勲章
【お知らせ】文量について
前回までは一応、五千字という目安で書いていたのですが、それだと字数を意識して話がダレる感じが書いていてしました。なので、以後はあまりその辺りを気にせずに書こうと思います。あまり短いのも違うかと思うので、三千字程度という目安は設けたいと思いますが。そういう方針になりましたので、よろしくお願いします。
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爆撃を受けてからおよそ一ヶ月が経った。私たちはあれからさらに前進し、遂に前線へ到達する。今になって思えば、あの爆撃はここからが戦場だということを自覚するいい機会になった。それは他の人も同じようで、弛緩した空気はなく部隊の雰囲気は引き締まっていた。
前線は完全に膠着している。レウ王国軍を文字通り壊滅させ、破竹の勢いで進撃してきた敵軍。しかし、我がルーブル帝国軍が合流した北部国境地帯で進撃を停止していた。川後ろに掘られた塹壕陣地を突破できずにいる。
「まあ、苦しいのは我々の方だがな」
小隊長はそう言う。軍議に参加した上官から聞いたそうだが、司令部は私たちの到着を見て攻勢に出るつもりだという。不思議に思ったある士官が訊ねると、レウ王国を占領されているのは極めて拙いのだという。
「かの国は降伏しようとしているそうだ。戦力的には別にどうなろうと関係ないが、問題はそれ以外のところだ。我が国に及ばないとはいえ、レウ王国は穀物が豊富にとれ、何よりも魔炭を多く産出する。味方が主要な産出地帯を押さえているが、レウ王国のものが敵に渡ると戦争が不利になるから、どうにかして留めたいのだ」
軍事的側面も多少あるが、主として政治的、経済的な理由で攻撃しようとしているようだ。為政者の考えはわからないが、何にせよ使われる側からすればたまったものではない。ともあれ、数日後に攻撃命令が出され攻撃が開始された。
ルーブル帝国軍は広大な前線に部隊を分散配置し、短時間の砲撃の後に前進する。敵は三重の防衛線を敷いていたが、第一線は短時間で突破。第二線も打ち破って第三線に取りつく。この時点で敵はようやく体勢を整えて本格的に抵抗するが、同時多発的に攻撃を受けるため対処しきれず突破を許した。
それ以降は防衛陣地のない場所を進撃することになる。となれば活躍するのが騎兵だ。人が走るよりも馬が走る方が早い。全軍の先鋒として騎兵部隊が突進する。私の部隊もこれに加わっていた。私の隊は前方警戒を命じられている。
「ん?」
本隊から離れ、前方に脅威がないか確認するのだが、その任務中、私は草むらで何かが動いたような気がした。その方向に馬を走らせると、突然草むらから人が現れる。マルク帝国軍の軍服。つまりは敵だ。
『うわぁぁっ!』
叫ぶと共に腰のホルスターから拳銃を抜く。拙い、と思ったときには発砲していた。パンパン、と銃声が響く。しかし、慌てているのか照準は定まらず、幸にして命中することはなかった。とにかく撃ちまくっていたらしく敵は弾切れを起こす。リボルバーなので再装填は間に合わない。私は敵前で馬を止め、銃を突きつけた。
『降伏しろ』
マルク語で呼びかける。敵は意外そうな顔をした後、拳銃を手放すと手を挙げて降伏の意思を示す。私は降伏した敵を連れて本隊に合流するのだった。
後日、いつものように任務に出ようとしたところを小隊長に呼び止められる。
「イワン。今日の任務は外れてくれ。その代わり、一緒に来て欲しい」
「わかりました」
「お前、何かしたのか?」
アガフォンが訊ねてくる。だが、心当たりはまったくない。正直に答えたのだが、ニヤニヤとして私を見てくる。その顔には「何かやったんだろ」と書いてあった。殴ってやろうかと思ったが、小隊長に急かされたのですれ違いざまに足を踏み抜くだけにした。軍靴でやられるのは痛かろう。悶絶するアガフォンを尻目に、隊長についていった。
連れられた先はなんと連隊本部。……本当に何かやらかしたかもしれない。本当だったら後でアガフォンに謝ろう。
「君がイワンか」
「は、はい」
目の前の机に座るおじさんに声をかけられる。将校が集まるなか、ど真ん中で偉そうに座り、大佐の肩章をつけているのが、私の所属する連隊の長だ。
「うむ」
鷹揚に頷くとすっと立ち上がる連隊長。そして徐ろに手を叩く。すると驚くことに、周りにいた将校たちも拍手で続いた。
何が起こっているのかわからずきょとんとしていると、連隊長から「おめでとう」と祝福される。私がどう返したものかと考えているうちに、副官からトレーを差し出され何かを手に取った。そして私の前に来ると、
「皇帝陛下より兵イワンに対して、敵将校を果敢に捕縛した功を賞し、ここに聖十字勲章を授けるものとする!」
と言って私の胸に勲章を取りつける。器用にやるもんだ、と他人事のように見ていた。何か言わないのも変なので、ありがとうございます、と言っておく。それが正解だったのかはわからないが、連隊長は再び頷いた。
そして、勲章を受けるだけの勲功を挙げたことから、階級も上がると伝えられた。ひとつ上がって兵長となる。普通は退営する際になるのだが、戦功を評価してこうなったそうだ。
帰りに小隊長に経緯を訊ねてみた。
「なぜこんなことに?」
単に敵を捕虜にしたというだけでは勲章つきで昇進するなんてことはない。それを質すと、小隊長はあっさり教えてくれた。
「お前が捕まえた捕虜、帝国の貴族だったんだ。それで勲章を授けるってことになったんだよ」
件の捕虜曰く、偵察隊の一員として部隊を離れたが途中で運悪く逸れてしまい、彷徨っているうちに私とばったり出会したのだそう。何とも不運な人である。
「昇進については?」
「元からお前を昇進させるつもりだったんだ。まさかこんなに速く上げられるとは思わなかったがな」
嬉しそうに笑う小隊長。優秀な部下がいると自分の評価も上がるんだ、とぶっちゃけてくれた。こういうあからさまな人は嫌いではない。
部隊に戻ると同僚に早速、勲章の存在と階級が上がっていることについて訊ねられた。答えていくのは大変だったが、夜までには部隊内で私が勲章を授けられたことが周知される。そうなったそうなったで、お祝いが続いて大変だった。
「おめでとう、イワン」
「ありがとう。これからは『イワン兵長』と呼んでくれ」
アガフォンも祝福してくれたので、偉そうにそう言ってみる。するとこいつ、と軽く腹パンをされた。階級に差はできたが、同期として気安い関係は続いていく。言葉は交わさなかったが、今のやり取りで互いの意思を確認するのだった。




