表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

肝試し

感想などいただけると大変励みになります。

もちろんリアクションだけでも大歓迎です!

「あのさ、兄ちゃん──下の部屋、行ってみない?」


晩飯を食い終え、テレビのバラエティ番組が鳴り響くリビングで、翔悟がぽつりと切り出した。

唐突すぎて、箸を持つ手が止まる。


「……は?」


「303号室だよ。兄ちゃんの部屋の真下。久しぶりにさ、肝試ししようぜ。絶対に近づくなって言われたら、逆に気になるじゃん」


彼は、子供みたいに目を輝かせながら俺の顔を覗き込んできた。


「お前、あの部屋がどれだけ気味悪いって思ってんだよ……毎晩下からノックみたいな音が聞こえるんだぞ。しかも昼間でもあの部屋の前だけ空気が冷たいんだ」


「それが面白いんだろ?」


そう言って笑う翔悟の顔を見て、俺は一瞬、何も言い返せなかった。

ああ、やっぱり翔悟だ。昔から怖いもの知らずで、何かあれば首を突っ込む。そしてそのたびに、周りを巻き込む。


──でも、それが少し羨ましいと感じていたのも、本当だ。


「兄ちゃん、昔写真部だったじゃん。幽霊とか撮れるかもよ? あの一眼、まだ持ってるんでしょ?」


「……持ってるけど」


「じゃ、決まり!」


翔悟の決断はいつも突然で、圧倒的だった。そして、俺はまた、逆らえなかった。



懐中電灯と古いカメラを手に、俺たちは夜のマンションを降りていった。時刻は23時を回っていたが、マンション内にはほとんど物音がない。人の気配がないわけではないのに、異様なほど静かだった。


303号室の前に立つ。

蛍光灯の明かりが廊下の隅まで届かず、翔悟の顔もどこか陰が差して見えた。


「やっぱ、雰囲気あるな……これ、普通にホラー映画じゃん」


翔悟が笑って言った。だが、彼の手がわずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。


俺は口を開こうとしたが、言葉が出る前に、翔悟がノックした。


コン、コン、コン……


──返事はない。あたりまえだ。空室なんだから。


「鍵……開いてるかな」


そう言って、彼がドアノブに手をかける。俺は無意識に、翔悟の腕を掴んでいた。


「やめろって。戻ろう。マジでやばいってここは」


「兄ちゃん……お前さ、昔からそうだよな。怖いものがあると、すぐに逃げる。昔のあの写真部の時もさ──」


「翔悟!」


俺が強く呼んだその瞬間、ドアが"ギィィ……"と、ゆっくり開いた。


中は、まるで何年も人が住んでいなかったかのような荒れ方だった。

床には無数の引っ掻き傷。壁には鉛筆や爪のようなもので書かれた、何語ともつかないメッセージ。


意味がわかるようで、わからない。だけど、空気が肌に刺さるような寒さを持っているのは、はっきりとわかった。


「兄ちゃん……これ、やばいよな」


翔悟が、初めて戸惑いの色を浮かべた。その顔を見て、俺は少しだけ安心した。

だが、その安心は一瞬だった。


リビングの奥。

一枚のドアを翔悟が開けた。


そこは、和室だった。古びた畳、煤けた障子、天井から吊るされた裸電球。


──その中央に、なぜか緑色の公衆電話が置かれていた。


線が、切れている。


「なにこれ……」


翔悟が呟いたとき──


リン……リン……リン……


切れているはずの公衆電話が、鳴り出した。


俺の全身が凍りつく。

心臓が喉まで競り上がり、鼓動が耳に響く。


「……兄ちゃん、出てみようか。」


「やめろ、やめろ翔悟、出るな!」


叫びながら、俺は翔悟の手を掴もうとする。だが、彼はするりとかわし、受話器に手を伸ばした。


──カチャッ


その瞬間、部屋の空気が反転した。

まるで世界そのものが、音を立てずにひっくり返るような感覚。


次の瞬間、俺の意識は真っ暗になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ