(13)
翌日、大学の友人が全て消えたと思しき状況で、悪の神と共謀している犯人は誰なのか俊太はじっくり推理することにした。
まずは、今消えている友人たち全員に犯人であるという疑いを持つべきだと考えた。なぜなら、拉致されたとみせかけて実は犯人だったということもあり得るからである。一人だけ消えなかったらどう考えても不自然なので、わざと姿を晦ましているという可能性を考慮に入れるべきだ。
そして、言うまでもなく母や妹といった家族は容疑者リストから除外した。家族だからという安易な考え方で決めつけたことだが、自分にこんなことをするなんて到底思えなかった。なによりも、病院で心配して自分に見せてくれたあの時の涙は決して芝居ではないはずである。
大学の友人に焦点を絞り、動機を探ってみる。しかし、皆目見当がつかなかった。恨まれるようなことは何一つやっていない。親交が深く、よく行動を共にする人たちといえばやはりサークルのメンバーになり、何かしら問題が発生するといえば彼らとの間だった。しかし、それらしきことは全く記憶にない。
思い当たることといえば、夢の中の話である。未だに覚えていることに違和感を覚えたが、たしかに勇人と少し諍いを起こした。とはいえ、夢でみた架空の物語である。全くもって、関係のない話だ。
ではいったい犯人は誰なのだろうか。俊太はソファーに深く腰掛けて瞑目した。
その瞬間、頭の中で何かが弾けた。
瑠花――。
そうだ、そういえば瑠花は無事なのか! なぜ今まで忘れていたのだ。俊太はどうしようもない罪悪感に苛まれた。
俊太は酷く慌てた様子で瑠花の携帯電話に電話をかけた。
プルルという呼び出し音が聞こえ始める。何度も繰り返し鳴った。何度も何度も鳴り続けた。
だが、留守番電話サービスに繋がった。繋がるまでかなり長く感じた。勿論、再度電話をかけ直す。
五回目の試みで遂に俊太は諦めた。
ほんの少し頭を働かせば、想像できることだった。しかし、それをする余裕さえ塵ひとつ俊太にはなかったのである。
俊太は無性に悔恨の念に駆られた。
初めての恋人だったのに。なぜ、こんなことになるんだ。信じたくない。信じられるはずがない。
瑠花――。
無事なのか。せめて命だけでもあってくれ。
ただただ、そう願うことしかできなかった自分を情けなく思った。
すると、突然リビング全体が真っ白に光った。俊太はずっと暗かった部屋が急に明るくなった時と同じ感覚に陥った。眩しくて目を開き辛くなったのである。
しばらく経って目をしっかりと開けると、テレビの前に神々しいオーラを放つ老人が立っているのに気付いた。
「おいおい、元気ださんか! そんなんじゃ、奴には勝てんぞ」
ギンジが憐憫の情を含んだ顔で言った。
「元気だせだと? 他人事だと思いやがって」
「他人事? 決してそうは思っとらんよ」カーペットに手をつき、ギンジは胡坐をかいた。
「嘘つけ。友達とか家族とか、恋人まで命がやばいかもしれないんだぞ。元気出るような状況じゃねえにきまってんだろ!」
「まあ、落ち着け。これだけは、言っておこう――命の心配をする必要はない。少なくとも、お前さんがピンピンしとる間はのう……」
俊太は不快感の混じった怪訝な顔で訊いた。
「どういう意味だよ?」
「お前さんが壁に立ち向かおうと努力しとるうちは大丈夫という意味じゃ」
言い返す言葉が浮かばず、俊太は閉口した。意気消沈する俊太を見つめながら、ギンジは塩辛声を発した。
「うーむ……。まあ、とにかく落ち着くのじゃ。今日、ワシがこうしてお前さんのもとにやって来た理由はもう分かっとるな?」
俊太は頭を垂れたまま小さく首を縦に振った。
「いよいよ、対決じゃ。お前さんが失った人を助けることが出来た時、全てが解決する。事件の引き金となった張本人は誰なのか知ることもできる。そして、失った人も全て取り返せる。それまで、踏ん張りきるのじゃ……よいな?」
俊太は息を飲みつつ頷いた。
「今から、赤い雷を発生させる雲を呼び寄せる。そのあと、お前さんが〝扉〟を見つけて、〝扉〟が消えるまで時を止める。野次馬どもが群がって来よるかもしれんからな。〝扉〟を見つけたら、開けて中に入るのじゃ」
「アンタは一緒に来ないのか?」
俊太はあからさまに動揺した表情で訊いた。
「残念じゃがワシは扉の中へは入れぬ。奴が生み出した結界が邪魔をしよるんじゃ」
「結界? じゃあ、俺も入れないんじゃないのか」
「おぬしは入れる。ワシにしか効果のない結界じゃ」
「そんな、中に入ってから何すればいいか全然分からないよ」
ギンジは俊太の肩をポンと叩いた。
「案ずるでない。〝扉〟の中に入れずとも、お前さんの頭の中へは入れる」
「そうか、その手があった!」
抱いていた不安が瞬時に雲散霧消して、思わず俊太は顔を綻ばせた。しかし、その後、何かを思い出したかのようにハッと目を見開いた。
「でも、たしかアンタが頭の中で何か言う時ってとんでもない頭痛がするんじゃなかったか?」
「無論、大丈夫じゃよ。一番最初の時だけじゃ」
「そうか、よかった」
俊太はホッと息を吐き、胸に手をあてた。
「では、話はここまでじゃ。始めるぞ」
「はい」俊太は改まったように意気揚々とした声をあげた。
鋭い眼光を放ちながら窓の外にある空を見つめ、動かなくなったギンジを俊太はまじまじと見ていた。
いったい今から何が起こるのだろうかと、俊太は好奇の目をギンジのほうへ向けてはいたものの、急激に大きな不安が襲いかかってきたのも事実である。
じっと空を見ていると、それほど多くなかった雲が急にその数を増していることに気付いた。みるみるうちに雲の群れが空を覆いつくし、完全に空が見えなくなってしまった。
すると、俊太の心臓が突然ビクリと跳ねた。
巨大な赤い雲が視界に入ったからである。
「なんだアレは?」
俊太は思わず立ち上がり、窓のほうに近寄った。
「アレが赤い雷を起こす雲か?」
俊太はギンジに訊いた。しかし、ギンジは空を見つめたまま黙りこくり、動かなかった。かなり集中しているようだ。俊太は少し、申しわけない気持ちになった。
刹那、赤い閃光が俊太の街全体を染めた。同時に、空気が激しく振動した。耳を聾する程のすさまじい轟音が響く。
「さあ、行くのじゃ! この家から二時の方向で四十メートルぐらいのところに〝扉〟はある」
俊太は大きく頷き、全力で家の外へと駆けた。