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潤わしの瞳  作者: 椎野守
第二章
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中学一年生 春-2

 ある日の休み時間、2つ前の席に座っている「みよっち」が私のところに来て、内緒話をしてきた。


「アイツ、授業中に鼻歌うたってる」


 みよっちは、私の席の前の彼を親指で指差しながら、そう耳打ちしてきた。

「え?そうなの?」

 少し意外だった。

「私、前の席だから聞こえてくるんだよね。小学校のとき同じクラスだったから知ってるけど、絶対そんなことするヤツじゃ無かった」

 みよっちは、おぞましいモノを見てしまったといった表情で、語りかけてくる。

「でも、鼻歌って、悪い気分の時にするものじゃなくて、いい気分の時にするものだから、別にいいんじゃない?」

「でもー、アイツ小さい頃から知ってるけど、なんかイメージじゃないんだよね」

 みよっちは納得いっていないようだ。


 そうか、みよっちは彼を昔から知っているんだ。幼馴染みなのかな?

「じゃあ、どうするの?」

「言ってやる。次にもう一回鼻歌うたったら、キモイって言ってやる」


「キモイ?」


 聞いたことが無い言葉だった。この地方の方言(ほうげん)なのかと思って、みよっちに聞いてみる。

「キモイってどういう意味なの?」

小百合ん(さゆりん)に聞いたんだけど、なんか相手にダメージを与えるには最高の言葉なんだって。よくわかんないけど」


 みよっちは、ガッツポーズを作っている。


「みよっちも意味は知らないのね。私、方言かと思っちゃった」

「そんなことはどうでもいいの。とにかく言ってやるんだから」


 みよっちは、謎の正義感を体中にたぎらせ、鼻息荒く自分の席に戻っていった。


 鼻歌。みよっちの言う通り、確かにそんなイメージではない。何かいいことでもあったのかな?そんな風に、軽く受け止めていた。




 授業中、国語の教科書を席順に読み進めていた。春の陽気もあいまって、居眠りをしてしまいそうな、そんな雰囲気が教室中に(ただよ)っていた。

 その時、前の席から何か聞こえてきた。それはとても小さな音で、メロディーを(かな)でているようだった。


 鼻歌だ、間違いない。


 みよっちの言うとおり、鼻歌を歌っている。後ろの席なのに聞こえてくる。

 私は先生に見つからないように体を横にずらして、みよっちの様子を確認した。みよっちは両手で耳を(ふさ)いだまま、机に顔をうずめて、左右に首を振っている。いわゆる「オーマイゴット」の状態だ。


 鼻歌は、次第にボリュームを上げているように思える。これではさすがに先生に聞こえてしまうかもしれない。


 そう思った私は、彼に気付かせようと肩をトントンとたたいた。たたいた瞬間、鼻歌は止まった。鼻歌を止めることには、成功した。


 だが、当然のように彼は、私を振り返ろうとしてくる。


 このシチュエーション、私は当然のように、人差し指を突き出した。


 ここからは私の想像だけれど、前の席の彼は、私が人差し指を突き出すということを理解したうえで振り向き、意図的にほっぺを突かれているのではないかと考えていた。

 私が彼のほっぺを突き刺しているというより、彼がほっぺで私の指先を押し返しているといった状況だ。完全に正解とまでは言えないけれど、かなり高い確率でそれが真実であるという確信があった。


 そのことが、何だかとっても可笑(おか)しく感じられた私は、思わず不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、フフッっと無意識に小さな笑い声を上げてしまった。


 一見するとこの状況は、イタズラ好きな女生徒が、気になる男子生徒へちょっかいを出しているという、そういったほのぼのとした青春の一ページを切り取ったかのように見えるのではないかと私は思う。


 しかしその真実は、高度な計算によって弾き出された演算結果から生み出される確定された演目を、台本に沿って相互に演じているのだと理解すると、とても高尚(こうしょう)趣向(しゅこう)のように思われた。


 この出来事以来、私と彼の間では、いわゆる約束事としての「指ほっぺ攻防」が、定期的に繰り返されることになった。


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