2話 契約
まだ少し肌寒い、春の夜の10時————
中学生としては実に模範的な時間に、聡汰はベッドに横たわっていた。
部屋の明かりは消えている。
しかし、聡汰の目は見開かれている。
聡汰(ボクはもう…中学生だ。)
聡汰は元来、朝方の人間だ。この時間に就寝することも珍しくない。
眠れないのには、理由があった。
聡汰(部屋は真っ暗にするし…目覚ましだってかける。ボクは…それなりにオトナだと思う。)
聡汰の姿勢は、少し不自然だった。
まるで、横向きのミイラのように、胸元で手をX字に組んでいる。
聡汰(たとえ————)
胸元をチラリと見る聡汰。
聡汰(スパルティア(こいつ)と添い寝をしてたとしても————)
聡汰の手に収まっていたのは、スパルティア。
まるでミノムシのように、布団にくるまる聡汰と併せればマトリョーシカのように、いかにも収まりよく包まれている。
寝間着とナイトキャップを身に着けているが、サングラスは外していない。
聡汰は端から見れば、ぬいぐるみと添い寝をしているちょっと心配な少年だった。
スパルティア「まだ起きているのか?聡汰」
聡汰「!」
スパルティア「交感神経が優位になっているぞ。呼吸を意識しろ。吸う時間よりも吐く時間を長くするんだ。」
スパルティアは両手に包まれたまま、背中越しに”指導”してくる。
スパルティア「深部体温が高いな…だから入浴は就寝の90分前にと言ったんだ」
聡汰「………(イラッ)」
スパルティア「……α波、減少————どうした、聡汰」
聡汰の身体情報はすべて筒抜けである。
スパルティア「何かストレスでも…」
聡汰「お前だよ!!!」
とうとう我慢できなくなった聡汰。大声で苦情を申し立てる。
スパルティアは耳を器用に折りたたみ、怒声から身を守る。
スパルティア「…昂るな。交感神経が一段と優位になったぞ…」
スパルティアは至って冷静である。
聡汰「……これ、何のためにするんだ」
スパルティア「………」
聡汰「なあ」
スパルティア「詮索はするな」
続けて言う。
スパルティア「…そういう契約のはずだ」
聡汰「……」
聡汰はことの経緯を思い返す————
(先日の裏山での一件の後)
聡汰「ちょっと待ったーー」
災厄を撃退したスパルティアは、レオニダスを使役し帰投しようとするところだった。
スパルティア「なんだ?」
聡汰「置いて帰る気かよ!?こんな山奥まで人を誘拐しといて」
スパルティア「おおげさな…歩いて2時間もすれば帰れる距離だ。道も舗装されている」
聡汰「2時間!?歩く距離じゃないっての!だいたい何時だと思ってんだ、明日だって学校あるんだぞ!」
スパルティア「………」
非常にめんどくさそうにしているのがグラス越しにもわかる。
そんなスパルティアに、ふと妙案が浮かぶ。
スパルティア「……仕方ない、送迎ってやろう」
聡汰「!」
スパルティア「ただし、条件がある」————……
【回想終了】
スパルティア「①当面の間、寝床を提供すること、②寝る時は”一緒に”寝ること、③我輩のことは詮索・口外しないこと。忘れたとはいわせんぞ」
聡汰「…それを言うなら…ボクだって言いたいことがある。(ワナワナ)」
スパルティア「なんだ?」
聡汰「あんな送り方があるか!!そっちこそ契約不履行だ!!」
結局あの夜、聡汰はスパルティアによって、再び街の上空を時速120kmで牽引されていた。
気高き王の愛車に、庶民の同乗は許されなかったのである。
スパルティア「グー、グー」
聡汰「!……こいつッ…!」
王は既に、いびきをかいている。
聡汰(……ほんと、何者なんだろ、こいつ……)
あらためてまじまじとスパルティアを観察する聡汰。
聡汰(どう考えても未知の生命体だよな…)
先日の隕石の一件や、スパルティアの不思議な力を思い出す聡汰。
聡汰「………」
聡汰は、試しにスパルティアから手を離そうとする。途端——
ビリビリっ!!と電撃が走る。
聡汰「……ッ〜〜〜。」
聡汰「(ハア…)まったく…変なヤツに居着かれちゃったな…」
諦めて目をつむり、眠ろうとする聡汰。一方で————
スパルティア「………」
スパルティアは深刻な面持ちで、何かを思案していた————
(3話へ続く)




