(12)
「ひさしぶり……だよな?」
猛が訝しげに訊いた。
「うん、そういえば高校卒業してからずっと会ってなかったな」
「たしかにそれきりだ」
大学に入学するとアルバイトやサークルで忙しくなるし、なによりも新たな友達が何人もできる。そのせいか、自然と二人が会うことも無くなっていったのだ。
「で、最近調子はどうだ? まあ、俺はぼちぼちかな」
僅かに笑みを浮かべながら猛がごくごくありふれた疑問を投げかけた。
すると、俊太の顔に不穏な色が浮かぶ。友人や家族を失っているので無理もなかった。
調子が良いということを前提にした一種の決まり文句を言ったつもりでいた猛。しかし、露骨に活気のない俊太の表情を見るとすぐに笑みを消し、神妙な面持ちとなった。
「どうした? 浮かない顔して――」
二人のもとへ沈黙が落ちた。不気味な風が吹き砂埃が舞い、木々が騒ぎ始める。風が止むと同時に、俊太が口を開いた。
「友達と家族がいなくなった。行方不明なんだ」
俊太の衝撃の告白に、猛は呆然と立ち尽くした。栗色に染まった後頭部をポリポリと掻き、そのまま項垂れる。しばしの間を空けて言った。
「なるほど、お前の顔を見たらわかるよ。冗談じゃないってことは――」
「ああ、本当の話だ」
「で、なにか手がかりはあるのか? 彼らがどこに消えたとか、誰か黒幕がいるだとか……」
「それは――」
俊太は言葉に詰まった。ギンジのことを言うべきかどうか迷ったのである。しかし、あまりにも荒唐無稽で現実味に欠けるようなバカバカしい話だったので嘘を吐くことにした。頭がイカレていると思われたくなかったのだ。
「まだわからないな。警察も動いてくれてるけど、まったく詳細な情報は得られていない状況だ。だからこうして何のあてもなく意味のない捜索を続けて、途方に暮れているってわけさ」
うーんと唸り声をあげて猛は俊太の目を見つつ相槌を打った。
「なるほど。大変な状況なんだな」
「大変なんてもんじゃない。家族も友達も失ってるんだからな」
「そうだ、なにか俺にも手伝うことはないか? ぜひとも協力するよ」
刹那、俊太の心に邪悪で異様なものが蠢いた。そして俊太は厳しい顔つきで猛の顔を睨むようにして見た。
「それだけは止めてくれ。絶対にこの事件には関わるな」
「なんでだよ? 俺はお前の友達だぞ。俺じゃ足手まといになるってか」
猛は少し気色ばんだ。
「お前が友達だからこそだよ。お前には関係ない。お前が嘴を容れるようなことじゃない」
「いったい何が言いたいんだ? はっきり言えよ!」
「俺はこれ以上、失いたくはないんだ」
「なにを?」
「友達をだよ!」
拍子抜けしたような表情で猛は頓狂な声を出した。
「はあ? いまいち良く分からねえよ!」
俊太は無言で俯いた。なぜ自分の言わんとしていることが未だに分からないのかと苛立ちも覚えた。すると、しばらくしてから猛が口を開いて言ったことに俊太は安堵した。
「なるほど。分かったよ、お前の言いたいことが。自分の友達が消えていってるから、犯人に目をつけられたら友達の一人である俺も消えちまうってことだろ。だから、事件に関わって犯人の目に入るような真似はするなと、そういうことだな?」
俊太は閉口したまま、コクリと首を縦に振った。ずっと立っていて疲れたのか、ベンチに腰掛けてから、猛は再び話し始めた。
「でもよ、今のところお前が失った友達って大学の友達だろ? それ以外の友達って消えたのか」
顎に手をやり、深く考え込む素振りを見せて俊太は言った。
「たしかに、そういう連絡というか情報はまだ……」
「だろ? だから、俺はこう考えるぜ。犯人はお前の大学の知り合いのうちの誰かだ。まあ、間違いない。お前、もしくはお前の友達に何かしらの恨みを抱いて、こんなひでえことしたんだよ。てことは、たぶんお前の大学の友達以外はずっと無事だよ。大学以外のお前の友達のことは知らねえし、襲う気もねえよ」
「俺に対する恨みでこういうことやったんだろうな」
「なんでそう言えるんだ?」
「だって、消えているのが俺の友達ばっかりだ。その俺の友達みんなに恨みを抱いて、拉致するってのはどうも不自然だ」
「偶然ってこともあり得るんじゃないのか?」
俊太は鼻でふっと笑った。
「そんなバカな」
「とにもかくにも、お前一人で危ない橋を渡らせたくはない。なるべく隠密にするから、本当のことを教えてくれ。手助けするからさ」
「本当のこと?」
怪訝な顔で俊太は訊いた。
「なにか隠してんだろ。目が泳ぎ過ぎなんだよ。バレバレだっつうの」
笑みを浮かべながらも、猛の目は笑っていないように俊太には見えた。しばし逡巡して、俊太は口を開いた。
「やっぱり駄目だ。教えることはできない」
猛は顔を紅潮させて、半ば叫ぶように声を荒げた。
「ふざけんなよ! どれだけ心配してると思ってるんだ」
猛の剣幕にそれほど怯むことなく、俊太は黙ったままそっぽを向いた。
「よーし、分かった。じゃあ俺一人でお前の事件を解決してみせる。それで文句ないだろ」
関わるなと強く釘を刺しているのにまだ言うかと俊太は心の中で呟いた。もはや、俊太は猛のことなどどうでもよくなった。頑固な人間は、元来俊太の嫌いなタイプだったが、猛ほどならまだ許せていた。しかし、今日に限ってより一層その頑固さが増していたのだ。どうしようもなかった。
「勝手にしろ」
こう言えたのは、俊太の胸である一つの決意が生まれたからだ。
『消えても絶対助け出してやる』
無言で立ち去る俊太の背後から、猛の最後の悪あがきともいえるセリフが聞こえた。
「困ってる友達を助けてやるのも、友達としての役目なんじゃないのか?」
公園中に響いた猛の言葉に思わず俊太は泣きそうになった。
そして、家に戻ってぼうっと夜まで過ごし、ふと携帯電話を手に取った。
猛とのいざこざに関することで頭がいっぱいになり、大学の友人にメールを送っていたことを忘れていた。
しかし、何一つ携帯電話の待ち受け画面に変化はなかった。
薄らと勘付いてはいたものの、梨の礫という現実をまえにして俊太は絶望感を拭いさることはできなかった。