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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
ニッセルツ奪還
19/81

《アイティスニジエル》

 コグレを出航してしばらくすると蒼達二人はニッセルツにたどりついた。

途中会話らしい会話はあまりなく、ただ蒼はのんびりと空を眺めているだけだった。


『蒼様、お疲れ様です』


 《タングテン》からフェンリアの声が蒼の頭の中に入ってくる。

《ニヨ》を間違って誤射しないように蒼は先に《タングテン》に敵駆逐艦を曳引中との通信を入れておいたため、のんびりと二隻はニッセルツの港にたどり着くことが出来た。

 先に《ニヨ》を着水させ、ドックの中へと退避させる。

蒼はレーダーを駆使して《ネメシエル》ほどの巨体が入れるドックを探すが見つからない。

桟橋に直接つけるしかないようだった。

着水による津波から沿岸を守るために少し離れたところで着水し、約三十ノットのスピードで桟橋へと近づいて行く。

 機関を停止させ、船体の膨らみと桟橋のコンクリートがぶつからないぎりぎりのところで《ネメシエル》は完全に停止した。

桟橋の隣にドックがあるため結果的に《ニヨ》と並ぶ形となる。


「っふぅ……」


 ここは母港にはできませんね。

《ネメシエル》から降りると蒼は桟橋に立ったまま胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。

まだ煙の臭いが漂う空気が蒼の喉を刺激する。

軽く咳き込むと、もう駆逐艦から降りていたニヨが蒼に近づいてきた。

一本の桟橋を挟んで二隻の異国同士の戦艦が並ぶ。

《ネメシエル》の甲板でニヨは艦橋の張り出しに座ると蒼に話しかけた。


「……《鋼死蝶》俺考えた」


「…………?」


 ちゃぷんと波が装甲に当たり砕ける。

《ニヨ》は蒼の《ネメシエル》を端から端まで見ると静かに海へ向かって手を合わせた。

自分の仲間たちが沈んで行った所。

蒼もニヨと同じように手を合わせると《タングテン》がコグレへ帰るために空へと舞いあがっていくのが見えた。

腹に響くような汽笛を鳴らしそのスピードは上がってゆく。

舷側の模様が発光し、その姿は小さくなってゆく。


「《鋼死蝶》、俺、確かめたい。

 俺、一回戻る」


「……戻る?」


一発で聞き取ったはいいものの理解できなかった蒼は聞き返してしまった。


「うん」


 えっと、戻るってことはつまり……?

シーニザーへ一回帰るってことでいいんでしょうか。

蒼は混乱しつつもニヨの語る言葉に耳を傾け続ける。


「次、あっても敵じゃない。

 この戦争に疑問を持つ人たくさんいる。

 だから俺、確かめる。

 この戦争間違い。

 たくさん仲間集めて戻ってくる。

 それに……」


「?」


少し言うのを躊躇っていたようだが、ニヨは決意を固めたのか


「情報流せる。

 《鋼死蝶》に」


「スパイになるってことですよ……?」


 分かっているんですかね。

あなたは祖国を裏切れるんですか?

蒼はニヨの目を覗き込んだ。

ニヨは見つめてくる蒼を見つめ返す。

その中に確かな決意を見た蒼は信用することにした。


「分かりました。

 まだ戦いから一日しかたっていません。

 ですからきっと、怪しまれずに帰れるはずです。

 修理をしながら帰って来たとでもいえば大丈夫でしょう」


「わかった」


こくんと頷くととニヨに蒼は手を差し伸べる。


「?」


 疑問を浮かべたニヨに「ベルカ流のありがとうですよ」と伝えて両手でニヨの手を握り締めた。

照れたように赤くなったニヨは蒼を見つめるとしばらく固まっていたが蒼が手を放すと自分の駆逐艦へ向けて歩き出した。

これを言いたいがためにわざわざシーニザーに一番近いところにあるニッセルツまで来たのだろう。

ぎりぎりまで考え、躊躇っていたに違いなかった。

正義が、祖国か。

彼は正義を選んだのだった。


(止めなくていいのか、蒼副長。

 二度と帰ってこないかもしれないんだぞ?)


 ニヨは名残惜しそうに《ネメシエル》と蒼を見ていたが手を振ると思い切ったように艦橋へと滑り込んだ。

すぐにニュートラルに入れられていたエンジン音が高まりはじめ《ニヨ》が動き始める。


「大丈夫ですよ。

 あの人は私の怖さを知っていますから」


 《ニヨ》が起こす風に帽子を飛ばされないように抑えながら蒼は《ニヨ》が出航していく様子を眺める。

沖へと駆逐艦らしい軽快なスピードで出ていくと一時停止した。


『必ず戻ってくる』


 蒼の頭に《ニヨ》からの交信が入ってきてすぐに切れた。

何か言い返そうとしたが蒼は黙り込み港のコンクリートに座り込む。

海面を離れたシーニザーの駆逐艦は《タングテン》が消えて行った方向と真逆の方向へすぐに小さくなりと消えて行った。

自分のいるべき場所へと、戻っていったのだ。

真相を確かめるために。


「私達の仲間にいずれなってくれるはずです。

 だから今は待つだけですよ、《ネメシエル》」


(ふーん……。

 よく分からんがそういうもんか)


「そういうもんですよ、きっと。

 気まぐれもたまには役にたつもんですね」


(蒼副長は沈める気でいたものな)


 《ニヨ》が飛んで行ってしまったのを見て、蒼は護衛を兼ねてニッセルツを眺めることにした。

《ネメシエル》の甲板へと戻り、目を閉じる。


「”パンソロジーレーダー”起動お願いします。

 少し、この町を見てみたいです」


 遠隔操作で《ネメシエル》を操りレーダーを起動する。

閉じたまぶたの向こうに、レーダーというフィルターを通した風景がすぐに広がるだろう。


(了解。

 起動開始……ん?

 蒼副長桟橋に大量の生命反応を確認。

 住民か?)


「へ?」


蒼は目を開き、甲板の端へと歩いて行く。

手すりのない甲板から落ちないように注意しながら下を見下ろした。

全員ネメシエルの風貌に唖然とさせられている。


「!?」


 いつの間にかできた人だかりが黒い塊となって《ネメシエル》の横を伸びている。

ニッセルツの人口ほとんどがここにいるのではないか、と錯覚する。

ぱっと見るだけで二千人はいると思えた。


「これは……?」


あわてて《ネメシエル》に通信してみる。


(分からん。

 今気が付いた)


 今気が付いたって……。

敵だったらどうするつもりなんですか。

常に警戒態勢をですね……。

《ネメシエル》もAIだというのに少し気を抜きすぎです。

後で《ネメシエル》自信にも喝を入れなければ、と蒼は息巻く。


「あんたが、この艦の”核”か!?」


 人ごみに戸惑いながらも人々を眺め続けると一人の男性が蒼に気が付いたらしい。

大声で話しかけてきた。

びくっと、身を震わせながらも蒼は


「は、はい」


と頷いて見せる。

声は聞こえなくとも首が縦に動くのと軍服で理解したのだろう。

確信を持った男性は大声で


「おい!

 この艦の”核”だそうだ!」


と人ごみに向かって叫んだ。


「何!?」


「《光の巨大戦艦》の”核”が!?」


「おい、どこだ!

 見えないぞ!」


 群衆がどよめいたかと思うと全員が蒼に向かって視線を向けた。

父親に抱っこされた子供がベルカの国旗が付いた小さな旗を振っている。

そして口々に


「ありがとう!」


「助かったよ。

 いつの間にか俺達は占領されていたんだ。

 ベルカは滅んだとかなんとか言ってな。

 レジスタンスも結成されようとしていたぐらいなんだ!」


「本当にありがとう!

 助かった、よかったよ!」


と蒼にお礼を述べ手を振った。

 自分がやって来たことが今、報われたと理解することが出来る瞬間だった。

何か熱いものが体の奥から湧き出て蒼の頭を熱くする。

この戦いは間違いではない。

その確証を得れたうれしさが止まらなかった。


「私は……間違っていなかったんですよね、《ネメシエル》?」


(これだけ大勢の人が喜んでくれている。

 蒼副長間違いなわけがないだろう)


 《ネメシエル》も嬉しそうに声が弾んでいた。

蒼は全員に手を振り、下に降りるため“イージス”に体を包み込む。

万が一のことを考えてのバリアだ。

舷側階段へとつながるラッタルを降りて人々の真ん中に降り立つ。

すぐに囲まれた蒼はあちこちから握手を求められた。


「ありがとう!」


「ありがとうございます!」


数々のベルカ語でのお礼。

蒼は差し出された一つ一つの手を掴み希望に答えた。


「ありがとうよう」


 しわがれた声のおじいちゃんが蒼に握手を求めてくる。

今までの人と同じように蒼が手を握ろうとすると


(ニッセルツ区の首相だ)


と、《ネメシエル》からの報告があった。

ぱっと、背筋を伸ばして姿勢をただし、蒼はひげを蓄えた細いおじいちゃんの目を見据え


「ニッセルツ区の首相さんですね?

 はじめまして。

 私は《ベルカ超空制圧第一艦隊旗艦超極兵器級超空要塞戦艦ネメシエル》の副長。

 空月・N・蒼です」


とはきはきとしゃべる。

ベルカ人の平均的な顔をしたおじいちゃんはほう、と驚いた表情を浮かべる。

それと同時に首相も相応の態度を取らなければならないと思ったのだろう。


「ニッセルツ区最高首相。

 四鵜しう・RH・あきらだ。

 ここにいる全員を代表してお礼をしたい」


と蒼に負けずはきはきとしゃべると同時に握手を求めてくる。

蒼は大きな手を握ると


「自国を守るために当然のことをしたまでです。

 お礼を言われるなんてもったいないですよ」


そういうと《ネメシエル》を見上げた。

首相もつられて《ネメシエル》を見上げため息を漏らす。


「美しい艦だ。

 名前は《ネメシエル》だろう?

 《陽天楼》……か。

 神話にも出てくる、ベルカのもともとの名前だね?」


 博識な人ですね。

伊達に長い人生を生きていないということだろう。

蒼は自分の艦のことを「美しい」と言われて少し頬がほころんだ。

首相はにこっと笑うと人々に呼びかける。


「さあ、《陽天楼》の副長さんがいらしたぞ!

 失礼のないおもてなしをしなければならないな!」


「おおー!」


人々は叫び自分たちの街へと案内する気満々だった。


「え、あのっ……うなっ!?」


私には哨戒、および警備の任務が……とつなげようとした蒼の頭を首相は撫でると蒼にだけ聞こえるように小声で


「副長さんは忙しいだろうが、少しだけお世話になってくれんかな?」


 首相はそういうと片目ウインクして微笑んだ。

ここで断るのも興ざめを生む気がして蒼はしおしおと頷く。

それに短時間とはいえ敵に統治されていたニッセルツの新聞を読めば状況が理解できるかもしれないと思い立つ。

それにプリンも。

基地の連中にはああいった態度を取ってしまったが正直な所蒼も少し休みたかった。


「じゃあ、少しだけ……。

 《ネメシエル》、警戒をお願いします。

 敵がいつ来てもいいように交戦態勢のまま待機。

 “パンソロジーレーダー”による警戒を常に忘れないでください」


 首相を少し待たせ《ネメシエル》にそれだけの指示を飛ばす。

こういうことまで自動でやってくれたらいいのだがAIは所詮AIだ。

蒼、つまり“核”が指示を飛ばさないと動かないのが戦艦だ。


(了解した。

 《ネメシエル》自立警戒態勢に入る)


「じゃあ、行きましょうです。

 首相様」






     ※






 蒼は首相の家へと通された。

一般人の家より少し大きい家の中には蒼の姿を観ようとたくさんの人が押しかけている。

あまり大勢に囲まれるのに慣れていない蒼は少し緊張していた。


「はっはっは、そう緊張しなくても取って食いやしないよ」


 首相はパンを口に入れて笑う。

そういうことじゃなくてですね、その。

見られるのにですね。

蒼も苦笑いをして居心地悪そうにもぞもぞと椅子の上で動いた。


「何か話したいことはないかね?」


街の人たちが持ってきたスープが机の上に置かれる。

湯気の立っているベルカ独自の伝統料理だ。

蒼はスープの皿を見て浮いているコーンを眺めた。


「あの、いいでしょうか?

 今のベルカの状況が知りたくて……」


緊張しながらもそう首相に尋ねる。

首相は持ってこられたスープを飲みながら


「……それが、我々にもまだよく分からんのだよ。

 ただ一つ分かることはこの国は今滅びようとしているってことぐらいだ。

 首都レルバルにも何が起こっているのか分からないし……。

 まいっていた時に君たちが来てくれた。

 君たち側は何か知っていることはあるのかね?」


そういうとナプキンで口を拭いた。

 蒼は自分の手を自分で握りしめると少しうつむく。

言うに言えなかった。

首都の半分が消えたかもしれないなんて言えなかった。

これはこの人たちの士気を折る結果になる。

そう考えてしまった蒼は首を振って嘘を言うことにした。


「私達は何も……。

 ただベルカ全土が連合の手に入ってしまったことは確かです」


そういうと蒼は目を伏せて静かになる。


「飲まれないのですか?」


 蒼の後ろに立っていたコックが聞いてきたが蒼は返事をする気力もなく小さく頭を振った。

首相は腕を組むと「まいったな……」とぼやいた。

圧倒的に情報が少なすぎた。

開戦からまだ一週間程度しかたっていないというのも関係しているだろう。

さすがに一口も飲まないのは悪いだろうと蒼はスープにスプーンの先をつけると少しすくいとり口の中に流した。

本当はおいしいはずなのに。

懐かしい祖国の味なはずなのに何も感じれなかった。


「あの、何か新聞というか、そういうのありますか?

 連合がベルカの民を納得させるために何かを配ったりはしませんでしたか?

 急に攻め入って、急に併合なんて強引なことを可能とする言い訳があるはずです」


「世界に向けての連合が発した新聞がここにあります。

 お見せしましょう」


首相は席を立つと蒼のところまで来て新聞を手渡した。

ベルカ一のシェアを持つベルカエンペラー新聞の大見出しには一発で蒼を怒らせる言葉が躍っていた。


「ベルカが世界へ侵攻――?

 全世界へ宣戦布告を宣言した――?」


「ええ。

 私もはじめ見たときは目を疑ったよ。

 天帝陛下からは何も聞いてなかったからね。

 当然真相を確かめるために電話をするだろう?」


首相はそう言うとため息をひとつ吐いた。


「そしたらドアを蹴り破って入って来たシーニザーの軍隊に取り押さえられた。

 とまあ、こんなところか。

 詳しいことも兵士から聞くことは出来なかったしな」


「…………」


 しばらく沈黙が訪れた。

確か、ニヨは戦争をしている理由を理解することが出来ていなかった。

もしこの戦争が仕組まれているものだと世界に公表することが出来れば。

世界中へと真実を発表することが出来れば勝つことが出来るかもしれない。

侵略国家ベルカではなく、侵略された国家ベルカとしてならば。

もしかしたら……。


(蒼副長、少しいいか。

 敵艦隊が近づいている。

 すぐに私のところへ戻ってきてほしい)


考え事をやめ、蒼は椅子から立ち上がった。


「首相、すいません。

 敵襲です。

 また話はあとでしましょう」


「敵襲――だと?

 シーニザーか?」


 蒼は帽子を受け取り頭に乗せて上着を羽織る。

首相は心配そうに目を細めると立ち上がり蒼の手を掴んだ。


「こんな小さな手、小さな体で私達を守ってくれるなんて……。

 私達にももっと力あれば。

 すまない、蒼副長。

 ニッセルツを……ベルカを頼む」


そういうと首相は手を離して、家に集まっている住民に避難するように呼びかけ始めた。

蒼は首相と目を合わせると小さく礼をして庭へと走り出る。


「《ネメシエル》詳細を!」


首相の庭を超えて舗装された街道を走る。

謝罪しながら人ごみの中を潜り抜けて港へと、《ネメシエル》のところへと走る。


(方位一二二より。

 数は四十ちょっと。

 編成及び艦型から見るにヒクセス共和国の主力だろう。

 少し……数が多いな。

 コグレから援軍を呼んだがたどり着くまでに少し時間がかかるようだ。

 敵無線の傍受を始める)


「了解っ。

 すぐにでも離水できるようにしておいてください。

 あと三分程度でつきますから」


次第に疲れを訴え始める足に酸素を送るため心臓の鼓動が上がる。

息も切れ始め、口から吐く息の感覚がどんどん短くなっていく。


「っりゃぁああっ!」


 蒼は港に島のように鎮座する《ネメシエル》へと向かってひた走った。

割れたコンクリートに足を取られそうになりながらも蒼は止まらない。

自分の持てる力、それを生かすためにはこんな走る苦しみなんてことなかった。






      ※






 蒼が《ネメシエル》に乗るとすでに《ネメシエル》は出航シークェンスを済ませていた。

あとは蒼が“レリエルシステム”と自分を繋ぐだけである。

軍服のネクタイを少し緩めると蒼は帽子を椅子のわきに置いて腰掛けた。

シートベルトをしっかりつけて両腕を椅子の側にある穴へと腕を入れる。


(“レリエルシステム”起動開始。

 空月・N・蒼を認証完了。

 全兵装オンライン。

 蒼副長、いけるぞ)


「了解です《ネメシエル》。

 コグレから応援が来るまで持たせますよ。

 《ネメシエル》全兵装解放!

 エンゲージ!

 高度五千まで急上昇、敵へと一気に間合いを詰めます!」


 蒼がそういうと同時に《ネメシエル》は一気に加速を始めた。

艦首が海水を切り裂いて白いうねりを起こす。

海岸に停泊していた何隻かの漁船が《ネメシエル》の起こした波でひっくり返る。

桟橋が十メートルを超える波に洗われ、コンクリートが零れ落ちる。

桟橋の上に乗っていた魚を入れるプラスチックのボックスが海へと落ちてぷかぷかと漂う。


(相手のレーダー波を検知。

 見つかったぞ)


「っち、不意打ちは出来ませんね。

 《ネメシエル》無線の傍受はまだですか?」


傾斜は三十度という急角度で《ネメシエル》は空へと登って行った。

すぐに高度は五千を超え、船体が水平に戻り始める。

白い入道雲を破り、白い糸を引くようにして《ネメシエル》は敵へと足を速めた。


(しばらく待ってくれ。

 傍受可能距離に少し足りない)


 蒼は舌打ちをして眼下に広がるニッセルツの街を眺めた。

破壊された敵砲台の損傷が生々しい。

今ここで《ネメシエル》がいなかったらこの街はすぐに敵の手へと渡ってしまうだろう。

そうはさせません。

蒼は首相の優しい顔を思い出して見えない敵を睨みつけた。

この街が欲しいなら私を、《鋼死蝶》を倒してから行ってください。


「最大速力マッハ二にて向かいましょう。

 会敵までの時間は?」


(およそ十五分。

 敵の無線傍受可能距離に到達。

 傍受を始める)


《ネメシエル》の言葉のすぐ後に敵無線が聞こえはじめた。


【なーんでまた俺達が駆り出されなきゃいけないんすかー。

 めんどくせーじゃないですか。

 しかもなんだ。

 このレーダーにたった一隻しか映らない敵を倒すなんて心が痛みませんかー?】


【まーそういうな《オボロ》。

 この大きさ間違いなく《超極兵器級》なんだからよ。

 初めてお目にかかるだろ、《超極兵器級》なんて。

 あれだ。

 なんか、一キロを超える巨大で美しい船らしいじゃねぇか。

 それを俺達が壊せるってんだからうれしいだろう?】


 蒼は敵の無線を聞いて自分の耳を疑った。

敵は《超極兵器級》と確かに発音していた。

ヒクセス語はあまり得意ではなかったが確かにそう聞こえたのだ。

最高軍事機密である《超極兵器級》の存在がすでに敵にばれている?

自分たちを覆っていた神秘のベールが剥がれかけていることが信じられなかった。

となると、やはりベルカの脳である地区もすべて抑えられたと見ていいだろう。

《ネメシエル》の他に存在する《超極兵器級》四隻の行方も明らかでない今蒼の胸は急に不安で埋め尽くされ始めた。

空月博士は無事でしょうか。

それに―――。


(蒼副長、どうした。

 会敵まであと十分を切ったぞ)


「――っ、すいません《ネメシエル》。

 少し考え事をしていました」


(やれやれ。

 いつもは私が怒られる立場だが今日は蒼副長が私に怒られる立場だな。

 しっかりしてくれ)


「すいません……」


【おい、あれか?

 ここからでも見えるぜ?】


【おーあれが《光の巨大戦艦》か。

 シーニザーとか俺の友人の《グルクルース》を落した奴だな】


敵からしたら全長一キロを超える《ネメシエル》の船体はもう目に見えるらしい。

それからしばらく進んでようやく蒼には青空にシミのように浮かぶ敵の黒い姿が映り始めた。

空を舞う蚊どもめ。

 《ネメシエル》に命じて一気に倒す算段を考えた。

副砲、もしくは主砲を使うにしてもニッセルツが近すぎた。

それに敵との距離は既に近距離と言ってもいいほど近く、今から射撃体勢に入ったとしても周りから総攻撃を受けるだけだった。

となると“五一センチ光波共震砲”もしくは“舷側ナクナニア貫通砲”などで削り取るしかないだろう。


「《ネメシエル》全速前進!

 敵に一直線につっこみますよ!」


(了解した!)


《ネメシエル》の機関がうなると一気にスピードが上がり始めた。

右端から左端まで七百メートルを超える大きさの主翼が唸り、白く雲を曳く。

速度計はすぐに最高速度のマッハ二に達する。

《ネメシエル》の周りを衝撃波が覆い、“イージス”が発光する。


【き、来たぞ!

 全艦射撃はじめ!

 ここであいつを落すんだ!】


【撃ち方はじめ!】


【この大艦隊に一隻の戦艦で何が出来る!】


 《ネメシエル》が一直線にこちらに向かってくるのを敵は笑い、そして嬲り殺す意思を固める。。

敵艦の甲板に設けられた砲台がちかちかっと光ると《ネメシエル》へと向けて青いレーザーが飛んできはじめた。

距離はおよそ三〇〇〇。

まだまだ“光波共震砲”が敵の“伝導電磁防御壁”を破るには遠い距離だった。


「面舵一杯。

 全兵装左舷へと向けてください。

 高度を維持したまま敵の前に出ますよ」


“イージス”のバリアが《ネメシエル》の周りに張り巡らされ次々とレーザーを弾いて行く。

《ネメシエル》はその速度を保ったまま敵の前で大きく進路を逸らした。


【なん……!?】


 敵の前へ出た《ネメシエル》は既に兵装を、敵の方へと向けていた。

いわゆるT字戦法である。

こちらへ向かって直進してくる敵艦は普通の戦艦型。

当然後ろにも武装が付いている。

だがこちらに艦首を向けている以上その武装は使えない。

必然的に艦首側についている砲しか使えない。

それにくらべ《ネメシエル》は舷側を敵に向けた。

つまりほとんどの武装を敵へと向けることが出来るのだ。


【やられた――!】


 敵の悲鳴を聞いたと同時に蒼はにやっと笑う。

ヒグルどもが――。

ここはあなた達のような薄汚い穴熊ヒグルが来ていいところじゃないんですよ。

そして《ネメシエル》に命じた。

距離計は一五〇〇を切っていた。


「全力射撃はじめ!

 フルファイヤー!!」


 蒼の声と同時に《ネメシエル》の主要武装が光を放った。

“五一センチ六連装光波共震砲”は左へとその六連装の砲門を向けオレンジ色の光を敵へ向けて吐き出す。

それだけで弾幕が出来るというのにそれ以上の武装を《ネメシエル》は持っていた。

 舷側に並んだ四角い武装、いわゆる“舷側ナクナニア貫通砲”の砲門を覆っていたシャッターがカメラのように開く。

開いた下にはすでに真っ青な、海のように青い光がため込まれていた。

“五一センチ六連装光波共震砲”から一拍遅れて、“舷側ナクナニア貫通砲”の光が撃ちだされる。

オレンジ色の弾幕に青色の光がまざりヒクセスの艦隊へと向かって行った。


【まずいぞ!

 ルシアの野郎の“舷側ナクナニア貫通砲”だ!

 全艦避けろ!

 高度上げろ!】


 ヒクセス共和国が誇る“イージス”にも並ぶ高性能バリア、“伝導電磁防御壁”がエネルギーを吸収するために立ちはだかる。

その“伝導電磁防御壁”に先にぶつかった光は“舷側ナクナニア貫通砲”の青い光だった。

少しだけこの光は“光波共震砲”のオレンジ色の光より早い。

名前に恥じない効果を発揮した青い光はぶつかってすぐに“伝導電磁防御壁”を貫いた。


【くっそが――!】


【次々と展開しろ!

 あいつらの光が――“光波共震砲”が来るぞ!】


 青い光はそこで消え次に続くオレンジ色の光が“伝導電磁防御壁”の消えたむき出しの船体へと絡みつく。

艦首から艦尾まで一気に食らい尽くすように“光波共震砲”の光がヒクセスの戦艦に噛みついた。

装甲を溶かし、内部にめり込む光は内部構造を破壊して艦尾から抜ける。

串に貫かれたように三隻ほどの戦艦が爆炎を吐き出して高度を下げ始めた。

破孔から部品が零れ落ち、軋んだ船体が崩壊してゆく。

竜骨がへし折られた艦はその場で二つに折れ海へとその身を沈めていく。

大きな破片には大きな水柱が。

小さな破片には小さな水柱が付き添い、痛んだ船体だったものを優しく包み込む。


【やられた!】


【《グングニル》!

 《オスカー》!

 《ショールド》!】


悲鳴と共に海へと墜落していく。


【そんな馬鹿な!!】


敵の絶叫が脳内に響く。


「悲しみに暮れている場合ですかね?」


 蒼は無線を聞いてあきれるように一言つぶやくと次の武装の斉射に入った。

艦橋付近に設置されている“艦対艦ナクナニアハープーン”が起動し、その鎌首を持ち上げる。

四角い砲門へと光が貯まっていくとゆっくりそれらは塊り、球を形成する。


【撃ちまくれ!

 あいつの“イージス”を中和しない限り直接攻撃が出来ん!】


【クソが!

 ふざけやがって……!】


「どんどん撃ってください《ネメシエル》!

 まだまだ相手は残っているんですから!」


 “イージス”の過負荷率は今現在五パーセントに上っていた。

さすがに四十を超える敵からのレーザーの雨は《ネメシエル》にも荷が重い。

まして一五〇〇という近距離からで、かつ一キロを超える全長なのだから被弾率もたまったものではなかった。


(“艦対艦ナクナニアハープーン”発射準備完了。

 ライフリング安定。

 撃てるぞ蒼副長)


 まるで高射砲のような身なりをした“艦対艦ナクナニアハープーン”がそれぞれの照準先を蒼の視界へと表示した。

合計十二の小さな円が表示され蒼は一つ一つをロックし、自動追尾装置にセットする。


「撃て!」


今までのオレンジ色の光とはまた違った形の光が発射された。

球を保ったまま細長い円錐となった光が敵へ向かって行く。


【“ナクナニアハープーン”か!

 “伝導電磁防御壁”を五枚展開!  

 これで押さえられるぞ】


敵が迎撃に気が向いているうちに蒼は《ネメシエル》の艦首を敵艦隊へと向けた。

マッハ二のまま、《ネメシエル》は敵艦隊への真ん中へとその巨体を突っ込ませてゆく。


【き、旗艦!

 あいつがこっちに!】


【なに!?】


 “艦対艦ナクナニアハープーン”の光は敵の“伝導電磁防御壁”を二枚ほど破ると姿を消した。

あくまでも駆逐艦などの小さな艦艇用のこの武装は分厚い装甲、および協力な“伝導電磁防御壁”を持つ戦艦などには向かない。

せいぜい気を引く程度だ。

だがそれはうまくいっていた。

防衛に回って攻撃が手薄になった相手の懐、距離八百メートルほどに接近したところで蒼は“舷側ナクナニア貫通砲”へとエネルギーの伝達を命じた。


「照射状態を維持してください。

 そのまま突っ込みます」


《ネメシエル》は疑問にも思わず“舷側ナクナニア貫通砲”へとエネルギーを回し続けエネルギーが来ることによって“舷側ナクナニア貫通砲”はずっと光を吐きだし続ける剣となる。


【突っ込んでくるぞ!】


【対ショック体制に入れ!

 ぶつかるぞ!!】


剣を持った《ネメシエル》は勢いを保ったまま敵艦隊の真ん中へと突っ込んだ。


【“伝導電磁防御壁”を張れ!

 最大でだ!】


剣の先が敵艦の“伝導電磁防御壁”へと接触する。


「今です、“光波共震砲”全力射撃!」


貫通し、消えた“伝導電磁防御壁”の隙間へと正確に“五一センチ六連装光波共震砲”の光が叩き込まれてゆく。


【捨て身……か!?

 これが《超極兵器級》の力――!】


【俺達はなんてもんを相手にしてしまったんだ!】


《ネメシエル》が通り過ぎた後に残るものはボロボロに射抜かれた戦艦や駆逐艦。

ついさっきまで生きていた艦艇たちだった。


「この距離なら“光波共震砲”も通るでしょう。

 《ネメシエル》“舷側ナクナニア貫通砲”の照射をやめてください。

 “光波共震砲”撃ち方はじめ」


(了解だ。

 全“光波共震砲”撃ち方はじめる)


 敵艦隊のど真ん中に突っ込んだ《ネメシエル》は次々と六連装の砲身をめぐらせ上へ下へと光を放つ。

連射により赤く発光し始めた砲身がゆらりと陽炎をおこす。


【うわぁああ!!】


【バカ野郎、撃つな!

 俺に当たるだろうが!】


 敵は膨大な数を持って押しつぶそうとしてきた。

それは外に敵がいるうちに通じる手。

今、《ネメシエル》は中に存在していた。

同士討ちを恐れる敵は主砲など主要武器を使用できない。

まさに虐殺。

《ネメシエル》は撃てない敵艦隊を次から次へと殺していった。

一隻も残さない。

後ろに守るべき大切なものがあるから。

そのことに夢中になりすぎて“イージス”の過負荷率が四十パーセントを超えたことも蒼は気が付いていなかった。


【これが《超極兵器級》!

 これが《ネメシエル》――《鋼死蝶》の力――!?

 本国へ伝達しろ!

 そしてこの戦いの映像を届けるんだ急げ!】


 残りが五隻を切った時、敵はせめて記録だけでもを残す方を選んだらしい。

この戦いのはじめから記録されていたであろう映像が敵国へと飛んで行った。


「私に見つめられ、私に恐怖し、私に敗れ、そして死んでください。

 さようならです」


【味方の増援――が……へへっ、ざまぁ……れ!

 《鋼死蝶》が……!】


 最後の一隻を蒼がむさぼった時耳に嫌な言葉が入って来たのだ。

そう、敵の増援という言葉が。

蒼はそれほど戦闘に集中していた。

自分の未熟さに舌打ちして《ネメシエル》のレーダーへと目を通す。


(蒼副長、敵の増援を視認。

 数は――五十を超える)


 いよいよ本腰を入れて私を殺しに来たというわけですか。

面白い。

“イージス”の過負荷率は戦艦らしからぬ近接戦闘及び破片との接触により五十を超えていた。

戦闘での興奮が冷めてくると蒼は自分の愚かさにもう一度舌打ちをしてコグレからの援軍を期待する。


「援軍はあとどれぐらいで?」


(後五分といったところか)


 ――間に合わない。

頭に浮かんだ言葉と、やるしかないといった思いが蒼を突き動かした。

後二分ほどで《ネメシエル》の巨体は見つかり攻撃が開始されるだろう。

出来るだけ“イージス”に負担をかけないようにして遠距離から攻撃。

それがベストだと思えた。


「《ネメシエル》敵へと回頭。

 殲滅に向かいます」


(了解――ん?

 なんだこれは)


「どうしましたか?」


(レーダーに異常ノイズを観測。

 これは……“ナクナニア光波集結炉”独特のノイズ……)


《ネメシエル》の次に続くであろう言葉は《超極兵器級》。

そして答えのように蒼に通信が入って来た。


『よ、蒼。

 なんか面白そうなことしとるやん?

 あたいも入っていいかな?』


(《ネメシエル》おっひさー。

 覚えてるかな、おじさんのこと)


懐かしい声。

 蒼は頭の中で弾けたうれしさに耐えれなかった。

紛れもない本物の姉妹の声。

そしてその姉妹操る戦艦のダンディな太くて低い声。

間違いなかった。


あか姉様!」


『正解。

 こちら《超空制圧第二艦隊旗艦超極兵器超空城塞戦艦二番艦超空城塞戦艦アイティスニジエル》の副長、空月・Aアイティスニジエルあかだ。

 今から《ネメシエル》の援護に回る。

 行くよ、《アイティスニジエル》!

 全兵装解放、エンゲージ!』






                This story continues.

ありがとうございます。

新しい《超極兵器級》の出番です。

乗組員は蒼のお姉さま。

空月・A・朱です。


初期の人物画のところに説明と共にまた載せるつもりです。

月一の更新となってしまい申し訳ありません。

この一年間、超空陽天楼をありがとうございました。

来年からもまた熱い戦いを繰り広げていくつもりです。

どうかよろしくお願いします。


この作品だけは。

必ず完結させ、そして必ず面白いと言わせて見せます。

その決意を来年も忘れずにいたいと思っております。

ではでは。


読んでいただき、ありがとうございました。

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