再会と再興
気がつくと、寝室のベッドの上に俊太はいた。時計をみると、十時半だった。窓の外には青空満天の景色が広がっているので朝の十時半だ。
リビングへと階段を降り、テーブルの上には朝食といつもの〝置き手紙〟があった。
『ダビング中
DVDは昼頃まで見れません
俊太の好きなアクション映画をダビングしています』
俊太は思わず笑みをこぼした。
「フワァ?」
「そうそう、急に体がなんかフワァってなったんだよ」
勇人のかなり興奮した様子は俊太にとって可笑しくてたまらなかった。
どうやら、異世界に連れ込まれた瞬間のことは覚えているらしく、その時の感覚は忘れられないほど気持ちよかったらしい。
「で、その後のことは覚えてないんだ?」
「うーん、そうみたい。気がつくと、もといた場所にいてさ――あれは一体なんだったんだろ」
俊太は首を捻り訝しげな表情をみせた。
「さあ、なんだろう。ていうか俺もその、フワァってなりたかったな」
「羨ましいだろ。まあ、残念がるなよ」
「別に残念がってはないけど……」
すると、竜助がいきなり口を挟んできた。
「相変わらず、他愛もない話してるなお前らは。でも、不可解な話だよな。どうして、殆どの奴がそのフワァを知ってんのに俊太は知らないんだろ」
「それは……」
俊太は言葉に詰まった。確かに周りの人間にはあったのに自分にはなかったというのは、少し不自然な話だ。
「達也にもほかのサークルのメンバーにも全員あったらしいぜ」
「さあ、どうしてだろう」
あくまでも知らないふりをすることにした。ギンジのこととか何もかも話しても良いような気がしたが、なんとなく猛との二人だけの思い出にしたかったのだ。ギンジが記憶を消していることにも何か理由ありげだったので、あえて話さなかった。
「じゃあ、準備できた人から適当にラリーとかサーブ練習して、三十分後ぐらいに俺と俊太が球出しするからストロークの練習な」
竜助が快活な声をテニスコートに響かせると、大勢のサークル仲間がテニスコートに寄って来た。その光景を見た俊太の心は無意識に和んだ。
メールのやり取りで決めた待ち合わせ場所に瑠花が立っているのが見えた。その駅前の噴水広場はカップルの待ち合わせ場所の定番となっている。
「ちょっと遅くない? なにかあったの」
「ちょっとサークル仲間とのおしゃべりが長くなっちゃって……」
瑠花はムスッとした表情を浮かべる。すぐに俊太は手刀を切って頭を下げた。
「ごめんって、そんなに怒らなくても良いだろ」
「怒るにきまってるじゃない!」
「だから、ごめんって。ていうか、そんなに時間にたいしてシビアな性格だっけ?」
すると、瑠花は右の頬を触りながら思案顔をみせた。
「うーん、分かんない」
そして、笑窪を両方を頬に作って笑みを浮かべた。俊太は一瞬ドキッとして顔が綻びそうになったが、自重した。そんなことをすると、気持ち悪い人間だと思われてしまうかもしれないからだ。
「でも、許してあげる。良いことがあったから」
「良いこと?」
「うん。最近なんか体がフワァってなったの。それが凄く気持ちよかったんだ」
またその話かと俊太はげんなりした。しかし、みんな使う擬音語が同じであることに笑いを堪えることはできなかった。
「なに笑ってんのよ、気持ち悪い」
「いや、なんとなく可笑しかったから」
「なにが?」
「実はね――」
俊太はサークル仲間も同じ体験をし、そしてそれを表現する擬音語も同じことを話すと、なぜか瑠花は酷く落胆した顔をしたのだった。
「なあ、兄貴」
「んん?」
猛の兄である聡は頓狂な声を上げた。
「兄貴って仮面かぶって生活してる?」
「何のことだ?」
「まあ要するに、隠し事をするタイプかってこと」
聡は鼻で笑った。
「いきなりなんだよ? しかも、最初からそう言えよ。なんでそんな小説家が使うような婉曲表現をかっこつけて使ってんだよ」
「まあ良いじゃん。とにかく隠し事をするか訊いてんの」
「そりゃ、誰だって隠し事はするだろ。逆に秘密がない奴なんているのか?」
「まあいないよな」
「だろ。でも、もしもその隠し事が円滑に人生送る弊害になってんなら迷わずバラしたほうが良い。すくなくとも俺はそう思ってる」
猛の心臓が飛び跳ねた。俊太も同じようなことを言っていたからだ。
「へえそうなんだ。まあそりゃそういう人もいるか」
「堂々としてれば良いんだよ。ネタばらしは人生の潤滑油だ」
「上手い! 比喩表現っていうやつか。ていうか兄貴も小説家みたいな表現使ってんじゃん」
「別に良いだろ、小説家なんだから」
「まあ、そりゃそうか」
「あとな、お前に一つアドバイスをくれてやるよ」
猛は首を傾げた。
「アドバイス?」
「お前、〝まあ〟って言い過ぎ。変だから止めたほうが良い」
猛はなぜか聡と会話する時はそれが口癖となっていた。聡が言い返せないような正論ばかりを言うからである。
そのことに気付いた猛は一度は愚かな行為をしたものの、この人は実は偉大で誇らしい世界一の兄貴であると痛感したのであった。≪終≫