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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
ニッセルツ奪還
14/81

話し合い

「ふぅ……」


 作戦会議が終わって、蒼はようやく自分の部屋に入ることができた。

朝に出たときとなんら変わらない部屋に迎え入れられ、ベットに倒れこむ。

ぱりっとしたスーツと、洗剤の匂いが舞い上がる。


「いよいよ作戦……ですか」


窓から差し込んでくる夕日を眺め蒼はベットの上でゴロゴロと二回転した。

昨日の夜使わなかったため綺麗なままのシーツに皺が寄る。


「んう……」


 枕を掴みがしがしと顔を押し付ける。

少しの間そうやってゴロゴロして体のだるさが少し消えると蒼は時計を見て、現在時間を把握する。

夕方五時と、何ともいえない中途半端な時間だった。

蒼は会議が終わったとのことを思い出して頭の上の帽子を握りしめた。






          ※






 あの後、春秋、夏冬、フェンリア全員が部屋から出たタイミングを見計らって蒼はマックスに謝ったのだ。


「部下の愚行は私の責任です。

 すいませんでした」


ぺこりと頭を下げ、謝罪の意を表した。

何かしら嫌味を言われるだろう、と覚悟していたにも関わらずマックスは笑いながら蒼の頭をくしゃっと撫でて


「そんなの気にしなくていいんだ。

 部下のうっぷんを一身に受けるのも上官の役目。

 それは今回が俺だっただけの話だ」


と、タバコを吹かして「な?」と副司令に目を向けた。

 これには蒼も驚いて思わず「ふぇ?」と気の抜けた声を漏らしてしまっていた。

マックスの言葉を受けた副司令は


「ええ。

 気にしなくてもいいのよ?

 第一、位は私達よりあなたの方が上なんだから心配しないで。

 私たちは大佐。

 あなたは中将。

 もっと堂々としてもいいぐらいなのよ?」


 にこにこと笑いながら紅茶のはいったカップを傾けて目で「飲む?」と合図してきた。

蒼は手を振ってやんわりと断りながら


「……はい。

 ありがとうございます」


 しみじみと懐の深い上官に巡り合えた幸運を噛みしめた。

厳しいところだと便所掃除なんかは覚悟しなければならないだろう。

下手をすれば部下の罪で軍法会議ものでもあった。


「よしよし。

 お、紅茶すまんな」


 くしゃくしゃと蒼の頭を撫でるマックス片手が熱々の紅茶に伸びる。

一歩下がって部屋から出ようと蒼が背を向けそうになった瞬間


「これは食べるかしら?」


副司令はそういって冷蔵庫を開けると中からプリンを取り出した。

とたんに蒼の目が輝く。


「ぷ、ぷりん!」


「本当に好きねぇ。

 はい、どうぞ」


 苦笑する副司令からプリンを受け取ると蒼は高く掲げてくるくると回る。

全身で喜びを表しているのだ。

マックスからスプーンを受け取ると蒼は少しの時間も惜しい、とすばらしい勢いで椅子に座ると黙々とプリンを口に運ぶ作業を始めた。

 焦って食べるとすぐに無くなってしまうため、自重しながらちみちみと齧る。

本当は頬張りたいところですが……我慢です。

衝動を抑え込み、プリンを舐めとる。


「はい、あなた。

 熱いから気を付けてね?」


「ん、ありがとう」


 二人は蒼が目の前にいるというのに軽くキスを交わした。

もろに正面から見てしまったため、赤くなりながら目をそらし、夫婦水入らずの間に蒼は足を踏み入れてしまった気がして少し肩をすくめた。

その動作に気が付いたマックスは少し微笑んで蒼がこの先忘れることが出来ないであろう言葉を紡いだ。


「蒼。

 そんなふうに小さくならなくてもいいんだぜ?

 お前は……なんか分からないがまるで子供みたいに思えるんだ。

 今まで俺は数々の“核”に会ってきたが、お前ほど共感を得た“核”はいない。

 な、詩聖?」


 副司令はマックスの言葉に頷くと、蒼の頭をゆっくり撫でた。

副司令に撫でられ気持ちよさそうに目をつぶる。

実際副司令が撫でてくるとき暖かい愛が籠ってるように蒼は感じていた。


「かわいいなぁ……。

 蒼。

 おいで?」


「は、はい?」


 いまいちおいでの意味が分からなくて頭をかしげる。

次に副司令がちょいちょいと手招きをしてきたのでようやく納得した蒼は副司令の側に歩み寄った。


「ん」


副司令は蒼の脇にひょいと手を突っ込むと


「へ、な、えっ?」


軽々と体を持ち上げて膝の上にひょいと乗せた。

そのまま後ろからぎゅっと抱きしめる。


「うぐぅ……」


強い力で体を締め付けられうめき声が漏れた。


「かわいーなー本当にもーっ!」


副司令は蒼を抱きしめたまま頭にすりすりと頬を擦りつけた。

 締め付けられる苦しみに顔を歪めつつ、副司令の自分より一回り大きな手を握る。

あたたかいです……。

じんわりと伝わってくる温もりを感じ、母とはこんな感じなのだろうと勝手に納得した。


「よしよし」


抱きしめられたままの蒼の頭を立ち上がったマックスがくしゃくしゃに撫で回す。


「うー……」


小さく呻きつつも蒼は満更でもない、といった表情を浮かべた。

そのまましばらくなでなでされつつ時を過ごす。


「あ、そう言えば蒼。

 聞いてくれ」 


思い出したようにマックスがぽっと切り口を開いた。


「うな?」


 あまりにも急なことだったので応急に返事をしようと焦った結果、出た返事がこれだった。

首をかしげながら言ったのでなおさらたちが悪い。

本来なら「どうしました?」っていうつもりだったのだ。

変な鳴き声みたいなのがでてしまいましたね……。

昔からこの鳴き声みたいなのは癖となり、蒼を苦しめていた。

安心したり、プリンを目の前にするとつい出てしまうのだ。

この口癖は蒼の生みの親空月博士の口癖であり、それが蒼に移ってしまったものだ。

安心したり、なでなでされたりするとつい意識せずに零れてしまう言葉。


「――うな?」


見事に突っ込まれ、マックスが蒼と同じように首をかしげて見せた。

恥ずかしさがこみあげてきて顔が真っ赤になる。


「うう……」


「へー?

 なんだ、無慈悲な戦艦かとおもったらきちんとかわいいところもあるんだなぁ?」


「うー……完全に不覚です……」


 蒼はうつむき両手で顔を覆った。

誰も私を見ないでくださいっ……。

穴があったら入りたかった。

ドッグがあれば戦艦を入れるように。

耳まで真っ赤になった蒼を見てマックスは鼻で笑いつつ机に脚を置いた。


「ふふ、よしよし。

 で、ああ。

 あのな、蒼」


副司令に抱きしめられたまま赤くなって苦しんでいる蒼にマックスは話しかける。


「一つ提案なんだがな。

 作戦をできるだけ滑らかに動かすために陸軍の連中に挨拶だけ行っておいた方がいいと思うんだ。

 とりあえずでいい。

 とりあえず行くだけ行って挨拶しておけ。

 本来ならあっちが来るべきなんだが……。

 如何せん変なプライドが働いてるんだろうな」


 マックスは眉をピクリと動かして新しくタバコに火をつけた。

難あり、といった表情に蒼は思わず背筋を伸ばしてしまう。


「まぁ……行けば分かる。

 攻撃さえしなければいい奴らだから。

 わかりあえるとは思うぞ。

 な、詩聖?」


「そうですね」と同意するとともに副司令は蒼の顔を見ないようにしてひとつクッキーを取るとため息をついた。

表情は重く、暗い。

一物を腹に抱えてる感じだった。


「あ、ありがとうございます」


 バターをたっぷりと使用しているであろうお菓子を受け取り、さくりとした食感を味わう。

プリンと一緒に食べたらおいしいのではじゃないでしょうか。

ふとした思いつきが一瞬頭をよぎった。


「まー、とりあえずだ。

 挨拶だけ行ってくれ。

 ベルカのためにも失敗するわけにはいかないんだ。

 よろしく。

 分からないこともあるだろうと思って場所はこれに書いておいた」


マックスは机の上に置いてある紙を引っ張り出し蒼に渡した。






          ※






「だるいですね……」


 で、その紙をもらってたっぷり一時間ほどお茶をいただいて自分の部屋に帰ってきた蒼に陸軍へあいさつに行くという発想はもはやゼロに近かった。

部屋にまで戻ったのだからぶっちゃけた話、また立ち上がり陸軍のところまで行くのが面倒なのである。


「はぁー……。

 私が行かなきゃダメなんでしょうか。

 陸軍を積むのは《タングテン》なんですからフェンリアさんが行けばいいのに……」


どう考えても私が旗艦だから、以外に理由が見つかりません。

理不尽です。


(まー、そういうわけにも行かないさ)


ぼやく蒼に《ネメシエル》が話しかけてきた。


「ですが……」


 唐突に話し相手が出来たことに少し喜びつつ、蒼は返事を濁す。

面倒なことは出来る限り避けて通りたい。

人間の性が顕著に表れている。


(まぁ、これから先にもお世話になるかもしれないし。

 今のうちに仲良くなっておいて損はないだろう)


「……はぁ」


 ため息を吐いて蒼はうつ伏せから仰向けに体勢を変えた。

ごろりと天井を見上げながら愚痴を吐き出す。

切れかけた蛍光灯がちかちかと点いたり消えたりを繰り返していた。


(後になると面倒だぞ。

 今のうちに行った方がいい)


動こうともしない蒼を見ているのか少し焦った口調で《ネメシエル》が忠告を差し込んできた。


「……ですよね」


決心した蒼は起き上がると鏡の前に立ち軍服を整える。

 ベルカ超空制圧艦隊のクリーム色の軍服は現在夏用なので若干生地が薄い。

さすがに冬用と同じだと暑いだろう、という配慮だろうが蒼は別に思うことがあった。 

薄くするなら長袖長ズボンから、半袖、スカートにしてくれればいいんですよ。

軍部のデザイン性に文句を垂れて蒼は服の汚れを取った。

ベットの上に置きっぱなしになっている帽子を拾い上げ頭に乗せる。

少し深く被って蒼は部屋から出るとマックスからもらった地図を頼りに陸軍の宿泊地へ行くことにした。

 歩いて約十分ほどのところに陸軍の宿泊地はあるらしい。

 それも聞いた話で、マックスの地図は端から利用しようとは思っていなかった。

通り過ぎるたびに敬礼してくる軍人さんに答礼を返しながら歩く。

海が近いおかげで潮のにおいと鳥の鳴き声がゆっくりと漂ってくる。

甘くたるんだ夕方の空気が肺に染み込み、抜けてゆく。

胸いっぱいに空気を吸い込んで空気を味わいつつ蒼は空を仰いだ。

赤み広がってきた大空に大きな雲がふわふわと浮かんでいる。

空はいつも変わらずに全てを見つめている。

表情を豊かに変えつつも何事も隠そうとしない。


(今日はいい日だな……)


 《ネメシエル》も何か感じるところがあったのだろう。

蒼にいつもより多めに話しかけてきている。

戦艦だというのにおしゃべりなんですから。

そう思いながらも無視はかわいそうなので


「ですね」


適当に返事を返して、蒼は夕日を右手で遮った。

ポカポカと五月の温い夕日が眠気を刺激してもうすぐ終わる一日を彩っている。

一歩一歩、ヒビの入ったアスファルトを歩き進んでゆく。


「にしてもどこにあるんでしょうか?」


 五分ほど歩いてようやく蒼はきょろきょろとあたりを見渡して陸軍のいるところを定めようとした。

さっきから歩いているのに見つからないじゃないですか。

看板も何も見ていない蒼が陸軍の場所に迷わずにたどり着くのはほぼ不可能と言えた。

だが蒼は焦らない。

こういう時に頼りになるのが、旗から頼りにしていないはずのマックスの地図だ。


「えっと?」


左手でマックスからもらった地図をポケットから取り出しごそごそと広げる。

印刷用紙にボールペンで、図は存在せずたった二行で


『コグレ基地の南らへんに陸軍の連中はいるはずだ。

 南らへんだぞ、いいな』


とだけ書いてあった。

これがマックスの頼りにしていなかったけど頼りにしていた地図の全貌だった。


「………分かるかっ!」


突っ込むと同時に地図を地面に叩きつけ踏みつける。

 これで理解できる人は神か何かですよ。

ぐりぐりと土まみれにした地図をそのまま置き去りにして蒼はまた《ネメシエル》を使うことにした。


「《ネメシエル》!

 聞こえますか!」


半ば噛みつくような勢いで《ネメシエル》に蒼は話しかけた。


(さっきから話しかけているというのに無視しているのは蒼副長だろうが……。

 いったいどうした?)


自分から話しかけたというのに《ネメシエル》の返事を適当にあしらって


「至急陸軍の基地を割り出してください。

 “パンソロジーレーダー”を起動」


と、蒼は指令を下した。

 もとはと言えばきちんと地図を見ていなかった蒼が悪いのだが本人に自覚があるかと言えば怪しかった。


(はーやれやれ了解。

 “パンソロジーレーダー”起動。

 コグレ陸軍基地を割り出すため、周辺を集中的に索敵する)


 戦艦はため息をつきつつ蒼の命令に従う。

 蒼は《ネメシエル》との通信を繋ぎつつ、報告が入ってくるのを待つことにした。

近くにあったベンチに腰掛け、はーっとため息をついた。

まったく、どうしてそういうところで適当なんでしょうか。

マックスの笑顔が頭について、殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

上官を殴り飛ばすなんて軍法会議ものだが今の蒼ならやりかねなかった。


「《ネメシエル》まだですか?」


ベンチの上を歩いていたテントウムシに息を吐いてもて遊んでいたが蒼は飽きたようですぐに《ネメシエル》に話しかけた。


(出た。

 えっと……。

 蒼副長、そのまま右に行け。

 そこだ)


だだをこねる子をあやすような口調で《ネメシエル》は教えてあげる。


「右ですね?

 了解です」


蒼は《ネメシエル》との交信をつないだまま右へトコトコと歩く。


「にしても……気持ちのいい天気ですね」


からっと晴れ渡る夕日の空がどこまでも続いている。

蒼は目を細めてため息をつくと足を少し早めた。

 また五分ほど歩いただろうか。

陸軍基地のマークが描かれた場所が見えてきた。

フェンスはぼろぼろに錆びており、中に古いながらも戦車が五台ならんでいるのが見える。

ピカピカに磨かれていることから手入れはきちんとされているようだった。

フェンスに沿って歩くと門のような場所が開けてきた。

一人の兵士が番人代わりに立っている。


「すいません」


蒼は門の側に立っている兵士に話しかけた。

 兵士はちらっと、蒼を眺めると目を細めた。


「おや?

 珍しいお客さんだ。

 明日の作戦のあいさつにでも来てくれたのかい?」


まるで小さい子をなだめるかのような物言いに蒼は少しむっとしたがここで怒ったら負けである。

斜め横からかんかん照りつけてくるお日様を防ぐ屋根の下に入りたかったので


「隊長はいますか?

 私は《ベルカ超空制圧艦隊所属超空制圧第一艦隊旗艦超極兵器級超空要塞戦艦ネメシエル》の副長、空月・N・蒼です。

 明日の作戦でよろしく言いたくてやってきました」


だだだっと、これだけの言葉を一息で述べてみせた。

 兵士は目を白黒させて、蒼を下から上までじろっと見定める。

蒼は長く伸びた髪を払って、下から睨みつけてやった。


「ふん、《ネメシエル》の噂なら聞いている。

 入っていいぞ」


兵士はそういうと門の鍵を開けてくれた。

案外素直ですね。


「ありがとうございます」


小さくお礼をいってから蒼は中に入った。

足元のアスファルトが独特の匂いを発している。

蒼は中をちらりと見渡してどこにいるのか探ることにした。

《ネメシエル》に呼びかけるよりも早く


「右から四つ目の宿舎だ。

 あそこに隊長がいる」


 門番の兵士が居場所を教えてくれる。

兵士は小さく「気をつけろ」と蒼に言ってまた門へと戻っていった。

漂ってくる陸軍兵士の視線を全身に受け止め奥へと進んでゆく。

フェンスから見えた五台の戦車の前に置かれた机に足を載せ、屈強な兵士たちがカードゲームをしていた。


(何やら、ごっついところだな。

 私達にはない強さがあるというか……)


《ネメシエル》から入ってくる無線に「ええ」と軽く応じて右から四つ目の宿舎を数えた。

一番古く、大きいコンクリート製の宿舎はいかにも隊長がいる、といった風格をしている。

ゆっくりと一歩をその中に踏み入れるべく、蒼は宿舎の扉を開いた。

油を定期的に差しているのか、開けるときの不快な音はしないですんなりと開く。


「こんにちは」


「ああ?

 誰だてめぇは」


 蒼は手に銃を持った男に目の前を遮られた。

がっちりした体つき。

身の桁が二メートルはあろうかという大男だ。

迷彩服に身を包み、蒼をはるか上から見下ろしてくる。


「それはさっき言いました。

 隊長はいますか?

 空月・N・蒼です。

 明日の作戦でよろしく願いたくてやってきました」


ぺこりと少し頭を下げて隊長に会わせてくれるように大男に頼んでみる。

大男は低い声で顎の無精ひげを摘まむと


「たいちょー!

 たいちょー!!

 何やらお客さんですぜ!

 明日の作戦についてよろしくしたんだと!」


奥の方へ向かって呼びかけた。

わんわん、とコンクリートのトンネルに響く大声が段々和らいで消えてゆく。


「お客さんだぁ?

 ……へぇ、明日の作戦についてかい。

 よっこらしょ。

 今いく」


 太陽に照らされてゆっくりと出てきたのは案外小柄な男性だった。

タバコを口にくわえ、広げた軍服から見える胸に大きな傷がある。

そして、蒼はこの人の顔に見覚えがあった。


「……副司令?」


そう、副司令にそっくりだった。

 顔といっても顔立ちがそっくりなだけで並べば区別がつく程度だ。

同じ親から生まれたんだな、と思われるような鼻筋。

すっと整った顔は美しい部類に入るだろう。

身長、そして顎から無造作に生えたひげが異彩だった。

髪は長く後ろでくくっているようだった。

腕まくりして見えるがっちりとした筋肉は人間の首ぐらい軽くへし折りそうだった。


「あー……。

 よく似てるとは言われるがあいにくちげぇ。

 俺様はお前のよく知る副司令の双子の弟だ。

 こんなことどうでもいいから明日の作戦だっけ?

 へぇ?」


隊長は蒼をじろりと睨みつけた。

 小柄な割に迫力のある動作は、大の男でもビビるだろう。

だが鍛え抜かれた“核”には通じない。


「ええ。

 明日の作戦について少し話したく存じます。

 私が明日の作戦においての旗艦です。

 明日は私の命令に従ってくださいますようお願いします」


冷静に睨み返す。

 隊長は目を細めるとタバコを床に吐いた。

唐突に銃を取り出し、蒼に向ける。

地面に転がるタバコはまだ火が消えておらず、ゆっくりと煙を立ち昇らせ続けた。


「いいかい、戦艦のお嬢ちゃん。

 頼みごとをする態度ってものがあるんじゃないのかい?」


 引き金に指をかけて、いつでも蒼にレーザーが撃てるような状態だった。

隊長は顔に笑いを張り付けて右の腕をまくり、銃の狙いを蒼に定めた。

痛々しい胸の傷はモリモリの筋肉が付いた腕まで広がっているようだった。

やれやれです。


「そんなもの私に向けても脅しになりませんよ?」


蒼は銃口の向こうに覗く副司令の弟をさらに睨みつけた。


「へぇ?」


予想外の反応が返ってきたのだろう。

 隊長の顔にさっと苛立ちが増す。

反撃されるとは予想にもしていなかったに違いない。


「俺様は上から指図を受けるのが大っ嫌いなんだ。

 あいにくだが、明日の作戦は俺様流にやらせてもらうよ?

 なぁ、お前ら!」


隊長が周りに呼びかけると反応はすぐだった。

部屋の中にいる十人ほどの男がそれぞれの手に銃を持って雄叫びをあげる。


「その通りでさぁ!」


「隊長さすがですぜ!」


「あんたが“超極兵器級”だか何だか知らないが俺様には関係ない。

 俺様のやり方には口を出さないでもらおうか?」


「そうだそうだ!」


「空でふわふわしてる連中は黙ってろ!!」


 周りの勢いに身を浸しながら隊長は首をぐるりと回した。

蒼を押しつぶそうとする勢いで目と口で圧力をかけてくる。


「でだ。

 この件についてすこーしだけ話をしようじゃないか。

 いいか?

 俺様は今まで自分の好きなようにやってきた。

 姉貴やマックスの言うことは聞くとしてもてめーらの言うことだけは聞きたくねぇ。

 一応だが、俺様たちにはプライドってもんがあるんだよ。

 国を愛する心も当然ある。

 ベルカのためならば命もささげようじゃねぇか。

 だがなぁ。

 来たばかりのてめーらに命を預けれるほど俺様たちは軽くねぇ。

 わかるか、戦艦ちゃん?」


「……はあ」


 蒼は半分聞き流しながら要点だけかいつまんで理解していくことにした。

まともに相手をしていたら面倒そうだからだ。

こんな調子でたっぷり十五分ほど話すと隊長は


「以上だ。

 理解したよなぁ?」


「そうだその通りだぁ!

 隊長ナイスですぜ!」


と、確認を求めてきた。

 話を要約すると、隊長を含め陸軍は命令系統から独立して行動するということだった。

この人たちは……。

蒼はため息をつき、口を横一文字に結ぶ。


「分かったなぁ?」


さらに銃口を蒼に近づけて隊長は言った。

 ほとんどゼロ距離と言ってもいい近さ。

大の男でも銃口と隊長との圧力に押されて恐怖に駆られてもおかしくないような状況だった。

まさに四面楚歌といった風貌。

だが


「……はぁ。

 あなた達の言い分はそれで終わりですか?」


蒼はゆっくりと口を開いた。

少しけだるさを含んだ口調が隊長の神経を逆なでする。


「あぁ?」


隊長は怪訝な目で蒼を見た。

うっすらと侮蔑の色すら浮かんでいる。


「おい、お前たち聞いたか?

 あくまでもこの戦艦の娘は言い分として処理するんだってよ!」


「へへへっ、笑わせやがる」


 隊長は蒼の頬に手を添えて顔をゆっくりと近づけてきた。

顔と顔の距離が縮まり、蒼の耳に吐息がかかる。

ぞっとするような感覚が全身を駆け抜けた。


「言い分じゃない。

 これが俺様からお前に対する“命令”だよ」


隊長は唇を舐め、乾いた唇を湿らせた。

黄色く変色した歯が垣間見え、タバコのにおいを含んだ熱い息が蒼の首筋を撫でる。


「……へぇ?

 “命令”ですか」


蒼は隊長の手を掴むと、自分の頬から遠のける。


「ああ、“命令”だ」


隊長はそういいながら確認するために蒼の目を見て言葉を失った。


「――っ!」


 入ってきたときのにこにこは消え、顔が、目が、表情が道端の石ころを見るものに変わっていた。

計り知れぬ恐怖を感じ、二歩、三歩、隊長は後ろに下がる。

出していた銃もホルスターにしまい、慌てて目を逸らす。

今、目を合わせた一瞬で隊長の心臓はばくばくと波打っていた。


(“五一センチ”八番用意完了。

 出力一パーセント未満に抑制。

 超光エネルギー移行開始)


「もういいですか?

 次は私が言っても?」


 蒼は隊長に触れた部分を自分の手で一度覆うと、息を吐いた。

面倒くさいです。

さっさと終わらせましょう。


「っ……!」


完全に蒼の気迫に隊長は押されていた。

計り知れない巨大な力を持つもの。

命を根本から握られている恐怖、隊長は全身で感じ取った。


(自動追尾装置、ターゲット解除。

 微調整開始、右に〇・〇〇〇〇〇二度修正。

 俯角マイナス二・一三度。

 エネルギー充填完了)


 淡々とした、《ネメシエル》からの報告を蒼は頭の奥で聞いていた。

完璧に戦闘モードに移行している。

《ネメシエル》との回路を繋ぎ、兵装も一部解放していた。

ターゲットは隊長の目の前三十センチ。

現段階で《ネメシエル》は明日の作戦のためにドッグから出て港に係留されている。

コグレ基地自体は低い山のようになっているので邪魔をする地形などはあまり存在していない。

ましてや山のようになっているのは端の一キロ程度だったので港から陸軍基地まで平野が続いていると言えた。

《ネメシエル》の攻撃を遮るものは何一つない。


「もう終わりか、と聞いているんです」


蒼の右腕は今、めくると紋章の部分が輝いているに違いなかった。

最高を誇る演算処理能力を上げ、精密度を上げてゆく。


(最終調整右に〇・〇〇〇〇〇〇一度。

 ターゲットロック完了。

 目標再確認、最終砲門解放)

 

 隊長は震える足を押さえつけ、蒼の前に立ち続けた。

部下に恐怖を悟られてはならない。

変なプライドがここでも邪魔をしていた。

それでも部下は感じるところがあったのだろう。


「何やってんですか体長!

 こんな奴、俺が――!」


馬鹿な一人の兵士が隊長の前に立って、蒼に襲いかかろうとした。

その瞬間隊長は声を大にして叫んでいた。


「バカ野郎!!」


(発射)


発射を命じるとほぼ同時に轟音が鳴り響いた。


「ぐああっ!?」


「な、なんだぁっ!?」


 《ネメシエル》の上甲板八番砲塔から放たれた光は一寸の狂いなく隊長の目前を射た。

分厚いコンリートの壁から壁を貫き、出力を極限まで抑えられた“光波共震砲”の光が熱風で空気を膨らませながら通り過ぎてゆく。

厚い宿舎の壁を貫き、レーザーの直撃を喰らった部分は溶け落ちていた。

焼けて分子配列がくるったコンクリートの匂いが部屋の中を満たす。


「なんだってんだよっ……!」


 レーザーの恐怖に感情をやられた兵士たちがのたうちまわっている。

ぎりぎりのところで部下を引っ張り、レーザーの当たらない位置まで誘導した隊長は顔がすっかり恐怖の色に覆われていた。


「て、てめぇ!

 当たったらどうするつもりだったんだよ!」


 赤く溶けた金属がコンクリートの床に伸び、白い煙をなびかせる。

隊長含め、周りの兵士からはすっかり戦闘の意思は消えていた。

蒼は質問の意味を軽く考えると


「――当たったらですか?

 そうですね。

 事故、でも言い訳しましょうか」


このタイミングでにっこりと笑ってやった。


「っち……。

 狂ってるぞお前……」


「いきなり銃を突き付けてきたあなたに言われたくないですけどね。

 そんなわけで明日の作戦はスムーズ進めましょうです。

 それでは。

 あ、きちんと指示には従ってくださいね?」


 蒼は最後にちら、と隊長の様子をうかがうと深くお辞儀をして外に出た。

入った時とは違う態度の兵士たちが蒼を見て敬礼する。

力を見せつける、これが支配するときもっとも効率的ですよね。

あまりの態度の違いに蒼は少しほくそ笑むと司令室へ報告するべく帰還の道を歩いた。






          ※






「蒼……お前何をしたんだ?」


 司令室に帰るとマックスがきょとんとした表情で蒼を見てきた。

信じられないといった顔つきだ。


「へ?

 何もしていませんよ?」


蒼は椅子に座るとお菓子を食べながら嘘をついた。


「私の弟が負けるなんて……。

 珍しいこともあるもんねぇ……」


 副司令は蒼の頭を撫でながら遠くを見る目つきをした。

それほどまでに問題になっていたのでしょうか。

少しやりすぎましたでしょうか。

力を見せてやったことを少しだけ後悔する。


「まぁ、何はともあれこれで作戦はスムーズにいくはずだ。

 蒼、そろそろ風呂に入って寝た方がいい。

 明日は忙しくなるぞ」


「はい。

 報告に来ただけですから。

 プリンもらって帰りますです、うな」


 マックスに敬礼して蒼は報酬のプリンを入手した。

部屋に戻ってゆっくりと風呂あがりに食べますっ。






          ※






「今日は……なんかがっつり疲れました……」


 部屋に戻ると蒼はベッドにもたれこんだ。

変わらずふかふかの布団は蒼の体を支えてくれる。

今日一日でたくさんのことがありすぎた。


(お疲れ様だな、蒼副長。

 風呂にだけは入るようにしろよ。

 作戦が始まる一時間前には起こしてやるから)


「……了解です」


 別になくても私起きれますけど……。

そう思わなくもないが、なんだかんだで《ネメシエル》の目覚ましは役に立つ。

遠慮なく頼ることにした。


「明日の朝五時に起こしてくださいです。

 では……ちょっとお風呂に入ってきます」


(了解だ。

 明日の朝五時だな)


 蒼は頭にかぶっていた帽子を脱ぐとベットの側においてある机の上に置いた。

腹部を締め付けている茶色いベルトを外し、椅子に掛ける。

その流れで軍服の上着ボタンをのど元、胸、腹、と一つ一つ外した。

体をくねらせて上着を脱いで椅子に掛ける。

赤いネクタイを緩めると椅子に掛けた上着の上にかぶせるように載せた。

純白のワイシャツのボタンを外し、脱ぐと悲しくなるほど平たい胸に幼い下着が現れた。


「……やっぱり小さいのでしょうか」


蒼のここ一番の悩みである。

ズボンのボタンをはずして、片足ずつ、脱いでゆく。

下着だけの姿になった蒼はバスタオルを棚から取り出すとお風呂場へ駆けて行った。






      ※






 部屋の中にシャワーの水が流れる音が響く。

静かに、淡々と。


「蒼先輩の裸……!」


まるで忍びのような動きで蒼の部屋に侵入してきた春秋は一瞬でシャワールームの扉にたどり着いていた。


「おいしくいただきたいっす」


 覗くやつなどいないと決めてかかっている蒼は当然鍵などしているわけがない。

くくく、蒼先輩の裸は俺が拝ませてもらうっす!

自然と笑いがこぼれる春秋。


「はははは!」


気が付けば高笑いをしていた。

あわてて自分の口を押え、シャワールームの様子をうかがう。


「空を舞うっ~夢の形の世界へ~っ♪」


蒼の歌声が響き、シャワーが流れる音が止む。

おそらく頭を洗っているのだろうと春秋は予想した。


「ふふふふっ……」


 頭を洗っているとなると両手は開いているはず。

シャンプーから目を守るために目も閉じている。

つまり覗くには完璧。

こっそりと、扉に取りつくと春秋は一気に扉を開けた。


「な、なっは、春秋!?」


 うまくいけば目の前には蒼の未熟な体が横たわっているはずだった。

そして春秋はそれを期待していたのだ。

だが、期待は必ず裏切られるもの。

春秋は学習することになる。

扉を開けた次の瞬間期待は落胆に変わっていた。

すでに蒼は下着を身に着けていたのだ。

まさに神速の早業。


「どうしたんですか?

 な、え、えっ?」


「なんでもないっす……」


がっかりする春秋に蒼は混乱の表情を浮かべながら頭をなでなでしてやったのだった。






               This story continues.


おそくなりました、すいません。

読んでいただきありがとうございます。


前よりも今の方が忙しいってどういうことですかっ。

テスト期間なんて関係ないですっ。


本気でこの作品だけは神と言わせてみせるっ……!!


では、読んでいただき本当にありがとうございました。


P.S

そういえばみなさま。

一番初めの人物・艦艇紹介のところに新・ネメシエルが追加されました。

よろしかったら見てやってくださいませっ。

アナログ→デジタルで書きなおしたネメシエルです。

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