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潤わしの瞳  作者: 椎野守
第一章
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中二冬-5

 演説会の前日である今日が、ポスター用紙を渡す、締め切り日となっている。


 休み時間、僕は、たった四文字しか書かれていないポスター用紙を、彼女に手渡した。


 持ち歩く際に汚れてしまわないように、ポスター用紙は、学校から支給された大きな封筒へ入れた状態にしてある。なので、その場で仕上がりを見られるということは無かった。


「あんまり上手く書けなかったから、もっといいのがあったらそっちを使って」

 とても照れくさかったので、そう告げるのが精一杯だった。


「ううん、ありがとう」


 彼女は、両手で受け取ったポスター用紙を、そっと胸元に引き寄せ、僕の目を見つめながら、そう答える。


 その瞬間、僕は、彼女と出会ってから今までの間で、一番輝いた彼女を見た気がした。


 買うことのできなかった修学旅行の写真など、あっという間に吹き飛ばしてしまうほどの破壊力。


 僕は、本当に胸が張り裂けそうだった。


 彼女に(さと)られないように、必死に平静を装ってはいたものの、指先やくちびるは、小刻みに震えていた。


 演説会に使用するポスター類は、予備も含めて準備するように言われていることは、知っている。


 生徒会側からの指示で、依頼された生徒が病気などで作成が間に合わなくなった場合に備えてのことである。


 僕が作成したポスター用紙も、当日使用されるといった保障は、どこにも無い。

 それもあって、彼女に渡すときの言葉は、(うそ)(いつわ)りのないものだった。


 実際、彼女は他のクラスメートからも同様に、演説会で使用するポスターやバッジのようなものを受け取っていた。



 その日の夕方、僕は家に帰るなり、ベッドに倒れ込んだ。


 連日の夜更(よふ)かしと徹夜(てつや)による疲労が、想像以上に体に蓄積(ちくせき)されていた。でも、決して嫌な疲労感ではない。むしろ心地よい、今までに味わったことのない感覚だった。


 僕は、気を失うように眠りに引き込まれながら、彼女の依頼を引き受けて、本当に良かったと思っていた。


 僕のポスター用紙は、明日、使われないのかもしれない。


 けれど、たとえそうなったとしても、それは、仕方(しかた)のないこと。


 ただ一つ言えるのは、彼女が、僕のポスター用紙を見て、がっかりするなどということは、絶対にないということ。


 それだけは、絶対に無いと言える。


 ポスター用紙を受け取る彼女から、そう思わせる何かが、伝わってくるような気がしていた。


 僕にできることは、やり()げたと思う。


 明日の演説会、ほんの少しでもいいから、彼女の(ささ)えになれますように。


 彼女が、勇気を持てますように。


 そう、心の中で(いの)りつつ、眠りについた。


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