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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
ニッセルツ奪還
13/81

ニッセルツ制圧作戦会議

「して、作戦の方は?」


「まぁ、そう急かすな。

 少し待て、ラーメン食う間だけ」


 マックスは二つ目のラーメンのカップに箸を突っ込み、麺を口の中に滑り込ませてゆく。

ゆっくりとしょうゆの匂いが会議室の中を次第に満たしはじめた。

タバコとしょうゆが入り混じり、マックスを構成している主なものの匂いが渦巻く。

蒼はひとまず自分の分だけでも片付けてしまうことにした。


「もうそろそろ冷めましたよね……」


と一人ぼそりと呟き、静かに麺を口に入れ噛む。

 すっかり温くなっていて若干の物足りなさを感じた。

また温めなおしてもらいましょうか。

ちら、とポットのお湯の残りを眺めて自分のカップ麺を両手でつかんだ。


「蒼様どうした?」


「あ、いえ」


とてもではないが「温めなおしてください」と言う気にならず、結局温い面を食べることにした。

 蒼とフェンリアがむしゃむしゃと食べる横で夏冬は缶からチョコを取り出して包みを解いていた。

それを見て唐突に自分のカップ麺を投げ、チョコを食べたくなったが我慢する。

食後のデザートにします。

食――特に甘いものに関して蒼は人一倍敏感であった。


「ん、おいしかった。

 じゃあ話すぞー」


「はやっ!」


 夏冬が思わずマックスの器を覗いた。

乾燥ネギの浮くスープ以外空っぽになっている。


「えぇー……」


春秋も兄貴に続いて覗き込みうめき声を漏らす。

マックスのスピードはまさに圧巻の一言につきるものだった。


「何を驚いているんだ?

 さー作戦の話をするぞ。

 傾注してくれたまえよ。

 こら、クソガキ聞け」


気配に圧倒された夏冬は逆らうことなく、おとなしく首を縦に二回振った。

満足そうにマックスは笑うと副司令に命じて部屋の電気を消させる。

 暗くなった部屋、蒼達の真ん前に一枚のスクリーンが降りてきて電子音と共に図が表示された。

ニッセルツを上空から撮った写真が半分を占領している。

所々が赤い円で囲ってあるのは重要な施設のため破壊するな、ということだろうか。

または、その逆で攻撃せよということだろうか。


「はい、見えるな。

 いいかお前ら。

 この赤い円は何かわかるか?」


先ほど蒼が思ったことで正解なのだろうか。

とりあえず言ってみることにする。

間違えたら間違えたで、きちんと聞けばいいだけの話だ。


「えっと……。

 最重要施設につき攻撃不可 ということですか?」


違いますかね?

不安な表情を浮かべた蒼をマックスは指差した。


「正解だ!

 蒼に二十点やろう!」


 満面の笑みを浮かべて蒼の手を取りともに正解を喜び合う。

まるでクイズ番組で大金を得たようなはしゃぎっぷりだ。

マックスのテンションはどうやら今日MAXらしい。


「あ、ありがとうございます」


 そのテンションに無理やりつきわされる側にとってはたまったものじゃないが、マックスと一緒に副司令もなぜか嬉しそうなので蒼も仕方なしに、マックスのテンションに付き合うことにした。

頭の固い司令よりマックスの方が何億倍もマシですからね。

改めてマックスの司令としての寛大さと共に人情の厚さを感じる。

この気さくな態度こそ、基地全員がマックスの命令に忠実な理由の一つだろう。

人懐っこい笑み、性格。

でもちゃんとメリハリはつける。

まさに司令としてマックスは最高だろう。

少なくとも蒼が見ている中では一番マシな司令であることは確かだ。


「二十点とか。

 はっ、ガキかよ」


ぼそっとおっさんいびりが趣味の夏冬が呟いた。

 蒼の頭をなでなでしていたマックスの手の動きが止まり、表情が硬くなる。

少し会議室の空気が凍る。


「おいクソガキ。

 いいことを教えてやろうか?」


顔から笑みを消し去り、蒼から離れるとマックスは夏冬の目の前に立った。

すぐにでも喧嘩が始まりそうな雰囲気に会議室が沈黙に包まれる。

喧嘩するなら喧嘩してください。

私は知りません。

 いつの時代でも上と下の喧嘩はあるものなのだ。

こうやってお互い持っているシコリを吐き出してしまった方がいい。

いずれ嫌でも喧嘩したりして作戦を実行することになるのですから。

 やれやれと静かにため息をついて窓の外を見る。

真っ青に澄み切った空に綿飴のような雲がたくさん浮かんでいる。

三匹ほどの鳥が絡むように飛んでいて蒼も会議室内から意識を飛ばして空を飛んでいることを想像した。

鳥のように空を飛び自由な戦いのないところへ。

果物や野菜を育てて平和にのんびりと……。

 まるで今の自分と真逆の生活を思い浮かべていた蒼の意識は缶が机に打ち付けられる音で引き戻された。

頭の中に浮かぶ景色を消し去り、無骨なコンクリート部屋へと戻した。


「いいか、クソガキ。

 口を出したきゃえらくなれ。

 文句を言いたけりゃ上に立て。

 でなきゃ口を閉じておとなしく座っていろ」


マックスの真剣な表情に夏冬は完全に飲み込まれていた。

おっさんいびりが趣味の夏冬がサングラスを越しに見えるマックスの瞳から目を離せないでいる。

夏冬が押し負けているという珍しい状況に蒼は少し唖然とした。


「…………」


 夏冬の顔には若干の恐怖すら見えた。

今までこんな真剣に怒られたことがないだろう、というぐらいに怯えている。

夏冬のこんな顔を見るのは蒼が初めて夏冬と艦隊を組んだ時以来だった。

あの時夏冬の操る《ナニウム》は《ネメシエル》と接触事故を起こしそうになったのだ。

とっさの判断で蒼が《ネメシエル》を上昇させたからいいものの、あのまま《ナニウム》がぶつかってきたら今目の前に夏冬はいないだろう。

昔の記憶の再生を終り、さっきは空を飛んでいた意識を戻す。

マックスに怒られ、反論することすらできなかったはずだ。

夏冬がマックスに睨まれている現在はメリハリをしっかりつけるというマックスの精神論、を具現化したといってもいい。


「邪魔をするのはいいがON OFFの区別ぐらいはきちんとつけような。

 言ってる意味が分かるな、クソガキ。

 それに……だ」


 マックスは棚から缶を一つとると夏冬の前に叩きつけた。

先ほど蒼の意識をもとに戻したあの缶だ。

二度打ち付けられたことにより底はへこんでしまっている。

あわてて助けようと伸ばしそうになった手を蒼は押しとどめ成り行きを見守る。

マックスは缶に書いてある文字を指で差し


「百点たまったら新しいコグレチョコ缶をプレゼントだ」


と言ってお説教を締めくくった。


「…………は、はい」


夏冬はこくこくと頷き、マックスから視線を逸らした。

怒られたという恥ずかしさがこみ上げて顔が赤くなっている。

うっすらと目には涙もかかっているように見えた。


「いい返事だ、クソガキ。

 じゃあ話を戻すぞ」


顔に笑みを引き戻し、マックスは再びスクリーンの横に立ちなおした。


「へこんじゃったなぁ」


 自分でへこましたにも関わらず缶の底を撫でマックスはひとつ大きく鼻から息を吐いた。


「なんだったら俺が食うっすよ」


春秋が綺麗な笑顔でマックスに手を差し出すとフェンリアがその手を遮った。

話を聞け、とフェンリアの背中からにじむオーラに押される春秋は黙って手を引っ込める。

 本当に私、旗艦としてやっていけるのか心配です。

一つの会議だけでここまで荒れるというのに、と蒼はぼやいた。

心配されていた夏冬のちゃちゃが入らなくなったためスムーズに作戦会議は進むだろう。

だが、今蒼の心を支配しているのはそういった合理的なことではなかった。

百点たまったらチョコ缶ひとつをゲットできるという新事実。

つまり、食のことだった。


「まぁ、あれっすね。

 ようするに、真剣にさせよう大作戦っすね」


「ふむ」


ごそごそとチョコバーを口にくわえて春秋は言った。

 その言葉に相槌を打ち、フェンリアも一つチョコバーを口に入れる。

涙目の止まらない夏冬に「お兄ちゃんも一ついるっすか?」と春秋は切り込んだ。


「もらう」


涙目で応じて夏冬は一本取るとむしゃむしゃと頬張った。


「じゃあ、続きを話すぞ」


叩きつけまくったショックでへこんだ缶をマックスは後ろの棚に戻した。


「了解っす」


元気な返事をして春秋はスクリーンに視線を向けた。

案外、春秋はこの四人の中で一番精神年齢が高いかもしれない。


「あ、おいし」


普段はあまり感情や感想を表に出さないフェンリアが頬を緩ませたのに一番反応したのは蒼だった。


「春秋、私にもくださいです」


 蒼は春秋のチョコバーに手を伸ばして奪い取り、齧り取ることに成功した。

温くなったラーメンまみれの舌をチョコに浸す。


「ん、おいしい……」


 まさに至福の時間だった。

プリンの次に好きなチョコレートがこんなに食べれる基地はそうそう存在しない。

ここに来れたことを蒼は天に感謝した。

マックスの説明がもちろんBGMとなる。


「あ、あわわ……。

 蒼先輩と間接……っ!」


蒼が齧ったチョコを春秋はわなわなと真っ赤になり見つめている。

一体、どうしたんでしょうか。

全く理解のできない行動に頭の上にクエスションマークを浮かべる。

歯型が付いたチョコを春秋はしばらく見つめていたがしばらくすると全部を口に入れ幸せそうに笑った。


「――でだ。

 おい、聞いてるか、春秋。

 おい」


真っ赤になっている春秋は当然、マックスの作戦をも全く頭に入っていない。


「あ、いや、ごめんなさいっす!」


謝る春秋を見て蒼は

何か私悪いことでもしたんでしょうか。

チョコを横取りされる悲しみを人一倍深く知っているため、胸をちくりと突かれる気持ちになった。

 次からは欲しいって言わない方がいいですよね。

かわいそうですし。

春秋の謝罪を聞いて「もーこいつらは……」とマックスは頭を抱えた。

何度同じことを言わせるんだ、と顔で訴えている。


「やれやれ。

 いいか、聞いていなかったやつがいるからもう一回初めから説明するぞ。

 傾注って言っているのにこのざまだ。

 少しぐらい俺の話を聞いてくれたってぶつぶつぶつ」


 マックスはスイッチをいじって、五枚ほど進んでいたスライドを一番初めに戻した。

また赤い円が上書きされた一番初めの写真に戻る。


「じゃあもう一回だけ説明してやる。

 聞かなかったら点数引くからな」


付け加えた最後の言葉に“核”四人は背筋を伸ばした。

耳を澄まし、一言も逃すまいという決心が丸見えとなる。

結局、みんなして食なのだ。


「これがなにを表しているかは言ったよな?

 蒼が答えてくれたはずだ」


蒼に視線が集まる。

当然覚えていた蒼は自信満々に


「最重要施設につき、攻撃不可という意味です」


と答えてみせた。

拍手してくれた春秋にお辞儀をしてスクリーンを向きなおす。


「その通りだ。

 こいつらはニッセルツの最重要施設だ。

 攻撃したらぶち殺すぞ」


サングラスをきらりと蛍光灯の光に反射させ、司令の凄みを出す。

“核”全員が集中して聞いているのを実感しながらマックスは次のスライドに移ることにした。

赤い丸はそのままにして、今度は青色のマークが出現した。

と、同時に一枚の写真がスクリーンに放り込まれる。

蒼が《アウドルルス》に乗って撮ってきた写真だ。


「さすが蒼さん」


 夏冬があまりにクリアに取られた写真を見て素直に褒めた。

蒼は春秋にしたのと同じようにお辞儀をして夏冬の賞賛に答える。


「このマークが何かわかるな?」


ポケットから差し棒を取り出してマックスがスクリーンを叩いた。

取ってきた最新版のものと戦争が始まる前の古いものを比較するように並んでいる。

青色のマークは古い方には存在しないものを示していた。

一番初めに答えたのは春秋だった。


「えーっと……。

 敵の砲台や港設備ってことっすか?」


「その通りだ。

 春秋に十五点!」


 マックスが副司令に目配せするとスクリーンの右上に点数加算表が追加された。

ますますクイズ番組みたいになってきましたね。

蒼は内心わくわくしながら次の問題を心待ちにすることにした。

もちろんきちんと作戦も聞く。


「つまり敵の砲台や港設備さえ叩けば……」


夏冬ががたんと椅子を鳴らし、机に前のめり状態でマックスに言う。

マックスは自分より頭二つ分小さい夏冬の頬を摘まみながら


「ところがどっこいそうはいかない。

 副司令」


「はい」


指示を出した。


「ほっぺをつまむなぁ」


 マックスの手をぺしぺし叩いて夏冬が言う。

一向に離そうとしないマックスは夏冬の頬から仕方なしに指を離した。

赤くなっている頬を抑えて夏冬の涙目に拍車がかかる。


「案外柔らかくてビビったぞ。

 で、クソガキ。

 ほら、見ろ」


 古い方の地図の上に何枚かの写真が重ねられた。

どれもこれも尖った、ロケットに翼や砲台を付けたような形をした艦が映りこんでいる。

四枚の折れ曲がった翼やくっきりと見える数々の砲台。

そして艦尾から出る水色の炎。

蒼は見たことがあるものの思い出せないでいた。


「これ。

 《シェアーグド級戦艦》?」


基本無口なフェンリアが写真を見て口を開いた。


「ああ。

 副司令、データを」


マックスが指を鳴らし、椅子に腰かけると代わりに副司令が立ち上がった。

差し棒をマックスから受け取りスクリーンを指したところでじっと見つめるフェンリアに気が付いた。


「何かしら」


いそいそと説明の準備を進める副司令を根本から揺さぶる一言をフェンリアは言った。


「私が言う」


「なっ!?」


 ただでさえ少ない出番を取らないでくれ、と訴える視線を無視してフェンリアは説明を始めてしまった。

一度も噛まずに、流暢に。

そして正確に。


「全長二七八メートル。

 総重量十一万トン。

 最大速力マッハ二。

 主な兵装は“三八センチ連装サーレンターレット”が八基。

 “十五連装アクティブパルス砲”が艦首に二基、艦尾に二基と計四基。

 艦底には対小型艦用の“二十センチ速射砲”が六基。

 “荷電防御装甲”搭載」


「あ、あの……。

 私が説明したかったんだけど……」


「標準的なシーニザー連合州国の戦艦と思われる。

 これがどうかしたのか司令」


 がっつり出番を奪い取られた副司令は椅子に腰かけくらくらする頭を抑えた。

メガネを外し、布で汗をふき取る。

知識ぐらいしか取り柄のないない副司令にとってフェンリアの雑学は自分の立場を奪うに等しいものだった。

見えない密かなところで今受けた屈辱をいつか晴らしてやろう、と副司令は黒く思いを秘めた。


「どうかしたのか、だって?

 ニッセルツ上空にこいつらが浮いている意味を分からないとは言わせないぞフェンリア。

 分かっていて言ってないのだろうと思うけどな」


缶をこじ開け、一つチョコをマックスは食べることにした。

じっくりと答えを期待する四人の“核”を前にして十分に焦らす。

受け入れたくない現実をここでもひとつ突き付けることになることに罪悪感を覚えながらも


「シーニザー連合州国までもが我が国を敵にしていることが確認されたってことだ」


 うなだれている副司令の肩をぽんと叩いてマックスは一気に言葉を吐き出した。

当然息を飲むような沈黙が流れる。

外を戦闘機が飛ぶ小さな轟音が窓の隙間から入ってきた。

いたたまれない沈黙を一番初めに破ったのは春秋だった。


「シーニザー連合州国――っすか?

 そんな……嘘っすよっ……」


 ショックを隠し切れない表情で春秋がマックスに詰め寄る。

チョコを解くぱりぱりとした音が夏冬から出て、フェンリアがふうと息を吐いた。

蒼もぎゅっと自分で自分を抱いていることに気が付いた。

手汗がびっしょりだった。

 シーニザー連合州国はベルカと最も仲が良かったと言っても過言ではない国だ。

ベルカのはるか南に位置している島国で主な産業は造船や観光業だ。

ベルカよりも小さな島国だが人口は一億五千万人と多く経済力も大きい。

国交は約二千年続いており、天帝家から嫁に行った華族もいたようだ。

ベルカに次ぐ経済・軍事大国でベルカとシーニザーが手を組めば超大国のヒクセスすら倒せると言われていた。

何か災害が起きたときは、お互いがお互いを助け合い、仲良く発展してきた。

実際ベルカが前回の世界戦争から立ち直れたのは中立国であり、被害がなかったシーニザー連合州国のおかげといって差し支えないほどだった。

そのシーニザー連合州国すら敵に回ったということはベルカに味方はゼロと考えてもよかった。


「残念ながらこれが現実だ。

 常にな」


 迫ってくる春秋を横に避けてマックスは温くなったラーメンのスープを飲んだ。

苦虫をかみつぶしたような顔をして


「そして、俺達がニッセルツを取り返すにはシーニザー連合州国の艦を撃沈しなきゃらならない。

 わかるな?」


蒼、フェンリア、夏冬、春秋、四人の顔をマックスは順番に見て行く。

目に浮かべた表情はすっかり疲れ切っているようだった。

昨日の味方は今日の敵。

逆もまたしかりの言葉が蒼の頭に浮かんでは消えていく。

遮断された限りない情報の中で誰が味方で誰が敵なのか。

それを見極めなければ負へ負けへと泥沼にはまっていくだけだった。


「そんなことできないっすよ!

 ねえ、お兄ちゃん!」


急に悲鳴にも似た叫び声が聞こえ、蒼を含め、ほとんどが声の主を見た。

悲鳴の主は春秋で、彼女の目はすでにうるうると涙をたたえていた。

どうやら、今日は丹具兄妹が泣く日らしい。


「…………」


 春秋はマックスの横から帰ると夏冬の隣に荒く腰かけた。

半分泣きそうな表情を浮かべ夏冬、兄の手を握っている。

今まで見たことない春秋の取り乱しっぷりに蒼は少し動揺しつつも様子を見守ることにした。

 思いも寄らないメンバーの弱い面をさらけ出すことになるこの会議は得るものが多い。

信じていたものに裏切られる悲しみは蒼にも存在していたが、戦争がはじまると同時に切り捨てていた。

ベルカの帝都が吹き飛んだのを目の当たりにしたのだ。

自国を守るためならばどんなものも受け入れるしかない。

蒼にはその覚悟が出来ていたが春秋にはその覚悟が出来ていなかったというだけのことだ。

あとでマックスに謝らないといけませんね、と蒼は心の奥でそっと首を垂れた。

部下の不備は上司が責任を取るのが常識だ。


「ねえ、お兄ちゃん!

 俺どうしたらいいのか分からないっすよ……ねぇっ」


「………………」


いくら答えても返事のない夏冬に春秋はさらに食って掛かった。

夏冬は静かに春秋、妹の顔を見てため息をつく。


「蒼先輩っ!

 俺達……俺達……!」


兄貴が答えない、とわかったのか春秋の矛先は蒼の方を向いた。

当然答えなど用意していない蒼は、春秋の潤む瞳を見ながらも何も言えずに俯いた。

春秋は何かしら私達とは違う気がします。

 蒼は心のそこでそっと感じた感情を確認して、改めてそういった結論をはじき出した。


「座れ、春秋」


マックスが鼻から息を吐き出すの音の後にそういった声が飛び込んだ。

若干震えており、それが怒りからか、恐怖からかは蒼には理解できない。

かちゃ、と鉄の響く音がして蒼がそちらに目を向けたときにはマックスの持つ銃が春秋を向いていた。

安全装置は外れており、マックスが引き金を引けばベルカの超光化学の弾が春秋を蒸発させるだろう。


「マックス!?」


「あなた!?」


 気が付いた時には出ていた蒼の声と泣きそうな副司令の声が飛び交ったが、マックスは銃口を春秋から動かさず口を開く。

その表情には複雑な思いがねじ込まれていて、銃を向けているにも関わらずマックスの表情は無機物そのものだった。

色々なことがありすぎたのだ。

 一晩前までは仲良しだった国までもが裏切っている。

朝目が覚めてみれば、味方などいない世界に早変わり。

人間にはとてもではないが普通の神経をしていれば受け入れることのできるものではないだろう。


「どうしようもねぇんだよ。

 もう。

 俺達がここで勝たなきゃベルカは無くなっちまう。

 完全に。

 世界地図から消されちまうんだよ。

 わかるか?

 亡国の艦隊となるんだよ。

 故郷を失うことほど辛いものはないんだ。

 春秋。

 貴様の感情で敵か味方かの判断をつけられちゃたまらないんだよ」


 春秋は半泣きの表情のままマックスの目を見つめた。

サングラス越しにうっすらとだけ見える目は冷たく、春秋を見返してくる。

蒼は止めることも忘れ自分の部下とマックスがぶつかるのを傍観していた。

おろおろといったり来たりを繰り返す副司令と言葉を吐き出すマックスの口だけが唯一動いているものだった。


「で、でもっ……!

 シーニザー連合州国はベルカとの同盟国だったんすよ!?」


しばらく勢いに飲まれていた春秋だったが、我に返り反論の火蓋を切った。

目は真剣にマックスを睨み、迫力のあるものだったが


「いいか春秋。

 今ニッセルツ上空にいるシーニザーの軍艦は敵か味方か言ってみろ」


その問いに迫力は消え失せ、戸惑いの色に変わった。


「言ってみろ」


 マックスは銃をホルスターの上に置いて、タバコを口に挟み込んだ。

ポケットからライターを取り出し、ぽっと火を灯した。

火のついたタバコから発生した煙が天井にぶつかりゆっくりと広がってゆく。


「……そんなの分からないっすよ」


三回ほど、マックスがタバコを深く吸い込んだときようやく春秋が自分なりの答えを出してきた。

 おずおずと、だが確かに春秋の片鱗が混じりこんでいる。

改めて蒼は自分達“核”とは何か違うものを春秋に感じた。

蒼だったら間違いなく「敵です」と即答していただろう。


「ふぅー……。

 OK、春秋。

 俺が悪かった、まずは謝らせてくれ」


 満足のいく答えだったのだろうか、マックスは頬を緩め頭を掻いた。

笑った時にタバコの灰が軍服に落ち、あわててこすったため模様がさらに広がる。

舌打ちしながらマックスは春秋ではなく、蒼達全員に諭すように言葉を重ねた。


「俺達が戦っているのは世界そのものだ。

 当然、勝てるとは思わない。

 いや、勝てるわけがないんだ。

 でもな。

 目の前で愛すべき自国が蹂躙され、消えてゆくのを指を咥えて見ていろとでもいうのか?」


 ベルカ帝国。

世界から喧嘩を売られた国。

聖地ネメシエルを基盤として発展してきた立憲君主社会主義国家。

頭の中に紡がれてゆく、《ネメシエル》のデータバンクから流れてゆく数々の詳細。

蒼にとって国はデータでしか存在していなかった。

だが、自分を生み出し、育ててくれた空月博士がベルカを愛していたため自分もベルカを愛するのが普通だと思っている。

それはこれまでも、これから先も兵器である限り当然の使命と考えていた。


「俺は無理だ。

 シーニザー連合州国に関してだけでなく、今の俺達には情報が少なすぎる。

 だからこそだ。

 だからこそひとまずは“敵”としておくんだろう?

 いいか、春秋

 戦争は常に無慈悲なものだ。

 一人の私情を介入させることは許されない。

 いいか。

 感情は戦争には必要ないんだ」


マックスは言い切ると冷めたスープの入っているカップ麺の中にタバコを放り込んだ。

蝉を踏み殺したような音と共に火の消えたタバコは乾燥ネギと一緒にスープに浮く。

映りこんでいた春秋の顔が揺れて、崩れた。

 感情は必要ない――ですか。

ざらついた言葉が胸の奥で細波を立て、広がっていった。

無意識に右の裾をまくって、刻まれた紋章を撫でていた。

薄く、ゆっくりと光っている。

艦を操る以外で、感情の左右でも光るこの紋章を蒼はあまり好きになれなかった。


「それだけ忘れるな。

 今俺達に必要なのは感情じゃない。

 勝利だ。

 綺麗ごとを吐き出すのは簡単だ。

 同情を作り出せばいい。

 同情を作るのも簡単だ。

 泣いて、喚けばいい。

 じゃあそれらは死んだら出来るのか?

 違うよな。

 死んだら終わりなんだよ、全てが。

 綺麗ごとを言えるのも平和があるからこそなんだよ」


真剣な顔をしてマックスは言葉を紡いだ。


「わかったな、春秋。

 俺達はこの戦いに勝たなきゃいけない。

 私情を、感情を注ぎ込むな。

 以上」


「はい……」


思いっきりマックスの言葉を受けた春秋はうなだれて、椅子に腰かけた。


「これ、食えよ」


「うん……ありがとうっす、お兄ちゃん……」


 妹の頭をなでなでして夏冬は春秋にチョコを渡した。

いつも何かしら食べている夏冬は基本相手が落ち込んだりするとこうやって甘いものをくれる。

春秋の感情が収まるのを待ってマックスは再び話に戻った。


「ん、じゃあ次の作戦目標だが。

 ニッセルツを占領するには多数の陸軍が必要となる。

 幸い、コグレには陸軍がいる。

 ……といっても百人弱なんだが。

 副司令、説明頼む。

 喉が痛い」


 夏冬、春秋と今回ダブルで組み伏したマックスは喉を抑えて椅子に座った。

副司令の入れていた水を飲み新しいタバコに火をつけ吸う。

糸の切れた人形のように基地司令は椅子に全身を預け、ぼーっと天井を眺めている。

副司令はひとつ咳払いをするとスライドを切り替えた。

戦車のようなマークが五つと装甲車のマークが八つ、そして人間の無数のマークが展開されている。

それらがニッセルツの上に散らばり、ほとんど埋め尽くすと動きを止める。


「コグレ陸軍の規模ですが。

 戦車が五台、装甲車が八台、残りは歩兵となっています。

 これらすべてを《タングテン》に詰め込み港で放出。

 一気に占領します。

 そのため《ネメシエル》、《ナニウム》、《アルズス》は《タングテン》を援護してください。

 なお、できる限り陸軍の消費を抑えるために《ネメシエル》以下二隻は先に港の敵施設を破壊。

 抵抗力を完全に奪ったところで、《タングテン》が陸軍を上陸させてください。

 ニッセルツには一般市民もいます。

 くれぐれも誤射だけは控えるようにしてください。

 なお、ここは歴史的建造物も多数並んでいます。

 《ネメシエル》をはじめとする各艦は広範囲制圧兵器の使用を控えてください。

 これが今回のニッセルツ制圧作戦の全貌です」


副司令は一息にそういうとにこっと蒼達に微笑んだ。

――ただ、フェンリアに関しては笑顔が固かったが。


「以上だ。 

 作戦会議終わり。

 《アウドルルス》が与えた被害を解消されないうちに一気に行くぞ。

 作戦の実行は明日。

 明朝六時だ。

 今夜は早めに休むように。

 解散」







               This story continues.

ありがとうございます。

お待たせいたしました。

超空陽天楼最新話更新いたしました。

次はニッセルツ制圧作戦に入ります。


初の艦隊行動を書くわけです。

緊張しますが、とっても楽しみです。

お待たせして、ほんと申し訳ないです。

もっと早くかければなぁっ……!!


では、読んでいただきありがとうございました。

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