《鋼死蝶》
港に接岸した《タングテン》の格納庫から戦車と歩兵が展開されてゆく。
敵の反撃の火が《タングテン》の装甲に火花を散らし、味方の火が敵の体を射抜く。
飛んできたロケット弾が《タングテン》の装甲をめがけて飛翔するが、“イージス”の膜に遮られ天へと昇っていき空中で爆発して破片を散らす。
続いて《タングテン》の主砲である“四十六センチ三連装光波共震砲”が光を吐いた。
建物が丸ごと崩れ、もうもうと湧き上がる土煙の中所々光る銃火が戦闘中だということを教えてくれている。
かつて人が住み、生活を営んでいた片鱗を踏みつけて敵の戦車が味方の隊列をせき止めるように三台前に進んでくる。
『伏せろ!』
一拍おいて戦車砲が火を吹いて隊長たちの真上を弾が通り過ぎる。
《タングテン》の手前で爆発した砲弾は桟橋を直撃して、海に落ちたコンクリートが小さな水柱を立てる。
『蒼さん、支援してくれ!
俺達の目の前に戦車が出てきやがった!
吹き飛ばしてくれねぇか!』
ぼーっとその光景を眺めていると蒼に隊長が自ら通信を入れてきた。
声の背後にはいくつもの銃声が響いている。
「……待ってください。
《タングテン》あなたの方から支援砲撃できませんか?」
《ネメシエル》は上空にいるため下手をすれば誤射をするかもしれない。
その恐れが薄い、海面に浮かんでいる《タングテン》の方が確実な支援射撃は出来るのだが
『すいません、蒼様。
歴史的重要文化財が背後にあり不可能です』
どうやら今回ばかりは上からするしかないようだ。
「……了解しました。
隊長、私に位置を教えて伏せていてください。
被弾しても知りませんよ?」
《ネメシエル》の機関の回転を上げて舵を右に切る。
時速五十キロほどの低速で《ネメシエル》は隊長たちの後ろ側に回り込むと
「《ネメシエル》全地上敵をロック」
蒼は《ネメシエル》にそう命じて脳内に送り込まれてくる外の映像に映る敵にロックオンの紋章をつけてゆく。
甲板に並んだいくつもの機銃がそのロックオン目標に同調しながら一気に砲身を傾けた。
地上を大量の砲門が睨みつける。
「《ネメシエル》全力射撃開始!
陸軍の援護をしますよ!」
(“五一センチ”を撃ちたいところだが我慢するか。
“四十ミリ”及び“六十ミリ”撃ち方を始める)
『《ネメシエル》からの支援が来るぞ!
全員伏せろ、当たったら死ぬぞ!!
そこの機材どけろ、邪魔になる!』
「射撃開始!」
隊長からの声と蒼の声が重なると同時に、武装にまでエネルギーが伝わった《ネメシエル》の機銃とガトリング砲は光の炎を放っていた。
敵は自分たちをめがけて降り注ぐ死の雨を見上げ、死を察するまもなく頭を、体を撃ちぬかれてゆく。
飛び散った脳漿と血液、何の意味もなさなかった焼けた銃痕の残るヘルメットが地面に転がる。
逃げようとする敵を蒼は機銃の標的をそのままスライドさせて追った。
足を射抜かれ、こちらを見上げて恐怖の表情を浮かべる者もいればそれでもなお銃を持ち発砲しているものもいる。
一台目の戦車は相手が悪すぎると悟ったのかキャタピラを回転させて後ろに逃げ始めた。
それにより重要文化財という盾を失った戦車はすかさず砲撃をした《タングテン》の光に飲まれ消える。
燃える戦車の中から燃える服を纏って悲鳴を上げる兵士たちが飛び出してきた。
《ネメシエル》から放たれた光が頭を引きちぎり手足に、体に穴を穿つ。
【化け物め!】
そうこっちを見上げて動いたシーニザー語の発音をした唇は地面の土がパッと舞ったことで見えなくなった。
悲鳴、そして恐れの声で埋め尽くされる戦場を蒼は自分の武装で耕してゆく。
どのような反応があろうとも蒼は銃撃を緩めなかったし緩める気もさらさらなかった。
戦車の装甲にめり込んでゆく光。
固い鉄を貫通して内部の砲弾を誘爆させた光は地面に突き刺さって熱と光を失う。
祖国を踏みにじったものに対する罰。
蒼は憎しみよりも憐れみを抱いていた。
自分たちを敵にまわしてしまった、そして祖国の土地を汚したことが世界の最大のミスだと。
ベルカを制圧したのと同時に《ネメシエル》の所属する《超空制圧第一艦隊》をも制圧できていたらコグレも含めたベルカ全土が世界の手に落ちていただろう。
だが、《超空制圧第一艦隊》を取り逃がしたことにより世界はベルカを制圧しきれないでいる。
『蒼さん、建物の影に五人隠れてる!
今座標を送るから吹き飛ばしてくれ!』
「了解しました。
座標を秘匿コードで送ってください」
承諾すると同時に蒼の視界に緑色の光が現れ、円を結んだ。
瞳を動かし、緑の円に重なるようにシーカーを動かす。
シーカーを動かしながら蒼は武装を選択した。
右にくっついている武装選択の光が“光波共震砲”に切り替わる。
それに比例して、今まで空を向いていた“五一センチ光波共震砲”の向きが変わる。
艦底に設けられた一台の“五一センチ光波共震砲”の砲塔のギアが動き始めた。
歯車は歯車に動きを伝え、大きな力は巨大な砲塔を旋回させ始める。
砲塔内部で今度は歯車が回り、飛び散る火花が力を伝えると六連装の砲塔は敵に向かって口を開けた。
「伏せておいてくださいね」
『お前ら!
来るぞ伏せろ死ぬぞ死にたくないなら伏せろ!!』
「外しませんよ……そんなに……」
そこまで信用ないですかね、私。
蒼がぼやいたと同時に《ネメシエル》から光の弾丸が放たれた。
巨大な熱を持ち、破壊力で建物を貫通して隠れた敵を射抜いてゆく。
座標が指定されたところに飛んで行った六本のオレンジ色の光は建物とその周辺を更地にすると地面に突き刺さりゆらゆらと蜃気楼を起こした。
(目標殲滅完了)
建物のガラクタは灰のように炭化して地面に散らばっている。
どこからか発生した黒煙が空に昇り、戦場だということを嫌でも伝えてくる。
「指定区画の敵の全滅を確認。
周辺を探索。
《ネメシエル》、全兵装拘束。
発見次第解放、破壊します。
味方の援護を適当にしながら周辺を哨戒」
地面の指定された敵をすべて倒した蒼は再び空中の哨戒にあたることにした。
敵艦隊がいつ上から攻撃してくるとも限らないからだ。
増援などを呼んでいたらたちまち今ここにいるコグレの陸軍など壊滅してしまうだろう。
そうならないように増援が来ていたら増援を破壊しなければならない。
レーダーの効果範囲を最大まで広げたところで
『こちら夏冬です。
蒼さん、敵駆逐艦の投降作業が終了しました。
まーなんていうか戦力にはならなそうな駆逐艦だけどまぁ使えるっちゃ使えると思います。
大規模な修理が必要だと思いますが……。
敵艦のデータを今送ります。
《ネメシエル》にて状況の確認をよろしくお願いします』
「了解しました。
夏冬、《ナニウム》よくやってくれました。
ありがとです」
(ほ、ほめられたー!!
ご、ご主人しゃま、褒められましたよぉっ)
『おーそうだな!
ぬっふふふ、褒められたなー♪』
(えへ、えへへへへへ)
『ふふ、うふふふふ』
「《ネメシエル》、早く通信を切ってください。
ここから始まるいちゃいちゃタイムは邪魔しちゃいけないと思うんで」
(そ、そうだな。
情報は秘匿コードKHにて頼む。
通信終了)
視界の端に映っていた危ない顔をした夏冬と《ナニウム》のイラッとする声が消えて蒼は改めてほっと一息ついた。
あんなのを視界に映しながら考えることなんてできませんからね。
“レリエルシステム”から長い戦闘で痺れてきた右手を引っこ抜き、自分の額に当てた。
「ふー……」
ほっとした息を吐いて蒼は逐一更新されていくレーダーに気を集中する。
敵の新たな兵力は確認されず脅威レベルは下がっていく一方だった。
『蒼先輩、そろそろ下も終わりそうっすよ』
春秋もレーダーを眺めていたらしい。
隊長たちに抵抗する勢力も少なくなり、地上でもちらほらと白旗が目立ち始めていた。
一つの戦争の終焉。
短期決戦だったが、すべてはうまい具合にことが運んだ。
敵に援軍を呼ぶ隙を与えずに空の守りをくじき、そのあと地上を殲滅する。
空からの攻撃は陸、海ともに大きな影響を及ぼすため絶対的に制圧する必要があった。
四隻しか存在しなかったものの《超空制圧第一艦隊》は見事に名前の通り空を制圧したのだった。
『あっ、蒼先輩っ。
見るっすよ、ニッセルツの敵司令部の上に白旗があるっす!』
春秋がレーダーにマーカーで示したところを見る。
ニッセルツの市役所を改造して司令部のようにしていたのだろう。
市役所にかつてベルカの国旗が羽ばたいていたところに白旗が挙げられていた。
蒼はそれを確かめるように瞬きして
「……作戦成功。
これよりコグレに帰港します。
みなさんお疲れ様でした。
隊長殿聞こえますか?」
無線を全員につなぎ言葉を紡ぐ。
『おう、こっちは死傷者ゼロだ。
的確な攻撃をありがとうよ。
今から敵の武装解除を進める』
「はい。
では、そこでニッセルツ基地司令の展開などもろもろよろしくお願いします。
《ナニウム》と《タングテン》は置いていきますのでそこを拠点にしてください」
『了解。
それじゃあ、下に降りてきたらまた話そうぜ。
まるで死をばらまく蝶のようにきれいな鋼の戦艦さんよ?』
隊長にしてはやけにしゃれたことを言うじゃないですか。
頬が熱くなって、蒼は隊長の顔を思い浮かべ照れ隠しに顔に一発パンチを叩き込んだ。
※
「お帰り、蒼副長。
早速だが戦果を報告してくれ」
コグレに戻ってきて《ネメシエル》を第一艦ドックに放り込んだ後蒼はすぐに司令室に向かった。
基地司令のマックスにはすべてを話しておかねばならない。
戦闘で疲れ切った体をシャワールームに持っていきたかったが《アルズス》をドックで待たせている今そんな暇はなかった。
それでもマックス夫妻は蒼の苦労を少しでも労ってやろうという心があったのだろう。
椅子についてぐったりとしてしまった蒼の目の前にプリンを置いてあげた。
春秋の分はドッグにいる整備士に持っていかせるらしい。
「ぷ、ぷりん!」
たちまち元気になってスプーンを探し始める蒼を見てマックスはにこにこと笑う。
副司令が引出しからスプーンを出して蒼の目の前においてあげると
「い、いただきまするっ」
変な訛りが入ったベルカ語をしゃべって蒼はプリンの容器を鷲掴みにすると蓋をこじ開ける。
マックスはその時蒼の背後に何か龍のようなものを見た気がした。
捕食者、という言葉が似合うオーラを醸し出していたのだ。
「あ、蒼?
プリンを食べながらでいいからどんなんだったか説明してもらっていいか?」
基地司令としては少しでも多い情報が欲しかったのだ。
「んぶっばばばんぶぶんば!」
蒼がプリンに夢中になりながらもマックスの問いに答えた結果がこれだ。
ベルカ語どころか赤子の言葉にすら至っていない。
ただの空気が抜ける音以外響いてこなかった。
だがふむふむと副司令は頷くと
「作戦は大成功。
敵本国への通信手段は遮断完了し、応援は来ない模様。
現在ニッセルツは《タングテン》および《ナニウム》が護衛しているようです。
《アルズス》は《ネメシエル》の付き添いおよび物資の補給のため帰港。
《ネメシエル》にも物資を補給してまたニッセルツへと飛ぶそうです」
「な、お、すげぇな副司令」
蒼の言葉を理解したようにすらすらと述べて見せた。
マックスはがつがつとプリンをまだ食べている蒼の頭を撫でると
「ご苦労様。
ありがとう」
と目を見て伝えると立ち上がり壁際の液晶パネルを触った。
すぐに液晶パネルにはドッグの姿が映りにゅっと横から伸びた整備班の班長がマックスの呼び出しに答える。
歓迎会の時のおじいさんだ。
蒼がぺこりと頭を下げると液晶の向こうでおじいさんも頭を下げて手を振ってきた。
「ん、ごほん」
マックスが咳払いをして呼んだのは俺だ、というアピールをするとおじいさんはあわてて
『し、失礼しやした。
そいで、どうしやしたか?』
「ん、ニッセルツに持っていく物資の積み込みはあとどれぐらいかかりそうだ?」
禿げかかった頭をかくおじいさんにマックスは手を振り、気にしてないといったそぶりをして疑問を口にする。
おじいさんは後ろを振り返って液晶を手に持ち少しいじくると
『あと一時間程度で出発できやす。
《ネメシエル》には大量の物資が詰め込めそうですからねぇ。
でもまぁ予想以上に大きいっすな、《超極兵器級》は』
と、笑いながら教えてくれた。
「だろうな。
とにかく迅速に頼む」
『了解しやした』
おじいさんからの返事を聞くとマックスは液晶の通話終了ボタンを押して胸ポケットからタバコを取り出した。
すかさず副司令がライターを取り出し火を出す。
マックスはタバコの先に火をともすと思いっきり吸い込んだ。
いつもは苦いタバコが、今度ばかりは勝利の味なのか甘くおいしいものに感じた。
肺に貯めた煙を吐き出すと
「ごちそうさまです。
ふー……うな……」
蒼がようやくプリンを食い終えたらしい。
幸せそうに自分のお腹を抑えなくなってしまったプリンのケースをゴミ箱に入れる。
そうしてからようやく状況を説明する気になったらしい。
あわてて液晶に地図を映し出そうとするのを副司令に阻止されている。
「もういいのよ蒼。
全部分かったから」
「へ?
あ、はい」
私何か言いましたっけ。
でも副司令がいいって言ってるなら――別にいいんですよね?
プリンを食べていただけだと思うんですが。
「とりあえずお疲れ様。
っと、そういえば捕虜が出来たんだってな?」
思い出したようにマックスは手に持ったタバコをくるくると回して煙の動きを目で追う。
灰がズボンに零れたがそんなこと気にしないと言わんばかりに無精ひげの生えた顎を撫でた。
副司令に渡された液晶を操作して捕虜のデータをタバコを咥えながら眺める。
「ええ。
連れてきますか?」
「んーどうしようかね。
説得したいのはやまやまだが、うまく協力してくれるか……。
うまいこと言ったらニッセルツの防衛に一役買ってくれるかもしれんがな」
蒼は窓の外からちらっと港に浮かんでいる一隻の駆逐艦を眺めた。
《ネメシエル》の“光波共震砲”を食らった船体の損傷は大きかったが自力で航行可能だったため《アルズス》と二隻でコグレまで護衛してきたのだ。
“核”の少年は現在医務室にて傷の手当てをしてもらっている。
担当するのはブラドだったが敵国の捕虜ということもあり悪いようにはしないだろう。
悪魔のようなおっさんの意地の悪い笑みを思い出して蒼はぞくっとした。
もう二度とあいつに私の体を触られたくありません。
気持ち悪い。
自分の右腕で光る“ワープダイヤモンド”を摩り蒼は椅子に足を絡ませる。
「でも、協力してくれるでしょうか?
私達は敵。
《超空制圧第一艦隊》の名においてあの少年の艦隊、家族を沈めたのです。
そう許してくれるとは思えませんが」
ボロボロのシーニザーの駆逐艦から降りてきた少年の蒼を見る目を思い返しニヤッとする。
恐怖に満ちたあの瞳こそが蒼を今生きさせている一つの活力だった。
私が誰かに恐れられている。
ぞくぞくする瞬間である。
「やってみなきゃ分からないじゃない?
ね?
とりあえず連れてきてみましょうよ、あ・な・た」
「ここであなたはやめろ。
まーそうだな。
副司令の言うとおりか、とりあえず連れてきてみるとしよう。
話はそれからだな」
夫婦のいちゃいちゃを満喫したのか副司令が席を立ち、司令部のドアへ向かう。
その行動を止めようと蒼が
「あ、私が行きます」
あわてて立ち上がって副司令の裾を引っ張る。
副司令は蒼の頭をわしわしと撫でると唇に手を当てた。
いわゆるおねだりのポーズだ。
その表情のままマックスを下から見上げる。
「ねぇ、司令?
あなたの力でブラドに頼んで引っ張ってきてもらうわけにはいかないかしら?」
マックスの落し方はさすが妻なだけあってよく知っている。
副司令のはちきれんばかりの胸を眺めいつかは自分も……と蒼はガッツポーズをした。
黒色の軍服はぱっつんぱっつんで今にもボタンが弾け飛びそうだ。
「――やれやれ。
そうだな、そうすることにしよう。
副司令、医務室へつなげ。
ブラドに直通でつながるようにな。
今日また別の女でも抱いて寝てんだろあいつのことだから。
ったく胸糞悪い」
マックスの表情はブラドのことを嫌っているというのを隠しもしていなかった。
手に余すところもあるのだろう。
確かにあの態度は問題ですもんね。
自分が医務室にお世話になった時のことがありありと脳裏に再生された。
ほとんど会話が嫌味でしか進行してなかったです。
『ったく……はい、こちら医務室医療班班長フール・ブラドです。
今司令から頼まれた敵の“部品”ちゃんを整理整頓してるってのに……。
何か用事でしょうか?』
あいからわず不健康そうな顔つきに、白い白衣。
人を小ばかにしたような目つきは二回目でもぞくっとする何かを感じさせる。
「その“核”の少年のことなんだが。
至急司令室までつれてきてくれないか?
頼んだぞ」
マックスの言葉にブラドは息を詰まらせた。
一体司令が何の用があって、と爪を噛んでいる。
『はぁ?
え、あ、はぁ。
分かりましたしばしお待ちくださ』
ぶつんと最後の言葉までブラドが言うのを待たずにマックスは通信を切った。
やっぱりあいつはどんなに頑張っても私達、“核”を“部品”としてしか認めないつもりのようですね。
皮肉ったらしいクソみたいな男です。
だれにも気づかれないようにそっとため息をついて空の容器を指で転がす。
マックスは椅子に奥まで腰かけもう一本のタバコを咥え、副司令はぼーっと空を見上げあくびをひとつ、ふたつ。
のんびりと三分ほどたつと司令室のドアがコンコンと叩かれた。
「入っていいぞ」
やっと物が届いたらしい。
「し、失礼します」
たどたどしいベルカ語の後に、扉が開き中に二人が入って来た。
おどおどとした表情の少年と、側に付き添うようにくたびれた白衣を着たブラドが立っている。
痩せこけた頬に髪の毛が張り付いていて運動していなかったのかここに来るまでの間に息を切らしている。
日頃の運動不足がたたっているらしい。
「はぁ……はぁ……ったく、なんで私がこんなことせにゃならんのか。
司令、終わったらまた返してください……ね。
私は調べ足りないので」
少年をおいしそうな食事のように唇を舐める。
息を切らしているのにそんな余裕があるんですか。
蒼はまた一つため息をついてこの男の意地汚さを嘲った。
「ああ、分かったよ。
すまないなドクター」
マックスは先ほどの嫌な顔を完全に隠し、ブラドの肩を叩いて苦労をねぎらった。
ブラドは不満そうに口をとがらせるが
「もういいぞドクター。
出て言ってくれて構わない」
というマックスの言葉に後押しされるように司令室を出て行った。
その際に蒼を見て、ウインクするのを忘れなかった。
「――っ!」
固まった蒼の笑顔を見て、頬を笑顔の形に攣らせながらブラドは扉の隙間から体を滑り出した。
背中までたった鳥肌を手で摩り抑える。
まるで苗字のごとくブラド(蛇)みたいですね。
あの笑顔に見据えられた自分は蛙といったところでしょうか。
かぶっていた帽子を取って《超空制圧艦隊》の紋章を眺める。
まるで目のような形は、空から制圧の目を向けるといった意味があるらしい。
蒼は立ち上がってブラドが完全に閉めきらなかったドアの隙間を閉めるとまた椅子に戻った。
「んで?
お前、名前は?」
マックスが用心用にポケットに拳銃を片手に持って少年に話しかける。
何やら長くなりそうですね。
「マックス、私少し散歩に行ってきます。
説得終わったら携帯なりなんなりで教えてください。
では……」
長くなりそうな予感は察知したら逃げるが吉だ。
蒼は立ち上がってその場を立ち退こうとした。
「ひっ!」
小さな悲鳴がして、蒼がそちらを見ると少年が頭を手で覆っていた。
蒼、つまり《ネメシエル》がいることに気が付いたのだろう。
少し震えていた少年は蒼の顔をみてさらに小刻みに震えはじめた。
がちがちと歯を鳴らし、両手で自分を抱く。
額から汗が流れだし、見ているこっちが心配になるほどの変化だった。
「お、おい大丈夫か?」
さすがにマックスもその状況になってまで銃を持つ気にはならなかったらしい。
あわてて少年に駆け寄ると肩に手を置いて不安を軽減させようとした。
副司令も水を汲んできて少年に落ち着くように促す。
「あ、ああ……」
副司令の持ってきたコップを手で払いマックスを押しのけると少年は足を抱えると顔をうずめた。
まるで蒼を観たくない、拒絶するかのように。
「…………。
では、マックス私は――」
蒼がドアから出ようと思った時だった。
少年ががばっと起き上がるとどこにそんな力があるのかという勢いでマックスに掴みかかった。
「っな!?」
突然の出来事にマックスは油断していてあっさり銃を奪われた。
司令が手を伸ばすにはもう遅く少年はマックスの巨体を蹴り飛ばすと銃を蒼に向ける。
「はぁ……はぁ……」
「………………」
「おいおっさん、動くなよ!」
既に狂気をはらんでいる目は蒼だけを見つめていた。
蒼は蒼で下から、自分を見上げてくる少年に目を細め不快だと訴える。
「あんたは!
家族を殺した!!俺の!!」
たどたどしいながらもベルカ語で言葉を叩きつけてくる少年の背後でマックスが銃を奪おうと飛びかかる姿勢になる。
銃を取った時に副司令が壁についている非常ボタンを叩くように押したため、あと二分もすれば陸軍の男たちがここに流れ込んで少年を取り押さえるだろう。
だが、二分間の間に少年はマックス、そして副司令を殺すことが出来る。
妙な緊張感が司令部に走る。
サイレンが鳴り、異常事態が起こったことを基地全体に知らせる。
「ええ。
それがどうかしましたか?」
しれっとした態度で蒼は少年の言葉に答えてやった。
戦争なんだから当然でしょう?
それと同時に蒼は《ネメシエル》へと指示を飛ばしていた。
いざとなったら少年を吹き飛ばせるように。
砲塔が旋回を初め砲門が司令室へと照準を合わせる。
少年の頭だけをロックオンして、蒼はエネルギーをため込みいつでも撃てるようにした。
「す、少しも悪いと思わないのか!?
あんたにだって感情はあるだろうが!!
この《鋼死蝶》が!」
「………ふん。
あなたはそうやって感情で物を言いますが。
では、あなたはどうだったんですか?」
蒼はドアノブにかけていた手を外し少年に一歩近づいて見せた。
自分よりもに十センチほど背の高い少年も、銃も怖くなかった。
懲りずに飛びかかろうとするマックスに少年は一瞬銃を向け
「……こっちに来たら《鋼死蝶》は殺す!
そこにいる女もだ!」
と吐き捨てた。
蒼はため息をひとつつくと
「あなたはどうだったんですか?」
と再度問うた。
感情がない?
それは違います。
私は感情を隠すのがちょっと上手なだけですよ。
ふふっと、笑い少年の拳銃を蒼は握り締める。
「俺は…………」
少年は一人称をしゃべるとすぐに黙ってしまった。
すかさず第三攻撃に入る。
「もう一度聞きます。
私はあなたの艦隊を、あなたを除いて落しました。
じゃああなたはどうですか?
世界から襲われて、燃えているベルカの土地を奪い取った卑怯者のシーニザーのあなたは?」
「…………」
「先に殴ったのはあなた達です。
それなのに殴られた私達には何もしないでいろと?
ベルカを殴ったのは、世界です。
じゃあ世界を私達は殴り返さなければなりません。
分かりますか?」
「そ、それは……」
「感情、それだけで動いているあなたにはまだ分からないでしょう?
守る国があり、国が存在している軍隊に属しているあなたには。
私達は亡国の艦隊であり、亡国の戦艦なんです」
「…………」
「殴った本人が殴り返すな、というのはおかしいと思いませんか?」
「……………」
とうとう黙り込んでしまった少年の側面に回ると蒼は銃を奪い取った。
少年は抵抗もせず銃を蒼に取られるとがっくりと床に膝をつけた。
「これが戦争なんですよ。
甘い考えでは生きていけません。
あなたはマックスに今からみっちりとしごいてもらうんですよ」
蒼は拳銃をマックスに渡すと、ドアノブに手を伸ばし捻る。
金属のきっとした音が司令室に響き一歩を踏み出したところで
「あ、そうだ。
私達の家族に入るのもありかもしれないですよ?
一緒に戦ってくれると助かるのですが。
まぁ、ゆっくり考えればいいです。
どちらにせよあなたの命は私達の手のひらの上にあることをお忘れなく」
思い出したように少年の震えている背中に言葉を投げかけるとドアを閉じた。
割れたガラスにガムテープが張ってある廊下に出たところで蒼は《ネメシエル》に命じて攻撃を中止させる。
どっちが正しいかなんてわかりませんよ私には。
ただ、こういうことがあるからこそ戦争なんじゃないですか?
蒼はガラスを通して遠くの雲を見ると外の涼しげな天気に目をやった。
どかどかと蒼の後ろを陸軍の兵士たちが駆け抜けてゆき司令室に押しはいる。
今頃中では少年が陸軍の人に取り押さえられているだろう。
せわしない一瞬の出来事に取り残されたように一人の男が立っていて蒼に話しかけてきた。
「いやーさすがだな。
え?
“部品”ちゃん?」
「……ドクターブラド」
涼しげな天気が広がるガラスの壁とは反対側にブラドが意味ありげに壁に背中をつけて立っていた。
どうやら中の騒ぎは全部聞いていていたらしい。
「やれやれ。
空月博士もなかなかにいい出来の“核”を作ったじゃないか。
あの問いに逆にああやって返すとはね」
空月博士、という単語に蒼は目を細める。
蒼を作ってくれた博士、いわゆる父の名前だ。
「さすが特殊戦術科学部所長なだけあるよ。
いい出来だ。
そのうちまた……“研究”させてくれたまえよ、“部品”ちゃん?
何やらまだあの《ネメシエル》とやらにも隠された秘密がありそうだしな」
にたあ、と歯を見せて笑うブラドが悪魔に見えた蒼は目を逸らして背中を向けた。
話すだけ無駄だろう。
これ以上話す意思はない、ということを伝えなければこの男は永遠としゃべり続ける。
「じゃあねー」
そんな蒼の背中を見送ってブラドはまたニヤッと一人で笑うのだった。
まったく、薄気味悪い。
胸の中にじんわりと広がるどす黒い不快感を拭うこともせず、蒼は階段を降りて外に出る。
のんびりとした風が甘い空気を運んできてそれが蒼の疲れを少し癒してくれた。
「……《鋼死蝶》ですか」
下から司令室の窓ガラスを眺め蒼は少年に言われた言葉をそっと口の中で呟いた。
This story continues.
読んでいただきありがとうございました。
ニッセルツ戦、終了です。
ここからまた、どのように物語が動くのか。
お楽しみにっ。
そうそう、みなさま。
一番初めの記事は定期的に更新されているのをご存知でしょうか。
蒼の画像がついてたり、戦艦の画像が更新されたり。
重要な人物に一人加わってたりといろいろ改変がしてあります。
よろしければぜひ一度目をお通しください。
ではではっ。