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短編小説

アルスが市場に買い物に行くだけの話。

作者: フルビルタス太郎

 王都アーズラン。

 アズ・ライート王国の首都であるこの街は、古くからマラカイト大陸に於ける交易の中心地として栄えていて、市場には世界中から集められたさまざまな品物が並べられ、中心地にある繁華街には、国内外から集まった人々が行き交い、活気にあふれていた。

 

――さあ、さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今回ご覧に入れますのはマーガの油……。

――やあやあ、そこのお嬢さん。どうです? このネックレス。これはね、ルービ国の……。

――今なら、この化粧水ッ! ダイ・ヤ・モンド帝国の……。

――エンパック王国産の絵の具だよーッ! 今ならなんと、一スンオ一五ネカーオだッ! しかも、インツ・ジュ・イーゲの画家達御用達のだよーッ!

 

 矢のようにビュンビュン飛び交う客引きの声。そんな中、俺は八百屋に向かって走っていた。まったく、なんで、食料品とそうでないのがごっちゃになっているんだか……。お陰で人は多いし、走りにくいし……。まあ、スリがいないのは嬉しいけど……。

 この国は世界のどの国よりも好景気で社会保障が充実している。全ての国民は医療、学校が無償で利用でき、おまけに納税の義務もない。国に払う金があるとすれば、せいぜい、市場に出店するための保証金や行商人の入国出店金がくらいだ。

 じゃあ、社会保障の財源は何かって話だけど、それはギルネーエという燃料やタール・レ・メアという希少鉱物の輸出によって成り立っている。これらはナーマが枯渇し始め、衰退する魔法に替わる新しい動力に欠かせない物で、非常に高い値で取り引きされていた。たしか、一レバル三五〇ネカーオだったかな?

 とにかく、社会保障の充実によりこの国の犯罪は激減した。まあ、反王制を唱える連中は少なからずいる。ちなみに反王制派は国家反逆罪で死刑だ。

 国王陛下とアルトゲス教大司教の肖像画と《自由で公平なる社会》という国家標語が掲げられた建物の前を通り過ぎる。ふと、

「よお、アルス。今日も親父さんのお使いかい?」

 と、靴屋の親爺が声を掛けてきた。原田直次郎の絵のような強面のオッさんだ。……ところで、原田直次郎って、誰だ?

「違うよ。……今日は母ちゃんの使いだよ」

「ハハ、どっちにしろ見上げたモンだよ。……うちの倅なんて、店手伝わずにそこら辺をほっつき歩いてるんだぜ? まったく、良い年してよぉ……」

 靴屋の親爺はそうぼやいた。

「……じゃあ、俺、もう行くから」

 俺はそう言って、八百屋に向かっていった。

 ゴタゴタとした通りを進んでいく。八百屋は靴屋から少しいった先にあった。

「おっ、アルス。……今日は母ちゃんの使いかい?」

 八百屋の親爺が声を掛けてきた。

「うん、親父が帰ってくるからさ。母ちゃんがジャガイモとトマトを買ってこいって」

 俺がそう言うと、親爺は木兎のように目を細めながら嬉しそうに、

「そうか。ラーガスの奴、帰ってくるのか、」

 と、言った。

「うん。今年分のギルネーエの採掘がひと段落したからだってさ」

 俺はそう言うと、続けて、

「……えっと、ジャガイモが五つとトマトが二つね」

 と、言った。

「へへ、なら、ジャガイモを一個、オマケしといてやるよ。ラーガスの好物だからな」

「本当? ありがとう」

 俺はそう言うと、続けて、

「……それで、いくら?」

 と、言った。

「……ああ、五〇ネカーオでいいよ。……お国のために働いている親父さんへのご祝儀って奴だ」

「ありがと」

 俺はそう言うと、財布から一〇ネカーオ紙幣を五枚取り出して親爺に手渡した。その時、ふと、ある疑問が頭をよぎった。

(……ジャガイモってなんでジャガイモって言うんだ?)

「……ねぇ、ジャガイモってなんでジャガイモっていうの?」

 俺は八百屋の親爺に向かってそう言った。すると、親爺は大袈裟な身振りで額に手を当てると、天を見上げながら、

「かぁーッ! おいおいッ、おいッ! アルスっ、オメェ、いってえどうしちまったんだよッ⁉︎ ええっ、」

 と、言った。驚いたような顔だった。

「な、なんだよ」

「なんだよ、じゃねえよッ! オメェ、ジャガイモはジャガイモだろうがよッ⁉︎」

「わかってるよ。……でもさ、なんでジャガイモって名前なんだよ?」

「なんでって、そりゃ、お前……、神様がそう言ったからに決まってんだろ?」

 親爺はそう言うと、続けて、

「トマトだってそうだしよ。……いや、それだけじゃねぇ、この世界の言葉や語彙は我々の祖先が二千年前に神様から賜った神聖なものなんだぜ?

 学校や教会でそう習ったろ?」

 と、言った。

「ああ、習ったよ。……特別な日に食べる揚げたジャガイモと鶏肉は神様の好物ってことも、な?」

「あと、炭酸水。コイツを忘れちゃいけねえぜ? ちなみに起源はわかる、よな?」

「それも習った。……祭りの日に神様に供えられた物を下げて、それを食べたってのが始まりだろ?」

「……その通りだ」

 親爺はそう言うと軽く笑った。「まっ、何があったかは知らねえけどよ。あんまり、そういう事を大っぴらに言わない方がいいぜ? 憲兵隊やアルトゲス教騎士団の連中にとっつかまっちまうからよ」

「わかってる。反王制派として処刑されたくないしさ、」

 俺は自分の疑問がなんだか馬鹿らしくなってしまい、親爺に向かって、

「じゃあ、行くわ。ありがとな」

 と、言った。ふと、市場が俄に騒がしくなりはじめた。

 しばらくするとドヤドヤと男達がやってきた。じゃらじゃらと金鎖を揺らし、ビロードのマントを靡かせる。腰には金色の剣。

「じ、ジャガイモ警察だぁッ!」

 誰かがそう言った。バタバタと逃げていく男達。

「ポテートッ! 無駄な抵抗はやめなさいッ!」

 ジャガイモ警察の一人がそう叫ぶ。

「壁に手を付けッ! そうだッ!」

「抵抗をしてみろッ! これ、これだぞ?」

 そう言って剣を掲げ、威嚇する。

「これより、この市場で売られているジャガイモの検査を行うッ!」

 年配の男がそう叫ぶ。彼の胸にはジャガイモをあしらった金の飾りが付けられていた。

「……少年、君の荷物を見せなさい」

 若い女性にそう言われ、俺は、やれやれ、厄介なことに巻き込まれたと思いながら袋の中からジャガイモを取り出してみせた。

「うむ、男爵芋か。これが違法ジャガイモだったら大変なことになっていたな。……よろしい、帰りたまえ、」

 女性にそう言われ、俺は帰路に着いた。

【補足】

 アルトゲス教はこの世界唯一の宗教となっています。宗派とかもありません。理由は神様(創造神)がそう決めたからです。

 また、各国の街角には国家元首とアルトゲス教最高指導者である大司教の肖像画が飾られています。理由は自分達の顔を覚えてもらうためです。

 ちなみにアズ・ライート王国の識字率は一〇〇パーセントです。しかし、社会保障が充実しており、体制を批判しなければ自由にしていいので反乱やデモは起きません。(そのかわり、少しでも批判したら憲兵に捕まり、裁判も無しに処刑されます。政治家の悪口も同じく捕まりますが、閣僚以外は強制収容所送りとなっています。ちなみに恩赦はありません)

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