ、やっけ?』


朱は「少し疲れた」と長い髪をかき上げる。

首から下げたペンダントがちゃりん、と音を奏でてまた朱の口からあくびが飛び出した。


「そうですよ。

 コグレです」


 マックスへ送球の回線を開いて新しい《超極兵器級》が来るということをメールにて伝える。

蒼はその作業をしながら《ネメシエル》に《アイティスニジエル》へコグレの場所を教えるように命じる。


(《アイティスニジエル》へ。

 こちら《ネメシエル》だ。

 ドッグ入りプログラムを送るとともに座標を展開。

 場所を指定した。

 ビーコンに従って航行してくれ)


(すまないな。

 最近どうにもこういうもの苦手で。

 助かった)


『あのー、蒼先輩?

 俺はどうすればいいんすか?』


 一人置いて行かれているのに納得がいかないのだろう。

春秋が通信に口を挟んでくる。

春秋の顔が通信に映った瞬間に朱のトークが爆発した。


『おっ、これが《アルズス》やね。

 んで、あんたが“核”の春秋か。

 よろしく、私は蒼の姉貴。

 《アイティスニジエル》の副長、朱やで』


ここまで一息も入れずにそれだけのセリフを吐き出す。

朱からの通信に春秋もあわてながら答える。


『わわ、蒼先輩のお姉さまでしたか!

 は、春秋っす!

 所属は――』


『全部データで分かってるよ。

 うちの妹がお世話になっとるね』


『いえ、こちらこそ!

 えっと、お姉さまも美人っすねぇ……』


『お、せやろ?

 なんや、うれしいねえ。

 おおきに~』


ごほん。

このまま放っておいたら永遠に話が進みそうだ。

蒼は割り込んで春秋へと命令を落す。


「春秋、あなたはニッセルツ当番の交代をお願いします。

 私は朱姉様を連れてコグレへ戻りますから」


『了解っす。

 朱先輩、これからよろしくお願いするっす』


『こちらこそ。

 ほんなら、蒼行こうや』


一瞬にして溶け込んじゃいましたね……。

蒼は朱との通信を切らないで無駄な世間会話を続けながらコグレへと向かうことにした。






     ※






「生きててよかった、本当に」


 お互いの《超極兵器級》から降りた瞬間朱の口から出た言葉はまっすぐに蒼の耳に届いてきた。

《ネメシエル》から降りて移動した蒼は姉にぎゅっと抱き着かれる。

蒼よりも一回り大きな姉は嬉しそうに蒼の背中をばしばしと叩くともう一度ぎゅっと抱きしめた。


「痛い、痛いですよ、朱姉様」


 そう言いながらも蒼も姉にしっかり抱き着いていた。

ふわっと蒼の鼻をくすぐるのは懐かしい匂い。

五姉妹がまだ離れ離れになっていなかったときに感じていたあの時のままの匂いだ。

家、と呼ばれていたあの場所の。


「あたい一人だけになってたらどないしよって本当に不安だったんよ?

 でも、ほんまよかった。

 こうやって妹の一人は生きてたし。

 それに《ネメシエル》があるならまだ希望はあるわ。

 うまいことガーッとやってさっさと祖国取り返してしまおうや」


朱はそういって蒼のおでこをさすさすした。

昔からこうやって姉妹のうち下から二番目の朱は一番下の蒼をおもちゃにする癖がある。


「むー……うなぁ……」


 おでこをわしわしされる意味がいまだ今一分からない蒼も唸るしかなかった。

それに朱の手はいつも乾燥しているためこするとかさかさと痛いのだ。


(久しぶりだな、《ネメシエル》よ。

 さっきはつかれてたからあまり見てなかったけどこうして見ると……。

またいい戦艦になりやがってよ)


(そ、そうか?

 私は《アイティスニジエル》に比べてまだまだだと思うが……)


(そーんなことねえって。

 俺はおめーが生まれる前の時から知ってんだ。

 いい戦艦になったよ、お前は)


(えっ、な、えっ?)


戸惑う《ネメシエル》にさらに《アイティスニジエル》が追い打ちをかける。


(そうさ。

 よーくお前のことは知ってるよ。

 あの時ドックにて次々組み立てられていくお前を見てなんて美人なんだって。

 こいつは美人になるなぁ、と息を飲んだものさ)


(そ、そう……なのか?

 ということは機関室なんかも見られていたり……?)


(当然さ)


(はっ、な、恥ずかしいな……)


(いまさら恥ずかしがることねぇよ。

 雌駆逐艦どもよりやっぱり《超極兵器級》のお前の方が美しいってだけさ)


(《アイティスニジエル》は口がうまいな。

 恥ずかしいだろうがっ……)


その会話を聞いて黙り込む“核”二人。


「…………」


「えーと……。

 あの……その……朱姉様。

 《アイティスニジエル》ってあれですか。

 いわゆる、口説き魔なんですか?」


 頭の中に嫌でも入ってくる二隻の通信を聞きながら蒼は朱に尋ねた。

艦艇に入っているAIの趣味は主に“核”に左右される。

それは春秋や夏冬のを見れば分かるだろう。

つまるところ今の《アイティスニジエル》が朱の趣味と言っても過言ではないわけだ。


「あの、朱姉様?」


返事がなかったため蒼は返事を催促する。


「やかましい!

 そういうわけやない!

 あたいはそういうわけやないねん!」


 耐えきれなくなったのか朱は顔を赤くするとようやく抱きしめていた蒼を離してぷいっとそっぽを向いてしまった。

な、何か私悪いことでも言いましたかね……。

少し心配になりながらも蒼は朱の顔を覗き込む。


「なんやねん……」


朱は顔を右へ左へ降って蒼の視線から逃れようとする。

そしてその顔を追う蒼。

右向いて左向いてのおいつけおいこせ合戦である。


「おーう、なんだなんだ。

 こりゃまた濃いのが来たなぁ」


 こつん、こつんと軍靴がドック内に響いたかと思うとマックスが鼻の先にまでやって来ていた。

朱はマックスの靴先から頭のてっぺんまで眺める、基地司令の紋章を見つけると軽く敬礼して口を開く。


「あたいは《超空制圧第二艦隊旗艦超極兵器超空城塞戦艦二番艦超空城塞戦艦アイティスニジエル》の副長、空月・アイティスニジエル・朱や。

 マックス基地司令やね?

 話は聞いたことないけどかねがね聞いてるわ」


「えー……どっちなんだよそれ……」


いきなり自分のペースを崩されたマックスはサングラスの奥で目を細めた。

兎みたいなマックスが困っているときの特有の表情になり、朱の頬が緩む。

間違いなく朱も蒼と同じくこいつはいじると面白いということに気が付いたらしい。


「まーとりあえずな。

 ようこそ、コグレ基地へ。

 俺はさっき朱が言った通りマックスさ。

 宮樺・TT・マックスだ。

 好きなものは甘いものだ」


マックスはそういうと朱に向かって握手の手を差し出した。

朱はマックスの大きな手を握ると


「――甘いものやて?」


と聞き返す。

目が輝いている。


「……もしかしてお前もか」


マックスはポケットからチョコレートを取り出して朱の前でひらひらさせてみせた。


「うな!」


それを蒼が猫のごとくさっと奪い取る。


「ちょ、蒼!

 それはあたいのや!」


蒼が奪い取ったのを朱がさらに奪い返す。


「違います!

 これは私のです!」


 朱の持つチョコレートを奪おうと蒼が掴みかかる。

蒼の右手を朱は掴むと残った左手でチョコレートを奪い取った。

そしてチョコレートを持つ手を上にあげて蒼が届かないようにする。

身長は朱の方が八センチほど高い。

それゆえ、蒼はぴょんぴょんとジャンプしてようやく届くか分からないところにチョコレートは行ってしまった。


「うう、朱姉様ひどいですよ」


しまいに蒼は飛び疲れて地面にぺたんと腰をつく。

目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「私は姉やからね。

 妹は常に我慢しんさい」


朱はそういうと包みを解いて中身をペロンと平らげた。

世間一般的な常識だとここで我慢するのは姉だが、朱はそんなこと知らんといった表情を崩さない。


「ううう……」


唸る蒼を眺めてこの一連の流れを作った張本人のマックスは声を漏らした。


「おおう、予想以上……」


 まさかチョコレート一つでこんな争いになるとは思いもしないだろう。

はるかにマックスの予想を右斜め上にぶっ飛んだ方向へと発展してしまった。

二人ともが《超極兵器級》に乗っていたらそれで戦争が勃発してしまうのではないか、とマックスはさらに続けて思う。


「あっ、これうまいやん。 

 マックス、これうまいで!」


きらきらした表情で勝者は報告する。

敗者は悔しそうに朱が落とした包み紙を握りしめていた。


「だ、だろ?

 とりあえず、だ。

 二人とも司令室に来ないか。

 蒼、ほら泣くな。

 プリンもあるから」


「プリンもあるん?」


「朱姉様!

 駄目ですよ、私のです!」


プリンに機敏に反応した朱に蒼が食って掛かる。

だが朱は知らん顔だ。

先ほどまで妹をかわいがっていたとはとても思えない態度の変わりっぷりである。


「副司令も待っていることだし。

 とりあえず蒼と朱は二人とも司令室に来るように。

 後でフェンリアと夏冬も紹介しなきゃなぁ……」


 そういいながらマックスは歩き始めた。

背の高いマックスの後ろをとことこと二人が追う。

その光景は父親と娘二人、に見えなくもなかった。






     ※






「きっと、疲れて帰って来るだろうから。

 うん、プリンもきれいに焼けた。

 あとはチョコレートを……」


 副司令はそういって冷蔵庫から冷えているプリンを取り出し、チョコレートを机の上に用意した。

一戦交えた蒼と、蒼の姉朱。

蒼が甘いものを好きなら朱も甘いものが大好きだと副司令は勝手に予想していた。

そんなわけでたくさんの甘いものを用意して司令室で待っていた。

副司令の朱に対する妄想は膨らむばかりである。

きっと、蒼に似てかわいいんだろう、とか。

おっとりとして静かで……。

蒼ぐらい小さくてかわいいのだろう、とか。

蒼よりもかわいいってことはないだろう、とか。

それでもやっぱり少し百合の気がある副司令は想像するのだった。

胸は、パンツは何色なのか、とか。

夫であるマックスが連れてくる蒼ともう一人が楽しみで楽しみで仕方なかった。


「プリンどこや!?」


「違います!

 私のだって言ってるじゃないですか!」


「落ち着けお前ら二人とも。

 ちゃんと二個あるから……」


 そこで副司令は自分の想像力の貧困さを呪った。

予想の右斜め上であった。


「じゃあ話は早いわ! 

 あたいが全部たいらげたる!」


「なっ――駄目ですよ!?

 私のものだって言ってるじゃないですか!

 起こりますよ、朱姉様!?」


「あーん?

 あんた、姉を敵に回すんけ?」


「面白いです!

 プリンとチョコレートのためならいくらでも!

 いきますよ《ネメシエル》、全兵装解放!」


「ほう?

 ほんまにやるんやな?

 ほんなら覚悟しーや!?

 《アイティスニジエル》全兵装かいほ――」


「いい加減にしろアホ!」


 副司令はドアの外から聞こえてくる怒涛の声合戦に頷いた。

元気だし、それになんか気合も十分。


「あーそっちね……」


悲痛な副司令の一言の後、ドアがバタンと開き三人がわっと入ってきた。


「ごっつようさんあるやん!」


 鈍った女の子がきっと朱なのだろうと副司令は解釈する。

蒼と違うのは目が赤いということと少し身長が高いということ。

それと胸が大きい部類に入るといったことぐらいか。

副司令の好みドストライクだった。

ふらふらと立ちくらみを起こし、そばの椅子にもたれこむ。


「朱姉様、私のも残しておいてくださいよ!」


 そんな副司令の様子には誰も気が付かず蒼は自分の前に立ちふさがる朱の背中をぱしぱしと叩いて懇願した。

身長、体格の差が結構ある分こういう争いにはいつも負けてしまう。

残り三人いる姉妹に関しても同じように負ける。

そこで体得したのがいわゆるおねだり、である。


「うー……朱姉様ぁ……」


つんつん、と朱の服の裾を引っ張って半泣きになりながら自分の主張を流し込む。

何だかんだで朱も自分の妹はかわいいのだ。


「はー……はいはい、半分こしよな」


そういうと蒼の手の上にざらざらっと皿に乗ったチョコレートを半分置いた。


「えーっと、え?

 あなたが朱でいいのよね?」


 ここまでの一連の流れ、マックスも副司令も蚊帳の外だ。

何とかして蚊帳の中に入ろうと二人して機会を探っていた。

朱はチョコレートを口の中に入れたまま副司令の問いに答える。


「ん? 

 ああ、そやで。

 また長ーい説明するのはおっくうやからマックスから聞いて。

 にしてもほんまおいしいチョコレートやな。

 コグレブランドとして売り出そうとした理由もわかるわ」


「ほかほか。

 じゃあ、とりあえずだ。

 食べながらでいいからお前が見てきたものとか全部教えてくれるか?」


朱に椅子をすすめ、朱の隣に蒼が座り向き合うようにマックスと副司令が座る。

そこでようやく本題が切り出された。


「あたいが?」


朱はめんどくさいなーといった表情を浮かべたがやらねばならぬ時である。

朱はマックスに基地AIへのパスコードを出すように要求すると《アイティスニジエル》にすべてのデータを基地AIへと送るように指示する。


「ほいっさ、こーなってた」


宙に浮く液晶に表示されたのは数多くの写真だった。

くっきりと鮮明にあちこちが映し出されている。


「これは――」


 奇妙な形をした研究所や実験棟。

さらに煙突や複雑な配管。

それらがまるで人体の血管のように見えることから人体の名前で地域区分されていた技術島のさんざんな有様だった。

兵器開発局などはもう形もない。

超光エネルギーを奪い取るためだけにこんなに破壊を……?


「まー百聞は一見にしかずっていうやん?

 敵の監視をかいくぐってとりあえず技術島の現状でも知ろうと思ったんよ。

 まーよろしくはない状況やな。

 非常によろしくない」


 朱は顔には出さなかったが悔しそうに手を握りしめていた。

守るべき祖国がこんな様になっていると知って平常でいられる軍人もそういないだろう。

ましてや祖国のために造られた蒼や朱の“核”ならなおさらだ。

それも《超極兵器級》という究極の力まで持っていたというのに。


「えっと、朱? 

 他の所はわかるか?」


もしかしたら他のところの写真も持っているかもしれない。

マックスは朱の視線を真正面から受け止めて聞いた。

だが、朱は首を振ると脇に溜まったチョコレートの包み紙をまとめてゴミ箱へと捨てる。


「そうか……」


 がっかりと肩を落としたマックスを副司令が慰める。

蒼は朱が持ってきた写真を改めて眺めてみた。

自分達が生まれ、五姉妹で育った懐かしの場所。

それがあるのが技術島だ。

空月博士が所長を務める“核生成開発局”の残骸もしっかりと映し出されていた。

蒼がもぐりこんでよく局員に怒られたところ。

五姉妹で楽しく過ごした様々なところが蘇ってくる。

でも朱はわざとだろうか。

蒼達が暮らしていたところは一枚として写ってはいなかった。

全員が夢中になって写真に食いついていると、後ろで壁がどんどんと二回叩かれた。


「おーやれやれ。

 はいはい、こんにちは。

 えーっと、新入りがいると聞いてね」


「ドクターブラド……」


 何時の間に司令室に入ってきたのだろう。

ブラドがにたっと気味の悪い笑いを浮かべながら司令室内に立っていた。

手に缶コーヒーを持ち、猫背の背中を壁に押し付けている。


「何の用だ、ブラド。

 今は作戦会議中だぞ。

 身勝手な行動は慎んでほしいものだな」


マックスは椅子から立ち上がるとブラドを睨みつける。

ブラドは両手を上にあげて何もしないということを示す。


「そう睨まないでほしいね、基地司令殿。

 別に喧嘩しに来たわけじゃないんだから。

 ただ、新顔が来たって聞いてね。

 少し顔を見に来ただけなのだから」


ブラドはそういうと朱の側に立った。

じろっと朱の顔を眺める。


「な、なんやねん!」


 朱は少し引いて、ブラドから目を逸らす。

蒼は朱と違い、じっとブラドを睨みつけた。

こいつには出会ってから嫌な思い出しかないです。


「ふーん、姉妹って意味が分かるよ。

 空月博士もよーくまぁ思いつくね、こんなこと。

 面白い、非常にね」


気味が悪そうにブラドから離れようとする朱を蒼は援護した。

椅子が地面を擦る音が響く。


「“部品”としてはもったいないぐらいの美貌だな。

 蒼も朱も。

 人間だったらかわいがってやったというのに」


「なんやねん、あんたは!」


「ブラドだっていってるだろうに。

 ふーん、もう興味はないからいいや。

 あー朱とかいったか?

 体の不都合とかがあるのなら口に気をつけた方がいいよ?

 ここでの“修復”は私の仕事だからね。

 ほんじゃあ、まぁ、邪魔したね、マックス。

 私は自分の巣へ帰るよ」


 ドアを開けるとブラドはひらひらと明らかに蒼へ向かって手を振った。

ぞくっとした冷たいものが背中を駆けて蒼は俯く。

やっぱりあの人は嫌いです。

嫌悪感を顔に出さないようにして毒づく。


「なんなんや、あいつ……」


朱はドアが閉じてもなおドアを睨み続けていた。

目には敵意が込められている。

きっと私もあいつを見るときはこんな目をしているんでしょうね、と蒼は思う。


「……うちの医療とか全般を締めくくってる男だ。

 フルネームはフール・ブラド。

 本名じゃないのは明らかだが、やれやれ。

 よく分からないのさ、あいつの上司である俺も。 

 見ての通り嫌な奴さ。

 それも実力を伴う嫌な奴だ。

 すげぇたちが悪いと思わないか」


 マックスは朱に「すまんな」と一言投げた。

朱は気にしてない、と言いつつもまだドアを睨んでいる。

初めて会う人は誰しもがそのような感想を抱く。


「そう言えば、朱。

 お前の戦艦、《アイティスニジエル》について少し教えてくれないか?

 しっかりと戦力は把握しておきたいからな」


朱は少し面倒そうな顔つきをしてまた《アイティスニジエル》へと命じる。


「《アイティスニジエル》?

 んーデータ。

 そ、こっちに送ってくれへん?」


 朱は液晶に送られてくるデータを指でちょいちょいとまとめるとマックスの方へ向けた。

そこに浮き上がるのは《アイティスニジエル》を真横から見た図。

それと艦内図や機関室、馬力、浮力、攻撃過負荷率の最大値等の詳しい詳細だった。

詳しいことを言われてもさっぱりちんぷんかんぷんなマックスはそれをみて「お、おう」と声を少しあげる。


「まー蒼にはわかるやろうけど、あんたに理解できるとは初めから全然思っとらんかった」


朱は小さく鼻から息を吐き出して液晶を蒼に向けた。

副司令が蒼の後ろに回り、頭を撫でながら一緒にデータを眺める。

朱が淡々と液晶画面を持ちながら説明に回る。


「全長は一五一二メートル。

 《ネメシエル》よりも一回り小さいわ。

 総重量は二千万トン。

 これもまた《ネメシエル》よりも小さいんよ。

 まー理由は単純。

 《アイティスニジエル》は《ネメシエル》の小型みたいな立ち位置なんよ。

 それに《ネメシエル》よりも《アイティスニジエル》の方が少し古いしね。

 ほんでも作られたときは最強の《超極兵器級》って言われたんよ?

 大体の武装は《ネメシエル》とほとんど一緒やから省くわ。

 最高速度はマッハ三。

 まーあれよ。

 命じられたら何でも基本こなすわ。

 頼もしいやろ?」


 朱は机の上のチョコレートをもう一つ口の中に入れるとVサインをマックスへと向けた。

マックスは副司令の顔を見て肩をすくめる。

こりゃまたでかいものがやってきたなぁ、と困惑と歓喜の入り混じった表情だ。。


「一応これでも《超空制圧第二艦隊》の旗艦やってたんよ。

 蒼の従属艦一隻貸してくれたら大きく働けんで?

 いざって時貸してくれてもかまへんやろ?」


 朱が胸を張る。

蒼は朱の実力をたっぷりと存じていた。

自分ではとてもできないような起動に作戦能力。

艦を本当に自分の体のようにこの人は操るのだ。

そんな尊敬している朱であり、また蒼の姉なのだから断る理由は全く見つからなかった。


「全然、OKですよ。

 むしろ鍛えてあげてください」


蒼は《ネメシエル》に命じて蒼の従属艦三隻のデータを《アイティスニジエル》へと転送した。


(すまない、また頼りになる)


(べ、別に構わない。

 その代り、今度私が生まれたときの様子教えてくれ)


(ふふ、OKだ。

 みっちりとドッグ内で語ってやるよ)


(……みっちりか。

 なんか、また恥ずかしいな)


どうにも、この《超極兵器級》二隻の会話はしっくりいきませんね。

というかやっぱりあれですかね。


「朱姉様、《アイティスニジエル》ってやっぱり口説き――」


「ちゃうって言ってとるやろ!」


慌てて朱は否定する。

 逆にそこまで必死になるところが怪しいですね。

蒼は自分と違いすぐに顔に感情が出る朱を眺めた。

本当に何も変わっていないです。


「ふむ、とりあえず《ネメシエル》と比べてもかなりの強さを持つ《超極兵器級》だな。

 それだけわかりゃ十分だ」


マックスは朱と蒼の頭の上に手を置いた。


「わっ?」


「んお?」


二人ともマックスを見て「なん?」といった顔を向ける。

二人の視線には答えずマックスは副司令の顔をしげしげと眺める。


「なぁ副司令」


「はい、どうしました?」


話しかけられた副司令は机に散らばったゴミを片づけながら応答する。

少し頬を緩めて歯を少し唇から覗かせながら


「俺達、その気になれば世界を滅ぼしてしまいかねねぇなぁ?」


 マックスはくっくっく、と喉を震わせて笑った。

《超極兵器級》が二隻。

手の内にある。

それがマックスの持つ力なのだ。

自覚した途端その力の大きさに笑いが止まらなくなったと言ったところか。


「俺にこんなに力が来るとは思ってもみなかったよ。

 戦争や戦いから少しでも遠くにいたかった。

 だからわざわざこんな辺境のコグレ基地の司令になった。

 戦いの近くにいたくなかったのさ」


マックスはそういうとタバコを取り出し火をつけた。

煙が天井へと昇っていきたむろする。


「でも、蒼も朱もここにいる。

 ってことはだ。

 俺は祖国を取り戻すしかなさそうだ。

 そうするにふさわしい力を手に入れちまったんだから」


蒼と朱の頭が大きな手にわしわしと撫でられる。

副司令もこの人は何を言い出しているのかといった顔から安堵の表情に変わった。


「勝つぞ、この戦い。

 そのための力だろ?」


今一度自分へと言い聞かせているように蒼には聞こえていた。

この司令室にいる四人が全員そう思っていることをここで今一度。

確認するかのように。


「マックス、私達はここまでやりました。

 技術島もあの状態ってことは敵に私達二隻の情報は洩れてるとみて間違いありません。

 この戦いは激化すると思います。

 それでも……私達は――」


「そう。

 あたい達は勝たなきゃ駄目やねん。

 勝って、祖国を取り戻さなあかん」


「そのための力。

 ここで奮いましょう?」


蒼が最後にそう締めくくるとマックスは「当然だ。ぶちかますぞ」と顔を引き締めニッセルツに引き続いての攻撃ヶ所を蒼達へと教えるために地図を広げた。

ベルカ帝国の全体図が机一杯に広がる。


「司令、いますか!?」


ちょうどその時だった。

司令室のドアが叩かれ、マックスの部下が資料を持って入って来たのは。

薄汚れた紙に、走り書きで緯度と経度が細かく書き込まれている。


「おう、どうした。

 なんだ、今夜は飲みに連れて行ってもいいがおごりはしな――」


「そんなことどうでもいいです!」


 部下は手に持った資料を机に叩きつけるとマックスに見るように伝えた。

資料にさっと目を通したマックスの目が大きくなる。

走り書きで記されていたのは救難信号。

蒼も朱もそれを一瞬で理解してすでに地図上での緯度と経度を確かめていた。

二人は緯度、経度の線を同化して目で追い、口から発する。


「「ロズルド山脈地帯……」」


 救難信号はベルカ一険しい山脈地帯であるロズルド山脈地帯から発せられているようだった。

その近くには仲間の陸軍基地があり、攻撃と共に山岳地帯へと逃れたと予想できる。


「詳しい内容は?」


マックスは部下の背中を叩くと部下は液晶にあらかじめ転送しておいたデータを映し出して見せた。

ざざっと、雑音が混ざる音声にレーザーの発砲音などが入り混じっている。


『こち――ロッカー大隊――!

 聞こえ――頼む助けて――。

 敵が多数――見え――んだ!

 くそっ――きこ――緯度と経度を――!

 だから早いこと――れ!』


そこでとぎれとぎれだった無線は完全に切れてしまった。

 バッテリーが切れたのか、それともやられたのか。

どちらにせよニッセルツを制圧した次の場所として乗り越えなければならないのはこの山脈地帯だ。

こうやってじりじりとベルカを取り戻してゆく。

反撃の始まりだった。


「作戦会議と行こう。

 おい、フェンリアと春秋、夏冬をここへ来るように呼べ。

 今、すぐにだ。

 あーすまん、春秋はいい。

 あいつは今ニッセルツの守りだからな」


「はっ!」


マックスは部下に命じると椅子を引き寄せてさっき燃え尽きたタバコを眺めて舌打ちした。

蒼も朱も新しい戦いが始まったのだと嫌でも感じた。

五分ほどするとフェンリアと夏冬がドアを開けて司令室内に入って来た。


「司令、どうしたんです?」


夏冬が目の横に涙をためて欠伸をひとつ出した。

その頭をフェンリアが殴って起こす。


「いてっ」


「起きろ」


「起きてますがな!」


「そう」


「お前ら二人がフェンリアと夏冬かー。

 よ、はじめてやんな」


入って来た二人に朱は積極的に絡んでいくスタンスのようだった。

自分の従属艦に欲しいと言っていたから早速の見定めだろう。


「あん?

 あんただれ?」


フェンリアに殴られた所をさすりながら夏冬の口からこぼれたのはその一言だった。

さっと、フェンリアが夏冬に近づき耳打ちする。


「バカ、口を慎め。

 《アイティスニジエル》の副長」


「なっ――!?

 す、すいませんでした!

 俺は《ナニウム》の――」


はじまりそうな自己紹介パーティを手拍子が邪魔する。


「ヘイヘイヘイ。

 そういうのは後にしてくれ。

 作戦を話し終わってからでいいだろうが」


夏冬とフェンリアに椅子に座るように副司令は促すと二人は大人しく椅子に座った。


「OK、やっと来たか。

 おとなしく聞いてほしい。

 仲間が見つかった、それも陸のな」


「本当?」


フェンリアが珍しく身を乗り出してマックスに聞き返す。


「本当さ。

 こんなタイミングで嘘はつかねぇよ」


マックスは先ほどの救難信号を書きなぐった紙をひらひらとさせた。


「これの発信場所はロズルド山脈地帯だ。

 考えてる暇はないな、すぐに助けに行くぞ。

 救助に向かうのは《超空制圧第一艦隊》でいいだろう。

 《アイティスニジエル》はニッセルツを頼みたい。

 不服、および意見はあるか?」


そこで朱が手を上げた。


「あたいも戦いたいねんけど」


だが、マックスは一言で朱の要求を切った。


「ダメだ。

 《アイティスニジエル》と《ネメシエル》が同時に行動したら目立つ。

 それに、《アイティスニジエル》にはお前にしか出来ない防衛という任務がある。

 ぜひそれを今回はしてほしい。

 何、心配するな。

 また必ず出撃のチャンスをやるから」


ふくれっ面の朱の頭を撫でながら優しく説得する。

朱は納得せざるを得ないと素直に引き下がると口の中でもごもごと


「まーしゃーないな。

 あたいは暇やけど守りってのもたまには悪くないと思うし。

 のんびりニッセルツでも観光してるわ。

 そのかわり、蒼。

 頼んだで、味方のこと」


と蒼達に言った。


「なお、いまだ敵がどれほどいるのかは全然分からないの。

 それでも私達はあなたに頼むしかないのよ。

 いい?」


副司令はそういうと全員へとチョコレートを配る。


「さあ、出撃は今からすぐだ。

 春秋に連絡して呼び戻してくれ。

 全員戦闘配置についてくれ。

 助けに行こうじゃないか。

 《超空制圧第一艦隊》、および《アイティスニジエル》全兵装解放許可。

 エンゲージだ」






               This story continues.

ありがとうございました。

お待たせいたしました、更新です。

蒼の姉、朱が出てきました。

いやー関西弁ですね。

ここでは特有の訛りと表現いたしました。

これも世界観を守るためですあしからずっ。


ちなみにこんな顔です。

蒼よりも少し大人びています。


挿絵(By みてみん)



長らくお待たせいたしました。

ここから物語を一気に加速させていきます。

蒼達の無双ももしかしたらここで終わりかもしれません。

この戦争。

最後までついてこれますか?

ここから先は、熱い展開やロマンを詰め込んで行きます。


では。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

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