表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
ニッセルツ奪還
15/81

ニッセルツ上空第二次空戦 開戦

 明朝、朝五時。

空がしっとりと白くなってきて夜の深い闇が切り払われる頃、蒼は《ネメシエル》の発する声によって目を覚ました。

小さく、ゆっくりと赤ちゃんを起こすように《ネメシエル》は蒼に話しかける。


(おーい、起きろ―。

 時間だぞー。

 蒼副長、起きろー。

 起きないとプリンが溶けるぞー)


ぴくりと、体が反応して閉じていた口が開きうめき声が漏れる。


「んぅ……」


 《ネメシエル》の声から逃げるようにもぞもぞと体をくねらせ、布団を頭からかぶる。

だが、《ネメシエル》の声は頭の中に直接響いてくるので意味がない。


(起きろ―。

 起きるんだ、蒼副長)


「んー……うう……」


 ようやく蒼は観念したのか、もぞもぞとベッドから這い出した。

ぽやんとした表情にはうっすら赤みがかかっており目は今にも閉じそうなぐらい細い。

ごしごしとその眼を右手でこすり、あくびをひとつ大きな口を開けて放つ。

側にあった水差しを手に取り、水をコップに入れる。


(さてさて、作戦開始時刻まであと一時間だ。

 着替えて整列するぞ。

 《タングテン》が言うにはもうお荷物の積み込みもそろそろ終わるらしい。

 あとは“核”の皆さまが目を覚ましてくれるだけらしいぞ)


透明で、冷たい水をごくごくと飲み干し蒼はベッドの布団をたたみ始めた。

少し愚痴を言いつつ


「うー……あと五分だけ寝たいです」


シーツをたたみ、その上に枕を置く。

 床に置いてあるスリッパに足を通して洗面所まで向かうと蒼はくしゃくしゃになった髪をとかしはじめた。

 水を流し、歯磨き粉を付けた歯ブラシを口に突っ込む。

しゃこしゃこと歯ブラシを上下に動かしつつパジャマを脱ぎ、下着姿で軍服を着る準備を始める。


「《ネメシエル》、ニッセルツ上空の天気わかりますか?」


 蒼は歯磨き粉を吐き出し、口を水で流して尋ねた。

ちなみに歯磨き粉の味は甘ったるいイチゴ味のだったりする。

わざわざ、そんなところに気を利かさなくても。

マックスの変に気の利いたところを蒼は垣間見てしまい、顔を洗うとタオルで水分を拭き取った。

 こちらもこちらでいい匂いがしており洗濯の洗剤の匂いが漂ってくる。


(雨、といったところか。

 だが小ぶりの雨だな。

 すぐに止むだろう。

 風速は約五メートル。

 航行するにおいて異常はない)


「分かりました」


 蒼からの返事を聞くと《ネメシエル》は黙り込んだ。

洗面所から再びベッドの横のクローゼットまで歩くと中を開けた。

綺麗にハンガーにつられた軍服の上下を取り出し、引出しから靴下を引っ張り出す。

ベッドに腰掛けながら靴下を履くと、白い中のシャツを着る。

その上から、赤いネクタイを締めさらに軍服を羽織る。

ズボンをはいて、ホックを閉める。

最後にボタンを留め、軍帽を被るととベルカ超空制圧艦隊所属の軍服姿の蒼がそこに立っていた。


「っと、大丈夫ですよね?」


鏡の前に立ち一応変な所がないかどうかを確認する。


「蒼先輩、蒼先輩っ。

 そろそろ時間っすよー!」


調度のタイミングでドアを叩く音がしてくぐもった春秋の声が部屋に鳴り響いた。


「分かってますよ。

 しばらく待ってください」


 あわてて忘れていたベルトを締めながらドアに向かって待つように伝える。

これがないとズボンがずり下がってくるのだ。


「まったく、毎度のこと蒼先輩が最後っすよー?

 ほかの人はもうみんな来てるっす」


「うるさいですね、少しぐらい待たせておくぐらいが調度いいんですよ」


 そういいながら、ドアを開けた。

目の前に春秋が満面の笑みを浮かべながら立っている。

やれやれです。

その笑顔に一発叩き込んでやろうか、と考えつつ蒼は春秋に


「おはようございます。

 じゃあ、行きましょうか」


と、話しかけた。

 もう眠気は少し残っていたが、戦闘のことのみを考えるいつものどこか冷たい表情になっている。

歩き出した春秋について行くように蒼も歩きはじめた。


「えっと、出発はいつものところからでいいんっすよね?

 いやー心配になるっす。

 たまーに間違えたりするとえらい目に会うっすからねー。

 リフト待つのも少し時間がかかるっすから……。

 集合場所は《ネメシエル》の横っていうのは分かってるっす」


 肩までしかない髪の毛をつまみながら春秋はあくびを交えて答える。

やはり春秋も朝早くに《アルズス》に起こされたのだろう。

眠そうに眼はとろんとしている。


「ふあ……ですね」


吊られあくびをしながら蒼も自分の戦艦の全長を思い出して納得した。

全長一キロを軽く超えるのだ。

 もし艦首から艦尾まで用事があるとしたら大体十分、二十分は蒼のスピードならば歩かなければならない。

大変である。

 だから艦艇をドッグ内に止めるときは横を見て、自分が出て行った番号を確認するのが癖となっていた。


「えっと、場所はさっきも言ったと思うっすが第一乾ドッグの《ネメシエル》の横だったはずっす。

 もう整備は終わって、海水が入ってるから実質はただのドッグなんすけどね。

 あ、ここの角を曲がれば到着のはずっす」


 歩き始めて約五分のところで春秋が目の前に現れた赤い扉を指差した。

行先は第一乾ドッグである。

全長三キロほどもある巨大な大きさの乾ドッグはコグレ要塞島の端から端まで貫いている。

北から南へ行く通路のもっともな近道は主に個々であり平和だったときは島民も軽く依存していたようだ。

 もっとも、今は使用しないのだが。

立ち入り禁止の札が立ってしまっているからだ。


「遅いぞ、蒼様」


 扉を開けてすぐにフェンリアの声が飛んできた。

耳についているピアスがきらりと光り、長いポニーテールが揺れる。

腰に手を当ててじっとこちらを見ていた。


「やれやれ、寝坊ですか?」


同じように腰に手を当てている夏冬がそれに続く。

 まだ朝五時だというのに口にはすでに何かしらが入っているようでもぐもぐしている。

匂いからしてキャンディのことだと、蒼は予測した。

アップル味ですね。


「違います。

 というか、あなた達が早いんですよ」


さらっと嫌味ったらしい夏冬の言葉を交わし列に二人の輪に加わろうと一歩踏み出した。

そこでようやく、二人の巨大な壁が自分の戦艦である《ネメシエル》だということに気が付いた。


(いまさらか……。

 鋼鉄の色で私と分かってほしいものだ)


「…………」


 さすがに少しの罪悪感が蒼の胸からこみ上げた。

フェンリアと夏冬、二人の背後には《ネメシエル》の巨体がドッグ内の海に浮かんでいた。

舷側や甲板から漏れ出る青と赤の光が天井からつられた蛍光灯の明りに赤や青の光を追加していた。

 ゆらゆらと揺れる海面に反射して、舷側の装甲に美しい模様が醸し出される。

あいからわず桁違いに大きな自分の戦艦を眺め、蒼は《ネメシエル》を下から見上げた。

ハリネズミのように設けられた高角砲や機銃郡が目立ち、遠く霞むようなところに艦首がある。

艦尾の方を見ると二段階に出っ張った、方舷五基の補助機関が収められたでっぱりが付きだしている。

その上に乗っかった“五一センチ六連装光波共震砲”もゆったりとした光を携え鎮座していた。

舷側に設けられた“五一センチ三連装光波共震砲”ののっぺりとした姿。

 高く摩天楼のようにそびえる艦橋の堂々たる姿。

やっぱり、美しいです……。

蒼はうっとりと自分の艦を眺めそんな感想をため息とともに吐き出した。


「とりあえず、遅刻みたいっすね、蒼先輩」


横に立った春秋が同じように《ネメシエル》を見上げ、現状を教えてくれる。

蒼は何も答えずにみんなの話の輪に加わった。

 なんか、ぐったりとしたものが蒼の全身をむしばんでいた。

そこらへんにあったであろうダンボール箱の上に一枚の紙と鉛筆が転がっている。

段ボールの横に腰をおろしてのんべんだらりと夏冬が差し出してきたチョコレートを齧りながら作戦についてもう一度確認する。

穏やかなに作戦が進むようにだ。


「えっと、蒼先輩と、俺とにーちゃんがぼこぼこにすればいいんでしょ?」


 春秋が鉛筆を紙にぶっすり突き刺した。

そういう風に使うためだったらしい。

紙資源の無駄使いもいいところである。


「で、私が戦車とかを下ろす。

 簡単な話」


 フェンリアがその紙を取ってくしゃくしゃに丸めてくずかごへと放り投げた。

見事に一発で入り、幸先の良さを感じさせる。

全員が久しぶりの艦隊行動に身をわくわくさせていた。

“核”として生まれたからにはこうでなくてはならない。

兵器として生まれたからには戦いを、破壊を好む。

 それが祖国を救うことにもなるのだから戦いたくて、全員がうずうずしていた。


「やってやりましょう、蒼さん。

 おいら達の力を見せつけるときだ」


 夏冬はチョコの残りを全部口に入れてガッツポーズをとった。

そう、今こそここに抵抗勢力があるということを見せつけるとき。

全世界を敵に本格的に戦う時が来たのだ。

残存勢力ではない。

 ベルカ軍として。

ベルカ超空制圧第一艦隊として戦い、そして勝つ時。

全員が手と手を重ねあい、軍服の裾を引っ張って紋章を出す。

赤と黒に光る、ベルカの国章“ワープダイヤモンド”が今は頼もしく見えた。

天帝陛下の兵器として私たちは戦う。

 それが祖国を滅亡から救う道と信じています。

重ねられた四人の手の上にもう一つ手が重ねられた。

マックスだ。


「おー諸君集まってるか。

 ――少し早いんじゃないか?

 まだ五時四十分だぜ?

 赤ん坊だって眠ってる頃さ」


 あいからわず腹に響く低音ボイスが面白くもないジョークを飛ばす。

蒼はマックスの言葉を聞いて、思いっきり春秋を睨みつけてやった。

まだまだのんびりしていてもよかったじゃないですか。

じっと目を見て、気まずさを加速させてゆく。


「や、あの、そのっすね……。

 ほら、遅刻したらダメじゃないっすか。

 遅刻するならほら、早く来た方がっすね……」


どもりながら弁解を続ける春秋に「はー」と聞こえるようにため息をついてやる。

後五分寝れましたよね、絶対に。

朝の五分は貴重なのだ。


「まぁ、いいです。

 とりあえずがんばりましょうですよ、みなさん。

 勝ちますよ、絶対に」


全員がお互いの顔を確認しあって頷く。

引き締まり、戦闘モードに入った証拠にいつもふわふわしてる夏冬までが真剣な表情になっていた。

 そして重ね合わせた手と手のぬくもりを確かめるように握り締める。

最後に一番上に重ねたマックスが四人の手を挟み込み


「行くぞ!」


の声と共に叩いた。

気合を入れるベルカの作法だ。

全員が手を放し、お互いの眼差しを受け止めると


「さって出発前のスピーチと行こうかな。

 全員整列してくれ」


 マックスのこの言葉に輪が一斉に崩れ、全員がふうと息を吐いた。

ダンボールの周りから離れるとマックスを前にして全員が列を作って並ぶ。

左から、夏冬、春秋、蒼、フェンリアの順番だ。

これは艦隊を組む時も同じ並び方である。


「ほら、早く来い。

 遅いぞ」


マックスが手を叩くと、のそりと隊長が現れた。

あいからわずガラの悪い服装でタバコを口にくわえている。


「なんだぁ? 

 俺様たちが命令を聞くと思って……あ、蒼さん……」


 マックスを下からじろりと睨みつけ、口にくわえたたばこを右手に挟む。

そのまま威圧しようという魂胆だったのだろうが、隊長は蒼を見つけてしまった。

さっと、顔色が変わりあたふたとした表情が全面に押し出された。

どうやら感情を隠し切れない人らしい。


「おはようございますです。

 今、私は早く起こされて虫の居所があまり良くないです。

 イライラさせないようにしてくれないと……」


 蒼は《ネメシエル》に指示を送り、隊長へと攻撃軸線を合わせた。

《ネメシエル》の甲板にある“四十ミリ光波機銃”の銃口が隊長の方を一斉に向く。

ほんのりと青い光を携えており、殺気がジワリと滲み出していた。


「“事故”で撃っちゃうかもしれないですよ?」


「あ、蒼さん怖い……」


 夏冬の呟きを聞かなかったことにして、唇に指を当てて蒼はにっこりと隊長に合図してあげた。

隊長はマックスに反論を開きかけた口を閉じ、おとなしく列に加わる。

ついでにタバコを右手から地面に落し、ぐいっと足で踏んだ。


「いい子ですね」


おとなしく列に加わった隊長に蒼はそう言ってあげた。


「っちクソ……。

 怖いんだよあんた……」


「いうことさえ聞いてくれればいいんですよ。

 何も死ねって言ってるわけじゃないじゃないですか」


 フェンリアを挟んで隊長と蒼は言葉のキャッチボールを繰り広げた。

しばらくみんなそれを見ていたがやがて


「おい、そこ。

 いいからちょっと黙れ」


 二人の過熱してゆく剛速球キャッチボールにマックスはとうとう我慢がならなくなったのか口を挟んできた。

口をはさむ、というよりは止めた。


「し、しかし司令――」


「うるさいですよ、隊長。

 きちんと聞いてください、隊長」


隊長がマックスにあわてて向けた「反論させてくれよ」という眼差しを蒼は何度も言葉を放つことで叩ききった。


「二人とも落ち着いてくれって。

 話がすすまねぇだろ?」


 夏冬が口に入っていた飴をかみ砕く。

がりがりっと、骨が折れたような音を境に蒼も隊長も黙り込んだ。

これ以上はお互い何も生まないと感じたのだろう。

だんまりを決め込んだ二人を眺めて蒼と隊長に挟まれた本日のもっともの被害者であえるフェンリアが


「マックス司令、お願い」


と手を差し伸べ、先を促す。


「ったく。

 やれやれ。

 ごほん。

 諸君聞いてくれ」


 マックスらしくない言葉がマックスらしくない音程で紡ぎだされてゆく。

少しでも真剣にしようとしているのが分かるが誰一人文句を言おうとせずにただただ言葉を聞いていた。


「いいか?

 これは祖国のためである――なーんて固いことは言わない。

 でも、祖国のためなのは確かだ。

 俺達が生まれて、育ってきた国のためなんだ。

 おい、お前ら。

 暴れろ。

 敵を撃滅しろ。

 すべてだ。

 祖国を取り戻す第一歩を今踏み出すんだ。

 いいな。

 陸軍なんてここで役に立たないでいつ役に立つんだ?」


マックスはちらっと隊長の顔を見た。


「………ぐっ」


隊長はくやしそうに軍服を握り締め歯を噛みしめる。


「今ここで役に立て。

 そうしたらお前らは役立たずって称号を覆せるんだよ。

 俺達のすべてをこの作戦にかけてるんだ。

 やれ、ぶちまけろ。

 あーそれと。

 俺は部下が減るのはあまり好きじゃねぇんだ。

 分かるな?」


全員が頷いた。

誰も死にたくはない。


「そういうことだ。

 じゃあお前ら……なんだ。

 ほどほどにやってこい。

 やばいと思ったらすぐ逃げろ。

 まぁ、お前らの行動は常にこっちでモニターしてるしな。

 でもきちんと旗艦に従うように。

 いいな?

 よっし、じゃあはじめっぞ。

 全員出撃。

 敵を殲滅しろ、進め。

 決して負けるな、死ぬな。

 以上」


マックスはにっと笑って敬礼した。


「はっ!」


五人全員が声を揃えて答礼を返した。






     ※





 高度約五千メートル。

無事にコグレ基地から飛び立つことに成功した《ベルカ超空制圧第一艦隊》は空に陣形を組んで航行していた。


(今日は雨だな、蒼副長……)


「そうですね、あまりよろしくない天気です」


 コグレ基地を出撃して五分が経過した。

離水のために神経質になっていた蒼の緊張も解けたところを見計らって《ネメシエル》が話しかけてくる。

暇なのだろう。


(それにしてもコグレの整備士は腕がいい。

 ここまで体調がいいのは進水式以来だ)


嬉しそうに機関が唸っている。


「私も整備して欲しいぐらいです。

 まったく、たまには位置変わりませんか?

 私がAIになりますから、《ネメシエル》は私になってくださいよ」


(ま、また無茶を……)


(《ネメシエル》お久しぶりです)


 かすんだ金属質の声が二人の通信に割り込んできた。

フェンリアが操る《タングテン》の錆びた通信機器の声だ。

本来はもっといい声だったのだが、ちょっとした拍子に通信機器が錆びてしまいそれをやけに気に入ったフェンリアが修理を拒んでいるという何とも悲しい運命にあるのだ。


(あ、あいからわずの錆び声だな、《タングテン》。

 フェンリアはお前のことを直そうとはしないのか?)


 聞くたびに気の毒になるのだろう。

《ネメシエル》は若干気を使いながら返事を返してやった。


『直さない。

 だって、素敵な声だから』


その通信にさらにフェンリアが入り込んでくる。

 だんだんと混沌が混じり始めた通信に蒼は入り込む気力を無くして、ただただ黙って艦の操縦に集中することにした。

速度は巡航速度のマッハ一を維持している。

 分厚い雲が下に広がっておりすぐ下に行くと雨が船体を濡らすだろう。

高度五千でちょうど雲は切れており、雲に半分船体を突っ込んだような形で《超空制圧第一艦隊》は空を飛んでいた。

 はたからまるで雲の海を航行しているようにも見えるはずだ。

次第に消えて行ったフェンリアと《タングテン》との会話に変わって寂しくなったので、蒼は《ネメシエル》に命じて春秋と《アルズス》、夏冬と《ナニウム》の会話を聞いてみることにした。


『ああ、《ナニウム》かわいいよ《ナニウム》ああっ』


(ちょっ、やめてくださいよご主人様ぁ。

 僕はそんなにかわいくないよぅ……)


『うぐぁかわぇええええええうっひぃぃいい。

 《ナニウム》、ああっ、《ナニウム》ああっ、あああっ』


 これちなみに『ご主人様』と言っている方が《ナニウム》である。

つまり、戦艦の方である。

一体何がどうなってか知らないが夏冬は戦艦に自分のことを『ご主人様』と呼ばせているのだ。

 意味が分かりませんよ。

蒼は自分が《ネメシエル》に『ご主人様』と呼ばれた時のことを考えてため息をついた。

ただ単に気持ちが悪いだけである。

そう思っていたとしても口には出さない。

人の趣味は人の趣味なのだ。


『《アルズス》あの、お兄ちゃんさ、毎回あれおかしいっすよね?』


(そう思うっすよ。

 某はマジでそう思うっす。

 お兄ちゃん、某は本当にそう思うっす)


 この場合アルズスは春秋のことを『お兄ちゃん』と呼んでいる。

つまり春秋も夏冬とどっこいどっこいのキチガイなのだ。

戦艦にそのように呼ばせるなど狂気の沙汰である。


(お前らも大概だぞ、春秋と《アルズス》……。

 二人して戦艦によくわからん性質というかなんというかだな)


 《ネメシエル》はそこでいう言葉を無くし、詰まった。

何を言ってやればいいのか自分でも分からないのだろう。

蒼ですら何を言ってやればいいのか思いつかないのだ。


「《ネメシエル》この人たちには何を言っても無駄ですよ。

 もう、あまり人の趣味には口を出さないでいいと思うんです。

 私にはそういった趣味はないので――私も理解できていないのですが……。

 とりあえずですよ?

 触れたら終わりな気がします」


そう言って蒼は切っていた通信の音量を上げて見せた。

すかさず漏れ出してくる夏冬と《ナニウム》の会話。


『ああ、《ナニウム》かわいよう。

 お前を傷つける奴はおいらが許さないよう』


(ああっ、ご、ご主人様ぁ……っ。

 《ナニウム》はうれしいでしゅうっ!

 ああっ、ご主人様ぁっ!)


それを《ネメシエル》は少し黙って聞くと


(………だな。

 触れない方が賢明だよな……)


との結論に達したらしい。

 まぁ、毎回このような会話は繰り広げているのでまた繰り返すことになるとは思うが。

いい加減学習してほしいです。

蒼は横を見て《ナニウム》の様子をひっそりと伺った。


「でしょう?

 と、とりあえず行きましょう」


蒼はため息をついて“パンソロジーレーダー”を睨んだ。

迎撃の艦影は見えない。

まさか四隻だけで突っ込んでくるなんて普通は考えないからだ。

ましてベルカの今の状況で戦いを挑もうとする方が正気ではないのだった。


『おいおい、こんなんで大丈夫なんだろうなぁ……?』


 隊長が無線を取ったのか話に割り込んできた。

とっても心配そうな表情をしている。

蒼は一度切っていた通信をまた開いてみた。


『ああああっ、《ナニウム》あああああっ』


『まったく……心配っすよ俺は。

 ねぇ、《アルズス》?』


(うん、お兄ちゃん!)


『あいからわずいい声ね、《タングテン》?』


(そ、そうか?

 でも出来れば修理に出してほし――)


『ダメ』


そりゃ心配にもなりますよね。

改めてこのメンバーを見渡して蒼の頭に浮かんだ言葉は『プリン』という言葉だった。

蒼も大概アホなのだが当然本人に自覚はない。


「……やるときはやるんですよ。

 たぶん」


 隊長にそう返して蒼は小さく私でもまだ慣れないんですから、と呟いた。

でもやっぱり自分のチームは信じたいわけで。

そうなると蒼は少し心配になりながらも隊長に安心させる言葉を言うしかなかった。


「大丈夫ですよ、あなた達は安心して運ばれていればいいんです。

 全艦、巡航速度を維持。

 目標ニッセルツ。

 作戦完了目標はニッセルツの完全制圧です」


少しでもかっこいいところを見せてやろうと思って、蒼は通信を全艦につなぎ指令を下す。


「了解」


「蒼先輩、了解っす」


「了解したっ。

 行くぞ、《ナニウム》」


(ああん、ご主人様ったらぁっ♪

 やっ、だ、ダメですよっ、機関はやめてくださぃぃっ)


《ナニウム》があげる色っぽい声に続けて指示を出そうとした蒼の声が妨げられる。

鼻から息を吐いて、やりようを無くした声の先をかき消しつつ《ナニウム》を睨みつけてやった。

 この、ボケ戦艦が……。

ここで沈めてあげましょうか。

 大事な話を邪魔されるほどイラッとするものはない。

まして実戦は今回で二回目の《タングテン》、《アルズス》、《ナニウム》なのだからもっとまじめにして欲しかったりする。

油断して撃沈に追い込まれたりしたら話にならないのだ。


(私、旗艦としてやっていけるかな。

自信を失うとともに――もうなんて言ってやればいいのか)


《ネメシエル》は落胆した声を出してため息をついた。

AIにも絶望というか、それに似た何かしらの感情はあるらしい。

蒼は


「私もだんだんそれ思い始めたので……というか、もう突っ込んだら負けだと思うので」


と諭してあげることにした。

“核”のこういう環境に対応する速度は異常なほど早い。 

戦場である以上臨機応変に変えなければならないからだ。

蒼も例外ではなく、二回目にしてもう慣れを感じていた。


(だよな……)


《ネメシエル》も受け入れる覚悟を決めたらしい。

 声に芯が通り、艦隊内が変人ばかりだという現実から目を逸らした。

そのまま三分ほど無言の時間が続いたかと思うと《タングテン》がゆっくりと進路を変え始めた。


『蒼様、このまま行けばあと十分でニッセルツにつく。

 《タングテン》はここで待機する』


フェンリアが話しかけてくると同時に《タングテン》のスピードが緩む。

《タングテン》の腹の中には陸軍と虎の子の戦車が入っており艦隊戦で失うわけにはいかない。

作戦でも、この位置で《タングテン》は一時離脱して待機し、残った三隻がニッセルツをぶん殴る方針だった。


「了解しました。

 では、ここで待機してください。

 春秋、夏冬、行きますよ!」


 基本、“核”がお互いを呼ぶときは名前で呼ぶようになっている。

これは戦艦一隻一隻にも名前がついていて、AIが制御しているためだ。

もし蒼が《ナニウム》などと名前を呼ぶと夏冬ではなく《ナニウム》のAIが返事をしてしまう。

ややこしいが“核”が基本艦名を呼ぶことはあまりないと言えた。

戦艦が戦艦の名前を呼んで雑談をすることはたまにあるようだが。


『了解っす、蒼先輩!

 いくっすよ、《アルズス》!

 全兵装解放!』


(出番だよ、《ナニウム》。

 ぶっ殺そう、全兵装解放っ!)


 二人の戦艦の武装を縛っていた装置のロックが外れた。

夏冬も春秋も蒼を見て「いつでも戦闘どうぞ?」というすまし顔を見せつけてくる。

絶対の自信を持ち、敵を殲滅せんとする。

まさに兵器の顔だった。

 だからあなた達はバカだけど素敵なんですよ。

蒼は《ネメシエル》の計器類を確認した。

すべてグリーンを指しており異常はどこにも見受けられない。

レーダーにうっすら見え始めたニッセルツを眺め蒼は敵に叩きつけるように言葉を吐いた。


「行きますよ、《ネメシエル》。

 全兵装解放!

 《超空制圧第一艦隊》エンゲージ!

 全艦最大船速。

 夏冬は砲台を。

 私と春秋は敵艦を頂きます!」


『蒼先輩と一緒に戦えるっ――!

 俺、がんばるっすよ!』


春秋のうれしそうな声と次第に高まり始めた《ネメシエル》の機関音が重なる。

 蒼は《アルズス》をちらっと見てラングル級の美しさに惚れ惚れした。

“三連装四十六センチ光波共震砲”の砲台が五基、朝日を跳ね返し鋭く光っている。

オレンジ色の光は美しく溢れ出し、舷側の模様がきらきらと美しい。

 ベルカの艦である以上はこうであるべきです。

奇妙な模様を眺め蒼はほっと溜息をついた。

少し前の醜いヒクセスのミサイル艇を思い出し、鼻で笑う。

野蛮人は野蛮な艦しか作れないんですよ。

蒼は実はヒクセス人のことがあまり好きではなかった。

空を眺め、蒼は艦の高度をゆっくりと下げて行った。

三隻の艦隊は速度と進路を同化させ、ゆっくりと雲を切って小雨の中へと割り込んでゆく。

しばらく雲で真っ白な視界が続いたかと思うと急にそれは消え去り、真っ黒な海とコンクリートで固められたニッセルツが眼下に姿を現した。


【ほ、方位五〇‐二‐一三より三隻の敵艦を探知!

 ただちに全艦迎撃準備急げ!

 そのうち一隻は……おそらく《光の巨大戦艦》だと思われる!

 総員第一種戦闘配備!

 早くしろ、来るぞ!】


 ずっと黙っていた盗聴器が鳴りはじめ、ニッセルツの港が騒がしくなりはじめた。

サイレンが空気を切り裂くように鳴り響き、停泊していた数々の戦艦が浮上してこちらへと向かってくる。

艦首にはためく旗は間違いなくシーニザーの物。

波を切り裂きベルカと似たような艦影がゆっくりと姿を現し始めた。

空をへ駆け上がってきた“敵”を見据え春秋が吠える。


『目標、前方《シーニザーの戦艦》っ――。

 蒼先輩、全部撃沈しますよ』


決意を固めた声。

蒼はその声に安心しつつも冷静に返してやる。


「当然です。

 敵は敵。

 情けをかけていてはこちらがやられます」


 蒼はレーダーを睨み、距離を読み取る。

三千からゆっくりと対象への距離は減っていく。

距離が二千を切ったところで《ネメシエル》が報告の口を開いた。


(目標ロック完了。

 全砲塔自動追尾装置作動、グリーン。

 最終砲門解放。

 主機、補機ともに回転鼓動数安定)


 発射装置一辺を見て、すべてが正常であることを確認する。

ざざ、と盗聴器が頭の中で唸り連合の通信がまた聞こえてきた。

当然、蒼にはシーニザー語は分からないので翻訳機を通す。

 盗聴の狙いを基地から敵艦隊へと自動的に《ネメシエル》が変更したのだ。


【全艦、《光の巨大戦艦》は狙うな。

 繰り返す、絶対に《光の巨大戦艦》は狙うな。

 あれはおそらく、《ネメシエル級》――《陽天楼》だ。

 一撃離脱を心がけろ、いいな】


全艦へとつないでいたので当然春秋達にもこの通信は聞こえている。


『もう、おいらたちの存在がばれてますね。

 どうしますか?』


 おそらく何度か《ネメシエル》が自ら出撃したこと、本国が制圧され資料が持ち出されたことが原因だろう。 

レーダーに映っただけで目視されていないというのに連合は《ネメシエル》を完全に識別してきた。

まだ艦影識別表すらできていないと思っていたんですが。

 読みが甘かったですね。

連合の思った以上のスピードに舌打ちしながらも

 

「ばれたからなんだっていうんですか?

 敵は敵です。

 一隻も逃がすことなく撃滅します」


蒼は《ネメシエル》の速度を緩めようとせずにさらに距離を詰めてゆく。

巨大な船体が空を駆け、小雨の中を濡れた金属の城が空を舞う。


『了解です蒼先輩。

 《アルズス》準備はいいっすか?』


(了解っすよ、お兄ちゃん!

 いくっす、やるっす、撃滅っす!)


 元気のいい《アルズス》の返事を聞きながら密かに突っ込む。

 まったく、あなた体は女でしょうが。

脳が男なだけで……この場合どっちの意思を取るべきなのやら。

毎回このことを考えるたびに蒼は混乱していたが、春秋の体は女でしかも蒼よりいいスタイルなのだ。

しかし脳は男であり、口調も行動も男っぽい。

それなのに蒼よりスタイルがいいのだから蒼の女のプライドもあったものではない。

少し胸私に分けてくれてもいいじゃないですか。


(距離一八〇〇)


蒼ははっと、して距離計を見た。

あと少しでベルカの全艦艇が持つ“光波共震砲”が最大の威力を発揮する距離になる。


(敵艦発砲!)


遠くを浮いていた《シーニザーの戦艦》の甲板でちかちかっ、と光が煌めいた。

ベルカの技術提供を受けて作られた、“光波共震砲”にも似た兵器だ。


「“イージス”展開、過負荷率二パーセント!

 面舵いっぱい春秋、夏冬、ともに船足を合わせてください。

 距離を一五〇〇まで詰めたら斉射します」


『り、了解っす!

 “イージス”展開、過負荷率六パーセントっす!』


 《シーニザーの戦艦》から放たれた赤いレーザーはお互いがお互いの分子をこすり合わせて持っている温度を高めてゆく。

ベルカの“光波共震砲”ほどではないとしてもその威力はヒクセスの艦艇ぐらいなら簡単に撃ちぬき破壊するといわれている。

 蒼はその話を聞いていたため、余裕を持った過負荷率を許可したのだった。

八本ほどの赤いレーザーは垂直に《ネメシエル》の船体へと飛んできた。

だが当たる直前に展開された“イージス”のエネルギーが軽く方向を変えてしまう。


(過負荷率一パーセント未満に抑制成功)


「上出来です」


 空を攻撃をものともせずに舞う《ネメシエル》にさらに追加の攻撃が襲いかかってきた。

地上砲台からの攻撃だ。

赤いレーザーが上空を飛ぶ《ネメシエル》へと向かって牙をむく。


「高度上げ、傾斜四十五度に調整お願いします」


(了解した。

 高度四千、傾斜角四十五度)


地上から牙をむいていたレーザーをかわした《ネメシエル》がゆっくりと傾き始めた。

 初めは気にならない程度だったがゆっくり、ゆっくりとその巨体が傾いてゆく。

斜めになった《ネメシエル》の舷側にずらりと並んだ“一五センチ三連装レーザー高角砲”が地上に向かって砲門を開いていた。


「発射!」


 蒼の号令と共に百を超える砲門から放たれた十五センチの直径を持つオレンジ色の光が地上へと向かってゆく。

雨よりも激しく、さらに強さを増してゆく。

地上に応急に設けられた砲台では当然この規模の攻撃は耐えれない。

たちまち攻撃を受けて三台の砲台は黒煙を吐き出して、稼働を止めた。


【くっ、まさかあんな攻撃をしてくるとは……!

 地上の被害はどうなった!?】


【でかい……。

 あれが《ネメシエル》……】


敵も今の動きを見ていて思ったことがあるのだろう。

次々と呟き、感想を漏らす。


【技術大国ベルカの戦艦か。

 あの模様が……美しいなぁ】


蒼は《ネメシエル》の傾きを戻し、さらに敵の艦隊との距離を縮めた。


【なぁ、なんで俺達はベルカと戦争をしているんだ?

 俺の妹はベルカ人の旦那に嫁に行ったんだぜ?】


【知らんよ。

 私達達兵器が考えて一体何になるの?

 上層部が敵って言ったら、敵なのよ】


敵の話し合いが蒼の耳に届く。

ざざっとした音が所々に混じっていたが、女性と男性がいるみたいだ。


【だけどなぁ……】


敵との通信に兄妹の会話が入り混じった。


『春秋、速度少し落とせ!

 前に出すぎだ、狙われるぞ!』


『う、りょ、了解っす!

 《アルズス》機関出力拘束、スピード抑制してくださいっす!』


(分かったっすよ、お兄ちゃんっ)


 少し艦隊から離れかけていた《アルズス》を《ナニウム》が注意した。

あわてて《アルズス》のスピードを緩め、春秋は《ネメシエル》の後ろにくっついた。

《ネメシエル》の後ろななめに《アルズス》が浮いている。

蒼は《ネメシエル》の速度を少し落し、最終確認に入った。

全てがグリーンを

そして距離はいよいよ一五〇〇を切ったのだった。


「撃ち方はじめてください!」






               This story continues.


ありがとうございました。

はじまりました、祖国を取り戻すための戦いが。

いよいよ。

ここまでがプロローグ状態です。

なげぇ。


いまから戦闘などがどんどん加速していきます。

さてさて。

どうしましょうか。

次をお楽しみにっ。

お待たせいたしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ