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潤わしの瞳  作者: 椎野守
第二章
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中学一年生 春

 中学へ入学する頃には、何となく自分自身に対する自信のようなものが芽生えていたように思う。


 他の小学校から来た生徒もたくさんいるので、昔みたいなことを言いだす生徒もいるかもしれないと思うと、多少の不安はあったけれど、これも杞憂(きゆう)に終わった。新しいクラスメートも皆いい人ばかりで、温厚な性格の人が多いように思われた。


 そういった環境が、私の心の中の不安な気持ちや、()まわしい記憶を、洗い流してくれているようだった。この町に越してきて、本当に良かった。いい人が多い。


 特に、最初の席替えで前の席になった男子生徒は、その代表格みたいな感じで、とてもおっとりとした性格だった。少しポッチャリしていて、後ろから見るとクマさんみたいで可愛(かわい)らしかった。


 授業中、何となくそのマルっとした後ろ姿に、イタズラをしてみたくなった。本当にちょっとした出来心というか、安易な気持ちだった。この町や、この学校を(おお)う穏やかな雰囲気、そういった暖かさが、それを許してくれているような気がしていた。


 特別用事があるわけでもないのに、そっと手を伸ばして肩をトントンとたたいてみる。彼はそれに気づいた瞬間、ピクッと反応した。ゆっくりとした動作で、後ろを振り返ろうとしてくる。


 どうしよう、何も用がないのにトントンってしちゃった。


 私は咄嗟(とっさ)に人差し指を伸ばして、彼が振り向くのを阻止(そし)していた。指先に、プニッとしたほっぺの弾力(だんりょく)が伝わってくる。想像以上にふっくらとしたその感触は、(くせ)になりそうだった。


 ふと、彼が正面に向き直り、そのまま反対側から私の方を振り返ろうとしているのが見て取れる。ヤバいと思って、こちらも咄嗟(とっさ)に反対の指先で、逆側のほっぺを突き刺していた。


 はたから見たら、何をやっているのか不可思議(ふかしぎ)な光景だったと思う。私は椅子から若干(じゃっかん)(こし)を浮かせて、彼の両頬(りょうほほ)を、両手人差し指で突っついている。(しばら)くの間、この謎の状態のまま膠着(こうちゃく)した。


 どうしよう、そう思っていると、彼は振り向こうとするのを()め、何事も無かったように元の姿勢に戻っていった。


 授業が終わった休み時間、彼に問われたらどうやって言い訳をしようと考えていたのに、彼はまるでそんな出来事は存在しなかったかのように、何も聞いてこなかった。


 前の席に座る彼は、先にも述べたようにとても温厚な性格に見えた。そういった雰囲気を持った人が多い中でも、特出(とくしゅつ)しているように感じられた。ただ、温厚という表現は、彼を形容(けいよう)する言葉として最適とは思えない部分もあった。


 まだ知り合って間もないので、正確なことは何も言えないのだけれど、同じ中学一年生だというのに、何か達観(たっかん)したような、(さと)りを開いたような、そんな雰囲気を(かも)し出している。


 ともすると、何かをあきらめたような、最初から結果を見据(みす)えて行動しているような、そんな風に受け取れて、それが少し気になった。


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