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<31・Sally>

 思い通りにならない現実。それでいて退屈な日常。そういうものに飽き飽きして夢を見た者が異世界転生をするというのであれば、紛れもなくサリーにはその資格があったことだろう。

 サリーの前世は、まさに苛立ちにまみれたものであったと言っても過言ではない。

 一番美しい自分。一番頭の良い自分。一番運動神経が良い自分。自分が一番でない世界など耐えられず、称えられるべきは己一人であるべき。幼い頃からずっとそう思っていた。己を上回る人間など身近に存在してはいけないのだ。例えそれが、血を分けた姉妹やクラスメートであろうとも。


『〇〇ちゃんは凄いわね!また、絵で賞をとったんですって!ほら、貴女も見習って頑張るのよ!』


 幼い頃から、二つ上の姉が目の上のたんこぶでしかなかった。学校の成績なら自分の方が良い。運動神経だってそれは同じ。なのに、一部突出した才能があったというだけで彼女はちやほやされて褒められるのだから。

 そんな存在は必要ない。お父さんもお母さんも、自分ひとりを見ているべきだ。自分の方がずっと凄い。絵だって、本当は自分の方が上手に描けるのに姉の方を何故か贔屓して金賞をやった。否、自分を銀賞や銅賞にも入れなかったのは、自分が審査員にこびを売るような絵を描かなかったからに決まっている。実力がないから選ばれなかったわけではなく、不当な理由で貶められたのだ。

 だから。


『ちょ、何をするの!?こんなのひどいわ!!』

『うるさい、うるさい、うるさい!お姉ちゃんこそ恥ずかしくないわけ、本当はあたしの方がずっと上手いのに、エコヒイキで金賞なんか貰って』

『あ、あああ、絵が、絵が……うわああああん!』


 姉が受賞した絵を破り捨てる。それくらいは日常茶飯事だった。

 本当は何もかも自分が一番であるべき。だって、芸術も、小説も、弁論も、自分が誰よりも素晴らしい才能があるのだから。それより上の人間がいるはずがない。そう評価された人間がいるとしたらそいつは審査員の贔屓でそうなっているだけのことなのだ。

 サリーはそう思ってきた。自分こそが神様に愛された天才だ――その確固たる認識を、幼くして持ち合わせていたがために。

 姉が受賞した絵は二度破った。

 クラスメートが金賞を取った習字も、クラスメートの小説が載った文集も破り捨てた。WEB小説コンテストで自分をさしおいて大賞を取った作品は、ひたすら酷評を書いて荒らしまわり、大型掲示板では“作者が枕営業をしたから受賞した”“作者は盗作をしている”などの噂を流しまくったのである。根拠はなかったが、自分の作品が選外にされる理由など他に考えられなかったからだ。

 しかし、そういうことを繰り返してサリーがいくら“己こそが選ばれるべき存在で、世界が間違っているのだ”と主張しても。家族や人々は、ちっとも自分に取り合ってはくれなかったのである。そればかりか、どんどん己を蔑むような眼で見るようになったのだ。


『……××ちゃん。自分が凡人だって認めたくないのはわかるわ』


 姉が鬱病になった後、母が疲れたように言い出したのだった。


『でもね。自分の弱点や、いけないところや直すべきところ、そういうものを認められない人間は成長できないのよ?そうしてみんなのアドバイスや忠告を聞こうとしないの?どうして、お姉ちゃんやみんなのことを無闇と傷つけるの?』

『だってみんなが間違ってるんだもの!あたしは毎回最高の絵を描くし、最高の習字や小説を書くわ。それなのに、誰もあたしの作品の本当の良さを理解しようとしないで、自分が贔屓するやつばっかり受賞させる!そんなものに価値はないってあたしが声を上げないでどうするの!?』

『言いたくはないけど……××ちゃんの絵はデッサンも狂っているし、体のバランスもおかしいし、色塗りも雑だわ。小説は人の視点がめちゃくちゃで整合性がないし、話が脈絡がなくてついていけない、文法も間違ってる。それでいてヒロインがみんな暴力的で全然ついていけないわ。どっちにしても、そういうところを直さないと受賞なんて夢のまた夢よ?』

『うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい!お母さんもあいつらの味方なのね、あたしの敵なのね!?』


 高校生の時、自分を説教する母親をついに殴った。母の傷は大したものではなかったようだが、どうやらそれが決定打となってしまったらしい。

 サリーは、病院に送られることになった。自分は心の病だから治療しなければいけないのだと。その思い込みの激しさを直さなければ、普通の日常生活を送れないからと。


『ふざけんじゃないわよ!あたしは正しいの!頭がおかしい人間なのはあんた達の方でしょ!?ふざけんじゃないわよ、ふざけんなふざけんなふざけんなああああああああああああああああああああああ!!』


 ああ、ここは自分が生きるべき世界ではない。

 もっと己に相応しい、己を正しく評価して讃えてくれる世界がどこかにあるはずなのだ。さながら、異世界転生をしたらチートスキルをもってしてみんなに愛されるようになったラノベの主人公たちのように。

 病院に無理やり連れていこうとする父の手を振り払い、サリーは道路に飛び出した。そこにトラックが通って――あとは、お察しの通りというわけである。


――ああ、やっぱり神様はあたしの味方だったんだわ!あたしに相応しい世界を、活躍できる世界を用意してくれたんだから!!あたしは間違ってなかった。間違っていたのは、令和の日本を生きていたあいつらの方だったのよ!!


 女神が目の前に現れた時、サリーは確信したのである。理不尽な世界を、逆境に抗って生きていた自分に神様がご褒美をくれたのだと。

 悩んだ末、サリーは“ちょっとだけ”顔を変えて貰うことにした。大人気の異世界チート系ラノベのヒロインに“ほんのちょっとだけ”近い美少女にしてもらったのだ。そして、さらに悩みに悩んだ末チートスキルは“どんなものでも貫通して破壊できる攻撃能力”にしたのだった。自分の美しい見た目と才能があれば、愛されスキルなんぞなくても人々を魅了することが可能。ましてや今回は、女神に選ばれた勇者という肩書がある。国の人々が感謝し、称えない理由などどこにもないのだ。

 ならば、その勇者としての仕事をきっちり果たせるような攻撃能力があれば十分。魔王を倒す勇者になり、英雄として皆に愛され称えられる。退屈だった前世で夢見た世界がまさに此処にあるのだ。

 自分達がきっちり仕事を果たせば女神が願いを叶えてくれるという。自分の望みは己が永遠にこの世界の最高のヒロインとして愛され、君臨することだけだ。そのためには、女神様に最終的に不老不死にしてもらわなければいけない。せっかくチートスキルを持つ美少女にしてもらったのに、老けてババアになって死ぬのであればなんの意味もないのだから。


――そう、だから。あたしに間違いなんてあってはいけないのよ。


 正義の味方になれるという事実が大切であって、真実などどうでもよかった。だから、魔王が本当にヴァリアントの黒幕だなんて考えてこなかったのである。魔王が勇者に倒され、ハッピーエンドになるのは物語の必定なのだからとしか思っていなかった。だが、実際魔王を倒してもヴァリアントが消滅しなかったとなれば話は別である。この自分が、女神に騙されたかもしれない――もしそうならサイアクだ。騙されたとはいえ、己は間違ったことをしたかもしれないなんてことになりかねないのだから。

 無論、自分は騙された“被害者”であって、魔王も魔王で誤解されるような噂を流したりムーブを決め込んだお前が悪いとしか思わないが。それでも“己が間違えたかもしれない”なんて、サリーの信念からすれば絶対にあってはならないことなのである。

 そもそも、このままでは勇者としての自分たちの地位が危うい。万が一王様に見限られるなんてことになったら本も子もない。そんな苛立ちを募らせていた矢先のことだったのである――ゴートンが自分達を裏切って、マリオンを奴隷にしたらしいと聞いたのは。


――あああもう、クソクソクソクソクソ!生きてる価値もないゴミどもがいつもあたしの邪魔をする!土下座してわびて、自分で死ぬべきなのよどいつもこいつも!ああもう、イライラする、あああ本当にイライラする!


 そして今、サリーは屋敷の裏口前にいるのである。ゾウマの提案を受け入れるフリをしたが、正直なところゴートンが例え無抵抗でも話を聞いてやるつもりもなかったのだ。ゆえに、当然ながら望んだとおり正面玄関から入ってやる気はなかった。奇襲をかけ、その不細工なツラをもっともっとぐちゃぐちゃにしてやらなければ腹の虫がおさまらないのである。


「落ち着け、サリー」


 そんなサリーの肩を叩いて宥めるゾウマ。


「苛立つ気持ちはわかる。だが、それで奴の術中に嵌っては本も子もないだろう」

「わかってるわ!わかってるわよ!」

「俺達が住んでいる屋敷だ。罠の場所はわかっている。裏門から入ると庭のトラップは踏まずに住むが、裏口や窓にはセンサーがあって引っかかると罠が発動する仕組みになっていたはずだ。女神様直々の技術だからな。センサーをかいくぐるように慎重にドアに近づくぞ」

「……ええ」


 女神が作った罠なので、自分達にはそのセンサーのランプも、赤い線状に走ったレーザーも見えている。もし、ゴートンが自分達と本当に話し合いをするつもりなら、裏口から入ってくることもみこして裏口のトラップを解除していてくれてもいいはずだ。

 しかし、見ればレーザーは作動したまま。やっぱり自分達をハメるつもりなんじゃないか、としか思えない。話しを聞いてくれなんて嘘っぱちではないか。


「本気でムカつくわ……!」


 レーザーを跨いで歩きながら、サリーは言う。


「あのクソデブ、本当に丸焼きにして食ってやろうかしら。ブタみたい、に」

「あ」

「え?」


 サリーの言葉は中途半端に途切れることになった。レーザーを跨いでドアに一歩近づいた途端、ふわり、と体が浮きあがったからである。落とし穴だと、ようやく気が付いた。まさかこんな古典的な罠が増設されているなんて、想像もしていなかったのである。


「う、う、ウソでしょ!?きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 穴は綺麗に三か所あいていた。サリー、ゾウマ、ノエルはそれぞれ別々の穴に落ちていくことになる。

 やっぱりあいつぶっ殺す。落下しながら、サリーは憎悪に近い感情を抱いたのだった。

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