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<5・Father>

 ルチルにとって、この世で最も美しい存在は父である。

 血は繋がっていない。人間のルチルと違って父、アーク・コルネットは魔族だ。抜けるように白い肌を持ち、金糸の長い髪は夜の闇の中であってさえ太陽のように美しく輝く。そして、どこまでも深いルビーの瞳。男性らしい骨格と鎧のような筋肉を纏い、男性としての美しさをこれでもかというほど詰め込んだ美丈夫。ひとたび魔法を振るえばどのような敵も一瞬で滅することができるほどの力を持ちながら、けして無慈悲に敵を殺したりなどしない。見た目のみならず中身の貴さも含めて、ルチルは父をこの世で最も美しいものと定義していた。

 そして、二番目に美しい存在は兄である。ルチルの三つ上の兄、十八歳のジルは父と対比するような銀髪が美しい青年だ。青年、というべき年であるはずなのにその美貌は父のそれとは真逆である。何故ならば、兄の美しさはまるで少女のように繊細なもの。本人の変装技術、化粧の手腕、演技力をもってすればどのような存在にも化けることができる。特に女性に化けた時の兄は、どんな傾国の美姫に勝るとも劣らない。それでいて、ルチルや仲間を守りたいという正義感は、まさに男らしいと言う他ない。

 幼い頃に実の両親を失ったルチルにとって、兄と父こそが世界の全てと言っても過言ではなかった。二人がいて初めて、ルチルの世界は構築される。二人がいるからこそ、この魔王の城とされる場所には多くの仲間が集い、温かい日常が築きあげられるのである。

 それが失われることは、世界が滅ぶことも同義。

 そんな日が訪れるなど――想像することさえできず、したくはなかったのである。あの日までは。


「ルチルは不思議でなりません」


 アークの執務室にて。その日、ルチルはぷくーっと頬を膨らませていたのだった。すぐ隣では、兄が苦笑いを浮かべて立っている。


「何故、お父様はご結婚なされないのですか?この世のどこを見ても、お父様に釣り合う女性がいないのはわかります。でも、城の中にはお父様を慕う女性がたくさんいて……技術や知力で見ればお父様の伴侶になれるかもしれないなーなんて女性も、いないわけではございませんのに」

「あーいや、その……」

「お父様が別に、同性愛者だとかそういうものではないことは存じておりますよ?だって、よくテレビを見て“あのアイドルは美人だなー”だの“あのアイドルの胸は立派だなー”だの仰ってるじゃありませんか」

「こ、こらルチル!」


 ルチルの言葉に、アークは顔を真っ赤にして言う。見た目なら人間離れした彫刻のような父が、趣味趣向に関してはだいぶ俗物じみていることをルチルはよく知っているのだった。

 もはや魔族と呼ばれる存在も、父を含めて僅かばかりしか残っていない。父が子供を作っていかなければ、いずれ魔族の血は途絶えてしまうことだろう。ならば、少しでも良縁を見つけてほしい、なんてことを子供心に思ってしまうわけである。

 多少血が薄くなっても、魔物や人間の女性と番えることは悪くあるまい。というか、そもそも歴代の魔族、特にコルネット家は人間の血も強い一族である。事実、アークのお祖母様は純粋な人間であったと聴いている。


「確かに、女性が嫌いなわけじゃない……ってのはわかってるぜ?」


 ニヤニヤしながら、兄が口を挟む。


「例えば父さんのベッドの下にさ。見つけちゃったんだよなー。なんだっけ、“巨尻に踏まれるパラダイス”とか“褐色美女とみだらなビーチ”とかなんとか……」

「だあああああああああああああああああああ!?ここここここらっ!ルチルの前で何故そういう話ををををおおおおおおおおおおおおお!?」


 父がどっぴゅーと机の前から飛んできて、ジルの口を塞ぎにかかる。父の大きな手に顔半分を覆われて、兄が“ぐうじいいいい!”と呻いているのがなんだかおかしい。


「お父様、大丈夫です。ルチルはお父様がエロ本に興味があっても気にしません。健全な男性とはそういうものです。むしろお兄様が興味なさすぎて心配しているほどです」

「ルチルのその割り切り方もどうかと我は思うが!?」

「城内テレビのアナウンサーである、魚人族の“メリッサ”なんかはどうでしょう?丁度年齢も二十八歳で、お父様と同じくらいです。見た目もお父様とお兄様ほどではないですが美しいですし、何より非常に知的で賢い女性ですよ」

「お、おい、ルチル、事あるごとに我と兄を美しさの比較対象にするのはどうかと思うぞ」

「調達係の“ジュディ”もお父様に非常に好意的です。オーク族なので少々特徴的な顔立ちですが、お父様好みの巨乳ですよ。何より筋肉むっきむきで、丈夫で怪力なお子さんを産んで下さいそうです」

「いや、だから」

「それから、私の研究室の“マリアンヌ”も悪くないんじゃないかと。お父様よりも少々年上ですが、気品あふれる大人の女性です。浮気したら食事に毒薬や媚薬を混ぜてくるかもしれませんが、それもスリリングで楽しそうかと」

「そんなスリルはいらんぞ!?」


 まったく、父は何がそんなに不満なのか。誰も彼も、父のことを慕う女性達ばかり。そして父のことも、彼女らのことを心から信頼しているはずだというのに。


「ぶっは!……父さん馬鹿力すぎい!」


 どうにか、口を塞いでいた父の手を外すことに成功した兄は、やや酸欠で青くなった顔で言ったのだった。


「俺も俺で、気にはなってたかな。父さんがモテなかったとは到底思えねえし、なんで結婚しなかったのかなって。女に興味がないわけでもねえってのにさ」


 ジルにも言われてしまっては、答えないわけにもいかなくなったのだろう。アークはあー、うん……と少しばかり悩んだ様子を見せた後、口を開いたのだった。


「確かに、この城には魅力的な女性が多い。我も結婚を考えなかったわけではないのだ。ただ」

「ただ?」

「……結婚とは、特定の一人の者と添い遂げることであろう?人生において、己のことだけ考えるわけにはいかなくなる。子供ができれば、最優先は妻のみならず子供になる」

「それのどこかまずいのですか?」

「……我は、この城の者達全てのことを最優先にしていたいのだ。妻や子が全てにおいて一番になるというのが、我はどうしても良いことのように思えぬ。この城の者達全てが我の妻であり、我の子であってほしいと願うのだ。ま、まあ……少々、ジルとルチルのことを優先しすぎている自覚がないわけではない、が……」


 ルチルは、ジルと顔を見合わせた。

 結婚をする、ということをどうやら父はそうのように考えていたらしい。確かに、結婚とは伴侶の人生を背負うことでもあるが――優先順位が変わるのが嫌だというのが、なんとも彼らしいと言えば彼らしい。

 裏を返せば、いざ結婚をするならば家族を最優先できる父でありたい、と考えているということでもあるが。


「それに、魔族の血は途絶えてもいいのだ。我は血のつながりよりも大事なことがたくさんあると考える。我の思想や、我らの技術を受け継いでくれる者はごまんといる。ならばそれで充分であろう?我の直系の子など別にいなくても良いのだ。血など繋がらなくとも我には、ジルやルチルのような素晴らしい子らがいる。何も問題はない」

「お父様……」


 自分ももう十五歳。小さな子供のように、親に甘えるような年ではないとわかっている。それでも気づけばルチルは、大好きな父に抱きついて甘えていたのだった。


「お父様……お父様の考えは素晴らしいです。ルチルは、心からそんなお父様を尊敬しますし、お役にたちたいと思います」


 だから、と顔を上げてまっすぐ父の顔を見て言う。


「どのような毒薬も、このルチルが立派に作り上げてご覧にいれます!媚薬も絶賛製造中ですので、何か御入り用のものがあればルチルになんでもお申し付けください!」

「媚薬!?絶賛製造中なのか!?」

「おお、今日も冴えわたるお父様ツッコミ!」


 さながら漫才師のような父のツッコミに、けらけらと笑う兄。どこまでも幸せで、当たり前の光景だったのだ。

 この時間までは。


「アーク様!」


 突然、執務室に走り込んできた人物がいたのである。ジルに変装のイロハを叩きこんだ人物であり、アークの側近でもある人物、クグルマである。元は人間であり、古くからコルネット家に執事として仕えている人物でもあった。

 彼は老人らしからぬ機敏な動きで扉を開けると、真っ青な顔で父に訴えかけたのである。


「大変でございます!も、森の……南の入口に、大勢の人間達が押し寄せています。恐らく、シルタの町の住人達かと。彼らが、魔王を出せ、でなければ森に火を放つぞと脅しをかけてきているのです!」

「何!?」


 どういうことだ、とルチルも、兄と父も絶句することとなった。

 シルタの町というのは、この森の東西南北にある大きな町のうち、南側にある町の名前である。最近、その町に不穏な動きがあることは自分達も察知していて警戒していた。森の入口を、武器を持った大人達がうろついているなんてこともあったほどである。それが、どうにも最近増えているヴァリアントに絡むことらしいということは自分達も聴いていたが。


「……シルタの町を中心に、よからぬ噂が流れているのです。何でも、ヴァリアントを放ったのは魔王……つまりアーク様であり、ヴァリアントを使ってこの世界を支配しようとしている、と」

「確かに、その噂があることは知っていたが……」

「それだけではありません。何でも異世界から呼ばれてきた勇者なるものと結託し、森に潜む魔王を倒そうという気運が高まっていったようなのです!魔王を殺せば、ヴァリアントの被害がなくなり、この世界が平和になると信じているのです」

「なんと……!」


 このようなことが起きるかもしれない。想像がつかなかったわけではなかった。

 だがしかし、いくらなんでも横暴というものである。ヴァリアントはアークの仕業ではないし、ましてや世界征服など考えるはずもないというのに。


「森を焼かれるわけにはいかぬ」


 アークはすぐさま、かけてあったマントを手に取った。


「すぐに準備する。とにかく、我らは無実であることを釈明せねばならぬ」

「お、俺も行くよ父さん!」

「ルチルも参ります!」


 平和な魔王城の空に、暗雲が垂れ込めてきていた。

 さながら、悲劇が起きるまでのカウントダウンをするかのように。

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