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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
ニッセルツ奪還
18/81

蒼の怒り

 その夜、コグレではニッセルツを奪い返したことによる小さなお祝いみたいなのが開かれていたみたいだった。

あくまでも奪われたベルカの土地のほんの一地方を奪い返しただけ。

それでもコグレ基地の軍人は自分達の土地を自分たちの力で奪い返したことに歓喜していた。

 敗戦濃厚だった戦いに一筋の希望が見えてきたのだった。

《ネメシエル》の収納された乾ドックの巨大な扉の前で上がるたき火。

その周りを囲むように三十人前後の軍人がお酒をかっくらっている。

蒼はその様子を窓から見てほっと息を吐いた。

勝利の夜は一人で静かに過ごしたかったのだ。

たき火の周りには春秋も夏冬とがいることだろう。

そしてマックス、副司令も。

フェンリアはニッセルツの守りのため今はニッセルツにて隊長たちと酒を飲んでいるはずだった。

 全員が自分達の勝利を喜び笑っているだろう。

だが蒼はその中に今回は入ろうと思わなかった。

勝って兜の緒を締めろ、という言葉がある。

蒼は勝ったというのに兜の緒を締めないマックス達に少し不安を感じていた。

それにあの少年――。

名前は忘れたが彼のことが少しだけ頭に引っかかっていた。


「私らしくないですね」


 ほう、とため息をつくと雲が少し浮かぶ空を見上げる。

すっかり日が暮れた基地にかぶさる闇がちろちろとたき火の光によって破れたり繋がったりしている。


「……はぁ」


 蒼は窓から離れると風呂上りでまだホカホカしている体をベッドに引きずり込んだ。

ぼすっと体をふっくら布団に任せると頭から離れた帽子がコロコロ転がる。

落ちるギリギリで右手で掴み取り側に置いてある机の上に置きなおした。


「《ネメシエル》、聞こえますか?」


枕のいい匂いを嗅ぎながら乾ドックにいる《ネメシエル》に蒼は話しかけた。


(蒼副長か……。

 今宵は静かな夜だな。

 私に何か用か?)


少し沈黙があったが、《ネメシエル》はきちんと答えを返してくれた。

スリープモードだったのだろう。

眠りを妨げましたかね、と思った蒼だったがAIに眠りも何もないと思い直して話を続ける。


「私達、この調子で勝てるんでしょうか」


 通信して力を使っているためか右腕の紋章がパジャマを透かしてうっすら光っている。

蒼は紋章を左腕で握ると寝返りをうった。

長い髪の毛が顔に絡みつきそれをうっとしそうに跳ね除けて《ネメシエル》の返答を待つ。


(……正直なところ私にも分からない。

 何がどうなって勝利になるのかも。

 この戦いの勝利条件が何か分からないのだから。

 世界が相手なら世界をわがものにするしかない。

 それが今私の考えることができる勝利条件だ)


 全世界を……ベルカに?

蒼は《ネメシエル》の考えを聞いて頭が冷えるのを感じた。

確かにその通りだった。

全ての世界がベルカになれば戦争は起きない。

技術を隠す必要すらない。


「なるほど……《ネメシエル》。

 なら私達はそれを目指すしかないみたいですね」


冴えた《ネメシエル》の考えに蒼は笑いを堪えきれなかった。

何か引っかかっていたものが取れたのを感じた。


「となると今はとりあえず私寝ますっ。

 《ネメシエル》おやすみなさい」


蒼はそういうと頭から布団をかぶった。


(?

 あ、ああ。

 おやすみ蒼副長)







     ※






「んっふぁ……」


 久しぶりに蒼は朝遅くに目が覚めた。

時間は朝の十時。

本来ならラッパが鳴って朝七時に起床なのだが今日は司令が気を使ってくれたらしい。

だがそれが気遣いだと寝起きの頭には気が付かない。

寝ぼけまなこで時計を見た蒼は息を飲んだ。


「え、ええっ!?」


あわててパジャマを脱ぎ捨て軍服を着ると出動の準備を始める。


「《ネメシエル》どうして起こしてくれなかったんですかっ!?」


せっかくの休日だというのに寝すぎてしまったじゃないですか。

寝起きの寝癖を手櫛でなんとか伸ばしながら蒼は歯ブラシを口に突っ込んだ。


(いやしかし、マックスが起こすなと……)


狼狽した声で《ネメシエル》は蒼の問いを交わした。


「でも、いつも七時に起きているのにっ……。

 今日はお休みなんですよっ?」


 ひとしきりしゃべると軍服に歯磨き粉の泡が付かないように気を付けながら左手で歯ブラシを動かす。

しゃこしゃこと音を立てながら洗面台に行って顔を濡れたタオルで拭く。

洗面台に行って口の中の歯磨き粉を全部捨てると顔を洗い、乾いたタオルで顔の水分を拭き取った。


(まぁそう怒るな。

 よく眠っていたから疲れているのだろう。

 マックスには今起きた、と伝えたよ)


「むー……うな……。

 別に怒ってはいないですが……」


 また不意に出てきた口癖にいらいらしながらも蒼は用意を終えると司令室へと向かうことにした。

自分の部屋を飛び出し、鍵を掛けると歩き出す。

手に軍帽を持って蒼は窓から空を見ていた。

今日は少し雲が多いが晴れ。


(今日はニッセルツを見に行くんだっけか?)


「はい。

 今からマックスに進言しに行くところです。

 せっかく奪い返した土地ですからみたいなーって」


(ん、そうかそうか。

 マックスは今司令室にいるみたいだから行ってみるといいってもう行ってるか……)


「はいっ」


蒼は基地司令室の扉を開けようと身構え、ドアノブに手を伸ばした。

金属でできたノブがなんだか暖かい。


「だれかずっと握っていたんでしょうか」


だとしたら相当気持ち悪いなぁ、と思いつつ蒼は司令室の中に入ろうとした。

ドアノブが金属の声を上げて蒼が扉を押そうとしたとき


「《鋼死蝶》!」


 突然後ろから名前を呼ばれたかと思うと蒼は壁に押し付けられた。

荒い息遣いと、屈強な肉体から男と言うことを一瞬で判断する。

蒼は動じずに壁に押し付けられるがままになった。

抵抗したところで力では到底敵わない。

両手を握って壁に押さえつけられている蒼は自分を押さえている男の顔を見て一瞬で誰か理解した。


「あなたはシーニザーの。

 どうかしたんですか?」


 拙い《鋼死蝶》というベルカ語と昨日聞いた声が蒼の頭の中で一致した。

“核”には性欲などはないはずですけど……一体どうしたのでしょうか。

性欲がないですからそっち方向にはいかないと思いますが。

蒼は壁に両手を押さえつけられたまま思考する。

次に出た思いもよらない言葉に蒼は声を上げていた。


「あんたはニッセルツに行く?

 よかたら、僕もつれてってくれか?」


「……はぁ」


 昨日はあんなにベルカ語をべらべらしゃべっていたというのになんで今日になっていきなり拙くなってるんですか。

蒼は少年の申し入れを半ば受け入れ、とりあえず手を離してくださいと目で訴えた。

シーニザーの少年は蒼の手を離すと二、三歩後ろに下がって


「すいません」


と謝った。

蒼は手首を押さえながら言葉を返す。


「別に大丈夫ですよ」


 シーニザーの少年は自分から頼みごとを言い出すのをためらっていたのだろう。

マックスに銃を向けた手前、またこうして頼みごとをしに行くなんてプライドが許さなかったに違いない。

拷問など受けた様子も一切ないことから何もされずに捕虜部屋に放り込まれたのだろう。

そこでも鍵をしなかったことからマックスに対する気まずさがあるに違いない。

蒼はこの短時間でそこまで分析した。

それにしても昨日まで敵だったのに今日はこうして基地の中を自由に歩かせるなんて。

一体どういうつもりなんですかね。

蒼は少年の横顔を見て、マックスに真偽を聞いて確かめようと司令室のドアノブをひねった。


「よう、蒼……」


「ああ、蒼……。

 よく来たわね……」


「えー……」


 蒼はげんなりした顔を向け、口から言葉を漏らした。

マックスも副司令も机に頭を乗せてぐったりとしているのだ。

頭に氷なんか乗せていることから風邪か何かの類にも思える。

奇妙な光景に頭を悩ませながら


「何やってるんですか二人とも……」


蒼はマックスの背中側に回るとため息交じりの目で二人を見た。


「うー」


「あーうー」


夫婦同時にノックアウトですか。

マックスの横に転がっている瓶を手に持ち、アルコール度を確かめる。

約四十パーセントどドギツイものだった。


「バカじゃないんですか、二人とも」


「……こんなやつらに負けたか俺達」


シーニザーの少年もげんなりした顔つきを向けてきた。

もっともだと私も思います。

小さなため息をついて蒼は首を振った。


「私の上司ですから、間接的にそうなりますね」


「あーなんで負けたんや俺」


「私が強すぎたからと思って諦めてください」


「ぐぬぅ」


 シーニザーの少年はどうやら蒼が強すぎたということで何とか納得するつもりになったらしい。

納得できないといった表情を隠そうともせず。二日酔いの基地司令の顔を見ないようにしてそばにあった椅子に腰かけた。

二日酔いならまともな話し合いが出来ると思いませんが……。

蒼はニッセルツに行くという旨をマックスに伝える。

すごく顔色が悪いマックスは言葉を紡ぐ。


「ニッセルツに?

 あー行け行け。

 好きにしろ――ウッ」


 ひらひらと右手を振ってマックスは蒼に好きにするようと伝えると机の上に常備された洗面器を手繰り寄せた。

続いて流れる嘔吐の音と、液体が貯まって行く嫌なあの音が響く。

つーんとキツイ匂いまで漂ってきそうで蒼はあわてて鼻を袖で防いだ。

吐きすぎて胃の中には何も残っていないだろう。

助けることも出来ない蒼は立ち上がって窓を開ける。

さわやかな風が吹いて匂いを吹き飛ばしていく。


「あ、蒼……」


「はい?」


 何か意味ありげに呼んできた副司令に蒼は返事を返す。

副司令はマックスよりも大分ましだったが、それでも辛そうだった。

そして副司令の言葉を基地司令が受け継ぐ。


「その少年の駆逐艦だが修理しておいたから……持って帰るように――おえぇえ」


吐き気を伴いながらもマックスはその言葉を言うとまた胃の中の物をぶちまけた。。


「へ?

 俺の駆逐艦修理して?」


「……私の聞き間違いじゃなさそうです。

 一度ドッグに行ってみましょう」


蒼はマックスの隣に置かれた洗面器の中身を見ないようにしてシーニザーの少年の腕を手繰り寄せる。


「おうっぷ……ううっ……」


 副司令も女性だというのに夫と同じく洗面器にいろいろとぶちまけていた。

これだけ不清潔な場所に居ては自分の服に匂いが付く気がした蒼はそうそうに敬礼すると司令室からシーニザーの少年の袖を引っ張り逃げ出した。

基地司令ともあろうものがお酒の自重も出来ないなんて。

小さな苛立ちの炎が蒼を覆う。

苛立ちを悟られないように隠しながら司令室から出ると同時に蒼は思いっきりドアを閉める。


「っはぁー」


「ふう」


 二人ともほとんど同じタイミングで安堵の息を漏らした。

このままあそこにいたら私までおかしくなりそうですからね。

蒼は中に展開されている地獄を思い出してぞっとした。


「となるともしかして春秋と夏冬も――?」


そう思った蒼は少し早足になって自分の思う先へ足を向けた。

歩いて約十五分。

第一乾ドックに足を踏み入れた蒼は案の定の光景にもう漏らすため息を失った。


「うあー」


「おおうぇぶ」


「あんたらまでなーにやってんですかもう!」


 地面にぐったりと横たわるニ体の“核”と死屍累々で横たわる多数の整備兵達。

軍隊には当然休みなどない。

だが目の前の光景は明らかに休み明けのサラリーマンと同じだった。


「ああ、蒼……先輩……!

 でっかい……声出さないでほしいっ……す」


「蒼さ――おおう」


蒼は顔に手を当てて歯を食いしばった。


「俺、こいつら負けたのか」


シーニザーの少年も先ほどと同じ言葉を繰り返す。

その声にはもはや呆れどころではなく自分に対する自嘲すら見えた。


「情けない。

 《超空制圧第一艦隊》のまして“核”ともあろうものがアルコールに飲まれるなんて。

 あなた達、プライドはないのですか!?」


 蒼はつかつかと丹具兄妹に駆け寄ると春秋にくってかかった。

シーニザーの少年がいる手前、もう少しシャキッとして欲しかった。

波が激しく乾ドックに打ち付ける音が響く中蒼は春秋の襟をつかむ。


「あるっす……けど……」


「今回ぐらいいいかなーって」


言い訳のように続けた二人の言葉を聞いて蒼はわなわなと手を握りしめた。


「そうですか……。

 なるほど、そうですか……」


頷き、理解を示したかのように思った二日酔い組全員は安堵の息を漏らした。

だが蒼は理解したわけではなかった。

むしろ逆だった。


「だから、蒼先輩もお酒残ってるし……」


「いりません」


びしっと断ると、蒼は誰にでも聞こえるような大声で


「《ネメシエル》全兵装解放!」


と叫んだ。

当然驚いたのは第一乾ドックにいる全員だ。

お酒でぐったりしていた全員がしゃんと立ち上がり慌てふためく。


(なっ、え!?)


 解放を命じられた《ネメシエル》すら驚きを隠せないといった声を出す。

そりゃそうだろう。

ここは味方しかいない場所。

そんなところで戦闘を開始すると言っているのだから。

春秋達は周りを見渡して蒼の冗談だと思ったらしい。


「え、蒼先輩何をするつもりっすか?

 何か芸でも……するんつもりっす?」


「お、蒼さん何かするんですか?

 楽しみです、面白く拝見させてもらいます」


二人して拍手をするとドック全員が合わせて拍手を送った。

蒼はぎりっと歯を噛みしめると


「《ネメシエル》全兵装解放早く!

 こんな基地、吹き飛ばしてやります!」


《ネメシエル》に武装解放をそそのかす。

おそらく蒼が見たものを《ネメシエル》も見たのだろう。


(……はーん、なるほど。

 理解した、《ネメシエル》起動を開始する)


 《超空要塞戦艦》のお姉さまな声が蒼の頭に響いたかと思うと《ネメシエル》の機関の音が徐々に高くなり始める。

舷側で黒い模様となっていた赤、青の光が心臓から送り出される血液のように鼓動するのを見てようやく春秋達も冗談ではないと気が付いたらしい。


「ちょ、だ、駄目っすよ!

 何してるんすか、蒼先輩!」


「そ、そうですよ!

 いったい何をぶちぎれて――!

 《ナニウム》止めろ!

 《ネメシエル》のシステムに強制介入するんだ!」


イライラとした蒼をなだめるように、痛いであろう頭を振って春秋が蒼の静止にかかる。

が、蒼は見も聞きもしない。


「蒼を止めろ!」


「うぉおぉおおお」


 大の男が蒼に襲いかかって何とか思いとどめようと掴みかかる。

が、手が触れるより前に大の男は何かに弾かれたように吹き飛びドックの壁に叩きつけられていた。


「“イージス”……!」


誰かが叫び、大の男達を吹き飛ばした原因を突き止める。


「……………」


蒼は自分を包む“イージス”の膜をいとおしそうに撫でた。


「「蒼先輩!さん!!」」


焦る春秋と夏冬も蒼に掴みかかり何とか止めようとする。


「邪魔ですよ、従属艦風情が。

 旗艦に逆らわないでください」


 そういうと春秋と夏冬を吹き飛ばし壁に叩きつける。

自分自身の周りに展開した“イージス”でかかってくる男達を薙ぎ払うと砲門をコグレ基地へと向けた。

 ちょっとおふざけが過ぎませんか。

貯まっていた怒りが蒼を突き動かしていた。

基地の腐った現状を目の当たりにした蒼は全てを消してしまいたかった。

ゴゴン、と金属の音が響くと《ネメシエル》の大量の砲台がコグレ基地司令部へと砲門を解放する。

舷側の模様、及び甲板の模様の光が強くなりはじめ武装にエネルギーが溜まり始める。


「《ネメシエル》こんなところで使いたくありませんでしたが副砲を使います。

 照準は私の言うとおりに合わせてください」


(了解。

 副砲展開開始、照準蒼の視認に委託。

 装甲甲板展開を開始――)


「お、落ち着いてくださいっす!」


壁に叩きつけられながらも春秋はけなげにすり寄ってくる。

落ち着け、と目が訴えていたが蒼は訴えをはねのけた。


「――私は今最高に落ち着いてますよ。

 ええ、それは今までないほどに」


 右腕の印を光らせ蒼は地面に這いつくばる春秋を虫を見るような目で見つめる。

蒼の目をまともに見た春秋の背中から恐怖による冷や汗が一気に噴き出した。

《超空要塞戦艦》の“核”はそれほどまでに冷たい目をしていた。

もう二日酔いでダウンしている暇ではなかった。

春秋は蒼にすがると精いっぱい謝る。


「ご、ごめんっす、蒼先輩!

 少し、自分たちが羽目を外し過ぎたっすよ!」


「………………」

「本当にごめんなさい、蒼さん! 

 ごめんなさい!」


 もう全員が必死に蒼に謝っていた。

そうでもしなければ蒼はこの基地、いや島を丸ごと消し去ってしまうだろう。

それほどの力を彼女は持ち、制御しているのだ。


「《鋼死蝶》が怒って……!」


 シーニザーの少年においては蒼の迫力に圧倒されて動けないようだった。

自分たちを沈めた姿が脳裏にまだ焼き付いているのだろう。

光を増してゆく《光の巨大戦艦》の姿を見て顔色がどんどん悪くなる。


「《ネメシエル》“大型ナクナニア光放出砲”を使います。

 武装第三、第四作動」


(了解――ん、待て。

 蒼副長マックスが来てる)


「………へぇ?」


 いいところまでシークェンスが進んだといのに。

蒼はいまさらやってくるマックスを待つことにした。

うまく謝罪できたら許してあげなくもないですよ。

蒼は《ネメシエル》との通信をいったん切ると自身の周りに展開していた“イージス”を切った。

やがて息を切らした基地司令が蒼のそばまでやって来た。

部下の報告を聞いていたのか顔が二日酔いの性なのか真っ青だ。


「すまない、蒼!

 俺達がどうかしていた――!

 初めての勝利に浮かれすぎていた!」


 地面に転がり頭を抱えて震える春秋、夏冬を見ると自分の側に膝をついた黒い服を着た基地司令を眺める。

汗を流し顔色がすごく悪い。

しばらく待っていたが言葉を続けようとしないため蒼は先を促す。


「…………それで?」


「すまない!」


頭を地面にこすり付けて謝るマックスを見て蒼は基地を吹き飛ばすのはやめることにした。

プライドを捨てて謝れる、これだけで蒼は満足だった。


「……《ネメシエル》全兵装拘束。

 臨戦モードで待機してください」


(了解)


 《ネメシエル》の砲門が拘束され、最終安全装置がかけられる。

今から展開されようとしていた副砲――“大型ナクナニア光放出砲”のギアの響きが止まり静寂が第一乾ドックに戻ってきた。

全員がほっとし、まだ頭を下げ続けてあげようとしないマックスと見下ろす蒼を交互に見る。

蒼は自分の戦艦を端から端まで眺める。


「私が帰ってくるまでにすべてを元通りにしておいてください。

 私が信じるに値したこの基地のあるべき姿に。

 お酒なんて、飲んでる場合じゃないってこと分かってますよね?

 一晩ならまだしも次の日に引きずるまで飲むなんて……。

 とりあえず私はニッセルツに行ってきます。

 では」


早口に述べると蒼はシーニザーの少年のところに歩く。

震えている少年の肩を叩いて少しだけ笑ってあげる。


「もう大丈夫ですよ。

 私は怒っていませんし、何も壊すつもりはありません。

 ニッセルツに向かって出航します。

 あなたの駆逐艦は既に修理済みみたいですし早速乗り込んでみてくれませんか?」


「わ、わかた」


「あ、あなた名前は?」


立ち上がったシーニザーの少年に蒼は名前を尋ねた。

いつまでもあなたとかお前とかで呼ぶわけにはいかない。


「俺の名前、ニヨだ。

 シーニザー語にすると“明り”って意味」


「ニヨ――ですか、了解しました。

 では早速行きましょう。

 春秋、夏冬」


「は、はいっす!」


「はいっ」


蒼がいまだ地面で頭を伏せている二人に話しかけると二人はびくっとしておずおずと蒼を見上げた。


「はぁ、立ち上がってください。

 もう攻撃はしませんから」


「「は、はいっ!」」


二人は同時に返事をして乾ドック中に響き渡るような声で返事をした。


「私の留守を頼みます。

 敵襲があったらすぐに教えてください。

マッハ二で駆けつけます。

 少しニッセルツに行ってきます、それでは」


「はっ!」


 二人の熱い敬礼に答礼すると蒼は地面に頭をつけたままのマックスのところまで歩く。

また何かしでかすんじゃないか、という整備兵達の心配をよそに蒼はマックスの側にしゃがみこんだ。

情けなさからか、泣いているマックスの頬を両手で挟み込むようにして包む。

じんわりと暖かいマックスの体温は冷えた蒼の手を温めると同時にマックスの涙で濡らした。


「マックス、しっかりしてください。

 あなたは私の上司で、ベルカを取り戻すための頭なんです。

 もう二度と私を失望させないでください。

 御願いですから……ね?」


「――ああ」


蒼の透き通るような青い瞳がマックスの目の奥、心まで覗き込んでくるようだった。

まだ涙を流すマックスがしっかり頷くのを見ると蒼はぱっと手を離して身をひるがえした。


「ニヨ、行きますよ。

 ニッセルツへ。

 あなたが何を思っているのかはわかりませんが」


「は、はい」


茶色の長い髪の毛がふわっと風を孕み、金属とオイルの匂いが基地司令の鼻をくすぐる。

女の子とは真逆の匂いを付けた蒼はシーニザーの少年をつれ自分の戦艦へと向かった。






     ※






「《ネメシエル》起動開始。

 全兵装拘束状態にて通常起動お願いします」


蒼は《ネメシエル》の艦橋に入ると同時に《ネメシエル》の起動を促した。

すぐに計器類に明かりがともり始め、各種メーターがその値を表示し始める。


(蒼副長今からニッセルツに行くんだったな?)


「そうですよ。

 よっと……」


 《ネメシエル》の艦橋にただ一つだけ設置された椅子に座ると問いに答える。

頭にかぶっている帽子をずれないように抑え、シートベルトを装着すると床から伸びてきたシステム端末に腕を突っ込む。

柔らかく包み込んでくれる布団のような感覚が蒼の両腕を覆うとゆったりと背中を椅子に付けた。


「《ネメシエル》出航シークェンススタート」


蒼 が始める号令を発令すると同時に計器類に一気に明りがともった。

数多く存在するメーターが回り始め蒼はゆっくりと《ネメシエル》と同化を始める。


(了解、《ネメシエル》通常モードにて起動する。

 主機検査開始一から五まで。

 ――異常なし、グリーン。

 補機検査開始一から

 ――異常なし、グリーン。

 補助機関始動開始、回転効率五百まで関数上昇。

 到達、回転効率ロック。

 主機作動開始補助機関回転効率主機に接続開始――コンプリート。

 エネルギー流脈拍安定、一二〇を維持。

 武装機関一番から起動――コンプリート。

 主砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。

 副砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。

 全“五一センチ光波共震砲”から“四十ミリ光波機銃”状態検査開始――安定を確認オールグリーン。

 “レリエルシステム”拘束解除、パルス全力接続――安定。

 “第十二世代超大型艦専用中枢コントロールCPU”との接続開始――)


 《ネメシエル》のその言葉を聞いた瞬間蒼の頭にたくさんの情報が入って来た。

《ネメシエル》の損害状況、主機の回転数、補機の回転数。

全てが一気に表示され蒼の目の前に展開される。


(全兵装“レリエルシステム”と同調開始――オンライン。

 区域別遮断防壁装甲シャッター展開、第一種固定。

 “自動修復装置”起動、艦内に展開開始。 

 “自動追尾装置”起動、全兵装へ接続。

 “自動標的選択装置”起動、“パンソロジーレーダー”と同調。

 “軌道湾曲装置”起動開始艦外へ展開過負荷率ゼロ。

 “消滅光波発生装置”起動出力二パーセント。

 “パンソロジーレーダー”起動完了、グリーン。)


 淡々と入ってくる情報を蒼は聞きながらニヨの駆逐艦へ発光信号を送るように《ネメシエル》に指示した。

まだお互いの通信番号を知らないためだ。

今回の発光信号はニヨに《ネメシエル》の通信番号を伝えるためのものだった。

すぐに《ネメシエル》と同じ第一乾ドックにいるニヨから通信が入る。


『《鋼死蝶》ですか?

 こちら《駆逐艦ニヨ》。

 通信感度、三で設定してます』


「あなたと艦の名前は名前一緒なんですね、ニヨ。

 こちら《ネメシエル》副長、空月・N・蒼です。

 きちんと聞こえていますよ。

 感度良好です。

 いつでも話しかけてきてもいいですからね。

 無線なんて基本雑談用ですから。

 ではでは、一度切りますね」


『はい』


ニヨの通信番号を保存すると蒼は《ネメシエル》の報告にまた耳を傾ける。


(旋回確認、全兵装異常なし。

 出航シークェンス終了。

 蒼副長、出航できるぞ)


「了解しました」


蒼はさっき切ったばかりのニヨへの通信をまた開いた。

切らなきゃよかったですね。

二度手間になったことを面倒だと思いつつ通信で指示を流す。


「こちら《ネメシエル》。

 先に出航お願いします。

 高度三〇〇〇にて待機。

 その後我が艦に続いてニッセルツへと航行します」


『了解しました』


 たどたどしい返事が返ってくると同時にドックの中に警報が鳴り始める。

第一乾ドック内に注水が始まり、整備兵たちがあわただしく駆け回る。

《ネメシエル》たちを隠していた分厚い装甲扉が左右に開き、天井の黄色いランプがくるくると回る。

すぐに乾ドック内には海水が基準値分貯まり


(注水を確認。

 ウォーターアーム解除)


蒼の頭の中の図にウォーターアーム解除完了の表示が出て《ネメシエル》を固定していた器具が外れた。


『《ニヨ》出航すます!

 先に行てまてます!』


 いっちばんひどいベルカ語でしたね。

報告を《ネメシエル》に投げて全長百メートルほどの《ニヨ》は駆逐艦らしくするりとドックから出てゆく。

白い波を立て、艦首で海水を押しのけて右に曲がり大海が広がる。

距離が一キロほど開いたところで蒼も《ネメシエル》の巨体を押し出すことにした。


「《ネメシエル》機関微速」


(機関微速)


 AIの繰り返しを聞くと同時に目の前に離水を案内し、空へと延びる黄色いマーカーが表示される。

ドックの整備兵達が黄色の布を巻いた手を振ってくる。


(桟橋との距離、約百メートル。

 安全航路確保。

 前方障害なし。

 リミッター解除二十秒前。

 風速北東へ五)


全長一六二四メートル、総重量二千五百万トンの船体がゆっくりと進み始めた。

乾ドックの壁にこすらないように用心しながら《ネメシエル》の船体を黄色いマーカーに乗せる。


(ずれなし。

 このまま進路を維持)


「了解です。

 離陸プロセスロック。

 《ネメシエル》離水します」


 推進装置の方向をゆっくりと真後ろに割り振ると速度計へと目を向ける。

さすがに《アウドルルス》ほどの加速は聞かないが《ネメシエル》には戦艦らしい鈍重さがあった。


「《ネメシエル》両舷全速」


ゆっくりと上がってゆく速度で生じた風が《ネメシエル》の船体を撫でる。

既に離水した《ニヨ》の姿がレーダーに映り青い円として表示されている。

ドックの装甲シャッターを潜り抜けると天井が消えた。

それを目印に一気にスピードを上げる。


(《ネメシエル》両舷全速了解)


 エンジンのリミッターを外した《ネメシエル》の速度は一気に加速した。

艦尾から霧のように海水が砕け昇っていく。

推進力をすべて船体を押し出すのに使ったため速力はすぐに離水基準の速度に達した。

ぐっ、と船体が持ち上がり《ネメシエル》の喫水下が次第に露わになる。

赤色に塗られた艦底と、大量の砲台が海水を名残惜しそうに触ると高度を上げた《ネメシエル》は大空へと飛び出した。

真っ赤な艦底と、奇妙な模様が空を駆け抜けてゆく。


「《鋼死蝶》行こ」


《ネメシエル》の前にでた《ニヨ》は通信で蒼に呼びかけてきた。


「《ネメシエル》、目標座標を入力。

 ニッセルツに向かいますよ」


(了解)


「面舵いっぱい!」






               This story continues.


ありがとうございました。

蒼怖いですね。

怒らせたくないですよね、出来るだけ。

おいらもです。

こいつは怒らせたくないです。


というか、こう蒼がSですよね。

蒼が悪いと思うんですよね。

Sな蒼も素敵ですがMな蒼はいないんでしょうか。

いませんよね、ありがとうございました。


それと、表紙絵が出来上がりました。

こちらです。


挿絵(By みてみん)


蒼はすごいシリアスな顔をしています。

そして表紙のタイトルロゴには《ネメシエル》の真っ黒な姿があります。

はい。

これは「噂」にて使わせていただいています。

戦艦はおいらが。

人物は相方が担当しました。


さてさて、超空陽天楼。

いよいよ激しい戦闘へと参ります。

ではではっ、またの更新をお楽しみにっ。


レルバルでした。

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