ニッセルツ上空第二次空戦
《ネメシエル》の上甲板に多数設けられた巨大な砲塔が旋回して、六連装の砲身がぐいっと身をもたげる。
オレンジ色を孕み、シャッターが開いた砲門が輝く。
五一センチの口径を持つ砲身が睨む先には黒い点のような敵の艦隊の姿があった。
距離はおよそ千五百。
「撃ち方、はじめてください!」
蒼の号令と同時に《ネメシエル》の砲門から大量のオレンジ色の光が放たれた。
発砲の反動で、《ネメシエル》の巨体が少し傾き、船体の金属が軋む。
金属をこすり合わせ、火花を散らすギアが回転して動く《ネメシエル》の甲板上の砲塔は各自しっかりと敵を追尾し続ける。
続いて放たれた第二斉射は艦底からだった。
甲板と艦底両方から放たれた大量の光が目をくらます勢いで首をもたげ噛みつこうとする。
『《アルズス》!
撃ち方はじめっすよ!
とことんまで撃ち尽くすっす!』
(分かったよ、お兄ちゃんっ)
気の抜けるような応答の後、《アルズス》も《ネメシエル》に続いて敵へと己が持つ破壊の力を放った。
白い反動光が砲門の周りに何本も輪のように並び、その輪を通って熱を持ち加速してゆくオレンジ色の光が敵へと延びる。
百を超える“光波共震砲”の力が敵の艦隊へ牙をむいた。
飛んできた死の塊に《シーニザーの戦艦》は慌てふためき、それぞれ思う方向に回避を始める。
実戦にはあまり慣れていなかったのだろう。
【っ!!
来たぞ避けろ!!】
【高度八千まで急上昇します!】
【バカ野郎、そっちに行くんじゃねぇ!】
綺麗な艦隊姿が崩れ去りぼろが出始める。
敵の無線を聞きながら蒼は“パンソロジーレーダー”に映る敵の姿を確認した。
“パンソロジーレーダー”に映っているものは戦艦級が三隻、巡洋艦級が八隻、駆逐艦級が一二隻の大艦隊。
普通ならば肝をつぶして逃げるほどの大戦力。
士官学校でたった二隻で挑むなど、試験で書いたら間違いなくバツをもらうだろう。
だが、蒼には自信があった。
全てを叩き落し、祖国の地を取り返す自信が。
大艦隊のど真ん中へ“光波共震砲”のオレンジ色の光が己の力を持って突っ込んだ。
【避けろ!】
【っ!?
や、し、死にたくな――】
先頭などの動きがよかった艦艇は光を避けることに成功したが艦隊の最後を航行していた三隻の駆逐艦はオレンジ色の光に巻き込まれる。
展開されていたバリアを突き破り、“光波共震砲”の光が三隻を射抜いた。
まるで銃に撃たれた鳥のように、散る羽のとなった部品がぱらぱらと船体から剥離し空に散らばる。
右舷から入ったレーザーは機関室を焼き、バラストタンクを崩壊させる。
焼けた配線が誤作動を誘発し、さらにバランスを崩した艦が傾きはじめる。
十万度を超える熱が内部構造を破壊し尽すと左舷装甲を溶かし、レーザーは空へと抜けて行った。
【《ウーラ》、《ユエガ》、《ナギサ》!】
女の敵の悲鳴と共に、射抜かれたことで飛ぶ力を無くした駆逐艦はゆっくりとその艦首を下げ始めた。
船体のほとんどが溶け、原形が消えかけている駆逐艦は次第に落ちる速度を上げてゆく。
やがて海面に大きな三つの水柱を相次いで起立させ、三隻の駆逐艦は空から消えた。
【撃て撃て!
絶対に仕留めろ、絶対だ!】
敵から網のように大量の赤いレーザーが飛んできた。
蒼はその方向性を見切ると
「面舵いっぱい、全速前進、レーザーの雨に頭から突っ込みますよ!
高度上げ、五五〇〇!
第三斉射はじめ!」
『《アルズス》、斉射はじめっす!』
《ネメシエル》の船体の向きを九十度変えさせ、敵の艦隊へ頭から突っ込むことにした。
次第に遠くなってゆく距離を縮めるには自ら近づくしかない。
エンジンの音を高め《ネメシエル》の巨体が敵へ向かって頭を向けた。
それと同時に右舷を向いていた砲塔が正面を向き直し、白い衝撃光をまとったオレンジ色のレーザーが発射される。
今度は展開された相手のバリアを破るには少し距離が足りなかったらしい。
相手の戦艦全体が輝くと“光波共震砲”の光は弾かれてしまった。
【“荷電防御装甲”被害率八十パーセント!】
【なんだと!?】
【一発で八十だぁ!?
バカ野郎、計器の見間違いじゃねぇのか!?】
続いて発射された第四斉射は一発も当たることなく虚空へと消えていく。
急にスピードを敵艦隊が上げたため目標到達地点を見誤ったのだ。
私としたことが、ドジをっ――。
今のが当たれば二隻ほど落せたであろうに、と蒼は自分のミスを悔やみ唇を噛む。
【全艦、足並みを揃えろ!
距離内で一撃でも当たるとアウトだ。
《ネメシエル》級の“光波共震砲”は化け物だぞ!】
【り、了解しました!
操縦指揮委託、旗艦に同調します!】
【全艦、防衛陣を取りつつ攻撃しろ。
何としてでもあいつらはここで食い止めるんだ!】
三隻を一気に沈められたにも関わらず、敵の士気は上がってきているようだった。
敵戦艦および巡洋艦が弱い駆逐艦を守るように前面に押し出され、甲板に並ぶ数々の砲台がこちらを向いた。
ばらばらだった足並みが揃い、スピードが上がってゆく。。
【撃ちまくれ!
何としてでもやつをここで落とすぞ!】
【フルバーストだ!
おい、《フィフジア》リミッターなんてつけてんじゃねぇ!
戦艦級のお前がきちんとしなきゃ誰があいつをやるんだよ!】
【ご、ごめんなさ、ごめんなさっ】
敵の甲板から赤く光るレーザーが熱を持って《ネメシエル》と《アルズス》を狙ってきた。
直進するレーザーが“イージス”に果敢に挑んでくる。
【食らえ、《フィフジア》のフルバーストだ!】
【いけぇえええ!!】
「《ネメシエル》、“イージス”ピンポイント展開。
許可二パーセント以内です」
(了解。
“イージス”展開過負荷率許可二パーセントに抑える)
当たる直前に強い光の壁が赤いレーザーの前に立ちはだかった。
壁にぶつかったレーザーは赤く千切れて消えてゆく。
(“イージス”過負荷率一パーセントに圧縮成功)
「上出来です、《ネメシエル》」
ふふん、と蒼は得意げに敵艦隊を鼻で笑って見せた。
《超極兵器級》の力、嘗めないでください。
【い、今ので想定過負荷率は二パーセント以内かと思われます!】
【なんて防御力だよ……!】
敵の声が若干震えていることに蒼は快感を覚えた。
自分の力が相手を怯えさせ、怖がらせている。
《ネメシエル》が持つ絶大な力を感じるのはこういう時だった。
そして、それが蒼が兵器でいられる理由。
敵が、恐怖に打ち勝とうとしている様を眺めることが生きていると蒼が感じる瞬間だった。
「“イージス”自動展開。
警告発生は負荷率が十ごとに設定してくださ――」
蒼は“イージス”の自動展開を《ネメシエル》に委託し、攻撃に集中しようとした瞬間視界に広がる大艦隊の一隻一隻の甲板が開いたのを見つけてしまった。
このタイミングで――!と、舌打ちして蒼は次に飛び入ってきた《ネメシエル》の報告を頭の隅に流す。
(蒼副長、ミサイル!
十二時の方向、高度五〇〇〇、距離三八〇〇。
数は百二十。
予想するに“三九式艦対艦ミサイル”だと思われる。
命中した場合第四装甲まで破られるぞ)
でたらめな兵器をまた……。
数からして飽和攻撃をするつもりらしい。
それを証拠に上下左右すべて狙うのではなく左舷だけを集中してミサイルは飛んできていた。
蒼は艦首を少し下げるように指示して高度を落とすと通信を開き冷静に命令を発する。
雨雲を艦首が割り、一気に船体全部が雲の中に飲み込まれてゆく。
「飽和に入るつもりですか。
春秋、夏冬。
“強制消滅光装甲”をきちんと展開しておいてくださいっ。
自動迎撃装置作動、迎撃開始!
春秋、データリンク!
夏冬、そっちにも行きましたよ、迎撃してください!」
『っ、りょ、了解っす!
《アルズス》!』
(“強制消滅光装甲”展開開始っ、お兄ちゃんいけるよっ)
『……《ナニウム》』
(ひゃぁぁい、ご主人様ぁっ。
“強制消滅光装甲”展開しましゅぅ!
あぁ、十二時、正面から敵レーザー接近中でしゅぅ!)
(……なんて言うか、気が抜けるな)
「《ネメシエル》、高度下げ二百。
舵戻して」
迎撃を発令するのとほぼ同時に蒼の頭の中にミサイル接近を教えてくれるアラートが流れた。
数を観ようと《シーニザーの艦隊》へと目を移すとどの艦の甲板も噴火した火山のように灰色の蒸気で覆われていた。
その蒸気を貫くようにして一本、また一本と光を鈍く跳ね返すミサイルが飛び出してくる。
《ネメシエル》が予想した通り“三十九式艦対艦ミサイル”に間違いない。
駆逐艦クラスなら一撃、戦艦でも十本食らえば普通は航行不能になるだろう。
それを百二十本も、相手は撃ってきたのだった。
【ミサイル、再装填急げ!
《ネメシエル》が来るぞ!】
【ベルカの野郎どものバリアを剥ぐには攻撃しまくって過負荷をオーバーさせるしかない!
それまでひたすら撃って撃って撃ちまくるんだ!】
【全艦ミサイル発射完了、敵艦迎撃準備に入りました!】
【斉射開始、少しでも邪魔をするんだ!】
マッハを超える速度でミサイルが《ネメシエル》及び《アルズス》、《ナニウム》へと狙いをつける。
そしてミサイルの速度を超えて先にレーザーが蒼達《超空制圧第一艦隊》の視界を覆った。
自動で展開される“イージス”がレーザーをいなしたおかげで蒼達はミサイルだけに集中する。
ミサイルとの距離が迎撃装置の射程内に入ったところで
「迎撃、撃ち方はじめてください!
一本たりとも通さないように!」
とミサイルすべてに迎撃装置の照準を合わせた。
(了解。
迎撃装置解放。
撃ち方はじめ)
『旗艦同期完了、撃ち方はじめるっす!』
(あうう、了解しましたぁ。
《ナニウム》撃ち方はじめましゅぅぅ)
『……《ナニウム》かわいいなぁ』
(照れましゅよぉっ、ご主人様ぁっ♪)
一泊遅れて《超空制圧第一艦隊》の三隻から迎撃の光が放たれ始めた。
空を埋めるような弾幕が展開され、百二十ものミサイルの前に立ちはだかる。
最新式のレーダーを積んでいる《超空制圧第一艦隊》は迎撃にも適しており、すぐにミサイルは数を減らし始めた。
【敵艦迎撃開始、ミサイル数がどんどん減少していっています!】
【っち、化け物艦隊が――!】
空中で爆発するものもあれば、制御装置をやられ見当違いの空へ消えていくものもある。
膨れ上がった煙を蹴散らし、《ネメシエル》の巨体が連合の艦隊との距離を維持するべく高度を上げた。
中には《ネメシエル》達の放つ弾幕を避け、船体へ食らいつく寸前まで来たものもある。
【いよっしゃ、命中だ!】
(“強制消滅光装甲”に弾頭の接触を確認。
強制消滅開始)
淡々とした声と共にミサイルの弾頭が接触したところが強い光に覆われる。
《ネメシエル》をはじめとする最新式の巡洋艦以上の軍艦は“イージス”の他にもう一ついわゆるバリアを積んでいる。
“消滅光波発生装置”、通称“強制消滅光装甲”と呼ばれているものだ。
イージスは莫大な質量をもつ攻撃方法に弱い。
その弱点を補うために思考されたものがこの“強制消滅光装甲”だった。
ベルカの主な対艦兵器“光波共震砲”の熱を防護用に回した結果生み出された産物で“イージス”がレーザーなどの光化学兵器用なのに対し、“強制消滅光装甲”は物理兵器に対して絶大な防御力を発揮すると言えた。
《シーニザーの艦隊》から放たれたミサイルは、十万度を超える熱でプラズマと化した“強制消滅光装甲”の膜に触れた。
強烈な白い光が一瞬接地面から放たれたかと思うと、ミサイルの先が包丁で切られたきゅうりの断面のように輪切りになり消えてゆく。
これが“強制消滅光装甲”の力。
まさにチートとしか言えないような《ネメシエル》の持つ防御力だった。
ここまで戦って蒼は長引きそうだと感じ、思い切った行動に出ることにした。
「《ネメシエル》副砲起動テストを今のうちにしておきましょう。
“大型光波共震拡散砲”にナクナニア光通達。
全武装、牽制射撃はじめ。
春秋、夏冬は我が艦の後ろに下がっておいてください。
巻き込まれたくはないはずです」
(了解した。
牽制攻撃を始める
《アルズス》巻き込まれるなよ)
『わ、わかったっす。
《アルズス》、全速離脱。
《ネメシエル》との距離を千ほどとるっすよ』
(了解したっすよお兄ちゃん。
機関後進、最大船速で《ネメシエル》から離れるっすよっ)
蒼の今までにない声のトーンに春秋はばねのように弾かれ動揺しながらも《アルズス》に離れるよう指示を出した。
今まで艦隊を組み、《ネメシエル》の後ろをついてきていた《アルズス》がゆっくりと離れていく。
「牽制射撃はじめ!」
《ネメシエル》の砲塔が回転し、身を翻す。
砲身が風を切り、今まで《シーニザーの艦隊》の方を向いていた砲口が少しずれて空を狙い始めた。
続いて轟音と共に砲門からオレンジ色の“光波共震砲”の光が放たれ始める。
立て続けに、空に弾幕を築き上げるように大量の光を《ネメシエル》が雨の空に差し込み始めた。
【な、何をするつもりだあいつ。
やけにあちこちに向かって撃ち始めたが……?】
【やけになったんじゃねぇのか?】
【バカ言え、そんなわけあるか。
いいからお前らは横に並んでいる《ラングル級》二隻の始末をしろ】
【はいはい旗艦どの】
雨を受け、《ネメシエル》の濡れた船体からしずくが滴る。
連射を重ね続けている“光波共震砲”の砲身は赤く光り、熱をはらんでいた。
そこに雨がぶつかり、ジュッと音を立てて蒸発する。
【とにかく撃ちまくれ!】
赤いレーザーを“イージス”で防ぎながら飛翔する《ネメシエル》で小さなブザーが三回鳴り、舷側、および甲板に伸びていた幾何学模様の輝きが強さを増した。
マッハを超える速度で航行していた《ネメシエル》が速度を緩めその場に静止する。
静止しながら、あちこちにまるで《シーニザーの艦隊》の周りを囲むように“光波共震砲”の光を交差させる。
網のようにわざと当てないように。
【なんだ……?
一体何をしてるんだあいつは】
【分からん。
だが止まってくれてるってことはいい的になるってことだ。
でかいチャンスだぞこれは。
撃ちまくれ、ここで落とすんだ!】
《シーニザーの艦隊》から再びレーザーが降り注ぎ始めた。
一本一本がまともに命中したらただでは済まない威力を誇っておりそれが通じない艦など存在しない。
《ネメシエル》が展開する“イージス”の部分がまるで傘になったようにレーザーの雨が止む。
レーザーが当たるところだけ強く発光して、盾が攻撃の槍を打ち砕く。
だが、それも過負荷率に余裕があるうちだ。
底抜けのバケツでもない限り、入れられた水は溢れだす。
じりじりと《ネメシエル》の過負荷率が上がっていくのを蒼は目の端で見ながら確実に命令を下した。
余分に機関を積んでいるため過負荷率には多少なりの余裕があるのだ。
「武装用ナクナニア光反動炉六番まで起動。
“大型光波共震拡散砲”砲門解放。
エネルギー充填開始、すぐに終わらせてください」
(“大型光波共震拡散砲”第一、第二、第三、第四用意。
目標セット、自動追尾装置ロック。
超光エネルギー移行。
艦底“大型光波共震拡散砲”砲塔回転はじめ。
砲旋回角度八度、仰角五度、直接射撃)
《ネメシエル》の艦首下と、艦底火器管制艦橋の下にコバンザメのようにくっついた大きな砲塔が旋回を始めた。
海水の侵入を防ぐために閉じていた防水の装甲がカメラのシャッターのように開き、砲身に浮かび上がる奇妙な青い模様が発光を強くする。
また、ブザーが鳴ると今度は甲板に変化が起きた。
艦首付近の広大な甲板の装甲が開き、中から二本の巨大な砲塔が現れ始めた。
一つだけで《アウドルルス》以上の大きさがある砲塔にはこれまた赤い奇妙な模様が刻まれている。
甲板上に出てくる“大型光波共震拡散砲”をはじめ、《ネメシエル》の主砲である“超大型光波共震砲”、およびもう一つの副砲である“大型ナクナニア光放出砲”はいつも甲板内に隠されている。
大きすぎる上に、ほかの武装の射界を制限してしまうからだ。
『あれが……《ネメシエル》の副砲……』
『なんかすごいな……。
味方だってのに恐れずにはいられないような……そんな雰囲気だ』
『俺、《ネメシエル》だけは敵にまわしたくないっすよ……』
春秋と夏冬は遠く離れたところからその様子をモニターにして見ていたが、船体を覆うような攻撃で我に返って再び自分の艦に指示を出し始めた。
過負荷率が少しずつじりじりと上がり春秋と夏冬を焦らせる。
《ネメシエル》ほど大きくないにしても三百メートルを超える《ラングル級》はいい的なのだ。
『っく、《アルズス》高度を少し下げるっすよ!
もろにレーザーの雨に突っ込んでるっす!』
(了解っすよ、お兄ちゃん!)
(《アルズス》、《ネメシエル》さんの前にで、出ちゃダメなんだからっ)
『そうだぞ?
《ナニウム》の言うとおり出ちゃダメなんだからな、春秋?』
『わ、わかってるっすよ!』
遠くに一隻黒く雨に打たれる中あちこちが太陽のように光る巨大戦艦。
赤く塗られた船底に青く光る砲身は少し気味が悪く、春秋はその姿を見て背筋が凍るような思いを感じた。
赤く光る砲身も気味が悪く、春秋はこちらも見ると《ネメシエル》の艦橋を眺めた。
『あれが、《超極兵器級》の力……』
『念のためもう少し離れるぞ春秋』
『そ、そうっすよね。
《アルズス》もう千ほど後退っす」
夏冬も春秋に静かに同意して二隻の戦艦はお互い寄り添うようにして遠くから《ネメシエル》を眺めていた。
《ネメシエル》の副砲塔を支えている支柱内でギアとギアが重なり合い、ギチギチとこすれあう金属の音が空に鳴り響く。
斜め八度の角度になるまで旋回した砲塔は、少しだけ角度を上げると沈黙する。
嵐の前の静けさと。
砲身の内部では莫大なエネルギーがゆっくりとため込まれていた。
(エネルギー充填率八十……なお上昇中)
「春秋、夏冬。
黙って私の援護に回ってください」
エネルギーの移動を見守り、蒼はレーダーをまた眺めた。
順調に、牽制攻撃は功を成していると言えた。
蒼は《ネメシエル》に命じて、《シーニザーの艦隊》の真ん中には“光波共震砲”を放たずに周りを囲むようにして放っていた。
これにより必然的に《シーニザーの艦隊》は中央にゆっくりと固まっているのだ。
自分たちでも気がついてはいないぐらいに。
副砲のロック範囲にすべての《シーニザーの艦隊》を収めると蒼は目標を固定した。
最低でも旗艦だけは仕留めなければならない。
蒼はじりじりと四基の副砲塔を動かして右半分を甲板副砲で、左半分を艦底副砲で吹き飛ばすことにした。
副砲の攻撃効果範囲を現す四つの赤い円が重ならないようぎりぎりの範囲を維持して《シーニザーの艦隊》を包み込んでゆく。
横でメーターの充填率もじわじわと上昇を続け、ようやくレッドゾーンへと突入した。
(エネルギー充填率九五……百。
充填完了、エネルギー弾倉へ。
……装填完了鼓動係数安定。
最終砲門――解放!)
淡々と状況のみを報告する《ネメシエル》のAIに熱がこもる。
「砲撃はじめ!」
熱に押されるように蒼も熱を込めた口調で《ネメシエル》へと命令を出していた。
蒼の脳から出された指令はすぐに《ネメシエル》のAIへと伝えられ、《ネメシエル》のAIは最終砲門を解放していた副砲制御CPUへと発射を促した。
副砲は発射の指令を受け取ると素直にその命令に従い、副砲内にため込んでいたエネルギーすべてを目の前の敵へと吐き出した。
【な、なんだ?】
【超光エネルギー反応!
敵の――!!】
『まっ、まぶしっ……!』
『《ナニウム》、明細度を少し落せ!
目を開けてられん!』
敵の報告の声は次の瞬間、悲鳴にもならない声となり消えて行った。
空を覆うような勢いで《ネメシエル》から放たれた四本の太いオレンジ色の光は《シーニザーの艦隊》の前でばらばらになると一気に数えきれない数に分かれ、《シーニザーの艦隊》を包み込んだ。
一つ一つが“五十一センチ光波共震砲”の威力を凌駕し、小さな町一つほどなら一瞬にして吹き飛ばしてしまうほどの力。
もう一つの太陽が現れるかのごとく、オレンジ色の光が《シーニザーの艦隊》すべてを飲み込んでゆく。
【ほんご――へ――!!
《ネメ――が!!
――くりか――だ!
死にたく――!!】
対艦用と言っては語弊があるほどの力。
十五万度もの高熱でプラズマと化した光に射抜かれた《シーニザーの艦隊》はどれも蜂の巣のようにあちこちに大きな穴が開きオイルを血のように流していた。
黒煙を吐き出し高度を一気に落としてゆく。
逃げ遅れたもの、逃げるのに全力を注いだもの。
どれも関係ない。
気が付けば《シーニザーの艦隊》は副砲四基の斉射で壊滅に追い込まれていたのだった。
残ったのは駆逐艦がわずかに一隻だけ。
その一隻もマストがへし折れ、艦橋の半分を持っていかれていた。
甲板に並んだミサイル発射口は赤く熱でひしゃげておりすぐそばを掠った事実を露にしている。
三つ存在していたはずの砲台のうち一つはとけ落ち、わずかばかりのコードで舷側にぶら下がっていた。
蒼は浮く棒のようになった一隻を眺めると照準を再び合わせる。
あの艦の中では“核”が身を刺すような痛みに耐えているのだ。
すぐに楽にしてあげますよ。
蒼は“五十一センチ”の稼働を命じると艦底にずらりと並んだ“五十一センチ六連装光波共震砲”が旋回して敵駆逐艦への狙いを定める。
連射していたおかげで赤く加熱された砲身が口を開き駆逐艦を咥えこもうとする。
『蒼先輩、待ってくださいっす!』
「……春秋」
蒼はこれだけの戦闘を潜り抜けたにもかかわらず汗一つかいていない自分の顔を右手でこすると諭すように呼びかけた。
またここで何やら起こそうっていう気じゃないでしょうね。
液晶に映る春秋を半ば睨みつけるように見て、片目を閉じる。
もちろん、分かっているでしょうね?
【き、聞こえ……ますか!
こちら《ニヨ》で……!
《ニヨ》から《ネメシエル》へ。
こ、こう……しま……】
「《ネメシエル》、照準そのまま。
エネルギー緩めず、最高威力を維持」
敵の駆逐艦である《ニヨ》からの通信を春秋も聞いていたのだろう。
あわてて蒼に正気を疑うような声を向けてくる。
『蒼先輩、降伏してるんすよ!?
助けてあげた方がいいにきまっているっす!』
唾を飛ばす勢いで春秋は蒼に反論を並べた。
案の定こう来ましたか……。
出そうなため息を抑え、蒼は春秋の相手をしてあげることにした。
「春秋、いいですか?
降伏の条件は全世界共通のはずです」
そこまで行って、夏冬にバトンタッチするように促す。
直接兄から言ってもらった方が効果も大きいだろうと予想したからだ。
『そうだ。
まず、白旗の掲示。
それから機関停止だ。
現段階を見てもどっちも用意されていない。
白旗どころか機関も停止していない。
今、蒼先輩が撃とうしていないのが奇跡だ』
『だ、だけどっ――!
あんな状態で戦闘なんて無理っすよ!?』
「あくまでも冷静に。
春秋、あなたは“核”であり“兵器”です。
優しさを持つのを悪いとは言いません。
ですが、戦場において優しさなんて無用なんですよ」
春秋を諭しながら蒼は一隻だけ残った敵の駆逐艦を眺めた。
機関はまだ回っているし白旗も上がっていない。
世界基準で見るならこれはまだ戦闘を継続するということだ。
変な行動をしたらすぐに撃ち落とします。
ここですぐに撃つことが出来ない自分も優しさを持っていてそれが邪魔をしている。
春秋にあんなこと言っておいて……私も情けないですね。
蒼は自分で自分を嘲笑した。
【こ……です!
本艦は……します!
おねが……です……けて!】
悲痛で、消えそうな声。
「《ネメシエル》白旗は上がっていますか?」
(んにゃ、上がっていない。
機関を停止する兆しも見えない)
「そうですか、残念です。
砲門解放、照準再び合わせてください」
『蒼先輩!!』
春秋は蒼に向かって絶叫し、夏冬は目を伏せた。
蒼が《ネメシエル》に発射を命じようとしたその時
「あっ……白旗」
敵の駆逐艦の折れたマストの代わりに艦首に白旗が掲げられた。
それと同時に敵の艦尾から伸びていたプラズベンエンジンの光が緩やかに消え始めた。
(機関音の低下、停止を確認。
敵の白旗および機関停止につき降伏を認める。
どうする、蒼副長)
「……海面に降りるように伝えてください。
その際砲門のアクセスはすべて遮断するように――とも。
待ち伏せで《タングテン》に攻撃なんてされたらたまらないですからね」
空を漂う一隻だけになった敵の船を見て淡々と述べた。
がっかりしましたよ。
ベルカを裏切ったぐらいなのだから最後まで戦うつもりだと思っていました。
なぜかホッとしている自分の心に嘘をつくように毒を心の中で吐く。
泣きそうな顔をしている春秋のモニターを遮断すると、服をひらひらとさせていつの間にか出ていた汗を乾燥させようとする。
基地に帰ったらシャワーを浴びたいですね。
「《ネメシエル》武装第一拘束。
敵はいつ来るかわかりませんからね。
いつ来ても大丈夫なようにだけはしておいてください」
(了解。
武装第一拘束。
砲門閉じ、仰角戻せ)
【こう……しま……!
助け……!!】
もともと混じっていたノイズにさらにノイズが混じる。
《ネメシエル》の“大型光波共震拡散砲”の光が機関系統に命中していたのだろう。
さすがに声が聞こえなくなるとまずいので
「《ネメシエル》、敵駆逐艦にエネルギー転送。
せめて通信ぐらいはできるように補助してあげてください」
(了解。
エネルギー転送開始、標的敵降伏駆逐艦)
【な、えっ!?】
《ネメシエル》のエネルギーを受け取り、少し息を吹き返した敵駆逐艦との通信液晶に映ったのは穏やかな顔をした少年だった。
パッと見てまだ十八に手が届くか、届かないかだろう。
「こちら《ネメシエル》。
聞こえますか、あなたの降伏を受け入れます。
今から一隻、誘導に回すのでその艦の指示に従ってください」
【あっ、はっ、はい!】
少年は蒼を見て驚いた顔をした。
あんな巨大戦艦を動かしているのがこんなに幼い顔をした少女だということに驚いているのだろう。
“核”は歳をとることはない。
一生、生まれたときと同じ姿のままなのだ。
兵器が年を取られたら使えるものも使えなくなってしまう、というのが理由。
《ナニウム》にこの艦のエスコートをするように指令を送り一仕事、空の制圧を完了した達成感に包まれていると
『蒼様、そろそろよろしいか?』
状況をモニターしていたであろうフェンリアから退屈を持て余したといった口調で通信が入って来た。
蒼は副砲の冷却状況を眺めながら作戦の第二段階へと移ることにした。
「はい、いいですよ。
着水して、港に停泊してください。
戦車なんかはできるだけ早く出してしまってくださいです」
砲台相手にかなりの善戦をしていた《ナニウム》のおかげで地上に展開されていた砲台はすべてが無力化され煙を吐き出すただの建造物と成り果てていた。
はるか遠くにて待機していた《タングテン》が、マッハ二で近づいてきたかと思うとぐんと高度を下げる。
尖った艦首が海面を割り、船体が海面を押し広げる。
海に浮いた城のような《タングテン》はそのままゆっくりと速度を落し安全な速度で港へと近づいていく。
その後ろでは敵の駆逐艦を誘導する《ナニウム》の姿があった。
『やっと、俺様たちの出番ってわけか』
自分の役目がほとんど終わってぼーっと空を眺めていたら頭を隊長の低い声が叩く。
蒼はぼーっとした表情のまま
「そーですね。
きちんと働いてくださいね」
と言って、視線を地表に戻した。
『蒼様、反撃を受けている。
主砲の使用許可を求める』
港に停泊した《タングテン》は地表に残っている敵兵の攻撃を受けていた。
《タングテン》も放出する戦車などを守ろうと艦載の機銃などを叩き込んでいるが複雑に入り混じった港町のニッセルツには如何せん効果が低い。
爆発が起こり、敵がロケット弾を撃ち込んできたと分かると同時に蒼は主砲の使用許可を出すことにした。
「いいですよ、主砲の使用を許可します。
ただし、文化遺産には絶対に当てないようにしてください。
それ以外のところにならいくら叩き込んでも構いません」
『了解、《タングテン》、吹き飛ばせ』
(あいよ、主砲砲門解放。
エネルギー充填開始……発射)
かすれ声のあと《タングテン》の反撃の光が一瞬閃く。
オレンジ色の光が街の一角を消し飛ばした。
一気に敵兵の反撃は緩むと、少しずつ後ろに下がり始める。
その姿を見たのか隊長が通信のマイクで戦車の上に立って演説みたいなのを始めた。
『さー行くぞ、お前ら!
ぶっ殺せ、ぶっちぎれ!!
ニッセルツは俺達のもんだ、返してもらうぞ!
出てきたら撃ち殺せ!
徹底的にやっちまうぞ!
こっちには《陽天楼》がついてんだ!
安心して死ににいくぞ!!』
「……いや、死んだらダメですからね?」
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お待たせいたしました。
ようやく更新いたしました。
本当にお待たせしました。
月一更新からなんとかもっとスピードアップしたいものです。
連載三つ抱えるとさすがにこう……来ますねw
でもこれだけは。
この作品だけはクソ面白いものにしたいのです。
ロマンを光らせたいんです。
ではではっ、読んでいただきありがとうございました。
まだ戦争がはじまってはじめのはじめですがどうかおつきあいください。