10 自信を持って
「自信を持って」
「え?」
予想もしていなかった言葉に、剣磨は一瞬、呆気に取られた。
しかし、ひまりは気にすることなく続ける。
「私、まだケンマのこと、よく知らない。でも、ケンマはケンマが思ってるより、ずっと凄い人だと思う」
突然そんなことを言い出したひまりに、剣磨は戸惑いを隠せなかった。
「あ、ありがとう。でも、そんなお世辞は言わなくていいよ。僕がどんな人間なのか、自分自身が一番よく分かってるから」
剣磨は、ひまりが突然口にした褒め言葉を、自分を励ますための優しい嘘だと受け取った。
そして、その声音には、諦めと自己否定の色が滲んでいた。
ひまりはその反応に、静かに首を振る。
「ううん。お世辞じゃない。本当に、ケンマはすごいと思う」
「いや、そんなわけないじゃないか。ひまりさんも見てるでしょ? 僕が検査が怖くて震えてるところを。それも、二回も」
剣磨は、ひまりの否定をさらに否定する。
彼が彼女に見せてきたのは、情けない姿ばかりだった。
そもそも、ひまりと友達になったきっかけだって、震えている自分に気づいて、声をかけてくれたからに過ぎない。
それなのに、「すごい」なんて言葉を向けられても、素直に受け入れられるはずがなかった。
「確かにケンマはウサギさんみたいな所はある」
ひまりは臆病だと言っているのだろう。
自分自身分かっている事ではあったが、ひまりにハッキリ言われて少しショックを受ける。
だがそんな落ち込む剣磨にひまりは続ける。
「でも、和――何とか君から私を守ってくれた。あれは凄く勇気がないと出来ない事だと思う」
「あれは――たまたまだよ。学校ではいつも、怖くて抵抗なんて出来ないで良い様にやられているし、あの時のだって、結局解決してくれたのは佐藤さんだし」
剣磨の言葉は、どこまでも自分を貶める方向へと向かっていた。
だが、ひまりは迷わず言う。
「確かに助ける為の力は必要だけど、それ以上に助けようとする気持ちが大事」
「ひまりさん……」
「と、何かのアニメが言ってました」
「……ひまりさん」
「でも、私もそうだと思う。さっきケンマ、“学校じゃ怖くて抵抗できない”っていった。」
「うん。言ったけど?」
「でもさっきは抵抗した。たぶん、ケンマは自分の為にじゃなくて誰かの為にだったら勇気を出せるタイプなんだと思う」
「!」
「ケンマ自身はウサギさんな性格なのに、誰かのためにだったら勇気を出す事ができる。これは誰にでもできる事じゃないケンマのスゴイところ」
ここでひまりは一呼吸置く。
そして、言った。
「だから剣磨」
「自信を持って」
この瞬間、剣磨は悟った。
ひまりは慰めでも、優しい嘘でもなく、本心から言っている。
感情を読み取りづらいはずのひまりが、今だけははっきりと気持ちを伝えてくれていることが、彼にも分かった。
剣磨は感極まって涙がこぼれそうになる。
しかし、
「……ひまりさん、ありがとう。そんなふうに言われたの、初めてだ。本当に……すごく嬉しい。でも……」
剣磨は拳を握り、視線を落とす。
「でも、たとえ僕に勇気があったとしても、今回のことに関しては――どうしようもないんだ。だって、さっきも言ったけど、“魔法適性検査”で選ばれるかどうかは、結局運なんだから」
そう。
結局はそこに行き着く。
魔法は才能の世界。
才能が無ければどれだけ魔力に恵まれていても意味がない。
才能の前には、どれだけ他の事が多才でも、どれだけ自信に満ち溢れていようともそれは意味をなさないのだ。
「ケンマ、1つ質問していい?」
「え?うん。良いけど」
なんだろうと思う剣磨にひまりは根本的な質問をした。
「……魔導士ってなれないといけないものなの?」
「………………え?」
余りにも予想外の質問に剣磨は唖然とする。
「最初会った時からケンマ、魔道士になれなかったら終わり見たいな雰囲気をだしていたから気になってました……魔法適性検査に受かる事ってそんなに大事なの?」
「そ、そんなの当たり前だよ!!」
我に返った剣磨はつい大きな声を出してしまい、周りの子供達はビックリして、何事かと剣磨を見る。
剣磨は周囲の目に気づき、一度深呼吸をして心を落ち着けて小声で話す。
「大きな声を出してごめん。でもひまりさん。そんなの当たり前じゃないか」
「どうして?」
「だ、だって僕は天式家の跡取りでもし落ちたら家の名前に泥を――」
「そこ」
「え?」
ひまりは剣磨の話を途中で遮る。
「私、そこが分からない」
「えっと、どこが?」
剣磨は今の話の何処に分からない部分があったのか理解できず、聞く。
「だってもし魔法が全く使えなかったとしてもさっき言ったケンマの長所が無くなる訳じゃない」
「!」
「私、おうちの事とか余り良く分からない。でも魔法が使えないとおうちの名前に泥んこがつくっていうのはおかしいと思う。だって、もしケンマが魔法を使えなかったとしてもケンマにはそれ意外に良いところがある筈なのに」
「ひまりさん……」
「ケンマの親についても一緒」
「え、」
「ケンマは魔法を使えないと親に失望されるかもって言った。でも私、魔法が使えないだけでガッカリされる訳ないと思う。だって出会って少ししか立っていない私でもケンマのいいところが言えるんだからケンマの親は私よりもっと沢山ケンマの良いところを知っているはず。魔法が使えないくらいの事でケンマの親がケンマに失望する訳ないと思う」
「で、でも、僕の家は他のみんなと違って昔から魔法と深く関わりのある家だから、やっぱり魔法が凄く大切で――」
「……ケンマの親はケンマの事好きじゃ無いの?」
「え!?急になんて事を言うの!?」
突然の心に刺さる言葉に剣磨はびっくりする。
「だって、ケンマの言い方だと、ケンマの親はケンマを魔法を使えるどうかでしか見てないみたいに聞こえるから………」
「!!!!」
「もしそうなんだったら私がケンマの親にガツンと言います。ケンマがもし魔法を使えなかったとしても、ケンマはケンマだって」
「…………………」
それを聞いて剣磨は理解した。
(ああ、そうか。ひまりさんの自信を持ってという言葉は魔法適性検査に対してではなく、僕のこれからに対して言っていたのか)
魔法が使えなかったとしても剣磨なら大丈夫と。ひまりの言わんとしている事を、剣磨はようやく理解した。
(魔法が使えなくても大丈夫、か。そういえばいつからだらう。この日がくる事に恐怖を感じ始めたのは……魔法適正検査に必ず合格しないといけないと思い始めたのは)
剣磨の脳裏に浮かんだのは、時折催される他家との交流会だった。
その場で、剣磨は大人たちから繰り返し同じような言葉を浴びせられてきた。
「天式家の次期後継である剣磨君。将来が楽しみですな」
「天式家は優秀な魔導士を数多く輩出してありますからな。剣磨君もさぞ将来有望なのでしょうね!」
「君のお父上は高名な魔導士ですからね。剣磨君もお父上のような素晴らしい魔導士になるのですよ」
皆んなが、当然のように、剣磨が魔導士となる未来を前提に話を進める。
それが、剣磨には重荷となっていた。
加えて、世間体の圧力もある。
十四歳の誕生日――すなわち魔法適性検査の時期が迫る中、剣磨に関する報道が次第に増え、メディアの注目は日に日に強まっていた。
それを見るのが辛くなり、剣磨はテレビやSNSを遠ざけるようになった。
和重から受けたイジメによる自己肯定感の低下。
天野家の特別な血統
世間体からの注目の高さ
そうした要素が複合的に作用し、剣磨の中に「魔導士になれなければ、両親に失望される」という強固な固定観念を形成していった。
しかし今、そんな固定されてしまった思考の中にひまりの言葉が駆け巡る。
(……確かに、周囲の大人たちは僕に優秀な魔導士になれと言ってきた。でも、その中に――母上と父上は、いただろうか?)
母親は物腰柔らかく、いつも笑を絶やさない優しい人である。
父親は寡黙で滅多に笑う事は無いが、魔導士として活躍するその姿を剣磨は尊敬していた。
両親とも剣磨は大好きだ。
だからそんな大好きな両親に失望されたく無いと思っていた。
しかし、
『魔法を使えないだけでガッカリされる訳無いと思う』
ひまりの言葉な脳裏に流れてくる。
(……本当に、母上と父上は、僕が魔導士にならなければ失望するのか? 僕が環境に流されて、一方的にそう思い込んでいただけじゃないのか?)
ひまりの言葉は剣磨の思い込みで作られた幻想を溶かしていった。
(母上と父上が僕の事をどう思っているのか、怖くて確かめもせず、天式家だからという勝手な思い込みで失望されると勝手に決めつけて……僕は最低だ)
そこまで思考が至った瞬間、剣磨は
パン!
思いっきり、自分の両頬っぺたを叩いた。
「!? ケンマ、どうしたの」
急な剣磨の行動にひまりはビックリする。
「……いや、自分の思い込みと臆病さが嫌になってね。……それよりもひまりさん」
剣磨はひまりを見る。
その瞳には先程とは違い不安の色は無かった。
「ありがとう。ひまりさんのお陰で本当の意味で落ち着いたよ。両親についても大丈夫。この検査が終わったら、適正、不適切どちらだったとしても、一回しっかり話してみようと思う」
加えて、ホントは検査前に話せていれば良かったんだけどねと言って剣磨は苦笑いをする。
そして、次には真剣な眼差しでひまりを見る。
「ひまりさん。今日だけで、何度目になるか分からないけど、もう一度言わせて」
そう言うと、剣磨はひまりに頭を下げる。
「ありがとう」
皆がよく聞く単調な言葉。
しかし、この時、剣磨が発したこの一言には心からの感謝がこもっていた。
そして、それはひまりにも伝わる。
「ん。ケンマの感謝、受け取りました。元気になったのなら、良かったです」
剣磨の表情に明るさが戻ったのを見て、ひまりは安心したように、自然と微笑んだ。
――もっとも、他人から見れば、相変わらず無表情なのだが。
「……それと、僕からひまりさんに一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
感謝を伝えた後、剣磨はそう切り出した。
「ん。ひまりにNGな質問はありません。何でも聞いてOKです」
ひまりはそう言って、軽くOKサインを作る。
「ありがとう。それじゃあ言うね――あの、ひまりさんは、魔導士にはそこまでなりたいって思いはないの?」
「というと?」
ひまりは、こてんと首を傾げた。
「ほら、さっきのひまりさんの言い方だと、魔導士に対して、そこまで執着はなさそうだったから。それに、僕や他の人たちとは違って、あまり緊張してる様子もないし」
剣磨は、特別な家系に生まれたがゆえに、不安や緊張を抱えている。
しかし、それは剣磨だけの話ではない。
ここにいる剣磨以外の〝普通〟の人たちもまた、別の意味で強い緊張を抱えているはずなのだ。
魔導士――それは、もしなれるのなら人生は安泰だとさえ言われる存在である。
その理由は単純だ。圧倒的な希少性。
多くの組織、企業、国家が魔導士を欲しており、まず就職先に困ることはない。
年俸も、一般的なサラリーマンとは桁が違う。億万長者になることも、決して夢物語ではない。
加えて、そんな〝超優良物件〟には、異性の方から勝手にアプローチが来る。
まさに、夢のような存在。それが魔導士だ。
だが、その魔導士になるためには、大前提として〝魔力〟を持っていなければならない。
多くの人が憧れながらも、決して手が届かない存在――それが魔導士でもある。
しかし、ここにいる者たちは違う。
この場に集められた全員が、魔力保持者。
つまり、生まれながらにして、その夢への〝資格権〟を与えられた者たちなのだ。
可能性がある分、魔力を持たない者たちよりも、魔導士になりたいという想いは何倍も強い。
魔力保持者は皆、この魔法適性検査に、己の人生を懸けて挑みに来ている。
剣磨だけではない。
この待機時間の中で、誰もが恐怖や不安、緊張を、表情や仕草に滲ませていた。
それが普通なのだ。
――そう。
今、剣磨の目の前にいる、この少女を除いて。
ひまりは、この場に充満しているはずの不安や緊張を、微塵も感じさせていなかった。
あまりにも自然体すぎる。
そして、ひまりの先程の剣磨への言葉。
あれは魔導士になる事がそれ程重要な事だとは思っていない様でーー魔導士になりたいという想いを持っている者なら、まず口にしない言葉であった。
剣磨が疑問に思い、こうして質問するのも、無理はなかった。
これにひまりは少し考える様な仕草をして答える、
「んー。魔導士にはなりたいです。だって魔法使いたいし、なんかカッコ良さそうだし。もしなれなかったらそこそこ落ち込むとは思う」
「え、でもその割には緊張してなさそうだけど、」
「ん。それは全く感じない。だって私、そういった感情が無いから」
「え!?」
まさかの返答に剣磨はびっくりする。
「お母さんが言うには私、自分自身の事に対して恐怖や不安を感じる事が出来ないみたい」
「………そうなんだ」
剣磨はなんだか、聞いてはいけない事を聞いてしまった気分になってしまった。
だが、かといって謝るのは逆にひまりに失礼になる気がして、なんと言ったらいいのか分からない状態になってしまった。
たがそんな剣磨を置いて、続けてひまりはこう言った。
「でも、もしそういった感情があったとしても、魔法適性検査に不安は感じなかったと思う」
「え、どうして?」
「だって魔導士って、なれたら幸せになれるから、みんな目指すって聞いた。でも私、もしなれなくても、十分幸せだから」
「……!」
「私、私が大切にしている家族や友達と一緒に生活できたら、それでハッピーです。魔導士になれなかったら、魔法が使えなくて落ち込むかもだけど……でも、ネェネェが作るご飯を食べて、家族とお話しして、寝て。次の日に友達と遊んだら、もう元気マンマン。ケロっとしてます」
「…………」
そのひまりの言葉を聞いて、剣磨は腑に落ちた。
(そっか。ひまりさんは、魔導士の中に幸せを求めてないんだな)
多くの――いや、ほとんどの魔力保持者が魔導士に夢を見て、そこに人生の幸せを求める中で、ひまりはそれを、あくまでも人生を楽しくするための“ほんの一部”としてしか見ていなかったのだ。
(魔導士に幸せがあるんじゃなくて、幸せの中の一部に、魔導士や魔法がある……か。……僕はどうだろう?)
剣磨は、ひまりの言葉に自分を重ねる。
剣磨自身、別に魔導士に幸せを求めていたわけではなかった。
ただひたすら、天式家の後継として魔導士にならなければならない――その一点だけを考えていた。
しかし、魔導士になれるか、なれないかで人生が決まると思い込んでいた、という点では、他の者たちと同じだった。
剣磨を含めた他の魔力保持者と、ひまりの魔導士に対する捉え方の違い。
剣磨は、その差をはっきりと理解した。
「……本当に、ひまりさんは凄いな」
「? それほどでも?」
「プッ……ハハハ」
頭に?マークを浮かべながら謙遜するひまりに、剣磨は思わず吹き出した。
ひとしきり笑った後、剣磨はひまりに向き直る。
今、この言葉を伝えずにはいられなかった。
「ひまりさん。僕と友達になってくれて、ありがとう」
剣磨は、ひまりと出会えた幸運に感謝し、改めてそう礼を言った。
だが、その直後、ふとある考えが頭をよぎる。
(あれ……というか。僕が怯えて震えていなかったら、ひまりさんと話すきっかけもなくて、こうして友達になることもなかったんじゃ……)
その事実に気づいた剣磨は――
(……ハハハハ!)
心の中で、笑った。
この時、剣磨は初めて、自分が臆病でよかったと――ほんの少しだけ、そう思ったのであった。
最後までお読みくださりありがとうございました!




