<21・Marion>
マリオンは思う。
勇者パーティの本当のリーダーは自分なのだと。
何故ならば、リーダーとされているサリーもゾウマも自分にはとびきり甘い。彼女らに従順なしもべのふりをしていればどこまでも可愛がって貰えるし、なんなら彼女らの思想をコントロールすることだって思うがままなのだから。
一番コントロールしたい男があまり思い通りになっていない、ということだけが癪なのだけども。
「まったく、こんなことのためにマリオン達を呼びつけるだなんてえ!本当にしんじらんなーい!」
自分とノエルは今、メリーランドタウンまでやってきている。同じ勇者仲間であるゴートンに、会わせたい人がいるから来てほしい、と頼まれたからだ。
本来ならばサリーとゾウマも呼ばれていたのだが彼女たちは本拠地から動く気がないらしい。というか、マリオンとノエルが判断を下してOKだったら会うわ、というのがお返事だった。合理的と言えば合理的なのだろう。会わせたい人がいる――ゴートンがそう言ってきた理由が透けているから尚更に。
「ま、まあまあマリオンさん。落ち着きましょうよ、ね?」
そのマリオンの付き添い――ではなく、外見上の保護者もかねて引っ張ってこられたノエルは、相変わらず気の弱そうな笑みを浮かべている。
「どっちみち、審査はしなくちゃいけないんですから。……もし、仲間に引き入れたい者が現れた時は全員で審査をするべし。そういうルールを作ったのは他でもない、サリーさんですし」
「そりゃそうだけどお。あのゴートンに呼びつけられるってのが、マリオンは不満で仕方ないのお!」
「気持ちはわかりますけど、メリーランドタウンの方が王都より近かったから我慢、我慢ですよ」
「ぶううう」
新しい仲間を引き入れる際の面接は、王都からなるべく近い場所で行うというのが暗黙の了解だ。当たり前だが、最終的に王都でサリー達が面談をすることになるからである。王都にいたノエルはともかく、マリオンはさらに北に山一つ越えた町で仕事をしていたのだ。ここまでかなりの長距離を移動させられている。そりゃ、不満もあろうというものではないか。
仕事現場でちょっとだけ使う協力者や、あるいはゴートンが能力で操っている女どもなんかは紹介する必要がない。スキルで操った相手は逆らえないし、その力の強さに関しては自分達の誰もが認めるところであるのだから。
ただ、能力を使わず仲間に引き入れた人間ともなると話が別である。しかも長期的に付き合っていくつもりだからこそ自分達への紹介と認証が必要なのだ。そういう相手には“万が一”のケースがある。ようは、ひょっとしたら敵のスパイかもしれない、という疑惑だ。
自分達が魔王の元部下や仲間に恨まれていることくらい、マリオンも理解しているのである。火事の規模が大きすぎて、魔王城に火をつけてほどなくゾウマとサリーも離脱を余儀なくされた。後方支援に回っていたマリオンたちもだ。ゆえに、何人が森から脱出して逃げ延びたか、何人が犠牲になったのかまったくわかっていないのである。
焼け焦げた城を探索したら死体らしきものは何体か見つかったが、いかんせん火の勢いが強すぎて何人分の死体なのか、老若男女さえも判別できないものばかりだったのだ。女神が“残党がいるせいでヴァリアントの脅威が収まらない”なんて話を持ち出してこなければ、自分達も残党なんかいないのではと思っていたかもしれない。
何にせよ、女神が自分たちにこの手のウソをつく必要があるとも思えない。残党に警戒する理由は、この女神の証言一つに尽きるのだ。二年間、魔王の残党らしき者達に襲撃されるようなことも妨害されるようなことも一切なかった。それゆえ、いまだに“本当に生き残りなんかいるの?”と疑問に持つ気持ちがないわけではないが。
――もし残党がいるなら……何がなんでもマリオン達に近づいて、復讐を果たしたいと願うはず。気を付けるに越したことはないわ。
ゴートンが紹介したい、と言った男、もしくは女がどのような人間か。信用するに値するか否か。見定めるのは、自分達の役目だ。
「もしも、魔王の手下がマリオンたちを懐柔するために近づいてきているっていうのなら。それを見破って、さくっと処分しないと」
「本当に魔王の手下なるものが生き残っているかどうか、それさえ最近は少し怪しくなってきていますけどね。残党狩りを始めて二年になるのに、一向にその手掛かりが見えないじゃないですか」
「何よ、それ以外ないでしょー?でないと、何でヴァリアントが生まれ続けているのかわかんなくなっちゃうじゃん!」
「それはそう、ですけど……でも……」
相変わらず、ノエルはものをはっきり言わない。言いたいことがあるならさっさと喋りなさいよ、とマリオンはどうしてもイライラさせられてしまう。
マリオンがコントロールしたいのにうまく行かない相手――それがこのノエルだった。彼はいつもマリオンが思う通りに動いてくれない。マリオンがやってほしいことをかわいい仕草でおねだりしても、本人が乗り気でないと断ってくることがしばしばある。性格に難ありとはいえ、見た目は茶髪のサラサラ髪に緑目のイケメンである。手に入れて侍らせたらさぞかし爽快だろうと思っていたのに。
――何よ、マリオンのことはそんなに魅力的じゃないっての?あんた、子供が好きなのにマリオンのことはダメなわけ?
彼が訪れる町々で子供に囲まれている光景はよく目にするところである。勇者パーティの中でも、見た目が美しく、かつ一番人当りが良いから人気があるのだろう。特に、子供たちの人気は相当高いと知っている。治癒能力だけが取り柄で、派手な攻撃技なんてものはほとんど持ち合わせていないにも関わらず。
そして子供の人気が高いのは、彼が子供の扱いが上手いからというのもあるのだ。子供が好きなのに、肝心のマリオンにときめかないなんて本当にどうかしていると思う。いつか絶対こいつを落としてメロメロにしてやるんだから!とマリオンは思っていた。
何故そんなことを考えるのに、己が“無条件で惚れられる系”の能力を使わなかったのか。理由は単純明快、能力で強制的に従わせることに魅力を感じなかったからである。
あくまで、そいつの意思で自分に惚れて奴隷になってくれるからこそ意味があるのだ。スキルで無理やり従わせたところでそれは本当の愛ではない。そんなもので、マリオンの乾いた心はけして潤うことなどないのだ。
自分はこの姿と、かわいらしい子供の演技力だけあれば十分なのである。そう、たとえ前世で死んだ時――五十九歳の中年女であったとしても、だ。
――私は、永遠に子供でいたかった。子供でさえいれば、きっとずっと私の世界は平穏で、何もかも満たされていたはずなのに。
小さな頃、久しぶりに一族で生まれた子供だったマリオンはみんなのアイドルも同然の存在だった。親戚のどこに連れていってもマリオンは歓迎され、お祖父ちゃんやそのお祖父ちゃんの兄弟たちからもたらふくお小遣いを貰うことができたのである。
特に、幼い頃流行していた“魔法少女キャンディ”の決め台詞と決めポーズをすると、彼らはみんな手を叩いて喜んでくれた。かわいいかわいいと頭を撫でられ、愛された。マリオンはそれが幸せで、永遠にこの時間が続いてほしいと願っていたのである。
しかし、時は無情にも流れていく。マリオンは少しずつ年を取り、やがて察することになったのだった。幼少期、誰もがかわいいかわいいとほめてくれたのはあくまで久しぶりに生まれた子供であったからであって――つまり親戚の贔屓目であって、本当に見た目がかわいいからではなかったということを。
実際の己は、けして美しい見た目の少女などではなかったらしい。普通顔、ならまだ良かった。しかし、実際はソバカスやニキビも多く、鼻もぺちゃんと潰れ、垂れ目は細く三白眼。さらには分厚い唇に、でっぷりとした頬ときた。あのゴートンの見た目ほどではないが、正直なところ可愛いの真逆と言っても差し支えない見た目であったのだ。
それでも自分はゴートンのように、卑屈になって家に閉じこもったりなどしなかった。仲間内でも、合コンなどでも、ピエロに徹していればそれなりの地位を築けると気づいたからだ。
コメディアンのように振る舞い、時に己の容姿を自虐でネタにする。そういうことをしていれば、他の者達も自分を邪険にしたりなどしない、と。
――でも、本当は……本当は、納得なんてしてなかった。マリオンだって愛されたかった。ピエロじゃなくて、かわいい魔法少女の女の子になりたかったのに。
幼い頃の褒められた記憶が、マリオンには強い執着として残ったのである。
魔法少女になりたい。
魔法少女キャンディのように、ピンクのフリフリのミニスカートの衣装を着て、魔法のステッキを持って。恐ろしい怪人たちを、愛と勇気の魔法の力で撃退していくのだ。そして、救った町の住人達に認められ、愛される。時に、その住人の一人であるイケメンとロマンスなんてものを経験しながら。
わかっている、魔法少女なんてこんなくだらない現実の世界には存在しないということは。
気づけばマリオンは六十手前のおばさんになっていて、恋人いない歴=年齢のまま取り残されていた。学生時代の友人達がみんな結婚していくのを遠巻きに眺めてうらやましがるだけの存在になってしまっていたのだ。
しかも、中年にさしかかった頃から両親の仲が険悪になることが増え始めたのである。マリオンが結婚できないのは誰のせいだと、両親で責任を押し付けあうようになったのだ。
二人のせいではない。何より、年を取った両親にはいつまでも円満でいてほしい。マリオンは二人を笑わせたくて、幼い頃の魔法少女の物真似をした。でも。
『あんたがそんなことばっかりやってるから、結婚できないんでしょ!?』
返ってきたのは、鬼女のような顔をした母親の言葉。もう、自分をかわいいとほめてくれた母はどこにもいない。自分はどう転んでも魔法少女にはなれないのだと、両親を笑顔にできる魔法さえかけられないのだと心から察したのだ。
だから、女神に望んだのである。
幼くてかわいい少女の姿のままだったら、きっと自分の世界はあの幸せな瞬間のまま止まっていた。自分は、かわいくて誰からにも愛される魔法少女になりたい。それに必要な見た目と力が欲しい、と。
敵を倒す力をサリー達が取ったということもあって、マリオンが選んだのは絶対防御のスキルだった。かわいらしい見た目で人々を懐柔しつつ、自分の身だけはスキルで守る。まさに完璧。あとは適当に人々の要求に応え続けていれば、自分は永遠に愛される魔法少女になれる。
――そう、この世界なら。マリオンに思い通りにならないことなんてない!だってマリオンは、正義の魔法少女なんだから!
世界の平和なんて、本音はどうでもいい。
元の、冷たくて暗い世界に帰らずに済むなら。可愛い少女の姿のまま、永遠に己が愛され続けるというのなら。
「絶対、あんたのことも手に入れてやるんだから」
「何か言いましたか、マリオンさん?」
「……なんでもないわ」
たどり着いたのは、メリーランドタウンで一番大きなホテルである。
マリオンの分まで荷物を持ちっぱなしだったノエルは、疲れたように息を吐いたのだった。
「さあ、さっさとチェックインして、ゴートンさんに会いましょう」