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DOORS  作者: 権兵衛
2.現実世界と異世界
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現実世界(4)

 その日は、激しく雨が降りしきっていた。雨が地面を叩く音は、まるで何百もの人による拍手のような迫力があった。都会の喧騒をもみ消すほどの轟音である。

 傘を片手に持って自転車に乗っていたので、普段よりも操作が不安定だった。更には、前籠に重い荷物が積んであって、その不安定さに拍車をかけていたのだ。いつか転んでしまうのではないかと、ずっと不安げな顔をしながら重めのペダルを漕いでいた。

 迷路のような狭い住宅地に入ると、さっきまで猛烈な勢いで鉛色の空から降っていた雨が突然止んだ。どうやら、夕立だったようだ。

 邪魔で仕方がなかった折り畳み傘をたたみ、小さなポリ袋に入れて鞄にしまった。

 曲がり角が見えてくるやいなや、高揚感が湧いた。家まであと少しである。緩めていたスピードを少しだけ速くする。

 曲がり角にさしかかった瞬間だった。

 無邪気な老婆の顔が突然目に入った。そして、女性の悲鳴のようなブレーキの金属音と共にドンという鈍い音が響く。転んだ拍子に側頭部をアスファルトの地面に強く打ちつけ、そのまま気を失った。




 雷鳴が猛の目を覚ました。窓から外の景色を眺めると、昼ごろにも関わらず夜かと錯覚してしまうほど暗かった。そして、シャワーの蛇口を限界まで捻ったかのような雨が地面を濡らしていた。女子高生たちが雷光や雷鳴に恐れて奇声を発している。その様子がなんとなく滑稽に思えた猛は、思わず笑みをこぼした。

 その後、しばらくの間、猛はずっと窓から外を眺めていた。そういえば、あの日もこんな天気だったなと思い出して神妙な顔つきになった。

 猛がふと思い出したのは、そのことだけではなかった。

「〝赤い光〟って一体何なんだろう――」

 囁くように独りごちた猛は、耳にした時からずっとその〝赤い光〟のことが気になっていたのだ。

 その〝赤い光〟が天を照らし、瞬く間に雷鳴が轟いたというが、もし事実なら雷光である可能性が極めて高かった。無論、〝赤い雷〟など見たこともなければ、聞いたこともなかった。いったいどんな科学反応が起きれば、〝赤い雷〟が発生するのだろうか。理科は昔から得意科目だが、皆目見当もつかなかった。

 徐に、テレビの電源をつけると、偶然にもニュース番組がやっていた。ニュース番組といっても、アナウンサーが厳しい顔でずっとニュースを伝えて終わるようなものではない。

 今現在おきている様々な事件を、専門家や芸能人などを招いて分析、コメントしていくような番組だった。司会は、バラエティー番組などの進行をよく担当している人気のあるアナウンサーだった。

 そして今まさに、俊太を巻き込んだ一連の失踪事件が話題となっていた。専門家が二人と俗に言うインテリ芸能人が一人招かれてる。雄弁をふるっている専門家は某有名大学で教鞭をとる犯罪心理学者と超常現象研究家だった。

 司会者であるアナウンサーが犯罪心理学者に質問した。

「ところで金村さん。今回の事件がもし同一犯による犯行だとしたら、いったい犯人はどのような意図を持ってこのような凶行に及んだのでしょうか?」

 金村は苦笑いを浮かべながら言った。

「意図というと動機のことですよね? まあ、それを調べるのは警察の仕事ですから……。それが分かれば警察も少しは捜査し易くなるはずですので、一刻も早く突きとめて欲しいものですね」

 素っ気ない返答に肩すかしをうけた司会者は、はあ、と困惑した表情で声をだした。より明確な意見をもらうために、司会者は質問を変えた。

「何かしらの要求も犯人からは一切なく、何人もの人が拉致されてきたので身代金目的ではないことは、はっきりしてますよね。やはり、拉致した人々に恨みがあるとか、そういう可能性は十分にありますよね?」

「十分にあると思います。警察としては、拉致された人たちの共通点を探るべきではないでしょうか。かなり大人数のかたが被害にあっているので、何かしらの組織があってそのメンバーということが考えられますね。その組織が何かしら恨まれるようなことをしてしまった――そういったことも考えられます」

「なるほど」司会者は眉間に皺を寄せて頷いた。

 司会者と犯罪心理学者の会話に真顔で耳を傾けていた猛だったが、徐々に笑いがこみ上げてくるのを感じた。

 この金村という男は本当に専門家なのか。さっきから当たり前のことしか言ってないじゃないか。挙句の果てに、俊太やその周りの人間が何らかの組織に所属していて、恨まれるようなことをしたなどという余りにも非現実的な予想を披露している。そんな話を俊太は一度もしたことがない。ふざけるなと猛は心の中で怒鳴った。そして、とうとう怒りを通り越して笑いが噴き出したのだ。眉間に皺を寄せて司会者は頷いていたが、恐らく自分と同じような感覚に陥っていのだろう。だから、顔をしかめているのだ。猛はそう思わざるを得なかった。

 司会者と金村の何の意味もない会話がその後も五分ほど続き、やっと司会者は暇そうに首を何度か縦に振って会話を聞いていた超常現象研究家の人物に声をかけた。

「では続いて吉岡さんにもお話を伺いたいのですが、まずはこの写真を見てください」

 そう言うと司会者は、丸い机に裏返して置いてあったフリップを手に持ってカメラのほうへ表にして見せた。

 そのフリップの写真を見た途端、猛は思わず目をみはった。ずっと気になっていた例の〝赤い雷〟の写真だったからである。

「これはですね、防犯カメラに偶々映ったものを写真にしたものなんですが、これは雷に間違いありませんよね、吉岡さん」

 すると、吉岡は蜂の羽音のような声を出した。

「うーん、そうですね。ゴロゴロという音もしたらしいので、雷と考えてまず間違いないでしょう」

「では、なぜこのような色をしているのでしょうか?」

「そうですねえ……では、どのようにして雷が起きるのかまず説明しましょう」

「お願いします」

 雲や矢印が書かれたフリップを手に持って指をさしたりしながら、吉岡は超常現象研究家ではあるが、科学者のような口ぶりで雷が発生のするメカニズムを説明し始めた。

「そもそも雷というのは雲が発生させるものです。では雲がどのように出来るのかご存知ですか?」

「はい、なんとなくは……」

「そうですか。では詳しく説明しましょう」

 この時点で猛はテレビを消そうかという考えに一瞬至ったが、なんとか雷が発生するメカニズムの説明が終わるまで、テレビを消さずに待っていた。上昇気流や飽和水蒸気量、静電気といった中学、高校の理科の授業で習うような専門的な用語が何度か吉岡の口から出て、猛は懐かしさを覚えた。

「このようして、雷が発生するんです。分かってもらえましたか?」

「はい、よく分かりました。では本題に戻りまして、そのような過程において、いったいどのような現象が起きれば、雷が赤くなるのでしょうか?」

「それはちょっとまだ分かりません。我々も科学者たちと議論を交わしているのですが、なぜそのようなことが起きたのかは未だに解明できていません」

「では、予想でも良いので何か一つ教えてください」

 少し逡巡した後、吉岡は口を開いた。

「そうですね、赤い雷雲の話は知っていますか?」

「はい。なんでもその雲から〝赤い雷〟が発生したとか――」

「その通りです。我々は今、〝赤い雷〟自体に焦点を置いているのではなく、その雷雲に注目しています。つまり、その雷雲がどのようにしてできたのかを分析しているのです。しかし、なにも分かっていません。科学的な予想も立てれていないのです」

 司会者は再び、はあ、という声を出し、厳しい顔つきになった。すると、ずっと黙りこくっていたゲストの一人であるインテリ芸能人が何か思い出したかのように、口を挟んだ。

「ちなみに、宮根さんはどう思いますか?」

 すると、司会者はふんと鼻を鳴らし急に関西弁で答えた。

「いやいや、俺が分かるわけないやろ」

 インテリ芸能人の小島が露骨に悄気た表情を浮かべると、スタジオは一気にスタッフたちの笑いに包まれた。

 そこで、猛は深刻な面持ちでテレビの電源を消した。そして、心の中で呟いた。

「結局、有用な情報など何一つ茶の間に伝えられていないではないか! 観るだけ時間の無駄だった」

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