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潤わしの瞳  作者: 椎野守
第一章
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中二秋

 学生時代の思い出として、多くの生徒たちが上位にランクインさせるであろうイベント、修学旅行の季節がやってきた。


 世界に(ほこ)る歴史と文化に包まれた古都(こと)幻想的(げんそうてき)な神社や仏閣(ぶっかく)。色付く紅葉の山々。

 大変申し訳ないが、僕の心にそれら日本の美しい情景(じょうけい)を楽しむ余裕は残されていなかった。


 この地で、先人達(せんじんたち)が積み重ねてきた、壮大(そうだい)なる偉業(いぎょう)の数々。

 それらと比較したら、本当にちっぽけなことだと思う。

 比較することさえ(はばか)られるような、些細(ささい)なことかもしれない。


 ただ、当時の僕にとってそれは、世界中で起こるどんな出来事よりも重大で、何事にも勝る、最優先事項(さいゆうせんじこう)であった。

 僕は、知らず知らずのうちに、たった一人の女生徒に、いつの間にか完全に心を奪われてしまっていた。


 それくらい、彼女のことが好きだった。


 彼女は、この頃からクラスでも上位のグループに(ぞく)する感じとなっていった。

 意図的(いとてき)にそういったイケてる者同士でグループを構成しているというよりは、自然と感覚が近しいもの同士が偶然集まっているだけなのだと、そう理解しているし、実際その通りなのだと思う。


 だが、当然そういった集まりと対局(たいきょく)に位置する者としては、見えない壁がそこに存在しているようであり、話し掛けることは勿論(もちろん)、近づくことさえ許されないといった感覚に(おちい)ってしまうのである。


 修学旅行も、彼女の班はそういったグループ構成となっており、遠目に見ても、とても楽しそうにしていたのをよく覚えている。


 なまじクラスが同じということもあり、そういった場面が、嫌でも目に入ってしまう。


 修学旅行といえども、好きなもの同士で班員を構成できるというわけではない。義務教育である以上、仕方ない一面である。


 その時のクラス内の班というか、通常の学校生活を送る上での小集団が、基本となっている。無論(むろん)、生徒の力でその構成をどうこうすることはできず、どうにもならない自然の法則によって、班員は決まってしまうのである。


 ()()()、である。神様は本当に意地悪だ。(ひま)()ぎる。


 楽しいはずの二泊三日は、僕にとって、とても長く感じられた。

 ケガや病気も無く、無事帰宅することができただけでも、幸いであったといえよう。



 そんな修学旅行ではあったけれど、せめて旅行の写真だけでも、という想いにかられていた。


 彼女が写った写真だけでも手元に残れば、良い思い出になるのではないかと考えたのだ。


 学校の掲示板に一斉に張り出された修学旅行の写真を見ながら、彼女のベストショットを見つけだすのに、必死になっていた。


 数多く張り出された写真の中から、僕は、最高の一枚を見つけることに成功した。彼女と、彼女の女友達二人で写ったものである。


 この写真を見つけた瞬間、本気で心を奪われてしまった。


 毎日、同じクラスで現実の彼女を目にしているのに、写真の中の彼女は本当に綺麗で、芸術的と思えるほどだった。

 風が吹いていたせいなのか、片手でそっと髪を押さえるその仕草は、女神のようだった。


 もうとっくに選び終わっているのに、何度もその近くをウロウロしては、横目(よこめ)で繰り返し確認していた。


 写真には番号がふられており、申し込みの封筒に番号を記載し、現金を封入(ふうにゅう)して担任に提出すると、数週間後に配布されるという仕組みになっている。


 僕は悩んでいた。購入するべきか、やめるべきか。


 写真の申し込み番号はたった三桁の数字だ。完璧に脳裏(のうり)に刻み込んである。脳内焼き(いん)といっていい、金輪際(こんりんざい)一生忘れることの出来ないレベルでインプットされている。

 あとは、封筒に、その番号をサラッと出力するだけだ。

 たやすいこと、実に簡単だ。(ふで)万年筆(まんねんひつ)で書く必要もない。その辺に転がっているエンピツで充分だ。


 お金?


 小遣(こづか)い前()り、お年玉前借り、親に土下座でも何でもしてかき集めればいい。そもそも、そんなに高額じゃない。


 問題はそこじゃないのだ。


 写真が届いたとき、もしもクラスの友人に、

「どの写真買った?見せて?」

 などと言われたら、その場でベランダからダイブである。


 担任の先生に、

「この番号の写真、お前写って無いだろ?」

 などと言われたら、翌日から不登校である。


 一歩間違えれば、今後の僕の人生を大きく(ゆが)める原因となりかねないのだ。

 死の可能性さえある。


 それくらい、思春期(ししゅんき)()只中(ただなか)の当時の僕には、彼女のことが好きだということを知られるのが恥ずかしかった。


 迷いに迷い、迷った迷った島倉(しまくら)千代子(ちよこ)ぐらい迷った挙句(あげく)、買うことはできなかった。


 写真は封筒に入った状態でホームルームの時間に担任から配られたが、お互い買った写真を見せあうような状況にはならず、本気で後悔(こうかい)した。

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