<11・Cajoling>
敵を攻略するために、情報は欠かせない。
なんといっても、不意打ちだったとはいえ絶大な魔力を持っていたはずのアークに一撃で致命傷を与えたような連中である。真正面から戦って勝てるとは、ジルも思っていなかった。
女神が渡したというチートスキルはそれほどまでに強力なのだ。異世界転生でこの世界に着て貰ったお礼なのか、あるいは連れてきてしまったお詫びなのか。女神は彼らに自らが望む容姿と能力を与えている。何の努力もリスクもなく与えられたその能力はまさに無敵に等しく、彼らは望んで得たその力を存分に振るってこの世界を闊歩しているというわけだ。
二年前、勇者達は魔王を倒して英雄になった。そのはずだった。
しかし、実際この世界からヴァリアントの脅威は消えていない。アークが仕掛けたわけではないから当然と言えば当然である。彼らはそれを“魔王城から逃げのびた奴らが、アークの意志を継いで世界征服を成し遂げようとしているから”と町の人々に話すことでなんとか納得させているらしいのである。
それはつまり、こちらが何もせずとも、彼らがこちらの命を狙っているということでもある。幸いにして魔王城の住人達全てが把握されていたわけではないらしく、誰が何人逃げのびたのかまではバレていない様子だ。仲間の一人であるバリスターが堂々と居酒屋をやっていてもまったく問題ないのはつまりそういうことだ。
が、いつまでも隠れおおせるとはジルも思っていない。彼らの中に索敵に特化した能力者がいなかったからなんとかなっているようなものだ。そもそも他の仲間達はともかく、ジルとルチルは二年前の時点でサリーにもシルタの町の者達にも顔を見られてしまっているのである。二年間よく隠れおおせたと思うほどだ。復讐を諦めるわけにはいかない理由は、こちらから仕掛けなければいずれ殺されるからというのもあるのである。
「ゴートンを倒すだけならそんなに難しくないでしょうけど」
二年前、娘を連れて城から逃げることに成功した女性――エリナが言う。そのそばには、エリナに手を繋がれている、九歳になった娘のミユがいる。
「でも、そこからどうするのです?私達の一番の仇である凶弾のサリーと紅蓮のゾウマは、ここから北に五十キロある王都からまったく動かないという話です。国賓級の扱いを受けて、城にほど近いところにある屋敷にこもりっきりだと」
「そこで、贅沢三昧だって。……ミユ達はこんなに苦労してるのに」
ミユが暗い声で母親の言葉を引き継ぐ。そう、ゴートンはハーレム能力さえ掻い潜れば、倒すのはそう難しくはない。問題は、勇者のうちリーダー格の二人が、極めて警備が厳重な豪邸に閉じこもりっぱなしということである。
彼らは王都にヴァリアントが出現したり、それ以外にも外敵の襲撃を受けて王様から出陣要請が来れば屋敷を出ることもあるが――そうでない時はほとんど豪邸に閉じこもって、日がな遊んだりイチャイチャしたりしてばっかりいるのだとか。まあチート能力で強くなったのだから、日頃から鍛錬をする必要もないということなのだろう。彼らの屋敷は非常に目立つので調べるまでもなく場所はわかっているが、あの堅牢な屋敷に突入するのは容易なことではない。常に警備兵が見張っているし、何より門も庭も罠だらけであると聞く。
「そう。標的がゴートンだけだったなら、今夜俺が騙し討ちで殺してしまえばそれでいい。しかし、仮に今夜ゴートンを倒してしまうと、その情報はすぐ王都にいるサリーとゾウマに伝わるだろう。となれば彼らはますます警戒して閉じこもるか、それこそこの町にいるであろう俺達を町ごと焼き討ちしてくることも考えられる」
「か、仮にも勇者でしょう?メリーランドタウンの人達は何も関係ないのに、そこまでするのですか?」
「二年前、罪もない城の仲間が山ほど焼かれて死んだのを忘れたか?町全体が魔王の手下の協力者……奴らがそう思い込んだら、それが奴らの中の真実になる。それくらい残酷なことをしてもなんらおかしくはない」
「……確かに」
無辜の人々を殺すことに躊躇いが出るのは、彼らになんの罪もないのに巻き込んだかもしれないと思ったパターンだけだろう。町全体が敵の手に落ちた、善良な民はもはや一人もいないと彼らが思っていればまったくの別だということだ。
そして証拠など何もなくても、彼らがそうだと思いこめばその通りになってしまう。二年前、自分達は嫌というほどそれを思い知らされているのである。
「よって、今夜俺がやることは……ゴートンを懐柔して、逆に俺達の奴隷にすること。……仲間に引き入れるんじゃない。奴の身も心も落として奴隷に変えてやるんだ。俺とルチルならできる」
ジルは腰につけたポーチから、小さな小瓶を取り出す。それには紫色の液体が並々と注がれている。
一見すると毒々しい色だが、これは他の液体に触れると透明になるという代物だ。しかも無味無臭。ほんの僅かに飲み物に垂らすだけで、充分すぎるほど効果を発揮するものである。
「王都にある奴らの本拠地……つまり、サリーとゾウマが遊んでいる豪邸を攻略する手がかりを、ゴートンから引き出してやる」
地方でヴァリアントが出現した時、退治するために駆り出されるのは主にゴートンで、時々マリオンとノエル。場合によっては王様に自分達の無実を証明する必要がある。同時進行で、ヴァリアントに関する調査を進めることもまた急務に違いなかった。ゴートンが一番ヴァリアントと相対しているし討伐にも成功している。本人のハーレム能力だけでなんとかなるとは思えないのに、ゴートンの討伐成功率は随分と高い。何か、特別な攻略法を知っているのかもしれない。
「万が一の時のために、今夜はホテルの……所定の位置で待機。みんな、よろしく頼む」
「了解」
「わかりました」
「了解だ」
「はい」
仲間達からそれぞれ応、と声がする。まずは今夜。ジルが予定通り、ゴートンを落とせるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。
***
『まあ、こんなにたくさんのお金を?本当にありがとうございます!』
昼。
ゴートンがチップを籠に入れると、踊り子のジニーは嬉しそうに顔を綻ばせた。
『あんた、旅の踊り子なんだってな。じゃあ俺のことも知らないか?世界を救う勇者の一人だって、結構有名なんだけどよ。貪欲のゴートン、それがお前の名前なんだがな』
『ゴートン、さん?』
これみよがしに名乗ってやればジニーは目をまんまるにして言った。
『まさか、貴方が?ゼリント谷で、国の兵隊さんたちを大勢殺したというヴァリアント討伐に貢献されたという……あの?』
『おお、知ってたか』
『ええ。人の噂などはよく耳に入ってくるものですから。でも、顔までは存じ上げませんでした。お会いできて光栄です』
ゴートンは気づいていた。名乗りを上げた途端、ジニーが目の色を変えたことを。勇者はヴァリアント討伐を積極的に請け負う代わりに、王室から莫大な援助金を貰って生活している。討伐に成功すると基本報酬にさらに上乗せされる仕組みだ。お金があるのは至極当然なのである。特に彼女が言ったゼリント谷の件は、国の憲兵たちが大量に襲われて命を落としているあまりにも有名な事件だった。彼らが手をこまねいていたところに、颯爽と現れたゴートンが兵士達を救って見せたことも含めて。
踊り子、と称して実際娼婦で食っているであろう女が金の匂いに敏感でないはずがない。勿論性の匂いにも。案の定、女は品定めするようにゴートンの体を上から下へと眺める。その視線が、ゴートンの股間でばっちりと止まったことにも気が付いていた。
思わずニヤニヤ笑いが止まらなくなる。分厚いズボン越しでも分かるほどに、ゴートンのブツは長大なのだ。今までこの自慢のナニで、どれほどの女達を虜にしてきたかしれない。その道のエキスパートである高級娼婦たちも抱いて来たが、多くがゴートンの能力を使うまでもなく自分の虜になった。貴方の体を知ってしまったら他の男じゃ満足できないわ、なんて言葉を今まで何人に言われたことか。
『興味あるのか?』
ゴートンが告げれば、ジニーははっとしたように顔を逸らせて、何の事でございましょう?と誤魔化してきた。明らかにその頬は赤くなっているわけだったが。
『お前の踊り見てたぜ。腰使いも色気も悪くないが……実はまだまだ修行中なんじゃないかと思ってな』
『……お恥ずかしい。実は、元々は音楽の方で仕事をしていたのです。しかし、楽器が壊れてしまって少し前から踊りを始めました。とはいえ、私の腕はまだまだ未熟……ゴートン様のように、高額の投げ銭を入れて下さる方は少なくて』
『なるほど』
なんとなく納得した。恐らく、新しく楽器を買い直すためのお金がなかったということだろう。それで仕方なく、急場しのぎで踊りを学んで、それを見せることで稼ぐようになったというわけらしい。まだまだ技術が拙いのも納得がいくというものである。
そして、当然踊りだけでは食べていくことができず、その色気と美貌を使って男達を誘い、ベッドに招き入れることで生活費を稼いでいると見た。未経験であるはずもないのに恥じらいが残るのも、それならば筋が通るというものである。
なかなか美味しそうだ、とゴートンは喉を鳴らした。手慣れた熟練の娼婦も勿論美味しいが、まだまだ処女の初々しさを残す女も嫌いではない。むしろ、そういう女を一晩で自分好みの淫乱に落とすのも楽しくて仕方ないのだ。
能力を使ってもいいし、使わなくてもいい。とりあえずやるべきことは。
『なんなら、俺が最高の“踊り”を教えてやろうか?こう見えても……上手いんだぜぇ?』
札をちらつかせて言えば、ジニーは本当ですか、と笑みを浮かべて言った。
『勇者様に手ほどきをして頂けるなんて、本当に光栄でございます。……お約束は、いつ、どこでになさいましょう?』
『今夜、この場所で待ってる。十時以降がいいな』
『かしこまりました』
女は従順に、ゴートンが渡したメモを受け取った。彼女は確実に来るだろう。ゴートンはホテルの最上階の部屋で、時計をちらちら見ながら女を待っているというわけである。これでも自分は紳士。きちんと風呂に入って充分身ぎれいにしてきてはいる。
「楽しみだなぁ……」
十時になるまで、あと五分。