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陛下のお気に入り  作者: 親交の日
第2章 軍隊生活の始まり
16/30

ある兵士の独白

 



 ――――――




 あいつを見たときは驚いた。整った顔に長身。眉目秀麗という言葉はこいつのためにあるのだと思ったよ。どこの貴族だと思ったが、驚くことに平民だった。


 最初の印象は鈍臭い奴。他の奴らが易々と馬に乗るなか、ひとりだけ随分と苦労していた。召集兵にしても酷い。


 日を重ねると、印象は変な奴になった。


 相変わらず馬に乗るというよりも乗せられているという有様だが、それ以外のことは優秀だ。射撃に武術、勉学は部隊一。マルク語まで話せてしまう。上官たちも「教えることは乗馬くらいだ」と言っていた。


 オレの密かな自慢は、士官学校を受験したこと。突然、親から軍人になれと言われて受験させられた。短いながらも猛勉強して、本番では好感触。不合格ではあったがいいところまでいった、と個人的に思っている。もう少し時間があれば最下位くらいで受かれたと思う。


 そんな「たら」「れば」はともかくとして、オレはこの部隊の下士官兵のなかでは一番頭がいいと思っていた。しかし、そんな自慢はあいつに粉砕される。あいつが受験すれば士官学校に受かるだろう。むしろ、一般兵として召集していることの方がおかしい。国の損失だ。


 ……まあ、才能ある平民よりも無能な貴族が出世するのがこの国だけどな。


 その点、オレたちはついてる。この部隊の士官には貴族であることをひけらかす奴が少ない。いないわけではないのは残念だが、少数派でほとんど気にならなかった。


 あいつのことを見てきたせいか知らないが、訓練でペアを組むことになる。その場限りの関係かと思ったが、意外にもウマがあったオレたちはその後もつるむようになった。雑談のなかで身の上話もすることになり、互いの事情を知る。


 ……殴りてぇ。


 顔がいいのは見てればわかるが、挙句、女にモテるとは。


 隣村の村長の娘に、村の美人姉妹から求婚された?


 ……はあ? お前バカなの? 他にも気がある奴いただろ。


 士官学校に入学した貴族令嬢に酒場の娘は間違いない。ますます腹が立つ。


 モテることがわかってムカついたので、こいつの悪い面を探す。人間というものは他人の欠点、自分より劣っているところを見て安心するのだ。クズなわけではない。人間の本能なのだ。


 お前、鍛治職人の夢を諦めたのか。可哀想に。


 え? 諦めてない? でも、工房を辞めたんだろ?


 なになに、実家で修行すれば大丈夫?


 そんなことよりいい考えがある。軍人になろう。


 もうなってる?


 はははっ。違う違う。士官にならないか? お前なら余裕で士官学校に受かると思うんだ。前に言っていただろ。オレに士官学校をもう一度受験しないかって。あれ、お前と一緒ならいいぞ。


 思うんだ。オレはバカで、お前は賢い。だからお前が出世して、オレが現場で頑張る。


 ふざけんな? そんな苦労はしたくない? まあまあ、そう言うな。能力は発揮しないと持っていないのと同じだ。


 しつこく勧めていたら考えてみる、という返事を引き出した。一歩前進。




 ――――――




 部隊に出撃命令が下り、南部での戦闘に参加した。オレたちは兵士で、国は戦争中。戦場に出されるのも当然だ。何度も戦ったが悪運強く、オレもあいつも生き残っている。


 そういえばこの前、あいつが勲章もらって昇進していた。上に呼び出されたときは何かやらかしたんだろ、と煽ったが帰ってきてびっくり。聖十字勲章はありふれた勲章だが、もらえるのは純粋に凄いと思った。やはり、あいつは上に行くべきだ。能力もあるしついている。ああいう人の下で働きたい。


 ……それにしてもこの戦争、いつまで続くのか。オレたちが戦い始めてからでも、部隊のほぼ半数の面子が入れ替わっている。たった数ヶ月でこれだ。それ以上の間、戦っている部隊はほぼ全員替わっているのではなかろうか。


 それに、戦場の飯は不味い。いや、兵舎にいた頃からも不味かったが、環境が悪くなったことで悪化した。塹壕のなかで食べてる歩兵よりはマシなんだろうが……。


 唯一の救いは量があったことだが、最近はそれもなくなっている。物資の供給が滞りがちなのだ。節約を迫られた結果、貧相な食事になっている。


 たまに親父から手紙が届く。貴族に拘っていて、山のようにいる男爵のなかでも目立とうとしている人だ。まあ、そうでもしなければ瞬く間に没落してしまう。家族のためでもある、と理解はしていた。


 お家を維持するために必要なのは二つ。才覚とコネだ。しかし、多くは後者がとられる。


 そもそも前者はそれ相応の教育を受けなければならない。そういうことができるのは上位の貴族――公爵家や一部の伯爵――のみだ。それは、エリートの軍士官や官僚が上位の貴族で占められていることからもわかる。


 ごく一部、そういった者たちに負けないほど優秀な人間が下位の貴族や平民にも現れ、上位層に食い込む。そういう奴は大抵、婚姻などで支配層に取り込まれるか閑職に追いやられるか――その二通りの道を歩むのだ。この干渉を避けられるのはわずかしかいない。真に幸運な、神の助けを得られた人物のみが大成できる。


 寄り道した。話を戻そう。


 コネには色々とある。学校や職場における同期あるいは先輩後輩。親しい人間の紹介、偶然の出会いなどなど。そのなかでもダントツに多いのが婚姻だ。家同士を結びつける婚姻は、当事者だけでなく親戚にもコネを提供する。うちの場合、有力な伯爵と繋がっていた。その関係者と相互に――網目のように婚姻を結んでいる。姉は同じ男爵家に嫁ぎ、兄にも男爵家の娘が嫁いできた。


 その関係から、パーティーに出席せざるを得ない。付き合いというやつだ。うちみたいな零細貴族はよっぽどの事情がなければ欠席できない。貴族同士の会話は腹の探り合いだ。親父は「疲れる」とボヤいていたが、美味い料理が楽しみだとも言っていた。上位の貴族のパーティーはとても豪華なものらしい。オレは行ったことないから知らないが。


 それでだ。親父の手紙に、キウを支配するポロスコフ公のパーティーに参加したとあった。それだけならお疲れ様となるのだが、気になったのは料理が美味かったとの記述。豚を丸焼きにしたものに野菜、種々のフルーツ。聞いただけで涎が出る。こっちは戦地で泥に塗れ不味いものを腹一杯にすら食えないのに、親父たちは後方で美食をたらふく食べているそうだ。


 ふざけんな。


 そのひと言に尽きる。


 オレたちが命懸けで戦っているなか、戦いもせず贅沢する人間に嫌悪感を抱く。憎悪とでも言っていいだろう。肉親だろうが関係ない。今すぐにこのライフルで撃ち殺したいくらいだ。


 こんなことを知って、戦いなんて真面目にやってられるか。――そう思ったのはオレだけではないようだ。


 都市部の部隊は何だかんだで貴族と関係のある奴が多い。手紙などをやりとりするうちに、後ろで貴族や金持ちみたいな社会的地位の高い者が遊び惚けているのを知ったらしかった。


 これでもなお戦い続けられるのは生粋の戦鬪狂かただのバカくらいのものだ。部隊の士気は急速に下がっていった。


 そして、長く続く戦争は何も知らない人々のやる気をも奪っていく。緒戦はともかく、このところ全体的に押され気味であることも手伝って、裏の事情を知った都市部の部隊のみならず、地方の部隊も士気が下がっている。新しく送られてきた部隊も同じだ。


 それでも、戦いはちゃんとやる。戦争なんかやってられないが、死ぬのはもっと馬鹿らしい。


 だが、やっちまった。


 敵の攻撃が始まり、オレたち騎兵は戦場を東奔西走。突破してきた敵兵を押し返していた。ところが、連隊長が狙撃でやられたらしく、部隊の再編のために撤退を命じられる。その最中、足をやられた。


 幸い(?)にも弾は貫通していたが、足を上手く動かせず歩くこともままならない。馬もやられてしまった。


 結局、敵の追撃を食い止める死兵をさせられることになる。あいつは最後まで抵抗していたが、上官に脅されて渋々従った。


 オレは別れの前にあいつの銃を貸してもらった。勲章をもらったとき、マルク帝国軍の将校が弾倉が空になるまで拳銃を連発したそうだが、あいつは一発も食らわなかったそうだ。それに是非ともあやかりたい。まあ、所詮は気休めだが。


 代わりにオレの銃をやる。使ってもいいし、墓標にするのでもいい。さあ行け。お別れだ、戦友。


 ……


 …………


 ………………


 あいつらを見送った後、オレたち居残り組は手分けして陣地の構築に取り掛かった。怪我人しかおらず出来ることは限られたが、出来ることをする。それが味方のためになるからだ。


 オレたちはよく耐えたと思う。一分一秒でも長く戦い、ひとりでも多くの敵を道連れにするべく戦った。


 美しい地獄とでもいうのだろうか。血潮が舞い、人体が吹き飛ぶ様は凄惨のひと言に尽きる。


 だが、その最期は実に美しい。撃たれて満足に引き金も引けなくなり、頼んだ、と携行していた弾薬を元気な者に配って回る。それが終わると即席陣地のなかで佇んでいたが、手榴弾が投げ込まれるとそれを腹の下に敷いた。不発弾という幸運もなく爆発。そいつの身体も爆散した。


 惨いが、行いは美しい。


 そんな実に矛盾した光景が広がっていた。


 仲間たちが次々と倒れるなか、オレは幸運にも生き残っている。あいつの銃の加護かもしれない。


 もしかして――


 そう思ったのも束の間。オレは近くに着弾した砲弾の衝撃で吹き飛ばされ、意識は暗転した。







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