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短編~中編

花見してたら家族全員がTSした件

 性別って、変わるんだ?


 中学校を卒業した俺は、TS(肉体的異性化)した。

 しかも、TSしたのは、俺ひとりじゃない。家族全員だ。


「たけし! あんた、女の子になったからっていつまでも自分のおっぱい揉んでるんじゃありません」

 野太い声のおっさんは、母さんだ。


「たけし。父さん、その気持ちわかるぞ。だが人前で乳を揉むのはいかんな。刺激が強い」

 

 父さんは鼻血を出していた。まさか、息子が乳揉んでる刺激で鼻血出したのか?

 俺はティッシュを鼻につめてあげた。 


「お兄ちゃん見て。あたし、ガチでイケメンなんだけど~!」

 一歳年下の妹は自撮りしまくっている。

「母さーん。あたしと絡み写真撮ってよー。そこの桜の木を背景にしてさ」


 場所は、桜が咲き誇る花見会場。


 ピクニックシートに置かれた折りたたみ式の椅子に座って、爺ちゃんは「わしが婆ちゃんになってもなあ」とマイペースに煎茶を啜っている。

 そして、その隣にはVtuberアバターみたいな半透明のロリ娘がいた。

 

 ロリ娘は、婆ちゃんの若い頃に似てるらしい。

 頭からは角みたいに桜の枝が生えていて、長いピンク髪は綿飴みたいにふわっふわ。

 目はアーモンド型で、碧眼だ。

 なお、このロリ娘、一人称が「わっち」。

 

「爺ちゃんや。わっち、若返りの術は会得しておらなんだ」

「いやいや。婆ちゃんは隣で笑っていてくれるだけで、わしは幸せじゃよ」

「わっち、婆ちゃんではないのじゃが」

  

 爺ちゃんはロリ娘を死んだ婆ちゃんだと思っているが、そのロリ娘は俺たちの家族ではない。

 

 何を隠そう、実は彼女こそが、俺たちをTSさせた犯人なのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 事の始まりは、俺の卒業祝いで家族が花見に集まったことだった。


 順番に紹介しよう。

 母さんは、家庭内のヒエラルキートップだ。強い。

 目から涙を流してるのを見たことがない。

 趣味だか副業だかに精を出していて、家事を放置がちだ。

 

 ずっと仕事が忙しくて、休日は寝てばかりの父さんは、昭和っぽい気質だ。

 男は外で金を稼ぐんだとか女は家事をして子育てするんだとか、そんなことをよく言う。

 

 爺ちゃんはそんな父さんのパソコンを借りてエッチなサイトを見たり、AIイラスト生成が面白いと言って弄ったりしている。

 妹はSNSにエロBL漫画を投稿するのが趣味で、俺によくポーズを取らせる。

 

 そんな家族が集まって、最初は普通にお祝いしてくれていた。

 寿司を食い、フライドチキンで手をべたべたにして、大人たちはワンカップとビールで乾杯して、未成年はオレンジジュースとウーロン茶だ。

 

 そして、酔いがまわった父さんが「こんなことしてる場合じゃなかった」と言い出した。

 

「俺は忙しいんだ。やることがあって、酒飲んで飯食ってのんびりなんてしてられねえんだった」

 

 すると母さんは激怒した。

 

「あんた、普段から忙しい忙しいって家庭を顧みないで。息子が卒業したってのに、水を差すようなこと言って」


 もうね、そこから大喧嘩よ。

 んで、先ほどのロリ娘が登場。

 

 「わっちは桜の精じゃが、おぬしたち、仲が悪いのう」と俺たちに魔法だか術だかをかけたのである。

 

「わっちは家族団らんが好きじゃ。仲良くせい。おぬしたち、見たところ全員が隠し事をしておるな。告白して助け合うがよい。タイムリミットは1時間。それまでに和解できねば、一生TSじゃ」

 

 その時、俺は思ってしまった。


 一生TSでも、いいんじゃね? ……と。


 だってさ、俺、彼女とかいないし。

 成績も平凡で、将来の夢とか特にねえし。

 運動もそんなに好きじゃねえし。


 ……実は可愛いものが好きで、女子のメイクも楽しそうでさ。

 妹のポリッシュを塗ってみたこともあるんだ。

 爪がつやつやですげえ綺麗でさ。

 

 可愛い女子になってモテてみたいって思ったことあるんだよね。

 

 そりゃあ大変なことも多いっていうけど、俺、実は――……なんて、言えないよな。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 みんなが「性別が変わってびっくり」と驚く中、ふと俺は尿意を感じた。自覚した後は、「できるんだろうか」という好奇心と緊張が襲ってきた。

 

「俺、トイレ行ってくる。変な意味じゃなくて、普通に用を足したい」

「あたしも」


 妹が低い男の声を響かせる。違和感あるなぁ。本人は男の声で「あたし」ということについて何も思わないんだろうか。だが、考えてみれば俺も女の声で「俺」と言っている。お互い様か。

 

 妹と一緒に家族の輪を離れて、俺たちはトイレに向かった。


 並んで歩くと、妹の方が背が高い。

 服装は二人揃って帽子をかぶっていて、上がオーバーサイズのパーカー、下がジーンズ。性別が変わった時に服も体の変化に合わせて大きさをちょっと変えたのが、魔法って感じだ。

 

 中学卒業ともなると「世の中って不思議なこととか、ないよなー」って思ってたけど、不思議なことってあるんだなぁ。俺はそれがなんだか嬉しくて、世の中に希望を持てた気がした。

 中身を全部出しちゃって空っぽだと思ってた箱の底に、欲しかった宝物を見つけたみたいな気持ちだ。

 

 そんなことを考えながら歩くうちに、白壁の公衆トイレが見えてくる。

 そこで。

 

「あ、クラスメイトだ。やば」


 妹がそう言って顔を隠した。

 同時に、俺も部活の後輩を見つけてしまった。

 「女になった」なんて、見られたらどんな反応されるだろう。なんて説明したらいいんだろう?

 ……見られたくない!

 

「やべえ。俺さっさとトイレ入るわ」

「お兄ちゃん、入るトイレ、違う。そっち男用。男用じゃないよ」

「うおおお、痴女になるとこだったサンキュー」

 

 教えてもらって女性用トイレに入ると、女しかいねえ。

 あまり下半身を見ないようにして真っ赤になって用を足す。心臓がばくばく言っている。

 謎の興奮だ。鏡に向かって化粧や髪を直しているお姉さんがいる。赤ちゃん連れのママさんがいる。


 個室に入ると、床に血が。


「んぎゃ」

 蛙が潰れたような悲鳴をあげて、別の個室に逃げ込んだ。

 あれは事件……じゃなくて、たぶん先に利用した人の生理の血だ。拭いてってくれー。でも俺が拭くかと聞かれるとなんかやだー。

 

 動揺しているうちに、用は足せた。特に困ることなく、普通に出せた。

 

 俺は女として用を足してしまった――すっきりすると同時に、謎の感動があった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 トイレの外に出ると、妹はまだ出てきていない。

 

 あいつのことだ。中で写真撮ったりしてるんだろうな、自分のアソコとか。喜んで色々試してそうだ……。

 

 ところで、もう20分くらいは経過してる。時間は大丈夫か?

 1時間がタイムリミットだったっけ。俺たちのせいで母さんや父さんが元に戻れなかったら、恨まれそう。


 妹ー?

 大丈夫か、妹ー?

 

 LINEチャットで催促したが、返事がない。

 あいつ、夢中になってそうだ。何に? ナニとかに。


 はらはらしながら待っていると、声がかけられた。

 

「彼女、ひとり? 俺たちあっちでカラオケするんだけど歌っていかない?」


 ナンパだ。大学生ぐらいだろうか。集団だ。

 しかも、ちょっとガラが悪い。酒臭い。酒瓶抱えてる。

 

 びっくりしていると、腕をつかんで「いこうぜ」と誘われる。

 やべえ。これはしっかり断らないと。


「け、け、け、け、け」


 言葉がうまく出てこない。びびってしまっている。

 よく「痴漢にあったら声が出ない」というが、それがちょっとわかったかもしれない。

 

 俺がびびりまくって慌てていると、男性トイレから妹が出てくるのが見えた。

 すっきりした顔だ。お前、本当に幸せそうだな。

 

 不思議なのだが、妹を見た瞬間に、俺の心に勇気が湧いた。力強く、言葉が出た。


「結構です! 俺たち、急いで戻らないと家庭崩壊の危機の真っ最中なんです! すみません!」

 

 タイムリミットまで、あと何分だ?

 

 俺は妹の手を取り、家族のもとへと走り出した。


 急げーーーーー‼


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 息を切らせて戻ると、家族は「心配したよ」「よかった、まだ間に合う」とホッとした顔だった。

 

「時間は、あと10分しかないの。誰から始める?」


 母さんが心配そうに言うと、父さんは「聞いてくれ!」と大声を出した。

 決死の覚悟って感じの声だ。真剣だ。

  

「実は父さんの会社、潰れたんだ」


 父さんは血を吐くように告白した。

 重い告白だ。今にも死にそうな顔で頭を下げる父さんに、俺の息が詰まった。


 忙しそうにしてると思ってたけど、そんなことになってたなんて。

 ぜんぜん、想像もしてなかった。


「すぐに再就職する。家のことを疎かにしているのだから、その分、外で稼がないといけないのに。仕事もままならず、俺はダメなやつだ。本当にすまない……すまない……!」


 俺は胸が締め付けられる思いがして、妹と目を合わせた。妹はスマホでLINEチャットを送ってくる。アイコンタクトを放棄するなよ。

 

 妹:今の世の中って、仕事で悩む大人はめっちゃ多いらしい

 

 妹:理不尽なことがいっぱいで、体も心もすげー疲れて、金を稼ぐってストレスだらけで、一説によると学校は社会に出てストレスまみれになったときのためのストレス耐性をつける訓練場なのだとか

 

 妹:メンタルクリニックとかはストレスが高くなりすぎた人たちの予約でいっぱいで、会社を休む免罪符になる「あなたは疲れていますね、休む必要がありますね」という診断書をみんながほしがって行列をつくるのだとか

 

 妹なりに真剣だ。

 だが、待て妹よ。


 兄:それはわかったが、今父さんが目の前で話してるだろ。スマホいじらないで真剣な顔で聞いてやろうよ。


 妹はスマホを仕舞って、目を合わせてきた。

 そして、軽く顎を引いて目を伏せた。


 まさか、こいつが反省してるのか!? 

 

 現実に驚く俺の耳には、父さんのため息が聞こえてくる。

 

「はあ……」


 父さんは、見るからに疲れていた。なんか、倒れてしまいそうだ。


 心配していると、母さんが父さんの手を握った。

 

「……いいわよあなた。のんびり休んでよ」


 からりとした夏の太陽みたいな笑顔だった。


「母さんね、実は趣味でVtuberしてるの。夏野サンっていうのよ」


「サンちゃん!?」


 それはFPSの腕がよくて大会にも出てる個人Vtuberだ。中学生のはずだけど。

 ってか、俺スパチャしたことあるけど。どゆこと?

 

 俺が母さんに貰った金で母さんにスパチャしてたってこと?


 考え込んでいると、爺ちゃんが告白している。

 

「わしも、実はVtuberアバターをつくっておってな。あれは儲かるのう。わしは老い先短いし、稼ぎは全部やる。ずっと長い間働き詰めだったんじゃ。休むのもいいじゃろ」


 妹はその波に乗った。

 

「あたしのBLエロ同人、実は黒字でさ。コミッションサイトで依頼もきてさ。売上で積み立てNISAしてたら増える、増える。あたし、お金持ってるから学費自分で払えるよ」


 妹、まだ中学生なのにすごくね? 

 え、なにそれ。俺の立場ないじゃん。

 

 と、そこで俺に視線が集まる。

 

 俺は婆ちゃんの形見のブタさん貯金箱に入れた100円玉すら翌日に出して使うような男だぞ。

 金はない。

 ポケットを探ると、卒業祝いに部活の後輩がくれたギフト券があった。

 ケンタッキー・フライド・チキンのチキンが4ピースとポテトセットで引き換えできるやつ。


「……父さん、俺の気持ち」

  

 ギフト券をあげると、父さんは泣いてしまった。

 どういう涙なのかは考えないでおこうかな。なんか自分でも泣きたい。


 もっと言うべきことあるだろ。感謝とか。

 もっと、親孝行なこととかさ……。


「ちょっとぉ。泣かないでよぉ」

 

 そんな父さんにつられて、母さんも涙を流して白いハンカチで目元を拭っている……あれ? 母さんの泣き方、なんか違和感あるな?


 と、そのタイミングで、ロリボイスがした。桜の精だ。

 

「おぬしたち、和解したようでよかったのう」


 桜の精は満足そうだ。

 綿飴みたいなピンク髪をふわふわ揺らして、「メスガキ」って言われそうな生意気そうな表情をして顎をあげている。可愛い。

 

「ということは、俺たちは元に戻るんだなぁ……」


 よかったよかった。一件落着じゃないか。

 と思っていると、みんなが俺と妹を見た。えっ、何?


「まだじゃろ?」


 何かを見透かしたような声だった。

 すると。


「はーい! あたしはイケメンのままがいい!」


 妹は底抜けに明るく、すごいことをカミングアウトし始めた。


「自分をモデルにできるって最強! あたし、ずっとイケメンになりたかった!」


「生理とか女子グループの付き合いとか面倒でさ。試験とか旅行の時に生理になったのが本当に嫌だった。ネットとかで女ってだけで目の仇にしてくる連中もいてさあ。よく女になりたいって男がいるけど、それって一生女で過ごす覚悟あんのかな? あと、夜道で知らない奴に後ろから突撃してきてタックルかまされて押し倒されたことあんの。逃げたけど、本当に怖かった」


「お前、そんなことがあったのか」


 妹がそんな怖い目に遭っていたとは。

 ショックだ。

 

 兄ちゃんもいいなよ、と視線を向けてくる。


 いや、どうだろうなー。今の話聞いちゃうとな。

 さっきナンパされた時、実際、怖かったんだよな……。


 なりたいような、なりたくないような。

 俺の中に心が二つある! 俺の本心は、どっちだろう?

 あっちかな? こっちかな? いや、やっぱあっち?


「お、俺は――――!」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「あ、起きたの」

 

 叫んだところで、目が覚めた。


 俺は男の体で、周囲には家族がいた。

 

 え、今までのって夢?


「兄ちゃん。家庭崩壊の危機なんだけど」

 

 妹がコソコソと耳打ちしてくる。


「えっ」


 俺の耳に、母さんと父さんの喧嘩が聞こえてきた。


「帰るってどういうこと? 時間が惜しいって何よ。大切な家族でしょ。今日ぐらいゆっくりできないの」

「俺は本当に忙しくて余裕がないんだ」


 夢の余韻に引きずられるような気分だ。

 俺は試しに言ってみた。


「夏野サンって母さん?」


 母さんは凄く驚いた様子で目を見開いた。お? ガチ?


「……爺ちゃん。Vtuberのアバターを作って売ってたりする?」


 爺ちゃんは「おお、よく知ってるのう」と言った。おい、これガチだ。

 妹は別にいいや。意外性も何もない。

 

「父さんさ、……会社が潰れて、再就職先を探してたりするか?」

「な……っ! なんでお前が、それを!」

 

 父さんは見るからに図星なようで、よく熟れたトマトみたいに赤くなって、大量の汗を流して俯いた。

 固く握った手が、つらそうだ。


「えっ? あなた? そうなの?」

  

 現実の母さんは、そんな父さんを見てびっくりしている。

 夢の中みたいに大団円にならないかな。だって、母さんも爺さんも、たぶん妹も、夢の中と同じだろ?


 それに、あの夢。

 もっと俺、言いたいことがあったんだ。

 

 俺は父さんにポケットの中のギフト券を見せた。


「俺、好き嫌い激しくて、飯を残したりもしてさ。かと思ったらジャンクフードとか買い食い、衝動的にいっぱいしてさ。バイトもしないでさ、学校もあんまり真面目じゃなくてさ。部活だってみんながやってるからやってるってだけで……でも、その真面目じゃない惰性のことでも、親が稼いだ金を消費してんだよなって思ってさ……」


 だらだらと時間を過ごして、卒業しちゃったなあ。

 桜景色を見ながら、そう思った。

 

 はらりと空から薄紅色の桜の花びらが落ちてくる。綺麗だ。

 

「俺が食ったりする飯も、風呂やトイレで流す水道代も、夜更かししてゲームしてる電気代も、服の金も、学校の金も、全部、俺が稼いだ金じゃなかったから、俺は父さんに『ありがとう』しか言う言葉がないよ」


 降りてきた花びらは、爺ちゃんの隣に置いてあるノートパソコンのキーボードの上に着地した。そこには、爺ちゃんがAIイラストで生成した桜の精がいる。

 

 顔だちは婆ちゃんに似せたというけど、俺には「いや、AIイラストってどれも似た顔だし」としか思えない。でも、爺ちゃんは「これが婆ちゃんだ」と言うのだ。

 

 ……もしかしたら、本当にそうかも。

 あの夢は婆ちゃんが見せてくれて、「仲良くせい」「助け合うがよい」と言ってくれたのかも。

 

 そんな幻想を胸に抱きながら、俺は言葉を続けた。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「このギフト券は、卒業祝いに後輩がくれたんだ。俺、バイトもしてねえから、こんな時に家のために『俺、実は金持ってる。稼げるから大丈夫』って言えなくてさ……これまでの人生で、俺、何も誇れることがない。一銭も生み出せずに金を使うだけの人生だ……」


 ああ、俺が思ってたのはこれだったんだ。

 

「なんてこと言うんだ」

 

 父さんは夢と同じように、ぼろぼろと大粒の涙を流した。

 眉間に、目元に、口元に、深い皺が刻まれている。肌にはシミもある。

 それは、生きてきた年月を感じさせた。

 皺とかシミって、気にする大人が多いけど、俺はなんだかそれが歴戦の証って感じで格好良いと思った。


「子どもは、金の事なんて気にしなくていいんだ。健康で元気にでかくなってくれたらいいんだ。親の心配なんて……」

 

 父さんが声を詰まらせている。

 

 すると、爺ちゃんが父さんの肩を叩いた。

 

「そうじゃぞ。お前もいくつになっても、わしの子じゃ。わしは金もあるし、子どもと孫に頼ってほしいぞ」


 母さんは俺たちを見て、ティッシュで鼻水をすすった。

 あ~~、あの夢、何か違和感あると思ったんだ。

 そうそう、これこれ。母さんは涙より鼻水の女なんだよ。


「ねえ、あなた。いいのよ、お仕事頑張らなくても。私がお金を稼いでいるし、あなたはお家にいて。一緒にいて、なんでもない日常を共有してくれたらいいのよ。家族なんだもの。悩んでたら言ってよ。助け合いましょうよ」


 俺は安心した。

 夢と同じ、助け合える家族だ。

 なんだか目が潤んでしまって、あわてて上を向く。

 

 高い位置でさやさやしてる桜が、楽しそうに見えた。婆ちゃん、喜んでくれているのかな。

 

「……そうそう、あなた。家事はしてね。トイレ掃除とゴミ出しもよ。そうだ。一緒にVtuberする?」

「う、う、うむ」

 

 母さんがグイグイと今後について決めていく。

 大丈夫か父さん。VtuberはやりたくなかったらNOと言ってもいいと思うぞ父さん。

 

「さあさあ、心配はいらないんだから、のんびり花見を楽しもう。たけしも、金を稼いでないとか気にするのはやめなさい。学生なのにお家のためにお金稼ぐって、ヤングケアラーっていうんじゃない? うちは大丈夫なんだから」


「……うん」

  

 はらりと空から薄紅色の桜の花びらが落ちてくる。

 指でつまむと、ひんやりしていて柔らかかった。


 それにしても、あの夢。なんだったんだろう。

 

「俺、あんな夢を見るなんて……おんにゃのこになりたかったんだろうか?」

「兄ちゃん、どうしたの。今すっごい変なこと言ったね?」


 妹がリアクションしてくるので、俺は尋ねてみた。

 

「お前は性転換したいと思うか?」


 ぼんやりと呟くと、家族が俺を心配そうに見ていた。

 妹は「はあ? 何言ってんの。あたしはそんな願望ないけど」と言っていた。

 

「本当か? 嘘ついてないか? 正直に言ってみろ、お前、イケメンになりたいだろ?」

「えっ、何? しつこい。こわっ」

  

 だってあの夢で、あんなに「イケメンになりたい」って言ってたじゃん!?


「だって、だってさあ……」

 

「たけし?」

「たけし、ちょっと落ち着こう。な?」

  

 

 後日、俺と父さんは二人仲良くメンタルクリニックの扉をくぐることになった。


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