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潤わしの瞳  作者: 椎野守
第二章
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中学一年生 初夏

 私と彼の間に、ちょっとした事件が発生した。


 定期的に勃発(ぼっぱつ)していた「指ほっぺ攻防」は、次第に頭脳戦の様相(ようそう)(てい)していた。当初の直球勝負は無くなり、変化球から、消える魔球までもが(とう)じられるようになっていた。


 私は浮かれていたのだと思う。


 もう少し正直な表現をすると、調子に乗っていたのだと思う。

 いや、乗っていたのだ。


 彼に対するちょっかいが、エスカレートしていた。コントロールを失った魔球は、完全にすっぽ抜け、大きく(まと)を外すことになった。


 彼のほっぺを突き刺すはずの指先が、彼のくちびるに接触してしまった。

 私はドキっとして咄嗟(とっさ)に腕を引っ込める。彼もいつになく俊敏(しゅんびん)な動作で元の姿勢に戻っていった。


 通常どおり、授業は継続している。しかし、私と彼を含む半径一メートルくらいの空間だけが、時間が止まってしまったかのような、異様な静寂(せいじゃく)に包まれていた。


 何となく、このまま何もせずにいるのは気まずいと思い、彼の背中をそっと「トントン」とたたいて返事を待つ。

 いつもなら、何かしらの返事があるのに、反応が無かった。

 意図的に返事をしないというパターンの返事があったりするのに、今回は本当に無反応だった。彼なりに、何かしらの返答を返してくれているのかもしれないけれど、それを受け取ることができなかった。


 私は、何か大きな(あやま)ちを犯してしまったのではないかと、そんな不安が湧き上がって来るのを感じていた。

 そうはいっても、本当に些細(ささい)なことのようにも思える。


 ちょっとしたイタズラ心。彼も、別に嫌な思いをしているわけではない。私はそんなに悪いことをしているわけじゃない。

 と、思う。そう思う。そう思っていた。


 けれど、状況は全く異なるけれど、もしかしたら……


 もしかしたら、私も同じことをしてしまっているのではないだろうか?

 あの時、私がされて嫌な思いをしていた、それを私は彼に対して、してしまっているのではないだろうか。


 そう思うと、途端(とたん)に胸がギューっと締め付けられるような気持ちになった。

 もう一度、彼の背中をたたこうと思って手を伸ばしたけれど、直前で手は止まり、それ以上動かすことができなかった。


 時が経てば、何事も無かったかのように、元通りの関係が復元し、再び継続されるようになるかもしれない。


 そんな(あわ)い期待は(むな)しく、何となく気まずい雰囲気が私と彼の間に(ただよ)い続け、ちょっかいを出すなどという空気は、けっして戻ってくることは無かった。


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