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DOORS  作者: 権兵衛
1.プロローグ
9/30

       (9)

「薄々気付いとるはずじゃが、人ならざる者がこの事件の黒幕じゃ」

「人ならざる者?」

 俊太は怪訝な顔をした。

「そうじゃ。たとえば、今お前さんの目の前にいるワシとかが良い例じゃな」

 ギンジの返答に俊太は少し眉をひそめた。その俊太の顔を見たギンジが唇を少し歪ませて微笑する。

「別に黒幕がワシとは一言も言っとらんぞ。あくまでも例えの話じゃ」

 すると、突然、強張った顔つきでギンジが重く口を開いた。

「じゃが、ワシと同類ということは否定できまい。何せ、奴も神に〝近い〟存在なんじゃ」

 俊太の顔が瞬時に青白くなった。無理もない。ギンジの能力をついさっきまで、まざまざと見せつけられてきたのである。

 指を鳴らしただけで時を止めることができるし、頭の中に入り込んで話しかけることもできる。そして心を読むことだってできる――それらはもはや人智を超越した能力だ。対決せねばならない相手がそのようなことのできる人物であることを知った俊太が狼狽するのはごくごく当り前のことだった。

 俊太は弱弱しい声をだした。

「そ、そんなバカな。敵うわけがない」

 肩を落とす俊太の頭をポンと軽く平手で叩いてギンジは言った。

「案ずるでない。おぬしを助けるためにワシはこうして来たんじゃ」

 姿勢を改め、ベッドの上で胡坐あぐらをかいてギンジは長々と話し始めた。

「まずは、その黒幕についてワシの知っていることを全て話そう」

 胸ポケットがあるのだろうか、トガのような衣服に手を入れ胸のあたりから巻物のようなものを取り出した。紐で結ばれており、紐をほどくと見知らぬ人物の顔がモノトーン調で描かれていた。ギンジと同い年ぐらいであろうか、皺くちゃな顔をしている。双眸そうぼうが絅絅とした光を放っており、いかにも狡猾こうかつな人物らしい面構えをしていた。

「こいつが黒幕じゃ。通称、悪の神」

「神って……神に〝近い〟存在じゃないんですか? 神様と対決して敵うわけないでしょ」

 俊太の発言はなにも事情を知らない家族や友人たちにとっては荒唐無稽で現実味に著しく欠けていた。

 宗教の信者が神を信じても、神もしくはそれに近い存在と対決するなんて誰が考えるだろうか。俊太の信者ではない身近な人間にとっては誰もが耳を疑うような、あるいは俊太の頭がおかしくなってしまったのではと勘違いするような話である。

 だが、俊太はもはやその虚構のような世界の住人となっていた。

「たしかにおぬしの言う通りじゃ。じゃが、神ではない――そうじゃのう、ピラミッド型のヒエラルキーがあるとして、尖った天辺てっぺんの部分が神としたら、そのすぐ下に奴が位置する。神は、一人しかおらん。そして、そのすぐ下は、二人いるんじゃ」

「てことは、あなたとその悪の神ですね?」

 ギンジは頷いた。

「そうじゃ」

「まさか、あなたの通称って善の神なんじゃ――」

「ああ、そう呼ばれておる」

 なるほどなと俊太は合点した。

 長年ライバル的な存在で悪事を働く悪の神との戦いに明け暮れ、今回悪事の対象となったのが自分の友人というわけだ。

 すると、ギンジはうなり声をあげた。

「うーむ、おぬしが今心の中で思っていることは半分アタリで半分ハズレじゃ」

 俊太は小首を傾げた。

「どういうことですか?」

「奴は狡賢ずるがしこくてな、自らは殆ど動かず他人を利用するのが奴の良く使う手口なんじゃよ。そして利用した人物の心が闇に染まっていくのを観察するのが奴の趣味みたいなもんなんじゃよ。友人を失い絶望に苛まれるおぬしを見て喜びを露わにしていく人間を見て悪の神は楽しんでるのじゃ」

「つまり、この事件に関わっているのは悪の神だけではないというわけなんですね」

「そうじゃ。たしかに悪事の犠牲となっておぬしの友人が消えたことに違いはない。じゃが、人を消すこと自体が奴の今回の悪事というわけではないとワシは踏んでおる。奴が白羽の矢を立てたとある人物――そいつの心が悪事の真の対象じゃなかろうかとワシは思う」

 俊太は目を僅かに見開いて訊いた。

「真の悪事の対象になったのはいったい誰なんですか?」

「さあな、分からん」

 手をひらひらと振り、すげない口調でギンジは答えた。

「どうしてですか? 神に近い存在なんでしょ。分かるんじゃないんですか!」

 語気を荒げた俊太を見て、深く息を吐いてからギンジは口を開いた。

「邪魔されているのじゃよ、悪の神にな。もう一人の正体が分かれば計画は完全に崩壊するからのう」

「邪魔されてるってどういうふうにですか?」

「心を読めれば犯人は分かるのじゃが、なぜかその能力を使えるのがおぬしだけなんじゃ」

 俊太は顎に手をやり椅子に腰かけた。しばしの沈黙の後、俊太がそれを破った。

「なるほど。でも、ひとつ不可解なことがあります。なぜ犯人は悪の神に手を貸したのですか? 人に恨まれるようなことはなにもやっていないはずですが……。まさか、人を操る能力まであるとか?」

 ギンジはかぶりを振った。

「いや、そんな能力はない。恐らく、本人の意志じゃろう。じゃが、何度も言うように奴は狡賢い。上手いこと言いくるめて意志を操ることなど造作もないことじゃろう。じゃが、それなりの言い分がなければ言いくるめることも出来ん。本当に恨みを買うようなことを誰かにしたことはないのか?」

 俊太は俯いて深く考え込んだ。そして、首を捻って言った。

「いや、全く記憶にないです」

 悶々と悩むような表情をギンジは浮かべる。

「そうか。どうやら、事件解決にはかなりの苦難を乗り越えねばならぬようじゃな」

「腹を括る準備はとっくに出来ています。何か解決策があるなら教えてください」

 ギンジは渋顔で相槌を打った。

「うむ。致し方あるまい、消え去った者たちを直接助けよう」

「直接助ける……」

 眉間に皺を寄せて俊太は鸚鵡返しした。

「ようするに、悪の神との直接対決じゃよ」

 生唾を飲み込み、ギンジの顔を繁々と俊太は見つめた。

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