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陛下のお気に入り  作者: 親交の日
第2章 軍隊生活の始まり
27/30

ご褒美と再会

 



 ――――――




 スルツキー大公は忙しいらしく、私が推薦状を受け取ると雑談もそこそこに帰っていった。私に謝意を示し、お礼(推薦状)を渡すためだけにいたらしい。


「ごめんなさいね。お父様がいて驚いたでしょう?」


 カチェリーナさんが申し訳なさそうに謝ってくるが、私は首を振る。


「いえ。大公殿下から直接お褒めの言葉を受けるのは身に余る光栄です。驚いたのは確かですが……大公殿下の、カチェリーナさんへの想いが伝わってきました」


 彼女は大公殿下からとても大切にされているのがよくわかった。


「まあ、ひとり娘だからね」


 跡継ぎなのだからとカチェリーナさんは言うが、私は違うと思う。もし彼女が後継者でなくとも大切にされていたはずだ。あれはそういった打算ではなく、娘を想う親の気持ち――家族愛である。


「そうかしら」


 と言いつつ普段より顔が赤い。照れているようだ。


「わたしにも優しくしてくださいますし、大公殿下はギニー(連合王国)紳士のようですね」


「紳士の国」と呼ばれるギニー連合王国を引き合いに出して褒めるレイラさん。ちなみにルーブル人には陽気な人間が多いとされるが、外国からは「バカ」とも呼ばれている。実際、頭脳より腕っぷしという側面はあるので外れてはいないのだが、事実だからといって聞いていて気持ちいいものではなかった。


 ギニー人は無教養な人間が嫌いらしく、ルーブル人とはソリが合わない。今はマルク帝国に対して共同戦線を張っているが、帝国南方(ギニー連合王国の植民地であるルピー地方)で睨み合っていることから決して仲がいいわけではなかった。


 そんな背景もあり、ルーブル人をギニー人に喩えて褒めるのは一般に受けが悪い。が、スルツキー大公は違った。


「お父様は短期間だけど、ギニー連合王国に留学していたわ。だからかもしれないわね」


 カチェリーナさんが留学したときに影響を受けたのではないか、と推測する。ちゃんと教養を身につけているから、ギニー人に喩えられてもダメージはなかった。


「そうだ」


 話が落ち着いたらところで、カチェリーナさんがポンと手を打つ。


「イワンさんにわたしたちから褒美があります」


「既に頂いていますが?」


 士官学校への推薦状。その推薦者はスルツキー大公に加えて二人の大公女――要するにカチェリーナさんとレイラさんだ。推薦状が三人の褒美(お礼)だと思っていたのだが……。


「それはお父様からのお礼よ。わたしたちは名前を貸しているだけ」


 推薦者が多いほど箔がつくため、大公女二人も名を連ねたらしい。そう聞くとプレッシャーが凄い。


「少し手を貸していただけますか?」


「え? は、はい」


 レイラさんに促され手を出す。すると、左手の指先にチクリと痛みが走る。顔を顰めながら見れば、彼女が小さな針を私の指先に突き立てていた。血が滲み指先で球体になる。レイラさんはそれを胸元にかけていたペンダントに触れさせた。すると、ペンダントが光り血が吸い込まれる。


「登録完了。これで防護壁が展開されていても、イワンさんは入ることができます」


 なるほど。あのペンダントは護符だったのか。


「じゃあわたしも」


 徐に近づいてきたカチェリーナさんが手を伸ばし、私の指をとる。ギュッと圧迫すれば血が滲む。その細腕から想像できる可愛らしい圧力だったが、血を出させるには十分だ。


 レイラさんと同じようにペンダントに埋め込まれた護符に私の血を触れさせる。護符が展開する防護壁に入れるようにするには、こうして相手の血液を登録するのだ。厳密には血ではなく、血に含まれる魔力の波長を登録しているらしい。


「あの……私なんかがこのような待遇を受けてよいのでしょうか?」


 護符の対象外とするのは言うまでもなく、相手に対する絶対の信頼を表す行為だ。それを受けていいものなのか。


「当然よ」


「イワンさんはわたしたちを守ってくださいました。聞けば、相手派閥のサボタージュ依頼も断っていたとか。そのような方に、わたしたちとしても報いないわけにはいきませんから」


 個人としてできる最大限の褒美だという。ここまで言われて断るのも悪いので、ありがたく受けることにした。


「わたしからはもうひとつ。これを」


 そしてカチェリーナさんから追加の褒美が。渡されたのは准尉の階級章だった。ただし、これは領軍のものである。


「手続き上だけど、貴方は国軍からスルツキー大公軍(領軍)へと移籍したわ。准尉はそこでの階級よ」


 つまり士官学校に入る際、私は軍曹ではなく准尉として入校することになるわけだ。学校での階級は一律に士官候補生となるが、元の階級が高い方が校内で箔がつくらしい。


「大公、大公女の後ろ盾がある准尉ですか……。校内では敵なしですね」


 レイラさんがくすくすと笑いながらコメントする。後から聞いた話だと、発案は彼女らしい。彼女も医官になるために学校に入ったが、領軍の准尉かつ大公女として入学。とても丁重に扱われたそうだ。それに準じた扱いになるだろう、とは彼女の談。


 だんだんと大事になってきたなと思いつつ、士官学校という未知の世界に飛び込むにあたってそういう武器があることはとても心強い。ありがたく受け取るとともに、期待に応えて見せるという思いを強くした。




 ――――――




 カチェリーナさんたちに見送られて帝都を去る。列車に乗って向かうはペレヤスラヴリ。そこに士官学校がある。


 ペレヤスラヴリはかつて、スルツキー大公が公国だった時代に覇権を争う国だった。しかし、徐々に衰退してモスコーに取り込まれている。ルーブル帝国が成立するとスルツキー大公領から分離されて皇帝直轄地となっていた。まあ、つまりは田舎である。


 田舎に学校があるのは、第一に用地の問題があるからだ。士官学校は全寮制。ゆえに数百人が授業を受ける教室はもちろん、寝泊りする居住スペースも必要だ。野外演習や射撃ができる訓練スペースも求められることも考えると、都市の郊外に設けるより田舎に作った方が用地の確保が楽なのである。


 第二に娯楽が少ないこと。士官学校はあくまで士官を養成するところ。都市には娯楽が溢れているが、そのすべてが善良なものではない。そんな悪影響を受けないよう、田舎に設けられているのである。ペレヤスラヴリにも娯楽はあり、休日の休暇を使えば楽しめなくもない。ただ、夕方には帰らないと門限に間に合わないため、夜の悪い影響はほぼないそうだ。


「いくら大公殿下、大公女殿下のご推薦とはいえ、そういう規則を破られるとこちらとしても処分せざるを得ないので、くれぐれもお気をつけください」


 丁寧な説明をしてくれたのは、士官学校の校長(少将)。到着した当初は門番に誰だこいつ、みたいな扱いをされたのだが、カチェリーナさんたちの推薦状を見せるや態度が一変する。教頭が出迎えに来て、応接間に通されるや校長ともども平身低頭。権力って凄い、と改めて思った。


 一方で発言の裏も私は察していた。大公、大公女の看板背負っているんだから、規則に違反すると彼ら彼女らの名誉も傷つけることになる、という警告だ。もっとも、私は先に挙げられた「娯楽」に微塵も興味がないので、後は学校生活で規則に背かなければ問題ない。


 説明が終わると校舎を案内される。教室が集まった本校舎、集会を行う講堂が縦に並び、横には広大な演習場が広がっていた。ここでは体育のほか、行軍訓練に実弾射撃まで行うらしい。


 そうした学校機能を備えたスペースの横に、これまたでかでかとした施設が拵えられている。ここが生徒たちが生活する寮スペースらしい。「H」型になっており、左右三階建てになっている棟を、平屋建ての棟が繋いでいる。三階建ての棟が宿舎で、平屋建ての棟が食堂らしい。


 宿舎は基本、二人ひと部屋の共同生活。ただし、公爵以上の貴族子弟はひとり部屋となる。使用人がついてくるため実際にはひとりではないのだが。……高位貴族に生活能力を求めてはいけない。着替えくらいならともかく、洗濯や掃除など彼ら彼女らはやったことなどまずないのだから。


 私は当然二人部屋……と思っていたのだが、大公殿下たちの推薦を受けたことで学校側が忖度した結果、ひとり部屋が与えられた。


「生徒数が偶数なのでいずれにせよひとり部屋になりますし、生徒の関係性も固まっているので」


 との学校側の厚意……かと思いきや、別の事情もあった。大公からの推薦状は私に渡されたものとは別にもう一通あったらしい。そこで私を士官学校の生徒兼武術教官に推薦するものらしい。


「教官!? 私がですか?」


 とても務まらないと思ったのだが、学校は問題なしと判断した。


「実戦経験があり、勲章も受けている。その上、精鋭とされる近衛部隊にいたのだから、生徒からも文句は出ないでしょう」


 戦争が続いた影響で教官の年齢が低下しているらしく、生徒とほぼ変わらなくなっているそうだ。そのため、両者の差別化は実戦経験や戦功で行われる。勲章は戦功のわかりやすい指標というわけだ。


 とにかく下級士官は損耗が激しく、教官として着任しても前線の欠員補充のためすぐに転任するらしい。ゆえに慢性的な教官不足になっていたという。そんななかで私は、半分学生とはいえ教官として充分なのだそうだ。


「最初は授業を受けて学校の空気を掴んでください。生徒に対して授業をするのは少し後からで」


「はあ。わかりました」


 とは言ったものの、こんな特異な立場にいて馴染めるのだろうか。一抹の不安があったが、次の日に教室に顔を出すとそんなものは吹き飛んだ。


「ああーっ!」


 教室に入ってきた私を指差し大声を上げる銀髪赤眼貧乳女――エレオノーラと思わぬ再会を果たしたからだ。







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