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陛下のお気に入り  作者: 親交の日
第2章 軍隊生活の始まり
19/30

一寸先は闇

 



 ――――――




 新司令官が戦力温存、専守防衛の方針を打ち出したことで戦闘は沈静化した。敵も戦いが続いて消耗したのか、最近は大人しい。


 そんなわけで、歩兵は塹壕に籠もる日々を送っている。相変わらず逃亡者が出ているが、攻撃を続けていたときよりは減った。


 従軍した今も故郷の両親やルフィナ、モスコーのニーナさんとは手紙の遣り取りをしている。それによると、最近は食糧不足に悩まされているらしい。特にお店をやっているニーナさんへの影響は大きく、いくつかのメニューは作れなくなったそうだ。貧困層では食べられない者も増えてきているという。


 市中では食糧が不足しているが、軍はそうでもない。味は劣るし、補給が来ずに食べられないこともあるが一応、それなりの量は届く。逃げて追われるなか食べられるかもわからないような生活をするよりも、戦いがない間は軍に居続けようということらしい。


 歩兵は塹壕を掘る日々を送る一方、私のような騎兵は変わらずあちこちを走り回っている。戦いはなくとも部隊間の通信連絡に周辺の警戒監視、さらには敵情偵察と足の速い騎兵は何かと便利屋扱いされるのだ。口が悪い者はもっとストレートに、他にやることないんだから働け、と言う。酷い言い草だ。


「くそッ。歩兵の奴ら、オレたちを馬鹿にしやがって!」


「戦場で戦わないのはあいつらなのに偉そうに」


 将校たちが歩兵への恨み節を口にしている。こういう対立は特に将校の間で根強く、こうして仲間うちで愚痴を言っているのを聞く。特に騎兵は時代遅れの兵科などと揶揄されることも多いようで、酒を飲みながら愚痴を言い合っていた。


 他の兵科からあれこれ言われてはいるが、色々な任務を担っているのは我々だ。寄せ集めの歩兵なんかと違い、騎兵や砲兵はきっちり訓練されている。統制もとれており、数が多いから威張っている奴とは違うのだと部内で言っていた。


 実際、近頃問題になっている脱走者を出しているのはほぼ歩兵だ。次に砲兵だが、これも砲弾を運ぶなどの雑用をこなす徴収兵。砲を操作する兵士で逃げ出す者は皆無だ。最後に騎兵である。


 ある日の朝。上官の召集で集められると、部隊に偵察任務が与えられたと告げられた。何でも、北ではマルク帝国軍の攻撃が活発化しており、南部も続くのではないかと司令官が憂慮したそうだ。それで敵情偵察が命じられたのである。


「進発!」


 準備を整え、仲間たちと陣地を出る。馬を軽く走らせながら前線付近まで進出すると、一旦停止。ここから分隊ごとに別れて行動するので、範囲を割り当てる。いつ敵と遭遇してもおかしくないので、適当に動き回っていると不意に会ったとき同士討ちしかねない。その危険性を減らすため、予め範囲を決めておくのだ。


 捜索範囲が決まると、部隊は散る。後はそれぞれが既に判明している陣地の状況、新たな陣地はないかなどを確かめていく。航空機での偵察も行われるが、それだけではよくわからないこともある。以前、航空偵察で安全だとされた場所に敵陣地があり、大損害を受けたことがあったらしい。なので今は航空偵察で概要をざっくりと掴み、細かなことは騎兵などが陸上から偵察することになった。


 アガフォンがいなくなってから部隊でよく話す人間はいなくなった。時々雑談に混じったりはするが、ほば事務的な会話のみである。行軍時も黙々と馬を歩ませていた。その横では仲のいい者同士で雑談をしている。最近はそれを聞いて暇を潰していた。


「なあ、聞いたか? 中部戦線の話」


「ああ。かなり押し込まれたらしいな。キーイの穀倉地帯に近づいているとか」


「青海でもクルシュ帝国の艦隊が暴れているらしいから、オレたちも危ないかもな」


 兵士たちは無事に国に帰れるのかを心配していた。最近のルーブル帝国軍は明らかに弱体化している。理由はとても単純で、兵士に戦う気がないから。


 長く続く戦争に人々は飽きている。戦う度に甚大な被害を出し、さらには負けてばかり。何のために戦っているのかわからない。退位した皇帝はディナール王国の保護のためというが、そんなことをしても私たち庶民に何の得があるのか。士気が上がらないのも当然といえた。


 軍はあくまでも戦いを続けるつもりらしく、先の敗北も壊滅した部隊を美談にして称賛するとともに「見本」としていた。が、真相はこうである。


 壊滅した部隊はキーイ出身の兵士で構成されており、戦線を突破されると自分たちの故郷が蹂躙されてしまう。それを阻止すべく、最後の最期まで戦い抜いたのだ。


 敵がキーイに雪崩れ込むと私たちは敵に囲まれてしまう。一応、青海に面しており、そこにはケルソンを拠点とする味方の海軍がいる。彼らの援護の下で船に乗って脱出できなくもないが、最近はクルシュ帝国の海軍の活動が活発だ。特に、マルク帝国から購入した戦艦に手を焼き、海運も滞りがちだとか。安全性は期待できず、できれば陸路で帰りたいところである。


「前はリーラ王国海軍にコテンパンにされてたのに、クルシュ帝国海軍は成長したな」


「いや、マルク帝国の船が優秀なだけだろう」


 クルシュ帝国は「瀕死の病人」と揶揄されている。近代化ではルーブル帝国も決して先行しているわけではないが、遅々として進まないクルシュ帝国よりはマシだ。両国の間で起きた戦争も、ルーブル帝国が勝利している。そんな背景もあり、ルーブル帝国の人間はクルシュ帝国の人間を見下していた。


 他方、近代化を推し進めてフラン共和国を撃破。世界一の大国であるギニー連合王国に国力で迫らんとするマルク帝国のことは極端に恐れている。ゆえに、自分たちの苦戦をマルク帝国の技術で説明していた。


「そうそう。マルク帝国海軍といえば、ウィンランド湾の入江にある要塞島を陥落させたそうだ」


「これだと帝都も危ないな」


 世界最大の海軍国家であるギニー連合王国。かの国で造られた新型戦艦は海軍に革命を起こした。従来の戦艦は艦齢にかかわらず旧式化し、新型戦艦の建艦競争が開幕する。


 そのレースでトップを争ったのが、ギニー連合王国とマルク帝国だった。互いに国家財政が傾くほどの戦艦を建造し続け、海の覇権を争っている。両国に隣接するフラン共和国、リーラ王国、クローネ連合帝国などもこれに加わる。神州帝国との戦争で主力海軍が壊滅してしまった我がルーブル帝国も、新戦艦を造り艦隊再建を行っていた。


 一連のレースは新聞でセンセーショナルに報じられている。その多くはマルク帝国の海軍増強に対抗しなくていいのか、という論調だった。特に帝都はウィンランド湾に面しており、海軍がなければ防衛も難しい。再建を急がなければならない、と煽り立てていた。


 新聞の警鐘が活きたのかはともかく、建艦競争に遅れてはならないと海軍再建計画は動き始める。しかし、未だに我が方が圧倒的に劣勢だ。新戦艦は敵が十四隻に対してこちらは四隻。旧式戦艦を含めても半分以下である。これでは戦いにならない。


 戦力差があるなかでも帝都を守るべく知恵を巡らせた結果、ルーブル帝国軍はウィンランド湾口にある島々に目をつけた。そこは旧来から海から帝都へ迫る敵を阻むべく要塞化されており、「要塞島」と呼ばれる。そこを強化し、周辺を決戦の地と定めていたらしい。


 だが、決戦をすることなく島は陥落してしまった。完全な奇襲攻撃で、態勢を整える暇もなかったようだ。


 雑談の中心にいるのは軍高官を父親に持つ士官のようで、末端の兵士では知り得ない情報をペラペラと話す。騎兵は連絡任務もあり、他の兵科と比べて情報には詳しいが、それでも初耳なことばかりだった。


「ん?」


 なるほど、と内心で頷いていると、視界の端で何かが動いた気がした。ほぼ同時に、先頭を進む兵士からお喋りは終わりだ、と警告が飛ぶ。


「何があった?」


「敵陣地だ。奴ら、前進してやがる」


 事前の情報では敵がいないとされていた地域である。そこに忽然と現れた敵陣地。警戒せずにはいられない。


「敵に見つからないよう気をつけながら周辺を偵察しよう」


「「「了解」」」


 命令に従い周辺を見て回る。敵は油断しているのか、それともただの偶然か、ともかくこちらに気づいた様子はない。張り合いがないな、と思っていたときだった。


「っ!?」


 足下で爆音。それを知覚すると同時に身体が吹き飛ばされた。


「イワン!?」


「地雷だ! 周辺警戒! イワンを回収し次第、離脱する!」


 宙を舞う間に慌ただしく動く仲間たちが見えたが、落下の衝撃で私は気を失ってしまうのだった。






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