<16・Information>
ヴァリアントの出現は、ゴートンがメリーランドタウンに到着してからおおよそ一週間以内。女神からはそのように予測を出されたのだと彼は語った。
『正確な日付と、町のどこで誰、なのかまではわからないと言っていた。ただ、少々規模が大きいから、予め勇者を一人向かわせた上で準備にあたるべきだと思ったらしいぜ』
『正確な日付と対象がわからないから、町の住人をあらかじめ避難させることも難しい……というわけですか』
『ああ。それに、ヴァリアントってのは基本的に生物が突然変異を起こす現象だろ?街中で発生するっつーことは、変異するのは町にいる人間である可能性が高い。避難させた結果、避難した先でそいつが変異するケースも十分にあり得るってことだ。そしたら結局そこで被害が出るだけで本末転倒だろう』
思ったよりも、この男は愚鈍ではない。あらかじめ避難させることができない理由、がちゃんと理解できている。同時に、一応勇者として人々に可能な限り被害を出さない方法というのを考えているようだ。ちょっとだけジルは関心したのだった。
確かに、二年前の魔王との闘い。自分が見た限りでは、一番派手に立ち回っていたのはサリーとゾウマの二人のみである。ゴートンもどこかにいたのかもしれないが、彼も直接アークと対峙したり、魔王城の襲撃に加わっていたわけではないのかもしれない。――実際、あの時サリーはほぼ独断でアークを撃った。引き連れて来たシルタの町の人々と連携が取れていたようにも見えない。作戦を伝えないということはすなわち、予期せぬ被害が出る可能性もあるということ。この男ならそれは避けたがるような気がする――というのはさすがに買いかぶりすぎだろうか。
『どうして、女神様はヴァリアントの発生予測ができるのでしょう?』
一応尋ねてみるジルである。ゴートンは勇者チームの中でも下っ端である。サリー達が知らされている情報が彼には伝わっていないということもあるだろう。無論、直接国中を歩きまわっている分、地域の情報にはゴートンの方が詳しいだろうが。
『ラジスター・アイランドの王族の方々も……ヴァリアントの発生には心を痛めてらっしゃいます。最先端の科学をもってして、ヴァリアントの正体や発生メカニズムを掴もうともう何年も努力されている。にもかかわらず、結果わかっているのは疫病ではなさそうだということだけ。そんなヴァリアントの正体を、女神様はご存じということなのでしょうか?』
『さあな。もし正体を知っているなら、何でその尖兵である俺らに教えてくれねえんだって話だが。それに、何でわざわざ俺ら勇者に討伐をやらせるのか?についても疑問が残る。女神様は全知全能だって話なのに不思議だよな。単純に、発生件数が多すぎて手が回らない可能性もあるっちゃあるが』
まあなんとかなるだろ、と彼はジルの頭をぽんぽんと撫でながら言ったのである。
『魔王はもう倒した。残党どもが逃げ回っているが、そいつらの誰かがヴァリアントを召喚しているって話なんだ。残党をすべて狩りつくせばこの脅威も去る。俺らが絶対、この世界に平和を取り戻してみせるからよ』
間違いなく、善意から出た言葉。ただ、安心するように笑いかけてくるゴートンに、ジルはあいまいに笑うしかできなかったのである。
魔王アークは、元凶などではない。濡れ衣を着せられて、世界の敵として殺されただけなのだ。それなのに、死してなおその汚名が晴れることがない、というのをまざまざと見せつけられるのである。
女神は何を企んでいるのだろう。まさか本当に、アークがすべての元凶だったとでも思い込んでいるのだろうか?あるいは他に、アークと勇者を戦わせたかった理由でもあったのか?
残念ながらそのへんは、女神を直接問い詰めなければわからないだろう。自分たちの最終目標がまた一つ増えてしまった。勇者たちに報復するだけではない、とにかく女神とコンタクトを取って真実を追求しなければ。もし彼女がすべての黒幕だったなら当然、世界の神そのものが復讐対象ということになってくるのだから。
問題は女神を倒す方法があったとして、本当に“倒してしまっても大丈夫なのか”という話ではあるのだが。
「……とりあえず、ゴートンに会って得た情報はこんなかんじだな」
再び地下会議室で、ジルは皆に情報を共有した。
「薬を盛ったせいで依存症の症状が出始めてるみたいだなアイツ。ゴートンと今夜も逢引きしないといけないのが憂鬱だけど、また行ってくるわ。ったく、あいつ一回で何ラウンドやる気なんだっつーの。今までの“相手”よりはるかにマシだけどよ」
「お兄様……」
冗談めかして言ったつもりだったが、逆効果だったらしい。ルチルが苦い表情になって言う。
「ルチルは本当は……お兄様にそういうことをして欲しくありません。いくら情報収集のためとはいえ、心身のご負担が大きすぎます。ルチルが代わることができればいいのに……」
「論外」
彼女の気持ちはわかる。それでもジルは、ぴしゃりと言い放ったのだった。
「ゴートンは女相手なら目を見るだけで魅了することができる能力を持ってる。女に逢引きさせたら、こっちの情報を垂れ流しにするようなもんだ。あいつのチートスキルはマジで強力だからな、いくらルチルでも、能力をかけられたら抵抗できねえよ」
「でも……」
「男の俺ならあいつと寝ても妊娠しないし、男も女も落とせるテクがあるのは俺くらいだしな。……ルチルが妹だからってだけで言ってるんじゃないぜ?餅は餅屋、いい加減理解してくれ」
「…………はい」
ルチルが自分を心配してくれるのは嬉しいが、もはや今更すぎるやり方なのである。潔く割り切って貰うしかない。
それにゴートンは典型的な醜男であるものの、ベッドのの上でのやり方はそこまで強引ではない。というか、恐らく前世では童貞だったのだろう。マニアックなやり方もしてこなかったし、単純に欲を発散してやれば満足してくれるタイプである。以前ジルが相手した男や女の中には、鞭で打ってきたり煙草の火を押し付けてきたりするような奴らもいたのだ。それに比べたら、各段に優しい方だと言える。まあ、ちょっとブツがでかくて苦しかったくらいだ。
「メリーランドタウンのどこかでヴァリアントが発生する。あと五日以内が目安だ。大きな町じゃないが、どこの誰がヴァリアント化するかわからない。……最悪、ここにいる俺たちの誰かがそうなる可能性もゼロじゃない」
よって、とジルは皆を見回して言う。
「作戦パターンをいくつか決めておくから、みんな頭に叩き込んでくれ。一般人がヴァリアント化する可能性が一番高いっちゃ高いが、場合によってはこの中の誰かがそうなるかもしれない。それによって行動を変える」
「ヴァリアント討伐は勇者が任されているんだろ?私たちが手を出す必要があるのか?確かに、町に大きな被害が出るようなら住人を見捨てたくはないが」
地上で居酒屋をやっているバリスターが尤もなことを言う。自分達の主目的を忘れたわけではない。町の人々を助けたい気持ちはあれど、目立つことができる立場にないのもまた事実ではあるのだ。
「わかってる。……今回は、ゴートンのヴァリアント討伐を利用して、あいつの信頼を得ようって作戦だ。ようは、あいつのヴァリアント討伐がうまくいくように仕向けるなり、協力するなりなんなりして一気に信頼させるってわけだからな」
ゴートンと話してはっきりした。
彼は、他の勇者たちとあまり良好な関係が築けていない。パシリにされているのだから当然と言えば当然だろうがそれだけでもないだろう。
ようは、コンプレックスがあるのだ。自分がほかの勇者たちより劣った存在なのではないか、ということに常に怯えている。だからこそ、自分が一番優れた勇者である、というような評価を下した“ジニー”にいい気分になったとというのもあるのだ。
「同時に、いくつか気になっていることも今回の災厄を利用してはっきりさせておこうと思っているんだ」
「気になっているところ?」
「ゴートンの能力は“全てのオンナを己の虜にして操る”っていうものだろう?そして女性相手でなければこの能力には効果がない。にもかかわらず、ゴートンは今まで数多くのヴァリアント討伐を勇者としては単独で成功させている。リーダーであるサリーたちが王都のラミカルシティから動かなくて、代わりにゴートンが手足となって働かされてるからでもあるんだが……」
「……なるほど、確かに不思議ではあるな」
ふむ、と顎に手を当てて言うユリン。
「俺もゴートンと直接会話したが、とても身体能力が高いようには見えなかった。全身贅肉だらけだし、年齢も行っているし、特に魔法に秀でているような様子もない。ヴァリアントが元女性だったなら魅了スキルでどうにかなったかもしれないが、今まで倒したヴァリアントすべてが元女性だったとも考えにくい。それなのに、一体どうやってヴァリアント討伐を成功させてきたのか……ってことだな?」
「ああ」
彼らは自分達が知らない、女神に与えられた特殊スキルがあるのかもしれない。
そうだ、よくよく考えればこの国の王様は世界的にも規模の大きい軍隊を従えている。それなのに、その討伐のほとんどを軍ではなく勇者たちに任せているのも、何か理由があるのではないか。
あるいは、勇者たちだけ知っているヴァリアントに関する情報がまだ何かあるのかもしれない。
「父さんの無実を証明するためにも、ヴァリアントの秘密を探ることは俺達の急務でもある。……この戦いを、その足掛かりとするんだ」