諸侯会議
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皇帝退位後の帝都にて。
宮殿の会議室で、煌びやかな衣装を身に纏った男たちが円卓を囲んでいた。衣装で、そして雰囲気で高貴な人間だとわかる。
セルゲイ・スルツキー。ルーブル帝国の中心都市モスコーを支配するスルツキー大公。経済規模では皇帝家に引けを取らず、権威も比肩するといわれている。
マルティン・ブリノフ。帝国北西部にあり、西方諸国との玄関口となる都市グレプを支配するブリノフ大公だ。外交に明るく、帝国の外交を担う重要人物である。
ヴィクトル・ガールシン。帝国南西部の穀倉地帯にある都市キーイを支配するガールシン大公。帝国人でキーイ地方の作物を食べたことがない人はいないといわれる。帝国の食糧生産における重要地点を支配するため、皇帝家やスルツキー大公家と並び称される。
ネストル・ボイツェフ。帝国の南部にある内海、青海の港湾都市ケルソンを支配するボイツェフ大公。青海の防衛を担い、一族縁者は海軍に人材を多く輩出している。
チェレンチー・クリノフ。帝国南部の都市ヴォルゴを支配するクリノフ大公。ボイツェフ大公は南の海を担任するのに対して、クリノフ大公は陸を担任する
ゲラシム・ヴォローニン。帝国東部の都市ヴラジを支配するヴォローニン大公。帝国は東部への拡大を続けており、その先鋒を担う武闘派だ。しかし、新興国にすぎない神州帝国との戦争に敗れたことから権威を落としている。
以上の六名が円卓に座っている。彼らの称号である大公は皇帝の直系縁者のみに許されるものだ。
他に帝都ピエタリを支配するピエタリ大公エドアルトがいる。七大公といわれているが、ピエタリの大公は皇帝が兼ねるために「大公」を名乗っているのは六名のみ。前皇帝であるエドアルトはセルゲイら大公たちによって幽閉されていた。
部屋にはその他に高級官僚が詰めている。こちらも多くが高貴な雰囲気を纏っていた。その大半が着席している人物の縁戚なのだから当然といえる。
官僚は大公の子ども、妻の実家(高級貴族)、娘婿といったように血縁者で固められており、この国が身分制社会であることをよく表していた。
「それでは、同盟軍に対する対応についての協議を始める。進行はヴィクトル・ガルーシンが務めさせてもらう」
この会議は皇帝を追った者たちの意思疎通、調整機関であった。しかし、エドアルトが後継ぎとして指名したセルゲイが即位を断ったことから、現在は空位の皇帝位に代わる存在となり、国政の最高意志決定期間となっている。
会議の議長はクーデターを主導したヴィクトルが務めていた。皇帝から後継者指名されたセルゲイが務めてもよかったのだが、彼らも一枚岩ではない。意見の食い違いから、多数派のトップであるヴィクトルが議長となった。
その意見の食い違いとは、現在起きている戦争について。早い話が、マルク帝国と講和すべきか否かということである。セルゲイとマルティンが講和派、ヴィクトルとゲラシムが継戦派だ。残り二人は様子見。どちらに転んでも経済、軍事、政治的に影響は少ないためである。彼らを自派に取り込もうと双方が工作を行っているが上手くいっていない。
国政を司ることから議題は数多とあるが、基本は右から左へと流れていく。既に官僚や貴族の間で調整を終え、承認を待つばかりのものだからだ。
しかし、最後の議題となると話が変わる。これまでの和やかな雰囲気から、突如として張り詰めた空気になるのだ。
「敵はグレプの目の前に迫っている。これ以上は看過できん」
マルク帝国軍が自領まで迫っているマルティンが講和を主張する。それに対して、
「このままでは終われませんよ」
とヴィクトルが即座に反対した。
彼が反対するのは、単に負けるのが嫌だからという理由ではない。実はクーデター前、会議のメンバーは水面下でマルク帝国と接触していた。目的は講和交渉である。マルク帝国は東西に戦線を抱えており、押される度に軍が東西に振り向けられて負担になっていた。そんな状況でルーブル帝国からの講和要請は渡りに船。すぐに飛びついた。
かくして交渉の席には双方ともついたわけだが、問題はここからだった。
ルーブル帝国としては敗北を認めるのは問題ない。神州帝国、そしてマルク帝国と立て続けの敗戦の責任を皇帝に押し付け、退位させる理由になるからだ。そういう見せしめがいることで、国民も次の統治者を迎え入れるだろう、という考えもある。できるなら、寛大な講和を求めたい。
一方、マルク帝国はルーブル帝国からできるだけ利益を得たいと考えていた。というのは、西部戦線への侵攻プランが頓挫し、戦況は容易に打開できていない。戦争によって国内も疲弊しており、講和してもいいのではと思っていた。
しかし、このまま講和したのでは国民が納得しない。そこで、明らかに勝っているルーブル帝国から領土賠償金その他を毟れるだけ毟って、その利益を得る代わりに西方諸国との(白紙)講和を考えていた。
そんな両者の思惑は講和という一点のみで一致しており交渉自体は行われたが、ルーブル帝国からすれば西方地域の大半を失うというとても受け入れ難いものだった。特に穀倉地帯であるキーイ地方はほぼそのままマルク帝国へと割譲されることになっている。ヴィクトルが猛反発する理由はこれだ。
「ガルーシン大公。貴殿の反対する理由もよくわかるし、我々も生命線といえる穀倉地帯を失うのは痛い。だが、このまま戦い続ければ帝国そのものがなくなりかねないのだ。呑んでくれないか?」
セルゲイが折れてくれないかと頼むが、ヴィクトルは拒否する。なおも言葉を重ねようとするセルゲイを制したヴィクトルは言う。
「どうせ帝都を担当するピエタリ大公位を代わりに宛てがうと言うのだろう? もう聞き飽きたし、受け入れる気はない」
ヴィクトルはピエタリ大公に移ることを拒否する。大公の地位は皇帝の直系縁者のみに与えられるため、先祖代々の土地ではない。なのでキーイに拘っているわけではないが、この異動は利益が少ないために拒絶していた。
キーイは帝国の食糧庫であり、そんな地域を治めているからこそただの大公では得られないような大きな影響力を手にできる。
他方、ピエタリは北方世界の玄関口であり、南北を陸路で繋ぐ場合の要衝に位置するとともに、帝国の首都で政治経済の中心地だ。とはいえ、それはモスコーと比較するとどうしても見劣りしてしまう。価値は皇帝の存在によって補っていたが、ヴィクトルは皇帝ではない。結局、モスコーを治めるセルゲイの下位互換となってしまう。合議制となった現在、自身の影響力がものをいう。それを落とすような真似はできない。
「東方にはまだ戦える兵がいる。これを動員すればまだまだ戦えるぞ」
ゲラシムが未だ動員されていない東方地域の部隊を動員してはどうか? と提案する。東部における唯一の大公である彼は、その地域で皇帝の代理者として絶大な権限を握っていた。それを背景に中央でも勢力を増していたのだが、神州帝国に負けたことで勢いが衰えていた。最近は不甲斐ない中央の連中を見返すべく、色々と運動している。
そんな彼にとって、今回の戦争は天佑とでもいうべきものだった。中央の主導で行われた戦争は、マルク帝国に敗北を続けている。もしここで自分の息がかかった部隊が活躍し、戦況が好転することになったら……。ゲラシムは一気に救国の英雄となり、かつての勢いを取り戻すだろう。
「シーナは帝国が崩壊して内乱状態だ。いつこちらに波及するともわからん。にもかかわらず、東部の軍を動かすことはできんよ」
東部で国境を接するシーナの混乱に言及し、マルティンがゲラシムの提案を一蹴する。
シーナ帝国は神州帝国との戦争に負けた後、列強各国の利権収奪が激化した。近代化の必要性を痛感し、神州帝国を模範とした改革に乗り出したが、少数民族の支配する帝国への反発が高まり革命が起きた。
革命は成功し、国名をシーナ民国と改めて共和政を敷いた。しかし、元より中央政府が弱体化していたため地方に軍閥が生まれており、それらの主導権争いが武力闘争として表面化したことで国内は大混乱に陥っている。そのどさくさに紛れて列強に奪われた利権を回収しよう、などという動きもあり予断を許さない。武力行使も選択肢にあり、それにあたる東方の軍を動員することはできないのだ。
会議は毎度このような感じでまとまらない。本当に切羽詰まらないとどうにもならないな、というのが出席者たちの本音である。そして自分たちが望む形になるよう、様々な活動をするのだ。
その活動が実を結んだのがヴィクトルだった。休憩時間、彼はネストルを呼び、何かを耳打ちする。
「それは本当か?」
「ええ。ギニー連合王国が了承した」
いやー、なかなか苦労したと聞いてもいない苦労話をするヴィクトル。正直うざいのだが、ネストルは彼の成果に脳内が支配されていた。そして、
「ガルーシン大公の継戦方針に賛成する」
休憩が終わり再開された会議の冒頭、ネストルは継戦派に加わることを表明する。
これまで継戦、講和、棄権で二人ずつ分かれていたため、評決が出なかった。しかし今回、継戦が増え棄権が減ったことで有効票の過半数を超え継戦の議決が出る。
ネストルは何を吹き込まれたのか、セルゲイたちは再三翻意を促すも聞き入れられず継戦へ向けてルーブル帝国は動き始めた。
「これはいかん」
危機感を募らせたセルゲイとマルティン。二人は示し合わせ、ヴィクトルの弟で兄弟仲が悪いことで知られているシードルとの接触を図るのだった。




