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潤わしの瞳  作者: 椎野守
第二章
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中学一年生 梅雨

 教室の後ろに張り出された絵を、美術教師と一緒に見ていた。


 全員が椅子を教室の後ろ側に向けて座っている。「明るい選挙」という題目で、絵を描くという課題があった。不正の無い選挙活動を願うためのものであり、校内で優秀な作品は代表として市や県に提出され、表彰される場合もある。


 私は、絵はそんなに得意では無かったけれど、苦手というわけでもなく、無難な作品を提出していた。


 張り出された作品の中に、一枚だけ異様な雰囲気を(かも)し出している作品があった。絵は一切かかれておらず、「明るい選挙」という文字だけが大きく書かれている。その文字は、印刷機か何かを使って書かれたように整っている。あの作品が、誰の手によるものなのかはわからないけれど、とても目立っていた。


 美術教師の講評(こうひょう)が始まる前から、何となく教室内がざわついた感じになっていた。理由は、あの文字だけの作品のせいだと、雰囲気でわかった。


 美術教師が、順番に絵の感想を述べていく。文字だけの絵の番が来た。


「あの文字だけのは、誰かな?」

「はい」


 恐る恐るといった返事が、私の後ろから聞こえてきた。彼がそっと手を挙げる、衣擦(きぬず)れの音が聞こえてきた。


 予想外の出来事だった。どちらかというと、目立つような事を()けている印象が大きかった彼が、ある意味、挑戦的といえるような作品を提出したのだ。


 美術教師は講評として、字の仕上がりを完璧(かんぺき)に近いと表現したが、全く同感だった。


 (しばら)くの間、私はその「明るい選挙」という文字に釘付(くぎづ)けとなっていた。字の仕上がりもさることながら、私はその彼の予想外の行動に驚いていた。


 美術教師は、字だけではちょっと寂しい的な事を言って、それに対して素直に「はい」と返事を返した一連のやりとりがコントみたいで、教室中が笑いに包まれている。


 私は思わず後ろを振り返り、彼の顔を見た。


 彼は、

(何を驚いているのかな?)

 といった、ちょっとだけ私を小馬鹿にしたような顔をしているように見えた。


 私は意図的に鼻で笑うような、そんな顔をほんの少しだけ彼に向けて、彼の表情に対抗してみせた。


 彼には、私の知らない一面がある。同様に、私にも彼の知らない一面がある。当たり前のことなのに、それがとても可笑(おか)しかった。


 彼が、私の表情についてどのように受け取ったかはわからない。


 私は、ゆっくりとした動作で教室の後ろに向き直り、美術の授業に戻った。


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