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中学生編2


ちょっとした課題をこなしたあとは自習、そんな指示が出ればそれはもうお喋りの時間に違いない。がやがやとうるさい教室だが、おそらく共学よりも少しおしとやかだ。


「あたしこれ連続くるりんぱで既に挫折した」


「艶々サラサラすぎる、シャントリ何使ってんのよ」


「みつ編みで毛先がぼさぼさでちゃうのどうしてるの?」


藍歌の長い髪の毛へ櫛をいれながら口々に言う。隣に座っている子などみんなにいじられて、ずいぶん豪華な頭になっている。こんなしっかり編み込みしたの初めて、と喜んでいるし、リクエスト通りなのだろう。今度は別の子が席へ座り、ヘアアレンジ係りも交代だ。


一見優雅そうにも見えるやり取りだが、藍歌たちの机周りはスプレー缶やヘアアクセまみれだ。興が乗ったのか化粧品も取り出していて、カラフルなポーチもあちこちにある。ヘアアイロンも転がっているが、どうか火傷しないでくれと藍歌は少しハラハラしている。


「花蓮ちゃんはアレンジしないの?」


「ええ、私不器用だから」


「じゃぁそのパーマ天然?!羨ましい~」


「あら家政婦さんにやっていただかないの?」


前に座って藍歌の様子を楽しげに見ていた花蓮はいつも髪の毛は下ろしっぱなしだ。体育の時に一つにまとめることがあるぐらいだろうか。下ろしたままでも広がらずまとまる様子はしっかりと手入れがされているのがわかる。ヘアアレンジのしがいもあるのだろう、先ほどからずっと皆の髪の毛をいじっている子が楽しそうに雑誌を片手に髪型を薦めている。


「私のとこ家政婦いないの」


「そうなの?佐島さんならいるかと」


「逆にいるのが凄いよ!あたしこの学校で初めて知ったもん!現代にも使用人っているんだって」


反応は二手に別れる。あらそうかしら?と首を傾げているお嬢様組と、私も、と同意する庶民組だ。藍歌は花蓮のことをお嬢様だと思っていたが、この女子校にきて本物のお嬢様というものを知った。一般的なスクールカーストとは別で家柄というものが入ってくるのも独特だな、と思っている。ここへ入学している時点で中流階級の中でも少し上のランクに入るのだろうが、そこが庶民で、最下層になる。つまり藍歌は家柄でいえば最下層組だ。


とはいえいじめられているわけでもなく、むしろ本格お嬢様へ社会の一般常識を教える役目を担いがちだ。


「このスタバっていうの行ってみたいの」


「私も行ってみたい、でも噂では呪文みたいなものを唱えるシステムだって」


「謎の呪文言えないならとりあえず季節のフラペチーノから始めよ!」


「アプリあるよ~モバイルオーダー覚えたら楽~」


藍歌の交遊関係ではお嬢様組と庶民組は仲良く楽しそうだ。ただ正直いってこの居心地のいい空間はお嬢様組にぎりぎり引っ掛かりそうな花蓮がいるからこそ形成されているものだと藍歌は思っている。別のクラスではお嬢様組と庶民組で対立してしまったなんて噂もあった。


授業も友達も不満がなく、充実した日常だ。


「うわっキラキラ女子してんじゃん」


空気が一瞬ぴりっとしたのを感じる。


「あら、林さんもアレンジされます?」


「あたしはいーや、特に困ってないし」


そういってざんばらとしたショートカットをかき混ぜて、大きな動作で先生に提出いってくる~といって教室を出る。粗雑な態度な彼女を見送って、花蓮たちのグループは少しの沈黙のあと、再び華やかな会話を再開した。


女子ばかりの空間は楽だが、絶対に空気を読み間違えてはいけないというプレッシャーは、中々に怖いものがある。異性が混じると仕方がないと許されるラインが、同性同士だと同性なのになぜわからないの?という圧力となって襲いかかる。


「・・・林さんって変に茶化してくるよね」


「あの子すぐにお嬢様wキラキラ女子wとか嘲笑されるでしょう?」


「自分はお前らとは違いますっていいたいんでしょ、近づかないのが一番だよ」


空気を読まなかったペナルティは基本的にコミュニティからの排除だ。暴力的でもなければそもそも友人のグループが違うのだから表面的な問題にはならない。だがそれもなにかしらイベントがあると爆発してしまうかもしれないので、藍歌は時限爆弾を眺めているような微妙な顔をしてしまう。


「どうしたの?藍歌ちゃん」


「ううん、なんでもないよ」


黒歴史が少しうずいただけである。


元自サバ女として、少しばかり林の気持ちがわかってしまう藍歌は、悪目立ちしている林のことが老婆心ながら心配であった。藍歌自身はかつて王子ポジションだったため、林のような拗れた浮き方はしていなかったが、ボーイッシュ系女子の立ち位置の難しさはわかる。


(ましてや中学二年生・・・!難しいぞ~)


男女共学ならば、林のようなタイプに男友達という存在がいたはずだ。それはそれで恋愛だのなんだで面倒になるが、女子校となるとただただ空気が読めない人間だ。さらに言うと普通の学校ならリーダーシップを発揮してカースト上位勢になったかもしれない。だが残念なことにお嬢様学校なのである。家柄が関わってくる上に上流階級の空気を読まない人間への切り捨て方はいっそ清々しい。


「今度の土曜日皆さんでエステに行きません?」


「え、エステ?!私お金ないよ!」


「私のお母様の会社ですの。若い子のプランを考えているらしくってモニターという形式なのでお金はとりませんわ」


前世を含めても体験したことのないエステを無料で?中学生に必要か?そんな言葉がぽんぽんと浮かぶものの、これは庶民体験を教えるリターンとも言える。既に慣れっこな友人たちは盛り上がって、エステについて詰問している。その興奮に水を差すようだが言わねばならない。


「ごめん、私土曜日は用事あって・・・」


藍歌がそう謝れば、気を使ってくれたのか花蓮も続いてくれた。エステを提案してくれた友人は気を悪くした様子もなく、そうなんですの、と頷いた。


「では金曜日はいかが?土曜日が良い方はそちらで」


テンションが振り切れている周囲は大喜びで、藍歌と花蓮も断る理由はない。色々なプランについて説明をしてくれて、聞けば聞くほど魅力的だ。この子には営業の才能があるな、と感心する。


「ふふ、岡野くんですか?」


「・・・うん、サッカー」


こそっと耳打ちしてきた花蓮に小さく頷く。もう一対一はしてないけど、と言い訳のように呟いた。花蓮にはすっかり藍歌の気持ちはバレていて、いつも楽しそうに真の話も聞いてくれる。思春期にありがちな告白を急かすような真似も茶化すようなこともない。人間が出来すぎている、と常々思っている。


「そういえば蓮司、岡野くんの後輩になりましたよ」


「あ、そうか。弟くんは受験しないっていってたっけ」


花蓮の弟も私立へ受験をするという話があったらしいが、通学が面倒の一言でそのまま中学へ上がったらしい。以前花蓮の家へ遊びに行った時、軽く挨拶をしたが随分背も高くなっていて驚いた。かつてダイエットをしていたとは思えない細身の少年になっていて、今度は逆に色々食べさせたくなって手作りのお菓子はつい多目に渡してしまう。


「ふふ、サッカー部入ったって」


花蓮は中学になってより丁寧で柔らかくなった気がする。その代わりのように親しい友人以外の敬語の壁は高くなり、好感度上げも難関で複雑。小学校の頃の同級生とは一切の連絡を取っていないらしい。藍歌はそんな花蓮と次いつアフタヌーンティーをするか決めながら、同じ中学に来てよかったな、としみじみ思った。



公園に行くと汗だくの真がいて、まだ寒い時期なんだから上着くらい、とついお小言が頭をよぎる。だが使っているタオルが以前あげた黒猫柄であることに気づいて嬉しくなった。律儀に前髪クリップもパスケースも使っているらしく、ついつい調子にのってプレゼントしてしまう。同級生にバカにされたりしないのだろうかと心配になったこともあるが、あまりに堂々としているからか、そんな様子はないらしい。


驚かしてやろうと背後から走り寄ってボールをかっさらう。振り向けばあっと目も口も大きく開いた間抜けな顔があって、胸がすく。だが手ぶらの真のほうが当然素早く、追い付かれたと思えばボールは掠め取られていた。それが悔しくなって藍歌もバックを真の荷物と同じ場所へ置いて、走り出す。


「げっ」


「してやったりー!」


いつもの穴の空いた壁を狙ったシュートを飛び出した藍歌が阻み、ボールは狙いを外れて砂場へ落ちた。最近はすっかりパス出しやスマホでストップウォッチ係などしていたので、若干得意気な顔で真と向き合った。真も少し悔しそうな顔をしつつ笑っていたので藍歌としては満足だ。


「そうだ花蓮の弟、蓮司くんわかる?サッカー部入ったってきいたよ」


「あ?」


休憩をしているタイミングで世間話に花蓮の弟について話題をふると、真はなんとも言いがたい表情をした。藍歌が小首を傾げれば、真は何かを思い出すように宙を見て、察しがついたような声を出した。


「あ~・・・・いたな、たぶん」


「背高いし、目立つよね。上手い?」


「下手くそ」


ばっさりと言い切る真はどことなく拗ねたような空気を出している。珍しいな、と思って藍歌は保冷バックを掲げた。真の視線が藍歌と保冷バックを行き来する。お腹がへってイライラしている説は正解かもしれない。藍歌はじゃじゃーんと効果音を口に出して弁当箱を出した。


「なんと、からあげです!」


ついに一人で揚げものをする許可がでたのである。王道のお弁当っぽく卵焼きとおにぎりも用意している。ウサギ型リンゴも別で用意するか迷ったがリンゴの旬が時期外れだったので諦めた。


真は藍歌の勢いにきょとんとしているが、素直に弁当箱を受け取った。今までサンドイッチやスコーンなど手掴みでも平気なものばかりだったので、どうやら箸が必要なことに戸惑っているようだった。おにぎりはサランラップで4つ、すべて味が違う。こちらは藍歌の分もある。こっちが塩昆布とごま、こっちが梅干しで、と説明すれば長い沈黙の末に二つ選んだ。熟慮したな、と面白くなって藍歌は笑いを耐えた。


「いただきます・・・」


行儀よく手を合わせて、からあげを口にした真はざくっとした音に驚いたようだった。不思議そうに咀嚼して、そこからは止まらなかった。多めに揚げたからあげはあっという間に空になって、掴むものがない弁当に対して箸を迷わせている真は名残惜しげだ。最初の反応は大人しかったが、随分気に入ってくれたな、と窺えて藍歌は内心で勝利の雄叫びをあげた。


「なんでだ・・・弁当のくせにうめぇ・・・」


「弁当のくせにってなに?!湿ってふにゃふにゃにならない工夫とかあんのよ」


「いやだってスーパーの・・・」


あぁ、そうだった。そこで藍歌は思い出した。真の夕飯は相変わらずスーパーマーケットのお弁当で、なんなら中学校で給食がないせいでお昼もコンビニの弁当だったりするらしい。相変わらず、食生活が心配になる。藍歌は次に真から材料費を渡された時は豪華な弁当を作ってやろうと決意した。そうして藍歌によって食生活が豊かになればなるほど、それ以外の食生活との落差に真が落ち込むのだが、それに藍歌は気づいていない。


「そういえば来週ぐらいから地区予選でしょ?」


「おう、レギュラー取ったぞ」


「おめでとう。じゃぁ土曜日はしばらく試合よね」


「・・・見に来るなよ」


「またそう言う。関東大会出場までお預けって?」


肯定するように無言のままじっと見つめてくるので頑固なものだ。藍歌はわざとらしく大きくため息をして、仕方ないと返事をした。もちろん納得はできない。去年は学校に行っている間に負けたというし、結局真がレギュラーとしてしっかり活躍する試合は大して見られなかった。ただ、意地を張りたい気持ちもくみ取れなくはない。


「関東大会出場のご褒美考えといてね」


「・・・あぁ、今度こそ」


「あと、玄関で待つな。母さんいるから中で待て」


「・・・」


結局真はスンとした無表情のままで返事はしなかった。藍歌は仕方なさそうに笑ってボールを軽く蹴ってやった。


とはいえ、藍歌も「見に行きません、勝つまでは」なんて返事はしていないのである。


(そんなことしたら軽く二か月は会えなくてもおかしくないわ)


スマホで軽く調べたのだが、中学サッカー、しかも地区予選大会などあまり大きな扱いでもない。組み合わせ表を探すだけでも苦労した。会場もそうだ。とりあえず藍歌の行動範囲で行ける場所か、学校関係者でなくとも観覧が可能かを確認した。


(予選から見るのは無関係だと厳しいな、地区大会か都県予選からなら・・・)


難しい顔をしながらスマホをいじっていると、調べごとですの?とエステに招待してくれた藤原が藍歌の顔を覗き込んできた。藍歌はいつの間にか予鈴が鳴っていることに気づいて、スマホをポケットへ慌ててしまった。


「ごめん、次移動だっけ?」


「社会のグループ学習でしてよ」


「そうだった、図書室行こっか」


各テーマで歴史を調べて発表する、そういう授業だった。藤原は教科書や纏めている途中の資料などを持って藍歌を誘ってくれた。ちらっと教室内で花蓮を探したが、どうやら花蓮は既に移動したらしい。今回グループは先生が決めたものなので花蓮とは別だ。


「・・・林さん、誘います?」


「ま、どうせ向こうで一緒になるから」


藤原と藍歌以外に、林もメンバーだった。正直言って林とは微妙な関係だが、だからといってあからさまに排除するのは調和を乱す。どうせグループ学習はあと二回ほどだ。わざわざ波風を立てる必要はないし、そもそもまるで会話にならないという人間ではない。教室にいた林へ声をかけて一緒に図書室へ向かった。


「北海道について調べるグループ多そうだよねぇ」


「誰も選んでない県選ぼうよ!」


「佐賀とかいかがです?」


「この図書室に資料ある?」


全員が色々話し合うので図書室はめったにないぐらいに騒がしい。テーマが決まれば後は各自で資料を探し、ノートと取ったりコピーを取ったりする。だがそれもだんだんと雑談が増えてくるのが常だ。


「年表どれくらいの粒感にしよ~」


「世界大戦とか分かりやすい目安は先にいれときますわ」


「ねぇ見て、シャネルって昭和55年に日本きたんだって~」


林に昭和の資料集にのるシャネルの5番についてのコラムなどを見せられて、なんともいえない気分になる。凄いね、と返事はしたものの何が凄いのかは藍歌もわからずに言っている。藤原は愛想笑い一つで済ませていた。調べているテーマからズレているのでただの雑談、というのが気になるのだろう。


(ま、気分転換になるから話題の提供はありがたいんだけどね)


そう藍歌は考えられるが、藤原はそうではなさそうだ。これは完全に相性の問題なのだが、藤原は特に意味のない会話が苦手で、その中でも返答を必要としていない独り言のような話題提供が嫌いなタイプだ。林は逆。しかも余計な一言が多いタイプだ。


「藤原さんはシャネルとか使ってそう~」


言外にお嬢様だし、といった少しの嘲りが感じられる言い方に藍歌は冷や汗をかいた。藍歌が言うならまだしも、あまり仲が良くない林が言うと藤原は気分を害しそうだ。事実藤原は口元は笑みをたたえつつも眉を跳ね上げる器用な反応をした。うんざりとしたような気持ちを見え隠れさせてじとっとした視線を林と藍歌へ向ける。


「貴女たちは私たちのことを本格お嬢様なんておっしゃるけど、私はその本気のお嬢様学校を蹴ってここに来てますの」


「本気のお嬢様学校!あるんだ」


なるほど、藍歌のような庶民が潜り込むことができない特別な学校もあるのだろう。林と二人揃って感心する声が漏れた。未知の領域なのですっかり好奇心がくすぐられ、資料をまとめる手は止まってしまう。先を促すような期待を藤原へ向ければ、仕方がなさそうに話してくれた。


「結局私も通いませんでしたので詳しいことはわかりません。ですが、そうですね。基督系寄宿学校のようなイメージでしょうか。あくまで大事なご息女たちを守ることが重視されておりますので、親族以外の男性へ一メートル以内に近づくことが規則として禁じられていたりしますの。それは外でも適用されるとかで、それを理由にパーティーを不参加にするというのもよくある話ですわ」


思っていたよりも時代錯誤な話が飛び出してきて、はぇ~と間抜けな声が出た。林もあからさまに顔を歪めて馬鹿馬鹿しいといった感情が出ている。


「まじか~あたしは絶対無理だなぁ男友達多いし一緒にバスケとかするしさぁ」


「ええ、そうですか。バスケをなさるの?私はテニスかしら」


林の言葉に興ざめしたのか、藤原はそれ以上話すつもりはないらしい。話題はスポーツに切り替えられて、藍歌にも振られた。テニスというチョイスがなんだかやはりお嬢様のイメージだ。おざなりにめくっていた資料の本を藍歌は諦めて閉じた。


「サッカーは多少できるかな」


「え、北見さんサッカーすんの?あたしもするよ。男友達の仲いいやつが今度関東大会出場すんだって」


みんなで応援行くんだ~と笑う林に、藍歌は驚いた。別に林がサッカーをするという点ではなく、もう関東大会の出場が決まっているという点だ。


「え、もう関東大会の枠決まってるの?関東大会って八月でしょ」


「あ~シードだっけ?よくわかんないけど強豪校なんだって。あたしももうアイツには勝てないなぁ!」


明るく笑う林は自分が如何様に男友達とサッカーをしていたかを語った。本来藍歌はそれを友達自慢で微笑ましいと小さな子供を眺めるように耳を傾けることができるはずだった。だが、その友達自慢に対抗心がわいてしまったらしい。


「そっか、じゃぁ・・・会場で会うかな。私の友達も出るよ」


そう林へ笑いかけた。



(まさかの林さんに大口叩いちゃったし、勝ってよ~!)


突き抜けるような晴天。梅雨も明け、日差しは強い。母親が少し高い日傘を買ってくれたのは有り難いことだった。藍歌は額に汗をにじませながら、目的の会場へ向かっていた。


地区大会を見に行ければと思っていたのだが、日時や場所の関係で難しかった。真から地区大会を突破できたと聞けたときは嬉しかったが、応援にいけなかったことは心残りで、都県の予選は観に行くぞ、と気合いを入れていた。


もちろん本日の観戦は真へ言っていない。関東大会はこの都県予選で上位2校に残ると行けるとの話で、来週土曜日に会う際に関東大会が決まったかどうか報告してくれるようなことを言っていた。ご褒美の要求かもしれない。


「お、広いなぁ」


どこだろう、とトーナメント表を前に真の学校名を探した。どのあたりのコートだろうと思って見回すと、真と同じ制服の人たちがぞろぞろと歩いているのを見つけた。応援にきた人たちかなと遠目に様子見をし、ストーカーのごとく、怪しまれない程度の距離を保ちつつ後をつけば、目的のコートまでたどり着けた。藍歌はこっそりと一団に感謝をした。


彼らから少し離れた場所で席を取ったが、時間が経てばもう一団体、もう一団体と増えて空いていた距離は詰まっていく。どうやら選手のクラスメイトが応援に集まったという感じで、段幕のようなものを用意したり、アップをしている選手に手を振ったり親しげだ。


真が賑やかな彼らに視線をやっているのに気づいて、見つかったらどうしようかな、と藍歌は考えた。来ちゃった、と言っても怒らないだろうが不満そうな顔はするかもしれない。


(もう少し離れたほうがいいかな)


見やすいよう前列へ座ったが、隣が制服だと藍歌の私服は目立つかもしれない。選手たちの家族が集まっている席もあるので、その近くへ移動しようかな、と腰をあげたタイミングだった。


「真くーん!頑張って!」


岡野応援してるぞ、なんていう男子の声もあったはずだが、なぜだかその女の子の声だけよく通った。藍歌は、思わず腰を下ろしてしまった。膝を揃えて着席して、まっすぐコートを見つめた。真がいるだろう辺りへ視線をやらないようにして、深呼吸をした。


男子校ではないのだから、女子生徒が応援に来ていたって当然である。それはわかっているのだが、こうして目の当たりにすると衝撃があった。


(・・・はやく始まってほしい)


切実にそう思った。試合が始まればプレーを見ることに集中できる。真が女子生徒に愛想よく手を振っているという妄想が藍歌の頭から消えてくれるだろう。試合開始の笛が鳴った時にようやく頭を上げた。


試合は順調そのものだった。真はきっちりレギュラーとして活躍していて、ボールを持つ回数も多かった。真にボールを集められているのがわかれば、相手チームは強くマークをするようになっていったが、真はそれらを躱すのも上手くて、相手が一瞬視線を外した瞬間に一気に走り出す姿など、中々見ていて楽しいものだった。


「わっ、あっ惜しい、ああぁ~」


周囲の盛り上がりに乗じて一緒に声援を送りたいものだが、どうにも慣れていないからか藍歌は大声が出なかった。気合の入った人などメガホンやペットボトルなどで音を出して賑やかしにしている。しまいに校歌を歌い出して、藍歌は内心でこっそり野球場みたいだな、と高校野球を思った。


「勝ったな!すげぇ!このまま全国行くんじゃね?!」


「今度クラスで打ち上げしようぜ!」


試合終了の笛とともにワッと飛び上がっている真の学校に反してコートに立っている真は疲労半分、安堵半分という澄ました顔で、藍歌は笑ってしまった。周囲が帰り支度をしている中で、日焼け止めを塗りなおし日傘をさす。水分補給と乱れた髪の毛も手櫛で整えた。そして、着席したままに迷う。


(声かけたほうがいいかな)


流石に鬱陶しいかな、と手提げ鞄を見る。差し入れの類は何もない。敢えて言うなら藍歌がおやつに食べようかと思って持っている手作りのクラッカーぐらい。会う理由にするには弱い。


来るなと言われても来たのは単純に真のサッカーを見たかったからなのだが、真に勝つと信じてなかったのかと思われるかもしれない。そんな詮無い事を考えている内に、人は掃けて、コート周辺は少し静かになっていた。立ち上がってコートから離れて、会場内の広場を出口へ向かってのんびりと歩く。


暑さのせいか、少し疲労が出る。そのせいだろう。悪い考えが立ち上るのは。周囲に人はまばらで、わずかに遠くにあるジャージの群れはよく目立った。その中から比較的小柄な真を見つけるのは簡単で、藍歌は友達といるときに声をかけられるのも嫌だろう。やはり黙って帰ろうと日傘を傾け、距離を取るため歩調を緩めた。


「あの!待って!真くん!」


藍歌の隣を駆け抜けていった女の子は、躊躇なく前の一団を呼び止めた。視界をかすめていった制服からみて同じ学校の生徒なのだろうと、藍歌は呼吸が浅くなるのを感じた。はっきりと真を指名して呼び止めた女子生徒の目的など、想像が容易い。足が止まった。


ジャージの中から真だけが押し出されて、後の人間は先を行く。残された二人が向かい合っているのを、追い越すのも眺めているのも気まずい。だが、反転して逃げるのもなんだか違う気がした。できるだけ物音をたてず自然に斜めに進路を変えて花壇を跨いで少し離れたベンチに座った。


(しかし大胆ね、こんな道の真ん中で・・・)


大きくため息をついた。それは真と向かい合っている彼女へのものではなく、告白の一つもしていないくせに一丁前に嫉妬をしているらしい自分に対してであった。暑いからだろうか、じわじわと立ち上るように熱が巡った。意味の解らない言葉を叫び出したい気持ちが指の先まで伝わって、堅く拳を作る。子供のような独占欲が渦巻くのを、必死に大人の物わかりのいい言葉で沈めていく。前世の自分はそんなに物わかりのいい人間だっただろうか、なんて自嘲も混じる。


(モテる、のは当然か。サッカー男子ってモテ要素じゃん)


そむけていた視線を二人へやれば、女子生徒が頭を下げているのが見えた。応援していたとかそういう世間話ではなくしっかり告白ならしい。藍歌は目をつむって再びため息をついた。若いって凄い、と思った。


(ていうか、女の子ちっさい・・・真と同じくらいだ。いや、真の背が伸びたのか)


気づかなかったな、とお似合いに見える、という感想が何度か言葉を変えて頭を巡る。憎悪というほど激しくはないが、焦燥感に似た感情が心臓を押し上げる。


「・・・やだな、可愛くない」


手足の先が妙に冷えた。頭ばかりが茹ってくらくらしていたので、熱中症かもなぁとぼやいて残っていた水を飲み切った。こんなところで出歯亀じみたことをしているのはやはり趣味が悪い。


俯いていた顔を上げて勢いよく立ち上がると、目の前に真が立っていて驚いて固まってしまう。いつの間に、と先ほどまで真がいた場所を一瞥するも誰もおらず、声もなく真を凝視してしまう。驚かせた本人は相変わらずの何を考えているのかわからない表情で、無言だ。


藍歌へ声をかける様子もなく見つめてくる。藍歌は妙な圧力を感じて、言い訳が先に出た。


「ぬ、盗み見はしてないからね!」


「・・・はぁ?」


「いきなり目の前で告白とか始まったからちゃんと遠慮して離れたってことよ」


何度か左右に首を傾げて、真はあぁ、と思い当たったような声を出した。どうやらあまり気にしていないらしい。それはどうでもいいけど、というニュアンスで別にいい、と言って話を変えられた。


「来たのなら言ってけよ」


「関東大会まで来るなって言うから・・・」


「・・・ちゃんと勝った。安心したか?」


「・・・うん、おめでとう」


藍歌は日傘の柄を両手で握って、真の隣に並んだ。安心したのは真のほうなのだろう、少しばかり緩んだ口許のまま、ゆっくりと歩いてくれた。学校へ戻るのか、と聞けば直帰だというのでそのまま二人は一緒にいた。


藍歌は隣に見えるつむじが前より高いところにあるのを確認して、苦笑する。先ほど告白していた女の子は華奢だったなという考えが浮かんだ。ぎゅっと目を閉じて振り払う。


「身長・・・伸びたね」


「あぁ、膝がいてぇ」


「成長痛だ。怪我に気を付けてね」


電車で並んで席につき、膝をさする真は少し嬉しそう。スポーツをする男子としてはまだまだ小柄な印象だが、それでも電車で他の人と並んでいるのをみる限り、もうチビなんて言われなさそうに思える。体格差には度々悩んでいる様子だったから、素直によかったねと返事をしたが、どこかで寂しさも感じていた。


「もう遅いから家まで送る」


「・・・だれから教わったのそんなの」


「別に教わってねぇよ」


「今までそんなのしたことないじゃん」


反射的にそう返してしまい、口をつぐむ。まっすぐ見つめてくる素直な真の瞳が藍歌を責めているように思えて、どこを見つめればいいかわからなくなった。いつもの公園から離れた、藍歌の家へ向かう道で、二人は立ち止まっていた。


「・・・可愛くないね、私」


「カワイイだろ。よくわかんねぇけど、たぶん。カワイイ」


「・・・・ほんとだ、よくわかってない発言だ」


忘れていた嫉妬心が動くのがわかって、日傘の下で唇を噛んだ。そんな藍歌を知ってか知らずか、間をおかず真が藍歌のほしい言葉をくれる。その可愛いが真実、藍歌の思う意味合いかはわからないが、今まで藍歌がこだわる可愛いものを、真は一度だって否定したことはない。


「でも嬉しい。ありがとう」


今度は素直に言えた。



関東大会のご褒美はまだ思い付いていないらしい。考えている余裕もなく、夏休みへと入り、大会は連日続く。関東大会は約4日から5日ほど、その後そう間をおかず全国大会だ。真の学校は関東大会初出場として多いに盛り上がっているらしく、練習にも熱が入っているらしい。


(関東大会となると今度は観にこいって言い出すし、気合い入ってるなぁ)


それでも夏休みの宿題はなくならないと思いますがね、と関東大会の試合を万全の状態で観戦するために八月に入ってすぐに手をつけ始めた夏休みの宿題。ワーク集やプリントなどを終わらせて、自由研究は適当に料理文化などを調べようと思っている。日記は宿題に関係なくシステム手帳などに書き込むことが多いので、最後にまとめる予定だ。運動をするペンギンのシールをぺたり、と関東大会初戦の日に張る。


「・・・・まさか林とばったり会ったりとか、ないよね」


昨晩のその一言はフラグとなっていたようだ。

大会の規模が大きければ当然会場も大きい。見知らぬ片仮名のスタジアムへスマホを駆使してたどり着き、観戦席へと向かう。だが試合開始までは時間があるので入り口だけ確認をして、一旦コンビニへ退避した。あまりに暑く、汗で日焼け止めが流れている気がした。


飲み水を購入して店を出た後、まだ影がある場所へ移動して日焼け止めのスプレーをさっと振りかけた。


「あれ、北見さん?」


「・・・林さん」


スプレーを振り撒く際にちゃんと周囲の人間を確認したつもりだったが、顔をあげるとズボンにパーカー、という極シンプルな格好をした林が立っていた。黒い服はこの日差しの中では暑くないだろうか、というのどうでもいい感想が最初に思ったことだった。


「なに、友達?」


「同じ学校なんだ」


「へぇ、お前にこんな可愛い知り合いいたの」


彼女の後ろにいたのはジャージの少年で、林越しに値踏みするような視線が投げ掛けられて、藍歌は内心で嫌悪感に舌打ちした。ジャージに刺繍された学校名を見れば、それを待っていたのか、気づいた?ともったいぶった仕草で学校名を目立つように見せてくる。


「もうすぐ試合なんだ、よかったら応援してよ」


「佐藤、なに言ってんの。ちょっと北見さんが可愛いからって浮かれちゃって」


ごめんね!と会話をよぎるようにする林に、藍歌は気のない返事をした。挨拶の義理も済んだのだし、さっさとコンビニに入ればいいのに、と軽い会釈で二人から離れようとした。藍歌の腕をとって、それを引き留めたのは佐藤と呼ばれた少年のほうで、馴れ馴れしくすなと一睨みするも気づかない。


「前にお前がいってたサッカーする子っってこの子だろ?アップ付き合ってもらおうよ」


「は、はぁ?」


困惑したのは林も藍歌も一緒だったかもしれない。林を窺うと何故か藍歌は睨まれた。面倒事だな、と思ったのもあり、捕まれた腕を乱雑に振りほどくと、佐藤に軽いノリで謝られるが反省の色はない。


「北見さんの予定考えなよ、そりゃサッカーするって言ってたけど実際どうかわからないじゃん!」


林が断ってくれることを期待はしたが、その物言いには眉をひそめてしまう。


「え、ここにいるってことは観戦だよね?それまで暇じゃない?」


「だからさぁ、席で待つかもしれないし、あたしらのサッカーに付き合わせるのは酷でしょ」


藍歌をはさんで藍歌の話をしているくせに二人だけで話をする光景に頭が痛い。もう無視して行こうかな、と思ったが二人ともちらちらと藍歌を窺ってくるのが気がかりで、結局棒立ちしている。パスぐらいできるっしょ、だのあたしたちの相手にならない、などとそれぞれ相手を説得しようとしているが、隣で藍歌が聞いていることはわかっているのだろうか。それとも変なアテつけのようなものだろうか。藍歌は暑さでイライラして、自身の足元がスニーカーであることを確認した。


「いいよ、ちょっとボール触るぐらい」


押し問答で時間がすぎるほうが不快であった。このストレスを少しばかりボールで発散できるほうがいい。


「アイツしつこくてごめんな?後でキツく言っとくから!」


「ううん、暇だったのは本当だから」


ボールが蹴れる広い場所へ移動して、簡単に準備運動をする間に、林が気遣わしげに謝ってくる。なんだか興味もないのに間女みたいな立ち位置にたたされているようで不本意だ。完全に二人の出汁にされている。


というかこの佐藤とかいう男はチームと合流してアップしないのだろうか。


「あぁ、うちは選手層厚いからさ、ガンガン交代するし、最初は経験のために一年とかも入れてて」


「・・・そう、なんだ?」


何気なく聞いた疑問に対していぺらぺらと早口で説明してくる佐藤だが、藍歌はなにを言ってるのかわからず相槌の語尾があがってしまう。要するに合流はしなくていいらしいが、ガンガン交代っていうけど枠は5人までとか規定あったんじゃ?要するにこいつ控えなのでは、と疑いの目を向けてしまう。伏せ目にして誤魔化すが、林の強豪なんだってと自慢気な顔が脳裏をよぎった。


(林さん、騙されてない?)


いやいや、学校の方針とか知らないしね、と思っていると急にパスが来た。三人でぐるぐるパスを回していただけなのに、声をかけずに順番を変えて逆方向へ、しかも強めのパスだった。藍歌はすぐに反応できたのでそのままパスは林へ向かったが、気に入らなかった。ミスをさせようという意思が見えた。


「なぁ一対一しない?」


「お、久しぶりだなー!今度こそあたしが勝つよ!」


「えぇ~林とはいつでもできるじゃん、北見さんやろうよ」


(林さん凄い顔してる・・・)


あぁやだやだ、やっぱり嫉妬は可愛くない。

藍歌が返事もしないうちに対面へ佐藤が移動して手を振った。そのままドリブルをして藍歌へ接近し、俺からボールを取ってみてなどという。


(すごく舐められてる)


佐藤と林と出くわしてどんどん加算されていくイラつきポイントはすでにメーターを壊す勢いだ。手加減しているのが丸わかりのドリブルは、腕も大振りで足元への警戒もない。にやにやと性根の悪い笑いをしている佐藤は藍歌がボールを取れずにもたもたと戸惑い慌てたりしたらなんていうのだろう。


(こんなもんかって理解があるフリをする?教えてあげるって上から目線で恰好つける?)


じゃぁ藍歌がボールを奪い取ったらなんていうのか。


(手加減してやった、でしょ、どうせ)


真正面から突っ込んで、ひるんだような佐藤を見逃さず、その長い脚はぐんと伸び油断しきった足元のボールをかすめ取って綺麗に抜き去った。たたらを踏んで佐藤が振り返った時には風のように走り去って、その背中は遠くなっていた。佐藤の驚いた間抜け面を笑うように、藍歌は振り返った瞬間に強く佐藤へロングパスを出した。そのパスは佐藤の足元へ正確に当たった。


「ごめーん、そろそろ観客席行くね!ばいばい!」


遠くからそう叫んで、そのまま去っていく。佐藤も林もその姿を茫然と見送った。


フェードアウトすることに成功した藍歌はとっととコートへ向かい、観客席へ着席した。今回はできるだけ真の学校の制服が多いところを選んだのは万が一にでも林と出くわしたくないからである。何故なら対戦校は先ほどの佐藤の学校だ。


試合が開始して真の位置を確認した。そして全体を見回して動きを見る。ふと相手チームを一人ずつ注視して、佐藤がいないことに鼻で笑ってしまう。果たして交代で本当に出てくるのか、少しばかり頭に留めておいた。


「真がんばれ・・・!」


届くわけでもないのに、つい祈るように口に出してしまう。真がボールを持って駆けていく姿を追いかけていれば、彼の前に立ちふさがるDFが視界に入る。ぎりぎりまで接近して真はバックパスを成功させた。息の合った連携に藍歌はやたら感動してしまった。その感動の半分は真がチームプレーをしていることへの感動である。


やはり強豪なのだろう、上手いなぁと思う選手が多かった。だが後半疲労が足にきたらしいメンバーが交代となり、その時に出てきたのは佐藤だった。失礼ながらもう出てこないものだと思ったので、強豪校の選手であるというのが嘘でなかったことを意外に思ってしまった。


「さっきのやり取りじゃよくわからなかったけど・・・」


やっぱり上手いんだ?といまだに選手の巧拙が判断できない藍歌はどことなく納得したくないな、と唸りながら見ていた。


試合が進みボールを目で追っていると、佐藤がスライディングをして視界に入って来る。予想外で瞠目していると、笛が鳴った。どうやらイエローカードとなるらしく、佐藤はチームメイトに手で軽く謝っていた。もし一歩間違っていれば足をやられていたかもしれない位置だった。ポジションとしては真とは反対サイドのようだが、心配になってしまう。たまたまカードをもらったが、だからといって慎重になるようには見えない。


ふと顔をあげれば観客席に大げさに応援している一際目立っている林がいて、藍歌は呆れてしまう。


「林さん、絶対男の趣味悪いよ」


真がマークを振り切って走り出した時に佐藤が前線にあがって飛び出してきたのがわかった。先ほどのイエローカードを思い出して肩に力が入ってしまったが、真は器用にドリブルをしながらも佐藤を避けた。それが爽快で、自然と口元が緩んだ。


懲りずに後ろからスライディングをした佐藤だったが、それを読んでいたかのように真は高く跳び、脚を振りぬいた。綺麗にゴールネットを揺らす。


藍歌は思わず立ち上がった。心配と喜びとを振り子のように行き来して、綺麗に着地できているとは思えない真の様子を注視した。


(・・・大丈夫、そう?)


怪我はなさそうにみえる。普通に歩いて整列し挨拶をしていた。藍歌は止めていた呼吸を再開して、今度は素直に拍手をした。



観戦しに行くことは知らせていたので、真が来るのを目立つ場所で待っていると、ジャージの群れがバラバラと出てくるのがわかった。流石に今回は学校のバスなどで来ているはずだ。一緒に帰ることはできないだろうが、ケガがないかだけでも確認できれば、とはやる気持ちを落ち着けようとした。


「・・・あ」


他校のジャージが通り過ぎた後、見つけた。手を振ろうとしたが、真がチームメイトと話をしながら歩いているのを見てやめた。そこにチームメイト以外に背の高い少年もふらっと近寄り話に加わったのがわかった。男子特有の仲の良さが遠目からでも窺える。


日傘もしているし、気づかないだろうと思っていたが、真はどうやら目がいい。気が付けば目の前に走り込んできた。荷物は話をしていた友人たちに押し付けてきたらしい。


「大丈夫なの?」


「バスがくるまでなら、お前は?」


「お父さんが車で迎えに来てくれるって」


疲れているだろうから長々と話をするつもりはない。とりあえず試合を勝ったことについておめでとうと伝えれば、予想通りまだ初戦だ、なんて言葉が返ってくる。そんな彼にちょっとした差し入れのお菓子を押し付けて、怪我をしていないか尋ねる。最後のプレーについてだ。


「怪我はしてねぇ、けど軽くひねってるかもだから、明日はフルでは出ないかもしれねぇ」


様子見だな、と言って押し付けられた透明なラッピングをまじまじと見つめる。真には中身のお菓子の名前がよくわからない。クッキー?と首を傾げていれば藍歌はビスコッティと訂正をした。


「そっか、とりあえず大丈夫そうでよかった。明日も見に来るからね」


「おう・・・勝ったら、なんか食いたい」


「うん、何食べたいか考えといてね」


関東大会出場おめでとう、というお祝いもできていない。豪華にしよう、と言った言葉は嘘ではないが、藍歌はどこか複雑だった。


藍歌はどんどん前に進んでいく真を誇らしくなる気持ちと同時に置いて行かれているようにも思えた。自分も何かしないと、と焦燥感が煽られて、不思議な気持ちだった。近頃自分は何がしたいのだろう、と思う。


「じゃぁ、気をつけろよ」


「うん、そっちこそ」


軽く手を振って、真はチームメイトの方へ戻った。わっと囲まれて楽しそうに盛り上がっている姿に、真にちゃんと友達がいるなんて、と謎の母性が再び刺激された。


藍歌は約束通り次の日も観戦しに行き、試合の途中で交代させられた真と、そのままチームが逆転され敗北するその様をきちんと見届けた。


林と仲良くなったら林にどうしてお嬢様学校に入ったの?なんて疑問をぶつけられるかもしれませんが別に仲良くなることはないので一生謎ですね。

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