再び諸侯会議
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定例の諸侯会議。会議室で大公たちが集まったのだが、明暗がくっきりと分かれていた。
消沈するヴィクトルたち継戦派。
ニタニタと憎たらしい笑みを浮かべてそれを眺めるセルゲイたち講和派。
こうなったのはヴィクトルの主導した反攻が失敗に終わったためである。戦線は大きく後退し、ついにはキーイが陥落してしまった。拠点を失ったヴィクトルは求心力を下げている。それを見逃すセルゲイではない。
「無謀な戦いを試みて負けたばかりか、帝国の重要な穀倉地帯を失うとは。その責任は重いぞ!」
とヴィクトルを糾弾。周りも同調し、セルゲイは政治の主導権を完全に握った。それから諸々の根回しをした上でこの会議に臨んでいる。
「揃ったようなので、今後の国政についての会議を始めます。進行は若輩ながらマルティン・ブリノフが務めさせていただきます」
政治の主導権が移ったことにより、会議の進行も講和派のマルティンが行なっている。セルゲイでないのは、彼がこれからやろうとしていることに関係していた。
「少しいいか?」
「どうされましたか、スルツキー大公?」
「外交はブリノフ大公の領分だが、マルク帝国との講和交渉がどうなっているのかの報告をしてほしい」
「わかりました――」
セルゲイの求めに従い、講和の進捗が報告される。基本的な内容は変わっていないが、新たな占領地の割譲が追加されたそうだ。あとは莫大な賠償金。まあ妥当なところである。問題は新たな占領地であった。
マルク帝国は交渉が遅々として進まない状況――原因は主導権を握っていたヴィクトルが領土の割譲、賠償金なしの白紙講和を主張していたこと――に痺れを切らして攻撃を再開。反攻の失敗と士気の低下により脱走兵が激増していたために半壊していたルーブル帝国軍はまともに抵抗できず、占領地を拡大されてしまった。
これでキーイが陥落したことは既に述べたが、同時にグレプも占領されている。これまでの交渉では割譲範囲に入っていなかったが、今回の件を受けて割譲要求のなかに入ってしまった。それもこれも、ヴィクトルが抵抗を主張したからである。マルティンは私怨も込めて、非難がましく報告した。
「若造め……」
ヴィクトルは同じ根無草のくせに意気揚々と自分を非難するマルティンに毒づく。彼は早くに父親を失い若くして大公になっていることから、影では「若造」とバカにされていた。
「ふむ。このような事態になった責任は重いな」
セルゲイは報告を聞き、由々しき事態だと白々しいことを言う。が、その場にいた多くの人間がそうだそうだ、と同調した。事はセルゲイが描いたシナリオ通りに進んでいる。ヴィクトルはその様を苦々しく眺めることしかできない。
「このような事態を招いたガルーシン、ヴォローニン、ボイツェフの三大公は責任をとって勇退すべきだろう」
「なっ!?」
だが、さすがのヴィクトルも大公位を退くということに話が及ぶと驚愕する。事前に糾弾されるという情報は掴んでいたが、これは予想外であった。
一気に騒つく室内。ヴィクトル派の官僚は場の流れを理解し、保身のためにセルゲイの糾弾に乗っていた。というか、セルゲイ派よりも強く糾弾している。事前に、セルゲイからそうすれば不問にすると聞かされていたからだ。ヴィクトルからも逆らわず、捲土重来を期すよう言われていた。しかし、親分の身分が剥奪されるとは聞いていない。それも当然で、こちらはセルゲイが自分の派閥内でごく一部にしか知られないよう慎重に動いていたのだから。
「大公位は皇帝陛下より名乗ることを許される。剥奪も皇帝陛下にしかできん!」
大公は皇帝の直系縁者のみに許された称号であるが、これに都市の名前が冠されるとさらに特別な意味を持つ。こちらはルーブル帝国における重要都市の支配を任された大公で、普通の大公と異なり世襲が許されている。帝国の支配者である皇帝といえど気を遣わなければならない。ゆえに「七大公」などと呼ばれているのだ。
一応、代替わりにあたっては皇帝が勅許しており、これで上下関係の確認はされている。時勢によって逆転し得る性格のものではあったが。
何にせよ、建前では「七大公」といえど皇帝の勅許がなければ名乗れない。剥奪もまた同じ。しかし今現在、皇帝は空位となっている。ゆえに自分の地位を揺るがすことはできない、というのがヴィクトルの主張だ。
「そうだ!」
「越権行為だぞ!」
勇退の対象となったネストル、ゲラシムの二人も同調する。
「たしかに皇帝陛下の勅許がなければならない。しかし、それを言えばそもそも皇帝位が空位の今、我々が国政を行っているのも越権行為なのでは?」
「「「……」」」
ヴィクトルたちは沈黙する。なるほど、十年ほど前に施行されたルーブル帝国国家基本法(憲法)には七大公による合議制など定められていない。ヴィクトルは法を盾にするつもりが、肝心の盾に防御力はなかったというわけだ。
既に憲法違反をして国政をやっているのだからそれを持ち出すことはできない。法の秩序や皇帝権力がなくなった結果、残ったのは己の実力によってすべてが決まるという無慈悲な理だった。
つまりは、負けた奴が悪い。
セルゲイはそう言っているのである。
「いやはや、スルツキー大公の仰る通り」
革命起こして皇帝を退位させておいて今更だけど、この人凄いこと言うなぁ、と周りが思い静まり返る室内のなかでその声はよく響いた。
「……シードル」
声の主を見てヴィクトルはその名を呟く。
シードル・ガルーシン。
その姓から察せられるように、ヴィクトルの血縁者(異母弟)である。
「貴様、何をしに来た?」
「兄上が大公位を退かれるとのことで、スルツキー大公に呼ばれました」
ヴィクトルに子どもはいる。しかし、子どもに継がせれば後見人としてヴィクトルの影響力は残ってしまう。セルゲイはそれを排除しようと、シードルを呼んだのである。彼はヴィクトルと継承のときに揉めており(ヴィクトルは先妻の子、シードルは後妻の子)、確執は現在も続いていた。そんな彼がヴィクトルの介入を許すはずがない。
「認めんぞ!」
「認める認めない以前に、貴殿には謹慎してもらう。……とある情報によれば、貴殿はマルク帝国と通じて先の無謀な戦いを挑んだというではないか。その件について、しっかり取り調べさせてもらう」
言いがかりも甚だしいが、正論でセルゲイは止まらない。正論に対しては権力が飛んでくるからだ。この場において最早ひとり勝ちといった状況で、止められる者がいない。
結局、ヴィクトルたちは拘束されて牢獄へ送られた。これでセルゲイが権力を掌握し、ルーブル帝国はマルク帝国以下の同盟軍に対しての講和交渉を本格化させる。
しかし、セルゲイの動きはあまりに急すぎた。未だヴィクトル派閥は残っており、その掌握も済んでいない。そのため、牢獄のヴィクトルを彼のシンパが解放してしまった。
「こうしてはおれん」
牢を出たヴィクトルたちはそれぞれの領地に戻り潜伏する。報せを聞いたセルゲイはその追捕を命じるのだった。




