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陛下のお気に入り  作者: 親交の日
第2章 軍隊生活の始まり
13/30

軍隊生活

 



 ――――――




 徴兵されて半年が経った。役人に連れられてモスコーの兵舎に入る。噂では訓練なしで前線送りと言われていたが、さすがに基礎訓練は行うようだ。その内容によって所属が決まる。


 私が配属されたのは騎兵科だった。上官曰く、騎兵科の将兵に求められるのは足が長いこと。その方が騎馬の操作に有利だからだ。また、こちらは戦時なのであまり重要視されないが、眉目秀麗な者が好ましいとされていた。上官に、


「騎兵になるために生まれてきたようだ」


 と言われ、騎兵科に配属となった私。ちなみにソゾンは砲兵科、ラマンは歩兵科だそうだ。二人は早々に前線へと送り出された。一方、騎兵科は残されて訓練の日々を送る。


 兵士の場合、馬は軍から支給され、給餌や手入れなどの世話はその一切を乗り手がやることになっていた。騎兵科にとって馬は戦友だから世話も手抜きをするな、とのこと。村では農家の手伝いで農耕馬を扱っていたこともあり、世話で苦労することはない。


 同じく農村出身の者は手慣れていたが、都市部の者は四苦八苦していた。まあ、都市で馬を扱うのは貴族か駅馬車の運行員くらいのものなので当然だろう。軍の悩みどころは、騎兵科の将兵に向いている体格がよく、眉目秀麗な者は都市部に多いことだそうだ。


 馬の世話は苦にしないが、問題は乗る方だった。私は生まれてこの方、馬に乗ったことなどない。そのためこれには苦戦した。振り落とされて打撲したことなど数知れない。周りは一週間と経たずに乗りこなしていたので、落馬する度に笑い物になった。なかなかに恥ずかしかったが、原因となった馬に悪い感情を抱くことはない。不思議なものだ。


 結局、振り落とされないよう馬に乗るのに二週間。最低限の技能を身につけるのに一ヶ月を要した。これでも戦場に出られるレベルではない。最難関は手放しでの銃撃で、とてもできるとは思えなかった。やっていけるのかと絶望したが、半年の猛訓練の甲斐あってそれらの動作も苦もなくこなせるようになる。人間すごい。


 騎乗に関しては圧倒的に劣等生だったが、他の武術や座学に関しては優等生だった。狩りが得意だったこともあり、銃の扱いは説明を聞けば凡そ理解できたし、射撃の命中率も高い。銃剣術は習っていた槍術の応用なので軽くこなし、格闘術は負け知らず。読み書き計算もでき、上官が貴族子弟に課していたマルク語の課題もセラフィマさんに習ったことだったのであっさり終えてしまった。


「マルク語すら修めているのか……。なら座学はいい。馬が潰れない程度に乗馬をしていろ」


 上官は私の座学を免除し、落第ギリギリの乗馬訓練を課した。しかし、単に座学ができるからという理由で免除するにも問題があったらしく、私は名目上は特殊任務の訓練に従事しているという体になる。


 その特殊任務とは偵察狩り。敵の偵察隊を捕捉、できる範囲で生け捕りにするというものだ。捕らえて逆に情報を吐かせるのである。騎兵と聞くと、隊列を組んで敵陣に向けて突撃するイメージがあった。素直に上官に訊ねると大爆笑された。


「はははっ! 今そんなことをやれば、全員機関銃で蜂の巣だよ」


 そう言われて確かに、と頷くしかない。また、上官はだからこそ戦争は長引いているんだ、とも言っていた。攻撃する度に甚大な損害を出すため、成功の可否に関わらず部隊の再編成に時間がかかっているのだそうだ。何万もの死傷者を出して戦線が数キロしか動かなかったこともあると聞けば、そうそう決着がつくものではないと窺える。


 かくして日々は過ぎていったが、今は戦時下。いつまでも後方にはいられない。正直、このまま戦争が終わらないかなと思ったが、人生そう上手くはいかない。ある日、私たちに召集がかけられ前線に出ることが知らされた。


「いよいよか……」


 命令を聞いた私たちはそれだけ言って黙す。戦いに行くことへの不安、高揚感など様々な感情が交じり、言葉がなかった。


 兵舎に帰り、とりあえず家族に手紙を書く。検閲が入るのはわかっているので、当たり障りのないことを書かなければならない。それには少し空しさを覚えた。




 ――――――




 数日後、私たちは市民に見送られながらモスコーを後にする。部隊は南下し、青海に注ぐニア川流域に向かう。先日、ルーブル帝国軍の攻勢でクローネ連合帝国軍を撃破。それを見たレウ王国が参戦していた。


 味方が増えたのは嬉しいことのように思えるが、実は頭の痛い問題だった。私が所属する部隊の進軍先はレウ王国との国境。開戦から半年も経たずして軍が壊滅したレウ王国の救援である。


「情けない。自分たちから宣戦しておいてこのザマとは」


「聞けば、クローネ軍に数で勝っておきながら大敗したそうだ」


「それだけじゃない。マルク帝国軍には正面から二度も粉砕されて敗走してるぞ」


 上官たちの雑談を聞いていても、行き先はかなり面倒なことになっているのが窺える。レウ王国は首都も陥落。ルーブル帝国に近い、北部の川ラインを死守しているそうだ。といっても、さっき言ったように軍は壊滅しているので、戦っているのはほぼルーブル帝国軍なのだが。


「レウ王国の参戦は助け舟に思えたが、乗ってみるととんだ泥舟だったな」


「違いない」


 兵士たちにすらそんなことを言われている。私もその言い方は何とかならないかと思うが、否定はしない。彼らがどうしようもなく弱いということは厳然たる事実なのだから。精強で知られるマルク帝国軍に負けたのはともかく、初戦でディナール王国なんて小国に負けたクローネ連合帝国軍に負けた以上は言い訳もできない。


 このように、私の部隊はレウ王国に対する悪口で盛り上がりながら街道をゆっくり行軍する。モスコーを出発した後、各地からレウ王国の救援に向かう部隊と合流しながら進んでいた。騎兵だけなら早いのだが、歩兵に砲兵、工兵や衛生兵などが合わさっているために遅い。特に砲兵は一トンほどの砲を運搬している上、たまにぬかるみにはまって動けなくなることもある。


「砲兵大隊より伝令! 砲車がぬかるみにはまったため、しばし猶予をもらいたいと」


「よーし、休憩だ!」


 最初は文句を言っていたが、何度もやられるうちに慣れて、いい休憩時間だと思えるようになっていた。


「なあイワン。少し馬を乗り回さないか?」


 そう誘ってきたのはアガフォン。エレオノーラさんと同じく親は男爵位を持つ歴とした貴族である。ルーブル帝国の男性貴族は皇帝への奉仕が義務づけられており、彼もまた軍人として働くことを選んだ。


「ああ」


 私はそれに応じる。馬からすればちんたら進んでいるため、「走らせろ!」とうるさかったのだ。抑えるのに苦労していた。ここで気晴らしさせないと機嫌を損ねてしまう。ということで、私はアガフォンと共に隊列を離れて馬を軽く走らせた。


 見れば、他にも何人か同じように馬を走らせている。こういう行動は本来なら許されないのだが、今は味方の領内にいるために許されていた。とはいえ、そろそろ前線が近くなっており、隊長たちからは止めるよう注意されている。


 私は一応、アガフォンにそのことを伝えた。全体の訓示の中で言われたのだが、彼はそういうのを聞いていない。不真面目というか、面倒くさがりなのだ。


「わかったわかった」


 手をヒラヒラとさせるアガフォン。後で「やっべ、忘れてた」と言っても助けてやらないと心に決める。効果があるかはわからないが、こいつは一度痛い目を見た方がいい。


 貴族であるアガフォンと平民の私がタメで話している。それを彼が許容しているというのもあるが、最も大きいのは年齢、入営のタイミング、そして階級も同じだからだろう。ちなみに、階級は最下級の兵。私はともかく、なぜ貴族の彼が兵なのかというと、


「オレには学がないからな。士官学校は落ちたよ」


 とのこと。親には勉強できないのだから軍人になれと言われ軍に入ることにしたが、勉強できないのだから士官学校に入れるはずもなく。仕方がないから普通の兵士として入営したのだそうだ。


 とはいえ、彼は頭が悪いわけではない。貴族に課せられたマルク語の課題もきっちりクリアしている。基本的な読み書き計算もでき、ちゃんと勉強すれば入学できるはずだ。


「そうか?」


「大丈夫だよ」


 純粋な勉学であれば私が見られる。自慢ではないが、士官学校に入学したエレオノーラさんに勉学で引けを取らない。それだけの頭はある。教えることはできるはずだ。他に知らないこともあるだろうが、小隊長なんかに訊けば教えてくれるだろう。


「イワンも一緒に入るならやってみようかな」


「え!? いやいや、勘弁」


 私はわたわたと手を振る。徴兵されて兵士になったのだ。職業軍人になるつもりはない。身の上は既に話したのだが、まあわざとだろう。


 嫌がる私にアガフォンが勧める、という押し問答が繰り返された。そんなことをしていると、騎馬の一団がこちらにやってきて、


「おやおや、誰かと思えばマスカエフ家のアガフォンじゃないか」


 と声をかけてきた。


「クジマ……」


 応えるアガフォンの反応はあまりよろしくない。警戒感が滲んでいる。そんな彼に、


「おっと、今のワタシは伍長だ。間違えないでくれたまえ、アガフォンくん」


 なんて言い放つ。


「っ! ……失礼しました」


 悔しそうに頭を下げるアガフォン。何とも嫌味ったらしいが、軍隊において階級は絶対。やってることはともかく、言ってることはクジマが正しい。


「そこのキミは……見たことないな、平民か」


「はい」


「そうか。いい機会だから憶えておくといい。ワタシはクジマ・ウスチノフ。皇弟たるスルツキー大公に縁故あるウスチノフ男爵家の三男だで、領軍の伍長を仰せつかっている。キミがつるんでいるアガフォンとは社交界で何度か顔を合わせたことがあるのだ。なにせ同い年だからねぇ」


 自分が如何に立派な家の生まれなのかを熱く語るクジマ。彼は身分を強く意識する考えの持ち主のようだ。自己陶酔して色々と喋るクジマを、周りの部下らしき騎兵たちが讃えている。


 彼らの注意が逸れたところで、アガフォンがそっと耳打ちしてきた。どうやら偉そうに下士官であることを誇っているが、彼もまた士官学校を受験して落ちたのだという。だが、そんなことは頭からすっかり抜け落ちているようだ。


 ところで通常、伍長などの下士官は兵から選抜される。それなりの期間、従軍していなければなれないものだ。ではなぜ、士官学校に落ちて間もないクジマが下士官になっているのか。その答えが領軍である。


 領軍とは帝国貴族が独自に保有する軍隊のことで、私が所属する帝国軍とは別の組織だ。彼らは部隊長でもある貴族を通して皇帝に服し、国家の戦争にも動員される。領軍の構成は正規軍と差はない。階級なんかも同じだ。基本、誰でも入ることができるが、兵はともかく下士官以上は縁のある貴族や富豪の子弟が独占している。


 要するに、クジマは親のコネで領軍に拾ってもらったのだ。それを誇らし気に自慢しているのだから実に滑稽である。


 最初は聞いてやろうと思ったのだが、長々と口上が続くので飽きる。先祖の話なんぞ知らんがな。そう焦れていると、不意に警報が飛ぶ。


「敵機来襲!」


 咄嗟に空を見る。


「イワン! あれ!」


 アガフォンに呼ばれ、指差す方を見れば確かに飛行機がいた。マルク帝国の紋章である十字の識別標識が描かれ、爆弾を吊り下げている。


「逃げるぞ!」


 咄嗟に馬を走らせた。狙われないようバラバラに。訓練で教えられたことだ。


「え? は?」


 事態を呑み込めていなかったクジマは、わけがわからずその場で固まる。トップがそれなので取り巻きも動けず、団体になっていた彼ら目掛けて爆弾が落とされた。さらに飛行機はすれ違うまで機首に搭載していた機銃を、上空を通り過ぎて上昇するときには拳銃を撃ち込んできた。


 銃撃を受け、爆弾が落とされたことでさすがに逃げ始めたクジマたちだったが、銃弾に当たったり馬から振り落とされ負傷した者は逃げきれず、爆弾の爆発によって吹き飛ばされた。


「うっ……」


 そこに広がっていたのは地獄だった。


 爆発で吹き飛ばされた人だったモノ。


 身体の一部がなくなり、痛みに絶叫する者。


 死傷した相手の名前を必死に呼ぶ者。


 わけがわからず呆然と立ち尽くす者。


 あんまりな光景に吐き気を覚えたが、すぐその衝動を忘れて同じように絶句していたアガフォンを呼ぶ。


「おい。すぐに隊長へ知らせるぞ!」


「っ! わかった」


 私たちは馬を全力で駆けさせ、部隊に急を知らせた。敵機の飛来は部隊の方でも感知しており、損害集計をしているところだったようだ。隊長は私たちの報告を聞き、すぐ上に情報を伝えるとともに負傷者の収容にかかった。


 この攻撃で被害を受けたのはクジマの取り巻きたち。取り巻きの半数が死傷し、クジマ本人も負傷したそうだ。負傷者は後送され、死者はその場に埋葬される。といっても戦場のためかなり簡易な形だが。


 彼らが葬られるのを見ながら、悪いけど戦場で死にたくはないな、と思うのだった。







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