中学一年生 初夏
私と彼の間に、ちょっとした事件が発生した。
定期的に勃発していた「指ほっぺ攻防」は、次第に頭脳戦の様相を呈していた。当初の直球勝負は無くなり、変化球から、消える魔球までもが投じられるようになっていた。
私は浮かれていたのだと思う。
もう少し正直な表現をすると、調子に乗っていたのだと思う。
いや、乗っていたのだ。
彼に対するちょっかいが、エスカレートしていた。コントロールを失った魔球は、完全にすっぽ抜け、大きく的を外すことになった。
彼のほっぺを突き刺すはずの指先が、彼のくちびるに接触してしまった。
私はドキっとして咄嗟に腕を引っ込める。彼もいつになく俊敏な動作で元の姿勢に戻っていった。
通常どおり、授業は継続している。しかし、私と彼を含む半径一メートルくらいの空間だけが、時間が止まってしまったかのような、異様な静寂に包まれていた。
何となく、このまま何もせずにいるのは気まずいと思い、彼の背中をそっと「トントン」とたたいて返事を待つ。
いつもなら、何かしらの返事があるのに、反応が無かった。
意図的に返事をしないというパターンの返事があったりするのに、今回は本当に無反応だった。彼なりに、何かしらの返答を返してくれているのかもしれないけれど、それを受け取ることができなかった。
私は、何か大きな過ちを犯してしまったのではないかと、そんな不安が湧き上がって来るのを感じていた。
そうはいっても、本当に些細なことのようにも思える。
ちょっとしたイタズラ心。彼も、別に嫌な思いをしているわけではない。私はそんなに悪いことをしているわけじゃない。
と、思う。そう思う。そう思っていた。
けれど、状況は全く異なるけれど、もしかしたら……
もしかしたら、私も同じことをしてしまっているのではないだろうか?
あの時、私がされて嫌な思いをしていた、それを私は彼に対して、してしまっているのではないだろうか。
そう思うと、途端に胸がギューっと締め付けられるような気持ちになった。
もう一度、彼の背中をたたこうと思って手を伸ばしたけれど、直前で手は止まり、それ以上動かすことができなかった。
時が経てば、何事も無かったかのように、元通りの関係が復元し、再び継続されるようになるかもしれない。
そんな淡い期待は虚しく、何となく気まずい雰囲気が私と彼の間に漂い続け、ちょっかいを出すなどという空気は、けっして戻ってくることは無かった。