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<13・Communication>

 メリーランドタウンの名産品の一つ、メドチェワイン。

 メドチェブドウを原料にしたこのワインは辛さ控えめでほんのり甘く、すっと鼻に通るようないい香りがするのが特徴だ。メドチェブドウはブドウの中では紫というよりピンクの果肉が特徴で、このワインにも同じ色を残している。毎年、春先から夏にかけて大量に収穫され、しかもワインへの加工も極めて簡単であるために庶民にも安価で手に入るのだ。

 ゴートン達のリーダーであるサリーなどは、貴族と同じ生活をし、同じものを飲み食いすることに拘っている。だから、どれほど美味しくても庶民が手に入るような食べ物やお酒には手を出さない。むしろ、ゴートン自身一度勧めたら、まるでゴミでも見るような眼をされたことがあるほどである。まったく、彼女は人生を損していると思う。

 大酒飲みと言えばゾウマも同じなのだが、彼はああ見えてマメなところがあり、恋人であるサリーの傍以外ではなるべくおおぴらにお酒を飲まないようにしているようだった。よって、彼女が手を出さないタイプのお酒は飲まないしツマミも食べない。

 マリオンに至ってはまだ外見年齢が幼いのでお酒を勧めることはできず、ノエルは完全な下戸。よって、ゴートンは自分の好きなワインを飲みたい時は適当に女を引っかけるか、さもなくば一人で淋しくちみちみと飲むしかないのが実情なのだった。


「これ、好きなんです!」


 だから、新鮮だったのである。メドチェワインを見て目を輝かせてくれる女は。


「といっても……私はそんなにたくさん飲める方じゃなくて、ちょっと嗜む程度、なんですけどね。今年のメドチェワインは凄く甘味が強くて出来が良いと聞きました。雨が多くてメドチェブドウが豊作だったからって。今年はメドチェブドウを使ったケーキやお菓子も大量に出回ってるみたいですしね」

「ほう、詳しいじゃねえか」

「美味しいものに目がないんです。……すみません、はしたなくて」

「いや、いい」


 元々の階級が低いからこそ、美味しくて安いものに詳しいのだろう。そんなに喜んでくれると、こっちも嬉しくなってしまう。こんなことなら、ツマミの一つも用意しておけば良かったと悔やまれる。昨夜チーズを食べきってしまったのに、買い足すのをすっかり忘れてしまったのだ。


「……一つ、訊きたいことがあってな」


 頼めばジニーはあっさりとお酌をしてくれた。二人で乾杯して一杯煽ったところで、尋ねたかったことを口にしてみるゴートンである。


「お前、俺の見た目をどう思う」

「どうって?」

「醜いだろ。……自分で言ってても空しくなるけどな」


 初めて自分を見た時からそうだった。ジニーはゴートンがベッドの上で“役に立つかどうか”を品定めする気配はあったが、ゴートンの顔を見て少しでも眉を顰めたり、嫌がる気配を一切見せなかったのである。悲しいが、男はともかく女達の多くはゴートンの容姿を一目見て嫌悪感を露わにする。むしろそれがゴートンにとっては“信用ならない相手かどうか”を見定める一つの指標にもなっているのだったが。

 彼女は女にしては珍しく、ゴートンの顔に生理的嫌悪を一切示さなかった。それが少々不思議だったのだ。ものすごく感性が変わっているのか、あるいは。


「俺達勇者はな。転生してくる時に……チートスキルだけじゃなくて、好きな容姿を女神様にもらえるんだ。だから仲間達はみんな、美形の容姿を選んで女神様に与えて貰った。でも俺は違う。あえて前世のままの姿にしたんだ。……この姿で、散々苛められてきたのにな。何でだと思う?……見た目だけで人を判断するような連中にうんざりしてたからだ」


 そして、自分のような醜い男に女どもが凌辱されるのを俯瞰で見て、それで現世の鬱憤を晴らしたかったのである。我ながら歪んでいるとは思うが。


「人は中身が大事とか言いながらよ、世間の女どもは結局顔でしかものを見ねえ。少しでも気持ち悪い顔だと思ったら、そいつの本質なんか知ろうともしねえで嫌悪しやがる。本当に最低だと思うぜ。どいつもこいつも口先ばっかり……たまたまフツー以上の見た目で生まれたからって、俺みたいな奴の気持ちなんか考えもしやがらねえ」


 言っていてどんどん暗い気持ちを思い出してくる。ぐい、ともう一杯ワインを煽った。美味いのに、どこか苦味を感じる気がするのは己の感情のせいなのだろうか。


「だからまあ、あんたみたいな綺麗な女なら大抵俺の顔を見た瞬間嫌な顔をするもんなんだが……あんたは珍しくそれっぽい嫌悪がなかったからな。ちょいと不思議だっただけだ。……悪いな、変な話をして」

「……いえ」


 元々はお金目当てで自分に近づいてきたはず、だった(声をかけたのはゴートンの方ではあるが)。しかしジニーはゴートンの話を面倒くさがる様子もなく、お金をさっさとよこせとせびるでもなく、黙って耳を傾けてくれたのだった。そして。


「……実は、私。旅芸人の仲間にも話していないことがあって。ゴートン様にもお伝えしていなかった秘密がいくつかあるんです。それを伝えたら軽蔑されるのではないかと思って黙っておりました。でも……今、ゴートン様のお話を聴いて確信したのです。この方なら、私の秘密を聴いても……私を蔑んだりしないでくださると」

「秘密?」

「私の、此の顔」


 ジニーは己の、まるで白い月のような美しい頬に触れて言う。


「実は、整形……なんです。元々の私の顔は、鏡を見るのが嫌になるほど醜い顔でした」

「……なんだって?」


 あれ?とゴートンは首を傾げる。彼女は幼少期から、旅の一座で歌や踊りを披露して仕事をしていたと言っていなかっただろうか、と。醜い容姿の娘が舞台にそうそう上がれるとは思えなかったが。


「私は旅芸人の子供ですから、親の仕事を引き継ぐ以外に生きていく術などありません。よって……私は子供の頃、舞台に上がる時はいつも仮面を身に着けておりました。幸い歌と楽器だけはそれなりだったのでどうにかなったのです」

「……そうだったのか」

「はい。……ですから、容姿のことで悩んだり、他人に苦しめられてきたゴートン様の気持ち、少しは想像できるつもりなのです」


 信じられない。ゴートンはジニーの顔をまじまじと見つめた。月の光を集めたような美しい銀糸の髪、赤く輝く瞳になめらかな白い肌。睫毛は音を立てそうなほど長く、まるで芸術品のような美しさなのである。これが、人の手で作られた作品だなんてどうして信じられようか。


「う、腕の良い職人がいたもんだな」


 真っ直ぐ見つめれば見つめるほど、その瞳に吸い込まれてこちらが囚われそうになってしまう。思わずドキドキして視線を逸らすゴートン。

 整形だなんてにわかには信じられないが、それでも納得した自分がいるのもまた確かなことだ。彼女は自分が醜い容姿で苦労したり苦しんだことがあるからこそ、同じように醜い自分を差別したり見下すことがなかったのだろうと。


「まったくです。私から明かさないと、誰も整形だなんて気づかないのですから。……でも、私の心はいつも怯えています。整形だと知られたらきっと蔑まれてしまうだろうと。所詮顔も醜い者は、心も醜いのだと……そのように咎められるのではないかと」

「そんなこと、ねえよ」

「ええ。ゴートン様ならきっと、そう仰って下さると思いました。だから私の秘密を明かしたのです」

「……そうかよ」


 純粋に嬉しいと思う自分は、安いだろうか。己が本当は勇敢な男などではないことを、ゴートンは自分で一番よく知っていたのだった。

 だから己を愛してくれない人間のことは、愛したくない。

 己に心を開いてくれない人間に、心を開きたくなんてない。

 近づいて、親しくしたと思ったら距離を取られて傷つく。あるいは理想と現実のギャップに悩まされるなんて、もううんざりでしかなかったのである。だが。

 ジニーは自分から、己の傷を明かしてくれた。ゴートンを信じてくれたのだ。


「……なあ」


 この女と愛し合いたい。肉欲だけではなくそう思ったのは、初めてのことだった。単に性欲を満たすためではなく、心が満たされる行為がしてみたい、と。


「そろそろ抱いていいか」


 ストレートに告げると、ジニーは顔を真っ赤にして――頷いたのである。


「勿論です。しかし、そのためにはもう一つ……貴方様に、明かさなければならない秘密がございます。それをお伝えしたら、ゴートン様は本当に私のことを気持ち悪いと思うかもしれません」

「思うわけあるか」

「何故そんなことが言い切れるのです?」

「お前の心が綺麗だからだ。……言っただろ、俺は人を外見だけで判断するやつが大嫌いなんだ。綺麗な心のお前に、他にどんな秘密があっても……それが曇るわけじゃねえ。見縊るな」

「……ゴートン様……」


 ジニーは泣きそうな顔をして、頭にかぶっていたヴェールを脱いだ。それから、踊り子の衣装の胸元のホックを外す。


「へ?」


 流石に、これは予想外だった。確かに小ぶりな胸だとは思っていたが――まさか露わになった胸が、真っ平らだとは思ってもみなかったからである。

 いくら貧乳でも、乳首の形などには違いがある。この胸は、まさか。


「私は男です」


 怯えた顔で、それでもジニーははっきりとそう告げたのだった。


「それでもこの私に……ゴートン様を教えていただけますか?」


 同性なんぞに興味はない。男同士で睦み合うなどありえない――ゴートンはずっとそう思ってきたし、だからこそチートスキルも女専用に設定したのだ。そのはずだった。でも。

 潤んだ目で自分を見るジニーは、男の体をしていてなお美しかった。思わず、ゴートンの喉が鳴る。


「……ああ」


 下半身と心臓が命ずるまま、ゴートンは頷いてしまっていたのだった。

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