(14)
俊太は周りで奇異な現象が起きているにも関わらず、一目散に息を切らせながら足を動かした。
俊太を除く全ての時の流れが止まっている。
車や家々の開ききっていない玄関のドアは静止し、赤い光に反応したのか窓の外を不思議そうな顔で見る老若男女も身動きひとつしていなかった。
人々の声も車のエンジンの音も、そして風の音さえも聞こえない。馴染み深い街はゴーストタウンよりも静かな空間と化していた。自分の足音と息を荒げる音しか俊太の耳には入ってこなかった。
とうとう俊太は足を止める。そして、目に飛び込んできたものはまさに異世界ならではの光景だった。
赤い雷が落ちたのは地元では有名な廃墟だった。どんな大富豪が建てたのかは不明だが、広大な敷地を持つ洋風の屋敷である。
長い蔦が建物全体をグルグル巻きに締めつけ、ところどころにある窓はひび割れているものや、完全に割れているものもあった。割れた窓にはクモの巣がはっている。
まさに、幽霊屋敷の様相を呈していたのである。
そんな幽霊屋敷が今、眼前で煙をあげている。屋根から炎がみえた。とはいえ、炎は揺れ動くことなく止まっていた。煙も全く動いていなかった。屋根に飾るオブジェのようだ。
ギンジはここに〝扉〟があると言っていた。外にはなさそうなので、中にあるのだろうか。
俊太は大きなフェンスを乗り越えて、玄関前の庭に侵入した。
薄汚れたドアには鍵がかかっていなかった。恐る恐るドアを開く。
エントランスホールは暗闇に包まれ、普段見ることのないシャンデリアや螺旋階段は輝きを失っていた。とはいえ、必ずしも暗いという理由だけではないはずである。
すると、突然どこからか声がした。聞き覚えのある声だ。建物の不気味さで少し委縮していた俊太は急に元気が湧いたように感じた。
『聞こえるな? ギンジじゃ』
「うん、聞こえるよ」
俊太の声が広々とした空間にこだまする。
『〝扉〟は屋根裏部屋にある。いつ消えるか分からん。急ぐんじゃ』
「わかってるよ」
俊太は螺旋階段を駆け足で上がり、屋根裏部屋にむかった。
屋根裏部屋へと続く梯子を見つけるやいなや、俊太の心臓の鼓動が急激に速まった。気分が悪くなり、吐き気を催した。
『不自然な息遣いが微かに聞こえるが、まさか緊張してるんじゃあるまいな? 扉に入ってからが勝負だというのに』
「緊張なんてしてないよ!」
俊太は語気を荒げて半ば叫ぶように言った。
梯子に足をかけると、ミシリと壁が音をたてた。老朽化が進んでいるのか、梯子を支える壁は明らかに悲鳴をあげていた。俊太は落下の恐怖に怯えながら、少しずつ足と手を交互にあげていった。
屋根裏部屋に着き、俊太は顔を部屋の奥に向けた。ホントに屋根裏部屋なのかと疑うほど、広い空間だった。奥には闇を照らす得体の知れない何かが煌々と光り輝いている。
目を凝らして見てみると、三メートルはあろうかという縦に長い〝扉〟があった。雷によって破壊された屋根からはみ出している。
〝扉〟は僅かに開いていて、その隙間から眩いばかりの光が漏れていた。まるで、太陽光のようである。
『覚悟は良いな、俊太!』
俊太の頭の中でギンジが強い口調で言った。初めて名前を呼ばれたことに俊太は少し恥ずかしさを胸に秘めながらも、ギンジを真似るように語調を強めて答えた。
「ああ! じゃあ、行くぞ」
俊太はゆっくりと〝扉〟のノブを引いた。ギンジの能力による影響は受けていない。ノブは俊太の身長ぐらいの位置にあり、光熱のせいか異常に熱かった。
そして、凄まじい光の中へ、俊太は消えていった。




